回帰の刃   作:恒例行事

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不磨回帰日記・後編

 ──痛みが鋭く刺さる。

 流れた血の量は、わからない。

 

「……今日はここまでだ」

 

 膝をついて呼吸を整える俺に、槇寿郎がそう言う。動悸が鳴り止まない。苦しい。痛みと、よくわからない不快感が混ぜ合わさっている。

 

「瑠火──……は、駄目だな。他の者に治療してもらえ」

 

 明日も同じように来る事。そう告げて槇寿郎が歩いていく。ポタポタ少しずつ流れる血を止めるため、とりあえず包帯を探すために立ち上がる。頭が浮いたような感覚、まだ動悸は治らない。カタカタと、槇寿郎に向けていた真剣を持った手が震えている。

 

 ぐ、と力を込めるが治らない。……人に、真剣を向けるのは。こうも恐ろしいのか。

 

 前、鬼と戦った時──あの時は、必死だった。喰われて、痛くて、苦しくて、それがどうしても嫌で、逃げ出したくて、でも逃げられなくて。死にたいのに、死ねなくて。だから、殺す。邪魔をするな、そう考えて、頭がまるで沸騰したような想いだった。

 でも今は違う。槇寿郎に武器を向けるのが、怖い。人に、恩人に、武器を向けるのが、怖くて堪らない。実際は大丈夫なんだろう。でも、怖い。

 

 鬼でも何でもない、普通の人間に。これまでの木刀とは違う、明らかに殺傷用に作られた武器を。

 事故でも起きたら、どうすればいいのだろうか。もし仮に殺してしまったら、俺はどうすればいいんだろうか。瑠火さん、杏寿郎、生まれたばかりの千寿郎、他にも兄弟子達──どんな顔をして詫びればいいのだろうか。

 

 俺が鬼にされた事を、やってしまうのではないか。そんな恐怖感がずっと俺を支配して、動きを、思考を鈍らせる。

 礼を尽くしてくれた人達に、あんな想いをさせたくない。

 

 中庭から、縁側に座ろうとして──救急箱が置いてあることに気が付く。最初から、こうなることが、わかってたのか。

 箱を開けて包帯を手に取る。ひたすら槇寿郎の剣を受ける事しかできなかった。反撃できる機会はあったし、実際やっても受け流されていたんだろう。力量差が分からない程ではない。

 

 でも、それでも──ないとは言い切れない。

 

 傷のある場所に包帯を巻いて、服を脱いで斬れた場所を手当てする。

 

 ……斬れるのだろうか、槇寿郎を。少しだけ震えの収まった手を見る。斬られた感覚が、恐ろしく感じる。多分俺は、死なないんだろう。そうでなければあの鬼に喰われた痛みが残っているわけがない。

 ぶるりと背筋が冷える。足から、手から、顔から、喰われていくあの感覚。誰にも話せない、俺だけの記憶。そして、上弦と瞳に刻まれたあいつにやられた肩の傷。忘れてはいけない、忘れたくない感覚なのに──とても忘れたい。

 

 ──考えても仕方ない、そう結論付けて素振りを行い始める。今日からは真剣の扱いに慣れるために、真剣を用いる。

 なぜ急に真剣なのだろうか。最初からでは、駄目だったのか。最初から真剣を使うのをやめて、木刀にしてる理由。それに他の弟子たちが俺と同じように組手を行なっているが、その中で真剣を使っている奴はいない。

 ……俺の、この精神的な弱さを槇寿郎は最初から見抜いていたのだろうか。見抜いた上で、真剣を渡してきたのだろうか。乗り越えろと。鬼は待ってはくれないと。いつか、急に人から鬼になった親しい人物を斬る可能性もある──その時、俺は斬れるのか。斬れなければ、俺はきっと復讐など出来ないだろう。

 

 斬るしかない。槇寿郎を、倒すしかない。

 

 

 

 

 真剣の重さに慣れるため、ひたすらに素振りをする。それと並行して、杏寿郎が俺に試斬をしてはどうかと提案してくれたのでそれに乗って試斬も行う。畳表と呼ばれる、古びた畳を纏めて三本並べた道具を用いる。

