回帰の刃   作:恒例行事

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【破滅】の先に

 朝、日が昇ったばかりの時間。

 

 栗花落カナヲは歩いていた。

 廊下の床が軋む音と、小鳥の囀りが響く。

 

 いつものように、ここ最近の日課として行なっていることがあるのでそれをするために。

 扉を開き部屋に入る。

 

「おはよう、カナヲ」

「おはよう、ございます」

 

 自身の姉が既に来ており、支度を終えていた。

 鬼殺を行なった後の筈だが、変わらぬ様子を見せるのは姉が頑張っているのか──それとも痩せ我慢なのか。

 

「朝餉を用意してきますね。あ、そうだ。今日は一人来客予定だから、よろしくお願いします」

 

 こくりと頷いて、退出する姉を見送る。

 そうして、いつものように部屋の窓を開き、陽を入れて、自分から動くことのなくなったあの人に声をかける。

 

「──おはよう、ございます」

「……………………」

 

 相変わらず返事はない。

 

「今日も、聞きたいこと、聞いていいですか」

「……………………」

 

 返事はない。

 だけどそれを気にせずに、カナヲは言葉を続ける。

 

「人を好きになるって、辛いことですか」

「……………………」

 

 亡き姉の言った言葉に対して疑問を抱いたカナヲは、ある日からずっと問いかけ続けている。

 好きな人ができるのは、辛いことなのか。

 

 あの日の前──そう、それこそこの屋敷に訪ねて来た時。

 

 あの時、間違いなく姉は嬉しそうだった。

 楽しい、嬉しい、今この時が。

 

 そう思っていた筈だ。

 そう感じていた筈だ。

 

 だけど、今のこの人は違う。

 

 それが、何故なのか。

 カナヲにはわからなかった。

 

 答えが返ってくることは無い。今日もまた、一日が始まるのだ。

 

 

 

 

「──……痛ましい……」

 

 今日の来客は、過去に二人の姉を救った人──現岩柱である悲鳴嶼行冥。

 その恵まれた体躯と、それでいて涙を流す慈悲の心。亡き姉程ではないけれど、『優しい』という物をよくわかっている人だとカナヲは感じた。

 

「……不磨」

「………………」

 

 声に応えることはない。

 黙って、窓の外を見るだけだ。

 

「……誰がなんと言おうと、お前の中ではもう取り返しのつかない事なんだろう。事実、もう──……戻る事はない」

 

 少しだけ、視線が揺れたような気がする。

 

「だからこそ、次を見なければいけない。未来を見なければいけない。お前がここで折れたら、どうする。次は誰が贄になる? また、お前の近しい人間かも知れん」

 

 顔が、声の方へと向く。

 

「……お前の、大切な人を喪った気持ちは、お前にしかわからない。わかってる振りなんて、出来ない。だから、この問題はお前の問題だ」

 

 瞳が、確かに岩柱の人を見たような気がする。

 これまでとは違う、明確に個人を見た。

 

「立ち直れ。折れてしまったなら直せ。──我々は百世不磨。どれだけの年月が経っても、擦り切れる事はない。……待っているぞ、不磨。誰もが、お前の事を」

 

 そう言って、岩柱の人は話さなくなった。

 あの人の身体が、少しだけ揺らいだ気がした。

 

 食事も取ることがないから、あの人にはずっと点滴を行なってる。

 でもそれももう限界で、そろそろ身体の維持が出来なくなってきた。このまま行けば、衰弱死する。

 

 きっと姉もそれをわかってるはずだ。

 だけど、関わろうとしない。最低限の処置を行って、世話をするというつもりはない。完全にカナヲに任せる形になっている。

 まだ心の整理がついてないのか、それとも──もう、狂ってしまったのか。やはりあの日から、良いことがない。

 

 

 

 

 そうして、ある日の夜。

 巡回の最中に、物音が聞こえた。あの人の部屋から、軋むような音と、大きな叩くような音が。少し距離が離れていたから、音が鳴ってから少し遅れて部屋に入った。

 

 そうして扉を開くと──ああ。

 

 窓が開いてる。

 風が吹き込んできて、それで物が倒れる音だ。見舞いにやってきた、炎柱の人が置いていった物が倒れている。これは……狐の面? が半分になったものだ。

 

 どうしてこんなものを持ってきたのだろうか。部屋にあったものを持ってきた、そう言っていたが──そこまで考えて、カナヲはある違和感に気がついた。

 

 部屋に、何かが足りない。

 窓が開いている、物が飛んだ。いや、違う。そういう事ではないような気がする。なんだろう、何が足りないんだろう。

 

 そしてベッドの上を見て──ああ、そうか。

 

