十二鬼月、下弦の壱の討伐。
これまで何体もの下弦の鬼を殺してきた。だが、鬼は──十二鬼月は減る事はない。次から次へと補充され、瞬く間に戦力が整う。まるで悪夢だ。どれだけ殺しても殺しても、悲劇は消えない。
蛆の様に沸き続ける。
大元を断たねばならない。どうしても。
憎悪は止まない。止めるわけにはいかない。
俺は柱だ。この国の、鬼を殺す部隊の柱なんだ。
鬼は全部殺す。
そして、あの憎い上弦の鬼も。
「──ん……磨さ……」
はぁ、と溜息を吐く。
しかし、上弦の鬼というものが近づいた。それは大きな一歩だ。
下弦の壱──簡単に考えて、最も上弦の鬼に近い存在。
それを討伐したのだ。次は──……上弦の鬼。
もっと強くならねば。
一撃で頸を刈り取る。どんな鬼が相手でも、絶対に一撃で。
その領域まで研磨しなければ。心を燃やし、魂を燃やし、身を燃やして。柱という立場を杏寿郎に明け渡し、その後にでも構わない。
俺が生きているうちに、殺してやりたい。
「──不磨さん!」
びくりと体が反応する。
……どうした、カナエ。
すると若干むくれたような表情を見せて、俺に話してくる。
「ずっと声かけてたんですよ?」
本当か?
「本当です!」
……すまん。考え事してた。
そう言いながら謝る。ずっと呼んでいたと言うのなら、非はこちらにある。
そう告げると、カナエが覗き込んでくる。歩きながら、そして俺の方が背が高いので下から見上げるような形で俺の目を見てくる。
「大丈夫ですか? もしかして、あの鬼の毒が残ってたり……」
いや、それはないだろ。鬼の血鬼術が太陽の下で発動するとは思わない。血が焼けるだろうしな。
念のためしのぶにも診てもらったし、問題ないさ。
「……所詮素人の判断ですので、医者に行く事をお勧めします」
それを言うなら俺含めて全員だ。
毒が未知数だから、心配なら受けておくべきだ。
「遠慮します」
相変わらずツンツンしたしのぶの態度に、一度で変わるわけもないかと思い直す。
別に、鬼を殺す邪魔はなかった。それに今回の場合、二人がいなければもっと苦戦していただろう。素直に感謝する。
「それにしても、手強い鬼でしたね」
カナエがそう言う。
相手は十二鬼月下弦の壱──簡単に言えば、上から七番目。前に二人が遭遇した鬼は確か、参だったか。あいつに比べれば強力な鬼だった。
「素直に考えれば、あの鬼を超えるのは残る六体となるわけですか」
そういうことだ。
……少なくとも、上弦の鬼は比較にもならない強さだろう。ここ百年間、一度も討伐報告がない。それは柱もそうだ。遭遇した柱でさえ、喰われて死んでいる。
この程度の鬼に、苦戦してる場合じゃない。全部、もっと素早く殺せるようにならないといけないんだ。
「……どうして」
しのぶが短く何かを言ったような気がするが、それは無視する。疑問だったらはっきり言うだろうし、呟きを拾うほど目敏くない。
というより、どうでもいい。
そして今回、負傷はしてないが念の為休息を取れと鎹鴉に言われている。
相手の使う武器が未知数であったからなのか、単純に見えない部分で怪我をしていたのか。定かではないが、一先ず従う。
「……あの鬼は、どうして鬼になったんでしょう」
カナエが俺に問うように呟く。
……知らん。鬼の人生の背景など、俺には関係ないからな。鬼になるべくしてなった。人を喰うと決めて喰らった。そんなもの、俺は考える気にもならん。
少なくとも奴は、毒で矮小な人間を弱らせその上で嬲り殺す趣味を持った鬼であったという事はわかる。
そんな奴に、背景など要らない。悪であるべきだ、悪として斬るべきだ。不要に他者を貶め、それを糧にしようとする者など──死んでしかるべき。
……鬼に限らず、な。
「……ふん」
日輪刀を磨く。
鑢をかける訳じゃない。あくまで布で拭き取るだけだ。俺の日輪刀も、少しずつ綻びが見えてきた。この刀を貰ってから、何体の鬼を殺したのだろうか。数も覚えてない。
鬼を殺すことが、俺の生きる意味だから。それ以外に、俺は何もない。
藤の花の家紋を掲げた家、鬼殺隊へと支援を行ってくれている家の二階。窓から外を見上げ、月を見る。
あの月が欠けぬ様に、鬼の十二鬼月は欠けない。
下弦が死んでも、上弦が死なねば意味がないのだ。
上弦の、弐。あの鬼は、何処にいるのだ。
今すぐにでも会いたい。会って、斬って、殺してやりたい。楽になどさせない。目一杯痛めつけて、憎しみをぶつけて、死にたいと懇願するまでひたすらに叩きのめしてやりたい。
酒を飲む。
喉を焼く様な、この感覚が染み渡る。
月明かりが照らす今も、どこかで鬼の被害に泣いている人がいる。それを嘲笑い、下卑た目と意思で嬲る鬼がいる。
死んでも死ぬことはないこの身で、死を恐れてどうする。
なにも恐れる事はない。痛みも、恐怖も、等しく俺が手に入れなければならないものだ。手に入れて、掌握する。鬼を地獄に送る。
そのために産まれたんだろう、俺は。
「すみません、不磨さん。まだ起きていますか?」
扉の向こう側からカナエが声をかけてくる。俺と胡蝶姉妹の部屋はそれなりに離れていた筈だから、わざわざこっちにきたのか。
起きてる。何か用か?
