「……煉獄さん?」
泣き崩れ、動くことの出来ない俺たちの場所へ何者かがやってくる。
黄色い頭に、黄色い羽織。
「炭治郎。煉獄さん、どうし……」
炭治郎──竈門と杏寿郎が呼んでいた少年へと声をかける。
……杏寿郎は、死んだ。
「え? いや……え? まず、あんた誰だよ。なんで煉獄さんが死ぬんだよ」
上弦の参が来た。
杏寿郎が、二人を守った。
「上弦の、参が……? なんで、なんで来たんだ」
……俺のせいだ。
俺が、アイツをあそこで殺しておけば杏寿郎は死ななかった。全部、俺の責任だ。俺が杏寿郎を見殺しにした。
「……あんたは、名前は?」
──……俺の名前か。そんなもの、どうでもいい。
何が決して摩耗しない、不磨だ。
削りとれて、角が取れ、丸くなって、そのままどんどん小さくされている。それも誰かがやっている訳じゃなく、俺が自分で選んだ果てで起きている。
やはり俺は碌でもない。早く、死んでしまえ。
「──そんなことない!」
炭治郎が叫ぶ。
まるで俺の考えを理解しているかのように、俺に向かって。
「絶対に、絶対、煉獄さんは、死んでしまえなんて、言わない。言わないんだ……!」
涙を流しながら話す炭治郎。
「──喚いてんじゃねぇ!」
猪の被り物をした少年──嘴平少年も続く。
「どんだけ苦しくても、どんだけ悲しくても──言われただろうが!」
──ああ、眩しい。
こいつは、こいつらは、全員が眩しい光を放ってる。既に、煉獄は継がれている。素晴らしい、素晴らしいよ杏寿郎。お前は、お前は永遠に俺の憧れだ。
「いつまでも泣いてんじゃねぇ!」
「お前も、大泣きしてんだろ……」
少年達が三人集まって、大泣きする。
杏寿郎、お前は本当に凄いよ。こんなに慕われて、こんなにも影響を与えて、皆に希望を教えて……お前がいてくれて、良かった。
「オイオイ、いつまで喚いてん……炎柱様?」
いつのまにか、隠の人間達も集まってきたらしい。
もう、行こう。俺は鬼殺隊には居られない。
「え、炎柱様? ……嘘、だろ……てか、あれ、まさか、先代……?」
動かなくなった杏寿郎を見た後に、俺に気がつく奴がいる。
まさか、俺を覚えてる奴がいるとは──ああ、覚えるか。俺程情けない奴は居ないからな。
「え、本当に先代!? なんで!? 死んだんじゃないの!?」
「えっ」
隠の言葉に、少年たちの方から声が聞こえる。
ああ、俺はそういう事になっていたのか。ええと、誰だったか……お館様? の配慮か?
なんでもいいか。
俺はこの後自分で行くから、この少年達を頼む。
「……えぇ……? いや、でも……首とか、血出てますよ」
どうでもいい。
どうせ死にはしない。
「回帰さん!」
炭治郎が話しかけてくる。
振り向いて、顔を見る。
「きっと、きっと──
………………しのぶが、俺に?
そんな訳が無い。アイツは俺を恨んでる。恨んで怨んで憎んで、殺したいと思ってる筈だ。俺はアイツに殺される事に文句はない。寧ろ、殺してくれるなら喜んで命を渡す。
だからこそ、今は行けない。杏寿郎に、魅せられた。ならば、俺も命を燃やすしかない。この残り火が、残滓のような掠れた炎が……少しでも、あそこに手が届くなら。
「違う! しのぶさんは、しのぶさんは……貴方と同じように、囚われている! それを救えるのは、回帰さんしか居ない!」
今更、帰れないさ。
「駄目なんだ! 今帰らないと、今、戻らないと……! 俺は、
──真菰?
待て、炭治郎。真菰、あれ、なんだ、真菰?
