回帰の刃   作:恒例行事

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十二鬼月・下弦

 胸を貫く痛みに叫びそうになりながら、歯を食いしばって刀を振る。痛みが侵入してきた方向を考えて、その方向にあたりをつける。俺の炎で照らされてるはずの周囲には何も無し、俺の胸に穴が突如出来ただけ。

 呼吸が安定しない。苦しい。肺が、貫かれたのか。このままじゃ嬲り殺されるだけだ、どうにか相手の正体を──ざくり。

 

 腹に足に背に、俺の身体に何かが突き刺さる。

 そのあまりの不快感と痛みで悶絶しながら、姿を見極める。どいつだ、どれだ。一体、何が──……

 

 

 

 

 その場から飛びのく。

 音も何も聞こえないが、確実に何かがいる。炎の呼吸は探知系の技はない──こういう場面だと不便だな。胸が痛むような錯覚を捩伏せて探る。

 さっきは突然やられた。今回は一番初めの攻撃を躱したから、相手も探りを入れてくるはずだ。それを掴め。足掛かりにしろ。

 スン、と鼻で呼吸をしたその瞬間に違和感を覚える。なんだ、この匂い。嗅いだことのあるような、ないような──そんな匂い。

 

 ずぷ、と背中に何かが突き刺さる感覚がする。

 その感覚を頼りに刀を振る。──全集中・炎の呼吸。捻るように身体を横に回転、足運びで攻撃を受け流す。そのまま正常な鬼ならば頸を斬れる位置へと刀を振るって──何も当たらない。ならば小さいのか。

 一旦距離を離すために後ろに飛びのく。僅かに痛む背中に、出血しているなとどうでもいい事を考えながら武器を構える。暗闇だから姿が見えない、そういう訳ではない。ならば、どういう事なのだろうか。

 自分の身体の大きさを自由に変えられる? ありそうだな。次は下を見てみるか。悲鳴嶼の方はどうなっているだろうか。鬼が一体だけとは限らない──協力してるとは思えないが。

 

 汗が頬を伝う。拭うこともせず、神経を集中させる。必ずいるはずだ。どこだ、何処にいる。地面? 空? 木の上? それとも──俺の背後か? 

 段々と増えてきた恐怖を、ねじ伏せるつもりで自分を叱責する。

 

 この程度で怖がっていてたまるか。目を凝らせ。

 全神経で──受け止めろ。

 

 ピクリと、身体が反応する。俺が知覚するよりも早く、鬼の攻撃に対して反応する。その動作に対して、刀を真っ直ぐに上段から振り下ろす。攻撃を避ける事はしない。全力で振り下ろす。痛みは堪えろ。拭え。

 死んでもいい。命が尽きないならば。

 三つ。三つの何かが俺の胸を貫いていく。その痛みと痕跡を自分の身体に植えつけろ。感覚を、鋭さを、その存在を。

 

 激痛に堪え、血を吐き出しながら刀を振り切り──手応えが、ない。

 

 だが、攻撃の手段は理解した。ならば次は、その攻撃を断ち切るまで。

 朦朧としてきた意識の中で、最後まで情報を得ようと傷跡に触る。痛い。痛すぎる。苦しい。だが、この鋭利な感覚。これは……爪、か? 

 巨大な爪だ。まるで野生動物のような、大型の熊のような爪。覚えたぞ。お前のこの技は──

 

 

 

 

全集中・炎の呼吸──参ノ型、炎心の揺らめき。

 

 揺らぎになれ。俺が揺らぎそのものになるのだ。そうすれば、気配を把握できる。自分の領域に侵入してくるモノを探し出せ。俺は揺らぎだ。炎のように、幻想と影の中で光る眩い煌めき。目を閉じ、自分を揺らぎそのものだと思い込む。

 不躾に近寄ってくるソレに対し反応しろ。

 幻痛のように響く胸を抑えつける。まだだ、まだ来ていない。

 

 ──微かに漂う、空気の歪み。

 

 見つけた──! 

 その方向へと刀を振るう。上段から振り下ろし相手を断ち切る技──伍ノ型・炎虎。放たれた炎が虎の様な形を作る。お前の様な奴の、頸を刈り取るために。

 下だ。ひたすら下へと振り下ろせ。相手を人型だと思うな。奴は──獣だ。

 

 炎を纏った刀が、空気を掻き分け鋭く振るわれていく。

 その視線の先を、見逃さぬ様に目を凝らす。流すな。ここを逃すな。俺は見つけた、この瞬間を──決して、逃さない。

 

 刀がなにかを斬った感触がする。当たりだ、奴は──四足獣だと思え。

 

 黒煙が突如吹き出し、周囲を包み込む。吸い込んではいけない類の物だろうか──判別不能。……やるしかないか。その黒煙を吸い込むように呼吸をする。大丈夫、何かあっても苦しいだけだ。俺は、死なない。

 鬼の身体から発生したものが、自分の身体の底へと侵入していく。気持ち悪い。不愉快極まりない。だが、そんなに害のあるものではない。

 

 広がり、完全に視界を覆う形になった黒煙を振り払う。──()ノ型・盛炎のうねり。大きく弧を描くように刀を振るって、俺の周りを安全な領域にする。

 

 炎に照らされ、姿が露わになる。顔は人ではなく猿、尾が蛇のようにこちらに向かって唸っており、手足が虎。あの爪の正体は、虎の手足だったのか。不愉快な呻き声を上げながら、俺を睨みつける怪物。これが、鬼だって? 

