回帰の刃   作:恒例行事

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相反する二人

「……貴方に言われなくても」

 

 そう言って刀を握りなおすしのぶ。

 

 少し待て、俺に考えがある。

 

「なんでしょう、変な事じゃないでしょうね」

 

 なんだよ、変な事って。

 さっきしのぶ自身が言ってたことだ。鬼に毒は効くのかどうかって、な。

 

「…………毒が。例え効いたとしても──今そんなものは持ってない」

 

 普通の毒──つまり、俺達にも効くような毒は、な。

 考えても見ろ。鬼の弱点は何がある? 

 

「普通に考えれば……陽の光ですか」

 

 ボコボコと音を立てて、皮膚を泡立たせる毒鬼から目を逸らさずに静かに鎹鴉を呼ぶ。

 

 陽の光と、鬼が嫌うモノがある。

 鬼に怯える人たちが、鬼を寄せ付けない為に唯一用いる道具がな。

 

「寄せ付けない──……藤の花、ですか?」

 

 鎹鴉が、空中からある袋を墜としてくる。

 ソレは、稀血と呼ばれる鬼に好まれる血を持つ者に渡す道具。常に鬼殺隊の剣士が目を張ることなどできず、自分で身を守れないものに渡すモノ。

 

 量は少ないが、効き目はあるに違いない。

 

 そうじゃないのなら、鬼が我慢出来るはずないからな。

 

 毒鬼に向かって、木を投げつける。衝撃がこっちまで伝わった所で、駆け出す。一番ベストなのは口から体の中に突っ込む事だが、それは少々難しい。

 今やれるとすれば──……空気を押し出しつつ、傷口を作ってそこにねじ込むくらいか。

 

 呼吸を止め、駆け出す。

 速さは出ないがそれは必要ない。頸を斬るための攻撃ではないのだから。

 

 振るわれる腕と、それと共に投げてくる液体を避ける。そのまま地面に陥没した腕を斬って、薄く傷口を作ってそこに袋ごとねじ込む。

 駄目押しに蹴って押し込んで、その場から大きく退く。

 

 うねうねと傷口が塞がり、袋がそのまま中に入ったのを視認する。

 

「いったいどんな小細工かは知らないけどよ……」

 

 ボコボコと泡立つ皮膚。

 再度毒を発生させてるのを理解して、それを止める手段がない。

 

「あ……?」

 

 ポロリ、と再生途中の腕が止まる。

 その瞬間を見逃さずに、駆け出す。

 

 鬼の表情が驚きに変わり、動きを止める。

 その隙を逃さぬよう、毒の射程圏内ではないだろうと当たりをつけた箇所で呼吸を行う。

 

 炎が轟々と燃え盛るような、重い音。

 

 ──全集中・炎の呼吸。

 

 大地を踏みしめ、刀を握る。この機を逃すな。僅かな呼吸で全力を尽くせ。全てを放出する、その想いを籠めろ。

 

 ──玖ノ型・煉獄。

 

 炎の呼吸の奥義。

 あの日槇寿郎が見せた、あの一撃を思い出せ。

 

 振るう腕に力を籠めろ。

 踏み込む足にて大地を蹴り上げろ。

 

 この一撃は、煉獄の──炎柱の一撃。

 

 燃え盛る炎を、叩きつける。僅かに歪んだ視界の中で、頸は狙わない。身体を冷静に狙い、あくまで削り取る。

 

 大きな衝撃と共に、鬼の身体へと刀が直撃する手ごたえを感じる。

 

「──があああああっ!!」

 

 慟哭と共に、巻き上がった煙の向こう側から鬼が姿を表す。俺に向かって振るわれた片腕を、あまり早く感じないその攻撃に対し対応はせず後ろに下がる。

 

 俺が後方へと待機した直後、入れ替わりでしのぶが突撃する。その速度は目を見張るものがあり、鬼は何時の間に斬られたかも気が付かない程。これで頸を斬ることが出来たなら──いや、今考えるべきことじゃない。

 

「く、そがっ! どけ! 俺は、俺は弱くない! 俺は、能力だけじゃ──」

 

 ──ふわりと、舞うように影が下りる。

 鬼が顔を上げる。だが、既に遅い。

 

「──全集中・花の呼吸」

 

 身体を捻り、空中であるにも関わらず刀をしっかりと両手で握りしめたカナエ。

 先程と同じ動き、けれども鬼は対応できない。

 

「ご、れはぁ……っ!?」

 

 鬼が、しのぶが突き刺した傷口を睨む。

 

「──どうやら、鬼にも効くようですね」

 

 冷静に、後ろへと下がって来たしのぶがそう言う。

 ……成程、刀にも塗ったのか。

 

「えぇ。何やら貴方がアレを突っ込んでから動きが鈍ったようなので」

 

 カナエの刀が、鋭く、鈍く光る。

 

