蝶屋敷へと帰ってから一週間、身体の具合をしのぶに診てもらいながら時を過ごした。
日輪刀も今は無く、隊服すらボロボロ。とてもではないが、今の状態で戦えるわけがない。いや、それでも戦って見せなければならないのだが。
俺の身体は、何とか動いている状態だ。日常的な動作は問題ないが、激しい動きを行うと動悸が激しくなる。それに加えて呼吸も荒くなり、大体……一、二分が戦闘の限界だろうか。ただの鬼を殺すなら、それでも問題は無い。
だが、童磨を殺すとなれば別だ。
アイツを殺すには、技を撃たれる前に頸を断ち切るしかない。血鬼術を持つ鬼は大概がそうだが、初見殺しだ。特にアイツの場合は血鬼術が凶悪すぎる。少しでも吸えば肺が凍り付き、そのまま戦闘が不利に動く。
最悪だ。
だからこそ俺が殺さねばならない。アイツを殺すためだけに用意した技を、呼吸を使って殺さねばならない。できる出来ないかじゃなく、やらなければいけない。
同じ部屋の中に寝ている少年達を起こさないように静かに部屋を出る。
すっかり暗くなって、陽の光なんて届きやしない暗闇の中。
月明かりのみが照らす屋敷を歩く。
眠れない。
一人でいる時は寝れたのに、こうやって戻ってきた途端眠れなくなった。相変わらず自分が情けない。一人の時は気楽だ。死んでも死なない、いつか気がつくその時まで死ねばいいだけだ。
だけど、俺以外の人は違う。死ぬんだ。簡単に、死ぬ。
脳裏に刻み付けられたあの光景が忘れられない。カナエを噛んで、砕いて、弄んで、俺が死んで、繰り返して再度カナエを喰い、殺し──忘れる筈がない。
憎たらしい。俺も童磨も全てが憎い。あの時無様だった俺が、死んでも死に切れないほど。人を弄ぶ鬼を殺さなかった俺が、死ぬほど憎たらしい。
杏寿郎に救われてばかりだった俺が情けない。友人として親しくしてくれた杏寿郎を見殺しにして、生き残った俺が……やめよう。
憎しみを燃やすのは、その時だけでいい。その時に積み重ねた全てを燃やせ。残り火以下、既に灰同然の俺ができる最後の戦いなんだ。
「……あら、不磨さん。抜け出して、どうしたんですか?」
……しのぶか。
寝付けないから少し散歩してるだけだ、すぐ戻る。
「そうですか」
後ろから現れたしのぶを見ることなく、俺は外を見続ける。
外は暗闇で包まれてる。
どこまでも続く暗闇の風景。
「…………ねぇ、不磨さん」
隣まで歩いてきたしのぶが、口を開く。
暗い中でも見えるくらいには近づいたしのぶの表情は、一週間前の微笑みは消えて何かを思案するような様子を見せる。
やがて、何度か口を開き話そうとして、口を噤んだ。
……何か、聞きたいことがあるのか?
「…………どうして、戻って来たんですか?」
──……どうして、か。
「正直な所、私はもうあなたは……亡くなったと思ってました。姉を──いえ。
あの時は、そう、だな……確か、柱になったカナエの巡回予定の場所を回っていた時だった。久しぶりに二人で、歩いて時だ。
……そういえば、あの時告白されたんだったな。俺はそれに答える事も出来ずに、カナエをむざむざ殺してしまった。背負ってくれると、俺と共に地獄へ堕ちてくれると言ってくれた、大切な、大切な人だった。俺にはもったいない、朗らかな
それで、ええと……あのクソ野郎──童磨が来た。その後はしのぶも知る通り、俺は血鬼術で凍らされて肺を痛めて、カナエは喰われた。
俺の目の前で、何度も何度も喰われた。涙を溢して、苦悶の表情を浮かべて、声を圧し漏らさないように無理やり微笑みを作って、俺に笑いかけたんだ。腕を千切られ、足を噛み砕かれ、喉を掻っ切られて、それを俺は見てるだけで、何も出来なかった。
それが、あの日に起きた事だ。その顛末は、知ってるだろ。
「……姉さんは、苦しんで逝ったんですね」
……ああ。苦しんで、痛みに耐えて、死んだ。
「……そうなんですね」
しのぶが俺の話を聞いて、何を思ったのかはわからない。ただ、少なくとも、家族として知らなくていい事を知って、柱として知らなければならない情報を聞いた。ここで怒り狂って、俺の事を殺してくれればいいのに。少しでも許さないと、明確に行動してくれればいいのに。悪いのはお前だと、誰もが指さし名指しで言ってくれればいい。
俺の隣に無言で佇むしのぶが、何を想っているのか。
俺には知る由もない、知る権利もない。彼女の唯一、血が繋がった肉親を奪った俺に知る権利はないんだ。
「──……あら」
しのぶが一言呟いて、俺の腕に触ってくる。目を向けてみると、後ろから見えないように身体で腕を隠しながら指を真っ直ぐ後方に差していた。
その方向に、顔を逸らさないように目を向けると見覚えのない着物が少しだけ見えている。
口元に手を当てて静かにするように、と仕草を向けてきてしのぶが立ち上がる。
「不磨さん」
歩きながら、口を開く。それを振り向くことなく、俺は耳を傾けた。
「──
その言葉に、思わず後ろを振り向いて──既にしのぶは姿を消していた。……違うんだ。違うんだよ、しのぶ。
俺は恨んで欲しいんだ。死んでも死ねないくらいに憎んで恨んで欲しいんだ。俺は……そうでもしないと、詫びれないから。俺が死ぬのは、どうでもいい。だけど、だけど。
ふと、血の香りがすることに気が付いた。微かに匂うソレの出どころを探すと、俺の右腕からポタポタと流れ出ている。正確には、掌から。無意識に握りしめていたらしく、爪が食い込み肉が露出している。
溜息を吐いて、目を閉じる。
浮かび上がる光景は、あの日の惨劇。忘れるな、忘れるな、絶対に。俺が必ず殺すのだ。
「日輪刀、ですか?」
翌日、柱としてではない蝶屋敷の医療班としての仕事を行っているしのぶに声をかけた。俺の使用できる日輪刀はあるのかどうか、それを確かめたかった。気のせいかもしれないが、前より少しだけ笑わなくなった──というより、前のしのぶの様な表情を出すようになった。怒っている様な、不機嫌な様な。無理やり作った顔じゃない。
顎に手を当てて何かを考えるように眉間に皺を寄せる。
「……ああ、そうです。不磨さんは、あちらには戻られて無いですよね?」
あちら、とは何処を指してるのだろうか。俺が戻るという事は、俺が前まで住処にしていた場所か──……それとも。
俺にとって戻る場所と言えるのは、四つ。
一つはここ、蝶屋敷。カナエ、しのぶ、そして記憶自体は少ないがカナヲとの日々。それが詰まったこの場所は、俺にとって十分に帰れる場所だと言える。しのぶにとっては、迷惑な話だと思うがな。
二つ目は俺の暮らしていた家。今も尚存在するかは謎だが、一応暮らしの基盤にしていた場所だ。
三つ目、全ての始まりになった家族の眠る家。今更こんな場所を指す事は無いと思うが、一応ここも帰る場所だろう。
そして四つ目、この鬼殺隊における重要な道具の日輪刀が手に入る場所という前提がある上でしのぶが戻ると表現する場所──それは一つしかない。
「そうです。きっともう葬儀は終わっているでしょうから──煉獄家です」