回帰の刃   作:恒例行事

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平日は仕事なので投稿遅くなります。


鬼殺隊選別試験・前編

 鬼殺隊入隊試験を行う、藤襲山(ふじかさねやま)──多くの入隊希望者が集まるその場所へと、俺は足を踏み入れていた。

 

 既に入山者はいるらしく、薄く咲き誇る藤の花に囲まれた広場に、腰に刀を携えた男女数人──いや、二十数人はいるか。皆それぞれ自由に行動している。瞑想している者、武器の手入れをしている者、寝ている者。

 寝ている奴に関しては随分図太い精神をしているなと思いつつ、広場の先に佇む二人の少女を見る。

 

「──皆さま」

 

 黒い髪の少女が話す。どこか不気味な空気を纏った少女と、対になる白髪(はくはつ)の少女が隣に佇む。

 

「今宵は最終戦別にお集まりくださってありがとうございます」

 

 皆の視線が一点に集まる。

 

「この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり外に出ることはありません」

 

 同時に隣の白髪の少女が話す。完全に被さり、息の合った語り。ここまで寸分の狂いもない語りは初めて聞いた──そんな事を考えながら、煉獄家であったこれまでの事を思い出す。

 

 

 

 

 

 目が覚めると、日は既に落ち始めて夕方になっていた。

 俺は何故か中庭に寝そべって空を見上げている。そして目を覚ました途端襲ってくる全身の痛みに、思わず声を上げようとして──更に身体が痛んで悶絶する。痛みに呻きつつ、なんとか身体を起こす。

 

「む、目が覚めたか!」

 

 すぐそばで素振りを行っていた杏寿郎が声をかけてくる。槇寿郎殿は、と聞く。

 

「父上は鬼狩りの巡察に向かった。明日、回帰に用があると言っていたぞ!」

 

 なるほど、と声を出す。

 未だに痛む全身を無理やり動かす。胸辺りが、呼吸を重ねるごとに痛む。ゆっくりと、慎重に息をする。息を、息を……そうだ。そういえば、呼吸で身体の状態を制御できると槇寿郎は言っていた。

 

 霞のように、それでいて、燃え盛る炎。痛む胸を無視して、無理やり息を多く取り込む。──ズキン、と。痛い、では済まない激痛が襲ってくる。それでも呼吸を続ける。整えろ、整えろ……! 

 燃え盛る炎のようで、霞の様な消え入るような音──全集中・炎の呼吸。

 

 自分の身体へと意識を向ける。痛みの原因、痛み、痛み、痛い痛い痛い──見つけた。肋骨が折れている。身体の事が、隅々まで理解できる。

 動け。動け繋がれ元に戻れ。激痛が奔るが──食いしばる。痛い、とてつもなく痛い。今すぐ泣き出したいほどには痛い。実際涙が出ている。でも止めない。これも必要な事だ。鬼に手傷を食らったときに、ずっと痛みを受け続けたまま戦う訳にはいかない。集中しろ、この原因を止めるんだ。

 

 骨と骨が、動いて、繋がって──とてつもなく痛い。が、呼吸による苦しさは減った。

 荒く息を乱しつつ、顔中に出てきた汗を拭く。滲み出る汗と、痛みが意識を更に覚醒させる。

 

「どうした?」

 

 様子がおかしいと思ったのか、杏寿郎が話しかけてくる。いや、なんでもありません。少々呼吸の鍛錬を、行っていただけです。そう答えると、何か納得したように頷いた。

 

「なるほど、呼吸で骨を弄ったのか!」

 

 語弊があるように聞こえるが、まぁ大体あっているので否定しない。代わりにとんでもない激痛を味わいましたよ、死ぬほどではありませんけど。

 流石だな、と言ってから満足そうに頷く。……年下の筈だが、どこか年上の様な──というより、何故か年上のように感じる。この安心感、なんだろうか。

 

『──回帰』

 

 頭の中で、何かが反芻した様な気がする。

 とても大切な、大事な、何か。俺を構成する、数少ない物の一つ。俺の名前を呼ぶその誰か──ああ、そうか。

 似ているんだな。姿形ではなく、その姿勢が。強さが。精神性が。他者を敬い、心穏やかに生きていたあの人と──杏寿郎は似ているんだ。

 

