ようこそ才能至上主義の教室へ
「才能」
生まれつき持っているという意味の「才」、ある物事ができるという意味の「能」、これらの単語が熟語になり、生まれた時から持っているある物事に対して力を発揮できる能力こそが「才能」という言葉。
すなわち才能とは、先天的に備え持っている力と定義することが出来るでしょう。
しかしこの定義には賛否両論があります。
才能は先天的にではなく後天的に、すなわち努力で身につけられるものだという主張。
才能に関しての議論はこの2つの主張が常にいがみ合っていると言っていいでしょう。それは現代の知識人はもちろんとして、過去の偉大な哲学者達ですらも主張は分かれている。
ロックとデカルトの対立は非常にわかりやすい例でしょう。
彼らの事を少しだけ説明すると17世紀頃に発展した経験論と合理論と呼ばれる後世に大きな影響を与えた思想を持った者達であり、経験論を主張したのがロック、合理論を主張したのがデカルトです。
この2つの思想の違いを説明するには時間がかかるのでこれ以上は説明しないが、経験論と合理論は対称的な考え方をしているという事は頭に入れて置いて欲しい。
なぜ彼らが対立したか、それを一言で言えば生得観念、人間は生まれながらに善悪を判断する能力を持つとする考えの賛否です。デカルトは合理的に物事を考える力、すなわち「良識」が生まれた時から誰にも公平に与えられていると主張した。
これに対してロックは人間は生まれた時は「白紙」、すなわち何もない真っ白な状態であり、全ての知識は経験に由来すると主張した。
先天的か後天的かの考え方の根本はここかもしれません。そしてこの考え方が才能の議論に発展し、さらに「平等」の議論へと飛躍する事も可能でしょう。
では平等とは何かを少し考えてみましょうか。
ここまで僕の話を聞いてくれた皆さんにある問題を答えて欲しい。
問い:人は平等であるか否か
現代社会において平等とは何でしょうか。近代化された社会では平等という言葉は売り文句のように多用されています。
男女の差別、歴史を辿っていけば両手ではまったく数えられないほどの差別が上げられ、それは今現在でも少なくない数の差別が残っている。
生まれた時点で何かしらの異常を持った人間を「障がい者」と区別、もとい差別をしている。社会という範囲の中で特定の地域をさらに限定すれば、部落差別という言葉も出てくるでしょう。
ここでの例をさらに掘り進めて行くのは時間の無駄なので先に結論を言いましょうか。
人は全く平等ではない。
平等を探すよりも差別が先に見つかる社会が今僕たちが住んでいる現代社会。
そしてそれは労働においては顕著に現れている。
「使う者」と「使われる者」、後者のことを「社会にとって重要な歯車となった」とはよく言ったものでしょう。代替可能な存在であり、機能停止した歯車は即廃棄し、修理なんてことはしない。
前者は後者を利用するだけ利用し、莫大な富を得て人生を謳歌することが出来るのでしょう。平等の文字なんて少したりとも浮かんでこない。
素晴らしくも絶望的な社会です。カール・マルクスが危惧していた事は当たっていた。
そしてそれは誰も歴史から何も学んだことを生かさず、私利私欲のために動いていることこそが今の社会という結果を作り出したのでしょう。
この社会が続くにつれて「使われる者」はいずれ自己の存在意義が分からなくなり迷走する。最終的には「希望」とやらを求めることで自分の恐怖を何かに押し付ける。
その何かは他者であったり、物であったり、あるいは……
さて、「平等」を達成するためにはどうすればいいのか? そのツマラナイ答えを僕は分かっていますが、こういう事は万人が自ら考えた方が良いでしょう。
ただ1つだけ僕の意見を言いましょう。ですが十中八九あなた達は酷く激昂するでしょう。でもそうやって激昂する事自体が僕にとってはツマラナイ。
───才能のない人間達は、ダニのようなものです。
平等なんて言葉はどこまでいっても理想を求める者の言葉、そんな事を考えるくらいならば素直に諦めて他の事を考えた方が良いでしょう。何せ生まれた時から不平等は始まっている。
なぜなら「才能」と「平等」は切り離せない言葉なのだから。
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4月に学校で起こる事とは何だろうか。すでに在学している学生ならば学年が1つ上がり良い意味でも悪い意味でも変化が起きる時だろう。