 斜めに、スッと流れるように斬る。

 杏寿郎に試しに見せてもらうと、かなり綺麗に斬っていた。淵に斬った際の棘が出来るから、俺はまだ未熟──杏寿郎は満足していないようだったが。それでも想像、というより斬った感覚がわかったのでそれを参考に続ける。

 

 素振りを日に三千に減らし、代わりに畳表を斬る事で正確さを磨いていく。斬る。斬る、斬り離す。その感覚をずっとひたすら想像し続けて、切り落とせるようになるまで一週間は掛かった。

 そして組手。槇寿郎が毎朝相手をしてくれるようになったので、言葉に甘えてやっている。手の震えは治らないが、少しずつ恐怖感が薄れてきた。槇寿郎は、わざとらしく手を抜いている。俺の刃が届くか届かないか、そのギリギリで斬り合っている。そのせいで、俺の刀が届きそうになる。

 

 試斬ではなんとも無いのに、対人になった途端この体たらく。自分が情けないが、これは乗り越えなければいけない課題だ。

 早く気付かせてくれた槇寿郎には頭が上がらない。きっと、見抜いていたんだろう。俺の奥底に眠るこの恐怖に。

 

 それでも絶妙に俺に攻撃が当たるように刀を振ってくるから、切り傷が増えていく。痛いのは嫌いだ。苦しくて、辛いから。でも、やらなきゃいけないと奮い立たせる。俺は復讐するんだ。あの鬼に、家族を貪ったあの鬼に。たとえ何度死のうと、やってみせると誓ったんだ。

 

 一週間が経って、捌けるようになってきた。その次の日にはもう一段階槇寿郎が上げてきたのでまた生傷が増えたが、震えが少なくなってきた。

 

 二週間、試斬で畳表を一太刀で綺麗に斬れるようになった。これには流石の槇寿郎も驚いたのか、夕食の時に褒めてくれた。杏寿郎も、負けていられんと奮起している。瑠火さんの調子が、少し悪くなった。

 

 三週間、槇寿郎にボコボコにされる組手を行った後、素振りをやらず杏寿郎と組手を行った。互いに木刀で、それでも槇寿郎の時とは違い実力がそれなりに拮抗している為いい勝負になった。俺が刀を振るい、杏寿郎が受け止め反撃、それを俺が受け流す。槇寿郎に割と一方的に攻められ続けた結果、俺は回避や反撃が上手になっていた。

 炎の呼吸的にそれはどうなんだと思ったが、杏寿郎に「守る力は生半では足りぬ、凄いな不磨!」と褒められた。

 守る力、か。そうだな。

 

 四週間、槇寿郎に喰らいつけるようになってきた。既に、恐怖感は過ぎ去った。斬られても気にせず、攻撃を続行できる。痛いには痛いが、耐えられる。この程度の痛み、乗り越えろ。お前は喰われる痛みだって乗り越えたじゃ無いかと心の中で奮起する。

それを見て槇寿郎は手を止め、縁側に座るように言ってきた。

 

「──どうして急に真剣を渡されたか、お前は気付いたか?」

 

 どこか、空を見上げながら言う槇寿郎。

 おそらくは、と言ってからその理由を話していく。俺の心の奥底に眠る、人を傷つけることへの恐怖。そして、過去の鬼にされた事の忌避感。それは、鬼を斬る上では必要のないものだ。だからこそ、捨てなければならない。振り払わねばならない。俺は、鬼殺隊は──鬼を、殺すのだ。

 

「……炎の呼吸はな」

 

 呟くように話し始める槇寿郎。

 

「炎の呼吸は、歴史が長い。代々鬼殺隊に柱という選ばれた剣士が数人いる中、どの時代にも炎柱はいる。それだけ普遍的で、尚且つ強い」

「ただ、ただ真っ直ぐ目標へと邁進し、それでいて他を顧みる。容易ではない。炎の呼吸は、それだけの物だ」

 

 ただ殺すだけなら、誰だってできる。暗にそう告げていた。

 守ると言うのは、難しいのだと。そう言う槇寿郎の顔はなにかを憂う表情で染まっており、後悔の念が強く出ていた。

 

「目の前で鬼に喰われた隊士が居た。目の前で鬼に千切られた隊士が居た。目の前で鬼にされた隊士が居た。……鬼殺隊は、鬼殺しは。過酷で、辛いものだ」

 

