回帰の刃   作:恒例行事

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崩壊の引き金

「あ、こっちですこっち」

 

 手を振るカナエに、こっちも手を振り返す。

 

「久しぶりですね、二人で哨戒任務は」

 

 そうだな。

 カナエも柱になって、それぞれ別で任務をこなすことも増えた。それの影響だろうな。

 

「はいっ」

 

 柱の担当として割り振られている範囲、それを今夜は二人で回ることにした。俺とカナエの担当地区はそれなりに近く、俺達の足なら十分に回りきれるくらい。

 

 そもそも鬼殺隊が担当している街は鬼の中でも噂になっているのかは知らないが、あまり鬼が出現しない。

 それ自体が抑止力にでもなっているのか──それならそれでいい。柱が居るだけで鬼の被害を防げるのは、良い事だ。

 

「ええと、そしたら先に私の場所を回って。その後に不磨さんの担当地区ですね」

 

 なんだかんだ言って、何年も回ってるからな。

 いい加減見慣れたし、顔見知りも増えた。

 

「へぇー、不磨さん社交的なんですか?」

 

 ……そういう訳じゃ無い。

 ニヤニヤ俺を見てくるカナエから目を逸らしつつ、此間しのぶに言われたことを思い出す。

 

 ──『ふん。そこまでわかってるならもっとちゃんと考えてください』。

 

 ……わかってる。

 カナエが俺に好意らしきものを持っていることも、俺がカナエに好意を持っていることも(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 選べないんだ。

 選べないんだよ。

 

 俺がカナエのその想いに答えてしまったら、これまでの人生はどうなる。俺の覚悟はどうなる。想いはどうなる。

 死んだ人達は何を恨めばいい。俺は、何を言えばいい。

 

 いつか堕ちる地獄の底に、何を連れて行けばいいんだ。

 

 あの鬼を殺す。それを、生きる目標にしていた俺が……今更、都合のいい話だ。

 その為に、色んなものを犠牲にしてきた。なのに、なのに。駄目なんだよ、選べないんだ。

 

 カナエが大事じゃない訳じゃ無い。

 カナエも、しのぶも。俺にとっては大切な友人だ。

 

 でも、俺にとって。あの鬼を殺すっていうのは、特別なんだ。

 

 ……なんて、全部言い訳だ。自分の心が弱い。自分の意志が弱い。

 否定されるのが嫌なんだろう。これまで散々、色んなやつに会った。中には俺の生き方を否定する者も居たし、カナエの生き方を否定する奴もいた。

 

 俺はそういう奴を無視した。

 カナエは人々と話し合った。

 

 決して否定せず、それでいて相手に自分の意志を伝えていた。俺は、柱だから。柱であるからと言い訳を続けた。

 

 嫌になる。

 

「──また、難しいこと考えてるんですか?」

 

 ぐに、と頬を抓られる。

 軽くだが、ほんの少し触られた感触が残り心がざわつく感覚がする。

 

「……良いんですよ。私が言うのもなんですけど、私、不磨さんの事一番見てる自信ありますから。わかります」

 

 そのある種独特な告白を聞いて、一瞬身体が反応する。

 それがまた自分で情けなく感じる。

 

 お前の決意は、その程度か。

 俺の決意は、その程度なのか。

 

 俺は、揺らいじゃいけないんだよ。

 炎柱とか、そういう理由もあるさ。だけどな、一番の理由は……忘れたくないんだよ。

 

 俺がこうやって生きていることで、復讐の道を歩く事で日の目を見る者達が居るんだ。

 二度と話すことの出来ない、鬼に無残に殺された人々が。

 

 あの鬼を殺す、その復讐の道には俺の家族がいるんだ。

 もう俺以外誰も覚えていないあの家族が。俺だけは覚えててやらないと。

 そうでないと、覚えてるのが──……食べた鬼だけになってしまう。

 

 そんなの嫌だ。許せない。

 だから、身を堕としたんだ。この道に。

 

「……じゃあ、何度でも言います。その生き方は、辛いですよ」

 

 …………わかってる。わかってるさ、もう十分。

 自分を殺し、他者を想い、その生命の全てを鬼殺に費やす。それがどれほど無価値で価値のある愚かで賢い生き方なのか、十分わかってるんだよ。

 

 それでも、柱なんだ。

 

 いくらあの鬼を憎んでいても、どれほど苦しみを抱いていても、姿形一切詳細がない。

 そんな奴を探し続けて、俺は……そうやって無駄に考え込んでしまう。あの頃はこんなこと全くなかったのに。

 

 お前は変わったことを、良かったと言うだろう。

 だけど、俺にとって──ただ喜べばいいものなのかわからないんだ。

 