「少しお話したいな、と思いまして」
ガラ、と扉を開いて部屋に入ってくる。
隊服ではあるが、いつもの羽織は着ていない。
「それじゃあ失礼します」
ストン、と俺の横に座るカナエ。
ちびちびと酒を飲み続け、何か話し始めるのを待つ。
「……不磨さんは」
俺を見ながら、声を出す。
「不磨さんは、どうして鬼殺隊に入隊したのですか?」
俺の生い立ちか。
聞いて面白い様なものでもないが……寝なくていいのか。
「なんだか眠れなくて。よかったら、教えてほしいです」
そうか。
一から話せば長くなるから、端的に言うと──ある鬼を探している。
「ある、鬼……」
ああ。
そいつはな、俺たちが相手してきたどんな鬼よりも凶悪で邪悪で悍ましい存在だ。十二鬼月、その中でも頂点に近い。
上弦の弐──名前も、戦闘方法も誰も知らない。その正体を知るものは、相対したものは誰一人として残っていない。俺を除いてな。
「上弦の弐、ですか……」
なんとなく、俺が何かを求めているようにでも見えたか?
そうだな。俺は、どれだけ何をやってもアイツを探している。鍛錬しているときも、休息しているときも。いつ片時もあの存在を忘れたことはない。
俺の家族を喰らったアイツを、俺は生涯を賭けて探して殺す。
「……それなら、もう少し自分を労わって下さい。身体が、持ちません」
初めて出会ったとき。
此間の、共に鬼狩りをするに至ったとき。
いいさ。身体が持たなくても。死ぬ限界で生き続ければいい。
「いいえ。そんな戦い方は破錠します。いつか、絶対に」
そう言って俺を見つめるカナエに、思わず視線をずらす。
……どうせ、話したところで信じる人物は居ない。適当にあしらおう。
いいんだよ。生と死の狭間を、行ったり来たり。
結果的に生きているのならそれでいい。俺の生に、それ以上もそれ以下もない。鬼を殺したか殺してないか。その程度の差だよ。
「──……それじゃあ、不磨さんの人生に、意味がないじゃないですか」
人生の意味、か。
必要ない。俺が生きるのは、鬼を殺すためだ。あいつを殺せたなら、死んだっていい。……いや。寧ろ、死にたいな。そうなったら。
この俺の死にたいという意味を正しく理解できるのは、俺しかいないが。
「──だめです!」
ぐいっと顔を近づけてくるカナエ。
何が琴線に触れたのかはわからないが、強い意志を感じさせる瞳で俺をのぞき込んでくる。
「……死なせませんから。生きる意味は、誰にだってある筈です」
さてな。そうなら、俺の生きる意味は──鬼を殺す。そういうことだろ。
「っ……なら、私が他の生きる理由を不磨さんにあげます」
は、と思いカナエを見返す。
真っ直ぐに、俺を見つめるその瞳に、先ほどは思わず目を逸らしたが今回は逸らさない。
何故そこまで他人の俺に構う。
お前はお前の妹の相手をしろ。もっと優先順位を付けろ。俺如きに、構っている場合じゃない。
「……そういうところ、ですよ」
なに?
「不磨さん、優しいじゃないですか」
──…………は。
「私の事を見抜いて、いつか手遅れになると言ってくれましたし。その上で、助けてはやると言ってくれましたし。今だって、自分自身よりしのぶの事を優先しろって言っていますし。だから、そんな優しい人だから……」
私だって、そう易々と死んでもいいなんて言ってほしくない。
………………なん、だそれ。訳が分からん。
たった数回顔を合わせて、たった数回鬼を共に狩っただけだ。お前は俺の何も知らないだろ。
「えぇ、知りません。でも、知りたくないとは思いません」
はぁ…………そうかよ。
好きにしろ。どうせ、これからは一緒に鬼を狩る事になるんだ。
底抜けの優しさだ。
慈悲なのか、それとも元来の性格なのか……。
……だからこそ、俺と組ませたのですか? お館様。
鬼すら憐れむカナエと、鬼を憎む俺をわざわざ。
狙いがわからない。わからない、が──何の意味もないとは思えない。
…………仕方ない。
明日、お前の鎹鴉に住所を書いた紙を渡す。鬼殺の任務が来たとき、そこまで来い。しのぶ連れて──……あー、どっちでもいいが。そこが俺の家だ。
「…………はいっ」
月の明かりが少しだけ照らして、カナエの笑みが浮かぶ。
……はは。歴代炎柱だったら、どうするんだろうな。
俺じゃ、中途半端しかできない。俺の深い憎しみの感情と、柱としての、煉獄としての責務。その間を取る、中途半端しか。
他者の拒絶もできない。
かといって受け入れもできない。
だが、成ると決めた。
あの男が認めた柱なんだ。
情けないままでいるわけにはいかない。
お館様の考えは理解できない。目的もわからない。だが、それを汲むのが柱だ。必要だというなら受け入れろ。
俺に何が足りないと思われたのか──それを見つけ出す。
少し眠そうにするカナエを見て、窓の外をのぞく。
夜はまだまだ、明けそうには無かった。