 立ち上がって、呼吸をする。

 胸が痛む。けれどその痛みが心地いい。

 

「平気か?」

 

 ええ、問題ありません──そう告げ、汚れをはたき落とす。この程度の痛みで止まれるか。止まってられない。

 

 

「──合格だ、不磨」

 

 翌日、槇寿郎の部屋に呼び出されて言われた第一声がこれ。

 一体何が合格なのだろうか──まずそれを理解していない俺からしてみれば、急に何言ってんだとしか思えない。これまでの記憶を辿る限り、昨日のあの場で呼吸を成功させたことだろうか。

 一太刀振って、その後転がされてるわけだから不合格じゃないのか? 俺はそう思ってしまった。

 

「……そもそも、俺たち育手の人間はな。鬼殺隊最終選抜に向かわせるために、その人物が本当に相応しいかどうか判断するために試験を課す。各育手によって違うが、俺の場合は──というか、お前の場合は『真剣で俺を斬る』だ」

 

 そう言いながら、頬の傷をトントンと叩く槇寿郎。つまり、俺は、あの時、たしかに──斬っていたのか。気付いてすらいなかったのかと言いたげな槇寿郎の視線が刺さる。仕方ないだろ、気絶してたんだから。

 

「お前の奥底に眠る恐怖、これを克服しない限りはどんなにお前が才能に溢れていたとしても合格にはならなかった。必ず、必ず最終選抜でお前は死ぬ事になるからだ」

 

 だが──と続けて、柔らかい表情で俺に言う槇寿郎。

 

「お前は打ち勝った。自分の恐怖に、鬼の恐怖に──お前は強い奴だ。胸を張れ──合格だ」

 

 ……ありがとう、ございます。

 じんわりと痛む胸の奥に、仄かに暖かいモノを感じた。恐怖を乗り越え、覚悟を決めた──ああ。俺は、嬉しいんだな。認めてもらえたことが。乗り越えたと、認識出来たことが。自分の弱さに打ち勝った事が。

 

 そうして、怪我の完治を待ち──二ヶ月。凡そ半年で、俺は鬼殺隊選抜最終試験へと臨んだ。

 

 

 

 

 山の中を駆ける。

 随分と久しぶりに来るはずの山の中は、どこか鬱々とした空気を常に纏わせる。藤の花が狂い咲く山、中には大量の鬼。ある種の蠱毒なのだろうか──音がする。

 ガサガサ背後から迫ってくる音に対して、刀を振るう。飛び交ってきた鬼の頸を寸分違わず斬り裂いて切断する。成る程、鬼を斬るのはこの程度で良いのか。

 

 試験用に用意された鬼たちは、基本的に一人か二人しか食べていないらしい。鬼は、人を食えば食うだけ強くなる。俺が目標にしている上弦の弐──奴は、どれだけの人間を食ったのだろうか。

 ギリリと刀を握る力が強くなる。不愉快だ。俺のような人間をどれだけ作り、嘲笑い、奴は生きているのだ。考えれば考えるほど不愉快さが増す。

 ああ、しまった。聞きそびれてしまった。次は聞くようにしよう。

 

 駆け抜ける。七日間この山の中で生存すること──それが入隊条件だ。生き残れば入隊し、死ねば鬼に喰われる。

 わかりやすい。この状況で生き残れない奴は、鬼殺隊には必要ない……というより、生き残れないから要らないんだろうな。そのままだ。

 走ってくる新しい鬼を目標に定める。一体しかいない事を確認し、飛び交ってきた両手足を斬る。ここまでやっても安心が出来ないのが鬼、ならば頸以外を斬ればいい。胴体から半分に分割、その上で下半身を更に両断する。

 

「ガァッ!」

 

 呻き声をあげる鬼の顔を蹴飛ばして、腕を纏めて刀に串刺しにする。おい、鬼。一つ聞きたいことがある。

 

「テメェ、黙って喰われろ! 久しぶりの生肉だ、オイ!」

 

 瞳に文字の刻まれた鬼、そいつらはどこにいる? 

