回帰の刃   作:恒例行事

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託すモノ

 炎々に燃える炎。

 

 俺を継ぐと、俺が継ぐと言った炎。

 なぜそんな場所に、どうして。ぐるぐると俺の中で言葉が巡るが、答えは出ない。

 

 咄嗟に、叫んだ。

 

「──杏、寿郎!」

 

 すると、口元を歪めて軽く笑う。

 その身から炎を生み出し、刀に全てを籠めて振るう。

 

 あ──ああ、駄目だ。

 駄目なんだ。止めないと。止めなきゃ。どうやって? それは、頑張って、止めないと。でも止める手段なんて無い。うるさい、やらないで何を出来ないと言うんだ。

 

 口元を歪めて、仄かに笑ったまま──杏寿郎は刀を振る。

 杏寿郎の目の前には、先ほどの鬼。くそ、くそ、クソがッ! なんで、どうして、いつもこうなるんだ。いつもそうだ。いつもいつも、俺がなにかをやれば、裏目にでる。

 

 拳を握り締めて、足を進める。止まってる場合じゃ無い。

 俺は、杏寿郎を殺すのか? いやだ。殺すわけには行かない。

 

 何故? 

 

 それは──杏寿郎が、俺にとっての太陽だからだ。

 暗闇を照らし、弱者を守り、俺にとっての──いや、煉獄の正しい炎なんだ。

 

 駄目だ、杏寿郎。

 

『日にはなれずとも、その炎は陽光に近づく』。

 

 あの日抱いた、彼の炎。何処までも暗闇を照らす、眩く煌く炎。

 

 動け。

 動いてくれ。

 頼む。

 

 呼吸が震える。駄目だ、足りない、これじゃあ、間に合わない。

 頼むよ。誰か、ここで、間に合ってくれよ。

 

 

 ──回帰。

 

 

 一瞬、その声が聞こえた気がする。

 杏寿郎が、鬼の拳を避けずに刀を振る。駄目だ! 避けろ、避けてくれ! 俺とは違うんだ、お前は死んでしまう。お前のことすら殺してしまったら、俺はどうすればいいんだ。

 

 炎が舞い上がり、刀に納まる。

 赤く、赫く輝く刀身が鬼の頸へと吸い込まれていく。

 

 そして──鬼の拳が、杏寿郎の胸を貫いた。

 駄目だ、それだけは認めてたまるか──! 

 

 刀を首に向けて、突き刺す。

 血液が喉から溢れ咳き込み、その苦しさをどうにかすることもなく刀を上に振ることで頭を切断す

 

 

 

 変わらない。

 なんでだ、どうして変わらないんだ。

 

 死んだのに、巻き戻ったはずなのに。目に移る光景は変わらない。何でだ、どうしてだ。こんな、こんな事になるなら──……クソが。

 

 刀を、抜いたまま歩く。息もロクに整えられない。整わない。でも、でも俺は、諦めるわけには行かないんだ。煉獄杏寿郎を、ここで殺すわけにはいかないんだ。

 

 杏寿郎の叫びが聞こえる。その叫びが、胸に響く。やめてくれ、杏寿郎。そんな風に、命を使わないでくれ。頼むよ。なあ、お願いだ杏寿郎。俺の命を使ってくれ。お前の命は、ここで使うべきじゃ無いだろう。

 

 太陽に、陰りが差す。

 

 嫌だ。やめてくれ杏寿郎。俺は、俺はお前まで殺してしまったら、どうすればいい。この死にかけの身体で、なにを果たせばいい。なにを償えばいい。

 

 ああ──早く、早く日が昇ってくれ。太陽の光を、鬼を照らしてくれ。でなければ、でないと、頼むから。

 

 杏寿郎の胸を、再度鬼の拳が貫く。だめだ、それだけはやめてくれ。助からない、そんな攻撃を受けてしまえば助からないんだ。

 

 近くにいるお前でもいい。助けてくれ! 

 誰か、誰か杏寿郎を、助けてくれ! 

 誰でもいいんだ。杏寿郎が助かるなら、誰が助けてくれたって良い。頼む。誰か、助けてくれよ……! 

 

 ああ、やめろ。どうか、なんでも良い、誰か、杏寿郎を──……

 

 

 

 

 

 何度も繰り返して、変わらなかった。嫌だ、認めたくない。何でだ。どうしてお前がそんな目に遭うんだ。

 

「無理をするな、回帰」

 

 違う、違うんだ杏寿郎。俺は、俺は……全部、全部間違えて生きてきた。もう、俺は何一つ合ってない。俺は駄目だ。お前みたいな、太陽になれなかった。

 人一人救えない、惨めな愚か者にしかなる事がなかった。

 

 すまない杏寿郎。お前は俺をあんなにも認めてくれたのに、俺は、俺は……! 

