「久しいな、不磨」
これは……悲鳴嶼。随分と久しぶりだ。
鬼殺の後、家に帰れる距離では無かった為に藤の花を掲げた家を探して歩いている最中。
同じ柱であり、何度か会議で顔を合わせた悲鳴嶼に出会った。
「え、ひ、悲鳴嶼さんですか?」
ひょっこりと背後から姿を見せたしのぶ。
今日の鬼殺は、しのぶと俺の二人で行った。カナエは何やら用があるだとかで一人別の場所に向かっていったのだ。
「胡蝶、か」
「どうも、お久しぶりです!」
そういえば、前に聞いたな。
胡蝶姉妹が鬼殺隊に入った理由、そうなってしまった訳。
家族を惨殺され、怯えるしかなかったその時──悲鳴嶼が助けに入ったらしい。
家族は助からなかったが、唯一無事だった二人だけ生き延びた。そしてカナエと話して、鬼狩りに入って同じような被害者をなくすために入隊を決断した。
立派な志だと、俺は思う。
戦いに気持ちなんて関係ないだろうが、俺の在り方よりよっぽど健全だ。他者に全てを押し付け、自分で道を決めることができない。今のこの復讐の道だって、家族を殺されたからだ。
そうやって、なんでもかんでも他者のせいにする。自分で、自分の意思で、決めたふりだ。
自ら、誰かを守るためだとか。
自ら、誰かを殺すためだとか。
違うんだ。何処までも。
しのぶ、俺は先に行ってる。話したいこともあるだろうしな。
「……はい」
少し驚いたような声を出したしのぶを置いて、先に家を探す。
そういえば今は朝か。この間──すでに数ヶ月前だが──カナエが家を訪れた時は、まさか寝落ちするとは思わなかった。目が覚めたら夕方だし、カナエに膝枕されてるし。
というか、我ながら……ああも油断して寝るとは。
カナエには申し訳ないことをした。
急いで跳ね起きて、起こしてしまった。
くすくすと笑うカナエのあの表情は、今でも記憶に残っている。
……随分、変わったな。
自分の変化を理解して、それを笑える分には良いのだろうか。カナエに聞けば、間違いなく良しと答えるだろう。
本当に、いいのか。俺だけが、こんな風に生きることを楽しんで。
地獄の底から、俺への怨嗟が聞こえる。
これまで殺してきた鬼。救えなかった人達。地獄の底で、俺が落ちてくるのを待っている連中。何故俺だけが。何故お前だけが。日に日に強くなるその声は、死ぬことのない俺を呪い殺してやろうと奮起している。
……そうだな。全部終われば、死んでやる。
俺に幸せなど不要。必要ならば、恨み妬みの全てを飲み込んで死ぬさ。
「──わっ」
急に背後から声が聞こえる。
聞き覚えのある、最近ずっと聴いてる声。
「……不磨さん、どうされたんですか? いつもより凄い顔してますけど」
いつもよりとはどう言うことだ。全く……いつの間に来たんだよ、カナエ。
「用事が済んだので、鴉に誘導してもらいました! 凄いですね、まさか不磨さんの位置も把握してるとは」
よくよく見れば、ずっと俺の担当をしている鎹鴉がカァカァ鳴きながら飛んでいる。
お前、見ないなと思ったら……そんなことしてたのか。
「あ、そうそう。不磨さん、どうですかこれ」
そう言って、刀を見せてくる。
刀を外で見せるのは原則駄目なんだが、まあ今はいいだろう。街中でもない、普通の道であるから。ていうか悲鳴嶼としのぶはどこ行ったんだ。
「──じゃじゃん!」
そう言いながら見せてきたカナエの日輪刀には、特に変化はないように思える。
先から、腹を見て。そうして鍔を見て──驚愕する。
──【惡鬼滅殺】。
お前、それ……
そう言うと、カナエはニコリと微笑んでこう言った。
「どうも、花柱の胡蝶カナエです! 改めて、これからもよろしくお願いしますね──不磨さん!」
「姉さん……なんで私にすら言わなかったの……?」
そう言いながらカナエに詰め寄るしのぶを見つつ、悲鳴嶼と二人で酒を飲む。
あの後合流して、まさかの一番先に俺に言いに来たカナエは2人に何も言うことなく宿へ。宿に着いて、ご飯食べませんかって話を切り出したタイミングで言い放った。
『あ、悲鳴嶼さん。私も柱になったのでよろしくお願いしますね』
『…………うん?』
流石の悲鳴嶼も、こんなどうでもいい流れで言われるとは思ってなかったらしく少しだけ固まってた。