 

「死ね! 喰わせろ!」

 

 目玉を斬り捨てる。

 呻き声を上げて、刀に串刺しにした腕が暴れるので木に叩きつける。そのまま腕をその辺に投げ飛ばし黙らせる。もう一度聞くぞ、鬼。

 

 ──瞳に文字の刻まれた鬼は、どこにいる? 

 

「──生肉だぁ」

 

 背後から迫ってきた猛烈な気配に反応する。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 全力で背後にいる鬼へと刀を振る。袈裟斬りで頸を飛ばそうとし──でかい。大きい。巨躯と言った方が正しいくらいの身体。やばい、これは斬れない──! 

 

 腕を一本斬る。だが、一本。複数の腕を持つこの鬼には意味がない。

 宙に浮いた俺に迫り来る鬼の腕を──避けられない。

 胴体にめり込む。痛い、猛烈に痛い。まるで弾けるような痛みだ。ギシギシと骨が一瞬均衡するような音が聞こえ、だがその次の瞬間には折れる。痛い、痛い痛い痛い──! 

 口の中で、何が液体が這っている。それを堪えようとして──自分の身体が地面に落ちていく。痛みで何もまともに考えられない。なんだ、どうなった。いや、それよりも動かなければ。下半身を動かそうとして──動かない。何だ、どうなってる。折れたのか、俺の身体は──ああ? 

 

 でかい、目の前にいる怪物が。

 手に持って、口に入れているソレは──俺の身体で。俺の脚を、貪っている。自分の身体に、目をどうにか向ける。胴体から腰にかけて、爆発したように砕け落ち──いってぇ。

 

 意識が薄れていく。それでもなお訴え続ける激痛に、さっさと治れと念ずる。大丈夫、大丈夫だ。俺は、死なない──本当に? 

 わずかに沸いた恐怖心を抑えつける。大丈夫、でなければあの痛みは偽物だ。俺は死なない。痛みに耐えろ。食らいつけ。次に繋ぐのだ──そう考え、目の前に迫り来る腕を目にしながら意識を落とした。

 

 

 

 

「──生肉だぁ」

 

 瞬間飛び退く。やはりこの場面からか──俺の予測は間違っていない。喰われても、潰されようと、俺は死ぬことはない。それを再認識出来たのだ、有り難い。ならば、痛みに耐えるのみ。

 俺に許されたのは、あの鬼を殺すその日まで生き抜くこと。

 

 腕が沢山生えた鬼──気色悪いな。

 名前なんぞどうでもいいが、相対すると改めて気色悪い。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 荒く、それでいて霞のような──燃える炎を我が身に宿せ。

 さすれば悪鬼撃滅、煉獄の想いを叩きつけろ。この鬼を殺す必要なんてない。わざわざ殺す必要はないが──生かしておくつもりも無い。この山にいる鬼は、ほぼ全個体が理性を失っているんだろう。話も応じない、皮肉なことにあの上弦の鬼とは違う。

 お前らに用はない。話す鬼は喋らせてから殺す。話さない鬼は──喋る前に殺す。

 

 踏み込む。一歩踏み込み、二の足を地面に叩きつける。進め。前に進め。斬れ。斬るんだ。

 

──壱の型・不知火。

 

 炎を発するような勢いで突撃して、一撃を放つ。

 不知火の様に──陽炎の様な蜃気楼と同化しろ。姿を見ることすらできない速度で、頸を斬り落とす。

 ずぷ、と肉に刀が沈んでいく。斬れる、このままならいける──! 

 

 そう考えて、腕が迫っていることに気がつく。まだ反応できる。その迫ってきた腕を蹴って上に逃げて、刀で傷を付ける。鬼の頭に着地する様に動いて、鬼の目を潰す。

 

「ギアァァアッ!」

 

 暴れる鬼から一足離れて、身を隠す。

 手数が足りない。まだやれそうだが──殺せるか微妙な線。だが、こいつ如きを殺さなければ俺はあの上弦の鬼に追いつけることはないだろう。だからこそ、粘れ。粘って粘って、コイツを殺す。

 

「ぐ、く、くそがぁっ……うん?」

 

 目が治ったのか、別の場所を見渡す鬼。俺の事は見失っている様で見当違いの場所を探している。

 

