織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第八話

「む?」

 

翔翼が目を覚ますと、青空が視界に広がる。背中から伝わる感触と振動から、自分が荷車に横たわっているのだと把握する。

 

「お目覚めですか?」

 

聞き覚えのある声に視線を向けると、騎乗した光秀が安堵したような顔で見下ろしていた。

 

「どれくらい眠っていた?」

 

体を起こそうとするも、強い倦怠感のため動けないので、横たわったまま問いかける翔翼。

元康との交渉を終えて砦に戻るのと同時に、翔翼は光秀らに休まされ。忠勝との一騎打ちで深手を負った状態で無理に動き続けたせいか、そのまま意識を手放してしまったのだ。

 

「休まれてからおよそ1日です。現在はお休み前に頂いたご指示通り、信奈殿との合流地点へ移動中です」

「そうか…」

 

光秀の言葉に、翔翼は安堵したように息を吐いた。目的を達した以上、丸根砦に拘る理由はなくなったため、砦を放棄し撤退を指示したのだ。その際今川の目を誤魔化すため、旗を多量に並べて置く工夫もさせておいた。

 

「一先ず予定通りか」

「!動いてはいけません!辛うじて傷が塞がっているだけなのですから!」

 

ゆっくりとだが体を起こす翔翼に、光秀が止めに入ろうと慌てて下馬しようとする。そんな彼女を翔翼は手で制する。

 

「1日も休めば十分だ。それより損害は?」

「…半数が討ち死に、残った者で戦えるのは三十人程です。特に殿を務めた蜂須賀隊は壊滅状態です」

「…そうか。散った者達は俺を怨んでいるだろうな」

 

伝えられた人数に翔翼は目を伏せ、死者に哀悼の意を表する。それと同時に、無謀な策に力を貸してくれた彼らに感謝の念と、残された親しい者達も含め怨嗟の声を受ける覚悟も決めていた。

 

「そんなことはねぇだよ大将」

 

そんな翔翼に、側にいた足軽の1人が声をかけた。

 

「信奈の姫様のおかげでオラ達の暮らしはずっと良くなっただ。だから姫様のために戦って死ねるなら皆本望だよ」

 

その言葉に他の足軽達も同意する声を上げる。

信奈は当主になる以前から、頻繁に民と触れ合い暮らしを知り、声に耳を貸し。当主になってからは、寝る間も惜しんで彼らの暮らしを良くしようと政に励んでいた。その努力が、こうして彼女を助けているのだと実感できた。

 

「そうか、そういってくれるのなら、あいつの頑張りは無駄ではないのだな」

 

安堵するように荷車に背中を預ける翔翼。暫し荷車の揺れに身を預けていると、合流地点である中島砦が見えてきた。

旗の多さや喧騒から、既に信奈らは到着しているようである。

開かれた門を潜り砦内に入ると、荷車から降りる翔翼。だが、足取りがおぼつかず上手く立てない。

 

「無理なさえらず、肩を」

 

下馬して駆け寄って来た光秀は肩を貸してくれる。

 

「すまないな。赤兎もありがとうな」

 

負担が減るよう荷車を引いてくれていた赤兎に、感謝の念を込めて撫でると、嬉しそうに目を細めて鳴いた。

赤兎を荷車から離すよう他の者に伝え、部隊を小六に預けると、中心部へ向かう翔翼と光秀。

館の前には信奈始め、見慣れた顔が揃っていた。

 

「あ…」

 

その中にいた道三の姿をみた瞬間、光秀は思わず歓喜の声が漏れると同時に、涙が滲み出る。

翔翼は光秀から離れると、彼女の背中を押す。すると弾かれるように光秀は道三へ駆け寄ると、胸に飛びつく。

 

「お父さん…ッ!」

「全く、聞き分けのない娘に育ったものだ、馬鹿者め…」

 

顔をうずめて嗚咽を漏らす光秀の頭を撫でる道三。言葉と裏腹に、その顔は慈しみに溢れていた。

支えを失いふらつく翔翼だが、利家が代わりに支えて、信盛が持ってきた腰かけに座らせてくれる。

 

「大丈夫?」

「ああ、ありがとうな」

 

不安そうな利家の頭を撫でる翔翼。

 

「翔翼、お主には大きな借りができたな」

「別に、信奈が望んだことだ気にするな。にしても、随分腑抜けた顔してんな爺さん。どうした死にかけて悟りでも開いたか?」

 

国を追われ、美濃の蝮ではなくなったせいか。覇気が抜けた様子の道三に、翔翼は茶化すように言う。

 