「……私は、人は幸せになるべきだと思います」

 

 歩きながら、話し出す。

 

「幸せの形は人それぞれですけど、人は幸せになるべきなんです。私は、今こうしていられるのが幸せです。しのぶがいて、カナヲがいて、不磨さんもいる。そこに混ざって過ごすのが好きなんです」

「勿論、過去に辛い思いはしてきました。家族を目の前で鬼に惨殺されて、悲鳴嶼さんに助けられたとは言え……決して、恨みがなかったわけではないです。どうして、なんで──そう思う気持ちは絶対にありました」

 

 此方をチラリと見て、微笑む。

 

「不磨さんは、どうですか?」

 

 …………幸せになるべき、か。

 前の俺なら、『あの鬼を殺して漸く幸せになれる』とか言うんだろうな。自分でも想像できる。

 

 そうだな。確かに今、俺は幸せなんだろう。

 それは断言できる。

 

 友がいて、俺を支えてくれる。

 お前はおかしいと指摘するしのぶ、それも含めて肯定するお前。俺を凄いと、胸を張れと言う杏寿郎に同じ柱でほぼ同時期から共に戦っている悲鳴嶼。

 

 それらはきっと、幸せなんだ。

 

 でもな、でも。

 俺がその幸せを認めて、享受していいとは思えないんだ。

 

 だって、俺の家族はきっと苦しんだから。

 だって、俺が救えなかった人達は苦しんだから。

 

 その苦しみを背負って、ここまで進んできたんだ。

 なのに今更、その幸せを受け入れる? 

 ……駄目なんだよ。

 

 俺は幸せになるべきではない。それに、もう覚えてもいない過去──俺は確かに幸せだった。だからこそ許せないんだ。あの幸せだった世界を破壊したあの鬼を、俺は必ず殺さないといけない。

 だから、カナエ──俺は

 

「……なら」

 

 答えようとしたところで、その声に言葉を止める。

 

「──それなら、私のために幸せになってください」

 

 真っ直ぐに自分を見つめる、カナエの目。

 嘘の一つもなく、陰りなど一切無い瞳。

 

「どうしても不磨さんが幸せになれない、なりたくないと言うのなら、私が幸せになるために幸せになってください。その道を進むというなら、一人で進まないでください」

 

 俺の手を掴んで、両手で挟むようにして持つ。胸の前まで引っ張られ、体温が伝わる。じんわりと俺を包むように広がるその熱に身を侵されながら、目を閉じるカナエを見る。

 

「私が背負います。……いえ、私も、背負います。二人で背負います。背負っちゃいましょう。誰にも文句は言わせません。一人では進ませません。悲しみも憎しみも、全部背負って二人で進みましょう」

 

 ニコリと笑って俺を見てくる。

 

 …………なんだって、お前は、俺みたいな奴に、そこまで構うんだ。

 構う価値なんて、ないのに。お前の優しさに甘えてばかりで、俺は何も与えられてない。

 なのに、どうしてそこまでしてくれるんだ。

 

 そう言うと、カナエはもう一度柔らかな笑みを浮かべてこう言った。

 

「決まってるじゃないですか──貴方の事が好きだから、ですよ」

 

 …………俺は、お前を好きになっていいのか。応えていいのか。

 

「はい。勿論誰も文句は言いませんし、言わせません。これは私達二人で選ぶ道ですから」

 

 …………だけど俺は弱虫だ。何処までも引きずって、引きずって引きずって背負い続ける。お前には、重い。

 

「構いません。貴方が潰れて擦り切れると言うなら、私がその前に肩代わりします。潰れるとしても、一緒にですよ」

 

 …………いい、のか。

 俺は、お前の優しさに、溶け込んで。

 

「はい。……是非」

 

 ぎゅ、と手に力を入れてくる。

 それがなんだかもどかしくて、でも暖かくて。

 

 そう、か。

 俺は、お前に甘えて──

 

 

 

 

「──あれれ、聞いてたのと違うなぁ」

 

 ──その瞬間、全身が沸騰するような感覚を感じた。

 駆け抜けた不快感に、振り向く。

 

 その影に、その姿に。

 

「話では女の柱がいるって聞いたんだけど、なんでか男も混じってる。うーん……まあいいか!」

 

 バサ、と顔の前に扇を開く。

 

 ああ、その耳障りな声。

 不快感の塊のような話し方。

 そしてなによりも──その目。

 

「俺は童磨。今日は、いい夜だねぇ」

 

 先程までの思考を消しとばし、殺意を迸らせる。

 練り上げろ、俺の人生は──ここにある。

 

「炎柱、不磨回帰。地獄に堕ちろ、腐れ外道が」

 


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