回帰の刃   作:恒例行事

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鬼殺隊柱合会議

 産屋敷に行くために、隠に運ばれて数時間。

 

 既に集合している柱は、六人。

 

 岩柱・蟲柱・蛇柱・水柱・音柱・霞柱。恋の呼吸を扱う甘露寺は一緒に来たため同着。

 

「……ほう! その少年が例の鬼を庇った?」

「はい。お久しぶりですね煉獄さん」

 

 久しいな、と返事を返す。

 その昏い瞳からは、なにを思っているのか読めない。ただ少なくとも、彼女の目に光は宿ってないように思える。

 

 ──元から、か。

 

 杏寿郎は気にしないことにして、件の少年を見る。

 

 赤毛の髪、額に大きな痣の残る少年。

 成る程、見た目だけで言えば純朴で素直でまだ幼い。これならば鬼に誑かされても仕方ない、そう判断できる。

 しかし、なぜ態々この程度のことに柱を緊急で集めたのか。

 

 言ってしまうならば、これは血鬼術による影響なのだろう。連れてきた張本人の胡蝶が一番わかっている筈だ──そう思い、しのぶを見る。

 なにを考えているのかわからない、貼りついたような笑み。

 

 喜んでいるのだろうか。

 怒っているのだろうか。

 悲しんでいるのだろうか。

 

 わからない。

 

「……むう!」

「どうしたんですか、杏寿郎さん。突然唸って」

 

 ──そんな所も良いわ。

 

「しかし、なんの治療もせずとも良いのか?」

「ええ。死に至るようなものではありませんし、何よりそんなことをしても無駄でしょう。──隊律違反、その上鬼狩りを妨害したのですから。ねえ、冨岡さん?」

 

 冨岡──今代水柱の男は、一人離れた場所に佇んでいる。

 相変わらず孤独な男だ、杏寿郎はそう思わざるを得なかった。

 

 それでも、柱としての年月は長い。

 先代の炎柱、そして花柱の胡蝶カナエがまだ存命の際から柱である。自分よりも長く、早く戦っているその部分に敬意は抱いているのだが──やはり、あまり人と群れるのが好きではないのだろうか。

 

「…………俺は」

「ああ、いえ。何も言わなくて結構です。別に答えを求めていた訳ではなく、貴方に対する嫌味でしたので」

 

 思わず杏寿郎は固まった。

 やはり胡蝶しのぶは怖い。よくもまぁ回帰はこの人とそれなりにやれていたものだ、そう思った。

 

「隊律違反どころか、私の首根っこ抑え付けて無理矢理乱暴しようとしましたもんね。そういうことするから皆に嫌われるんですよ」

「………………」

 

 酷い。

 杏寿郎は目を逸らして、寝ている少年に意識を集中させることにした。これ以上突っついて藪蛇になっても嫌だし、事の発端は自分であるからという自覚が多少なりともあるからだ。

 

 気を紛らわすために、少年の近くまで寄る。

 

 ぐっすりと寝ている。

 鬼狩りを終えたまますぐ来たのだとしたら、納得の汚れ方だ。

 そこまで考えて、一つ疑問を抱いた。

 

 たしかに、鬼に騙されているのだろうとは思っている。

 ただ、それをお館様が把握していないのか? それはないだろう。鬼である──というより、鎹鴉によって全ての隊員の動向を知れるお館様からしたら把握していて当然のはずだ。

 何か思惑があるのか? 

 

「……考えても意味はない、か。して、この少年はいつになったら起きる?」

 

 少し離れた場所に待機している隠に目線を向ける。

 すると、ギョッと身体をビクつかせて此方に駆け寄ってくる。

 

「おい、起きろ。起きろ。おいコラ。起きろ! 起きろ!!」

 

 べしべしと顔を叩かなかっただけ良かったかもしれない、耳元で叫んでなんとか起こそうとする隠。

 その甲斐あってか、件の少年が目を覚ます。

 

「この野郎、いつまで寝てんだ! ──柱の前だぞ!」

 

 そう言われてなお、何が何だかわからないという顔。

 階級までは聞いてないから、恐らく柱などの言葉すらろくに聞かないほど下の階級。

 

「……ふむ。少年、名は?」

「……っ、ぁ……」

「あら、喉が……ではなくて、水を飲んだ方が良いですね」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ、喉という言葉に自分で反応したしのぶが前に出る。そのまま少年へと小さな瓢箪な蓋を開け、飲ませる。

 

「鎮痛薬が混ぜてあります。一時的に楽にはなりますが、傷が治る訳ではありませんよ」

 

 ゲホゴホと咳き込みながら、少年が話そうとする。

 