 あの人が居ないんだ(・・・・・・・・・)

 まるで他人事のように、カナヲは思った。

 

 姉のしのぶに報告をしたカナヲは、その時の表情を忘れないだろう。

 

『そうですか。では、あの人は……そうですね。亡くなったと、そうしておきましょう。きっと、誰も責めません。……姉さんも、きっと……』

 

 泣くように、鳴くように、哭くように。

 自分に言い聞かせるようにそうつぶやき続けた姉の表情を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──泣くなよ。そんな顔するなよ。そんな苦しんだ顔するなよ。そんな、今にも死にそうな顔をするなよ。

 やめてくれ。なんで、そんなことをするんだ。お前みたいな、優しさの塊が、どうして、そんな目に遭わなきゃいけないんだ。死ぬのは俺だけで充分だ。人でなしの俺が死ねばいいのに。

 なんでお前みたいな奴が、苦しんで死ななければいけないんだ。他者の苦しみすら理解しようとするような奴なのに。

 

 どうしてなんだ。

 

 ──憎い。

 

 憎いなぁ、オイ。クソ野郎、聞いてんのか。

 嗤うなよ。その顔で、喰うなよ。お前如きが触れていい奴じゃないんだ。死ね。

 

「──ぁ、は゛……! 童、ま゛ぁ゛……!」

 

 足を引き摺る。

 重たい。身体が重たくて、思うように動かない。知ったことじゃない。動くだろうが。手足もある、首も繋がってる。

 

 何度も何度も何度も見た。

 あいつが、カナエが喰われるその光景を。気が狂いそうだった──いや。もう狂ってる。狂って狂って、何が現実なのかわからない。

 

 声は全てあのクソ野郎に聞こえる。

 姿は血塗れのカナエが見える。

 

 許してなんて言わない。

 お前が少しでも楽になるなら、俺をどうとでもしてくれ。殺してくれても構わない。寧ろ、殺す程度で楽になるなら殺して欲しい。

 

「──童磨ぁ゛……!!」

 

 許さない。

 俺もお前も、絶対に許さない。地獄に堕ちろ。いや、堕ちてやる。俺が一緒に堕ちてやるよ、クソ野郎。だから、さっさと死ね。

 

 柱なんざ、そんなもん要らない。

 

 充分な活動すら不可能だ。

 

『──不磨さん』

 

 やめろ。その声で俺を呼ぶな。

 

『──不磨さん』

 

 なんだその声は。その顔は。

 やめろ。今すぐやめてくれ。責めないでくれ──ああ、いや。責め立ててくれ。俺を許さないでくれ。一生とは言わない。憎んでくれ。恨んでくれ。そして忘れてくれ。

 

 あんな奴がいたな程度に、考えてくれ。

 

 いつかきっと、殺すから。絶対に殺すから。

 

「童、磨……ッ!」

 

 許さない。

 お前は俺と一緒に地獄に堕ちるんだ。

 

 やめろと叫んだのに、やめなかったお前を許さない。

 叫ぶしかなくて、助けることができなかった俺を許さない。

 

 目の前で苦しんで、泣いて、それでも俺に笑いかけたカナエをよくも殺したな。

 俺もお前も、絶対に殺してやる。

 

 呼吸が使えない? 

 

 なら、別の方法を考えてやる。炎の呼吸が足りないと言うのなら、アイツを殺す為だけに編み出してやる。

 

──燻るような、既に尽きた炎が弾けるような音がする。

 

 そうだ。もう俺は炎じゃない。

 ああ、誰が炎柱になったんだ? まあ、誰でもいいか。

 

 柱なんてどうでもいい。鬼殺隊の理念なんぞどうでもいい。

 

 復讐鬼。

 ああ、はは。俺はソレになろう。鬼を殺すのだ、最後には俺を殺してくれるに違いない。クソ野郎を殺して、俺も死ぬ。カナエは天国だろうから、俺とあのクソ野郎は地獄に堕ちよう。それがいい。

 

 俺は。

 

 ──灰だ。

 もう残ってない、自ら火を起こすことはない灰なんだ。吹かれれば飛ぶ、その程度でしかない。だけど、その程度でいい。

 

「童磨ぁ゛ァ゛あ゛あ゛──────!」

 

 自らの全てを賭ける。

 俺如きでは、足りない? 贅沢言うなよクソ野郎。黙って死ねよ、お前も、俺も。惡鬼滅殺(あっきめっさつ)。俺もお前も、悪鬼なんだよ。

 

 誰の目にも止まらず、勝手に殺し合おう。そうして共倒れだ。地獄に、堕ちよう。

 

 それが悪鬼に出来る、唯一の善行なんだから。

 

 





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