──陸ノ型・渦桃」

 

 未だ身動きの取れない鬼に向かって、斬撃が振るわれる。

 その軌道は綺麗に首を穿ち、胴体と頸を分かれさせた。

 

 

 

 

 ばさばさばさ、と鴉の羽の音が響く。

 山脈の奥深く、木々に囲まれた屋敷──その場所に、鴉は向かっていた。

 

 やがて、見えてきた屋敷に到着すると鴉はぜぇはぁと呼吸を整えつつもある一室の前まで飛んでいく。

 

「……おかえり、よく戻ってきたね」

 

 聞くもの全てを安堵させるような、心の奥底に染み渡るような声を出す──鬼殺隊の代々長を務める、産屋敷。

 その現当主が、まだ若さの残る顔を柔らかく緩ませつつ鴉に近づく。

 

「──……そうか。回帰は、カナエ達と協力して下弦の鬼を」

 

 炎柱・不磨回帰。

 彼は、産屋敷から見ても特異な人物である。

 

 最初に知った時は、先代炎柱である煉獄槇寿郎が新たに弟子を取ったと話を聞いた時。

 間に合わなかった槇寿郎が、鬼がぐちゃぐちゃに潰されて太陽の光で焼かれていくのを見た。それを行なったのが、その時ただの一般人であった不磨回帰。

 

 家族を失い、家を失った回帰は復讐を誓い鬼殺隊へと入隊。その後、血鬼術を扱う鬼や下弦の鬼との戦闘経験を経て──炎柱へと就任した。

 

 回帰は今、鬼殺隊にとって必要不可欠な人材になりつつある。

 

「無茶をする癖も、無くなれば良いけど」

 

 自らの命を顧みず、鬼を殺すことに全てを賭ける。

 不磨回帰とは、そういう人物である。

 

 それは柱になっても変わりなく。

 鬼を、殺して殺して殺して殺して──自分が死んでも厭わないと、そう信念を貫いている。聞けば、回帰の家族を喰ったのは上弦の弐だと言う。

 

 未だ発見報告も、討伐報告も百年上がってこない。

 それはつまり、出会った隊士が軒並み殺されていると言うことを意味している。それは、柱ですらも。

 下弦の壱を討伐し、実力的には上弦の鬼に食らいつけるのだろうか。

 

 一人で上弦の鬼へと──いや。

 産屋敷はそれでも、まだ届かないと考える。

 

 柱一人では、上弦の鬼に届かない。

 

 柱が連携し、情報を整理して、対策を整えた上で勝利できる。

 上弦の鬼はそれほどの相手──産屋敷からしてみれば、上弦の鬼を倒す事こそが全ての始まりになると考えている。

 

 だからこそ、二人を──三人を、共にした。

 

 不磨回帰は復讐の鬼だ。

 その覚悟と信念は、自らの人生全てを鬼殺に賭けてなお余りあるほどの巨大な感情。全身全霊を賭けて、必ずかの憎き鬼を滅すると誓っている。何度死にかけても、いや……死んでも、止まるとは思えないほどの深さ。

 

 胡蝶カナエは慈悲深い者だ。

 家族を喰らい、自分のことを喰らおうとした鬼の死に様にすら憐れんだ。そして、自分のような境遇を出さぬという意思を持って鬼殺隊へと入隊した。妹のしのぶも同様だ。カナエのような、ある意味狂ったような慈悲は持ち合わせていない。だが、鬼の被害を痛ましく思っているのは確かだ。

 

 そんな正反対の二人が、共になる。

 

 既に衝突もしただろう。

 これからも、何度も。

 

 それを承知で、産屋敷は二人を組ませた。

 

 不磨回帰は復讐の鬼だ。

 けれど、人の心は残っている。煉獄への恩、鬼殺という事への考え。そして、他者を想う気持ちは無くなっていない。

 決して、その刃は錆びない。

 強く強くあり続ける、鬼殺隊の柱として。

 

 胡蝶カナエは慈悲深い者だ。

 けれど、鬼は殺す。家族は、仲間は食わせない。たとえ憐れんでいても、悲しくても、胡蝶カナエは鬼を殺す。悲劇を続けないために。他者を弄ぶ事を、是としないから。

 

「……回帰。君はもっと、周りを頼って、自分を大切にしなさい。そうでないと、きっと……」

 

 産屋敷は顔を上げる。

 月の光が眩く、それでいて暗く照らしている。

 

 十二鬼月の一人、下弦の壱が屠られて尚──その月は欠けることは無い。絶対的な六体の鬼、そこを倒さねば──鬼殺隊は、終わらない。

 

 

 





すごく本当の事を伝えると、モチベーションが皆無になってました。文字書きそのものが出来ないくらいには。
ちょっとだけ治ったので投稿です。

少しずつリハビリしていきます。気長にお待ちいただけると嬉しいです。

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