「……俺は、竈門炭治郎です。俺の妹は、鬼になりました。だけど、人を喰ったことは無いんです。これまでも、これからも、人を傷つけることは絶対にしません」

 

 ──ここまで毒されているのか、杏寿郎はそう思った。

 そもそも本当に妹かどうかすら怪しい。血鬼術によって惑わされているならば、相当な悪鬼だ。

 瞳が、真っ直ぐこちらを見ている。成る程、強い意志を感じる瞳だ。信じる訳では無いが、少なくともこの少年が嘘をついているとは杏寿郎には思えなかった。

 

 だからこそ、鬼に記憶を変えられていると考えられるのだが。

 

「俺の妹は! 二年前に、鬼になりました! それから、鬼殺隊として、鬼を一緒に狩ってます! その間も人間を食べたことなんて、一度もない!」

 

 二年前に、鬼になっている。

 だとすれば尚更お館様が認知してないとは思えない。その記憶すら変えられている可能性も無くはないが、こういう場を設けられたのだ。お館様に何の思惑があるのか、杏寿郎は気になった。

 

「妹は! 俺と一緒に戦えます! 鬼殺隊として人を守るために、戦えるんです! 守ってきた人たちに、感謝された事だってある!」

 

 それを目の前で見つめるしのぶの表情は、杏寿郎には読み取れなかった。ただ、悲しさと嬉しさが入り混じったような、儚い表情をしている。それだけは、理解できた。

 

「……今ここで聞く意味もなし。お館様がこの会議を設けてくれたのだ。そこで、お館様の采配を聞いても良いのではないか?」

「そう、ですね。私もそれに賛成です。……お館様が、把握していないとは思えません」

 

 杏寿郎が話し、次に甘露寺が続く。

 取り敢えず待ち、若干の反対はあるものの一先ず逆らう気にはならない──そう場の空気が流れかけた所で、新たな風が入ってくる。

 

「オイオイ──なんだか面白いことになってるなァ」

「不死川様、困ります! どうか箱を手放して下さいませ!」

 

 丁度少年が背負える位の箱を手に持った、風柱──不死川実弥が歩いてくる。箱の中から漂う気配──成る程、あの中に少年の「妹」が入っているのか。

 

「……不死川さん。勝手なことをしないで下さい」

 

 目を細め、怒りが明確に表に出てくるしのぶ。

 それを見て何故か隣にいる甘露寺が口元に手を当てて頬を染めるが、杏寿郎は見えてない事にした。

 

「鬼がなんだって、坊主ゥ」

 

 腰に携えた刀に手を当て、抜刀の用意をしながら話す。

 

「鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ? そんなことはなァ──」

 

 刀を抜き、箱に当てる。

 

「あり得ないんだよ、馬鹿がァ!」

 

 そのまま突き刺し──中から血が滲み出る。

 日光の下であるから反撃は無いだろうが、たしかに抵抗の意思がない。そういう風に、鬼自体が作られている可能性も無くはない。

 

 そして流れ出る血を、少年が見て──駆け出そうとしたのを、止める。

 

「──離せ! 離せよ!」

「落ち着け、少年。不死川も殺す気はない」

「うるさい! 俺の妹を傷つける奴は、柱だろうが何だろうが許さない!」

 

 肩を掴まれ、それでもなお前に進もうとする少年を見て不思議な気持ちになる。

 ……冷静に考えれば、これも鬼の戦略という可能性は大いにある。というより、九分九厘の確率でそうだろう。常識的に考えて。

 

 だが、何故だか。

 

 この絆は、偽物ではないような気がするのだ。

 

『──杏寿郎殿。私は、貴方こそが炎柱に相応しいと思う』

 

 懐かしい記憶だ。

 あの日、先代を踏襲する前日。煉獄の家で互いに誓い合った、あの瞬間だ。

 

「──竈門少年」

 

 優しく、それでいてはっきりと。

 諭すように声をかける。

 

「鬼──君の妹は疎か、今はそもそも君の潔白が証明されていない。そんな状態で、妹は人を喰わないと、証明出来るか?」

「……それは……」

「わかっているなら、落ち着く事だ。この後お館様がおいでになる。そこで話を聞き、その上で我々が判断を下す。今竈門少年に出来る最善は、これ以上の違反を重ねない事だ」

 

 理論で説得する。

 少しずつ怒気が収まっていくのを感じて、手を離す。

 

「うむ! 身の内は煮えたぎっていても、表には出さぬ! 表に出して良いときは、鬼狩りの時のみ!」

 

 ああ──千寿郎が育てば、こんな感じになるのだろうか。

 

