回帰の刃   作:恒例行事

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不磨回帰日記・前編

 鬼殺隊。

 その名の通り、鬼を殺すために存在している政府非公認の組織。

 

 鬼。

 主食、人間。驚異的な生命力と、再生能力。そして身体能力も馬鹿にならない。人間を軽く捻り潰す程度の力は持っており、只の人間では対抗できない存在。

 陽の光と、特殊な素材を使った武器で頸を斬るしか打ち勝つ方法がない──そう、伝えられている。

 

「着いたぞ」

 

 思考を中断し、声の主──煉獄槇寿郎が見る方向を見る。

 大きな門、自分の住んでいた小さな小屋とは規模の違う立派な屋敷。流石にこれほどのものは見たことがなく、思わず呆けて見てしまう。

 

「今戻った」

 

 扉を開き、中に入っていく槇寿郎。くい、と動作でついてこいと示すので後ろに付いていく。背中に小さく纏めた荷物を背負い直し、なるべく邪魔にならぬよう歩いていく。

 ペタペタと俺の歩く音のみが響く。共に歩く槇寿郎からは歩く音が一切せず、武道とはこういう物でも出てくるのかと内心驚く。

 

 整えられた室内、廊下ですら──というか、廊下という概念は知っていたが実物、それもここまで綺麗な物は初めてみた。鬼殺隊というのは割と金を持っているのだな、内心そう思ってしまう。別に金目当てではないから、なんだっていいが。

 

 そのまま進んで、外と繋がっている部屋に槇寿郎が入っていく。続いていいものか悩んでいると、部屋の中から手が伸びてきて手招きの動作をする。それに従い、入室する。

 畳が敷かれ、部屋の中には小さな机がありその周囲に紙が散らばっている。羽織を脱いで腰の剣を置いた槇寿郎が改めて俺に向き合う。

 

「ここは煉獄家──今は俺が家主だが、代々我が一族に受け継がれている家だ。今日から不磨には、この部屋を貸す。ここで暮らしていくといい」

 

 ありがとうございます、月謝はどうすればいいですか。

 

 そう言うと、一瞬驚いたような顔をしてから瞳を閉じて腕を組む。考えているのだろうか、今現在職も何もかもを失った身としては後にしてもらえるとありがたい。払うのは全然構わないが、働く手段がない。

 

「そんなものは要らん。お前が鬼殺の剣士になるのが条件だ」

 

 そう言って目を開く槇寿郎。

 素直に有難い、けれどそんなに世話をしてもらって良いのだろうか。それでは、俺は何もかもが貰うだけになる。それはなんだか申し訳ない。

 

「ふ、まあ聞け。俺にもこう見えて息子がいてな。まだお前より幼いが──アイツは、杏寿郎(きょうじゅうろう)は、必ず立派な鬼殺の剣士になる。それに、お前も負けないとも思っている」

 

 鋭い眼光が俺を貫く。

 一瞬ビクリと身体が反応するが、それを跳ね返すように見返す。あの瞳から目を逸らさなかったんだ、俺は。今更人間の睨みに怯んでる訳にはいかない。

 そうでなければ、鬼退治なんて夢のまた夢。俺は乗り越えなくちゃいけない、あの痛みを。

 

「……気合いは十分、覚悟もある。とは言っても、基本の基本からだが」

 

 鬼殺隊に入るために、まず身につけねばならないことが複数。

 

 一つ、生身で鬼と対峙するための強靭な身体能力。

 これに関しては、嫌という程実感した。殺せる殺さない、その前に勝てないのだ。俺があの鬼相手に殴り勝てたのは、相手が油断していたのと──俺が、何度も死んだからだ。

 

 一つ、鬼を斬るための刀を扱う技術。

 刀──太陽に一番近い山、陽光山(ようこうざん)の砂鉄と鉱石を原料に作成する。これは全て鬼殺隊の関係者しか知ることはなく、刀鍛冶も専用の里にいる者しか作ることはないそうだ。それほど秘匿せねば、鬼に気付かれる。俺の出会ったあの鬼の様に、計り知れない鬼がいるのだろう。

 