例えば仲の良かった友達とクラス替えによって離れ離れになってしまうといった別れ、逆にクラス替えによって新しい友達を作れるといった出会いなどがあげられる。
だがそれでも4月の学校行事と言えば入学式だろう。校門の前には、まだ汚れが全くない真新しい制服を着た新入生達が登校している姿が見える。彼らの青春というものが始まる素晴らしい時期だ。そして春風は彼らの青春を応援するかのように優しく靡いていた。
「……超高校級の希望と呼ばれた僕が再び学校というものに入学することになるとは……さすがにこれは予想外でしたね」
校門を通るとすぐに新入生のクラスが貼られている掲示板がある。そこで自分のクラスを確認し終えたと思われる新入生が独り言をこぼす。
その少年は特徴的な外見をしている。他の色が入る隙間を許さないほど真っ黒に塗りつぶされ、腰にまで届きそうなほど長いにもかかわらずきちんと手入れされている髪。
そしてその黒い髪の間から見える赤い瞳は全てを見通していると認識してしまうほど強く、そして冷たい。
他の顔のパーツは整っており、総合的な顔の評価は高いと言えるだろう。
黒髪の少年が指定されたクラスの方へと歩きだそうとした時に面白い偶然が起きる。
それは彼の前方でやや薄い水色の短髪の少女がハンカチを落としたことだ。
そのまま歩いていくことから少女は落としたことに気がついてないのだろう。そんなことに黒髪の少年は気づいたのか少女に小走りでハンカチを届けようとしている。
青春の始まりとはこういう事を言うのだろうか。黒髪の少年も一般的な男子高生ならばこれをきっかけに少女と友達になり、関係を深めたいなどと思っているだろう。やはり青春とは素晴らしいものだ。
だが残念なことに彼は一般的な男子高校生ではなかった。
まったく面倒ですね。僕は今思ったことをそのまま言葉として形にする。あの角度ならばハンカチが落ちることくらい気づいて欲しい、そんな愚痴まで生まれる。
けれども、仕方がない。進行方向は一緒。
初日から物を無くすのは「不幸」だ。
「落としましたよ」
ハンカチを受け取った女子生徒はこちらを見た時に驚いた表情を浮かべた。
その上、受け取る際も勢い良く、奪うように受けとっていた。
「……ありがとう」
しかし、お礼は言える。礼節は弁えているようだ。
身長は160cm程。日本の女子高生の平均身長は年々変化するため今年がいくつだかは確定出来ないが、おそらく彼女は平均よりも高い。
そんな彼女は腕を組み、薄水色の髪を風で揺らしながらこちらを見ている。
「……ねえあんたCクラス?」
「ええ」
「やっぱりそうか」
短髪の少女は確認作業を終えてもやはり先程と同じようにこちらを見てくる。
これといって何もしてないはずだが何か悪かったのでしょうか?と考える。
もしやハンカチを触られたくなかったなんて理由、なんてことも一瞬思考を過ぎるがそれは違った。
なぜなら彼女は間違いなく僕の顔辺りを見ているからだ。おそらくその辺りの身嗜みについて何かがあるのだろう。
「僕の顔に何かついていますか?」
彼女は僕の言葉に少し驚いていましたが、すぐに表情を戻す。そしてやや申し訳なさそうに言葉を発する。
露骨に見ていた事に罪悪感が少しあるのでしょう。
「……あんた男だろう? それにしては髪が異常に長くて少し驚いただけだ」
女子生徒は手振りを添えてそう問いかける。
僕の予想は当たっていた。顔周りを見ていて、他人と変わっている所と言ったら髪ぐらいなので誰にでも予期出来た推測だ。
「この髪は放置してたらこうなっただけです」
「放置って……あんた変わってるね。鬱陶しいだろうその髪」
「慣れれば問題ないですよ」
髪は女の命と聞きます。
大和撫子のイメージが強い日本人は長い髪を大切にする。
目の前の少女はショートカットで、そのような拘りがないのかと思うが、それも違うようだ。
彼女の髪は丁寧に整えられていて、日頃からの手入れをしっかりとしていると分析出来る。
「あんた名前は?」
「名前?」
名前を聞かれた。
随分と久しぶりの感覚だ。それも悪意や憎悪といった邪な感情なしで聞かれるのは、もしかすると初めてかもしれませんね。
「これから1年は絶対一緒なんだから、自己紹介は先にやっといた方が良いでしょ? 私は伊吹澪。あんたの名前は?」
「自己紹介なんて意味の無いことだと思いますが……まぁ良いでしょう。僕は
「……あんた友達少ないだろ」