 なるほど。正真正銘──怪物だ。

 

 飛び掛かって来たその攻撃を横に跳ぶことで避ける。──が、避けたと思った筈の攻撃が俺の足に刺さっている。このチクリと刺すような痛みは──尾の蛇の攻撃か? 毒を持っているとすれば厄介だ。早々にどうにかせねばならない。

 一度死んで、やり直すか? いや、まだ早い。もっと情報を集めてからにしないと、俺も無駄に死にたくはない。

 

 左足を噛まれた。違和感を抱き始めたら死ぬ。そうしよう。……出来るのか、自殺。とてつもなく恐ろしいが──これも勝つためだ。

 

 獣そのものと言える姿の鬼に、相対する。──全集中・炎の呼吸。怪物退治は専門ではないが──鬼も似たようなものだ。それに……俺だって、怪物だ。殺して見せるさ。

 

「──ガアァァッ!!」

 

 叫びながら突進してきたその姿を真正面から受け止める。避けてダメならば受け止めて、反撃するのみ。様子を伺うことなどしない。──弐ノ型・昇り炎天。受け止めた姿勢から一瞬だけ力を抜いて即座に斬り上げる。

 命中したはずのソレは、怪物の手の爪で防がれる。

 

 硬い。そこらへんの鬼の頸なんかより、よっぽど硬い。左腕の爪で防がれてる間に、振るわれる右手に反応できない。

 

 何とか後ろに下がったが、肩から腰に掛けて爪の跡が残った。痛い、ものすごく痛い。隊服だって相当硬い筈なのにそれをいともたやすく貫通してくる──強い。

 強い、が。それだけで諦める理由は無い。強いのならば行動を覚えろ。勝てないのなら裏をかけ。

 

 息が苦しい。痛みが身体を締め付ける。一度息を吐いて、再度吸う。荒く、炎をイメージしろ。死んでもいい。俺は死なないから。覚悟を決めろ。痛みに打ち勝て。

 刀を握りしめ、地面を蹴り突撃する。

 

──壱ノ型・不知火。

 

 踏み込みの威力、呼吸によって底上げされた身体能力に全てを託して突撃を行う。地面を抉り取り、刀に灯った炎が残光ならぬ残火を散らしながら奔る。

 狙うは、頸ではなくその腕。必ず防御に突き出してくる。そのタイミングを合わせ、見極めろ。一番力が入る所で、振り切るのだ。

 そら、見せてきたぞ。お前の攻撃など効かない、そう思っているのが丸わかりだ。刀の軌道上に腕が挟まれる。予想道理、このまま断ち切る。

 

 一瞬、腕が対抗したかのような感覚を覚える。

 だが次の瞬間、俺の腕は振り切られ怪物の腕を爪ごと両断した。

 

 行ける──このまま畳み掛けろ。

 

──弐ノ型・昇り炎天

 

 刀を両手で握り、怪物が体勢を崩した状態のまま頸を狙う。

 硬い。絶対に硬い。というか、いま正に振るっている最中だが俺の腹に蛇が噛み付いてる。もしこいつが毒を持っていたら死ぬな──流石に毒で死ぬのは嫌だ。苦しそうだし。

 ギンッ! と頸に刀が直撃する。恐ろしく硬い──だが。だが! 

 

 お前はここで殺す、死ね怪物。

 

 そのまま、刀から溢れる炎に後押しされるように腕を振り切った。

 

 

 

 

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

 

 悲鳴嶼の目の前に相対する人型──鬼。

 腕が虎の様になっており、その顔つきは猿に似ている。

 

「鬼にしては、面妖な顔つき……その特徴的な腕。鵺、か」

「よく知ってるな」

 

 うねうねと顔が蠢き、変化する。

 猿から人へと、戻ったのか進化したのか。

 

「……十二鬼月」

 

 鬼の左目に、文字が刻まれている。

 下陸──十二鬼月、下弦の陸。

 

「本体か、否か。わからぬが──殺せばわかる」

 

 ぐぐ、と悲鳴嶼が日輪刀に力を込める。呼吸を使えなかった時に、鬼を殴り殺し続け朝まで生き延びた男──悲鳴嶼行冥。その力は、計り知れない物だろう。

 

「この山には、改造した鵺を何匹も放ってる。其奴らはさ──死なないんだよ」

 

 気が付けば、鬼の周りに一匹の怪物が現れている。顔が猿、腕が虎……不気味だと、悲鳴嶼は思った。

 そして、気になることも。何匹も放ったと言っているが、この場には一匹しかいない。少なくとも悲鳴嶼の気配察知によって把握出来たのはこの真正面の二体のみである。

 

 ならば──残りはどこへ? 

 

 

 

 

 頸を、斬った。斬ったのに──死なない。

 真正面から俺を貫く爪と──背後から突き刺さった爪。鋭く鈍い痛みが俺の身体を駆け巡り、まともな思考ができなくなる。

 血を吐き、それでもなお解放されることなく寧ろ執拗に突き刺してくる爪。なぜ、一体だけだと思ってしまった。

 

 頸のない怪物が、爪を引き抜く。痛い、とてつもなく痛い。次元が違う、今すぐに死んでしまうと思える痛み。

 

 そして──俺の首めがけて、爪が振るわれた。

 

 

 

 


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