「……どこに行きやがった、あの餓鬼ィっ!」

 

 叫びながら辺りに腕を振るいまくる鬼。

 面倒臭いな。こうなると近寄りづらい。頸を斬るには近寄らなければならないが、近寄ると死ぬ可能性が上がる。面倒この上ない──だが、やる。

 一息ついて、一気に進む。

 走れ、走れ走れ。踏み込んで、加速する。俺のことを発見したのか周りにバラバラに放り出していた腕が俺に向かってくる。一本一本対処する事に変更する。

 

──炎の呼吸・肆の型、盛炎のうねり。

 

 巻き取る様に刀を動かす。右から先に迫ってきた腕を斬る。そのまま流れる様に順番に対応していく。目の前、左、回転して右、左、戻して右──! 

 問題ない、捌けてる。腕の来る方向がわかる。順番がわかる。

 

 そうして捌いて捌いて──気が付けば、あの気色悪い鬼は俺の目の前からいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 手を全身に生やした鬼、手鬼と通称される怪物は走っていた。

 一年に一度、憎き鬼殺隊が入隊試験としてこの山の中に入ってくる日。すでに何十年とこの山に生息する手鬼は、通常であれば雑魚鬼しかいないのに対し一匹だけ何十人と捕食し力を蓄え続けたその実力は、並の剣士では──少なくとも、まだ自分の日輪刀すら受け取っていない新人に討伐は難しいだろう。

 その鬼が、何故目の前に居た子供を無視して走り出したか。

 

 それは、たった一つの理由。鬼が狙う、【標的】を視認したからである。

 

 頭に木目の、ある人物が彫った面。自分をこの山に閉じ込めた憎き相手。──鱗滝という、一人の剣士。その者が彫った面の特徴を嫌と言うほど記憶に刻み付けたこの手鬼は、閉じ込められてからずっとずっとずっと──その剣士の弟子を、喰い続けてきた。

 だからこそ、究極的に言ってしまえば他の剣士などどうでもよかった。無駄に粘る餓鬼より、鱗滝という怨敵を苦しめさせたい。その感情が手鬼を突き動かしている。

 

「──見つけたぁ」

 

 聞く者の背筋を凍らせるような、逆撫でする声。不愉快さが煮え立ったようなその声に、思わず目の前を駆ける面を付けた子供は反応した。

 

「──見つけたぁ!」

 

 鱗滝鱗滝鱗滝──鱗滝ィ! 

 

 憎しみが募る。何度その面を叩き割りたいと思った事か。何度その身を引き千切りたいと思ったか。

 

 一瞬止まり、こちらの攻撃を見極めようとしている子供に──地面の下から潜らせた腕で攻撃する。勿論その攻撃に反応できることもなく、その子供の足へと命中した。ぐしゃり、粉々に砕ける足。それを見てニヤリと笑う手鬼に、面を付けた子供は腰を抜かす。

 痛みに悶絶し、喰われるという恐怖を感じ、それでもなお手を打てず──震えた瞳で手鬼を見た。

 

 それを見て、満足そうに手鬼は嗤う。そうして腕を伸ばし、生きたまま喰ってやろうと画策した。伸ばした腕で掴み、動かない子供を目の前まで持ってきて──口を開く。

 ああ、これで今回も鱗滝の餓鬼を始末出来た──安堵と興奮を共に感じ、ソレに浸る手鬼は気が付けなかった。

 

 真後ろから迫る、独特の音に。長い事聞いていなかった──炎の燃え盛るような音に

 

──全集中・炎の呼吸

 

 手鬼の視界が、暗くなる。そしてその直後、急激に明るく灯る。

 その明暗の差に思わず目を眩ませた鬼は、取り敢えず背後へと腕を放った。自分の頸を斬れる奴は、この試験にはいない。この明るさ、先程の炎の子供だろうと当たりを付けた手鬼は問題ない事を再認識する。

 

 この子供は、先程俺の頸を斬れなかった。ゆえに問題ない──そう判断したことを、手鬼は後悔する事となる。

 

伍ノ型──炎虎(えんこ)

 

 まるで。猛る炎の虎のような。そんな大きな闘気が爆発し、手鬼に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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