回帰の刃   作:恒例行事

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急速

「ぐ、くそっ! 誰か応援は来ないのかよ!」

 

 鬼殺隊の隊士である、一人の剣士が走っていた。

 刀を右手に、呼吸を乱して必死に。その形相はこの世の地獄を見てきたようであり、そして血に濡れている。果たしてその血がこの剣士のモノか、それとも別の生物のモノかは──わからない。

 

 左腕で腹部を抑え、その箇所から血が滲んでいる。

 負傷しているのだろうか、苦しみに耐えるために口を噛み締め走り続ける。

 

「聞いてない……! 十二鬼月がいるなんて、聞いてないぞ!」

 

 息を整えるために、一旦動きを止める。

 その際に感じた痛みに思わず顔を顰めるが、それどころでは無いと改めて走りだす。急がねば、今もなお敵を食い止めている自分より階級が下の女性を思い出し──剣士の前に、影が舞い降りた。

 

 

 

 

「っ……!」

 

 目の前の鬼に、恐怖を抱く。

 自分より圧倒的に格上。実力か違うとか、そういう領域では無い。所詮駆け出しである自分と、何年も人を殺し続けてきた生命体では話にならない。

 ソレを理解しているが故に恐怖を抱き、逃げたいと思う。

 

 ──けれど。

 

「──……姉、さん」

 

 後ろから自分のことを呼ぶ、愛しい妹の事を考えれば退く訳にはいかない。安心させるように、声を出す。大丈夫よ、問題ないわ。声は震えていないか。不安にさせるような要素はないか。

 息を吐いて、吸う。

 

 大丈夫、私も鬼殺隊の一人なのだから。

 もう、貪られるだけではない。守る力を手にした筈だ。刀を握りしめて、苦労して身につけた構えをする。

 

──全集中・花の呼吸。

 

 駆ける。

 脚に力を込めて、置き去るように。妹がまるで蝶のように舞う足取りをするのに比べて、少々力技が過ぎるとは思う。けれど仕方ない。相手は鬼なのだから。身体能力で決定的に差があるから、追い縋るのに必死なんだ。

 

 鬼が相手でも、仲良くなれればいいのに──胡蝶カナエは、常々そう思っていた。鬼殺隊の中でも異端、こんな考えを抱いている人物は何処にも居ないだろう。

 

 けれど、胡蝶カナエは底抜けの優しさを持っていた。

 家族を鬼に殺された。鬼による悲劇を止めるために、命を救った悲鳴嶼の話も交えて生き残った妹と二人で鬼殺隊に入隊した。才能があったのか、最終試験を受ける事を育手である人物に承認された。

 妹は、身体が小さく──鬼の頸を斬る力が無いという致命的な弱点を、物ともしない抜群の連携と援護で胡蝶カナエとその妹は二人揃って一人前の隊士であった。

 

 最終試験を受ける数ヶ月前に、ある一人の隊士から情報を貰ったが──それは置いておいて。

 

 接近しながら、技を繰り出す。集中して、頸を正確に狙え。機会は多くない、僅かな隙間を狙うんだ。

 

全集中・花の呼吸──肆ノ型、紅花衣(べにはなごろも)

 

 前方へ向けて、大きく円を描くように刀を振るう。その場で佇み続ける鬼の頸を狙い澄まし、一閃。──しかし。

 

「──ふん」

 

 鬼の腕で、容易に捉えられる。

 刀を掴まれ、その場で急停止する。鬼の瞳──左目に下参と描かれたその瞳に、思わず怯える。十二鬼月、下弦の参。鬼の中で、上から数えて──九番目。

 このままじゃマズい、身体をどうにかして鬼から引き剝がさないと──

 

「──ぁがッ!」

 

 ヒュ、と肺から空気が漏れ出る。

 気が付けば地面に叩きつけられ、刀は既に手放した鬼だが──何とか手放さなかった筈の自分の手の感覚が掴めない。苦しい。なんとかして空気を、取り込め。

 乱れに乱れた呼吸で、息を吸う。しかしそんな暇を鬼が与える筈もなく、頸を握られ宙ぶらりになる。ミシミシと音を立てる自らの頸と、薄れる意識と苦しみの中にある僅かな安らぎに危険だと認識する。

 

 ここで意識を手放しては、死んでしまう。それはダメだ。妹を置いて、死ぬ訳にはいかない。なんとか動け、動け──! 

