回帰の刃   作:恒例行事

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進め

 煉獄家で用事を済まし、また──千寿郎に話を聞き、杏寿郎の遺したあるモノ(・・・・)を受け取って、蝶屋敷で検診を受ける日々。

 

 刀を振るい、咳き込みたくなるのを必死に堪える。咳を飲み込むように何度も喉を鳴らして、ひたすら刀を振る。全集中の呼吸を時々行い、自分の身体の限界をどんどん広げていく。昔──それこそ柱になるよりずっと前、鬼殺隊に入るための修練に比べれば効果は圧倒的に薄い。だが、それでも、少しでもやらねばならない。

 

 鍛錬で少し無理をして咳き込んで、動けなくなって死のうとした所で蝶屋敷にて働くアオイという少女に出会った。彼女は鬼殺隊の隊士として修練を積み、試練を越え──鬼への恐怖で、戦う事が出来なくなった子だった。しかし振る舞いは決してか弱い少女ではなく、男にも物怖じしない強かな少女だ。

 

 首元に刀を添えて──千寿郎のくれた刀──で死のうとした瞬間に刀を奪われた。勿論その後舌を噛み切って自殺したが、次からは気を付けよう。彼女の仕事場である庭では無く、自分の部屋で鍛錬するべきだと考えて切り替えた。

 刀を振るうのに無駄に広い空間は必要ない。最低限刀を振って、呼吸を行えればいい。それこそ、肺が凍り付く極寒の地(・・・・・・・・・・)で鍛錬も効果的かもしれない。凍れば身体が動かなくなるし、血も巡らなくなる。それこそ、無理やり体温を上げる(・・・・・・・・・・)くらいしか対抗手段がないんじゃないのか? 

 

 口内を思いっきり噛み千切れば血液が溢れる。身体の機能として傷口を塞ごうとする動きがあるとしのぶに教えてもらった知識だが、それを利用すれば少しは熱を保存できるか……? 

 

 ……思考が逸れた。

 アオイは、自分の弱さを自覚したうえで強くあろうとしている。他の隊士は鬼の恐怖と対面しているのだから、恐怖に負けた自分はせめて──と、必死に足掻いている様に見える。俺がこういうのもおかしい話だが、少しだけ、親近感を覚えた。

 

 強い少女だ。死を恐れるのは当たり前なのに、それを克服できないからと自分を責める。責任感が強いとも言える。……最も、俺に言う権利があるかはわからないが。

 

 まあ、いい。どうせ俺の事はその内忘れるだろう。

 どれだけ失礼な事をしようが、最終的に忘れられるのだから問題はない。

 

 童磨を殺して、どれだけ死んだって殺して、俺は死ぬ。きっとそうなんだろう。俺はあのクソ鬼を殺す為に生まれて来たのだ。そうだ、きっとそうだ。そうでなければ、俺は地獄に堕ちれない。地獄に堕ちないといけないんだ。苦しまないといけないのだ。もっと、もっと苦しまなければならない。

 

 この程度じゃ足りない。頭を全て喰われた親、頸を切断されて生首だけになった姉、手足を砕かれて絶命した真菰、何度も何度も身体を貪られ、痛みと苦しみを繰り返し続けて喰われ続けたカナエを思い出せ。俺はまだ、皆に比べて全然痛みをくらってない。苦しみを味わってない。俺も童磨ももっと苦しめ。苦しむべきだ。

 

 死ぬ事が苦しみでないのなら、痛みが苦しみでないのなら、俺は果たして──何が罰になるのだろうか。……わかってはいる。きっと俺への苦しみは、失う事への恐怖なんだろう。前述の全員が、俺の力不足で死んだ。俺は皆に許されてはいけない。決して許されるわけにはいかない。地獄の底で、どこまでも苛まれていなければいけない。

 

 

 更に数日が経って、驚きの情報を耳にした。

 

──十二鬼月・上弦の鬼が死んだ。

 

 倒したのは、音柱とその嫁達に加えて……炭治郎達三人だそうだ。

 

 ……やっぱり、炭治郎は凄い。いや、アイツ一人が凄いわけではない。確かに色んな条件が重なって、上手く行ったんだろうが──偉業だ。百年間は変わることの無かった普遍の勢力図、その一部を切り崩した。柱でも何でもない少年達が、柱と協力したとは言え成し遂げた。

 

 やはり、俺のような奴とは違う。嫌でもそう思ってしまう。

 

 炎柱として戦って、なんの手傷も与えられず無力化された俺と、炭治郎や杏寿郎達……それこそ、俺の求める太陽のような奴らは違う。

 

 でも、それでいい。俺が太陽になるつもりはない。俺は既に何にもなれない身だ。墜ちる所まで墜ちきって、地獄の底で呻いているだけだ。だからこそできることもある。やらなければならないことがある。

 

 鬼の猛毒を喰らっていた音柱も、炭治郎の妹──禰豆子の血鬼術によって助かったらしい。ああ、本当に凄い。

 

 そんな奴らだから、童磨の相手はさせない。あんな屑は俺が殺す。

 

 

 

 

 

「今日は鍛錬は行わないでください」

 

 朝の診察を終えて、しのぶが一言呟いた。

 俺の身体に何かあったか? 

 

 そう聞くと、少し黙ってから口を開いた。

 

「体温がとても高い状態です。逆に、何故そんな状態なのに……」

 

 別に身体に不調はない。

 しのぶが見せてきた体温計を見れば、確かに高い。三十八度は超えている。俺自身はなんの異常も感知してないし、正直気にしてないから問題ない。鍛錬は行う。

 

「駄目です。医学を嗜む人間として、許可しません。そんな状態で何ができると言うのですか?」

 

 刀は振れる。

 刃は研げる。

 なにより、生きる事より大事なことがある。

 

「……そう、ですか。なら好きにして下さい」

 

 俺はもう、失敗する訳にはいかない。

 次が最後だ。

 なんとなく、そう感じてる。俺とアイツが次に会ったその時が──俺の終わりだ。だから、悪いなしのぶ。

 

 退出して、廊下を歩く。

 

 件の上弦を倒した四人──音柱の嫁は含まない──は現在蝶屋敷で療養している。機能回復訓練すらまだ行える段階ではないらしく、まだベッドで寝ている。

 割と騒がしいが、それも奴らの良さだと思う。騒々しいと言うより、賑やか。明るく振る舞って、前に進み続けるその姿は強烈だ。

 

 他者に迷惑をかけることしかできない男には眩しい。

 

 だが、だからこそ。

 

 そのままで居て欲しい。変わらないで欲しい。不変であってくれ。

 ここで、俺が背負うなんてことは口が裂けても言えない。だけど、自分の責任は自分で取る。やるしかない。

 

 俺はもう、やるしかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 


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