 一つ、『呼吸』の体得。

 特殊な呼吸を用いて、身体能力や技を底上げする。日の呼吸を基に派生した呼吸、それぞれ個人に適正というものがあるそうだ。例えば槇寿郎、というより煉獄一家は炎の呼吸。日の呼吸の派生の炎の呼吸の派生、なんて分かりづらいモノもあるそうだがそれはまあいい。

 

「お前は既に十五。これからが最も吸収力のある時期だ──身体能力の強化、そして呼吸の体得。剣の鍛錬を交えて行う」

 

 具体的には、まず素振りを一日で二千。その素振りの最中に、全集中の呼吸と呼ばれる呼吸を行う。それはなんですかと聞いてみたが、首を捻られた。鍛錬すれば自ずと身につく──それで付かなかったら才能ナシ。割と厳しいのだな、いや、それはそうか。鬼なんて、あんな恐ろしい存在に対抗するための技術だ。

 生半で習得できては意味がない。その通りだ。

 そして二千が終われば、休憩を少しだけとって──否。休憩などナシ、組手あるのみ。正直な話これを当然と話している辺り、本当に難しいものなのだなと実感させられる。こちらも遊びで来たわけじゃないが、少し怯むものがある。

 

 そうして体力を使い、身体を使い潰して、食事を取り、休息する。翌朝早朝から再度素振り──その繰り返し。

 

「怖気付いたか?」

 

 まさか、そんなはずは無い。

 心が寧ろ昂ぶっている。こうすれば良いのだと、いつか奴を殺せる力が手に入ると証明されたのだから。

 

「……そうか。今日は素振りをしておけ。本格修行は明日から行う」

 

 そう言って羽織と刀を持って出て行く槇寿郎。

 僅かに持ってきた荷物を置き、縁側へと繋がる扉を出る。いつも山から見る太陽とは違って、周りに木が生い茂ってないので良く見える。炎の呼吸、ソレをベースに教えてくれると槇寿郎は言っていた。俺は、炎の呼吸なのだろうか。

 

 日の呼吸を大元に、水、炎、岩、風、雷。さらにその五派性から分かれ、幾つもの呼吸があるそうだ。

 炎の呼吸の使い手は、簡単に言うと真っ直ぐな人物らしい。槇寿郎が少し控えめに話したそれはとても興味が湧く内容だった。情熱を胸に燃やして目標に邁進し、細かいことを顧みない者。たしかに、俺にもその片鱗はあるかもしれない。

 

 一つの目標(家族の復讐)を胸に、必ず殺すと言う情熱を抱えて、とにかく進む。それが今の俺だ。ああ、何だ。意外と似合うんじゃないのか。

 

「──お前が父上の言っていた、客人か!」

 

 急に声をかけられる。俺より背が低い、槇寿郎に髪型や雰囲気が──というより目付き以外がかなり似ている少年が話しかけてくる。袴と道着の様なものを身に付けた少年は手に持った木刀を納め、俺に手を差し出してこう言った。

 

「俺は煉獄杏寿郎(きょうじゅうろう)──よろしく頼む、弟弟子(・・・)!」

 

 よろしくお願いしますと告げて、手を握り返す。

 握った手をまじまじとみつめる杏寿郎に、何か気になるものでもありましたかと問う。すると首をぶんぶん横に振り、いいや! と元気に告げた。

 

「剣を握ったことは無いのに、ゴツゴツしていると思ってな!」

 

 それは農具を握っていたから、と答える。

 十になる前から農具を握って生きてきたのだ。そうすれば癖の一つや二つは染み付くだろう。……もう、握ることは無いけれど。使い方を教えてくれた父も、失敗した時に優しく慰めてくれた母も、いつも申し訳なさそうにしていた、一日を終えて帰れば必ず待ってくれていた姉も──もう、居ない。

 

 炎の呼吸を扱うなら、過去に引き摺られたままでは駄目なのだろうか。俺は、過去を捨てたく無い。

 

 握っていない方の拳を握る。この痛みを忘れてはいけない。俺はこれを持っていく。そしてぶつけてやる。これまでのありったけを、苦しみを、何十倍にしてでも返してやる。それが俺の、【炎の意思】だ。