覚えてる。覚えてるぞ、その名前。俺は、真菰と言う名を覚えてる。
「真菰が、どうか助けて欲しいって……! あの人は、優しい人だからって、言っていたんだ!」
真菰、あ、ああ、真菰、そうだ、俺はなんで忘れていたんだ。
あの山で、俺が救えなかった命。俺は、あそこから、ああ、そうか……。
救えなかった命を忘れるような奴じゃ、もう、駄目だ。
「あ──……」
首を絞めようとすると、俺の手に誰かの手が重なっている。
小さな手だ。さっき、杏寿郎の事を教えてくれた手。
……俺に、死ぬなって言うのかよ。
死ぬことしか出来ない俺に、死ぬなって。
何だよ。何なんだよ。俺は、どうすれば良いんだ。生きて、どうすれば良いんだ。
──生きて。
この、声は。
今の声は、俺は、違うんだ。俺はお前を殺して、生き残るつもりなんてなかったんだ。俺は死のうと思ったんだ。だけど、死ななくて、どうしても死ななくて、死んでも死んでも死ななくて、だから、俺はアイツを殺すって誓ったんだ。
「回帰さん! 帰ろう、一緒に!」
……炭治郎。
お前も、眩しいな。
お前達がいるなら、俺は居なくても、いいんじゃないか。俺みたいな、何処までも自分勝手な男は、居なくても、いや、居ない方が……
「──少なくとも!」
炭治郎が叫ぶ。
俺の声を遮り、俺に届けるために。
「真菰は、貴方を怨んでない!」
ふわりと、何かが俺の視界に映る。
その、面は。その狐の面は。
そうか、炭治郎。お前……そうなんだな。
「だから、だから……どうか、お願いします。一緒に、戻って、まだ、やり直せるって……」
そして、そのまま声が小さくなっていく。怪我をした状態で声を荒げたからだろう、酸欠か、血液不足か……。何にせよ、炭治郎を死なせるわけにはいかない。
……わかった。
覚悟を決める。
隠達。お館様に連絡、それと三人を早く治療出来る環境に連れて行ってくれ。
そして……
俺を、胡蝶しのぶの元に連れて行ってくれないか。
……変わらないな、この屋敷は。胸が引き裂かれそうになるくらい、変わらない。
カナエが植えた木も育ち、既に立派になっている。それだけ、年月が経った。
「あのぅ、先代様……」
隠の一人が声をかけてくる。
すまない、俺は後から入る。だから先に炭治郎達を運んでくれ。
「わ、わかりました。……その、先代様は覚えていないと思いますが、私前にお二人に助けて頂いたことがあって」
……悪いが、記憶にないな。実は記憶も曖昧で、覚えてることは覚えてるんだが……鮮明な記憶が、ほとんどない。いつまでも頭の中で繰り返される光景は、あの時の地獄のような光景だけだ。
「ああいえ、とんでもございません! ただ、その、花柱様が存命されてる間に命を救われて……ええと、私はあなたが戻ってきてくれて、嬉しいです。すみません、それだけなんです」
そう言いながら炭治郎を抱えて屋敷の中に入っていく。
カナエと二人の時、か。ああ、胸が苦しいな。お前が遺していったモノはこんなにも多いのに、俺は何一つ覚えていなかった。だめだな、俺は。
こんなんじゃ、しのぶには口も利いてもらえないだろうな──それでも、いいか。しのぶがそれで少しでも和らぐなら、それが俺に残された、責任という物だから。
「すみません、いつまでも屋敷の前に居ないでくれませんか?」
後ろから声を掛けられる。
ああ、すまない。
「ん……? あれ、炭治郎さん!?」
運び込まれていく炭治郎に気が付いたのか、顔見知りなのか急いで駆け込んでいく。
「あ……」
その隣に居た少女も、同じように炭治郎の場所に行こうとして──俺の顔をみて、動きを止める。
その髪の結び方、蝶の髪飾り。痛い程に、死にたくなるほどに覚えている。
苦しい。苦しいよ。その髪飾りを見るだけで、あの光景が蘇るから。
でもそれも全部俺の所為だ。だから、仕方ない。受け入れないといけない。俺の所為だ、俺の所為だ、俺の所為だ。
「……え、と…………お久し、ぶりです」
ああ、久しぶり──カナヲ。
そしてその後ろから、俺の事を、信じられない様な物を見た表情で見る人──しのぶに、声を返した。