回帰の刃   作:恒例行事

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不変の日々

 久しぶりに、一人きりの夜。

 既に灰になっていく鬼の亡骸を踏みつけた後、月を見る。暗い世界を照らす唯一の明かりは、とても美しく見えた。こんなふうに思う感性が自分に残っていることに驚くし、それを受け入れている自分にも驚く。

 

 月は変わらない。

 俺たち人間の人生がどれだけ幸福になっても、悲劇に塗れても、変わる事はない。

 

 それがなんだか少しだけ、うらやましい。不変である──俺はいいと思う。

 中には変わらないものなんて退屈だ、なんてことを言う人物もいる。

 

 でも俺は、悲劇によって変わってしまうくらいなら──どうかいっそ、変わらないでほしいと願ってる。

 

 

 

 

「おはようございます」

 

 ……おはよう。

 

 普段ニコニコとしているカナエが、なぜか仏頂面で俺の家を訪ねてきた。

 時刻は正午、家に帰ってきて風呂に入って寝付き始める頃──というか俺は寝てた。

 

「…………」

 

 まるで妹のように無言になる。何か気に障る事でもしただろうか──そもそも、コイツが気に障るってどれだけの事なのだろうか。皆目見当もつかない。

 

「不磨さん」

 

 ……ああ。

 

「どうして昨日、家にいらっしゃらなかったのですか?」

 

 それは、鬼を殺しに行ったからだな。

 

「何故、鬼を殺しに行ったのですか?」

 

 それは、殺してもいいと言われたからだな。

 

 ニコり、そうほほ笑んで俺を見てくる──というより、見詰めてくる。

 一ミリも目線を外さない。

 

 ……悪かった。悪かったからソレ、やめてくれ。

 

「……ほんとに悪いと思ってます?」

 

 思ってる。本当に悪かった。

 

「……まあ、いいです。それは置いておくことにして──いや置いておきませんが」

 

 そういいつつ、また真顔になったカナエ。

 

「ちょっと寂しかったんですからね。昨日来て、誰もいなくて」

 

 寂しい。

 鬼を殺すのに、騒がしさは必要なのだろうか。少なくとも柱である俺が何時迄も人間を連れて──ああ、いや。そう考えると一緒に行った方が合理的だ。

 

 俺も柱として、お前を育てる必要がある。

 新たな柱になれる才を持つ、お前を。

 

 ──いいのか? 

 

 一瞬だけ頭の中に浮かんだその問いを、一蹴する。

 なにが、いいのか、だ。今更なにを思う。

 

 謝罪をして、どうせなら上がっていけと声をかける。

 あら、と言いながら入ってくるカナエを離さない程度の速さで歩いて行く。途中で縁側に差し掛かり、ここがいいとカナエが言ったので俺は物を取りに行った。

 

 と言っても、茶くらいしか出すものがない。食事は残念ながら外食したため残ってないし、食材すらほぼない。

 

 茶を盆に乗せ──最低限のものだけは確保しろと、過去にカナエに言われたため持っていた──を、運ぶ。

 ある意味カナエに出すのは正解だな。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 縁側に腰掛け、外を眺めるカナエ。

 なにか面白いものでもあったか? 

 

 そう言うと、微笑んでから柔らかに首を横に降る。

 

「いいえ。ただ……」

 

 ただ。その後の言葉が紡がれる事はなかったが、なにを言いたいのかだけはわかった。言葉がわかった訳じゃない。どんなことを伝えたいのか、それが──俺にも、なんとなく伝わった。

 ただ、それだけだ。

 

 気がつけば、鎹鴉が俺の所まで飛んできた。珍しいな、普段は居ないのに。

 

 それで、何しにきたんだ? 

