ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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超高校級の相談窓口

 

 

 

 

 ~伊吹澪と綾小路清隆の邂逅~

 

 

 

「……ったく、石崎の奴ごねやがって。ギリギリな時間で着いたじゃん」

 

 ケヤキモールにある映画館へ到着した私は途端に愚痴を零した。

 愚痴は先程まで話し合っていた屋上の件で、距離を置こうとする龍園に対して石崎がごねたことで話し合いは予定より遅く終わった。

 それによって、楽しみにしていた映画に遅れかけたことでついつい不機嫌が顕になっていた。

 現在の時刻は9時27分。

 後3分遅れていたら、入場に間に合わなかった。

 

「予告、間に合うかな」

 

 足早に指定席に向かう。

 私は映画上映前にやっている予告を映画鑑賞の楽しみの一つにしている。

 劇場内の照明がゆっくりと落とされていき、予告が始まるあの瞬間。

 これから映画が始まることを伝えてくれる時間は非常にワクワクする。

 加えて、今後見る映画の情報収集にも使えるので出来れば見逃したくない。

 まぁ、一種のルーティンみたいなもので、見なくても少し困るだけ。

 最悪間に合わなくても映画本編が見れないわけじゃない。

 

「……本当にギリギリ」

 

 既に照明は暗くなっていて、あと数秒遅れていれば予告には間に合わなかっただろう。

 私は指定席を見つけ、腰を下ろす。

 そのまま楽な姿勢を取るために、ひじ掛けに肘を置いた。

 しかし、ひじ掛けには隣の利用者の肘があり、ぶつかってしまう。

 謝る気はなかったが、反射的に隣の席に視線を向ける。

 

「げ」

 

 即座に声が上がった。

 なにせ、隣にいた相手はXこと、綾小路清隆。

 龍園の追い求めていた存在で、挙句ぼこぼこにされた存在。私はこいつに借りがあった。

 

「偶然、だな」

 

「……最悪な偶然よ」

 

 一瞬無視を決め込もうと思ったが、一言だけ返す。

 

「悪かったな、昨日は一方的に利用して」

 

「嫌味? なら、上から目線でマジイラつく」

 

「純粋な謝罪だ。女子相手に少々やりすぎた。それと、あの写真は既に消しているから安心してくれ」

 

「……っ!!」

 

 あの写真とは、はだけた私の写真だ。

 こいつはカムクラをおびき寄せるために、それを利用しやがった。

 色々と文句を言いたいが、今は映画館。上映中はお静かにだ。

 

「本当に消したかどうか、後で携帯見せなさい」

 

 はっきり言って全然許すつもりはない。

 だが、勝負に負けたのは私。ここから女の権力を乱用するのはダサいし、まして乱用した暁には屋上の件がまたぶり返しそうなので言えない。

 加えてあの日、私が意識を取り戻してすぐに坂柳有栖が誠心誠意の謝罪をしてきた。

 攻撃的な性格、非情で冷酷な判断ができるとあの龍園が敵と認めていた女が、今回の件を1から全て説明してくれた。

 こちらが求めるまでもなく賠償のポイントを支払おうとしていたし、今回の件を学校中に噂にならないように手を打つことを約束してくれた手前、みだりに吹聴する気にはなれない。

 

「わかった」

 

 そう言って私たちはスクリーンに目を向ける。

 予想外の遭遇ですぐには映画に集中できないが、とりあえず今は忘れよう。

 でも、この映画が終わった後に色々と確認して文句を言ってやる。

 それはストレス解消になるに違いない。

 

 

「申し訳ありません。只今、機材トラブルによって映画の上映を一度中断しております。

 復旧の目途が立ち次第上映再開いたしますが、もし上映中止を判断したお客様は、チケット売り場にて返金手続きを行わせていただきます」

 

 

 上映から一時間経過した頃、唐突に画面がブラックアウトした後、館内アナウンスが流れた。

 内容は今聞いた通り。

 何という不幸だ。

 他の人々も不満を口にし始める。

 

「ねぇあんた、携帯確認させなさいよ」

 

 ざわざわと映画館が騒がしくなってきたことに乗っかり、私は小声で綾小路に命令する。

 綾小路は素早くロックを外し、写真のフォルダー画面を見せた。

 私はスクロールしていき、12月22日の写真を確認すれば、あの写真はない。

 どうやら、本当に消したようだ。

 

「はい、返す」

 

「これで信じてもらえたか?」

 

「微塵も信じないわよ。あんたみたいな変態は、USBとかに保存しているとかありそうだもん」

 