「少ない? その言い方は正しくないですね。僕に友達はいません」
「それ言い張って良いもんなの?」
困惑している伊吹という少女を置いていき、僕は教室へと歩いていった。
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東京都高度育成高等学校。60万平米を超える程の敷地を大都会の真ん中に形成している異質な進学校。国が主導する指導を行う高等学校であり、進学率、就職率がほぼ100%という非常に優秀な学校だ。この学校にはあまたの高等学校とは異なる特徴が2つある。
1つは在学中、学校に通う生徒全員に敷地内にある寮での学校生活を義務付けていると共に、特例を除き外部との連絡、接触を一切禁止しているということ。
これだけ聞けば正気を疑われるかもしれないが、先程も言ったようにこの学校の敷地は広大だ。カラオケや映画館、カフェなどと言った娯楽はもちろん、デパートやコンビニ、飲食店なども完備している。早い話、小さな街が形成されていると言っていいだろう。よって生活に困ることはほとんどないと言える。
もう1つは何だろうと気になる人がいるかもしれないが、後に説明があるので安心して欲しい。
指定された教室に着くと座る席が決まっていた。
僕の席は窓側の後ろから2番目だ。席に座って鞄や手荷物を置くとすぐに、入学式へと向かった。
はっきり言って非常に退屈なものでした。人生初めての入学式ですが、確かにあれはツマラナイ。規則正しく並ばされ、制服をチェックされ、先生方や在校生のありがたい話を聞いて、担任発表を聞き───とまぁとにかく退屈でした。
そして入学式が終わり、各々教室に戻って先程発表された担任が来るまで教室待機の指示を受けていた。
「なぁカムクラ、なんであんたはこの学校を選んだの?」
伊吹さんが話しかけてくる。
彼女とは自己紹介をしてから一言も話してなかったので余計な話をする人では無いと思ったのですが、担任の教師が来るまで生徒達は待機してなければならないという退屈な時間に飽き飽きしていたのでしょう。
正直暇になったから隣人に話しかけるというのは彼女の性格や仕草からは想像が難しい。
彼女の席は僕の一つ前。つまり彼女はわざわざこちらに顔を向けて話しかけている。
よくよく彼女の顔を見てみると存外整っている。さすがに超高校級のアイドルと並べば曇ってしまうでしょうが、それでも彼女は美人の部類に入るでしょう。
……安心してください。僕はこう見えてもアイドルの才能くらい持っています。普段はまったく必要のない才能なので使っていないだけです。想像するのが難しいというのは認めましょう。
さて先程の彼女の問いに答えるべきなのですが、実の事を言うと僕も完璧には分からない。
────言っておくが決してふざけている訳ではない。
僕はあの世界の出来事を覚えている。
新世界プログラムで日向創が僕の才能を全て引き出し、江ノ島盾子のアルターエゴに打ち勝ったのを僕は見ていた。
そしてその後の僕は消滅するか、日向創に戻るかのどちらかになるはずだったのだが、なぜかどことも分からないベッドに寝ていた。
もう一度言うがふざけている訳ではない。
現状確認のために、すぐにベッドから起き、辺りを確認したが不明点はなかった。
しかし近くにあった机の上にこの学校の制服や合格証明書、パンフレットが入った書類が僕の名前で置いてあった。
僕はすぐになぜかと考え、数分もせず1つの結論に至りました。ですがその前にもっと重要な僕の「才能」がどうなってるのかが気になりましたので、先に全ての「才能」をチェックしました。
問題なく全て使えたのは僕がこうも思考できることで察して下さい。
そしてなぜここにいるのかの結論は、おそらく1種のバグにより超高校級の絶望を更生する予備の新世界プログラムに潜り混んでしまったため、でしょう。
「ねえカムクラ聞いてる?」
まったくこれではまるで異世界転生という昔流行ったライトノベルのようではないか。
しかしこれが僕の推測通り、新世界プログラムならば何をするのかは明白なので右も左も分からない異世界転生よりかは楽でしょう。
───では何をすれば良いか、すなわちそれは「卒業」すれば良い。
このプログラムの舞台は学校。つまりここから抜け出すには3年間の授業を受けて退学や停学をすることなく文字通り「卒業」すれば良い。
そうすれば絶望の生徒は更生できると言ったプロセスなのでしょう。ならば僕もそれに準じればいい。