そうしてしのぶに伝えて、今になる。
「しかも私が一番最後なの? なんで不磨さんが一番最初なの?」
「え、そ、それは……何となくかな?」
若干困った顔で俺を見るカナエ。
知らん、お前がやったことだろ。俺に振るな。ただでさえしのぶは俺に当たりが厳しいんだ。
「……ふむ。お前も変わったな、不磨」
……まあ、自覚はある。
一辺倒では無くなった、とは。
「いい意味で、人らしくなった。過去のお前は、全てを飲み込む悪鬼にも近しいものだったが……今は違うな」
流石はお館様だ、そう付け加えて酒を煽る。
いい意味で人らしくなった、か。
……ある意味、自分が振り切れてるのはわかってる。そもそも普通の人間とは、少し違うんだ。死なない、死ねないという絶対的な不変。半ば執念そのものと言っても過言ではない憎悪。
鬼という存在そのものに抱いているのか、それとも自身に抱いているのか。わからない。わかる必要があるとは、思わない。
「人と鬼の境目、なんてものはわからない。だが少なくとも、我々人間には心がある」
他者を慈しむ心。
他者を羨む心。
他者を憎む心。
それらは全て人の心だ。
鬼に心がある? 知った事ではない。心があろうがなかろうが、鬼は鬼だ。人を喰らい、幸せを喰らい、絶望を与える存在。そんな奴に心がある? 巫山戯るな。
救いなどいらない。無惨に、凄惨に、惨たらしく死ぬべきなのだ。鬼は全てそうだ。
人を喰らわぬ、幸せを生む鬼がいれば……別かもしれないが。
「それこそ、親玉を殺すまで終わることはない」
それはお前に任せるさ。
俺は別に、鬼による連鎖を終わらせたいと思ってるわけじゃない。ただ許せないだけだ。あの上弦の弐がな。
「ふ、そうだろうな」
そうして、また酒を煽る。
カナエが柱になった。
早いものだ。通常であれば、五年はかかると言われる柱にわずか数年でなった。俺も悲鳴嶼も大概ではあるが、ここのところ柱になる人物は若く優秀な奴が多い。
そうして、杏寿郎が育ったら俺は交代する。炎柱は、煉獄杏寿郎が継ぐのだ。
単独になれば任務と何もない。
一人であの鬼を探しに行ける。それまでに殺せたら? ……それはそれで、いいのかもな。
「惡鬼滅殺──この一つの言葉に、どれだけの想いが込められていることか」
被害に遭った人々。
被害を恐れる人々。
鬼を憎悪する人々。
刀剣を仕上げる刀鍛冶も、鬼を殺す俺たちも。全ての人間の、鬼への想いが詰め込まれている。それを背負い、鬼を斬る。人々を救い、鬼を地獄に堕とす。それが俺たち鬼殺隊の柱なのだ。
「……我々の代で、終わらせる。それが目標だ」
……そう、だな。
これ以上は、要らないだろ。
「──不磨さんっ! 姉さんに何したんですか!?」
「し、しのぶっ!」
顔をほんのり赤く染めたしのぶが絡んでくる。
……お前、酔っ払ってるな?
「いいから答えてください! 姉さんを誑かしたんでしょう!」
「不磨さん、聞いてないことにして下さい……!」
同じくほんのり顔を赤く染めたカナエ。
……まあ、祝いの席だ。少しくらい羽目を外してもいいんじゃないか。それと別に誑かしてなんかいない。どちらかと言うと誑かされた方だ。
「…………えっ」
ピシリとしのぶが固まり、カナエが声を短く出してそのまま無言になる。
何だ、お前が聞いてきたんだろう。だから俺は答えただけだ。
(カナエの在り方に揺さぶられ影響されて)誑かされた、とな。
「……………………姉、さん」
「へっ」
どこか愉快そうに口を歪める悲鳴嶼と、壊れた人形の様にカナエの方を見るしのぶ。
「ふ、不磨さん! 貴方わざと言ってませんか!?」
さあ、何のことやら。何も間違いは言ってないぞ。
そう言いながら、また一口酒を煽る。
「詳しくお話、聞かせてください……。もし、姉さんが本気だって言うなら、私だって、言いません……」
「しのぶ!?」
錯乱してカナエに迫るしのぶを見つつ、小さく笑う。
まあ、何だ。少しくらいこんな日があっても、いいんじゃないか。
「…………本当に、変わったな。不磨」
お館様のお陰、だろうよ。
そうしてこの食事は、昼過ぎまで続き──胡蝶姉妹は、二日酔いにより大変な目に合ったとだけ聞いた。