回帰の刃   作:恒例行事

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邂逅

 ──痛い。

 身体中が痛む。

 

 全身に広がる細かい傷と、打撲や切り傷が地味に響く。呼吸を使って修復しようとしたら、悲鳴嶼に『それに頼りすぎるのは良くない、自然の治癒力でもっと治さねば身体が』云々と文句を言われ──鬼殺隊のある医療施設に放り込まれた。

 既に一週間は経った──退屈だ。暇でしょうがない。鬼を殺したい。探したい。動きたい。

 

 暇だ──全集中・炎の呼吸。

 

「はーい、診察の時間……」

 

 入って来た女と目が合う。一週間顔を合わせ続けている相手であり、俺に口うるさく言ってくる奴。

 

「………………不磨さん」

 

 俺よりも幼いながら、その強気な瞳。後ろ髪を蝶の髪飾りで留め、前髪を二つに分けている。

 

「私──何回も言ってますよね。治りきってない身体で呼吸を使いすぎるなって」

 

 睨みつけると言わんばかりの視線が俺に突き刺さる。仕方ないじゃないか。こんな風に休んでいれば身体は鈍るし、戦闘力が下がる。つまり鬼を殺せなくなる。わかりますよね? 

 

「頭おかしいんじゃないですか」

 

 ……あながち間違ってないな。鬼に殺されておきながら、それでも殺そうとするやつ何て頭が狂ってるに決まってる。そうじゃなきゃ、おかしいさ。

 それに──……別に、頭が狂っていたって。何か一つ成したいって事はあるでしょう。

 こんな場所(鬼殺隊)に入るような人なんて、特に。

 

「……好きにすればいいんじゃないですか。別に私は貴方が死のうがどうでもいいですから」

 

 こちらを見る事すらせずに、他の患者を見に行く女。

 実際そこまで酷い怪我ではないから、放置して貰っても問題ない。その間に呼吸を行なって、身体が負荷に耐えられるように訓練する。鬼殺隊の隊士の平均寿命は低い。柱になれない、下の階級の者の死亡率はとてつもなく高い。それなのに毎年補充される数が少ないから、何年減るばかりなのでは無いだろうか。

 五百を下回る隊士数で、十二鬼月を狩っているのが殆ど柱。僅か九名だというのが実態だ。いくら強くても、身体が足りない。

 

 そう考えると休んでいるのが面倒臭くなってきた。早く鬼を探したい。殺したい。斬りたい。上弦の鬼を斬り殺してやりたい。地獄なんて生ぬるい、煉獄へと叩き落としてやりたい。

 

「……あの」

 

 気がつけば、先ほどの女とは別の人が部屋を覗き込んでいた。

 なんだろうか。何度か見かけたことのある、先程の眼力が強い女と同じような髪飾りをしている──……。

 

「あんまり、殺気立たないでくれませんか?」

 

 ……申し訳ない。

 はぁ、退屈だ。一匹でも多く鬼を殺してやりたい。もっと強くなりたい。上に、もっと上に上がらないと。上弦の鬼はあんなもんじゃ無い。死なないだけの怪物と、上弦の鬼は格が違う。

 呼吸を磨かないと。剣の腕を磨かないと。技を磨かないと。

 

 やるべきことは沢山ある、時間はそんなに多くは無いかもしれない。だけどやらなくちゃいけない。俺がそうすると決めたから。

 それが必要だから。

 

 捌ノ型、紅炎。

 あの技の反動はそれなりに大きかった。普段伍ノ型までしか扱わないから、奥義と同等の破壊力を持つあの技はかなりくるものがあった。身体の節々が痛いのも、実は怪我というより自爆に近い。

 アレに耐えられる身体を作らないといけないんだな、それに──槇寿郎の身体は煉獄を放っても余裕だと言った感じであった。既に下弦程度なら屠った事があるのだろう。俺が到達しなければならない領域。

 

 ……素振り位ならいいか。

 

 日輪刀を持って、病室を抜け出そうとしたら扉の前に先程の女。俺より低いが、そんなに低すぎない身長位で長い髪の側頭部に髪飾りが付いている。

 ニコニコ笑いながらこっちを見るので、これは無言で戻れって言ってるなと感じたが無視してそのまま部屋を出ようとする。

 

 目の前を塞ぐ。相変わらずニコニコしている。

 出ようとする。

 塞ぐ。

 

 出る。

 塞ぐ。

 

「……姉さん、何やってるの」

 

 後ろから眼力少女が話しかけてきた。ああ、やっぱり姉妹なのか。似てるし、髪飾りは同じだしな。

 

「怪我してるんだからちゃんと休んでないと駄目ですよ」

 

 ニコニコと笑いながら言う眼力少女の姉。

 別に大した事ないし、痛みに耐えれるようになりたいからこのままやりたいんだが。戦闘中に痛みで怯まなくなった方が安全じゃないですか? 

