回帰の刃   作:恒例行事

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無限列車:序

 思い切り脚に力を籠める。

 

 車内の至る所に鬼の肉が見える。そして軽く見渡して──やはり先程のは幻想だったかと内心落胆する。

 回帰の姿はどこにも無かった。いつからが夢だったのか、その正確な地点はわからないが──間違いなく不磨回帰という存在は無かったのだ。

 

 一度、ほんの一瞬だけ悼んでから切り替える。

 

 踏み込みその場から跳ぶ。気配を探ってみれば先の方に竈門隊士の気配を感じる。なるほど、一番最初に目覚めたのは彼のようだ。黒色だから、と刀でその実力を語った自分を恥じる。

 

 車両を跳ね飛ばし、宙に浮かせるほどの脚力。

 それをこの狭い車内で制御し、合間合間に鬼の肉を斬りつけ細かく斬撃を入れながら駆ける。

 

 車両を一つ、また一つと抜けた所で目的だった竈門隊士を見つける。鬼の肉が四方から竈門隊士目指して蠢いており、それを薙ぎ払う。

 

「竈門少年!」

「煉獄さん!」

 

 ダァン! と大きな音を立てて着地する。その際の揺れを発生させないように、一点に衝撃を与えるのではなく広げるように衝撃を分散させる。

 

「時間が無いから手短に話す!」

 

 手を広げ、五本の指を強調する。

 

「この汽車は八両編成、俺は後方五両を守る!」

「残りの三両は我妻少年と竈門妹が守る! ──君と嘴平少年はその三両に意識を向けつつ鬼の頸を探せ!」

「頸ですか? でも今この鬼は──」

 

「どのような形になっても頸はある! 俺も捌きながら鬼の急所を狙う、君も気合を入れろ!」

 

 そのまま足に力を籠め、軽く跳ぶ。先程感知した気配のほかに、汽車の上に気配があるのを捉えていたのでそちらに向かう。

 

「──嘴平少年!」

「うおっ!?」

 

 猪頭を被っているから表情はわからないが、一直線に一番前の車両を目指していたようで急に現れた杏寿郎に驚いて止まった。

 

「君も竈門少年と共に鬼の頸を探せ! 車両は任せろ、君たちは鬼の頸に集中してこい!」

「あ、オイ待──」

 

 返答を聞くこともなく、再度汽車の中に戻る。

 

 ──全集中・炎の呼吸! 

 

 炎の猛る、轟々鳴り響く音を奏でて杏寿郎は進む。

 

 鬼は彼らに任せるだけではない。此方でも探さねば。

 

 肉を斬りつけ、乗客を抱える。

 バラバラの車両に人がいると守り辛い上に失敗した際の影響が大きい。

 

 たとえば、後方の車両にそれぞれ二十人ほど乗っているとする。そうした場合、合計で百人になる。

 守れない訳ではない。なにが面倒かというと、車両の切り離しをされた際に守れなくなるのだ。その時点でどちらを優先するか決めなければならない。

 

「で、あるならば──前方ギリギリに全員集めるのが最善か!」

 

 自分の守と決めた五両の内、一番先頭の車両に全員を集める。流石に入りきらない可能性の方が高いが、少なくとも一番後ろの人間たちは集めた方がいいだろう。

 鬼を倒した際に事故が起きる可能性も無くはない。もし仮に車掌が動かしている訳ではなく、鬼が汽車を操縦しているとすれば厄介な事この上ない。

 

 倒した反動で操作が効かなくなり、一時的に暴走する可能性すらある。つまりこれは鬼を倒す為の行動ではなく、鬼を倒した後の二次被害の縮小のための行動。

 鬼は若き隊士達に任せ、柱である自分にしか出来ないことをする。

 

 人を一人抱える。

 走る。

 斬る。

 

 前の車両に到達して、席に置く。

 そうしてまた後ろに駆け出す。

 

 その繰り返しを行う。無論、道中で傷をつけるのは忘れない。若き隊士達が鬼の頸を探すのに、再生力の低下は大事だと判断しているからだ。

 

「うむ、最後尾からは全員運び出した──む?」

 

 一瞬開いた扉から、前の車両の様子が見える。

 竈門妹──鬼の少女が人々を守るために血を流し、戦っている。その姿は鬼であっても、その戦いは紛れもなく鬼殺隊なものであった。

 

「……そうか!」

 

 なるほど、竈門少年の言ったことは間違いではないらしい。

 彼女はしっかりと、一人の生物として、人間を守る事を選んでいる。

 

「ならばよし──俺から言うことは何も無い!」

 