 なあ、回帰。

 お前は俺を、どう導いてくれたのだったか。その背中でのみ語ったのだったか。ならば、俺は失敗した。背中のみで、生き方を見せるのは俺には無理だった。言葉で話さねば、伝わらないことばかりだ。

 だが──だからこそ、人々は話すのだろう。

 

「……お館様がもうじきいらっしゃる。さ、こっちへ来るのだ少年」

 

 そのまま連れ、お館様の気配を感じとる。

 片膝立ちになり、柱の皆が頭を下げる。

 

「──お館様のお成りです!」

 

 襖が開き、その人物が現れる。

 鼻から上の皮膚が変形し、整っていたであろう顔立ちが醜く崩れてしまっている。その苦しさを微塵も見せずに、傍に寄り添う娘の手を借りて歩いてくる男性。

 

「おはよう、皆。今日はとても良い天気だね」

 

 やはり、この方の声は落ち着く。

 

「顔触れが変わらずに、半年に一度の──ああいや、失礼したね。私が緊急で皆を呼びつけたのだった。申し訳ない」

「──いいえ。我々柱一同、お館様がお呼びであればすぐさま参ります。なにも迷惑なことなどございませぬ」

「ありがとう、実弥」

 

 そう言いながら、跪く我々の前に座るお館様。

 一拍置いて、言葉を続ける。

 

「……急かすようで悪いけど、本題に入ろうか。私は、君たち柱に──炭治郎と禰豆子を認めて欲しい」

 

 ──なるほど、そう来たか。

 杏寿郎はやはり知っていたか、と内心考える。この御方が、無駄な事をするとは思えなかった。

 

「それは、如何にお館様の言う事であろうとも承服しかねます。鬼を殺すための鬼殺隊、その組織が鬼を容認してどうするのでしょうか」

「私も、承服しかねます。先ほどこの少年は、一度も人を食べたことが無いと言いました。仮にその証明ができたとしても、これから食べないという保証はない……失われたものは、回帰しないのです」

 

 不死川と、悲鳴嶼が言う。

 失われたものは、回帰しない。

 悲鳴嶼は盲目であるのにも関わらず鬼殺隊の中で今でも最強と呼ばれる柱であり、現柱の中で最も長い年月を務めている。

 そう、先代の炎柱との友好もあった。だからこそ出る言葉、だからこそ出る想いなのだろう。

 

「お館様。どうかご一考願いたい。私は、鬼を信じる事は出来ません」

 

 そうだ。結局のところ、そこだ。

 

 我々はこれまでに、一体も、会話のできるまともな鬼というものを見たことが無い。前例がないのだ。だから信用できない。これまでと同じだと、期待を抱く事が出来ない。

 

「そうだね。私も、鬼だから信用してるわけじゃない。禰豆子だから信用している」

「ですがッ! 鬼は、愛する家族すら喰らいます!」

「うん。でも鬼ではなくても、家族を手にかけてしまう人間もいる」

「……それは」

 

 水掛け論にすぎない。それを言われてしまえば、何も言えなくなってしまう。

 

「……それに、私も自分の判断が絶対に合っているなんて思わない。柱の皆に反対されるだろうし、その中で私だけでは思いつかなかった事だって出てくると思っている。だから、この場を設けたんだ」

「お館様……」

 

 しのぶと悲鳴嶼の方を向いて、そう語った。

 

 ああ、そうか。お館様も悔いているんだ。これまで何度も何度も考えて、そのたびに失敗して、成功して、それの繰り返しだったんだ。

 

「だから私は、皆と話し合って決めたい。私一人の判断で決めて、間違えて……何をしたって償えない。誰に言っても、もう戻る事はないんだ」

 

 ……そうか。

 本当に、悔やんでいるんだ。

 これまで表に出していなかっただけで、内々に閉じ込めていただけで。あの時から、いや。それより前から、隊員の死を悼んでいる。

 

「……ならば、証明して貰わねばなりません。本当に人を襲わないかどうかを」

「──なら、私が」

 

 不死川が立ち上がり、箱の前へと立つ。刀を持つと、炭治郎が反応する。それを手で押さえて、大丈夫だと告げる。

 

「お館様、失礼します」

 

 部屋の奥まで一瞬で移動し、箱を開ける。

 

「おい鬼ィ、早く出てこねぇかァ」

 

 そう告げると、箱の中から少女が出てくる。まだ幼い、自分たちと比べても子供。唯一霞柱の時透と年が近いのだろうか──不死川が腕に刀を当てて、用意する。

 

「俺は鬼なんざ信じねェ。絶対になァ。だけどよォ──お館様の事は、信じてんだよ」

 