 まさか俺と話すためにきた訳じゃないだろ。

 

「え? 話すために来ました」

 

 ……そうか。

 

「はい」

 

 それきり、会話が止まる。わざわざ俺と会話するために家を訪れるとか、ますますしのぶに嫌われそうだ。なんでもカナエのせいにするなと憤るが、これに関しては俺は全く悪くない。

 

 暫しの間、二人でゆっくりと時間が過ぎるのを待つ。

 気がつけば茶は全て飲んでおり、それはカナエも同じようだった。

 

「……不磨さんにとって、私達は邪魔なんだって」

 

 唐突に、それでいてしっかりと。

 カナエが声を出す。

 

「昨日、私達の所にも鎹鴉を通して指令が下りました。『炎柱は本日より、単独での鬼狩りを許可した』って。何故だとか、そうやって理由を聞きたくて来た訳ではないんです」

「その、なんて言いますか。なんの会話もなく、お別れって言うのは、寂しくて。だからせめて、私は──……」

 

 そこまで言ってから、カナエは口を閉ざす。

 

 ……そう、だな。何の挨拶もなしに、関係を終わらせようとしたのは謝る。俺の失態だ。

 

「……すみません、謝って欲しい訳じゃないんです。過失がどっちにあるとか、そうでもなくて……ええと」

 

 なんだか要領を得ないカナエの口振りに、なにを求めているのかわからなくなる。ゆっくりと、自分の中で言葉を咀嚼するように考えた言葉をカナエが話すまで待つ。

 

「……指令が下ったから終わり、で終わらせるのは、私は寂しいです」

 

 カナエはそう言って、話さなくなった。

 ……つまり、鬼狩り以外でも関係を持ちたいと。そう言うことか? 

 

「……はい」

 

 ……鬼狩り以外、か。

 今になって思えば、そんなこと考えてもなかった。

 

 俺の人生は、鬼を殺すことに捧げた。それ以外には何もない、ある意味空虚な人生。意味はあるのかと言われれば、わからないとしか答えられない。

 

 友人、なんて言葉もあったな。

 果たして俺に友人はいるのか。そもそも、友人とは何なのだろうか。杏寿郎、悲鳴嶼……あとはそれこそ、胡蝶姉妹位しか関係を持っている人物はいない。お館様はお館様だし、柱である悲鳴嶼は同僚。

 

 ああ、成る程。俺が唯一友と呼べるのは、杏寿郎だけなのか。

 そうなると、胡蝶姉妹は何になるんだろうか。同僚? いや、何だろうか。

 友人と呼べるのか。しのぶは……無理だな。怨敵とすら思われていてもおかしくない。

 

 カナエ。お前から見て、俺はどうなんだ? 友人と呼べるのか? 

 

「えっ」

 

 一瞬驚いた声を上げて、すぐさま口を塞ぐように手を当てる。

 やはりなにも言わない方が良かったか。

 

「い、いえ。少し驚いてしまって……すみません」

 

 んんっ、と一度喉を鳴らして落ち着こうとするカナエ。

 

「私は、そうですね。不磨さんの事を……ええ。尊敬出来る人だと思ってます」

 

 尊敬出来る人、ね。

 俺はそうとは思わないが、カナエの中ではそうなんだろう。炎柱として、杏寿郎の前任として。恥ずかしくない柱になれているのだろうか。

 

「でも、それと同時に心配もしてました。だって貴方、鬼を殺すことしか考えてないんです」

「鬼を殺す。鬼殺隊として、その考えは間違ってない。私はそこまで歪めるつもりはありません。ですが、せめて……もっと自分の身を案じて欲しいと思ってますよ」

 

 自分より階級が下の人物に言われる。だが、不思議と不快感はない。これが見ず知らずの隊士であれば、相手にすることすらしなかっただろう。

 では、何故カナエは平気なんだ? 何故その言葉を受け入れられる? 何故聞いていられる? 