 

 よろしくお願いします、杏寿郎殿。

 年下の兄弟子へと返事を返す。俺より五つも下の、俺より恐らく既に強いであろう兄弟子へと。

 

 

 

 

 一、二、三、四──渡された木刀を振る。

 上に上げて、下に下ろす。鍬を扱うのと似たようで似ていない、斬るという事を意識して振る。そうしなければ意味は無い。ただ振る事ではなんの意味もない──槇寿郎はそう言っていた。

 

 槇寿郎の弟子たちに混ざり、と言っても俺より数段上の連中ばかりだ。呼吸を既に体得し、剣技の修練へと本格移行している者達ばかり。俺だけが、今日始まり。だけど何も焦ることは無い。やるべきことがはっきりした今、他者と自分を比べている暇は無い。確かめなければならないことが幾つもあるんだ。

 刀と言うのは、基本的に「引いて斬る」ものらしい。日輪刀の場合少し特殊で、そこらへんの技術はあまり重要視してない様だが。通常の対人の概念もあまり通用しないのだろう。鬼の動きは少々特殊で、人間がしない様な動きばかりする。

 

 五百程素振りを終えた所で、疲労度がかなり溜まってきた。息切れが起きて、ぜぇ、はぁ、と情けなく呼吸してしまう。それを素振りを続けながら少しずつ修正していく。ふ、ふっと小さく呼吸を繰り返し調子を整え、それでいて息を大きく吸う。肺一杯に空気を取り込んで、それを吐く。苦しい。苦しさが何よりも上回るが──これが大事だそうだ。

 肉体を苛めて苛めて苛めて──苛め抜く。そうすることで正しい呼吸が扱えるようになる。

 

 千、千五百、二千と回数を積み重ね、素振りを終えた頃には──身体が酷く疲労していた。倦怠感が凄まじく、息をするのですらかなり辛い。

 他の弟子たちが普通に修行を終えて別れていくのを見て差を感じる。まだだ。まだ、足りない。俺もあそこへと昇らなければならない。通過しなければならない。それこそ、命を燃やす──その覚悟を持たなければならない。

 

 歯を食いしばって、腕を振る。小刻みに揺れるだとか、震えるだとか、そういう領域じゃない。腕に力が籠らない。限界というのはこういう事を言うのだろうか──それ程までに苦しい。

 

 三千を超え、四千。四千を飛び越し、夜になる頃に五千。一日かけてこれしか終わらなかったという事実を受け止め、翌日は六千まで振ってやると思ったところで、背後から声が聞こえる。

 

「──まだやっていたのか」

 

 槇寿郎と──誰だろう、妻だろうか。

 腰まで届くような美しい黒髪に、キリリとした強気な目。

 そういえば挨拶をしていないと思い、慌てて姿勢を正そうとするが──身体が上手く動かず、縺れて倒れこむ。そのまま倦怠感が襲ってくるので、正直このままでもいいかと一瞬考えるが踏ん張る。

 

「一日目で無理をするからだ。……気持ちは分からなくも無い」

 

 そう言って槇寿郎が俺のことを引き起こしてくれる。

 その目に険しさはなく、優しく、まるで懐かしむように俺を見ていた。

 

「紹介が遅れたな。こいつは不磨回帰、杏寿郎に劣らない才覚を持っている金の卵だ」

「まぁ、それはそれは」

 

 口元を押さえて上品の笑う女性。

 ぐぐぐ、と槇寿郎に支えられたままなんとか礼をする。

 

「無理はしないで。私は瑠火(るか)煉獄(れんごく)瑠火(るか)──槇寿郎さんの妻です」

 

 丁寧に礼をしてくれた瑠火さんに、できるだけ非礼の無いように答える。

 礼を尽くしてくれる人に、無礼なことはしてはいけない。他人へ優しさを忘れるな、農民ながらにそう教えてくれた父は、確かに優しさを持っていた。だからこそ、時たま訪れた旅人が定期的にやってくるようになったのだが。

 

 私は、不磨と申します。ご挨拶が遅れたこと、誠に申し訳ない。

 