 ス、と立ち上がって槇寿郎は中庭に立つ。俺に背を向け、上段に剣を構える。

 

 ──音が聞こえる。唸るような、それでいて霞のような、まるで燃える炎の様な音。

 

「──炎の呼吸・奥義」

 

 炎が揺らぐ。炎なんて現れるはずないのに、たしかに俺の目には見える。それは炎で、紛れも無い──煉獄だ。槇寿郎を包み、唸るその闘気に、俺は当てられる。

 

「玖の型──煉獄」

 

 燃え盛る炎が、指向性を持って突貫する。試斬にと置いておいた巻藁が、炎に包まれる。燃えてしまう、思わずそう考えてしまうほどの熱。

 炎が晴れ、土煙が失せた後──そこにあったのは、槇寿郎と、僅かのみを残して吹き飛んだ巻藁の姿。

 

「来い」

 

 槇寿郎の声に、びくりと反応する。

 

「──来い」

 

 振り返って俺を見る瞳に、先ほどの感情は残っていない。そこにあるのはただ一つ、強者として君臨する男の姿。

 

「──来いッ!」

 

 刀を持って、走る。腰に携えた刀を抜刀する準備をして、空気を取り込む。鼻から、口から、大きく大きく吸い込む。まだだ。まだ足りない。もっと、もっともっと。唸る様に、それでいて霞の様に。揺らぐ炎を想像しろ。

 一足踏み込み、二の足を継ぐ。駆け抜けたその先に、剣戟を届かせると。

 もっとだ。もっともっともっと──足りない。吸い込んで吸い込んで、あの極地に──俺も追いつくのだ。

 

 僅かに。ほんの、僅かに。

 

 唸る様な音を、俺は耳にした。

 

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 

 槇寿郎の目つきが変わる。

 身体が勝手に動く。まるで、長年共に生きてきた身体のはずなのに──まるで自分の知らない行動を取ろうとしている。だが、それが呼吸なのだろう。息をする様に(・・・・・・)、身体を動かせ。

 

 壱の型・不知火。

 

 これまでで最高の、こんな速度で斬ったことはないと言える速度で刀を振るう。それは確かに槇寿郎へと伸びて、槇寿郎の命を捉えんと奔った。

 

 

 

 

 煉獄瑠火は、屋敷を歩いていた。と言っても、偶然身体の調子が良い日であり、たまには鍛錬の様子を見ようと気まぐれを起こしただけなのだが。

 いつも素振りを行なっている弟子たち、そして自分が腹を痛めて産んだ息子の一人である杏寿郎の様子を見る。まっすぐ、直向きに、誰も手を抜こうなどとは考えずに必死に励んでいる。それを見て瑠火は微笑んだ。

 

 そして、そこに自身の愛する男と、その男が拾ってきた第三の息子とも言える青年がいないことに気がついた。

 

「杏寿郎」

「はい、母上!」

 

 元気に返事を返してくる杏寿郎に思わず微笑むが、それはそれとして聞くべきことを聞く。

 

「槇寿郎さんと、回帰はどこに?」

「父上と不磨は別の場所で鍛錬をしています! 中庭におります!」

 

 素振りをしつつ話す杏寿郎に、ありがとうと感謝を告げてから瑠火はその身体を動かした。

 

「母上! お身体は?」

「今日は調子がいいのです」

 

 そう言いつつひらひらと手を振って歩いていく。

 ここ最近、あまり調子は良くなかった。どうにも身体は重たいし、食欲もあまり湧かない。……実のところ、自分がそう長くは無いことは悟っていた。夫である槇寿郎はそんなことはないと医者をたくさん紹介してくれるし、自分でも勉強するほど努力してくれている。

 けれど、なんとなくわかるのだ。ああ、そろそろ自分の天命は尽きるのだな、と。

 

 だからこそ杏寿郎や回帰と良く話し、未来を語る。

 過去は、忘れていいものではないが気にしすぎるのもよくはない。しっかり前を向いて、進め。それが煉獄家だと。それが、強き者の定めだと。

 

 中庭に近づき、徐々に音が聞こえてくる。夫の話す声がぼんやりと聞こえてきて、回帰と話しているのだなと瑠火は考える。

 

