回帰の刃   作:恒例行事

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煉獄家にて

 コンコン、と一度扉を開く。

 久しぶりに見るこの屋敷も、かわったところはない。炎柱になった杏寿郎も住んでいたのだろうか、彼の性格が表に出る清潔さがある。蜘蛛の巣が張っている様子もないし、日常的に掃除を行なっていたのだろう。

 

「はい、どちら様ですか……?」

 

 そういいながら扉を開いてきたのは、まだまだ少年と言える背丈の子供。だが目付きは確実に煉獄の男児と言える特徴と、髪型もそっくりだ。……ああ、君は……千寿郎か? 

 

「……そうです。もしかして、兄の御知り合いですか?」

 

 そう、だな。確かに俺は杏寿郎の知り合いと言える。別に勿体ぶるつもりもない、俺の名前は不磨。不磨回帰だ。なにか聞いてるか? 

 

「──不磨さん、ですか。兄の先代の炎柱を務めていたとお聞きしています。ですが、あなたは……失踪したとも」

 

 ああ、間違いない。つい数日前まで失踪していたし、なんなら杏寿郎の死をこの目で見た。……葬式を終えてから来て今さら何だと思われるかもしれないが、杏寿郎への香典と──槇寿郎殿は、居るだろうか。

 そう告げると、何やら千寿郎は答えにくそうな、戸惑うような表情を見せたのちにおずおずと屋敷の中へと引っ込んでいった。その後すぐにこちらへ、と言われたので追従する。

 

 中の景色は、俺の記憶にあるより殺風景になっていた。それはそうだ。俺が最後に見た光景は、弟子が沢山並んで刀を振り、呼吸を練り、鍛錬を重ねている時。思えば瑠火さんが亡くなった時にはすでに活気が無かったような気もする。……全部俺が気がつかなかっただけ、か。

 

 千寿郎の案内について行き、ある部屋の前で止まる。

 

「兄の仏壇は、ここにあります。母と同じ場所に入っているので、よければ一緒に……」

 

 襖を引いて、中に入る。何の飾り気もない和室に、少しだけ豪華な仏壇がある。それでもとても高級品のようには見えず、商人でも簡単に購入できる程度のモノ。……命を賭して人々を守り、鬼を殺し、最期に後進にあるべき姿を見せて果てた男がここに眠っている。

 

 杏寿郎、遅くなって悪かったな。俺は結局どこまでもダメな奴だ。

 

 線香に火をつけて焚き、槇寿郎はどこにいるか聞いておく。この後挨拶に行くとして、先に聞いておけば自分でいけるから。

 

「……その、父は……」

 

 歯切れ悪く言う千寿郎に、まさか──槇寿郎も亡くなったのかと内心動揺する。まさか、そんなバカな。そうだとしたら、もう煉獄家は千寿郎しか残ってないではないか──と、考えを張り巡らせたあたりでそうではないと気がつく。

 

 

「生きては、います。ですが……ある時を境に、心を壊してしまい。僕とも、会話をまともに……」

 

 

 

 

 

 

 

 布団から半身だけ起こし、外を見つめ続ける男性。その姿は紛れもなく、俺の先代炎柱であり、剣と呼吸の師であると言える──煉獄槇寿郎その人だ。

 

 俺の知る姿とはあまりにも変わり果てた姿に思わず愕然とする。……なぜ、こうなった。何が、槇寿郎殿に何があったんだ。

 

 そう千寿郎に問い詰めると、答えにくそうな顔で俯きながら呟いた。

 

「……あなたが、亡くなったと聞いたその日から、です」

 

 ──思考が、真っ白に染まった。

 

 俺の、亡くなった、日から。つまり、俺が死んだと聞いてから? 何故だ、槇寿郎。炎は、あんなにも苛烈に杏寿郎に受け継がれていただろう。俺を掻き消す程の太陽は、お前の息子が成っていただろう。なのに、何故、なぜ俺如きに……! 

 最期の瞬間まで後進を導き、人を憂いた男だ。俺のように復讐に取り憑かれ何もかもを捨てようとした奴とは違う! 