しかし困ったことに学校で学ぶことなどない僕からすればこの3年間は退屈以外のなんでもない。
ならばこの膨大な時間の中で日向創や七海千秋が言っていた「感情」や「仲間」というものを知ってみる良い機会かも知れない。
それならば───
「カムクラ!」
「……すみません。少し考え事をしていました。確かなぜ学校を選んだかでしたか」
「話はちゃんと聞いてくれてたのね」
複数の事を同時に出来なければ僕は超高校級の希望などと呼ばれるはずはない。
だが、そうは言ったもののどうしたものでしょうか。この場で彼女が納得するような解答を……。
そう考えた所で僕は思考を少し止める。
……「感情」を深く知るためにはそういった「模範解答」では意味がない。僕の脳は素早くそう判断する。
ですが今回は納得を求めましょう。さすがにこの世界の事情に関係することになると話すのは面倒です。
「僕自身にはこれと言った理由はありません。あえて言うのならば進学率・就職率100%の数字に魅了されたという所でしょう」
「へぇ……あたしもあんたと同じ理由かな。あとはとりあえず一人暮らしをしてみたかったから」
一人暮らし。絶望に支配される前の日本では一人暮らしをしている男女の合計が晩婚化や非婚化によって徐々に下がり続けているというのを聞いた事があります。
そこから発生する孤独死や生活習慣病などがちょっとした社会問題になっていたはず。
まぁもっともここはプログラムの世界なのでそんなの関係ありませんが……。
しかしそう考えるとここに入学した生徒は自立に対して同年代の高校生より1歩先を行っていますね。その点に関してはここの教育方針に僕も賛成できます。
なぜなら───おや?
「……どうやら先生が来たようですね。前を向いた方が良いですよ」
「みたいだね」
前を見ると30代の細身の男性が入ってきた。黒縁のメガネをかけ、見るからに理系科目を教えてそうな人で、何だかひ弱そうな人だ。
「ええ、諸君おはよう。私が君達Cクラスの担任の坂上数馬だ。担当科目は数学を教えている。この学校では3年間クラス替えがないので長い付き合いになるだろう。
なので早い段階で名前を覚えて貰えるとこちらも嬉しい。早速で悪いのだが、この学校の特別な仕組みを説明しておきたい。
入学前のパンフレットである程度の内容を知っていると思うがしっかりと聞いて欲しい。それでは今からプリントを配るので後ろに回してくれ。足りなかったらこちらが持っていこう」
見た目の割に中々気さくな人だ。ここまでの言葉に嘘偽りなどは全くなく全て本心で話している。
生徒たちからはなかなか好印象だ。
「資料を貰っていない人はいないようだね?次は学生証カードを配らせてもらう。このカードはこれからの生活で1番重要なものになる。
Sシステムのことは君たちも存じていると思うので、ここでは割愛させてもらうがもしわからないところが有ったら先程配った資料で確認して欲しい」
Sシステム。この学校の特徴の1つです。簡単に言えば学校内でのものを全てポイントで支払うシステムのことです。
配られたこのカードは学生証と一体化したポイントカードで学校内での現金に相当する物です。紙幣を持たせないことで金銭トラブルを未然に防ぐといった事も対応しているのでなかなか合理的なものでしょう。
使い方は非常に簡単で機械に認証してもらうだけ。提示したり、タッチしたりするそうだ。
紛失したら相当面倒だとしっかりと記憶する。
「それから今から言うことが重要だ。ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。
君達全員にはあらかじめ10万ポイントが支給されているはずだ。そしてこのポイントは1ポイント=1円の価値がある」
教室内が一気にざわつき始める。それも仕方ないことだろう。何せ10万ポイント=10万円のお小遣いを貰えるのだ。普通の高校生なら驚かないはずがない。
今頃彼らはどうやって10万円を使うかの妄想でもしているだろう。ああ、ツマラナイ。何せ先生は
現段階では情報が少なすぎるので判断しかねますが、まず間違いなく裏がある。
僕はそう判断し、坂上先生の次の言葉を待った。
「ポイントの支給額に驚いたかね? この学校は実力で生徒を測る。入学すること自体が狭き門をくぐっているのだ。学校側からの君達の評価さ。嘘です、なんて落ちはないから安心して使ってくれ。ただし、卒業後にはポイントは全て回収することになっているのでずっと貯めようとは思わない方が良いぞ。それとそのポイントは譲渡も可能だ。ああ、強奪はよしてくれよ。そんなことしたら1発退学だ。さてとこれである程度の説明は終わった。何か質問はあるかな?」