 

 けれど、動かない。空気が、酸素が、足りない。人の身体は根性で動けるほど強くない。容易く傷つき、折れて、無くなってしまう。それが人の身体なのだ。

 

「──離せッ!」

 

 妹の声が聞こえる。

 駄目、この鬼は、私達じゃ、力が届かない。

 

 伝えることも出来ずに、頸を絞め続ける鬼の腕を掴もうとしていた腕から──力が抜ける、その寸前。

 

 チリ、と。肌を焼くような、燃え盛る炎のような感覚を肌で感じた。

 

──全集中・炎の呼吸

 

 大きくない筈なのに、妙に轟く声。

 聞き覚えのあるソレが誰の声だったか、それを思い出す前にカナエの薄れた視界が目まぐるしく回転する。

 目の前の鬼の腕がズレたと思えば、次の瞬間には妹の場所まで下がっている。それを自覚した瞬間、大きく咳き込んだ。

 

「姉さん! 大丈夫!? ああ、首に痕が……!」

 

 げほげほと咳き込み、酸素を沢山取り込む。苦しみの中で、酸素を求めていた血が巡り出すのを感じる。

 

「よく、頑張りました」

 

 声が響く。

 何とか色付いてきた視界で、その人物を捉える。

 白い羽織を身につけて、黒の隊服をぴったり着込んでいる。一度だけ邂逅した、人生の全てを何かに捧げていると感じた男性。

 

「──不、磨さん……?」

 

 何とか声を振り絞る。

 右手で日輪刀を抜き、その闘気が滲み出る。後ろを振り向く事なく構えるその姿に声をかける。なんとかして鬼の情報を、少しでも多く伝えなければ。

 

「気を、つけて下さい! 力が、力が普通の鬼に比べて、物凄く強く──」

「──胡蝶殿」

 

 月の光が差す。

 僅かに照らされたその光が日輪刀に反射し、存在感を大きく示す。振り向く事なく告げるその言葉に、思わずカナエは押し黙った。

 

「ありがとうございます」

 

 鬼が、視界から消える。

 爆音と共に一気に加速して駆け出した鬼は、不磨の命を、カナエと妹諸共屠ろうとしていた。それを認識するより先に、カナエは叫ぼうとして──

 

──伍ノ型・炎虎。

 

 大きく唸りを上げて、まるで虎と見間違える程の炎が鬼に襲いかかる。その膨大な熱と、捩じ伏せると言わんばかりの勢いに鬼は真っ直ぐに衝突する。

 

 刹那、一閃。

 鬼の首より下、胴体辺りから半分に切断され鬼は真っ二つになる。

 

「──……下弦の鬼、か」

 

 小さく、それでいて確かな感情が込められた一言。

 鬼は腕しかない状態から反撃しようとするが──その前に腕を切断される。達磨より達磨と言える、最早首しか残ってない状態で存命させられた鬼は恐怖に怯えだす。

 

「お前には道が二つある。一つは、このまま黙って死ぬか。それとも、俺の問いに答えるかどうかだ」

 

 勿論、鬼は後者を選んだ。このまま死ぬのなら、問いに答えて生き延びてやる。問いに答えた後にどうするか等、一言も言っていないことから目を逸らして。

 すぐさま頷いた鬼に、不磨は少しだけ柔らかい表情を見せつつ──無表情に切り替わる。その圧倒的な温度差と、絶対的な冷たさに鬼は震えた。

 

「お前は、上弦の弐の事を知っているか?」

 

 上弦の弐──十二鬼月だろうか。

 鬼は、知らないと答えた。十二鬼月はその括りがあったとしても、繋がりは無い。上弦の者達は愚か、下弦の者すら把握してない。一番上に、ある人物がいる。それしか鬼にとって必要な情報では無いのだ。

 

「そうか。死ね」

 

 え──と、鬼が一言発するよりも早く頸が飛ぶ。

 斬られた。いつのまに、いや、それより──質問に答えたのに。鬼は死ぬ間際に、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 振り返り、件の胡蝶姉妹を見る。

 姉のカナエは頸を絞められて、割と危ないところだった。何故か毎回山に入る度に誰かがやられそうになっている、若しくは手遅れ。

 

 ──胡蝶殿(・・・)、違和感はありますか? 

 

「……いえ」

 

 後に響いても困ります。痛みは? かなり痕が残っている様に見えますが。

 

「大、丈夫です。他の、人達を」

 

 そう言って立ち上がろうとするカナエ。何かしらで攻撃を喰らっていたのか、上手く立ち上がれないようで妹が支えている。やっぱり身体に異常があるじゃないか。

 それはそれとして、他の方は問題ありませんよ。先に助けてきたので。

 

 その分遅れてしまって申し訳ありません、胡蝶殿。それと妹さん。よく、息を吸って下さい。呼吸を行うんです。ゆっくりと、身体の中の空気を入れ替えるように。

 

 妹はとてつもなく嫌そうな顔で、そしてカナエは少し不安そうに呼吸を行う。そう、痛い箇所が鮮明にわかりますよね。その痛みの詳細を探るんです。そして、そこを無くします。気合いで。

 

「えっ」

 