「いいのよ、気にしないで。私もあんまり調子が良くないから出歩くことが少なくて──してあげられる事は多くないけど、しっかり学んでいって下さいね」

 

 そう言って微笑む瑠火さんに、素直に綺麗だと思った。

 儚くて、いまにも倒れてしまいそうなのに──心の強さを感じる。まるで根強く育った大木のような、それでいて燃え盛る炎のような。ああ、槇寿郎の奥さんにぴったりだと。

 

「父上、母上! 食事の準備が──む」

 

 兄弟子──もとい杏寿郎が奥の部屋から中庭へと繋がる廊下へ出てくる。

 

「不磨! 飯だ、一緒に食べよう!」

 

 キラキラと輝いた空気、家族の空気に俺という異物が混ざっていいのか少し怖気付く。

 すると槇寿郎はなにかを察したのか、小さく笑いながら俺の頭をガシガシと撫でた。撫でるというより、荒く適当に手で梳いたと言った方が正しい。髪の毛が散らばり、汗や砂汚れがベタベタする。

 

「お前に忘れろなどとは決して言わん。痛みも、その辛さも、過酷さも。悲しくて、泣きたくなる過去も。──だが」

 

 ニィ、と笑う槇寿郎。その顔は杏寿郎とそっくりで、親子だなとすぐさま理解できるほど。

 

「見捨てない。俺たちは受け入れる。それが、煉獄家だ」

 

 ──優しさを忘れるな、回帰。

 

 すでに会えなくなった父の姿が脳裏に浮かぶ。

 ああ、その通りだよ父さん。必ず、必ず俺が──成し遂げてみせるから。だから、笑ってくれ。せめて、天国で、笑っていてくれ。

 

 涙をこらえて、槇寿郎に感謝を告げる。いや、槇寿郎だけにでは無い。煉獄家、全員に。

 

 その日の食事は、とても、暖かくて。

 染み渡る味だった。

 

 

 

 

 

 一日に五千。これが俺の課した素振りの回数だ。

 弟子たちが素振りを行なっている間、槇寿郎と組手を行う。互いに木刀を持ち、俺が攻撃をひたすら仕掛ける。それを槇寿郎は受け流し、避け、俺に反撃してくる。その痛みが凄まじく、脇腹や頬等痛みに弱い部分を的確に狙ってくる。出血はしていないが、血が出てるんじゃ無いかと思うほどの痛み。

 

 そうしてボコボコに打ちのめされて、昼になる。既に死体のような姿で這いずって移動する姿は流石に弟子達から見ても悍ましかったのか、よく手を貸してくれた。そのまま口の中の切れた部分を洗い流すために口に水を含み、痛みに悶えて、吐きそうなのを我慢して無理やり食事をとる。

 

 腹が膨れたところで素振りを始める。もちろん苦しい。

 苦しいが、それを耐えて耐えて耐え抜いて、素振りが三千を超えたあたりで力尽きる。夕方になって意識を取り戻して、再度振り始める。継続は力になる──槇寿郎曰く、正直な所ここで辞めるようならお前に期待はしないと言われてしまった。鬼を殺す。その覚悟を持つという事は、つまりそういうことなのだろう。

 

 ああ、その通りだ。このくらいで挫けてたまるか。挫けたところで、俺には何もない。

 また無様に喰われるのはごめんだ。夜、寝る寸前に痛みを思い出す事だってある。その不気味さに、一晩寝れない事だって。でも、俺はそんなものに挫けない。痛みがなんだ。苦しみがなんだ。

 

 俺は生きてる。

 生きて、復讐をするのだ。必ず、何百倍にも返してやる。

 

 俺の心に燃える炎は、その程度で消えはしない。折れて、吹き飛ばされ、苦しみ喘いでも──その熱は、絶えることはないのだ。

そうして、三ヶ月程過ごしただろうか。

 

 いつも通りの朝、槇寿郎が巡回に行かず予定が空いている日のみできる組手──槇寿郎は、真剣を持っていた。

 

 

「不磨──今日からは、互いに真剣だ」

 

 

 そう言って投げられ、目の前に刺さった刀を見て。

 

 槇寿郎の、鋭い目に──俺は怯んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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