 そしてまた刀を振るう。

 どんどん鬼の再生力が落ちてきて、汽車間の移動が再生速度を上回ってきた。どうやら此方に手を向けている場合ではなくなったのか、純粋に損耗してきたのか。

 

 ここで一気に畳みかけよう──そう思い刀に力を入れて、汽車が揺れた。大きな揺れだ。

 

「む──これはまずい!」

 

 どうやら汽車そのものと同化していたのか、鬼の肉が徐々に崩れていく。遠くの方──前の車両から聞こえた叫び声で、鬼を倒したのかと感じとる。

 

 まるで汽車が生物かのように跳ね、飛び、線路を外れる。それを察した杏寿郎は咄嗟に外に出る事を選択する。

 このままでは乗客が事故で死ぬ──ならば! 

 

 窓を蹴り抜き、外に出てすぐさま反転。

 炎の呼吸は地に足をつけ、しっかりとしたバランスで技を放たねばならない流派だ。だが、この状態で贅沢は言えない。

 

 それに──柱とは、その呼吸を極めたものがなるのだ。

 

 呼吸を極めた者が、明確な弱点を放置したりしない。

 

壱ノ型──不知火!

 

 飛んできた瓦礫に右足を当てて、吹き飛ばない程度に力を込める。

 そして身体を動かす準備を整えて、一気に踏み抜く。

 

 いくら瓦礫を踏みつけたとは言え、流石に地面を蹴るのと同じ程の速度は出ない。だが、今は破壊力を求めている訳では無いから問題ない。

 

伍ノ型──炎虎!

 

 杏寿郎の身体から大量に吹き出した炎の闘気が具現化し、虎を描きながら暴れ回る汽車に衝突する。

 跳ねて飛ぶ動作を繰り返していた汽車をそこで止めて、一先ず一番乗客の多かった車両の安全を確保。しかしこれで終わりでは無い、車両全てを止めなければならない。

 

──捌ノ型・紅炎!

 

 太陽の炎──それを象って作られたこの技は、奥義である煉獄に負けず劣らずの威力を誇る。

 噴き出る闘気──炎がそれを如実に表しているだろう。

 

「──ふん!」

 

 一番暴れていた後ろの誰もいない車両へと足を向けながら、一気に刀を振る。上から押さえつけるように地面へと叩きつけて、その動きを止めさせた。

 

 やはり誰もいない車両を作っておいて正解だった──そのまま他の車両も動きを止めて、落ち着くのを確認。

 先ずは乗客の安否確認、そして隊士達の安全を確認せねばならない。

 

 大きな音と共に止まった汽車の先頭へと足を進める。

 

 途中の車両で眠っている竈門妹と我妻を確認、そうして人質となっていた一般の人間も無事な事を確認した。

 となれば、残りは竈門少年と猪頭──嘴平少年か。

 

 少し呼吸を使い身体能力を強化して一気に前方へと飛ぶ。

 嘴平──猪の頭がわかりやすく、なにやら車両に挟まれた車掌を助けようとしているのが見えたので問題ないと判断。

 炭治郎が見当たらなかったために反対側へと飛ぶ。

 

「──よくやった、竈門少年!」

「ぁ、れ、煉獄さん」

 

 仰向けで倒れる炭治郎を見つけ、杏寿郎は笑顔を見せる。

 そして僅かに呼吸を行なっていることに気がつき、その行動を褒める。

 

「既に全集中の常中が出来るのか、感心感心!」

 

 ホッとしたような、間の抜けた表情を見せる炭治郎。

 

「柱になるにはまだまだかも知れないが、君のその成長速度は素晴らしい! もっと沢山、色んなものを学ぶといい! そうすればきっと、君が初の黒刀持ちの柱になれる!」

「が、頑張ります……」

「して──出血しているな。腹部から、か。もっと呼吸に集中しろ、身体の隅々まで情報を探れ」

 

 ハァ、ハァと苦しげな息を吐く炭治郎。

 痛いだろう、苦しいだろう──だが、ここで弱音を吐く必要はない。

 

「破れた血管を探せ。それを塞ぐんだ」

 

 苦しんでいる表情から、徐々に澄んだ顔つきに変わっていく。

 集中している。自分の身体を、血が出ている箇所を特定しようと。

 

 素晴らしい集中力と素直さ──やはり彼を断罪しなくて良かったと、内心杏寿郎は思った。

 そして、ある一点で炭治郎の表情が固まる。自分より身体の破れた箇所を発見した驚きか、そこで止まってしまった。

 

「──そこだ。止血、出血を止めろ」

 