 

 煉獄槇寿郎、なぜなんだ。何故、俺如きに、そんなに執着したんだ。俺は、お前の考えるような強い人間ではない。お前が告げたあの言葉は、今でも覚えている。才の無い人達が呼吸を持って鬼を殺すのを、俺は呼吸を使わずに鬼を殺した。そんなもの、俺が他には無い特別を持っていたからに決まっている。

 

 煉獄の炎より前に、俺はただ持っていただけだ。死なないと言う呪いを。なあ、槇寿郎。お前の息子は、とても立派だった。

 

 半分死ぬ原因になったような俺が言うのもおかしい話だが、槇寿郎。

 杏寿郎は本当に凄いんだ。俺のような死なないという特異性も無く、本当にやり遂げたんだ。狂うこともなく、ひたすらひたすら前に走り続けたんだ。だから、なあ、槇寿郎……。俺なんかより、杏寿郎を褒めてくれよ。俺のことなんか、どうだっていいから。だから、頼むよ。

 

 槇寿郎は、動かない。耳を傾けているのかも、わからない。

 

 何もかも遅すぎた。それだけなんだ。

 

 動くことのない槇寿郎の隣から立ち上がって、部屋を出る。

 そうして、あの日誓いを交わした庭まで歩いた。もう、あんなにも昔に思えるのに今でも覚えているのだ。

 

 杏寿郎との誓い、それを俺は……守れたのだろうか。炎になれ、太陽になれ。俺が認めたお前は、絶対に炎柱に相応しい。あんなにも情熱的に、そして認め合うような誓いを立てておきながらこのザマだ。思い出せば思い出すほど、苦しくなる。

 

 杏寿郎。俺は本当に、この家に来て良かったのだろうか? 俺はあそこで、童磨に殺されているのが良かったんじゃないのか。家族と一緒に喰われていれば、カナエとしのぶだって死んでなかったかもしれない。俺はそう思ってしまうんだ。どうしようもないほどに弱くて、お前のように強く在れないから。

 

 ……だが、悔やんでも意味はない。どれだけ自分を責めても、意味はないのだ。前に進んで進んで、童磨を殺すしかない。杏寿郎、槇寿郎。俺は二人を無価値には決してしない。忘れてはならないんだ。それを胸に刻み込め。必ず、必ず──煉獄の闘いは無駄ではなかったと。

 

「……あの、不磨さん」

 

 千寿郎が部屋から出てきて、声をかけてくる。

 すまない、勝手に屋敷内を歩いて。迷惑をかけた。

 

「いえ、それはいいんですけど、その……父と、兄の事なんですが」

 

 おずおずと、おっかなびっくりと言った様子で話を続ける千寿郎。

 

「その……父は、どういう方だったんでしょうか。僕が物心つく頃には、既に父は……」

 

 ……そう、だな。俺で良ければ、少しくらいは話せるよ。君の父の事も、兄の事も。……俺は、君から二人を奪ったも同然の男だ。君が望むなら、俺を好きにしてくれて構わない。それくらいのことは、させて欲しい。

 そう千寿郎に告げると、少し躊躇うような表情になった後に──儚く、まるで、瑠火さんの様な笑みを浮かべて言った。

 

「恨みなんて、しませんよ。確かに、兄は亡くなって、父もおそらくは……」

 

 言葉の後に、一瞬悲しそうな表情になってから千寿郎は続ける。

 

「ですが、兄も父も決して消えたりはしません。少なくとも、僕が覚えている限りは」

「忘れません。微かな記憶しかなくなったとしても、僕が覚え続けます。……僕には、兄と違って剣士としての才能がありませんでした。日輪刀の色が、変わらなかったんです」

 

 良く見れば、千寿郎の腰に刀が差してある。それはもしかして、日輪刀か? 

 

「はい。僕が持ち続けるより──きっと、不磨さんが持っていた方がいいんです」

 

 差し出されたその刀を、見る。

 もう、誰も千寿郎を導かない。導く人物が居ない。辛うじて残っている俺程度の火種では、煉獄を継ぐには弱すぎる。駄目だよ、千寿郎。この刀は、君が持つべきだ。君が持って、後を継ぐべきだ。

 

「いいえ、いいんです。僕だって、諦めるつもりはないです。けれど……僕がやるには、あまりにも時間がかかり過ぎる」

「いつか絶対、僕は引き継いで見せます。でもその前に、きっと──不磨さんには必要になると思うんです。だから、受け取ってください」

 

 …………わかった、千寿郎。

 煉獄は絶えていないと、火継ぎは行われていると君は絶対に証明できる。俺も、出来る限りの事はしよう。だから、俺の闘い(復讐)が終わるまで──この刀は、借りる。

 

 鞘を掴み、そのまま受け取る。

 

 柄を握り、鞘から引き抜く。

 何の変哲もないただの刀から、徐々に色が変わっていく。赤く、紅く──まるで血のような(くれない)に染まっていく。

 

 ありがとう、千寿郎。俺は、俺が成すべきことをする。

 

 あの鬼を。地獄へと叩き落す──それだけが、俺の生きる使命だ。

 

 

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