 

 血を口から流しながら、正座する杏寿郎の前で頭を地面に擦り付ける。土下座ではないが、悔やんでどうにかなるようなものではない。

 

 俺は、また殺してしまった。

 俺の大切な人は、俺が欲しいと思ったものは全部すり抜けて行く。全部全部、俺の判断で。

 

 ごめん杏寿郎。すまない杏寿郎。俺は、もう、俺を、殺してくれ。

 

「……回帰」

 

 声が聞こえる。

 やめてくれ。もっと俺を責め立ててくれ。お前なんて死んでしまえばよかったと。俺なんて、助からなければよかったと。俺だけが生き残って、お前みたいな奴は、他の奴の代わりに死ねばよかったと。

 

「一つ、聞かせてくれ」

 

 その穏やかな声が、余計に苦しい。

 なんでなんだ。どうして、俺が犠牲にしてきた人達は、みんなこうなんだ。人を憎まない。いやだ、憎んでくれ。俺が悪いんだから、俺を憎んで恨んで怨んで……殺したいと思ってくれ。

 

「いいんだ、回帰。俺にとって、今日あったことは何よりも大事な事だ」

 

 そんな訳ない。

 そんな訳がない! 

 

 お前が、こんな所で死んで良いはずが無いだろ。お前は太陽だ。夜の暗闇を照らし、影を散らし光を輝かせる。

 俺のような、何も出来ない燃え尽きた灰とは違うんだ。お前は生きて、もっともっと照らさなきゃいけない。

 

 

「俺の事は、気にするな。俺の様な凡人、幾らでも代わりはいる。──人の想いは、継がれ、育ち、そして次々と分かれ道に立つ。俺はその中の一部に過ぎない」

 

 

 煉獄さん──そう、涙で震える声が耳に入る。

 

「彼らがいる。煉獄の想いは、こうして受け継がれる。竈門少年、嘴平少年、我妻少年……どうだ、凄いだろう? 俺は、ここまで魅せる事が出来た。それで、十分なんだ」

 

 杏寿郎、お前、お前は、どうして──そんなにも……。

 

 

「な、回帰。俺は、太陽になれたか?」

 

 

 ──……あ、ああ、ああ! 

 お前は太陽だ。夜の暗闇に負けない、人を、世を照らす煌めかしい太陽だ! 

 

「なら、いいんだ。あの日の約束を、俺は、果たせた」

 

 ──俺はそれで、幸せだ。

 

 そんな顔しないでくれ。そんな満たされた表情をしないでくれ! 俺はお前に死んで欲しくない。カナエを見殺しにして、お前も見殺しにして、俺は、どうすればいいんだ。死んで詫びる程度じゃ足りない。

 

「俺は、果たしたぞ。……やっとお前に、追いつけた」

 

 俺に? 杏寿郎が、追いついた? ──そんな訳が無いだろ! 俺は、俺はずっとお前を追っていた。

 眩しくて、明るくて、どこまでも俺とは違う炎で。怨嗟の炎に包まれていた俺とは違って、お前は世界を照らせる炎なんだ。

 

「ありがとう。俺は、きっと……いや、何でもない。すまないが、もう時間も残ってない。最後に一つだけ、いいか」

 

 呼吸が浅くなる杏寿郎。

 

 すまない、すまない杏寿郎。何度やっても、駄目だったんだ。何度死んでも、どれだけ戻っても、駄目だったんだ。許さないでくれ、俺を恨んでくれよ。

 

「──回帰。最後に、なる。お前に会えて、良かった」

 

 そうして、俺に笑いかけた後に、後ろを見る。

 

「後輩は、育っている。いつの日にか、必ずあの鬼の頸に手が届く。決して諦めるな。前を向け。憎しみでも、恨みでも、何でもいい。燃料に理由は要らない。心に従って、燃やせ。呼吸も無しに鬼を殺した、強いお前の認めた、才無き俺でもここまで出来た。必ず出来る。その姿を、見せてやれ。……──竈門少年、嘴平少年」

 

「強くなれ。何者にも負けない、幸せを守る力を。心の炎を燃やして、立ち向かえ。何度も何度も何度も、繰り返し強くなるんだ。そうして、君達が次を継ぐんだ」

 

 ああ──忘れていた。

 

 そう言って、竈門と呼ばれた少年に声をかける。

 

 

「竈門少年。俺は、君の妹を信じる。彼女は、立派な鬼殺隊だ」

「──ッ……」

 

 

 既に零れている涙を、更に多く流す炭治郎。

 

「彼女が、人を守っているのを見た。我妻少年と共に、必死に、傷つけさせなどしないと。誰がなんと言おうと、彼女は鬼殺隊だ。──君の妹が、元に戻れることを祈る」

 

 

 

 

 

 

 空を見る。

 

 晴れやかな青空だ。

 昔、母上に誓ったことを思い出す。

 

 俺は、弱き者を助けることが出来ました。煉獄の炎も、継ぐことが出来ました。唯一無二の友人に、最後の最期に──追いつくことが出来ました。

 

 これほど晴れやかに逝っていいのだろうか。

 きっと、まだまだ彼らは苦しむだろう。苦しんで、戦って、戦って戦い抜いてその先にある幸せを掴む。

 

 

 欲を言うならば、それを見届けたかった──でも、何も心配は要らない。

 

 

 母上、今、参ります。

 父上、先立つ親不孝をお許しください。

 千寿郎、諦めるな。決して後ろを見るな。前を向け。

 

 回帰──ありがとう。

 

 

 


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