「じゃあ質問いいか?」
坂上先生が説明を終えると待っていたかのように1人の男子生徒が手を挙げる。
黒髪で男子にしては少し長い髪をしている男子生徒へと全ての視線はすぐに向けられる。
男子生徒はそういう視線には慣れているのか依然として堂々として答えた。
「許可しよう」
「10万ポイントってのは
「……良い質問だ。だが龍園くん、それに関して我々教師ははっきりと答える事が出来ないのだ。すまない。これで満足して欲しい」
坂上先生は謝りながらも僅かながら声が弾んでいる。期待が膨らんだような喜びに僕は怪しさを感じた。
それにはっきりと答える事が出来ない、ですか……なるほどますます怪しいですね。
加えて龍園と呼ばれた男子生徒、彼は他のツマラナイ生徒よりかはまだマシそうだ。
他が低すぎるゆえに目立つ。
「ああ満足だ坂上先生。それにしてもあんた、まさか生徒全員の顔と名前を覚えているのか?」
「当然覚えているとも。先程も言ったようにこのクラスは3年間一緒です。私もなるべく早く打ち解けたいですからね」
この先生はかなり生徒想いのようだ。
無理して演じている様子もないので素でしょう。教育熱心な良い先生に当たったのは幸運と言える。
その程度のツマラナイ才能は持っているのですから当然ですが……。
しかしここまで良い先生なのに左手の薬指に指輪が無い当たり未婚者。
なかなか勿体ないなと思うが、それ以上は野暮なので思考を打ち止めた。
「もう質問はないかな? では説明を終わりにする。これから3年間皆で切磋琢磨していこう。時間も良い頃なので今日はこれで終わりです。
明日からは通常授業が始まるので各自教科ごとに必要なものは忘れないように用意してください。では以上だ、好きに解散してください」
坂上先生の指示で生徒達は移動を開始する。
すでに仲良くなったと思われるグループでカラオケにいこうと話しているグループやカフェで話し合う事を約束している人達もチラホラと見えるが7割以上の人間は寮に帰宅するようだ。
はっきり言って先程の穴だらけの説明を聞いて遊びに行こうというのは愚かだ。
ですが愚か者のことなんて僕にとってはどうでもいい。そんなことよりまずはこの学校についてだ。
何もかもが怪しい学校。初日に10万ポイントという高校生には多すぎる支給額。
ポイントに関しての不十分な説明。そして何よりこの学校の
ここに来るまでで数十個、教室内には教室の四端にそれぞれ1つずつ。おそらく学校中を探し回れば100個は出てくるだろう。明らかに監視が多すぎる。
でもこれならば少しは退屈しないのかもしれない。
表情の変化はない。かつて超高校級の絶望と共に様々な者の絶望を見てきた時にも変化はなかった。
それもそのはずだ。カムクライズルとはそういった余計な物を全て排除した
それでもなぜか少しだけ気分が高まっていた。
全ての未来を予測可能な僕でももしかしたらという未知にほんの少しだけ期待しているのかもしれない。あの時のように───
「なぁ、カムクラ。帰らないのか?」
前の席に座っていた伊吹さんに声をかけられる。辺りを見渡してみると残っている生徒はほとんどいなかった。
彼女の事だからすぐに帰ってしまうかと思ったのですが、表情を見るあたりさっきの説明について話し合いたいのでしょう。
1人で考えるより誰かと考えた方が今の現状を理解しやすい、だから僕を待っていたと推測する。
何せ彼女は僕同様友達がいなさそうですしね。
……なぜかこちらを睨んでますが、まさか聞こえていたのですか……。
なんにせよ結果として彼女には少し迷惑を掛けてしまったらしい。
「すみません。では先程の説明について少し話しましょうか。その方があなたも少しは不安を拭えるでしょう?」
「……私まだ何も言ってないんだけど」
「表情に出てましたので」
言うことを言った僕は教室を出ていく。
「あっ、ちょっと待てよ!」
伊吹さんはすぐに後をついてくる。
ほんの少しだけ「期待」しましょう。この学校に僕が予想できない「未知」を待ちましょう。
この物語の主人公は偽りの天才ではない。後天的に作り出された天才ではない。
日向創という人間を媒介にして生まれた先天的にありとあらゆる才能を持った本物の天才の物語。
ようこそ才能至上主義の教室へ