「抜かせ。相変わらず口が減らん奴だ」

 

フンッと鼻息を荒くする道三。蝮らしさが戻ったと満足そうな笑みを浮かべる翔翼。

そんなやり取りをしていると、信奈が翔翼に歩み寄る。彼女は、翔翼の体に巻かれている包帯を見て眉を潜めた、

 

「…それよりあんたの傷は?」

「脇を斬られたが、大したことはない」

「死んでもおかしくないような深手です」

 

なんてことないように言う翔翼の言葉を、光秀が補足する。その口調は立腹しているようであった。

 

「あんたねぇ…」

「生きているからいいだろう。それより刻がないんだ次の手に移るべきだろ」

 

小言が続きそうなので、話題を強引に返る翔翼。それと同時に五右衛門がどこからともなく彼の側に現れる。

それを見た信奈は何か言いたそうであったが、その通りでもあるので。後で覚悟しておけと言いたそうな目を向けながら息を吐いた。

 

「見つけた?」

「ハッ、今川本隊は現在熱田方面へ進軍中でござる。いま追えばおけはちゃまでほちょくできりゅかちょ」

「…桶狭間?」

 

信奈の問いに、格好つけながら報告するも。重要な部分で噛んだ五右衛門に、翔翼が問い直すと、彼女は顔を赤くしながらも頷いた。

 

「…(りく)小鼓(こづつみ)を打ちなさい!」

 

信奈が勝家を通称で呼ぶと、彼女は即座に小鼓を取って敦盛のリズムを取り始める。

それに合わせて信奈は鎧も脱がずに舞を舞い始めた。

 

「人間、二十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。ひとたび生を得て、滅せぬ者のあるべきか」

 

決戦を前に、自らの死すらも覚悟するように舞う信奈を、誰もが静かに目に焼き付けていた。

 

彼女の覚悟が伝播するように、この場に集った末端の足軽に至るまで熱を帯びる。

 

「信盛。あんたにこの砦は任せるわ」

「ハッ、背後はお任せを」

「他の者はあたしと出陣よ!これより今川本隊を叩く!本隊だけなら充分勝機はあるわ!!」

 

信奈の号令に、ウオオッ!と雄たけびを上げると。一斉に動き始める織田軍。それと、同時に曇りとなっていた空からポツポツと雨が降り始め、瞬く間に叩きつけるような豪雨となった。

 

「道三様…」

「行くが良い、お前はもう織田の人間だ」

 

光秀が懇願するようね目を向けると、背中を押す道三。

 

「構わんだろう信奈ちゃん」

「ええ、頼りにさせてもらうわ光秀」

「はい!」

 

信奈の言葉に力強く頷くと、輪に入ってく光秀。

翔翼も後に続こうとするも、気配を隠して忍び寄った一益に、縄で雁字搦めされてて地面に転がされてしまった。

 

「どういうつもりだ一益!?」

「どうもこうも翔兄こそ、何混ざろうとしておるんじゃ。怪我人は大人しくお留守番しておれ」

 

予想外の事態に困惑しながらも翔翼は一益を睨みつけると、呆れ果てた目を彼女から向けられた。

 

「なん、だと」

「いや、何で驚いているんですか?」

 

馬鹿な!と言いたそうな様子の翔翼に、信盛がツッコミを入れる。

 

「少しは自分の身も案じなさい。0点です」

「ま、後は俺達に任せてゆっくり休みな」

 

長秀と可成が諭そうとするも。納得する気がないのか、縄をほどこうともがく翔翼。

 

「小六、手を貸せ!というか助けてくれ!」

「寝てろ。おーし、大空隊行くぞ~」

 

腹心に助けを求めるも、あっさりと切り捨てられた。

 

「よいしょ」

「もがご!?」

 

遂には半身(五右衛門)に猿轡までされてしまう翔翼。

 

「翔」

 

信奈が膝を着くと、翔翼の頭をそっと撫でる。

 

「もう大丈夫だから。後は1人で頑張れるから」

 

微笑みながら優しく語りかけると、ようやく大人しくなる翔翼。

そんな彼の頭をもう一度撫でると、騎乗する信奈。

 

「開門!!」

 

下知に城門が開かれると、信奈が先頭を駆けだし。その彼女の後を家臣らが熱気と共に続いていく。

 

「…さて、周囲を警戒を厳に、些細なことでも報告を。それと、このお馬鹿さんを館に」

 

出陣を見送った信盛が、配下に指示を飛ばすと。翔翼は拘束されたまま館に運ばれていくのであった。


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