 

「それはそれ、これはこれです」

 

 眼力少女がずるずると俺の身体を引いていく。

 割と力があるな──そう思いつつ、仕方ないと諦める。この二人の前で抜け出して剣を振るのは無理そうだ。大人しく治るのを待った方がいいかもしれない。

 でもなぁ、早くして欲しいよなぁ。斬りたい。鬼を殺して探したいんだよ。俺がこうやって休んでいるのを、犠牲になった人達は許してくれるのだろうか。あの人達は優しいから、許してくれるかもしれない。でも、俺は許して欲しくない。

 

 ずっと責め立てて欲しい。

 お前の所為だと。お前が間に合わなかったのだと。

 そうして鬼を殺せば殺すほど、俺は自分が許されているような錯覚に陥る──自分でも情けないとは思う。けど、そうでもしないと、心が耐えられない。

 鬼を殺すのは、苦しくない。鬼を殺すために死ぬのも、苦しいがやらなければならない事だ。

 

 大切な誰かはもういなくて、答えてくれない。

 それを何度も実感するのが、俺にとっては何よりも辛い。いくら恨みを持っていても、上弦を殺すために憎しみを募らせても、もう帰ってこない。失ったものは、回帰しない。

 

 それが世の常だ。だからこそ、自分の異常性が目立つ訳だが。

 

「何考えてるんですか?」

 

 先程の眼力少女(姉)が、大人しくベッドに入った俺に話しかけてくる。

 何考えてる、そうですね……自分の愚かさと弱さに打ちひしがれてる最中です。

 

「でも不磨さんが相手にした鬼って、十二鬼月だったんですよね?」

 

 でも、下弦の陸──つまり一番下の雑魚です。

 もっと強くならなければいけない。下弦如きに苦戦しているようでは駄目なのです。下弦を一太刀で殺し、上弦に追い縋らなければならない。

 

「……どうしてそんなに自分を追い詰めるんですか?」

 

 そうしたいと、自分が思ったからです。

 そうしなければと、自分が思ったからです。

 鬼を殺すのが、生き残った私の命の使い道ですので。

 

「……姉さん、もう行きましょう」

「あ、え、ええ。……それでは、不磨さん。大人しく療養していてくださいね」

 

 安心して欲しい、もう無理に暴れるつもりはありませんから。

 それにしても、姉妹で随分と対極だな。妹は何処までも理解できない、嫌悪の目線が突き刺さり続けていた。

 それなのに、姉は──何処までも、底抜けの哀れみで溢れている。悲鳴嶼に言われてこの施設に入ったが、あの二人にも訳がありそうだ。

 

 まぁ……鬼に関わった人間で何もない奴など、何処にもいないか。

 

 

 

 

「どうも、おはようございます」

 

 更に一週間、そろそろ痛みも治まってきた。治ってない状態での呼吸にも慣れた上に、呼吸の深度と言うのだろうか。深く深く入り込む、という感覚も掴めた。

 効率的に狩るには休養も大事だと、槇寿郎が言っていたことを思い出す。たしかにそうだな、振り返って反芻するのはとても大事だ。

 

 よく実感した。これからは鬼を殺した次の日は反芻しつつ殺すことにしよう。

 

「そろそろ退院出来ますねー」

 

 眼力少女(姉)が話す。

 漸くか。素振りすら禁止されてたから退屈で仕方なかったが、もっと速く殺せば元は取れる。鬼を殺して、探して、鍛えて、殺す。この繰り返しを行なって、戦闘経験を積んでいこう。まだ死なない。まだ俺は死んでない。だから強くなれる。

 

 ……そういえば、貴女は鬼殺隊に入隊するんですか? 

 

「ええ、今年の入隊試験を受けるつもりです」

 

 ニッコリと笑いながら答える姉。

 そうですか、それなら私から一つだけ助言をしましょう。必要ないかも、しれませんがね。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 手の沢山生えた鬼には、気をつけるといい。

 奴は他の鬼とは違う。強さも、恐怖も、存在も、なにもかも。今の私なら問題なく屠れるでしょうが、まだ未熟な身では奴は殺せません。

 

「手の、沢山生えた鬼……」

 

 私は便宜上、手鬼と名付けましたが……逃げるのが一番。勝てなければ、逃げればいい。命がある限り、幾らでも機会はあるのですから。

 

「…………私、不磨さんのこと少しだけ誤解してたかもしれません」

 

 笑うのをやめて、真面目な顔で言う。

 そんな事はないですよ、貴女の想像通りです。私は何処まで行っても、囚われたままの男ですから。なぁ、上弦の鬼。俺はお前に、ずっと縛られたままだ。

 

 お前を殺せば、この鎖は解けるのか? 

 

 

 ──答えは、掴めない。

 

 

 隊服を着て、少しだけ縫われた羽織を背に着ける。相変わらずどういう仕組みで落ちないのかわからないが、煉獄家の何か凄い力なんだろう。

 久しぶりに日差しに当たる。一月にも満たない短い間だったが、随分と長いように感じる。それまで、夜にばかり歩いていたからだろうか。鬼になってしまえば、この日差しを浴びることは出来ない。浴びたが最後、その身が亡ぶまで苦しむことになるだろう。

 

 太陽は燦々と煌めいている。

 熱い。太陽は、熱いな。その熱に、思わず身を焼かれる様な感覚を味わう。

 

 まだ、燃え尽きるには早い。俺は炎だ。復讐に身を捧げろ。憎しみを糧にして炎を絶やすな。

 

「不磨さん」

 

 屋敷を出る直前、姉が話しかけてくる。

 腰に刀を携え、その小さな手にマメが幾つも出来ている。努力しているのだろう。これからもっと死に物狂いで苦しむのだろう。

 

「私は、胡蝶カナエと申します」

 

 姉──いや、カナエに振り向く。

 

 では、改めて──私は、不磨回帰。いつの日か、お会いできればいいですね。胡蝶殿。

 

 

 


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