 そのまま刀を引いて、血が出る。

 不死川の血は稀血──鬼を酩酊させる、希少な血である。その血を前に耐える事の出来た鬼はいない、それほどまでに強力な血の香り。

 

 明らかに禰豆子の目が血走っている。

 口で噛んでいる竹の様なものから涎が垂れ落ちて、今にも襲い掛かっても可笑しくない表情。

 

「だからよォ──お館様を裏切んじゃねェ」

 

 そうして、幾何の時間が過ぎたか。

 一時間? いいや、三十分。いや、もっと短い。もしかすれば、一分も経っていないし数十秒の話かもしれない。

 

 やがて──顔を逸らし、不死川から視線を外した。

 

「どうなった?」

「はい。目を逸らして、こちらを見ています」

 

「──なら、証明は出来た」

 

 不死川が再度箱に詰めて、一瞬でこちらに跳んでくる。

 

「私は、二人が切っ掛けになってくれると思っている。勘、とも言えるけれど……この言い方はやめておこう。きっと、いい方向に導いてくれることになる。それに炭治郎は鬼舞辻無惨と接触してるからね」

「──真ですか!?」

 

 これまでで一番の声量で柱が驚きをあらわにする。先ほどから入ってくる情報がいっぱいありすぎて着いてこれていない炭治郎は何が何だか、と言った表情。

 

「ああ。それが口を封じるためか、何のためなのかはわからない。けれどきっと、そこに手掛かりがある。逃すわけにはいかない」

「……それを最初に言っていただければ、まだ少し違ったものだったかと……」

「ごめんよ、行冥。意地悪で言っているわけじゃない、ある意味私のケジメなんだ。……しのぶ。本当に申し訳なく思う」

「……いいえ。お館様の仰ることですもの。それに、私自身……信じてみようという気持ちはありましたから」

 

 恐らく、本心だろう。

 絞り出すように語ったその想いに、誰も何も挟み込めない。

 

「ありがとう、しのぶ。私を信じようとしてくれて」

「……ずっと、信じていますよ。お館様」

 

 時透や甘露寺にはわからないだろう。この言葉に込められた意味が、願いが、想いが。

 

「それでは、今日はここまでにしよう。集まってくれてありがとう、皆」

「お館様こそお身体を大事になさってください。我々は、それだけが望みなのですから」

 

 自らの子に手を引かれながら退出してくお館様を見送って、初めに不死川が動く。

 

「おい坊主ゥ」

「えっ、あっはい」

 

「裏切んじゃねぇぞォ」

 

 そう言いながら屋敷から出ていく不死川。

 先程とは態度が全く違う──というより、禰豆子を刺しただろお前。炭治郎は思わずそう言いかけた口を閉ざした。

 

「はい、それじゃあ炭治郎くんは蝶屋敷で預かりますね」

「えっ」

 

 パンパンと手を叩き合図を出す。するとどこからか現れた隠が高速で炭治郎と禰豆子を箱ごと攫って姿を消す。

 いい身のこなしだ、思わずそう思いながら杏寿郎も立ち上がった。

 

「……煉獄」

「む、何か」

 

 悲鳴嶼が此方に対して声をかけてくる。この大男が涙を流しながら話しかけてくるのは普通に怖いが、既にある程度共に任務も行った仲。気にすることはない。

 

「恨みは、無いのか」

「──勿論あるとも」

 

 はっきりと、それは伝える。

 

「だが、恨んでいるだけでは前に進めない。鬼を狩り、鬼を知り、そうして漸く次に進める。俺はそんな気がする。それにな──回帰は仇討なんて求めぬよ。自分で仇を討ちに行くだろうからな!」

 

 一歩前進した。

 鬼殺隊として、鬼舞辻無惨の手掛かりにつながる大きな機会だ。それを逃すわけがない。

 

「俺達が鬼舞辻無惨を倒せばいいのだ。そうすれば鬼の連鎖はそこで止まる──なあ、胡蝶!」

「……ふふ、そうですね。私達が倒せば、この選択は間違っていなかったと胸を張れる。それで、いいんじゃないでしょうか」

 

 こうして緊急柱合会議は終わり──凡そ一月後。

 

 煉獄杏寿郎は、ある鬼狩りに行くことになる。

 汽車に乗り込んだ隊士が次々と行方不明になり、柱として自分が派遣される──運命の鬼狩りへと。

 

 

 

 




感想を貰えるとやる気に繋がるので皆さんドンドン感想ください。
にゃーんでもぎゃーでもうわああでも構いません。

こうやってすれば感想が猫で埋め尽くされるって偉い人が言ってた。


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