 失礼、そう言ってからカナエの頸を触る。

 触れた瞬間ビクリと反応し、若干嫌そうな素振りを見せるがそれを意に介さずに告げる。

 

 ここ。集中して。

 

 鬼に握られた箇所が、内出血を起こしている。ただの内出血ならば問題ないだろうが──首は駄目だ。首は重症、死に繋がる。以前首を殴られた時、折れてないのに呼吸困難になって死んだ記憶がある。あれはかなり苦しかった。吸えない空気を取り込もうとして、ひたすら藻掻いた。自分で死ぬことも出来ないし、身体に力が入らないまま喰われた。

 どれだけ戦えるようになっても、油断はしちゃいけない。そういう事だな。

 

「……っ」

 

 そう、そこです。血を止めないと、死にますよ。

 

「そんな言い方──」

 

 いいから。貴女は──足を怪我してますね。その痛みには、慣れておいた方が良い。

 鬼に攻撃されて、骨を折った。血を出血した。その場で蹲る? いいえ、そんな暇はない。一秒でも早く、一瞬でも早く復活しなければなりません。鬼と戦うとは、そういう事です。……個人差は、ありますけどね。

 

 俺みたいな、謎の力に踊らされてる奴は別だよ。どれだけ死んでも、死なない。そして、果たしてそれが本当の事なのか──俺はわからない。自分が本当は死んでいて、自分じゃない誰かに成り代わっているかもしれない。それを確かめる方法は、一切ない。

 でも、それに悩んで悔やんで折れてる暇はない。都合がいいと思うしかない。目的を達成するために、奴を殺す為に。

 

「──……ぷはぁっ!」

 

 そうして、少しの間目を閉じて集中していたカナエが荒く呼吸する。

 上手く塞げたみたいですね。その感覚を忘れない、それが大事になります。そうやって一つずつ出来ることを増やす。全部ではない。呼吸を極めて、自分の身体を理解し、その最善を征く──それが鬼殺の剣士です。……受け売りですけど。

 

 さて、じゃあ問題なさそうですね。手を貸す必要も……無さそうだ。

 

 滅茶苦茶睨みつけてくる妹と、何とも言えない表情のカナエ。

 まぁ、二人も鬼に何か思う物があるのかも……いや、これは明らかに俺への視線だな。そんなに気に障るようなことをしただろうか。……前に会ったことがあるからとは言え、少し気安すぎたか。いやでも、うーん。わかんないな。

 まぁ別にどうでもいいか。

 

「──不磨」

 

 どうも、悲鳴嶼さん(・・)。今回は下弦の参、でしたね。

 

「また、下弦が一人減った。それは喜ばしい事だが──やはり上弦は簡単には出ないか」

 

 十二鬼月、上弦の鬼──下弦の六体が入れ替わりが激しいのとは真逆で、俺達鬼殺隊からしても不変の強敵である。百数年変わることもなく柱ですら屠っているその実力の高さと不透明さ。目撃情報すら少なく、それは見かけた人物が軒並み帰ってこないから。

 

「──南無阿弥陀仏……」

 

 現岩柱(・・)、悲鳴嶼行冥。

 

 既に何度も任務を共にし、互いにある程度砕けて話すようになった。元々柱と同等程の力量を保有していた悲鳴嶼は既に岩柱へと上がり、俺の階級もそれなりに上がった。ぐぐぐ、と右腕に力を籠めてみれば──示された字は、(きのと)

 今回で下弦を葬ったから、上がるのだろうか。上がってしまえば俺の階級は、柱を除く一番上の甲へと上がる。

 

 現炎柱──槇寿郎は、元気だろうか。引退したという話は聞かない。最近は帰ることもなくなってしまった。文通すらまともに行えていない。

 

 ……少しだけ、時間を使ってもいいか。

 

 これが終わったら、一旦帰ることにしよう。

 

「あ……」

 

 互いに支え合って立ち上がる胡蝶姉妹が声を上げる。

 木の間から差し込む光、集まってくる隠と呼ばれる人たち。……そうか。もう、夜が明けたんだな。

 

 皆さん、二人を同じように医療施設に放り込んでおいてください。一応呼吸で最低限の処置はしてますが、正式な治療が必要ですので。

 

 隠がせっせと胡蝶姉妹を運んでいく。

 ……また、何も手に入らなかったな。どれだけの鬼を狩っても、どれだけの夜を越えても、その姿すら掴めない。

 

「……不磨さん」

 

 隠の一人が声をかけてくる。

 その手には白い紙が握られており、恐らく俺への届け物だろう。

 

 受け取り、差出人を確認する。

 

 煉獄杏寿郎と真っ直ぐな文字で書かれた手紙を開く。

 

──母上が、亡くなりました。

 

 そう綴られた本文を読んで──何かが、終わったような、始まったような音が聞こえた。

 

 

 

 


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