 

 ……ああ、成る程。そもそも俺は、とっくの昔に変わってたんだな。

 

 そう思うと、なんだか、気が楽になるというか──ああ。そうか。

 俺も絆されたんだな、カナエに。

 

「だから……え」

 

 カナエが話す途中で此方を見て固まる。

 どうしたのだろうか。

 

「…………いえ、その……なんでも、ないです」

 

 此方から目を逸らし、反対側を見るカナエ。

 

 なんだ、変な奴だな。

 

 そうして止まった会話。

 暫くすると、眠気が息を吹き返したかのように襲ってくる。

 

「……あ、そ、そういえば寝てないんですか?」

 

 ああ。お前が、来たからな。

 別に嫌味っぽく伝える気はなく、そのままの意味で伝える。

 

「それは、すみません」

 

 申し訳なさそうに謝るカナエの声を聞きながら、なんだか懐かしい感覚を覚える。

 ああ、なんだろうな。人が、隣にいるのに、寝そうになるなんて。

 

 あの頃──まだ、家族で一緒に居た時以来、か……。

 

 

 

 

 とすん、と。胡蝶カナエの肩に急に重さがのしかかる。

 

「……不磨さん?」

 

 その重さの原因となっている、灰色がかった髪の色の男性──不磨へと声をかけるが、反応はない。どうやら、不磨が思っているより……カナエが思っているより、疲労は溜まっていたらしい。

 

 カナエは小さく柔らかな笑みを浮かべつつ、不磨の頭をずらす。肩からもっと下──要するに膝枕、というモノ。

 ゆっくりと、それでいて素早く態勢を整えたカナエは一息つく。

 

「珍しいですね。貴方がこういう姿を見せるのは」

 

 出会って、それなりに年月が経った。

 最初の出会いは、あの屋敷。怪我をして運び込まれてきたくせに、すぐ鍛錬だと言いながらどこかに行こうとしていた。

 ああ。そういえば、あの頃は敬語だった。気味が悪いくらいに他人行儀で、それでいて無遠慮でもあった。あの山での邂逅、十二鬼月との戦いを一瞬にして終わらせたとき。そこでもまだ、敬語が抜ける事は無かった。

 

 ああ、そうすると。

 敬語が抜けたのは、あの再会の時だった。どこからどうみても体調不良、ふらふらと歩く不磨を藤の花の家紋を掲げる家に何とか連れ込んで休ませた。後から話を聞けば、柱になってばかりで無茶をしていたと。

 その無茶をする癖は、カナエが何度も何度も言いまくった結果多少──ほんの少し、若干、ちょっとだけマシになった。

 

 カナエは、不磨の灰色がかった髪を撫でた。

 ふわりと、慈しむように。

 

「……ふふ」

 

 髪の隙間から覗いた不磨の、安堵したような表情にカナエは笑みを溢す。

 ふあ、と欠伸をする。どうやら寝ている姿を見ていたらこちらも釣られたようだ。

 

 ──急に、脳裏に先程の不磨の顔が蘇る。

 

 これまで見せたことのないような、途轍もなく柔らかい笑み。

 常に眉間に皺を寄せて不愉快な様子を醸し出していた不磨からはあり得ないとすら、カナエは思った。思わずその表情を見た時、話している最中だったのにも関わらず顔を逸らしてしまった。

 

 少々乱暴だが、こちらの身を案じている発言ばかりするし、行動も鬼狩りの際は邪魔にならないように庇ってくれる上最近はよく話を聞いてくれるようになった。

 

 笑顔も見たことが無くて、それでも少しは友好的になっているのかなと考えた所でコレ。

 

 自然と頬が緩んで、頭を撫でる。

 

 ああ、このまま寝たらしのぶに怒られちゃうかなぁ。

 そんな、日常をカナエは空想した。そしてしのぶの怒り顔が容易に思い浮かび、自分で笑ってしまう。

 

 まあいいか。このまま寝てしまおう。

 そうしたら不磨さんも巻き込んで──うん、しのぶへの言い訳はそんな風にしてもらおう。

 

 そう考えながら、カナエもまどろみの中に意識を落としていった。

 

 




モチベ回帰の刃

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