 不磨回帰──思えば、不思議な青年だ。

 槇寿郎曰く、おそらく鬼を一体殴り殺している。呼吸も何もない、ただの農民の息子が。それでいて、鬼の恐怖を知っていてなお鬼殺隊に入ろうとしている強い者。

 不磨とは、すりつぶれて無くなってしまわない事を指す。不朽とも。

 

 なるほどその通りだ、瑠火はそう感じた。たとえ恐怖に直面しても、乗り越えられる。削られても、無くならない。彼の心には、ずっと炎が燃え続けているのだろう。だからこそ、槇寿郎は連れてきた。

 

 中庭に差し掛かり、思っていたより音が聞こえないことに気が付く。

 休んでいるのだろうか──そう思い、中庭を覗く。

 

 倒れている回帰の前に正座し、空を見ている槇寿郎。後ろ姿しか見えないが、姿勢は綺麗に正されていて模範的、背筋が張り真っ直ぐに見える。

 

「槇寿郎さん」

「……瑠火。今日は大丈夫なのか」

 

 こちらを見ないまま話す槇寿郎、近づく為に中庭用に用意してある草履を履く。

 ざ、と足音を立てて近づく。

 

「ええ。調子がいいので偶には稽古の様子をみようかと思いまして」

 

 倒れる回帰の様子を伺う。胸は上下しているから、ちゃんと生きてはいる。包帯も巻かれているし、どうやら槇寿郎がしっかりと手当てをしたようだ。

 

「……こいつ(不磨)は、凄い奴だ」

 

 槇寿郎が語るソレを、静かに聞く。

 

「俺は、不磨の奥底にある恐怖に気が付いていた。自分が傷つける恐怖、傷つけられる恐怖、喪う恐怖、奪う恐怖──……潜んだ恐怖に打ち勝つのは、難しい」

 

 だからこそ、真剣を渡した。他の弟子達とは違う、特別な試練だ。槇寿郎が続けたその言葉に、瑠火は同意するように僅かに頷いた。

 

「不磨の家族を殺した鬼は、十二鬼月(・・・・)だろう」

 

 瞳に上弦、弐と刻まれた鬼──十二鬼月と呼ばれる、鬼の中でも最強の集団。僅か十二体で編成されたソレは、上弦と下弦で分かれている。数字が少ない程実力が高く、つまり、不磨の遭遇した上弦の弐──鬼の中でも、二番目の強さ。

 その事を聞いて、瑠火は驚いた。確かに家族の復讐をすると言っていたが、まさか十二鬼月が相手だとは考えていなかった。

 

「まだそれは伝えていない。だが、いつの日か必ずこいつは辿り着く」

 

 頬に刻まれた切り口から血を流す槇寿郎。

 その顔には、後悔のような、期待のような、色々な感情が混ざった表情で染まっていた。

 

「幾ら才があっても、上弦は別格だ」

 

 百年と少し、上弦の鬼に変更はない。つまり、鬼殺隊で遭遇した人物は全員余すことなく屠られている。どんなに強いと言われた柱も、剣士たちも。だからこそ、この才覚を有して尚且つ鍛錬を積む不磨は辿り着く。

 瑠火は不磨に近づき、そっと腰を下ろす。年齢相応の表情で眠るその頬を撫でる。

 

「……合格にせざるをえん」

 

 最後の交差の刹那、槇寿郎は一瞬だけ全力を出した。

 大きく分けて、理由は二つ。

 

 一つ、これまで一度も行ってこなかった全集中・炎の呼吸を不磨が使用したから。

 

 一つ。呼吸に従う様に放って来た技が──想定していたより、速かったから。

 

 これだけやれれば、合格にせざるを得ない。

 鬼殺隊に入るための条件。鬼が嫌う藤の花で一面囲まれた山の中、現隊士が捕らえた鬼が生息する場所で七日間生き残る事。そして、その試験に向かわせるにはそれぞれの育手が定めた試練を突破せねばならない。

 

 不磨は突破して見せた。自らの恐怖に打ち勝ち、真っ直ぐに、突き進むことを見せつけた。

 

「出来るならば、貴方に幸せが待ってますように」

 

 瑠火は祈る様に告げた。

 その微笑みが、眠りに落ちている不磨には届くことは無い。けれど、そう祈られたという事実は──いつの日にか、届くのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 


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