 再度苦悶の表情を浮かべて、腹部を見る炭治郎。

 

 ──そういえば、昔回帰にやられたことがあったな。

 

 昔も昔、それこそ夢見たあの時代より前。

 

 呼吸を先に習得した筈の杏寿郎が、気が付けば回帰に熟練度で抜かされていた。まるで何度も何度も怪我したような、それで反復したような早熟さではあったが天性の才なのだろう、杏寿郎はそう思っていた。

 そうした日のある一日、手を軽く怪我して出血した杏寿郎に話しかけてきたのだ。

 

『──ここですよ、ここ。集中してください』

 

 手を触られ、傷のある場所を感じ取りやすくしてくれた。

 たしかに初めてであれば、場所の特定までは出来ても──集中するのだ。痛みも強く感じる。

 

 トン、と炭治郎の額に指を立てる。

 

「──集中」

 

 一瞬表情を歪めた炭治郎が息を吐き、大きく呼吸をし直した。

 どうやら止血できたようだ──何が何だかという表情をしている。

 

「うむ、無事に止血できたな!」

 

 笑いかけ、無事に済んだことを安堵する。

 

「呼吸を極めれば、様々な事が出来るようになる。無論何でも出来る訳では無いが──昨日の自分より、確実に強くなれる」

「……はい」

「よし! 皆無事だ! 怪我人は大勢いるが、命に関わる人はいない! 君はもう無理せずに──」

 

 ──瞬間、近くの森から大きな音が響く。

 何かを思い切り叩いたとか、そういう大きさではない。まるで大きな岩と岩が激突して、砕け散ったような破砕音。

 

 気持ちの悪い、大きな気配を感じ取る。

 

 こちらに向かってくるその気配は、紛れもなく鬼。

 刀を抜き、呼吸に深く集中する。

 

「──お前も鬼殺の剣士か(・・・・・・・・・)!」

 

 そう言いながら上から高速で飛んでくる鬼の、凄まじい怒気と鬼の気配に刀を構える。その瞳に刻まれた文字を見て、驚く。

 

 ──上弦の参。

 

 殴り掛かってくるその拳に対応する。

 上弦の参、その実力は計り知れない。何故ならば──杏寿郎が知る限り、上弦の鬼と対峙した人間で生き残った人間は一人しかいないからだ。それも、上弦の弐を相手に。

 

 ならば相応の実力を備えているだろう。

 

全集中・炎の呼吸──!

 

 下段から大きく振り上げ、その拳を切り裂く。弐ノ型・昇り炎天──拳を割り、腕の半ばまで断ち切るが即座に鬼が後方へと下がる事で追撃は出来ない。

 

「──なるほど、良い刀だ」

 

 斬られた腕を即座に修復し、再度拳を構える。

 

「先程の剣士か獣か分からない奴は、強いには強かったが……内臓に大きな負荷がかかっていて全力を全く出さなかった。その癖、こちらの攻撃は次々と避ける──とことん戦ってて腹の立つ奴だった」

「……獣?」

 

 一瞬嘴平の事かと思ったが、内臓に傷何て負っていないしそもそも此奴は森から出てきたはずだ、と杏寿郎は考え直す。

 

「そうだ、獣だ。俺達鬼と同じ、人の道から外れた獣だ。その割には撃たれ弱すぎたが」

「──それは君の思い違いだな」

「……なに?」

 

 言葉を遮り、杏寿郎は自分の考えを述べる。

 

「鬼は強者を狙わない。鬼は弱者しか狙わない。死ぬことを恐れるからだ、負けを嫌うからだ。──だが、人は違う。他の生物は違う」

 

 刀を構えて、炭治郎を庇う様に前に出る。

 

「人は時に、圧倒的強者に挑まねばならない。それは自然であったり、君達の様な鬼であったりだ。死を恐れずに、過去を振り切り、現在(いま)を見て、未来を想う」

 

 闘気を揺らめかせ、炎が滲み出る。太陽を目指し、人々を照らすと意思を決めた炎が。

 

「そうするからこそ、人は戦えるのだ。生き物は戦えるのだ。君たちの様な鬼と、一緒にするな」

「そうか、残念だ。俺もお前のようなよく研磨された人間を殺すのは惜しい──どうだ? 鬼にならないか?」

「なるわけがないだろう。君は人間を、生物を侮辱している」

 

「弱者をいたぶり自分の優位性を確かめる事でしか生きる事の出来ない鬼が、これ以上人を馬鹿にするな」

 

 そうか──その一言が、僅かに聞こえた。

 

「なら死ね」

 

 術式展開──破壊殺・乱式。

 

 


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