「……一応言っておくが、オレにその気はない。

 お前の写真を撮ったのはカムクラを誘い出すため。はだけさせたのはカムクラの心を揺らそうとしたため。

 決して、そういう目的で使う気はなかったと言わせてもらう」

 

 私をダシにしてカムクラを釣ろうとしたことは確かに腹が立つ。

 友人と呼べる存在を利用されたんだ。当然の感情だろう。

 しかしそれでも、綾小路への怒りは少なかった。

 服を剥がれて写真を撮られたことは腹立つが、それはある程度織り込み済みだったこと。

 こちらとしても、計画の内だったんだからこれだけで綾小路にあたるのは少し話が違う。

 

「あっそ。何にしても、あんたが真正面から戦わない卑怯者ってことは変わりなさそうね」

 

「そうだな。1対1ではまず勝てない」

 

「……認めるんだ。ダッサ」

 

 罵倒されても顔色を変えない綾小路。

 占いの時は罵倒されれば、一歩下がる様子を見せていたのに今は全く怯えない。

 あれが演技だったことを思い返せば、また腹が立ってくる。

 

「カムクライズルはそれほどの相手だった。

 あれだけ精神的に揺さぶりをかけ、体力を削いだにもかかわらず、一撃も入れられなかった。そしておそらく……、奴はあれでまだまだ本気じゃない。

 なぁ、伊吹。あいつはいったい何者なんだ?」

 

「天才ってやつでしょ? 納得できないならカムクラに自分で訊けば?」

 

「それはそうだが、クラスメイトのお前から見て奴がどのように映るか気になった。どんな感じだ?」

 

「……あんた、私が本当に答えると思っているの? どんな神経しているわけ?」

 

「……それもそうだな。すまない。忘れてくれ」

 

 忘れるわけないでしょ、ド変態。

 そう心の中だけで罵倒した。

 会話が終わって少しの静寂の後、館内アナウンスが流れる。

 

「お客様にご案内します。ただ今復旧作業に取り掛かっていますが、目途が立たないため、返金作業に移らせていただきます。

 チケット売り場にてポイントを返済いたしますので、携帯とチケットをお持ちになってお立ち寄りくださいませ」

 

 どうやら、機材の不具合が相当ひどいらしい。

 映画は中止。映画の半分ほど見たが、ハッキリ言って駄作だったし、結末だけネットで調べれば後腐れなくスッキリ出来るだろう。

 私は立ち上がり、ポケットに手を入れる。

 午後の映画まで用はなくなったので、一度昼食を入れよう。

 

「……あんた、いつになったら立つわけ?」

 

「……少し身体が痛んでいるだけだ。気にするな」

 

 肩を回したり、腰や腹を擦ったりと老人のような素振りをする綾小路。

 どうやら、表情にこそ出さないだけで昨日のダメージが残っているようだ。

 挙句、身体全体から力を抜いて項垂れるように頭を下げた。

 私はその事実にほくそ笑む。

 ざまぁみろ。

 屋上の件、結果的にこいつの思うように事が進んだらしいがこの様だ。

 この光景だけで個人的な恨みが少し晴らせるわね。

 敗北者のような綾小路から目を離した私は映画館を出ていく。

 

 一瞬、下を向く時の綾小路の口元が笑っているように見えたのは気のせいだろう。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 ~カムクライズルは坂柳有栖が苦手である~

 

 

 

 12月24日、クリスマスイヴを迎えた。

 今日と明日、カップルたちは忙しくも幸せな日々を過ごすでしょう。

 大半の生徒には関係ない1日かもしれませんが、実際どれくらいの人数がクリスマスを異性と過ごしているかは気になるところだ。

 僕もまたその大半の一部。恋人なんていない。

 だが、本日はとある女性と会う予定になっている。

 加えて、その女性は僕の部屋に訪れてくる。

 

「……面倒ですね」

 

 凡人なら、この事実に大層喜んでいただろう。

 石崎くんなら、勝ち組と連呼したに違いない。

 だが、その相手が相手だ。

 話す内容だって恋愛の話ではなく、どうせ屋上の件と才能の話だろう。

 分かり切った話をするのは退屈です。

 

「……来ましたか」

 

 チャイムが鳴ったので、僕はすぐに玄関まで移動した。

 現在の時間は午前10時。

 それなりに人目に付く時間帯にも関わず、彼女はお構いなしに僕の家を訪ねてくる。

 

「おはようござ────」

 

 玄関を開ければ、そこには杖を突いた少女が1人。

 白を基調にした私服は似合っているが、整った顔が絶句を表していて美人が台無しだった。

 彼女は坂柳有栖。

 Aクラスのリーダーだ。

 

「早く入ってください。寒いです」

 

 真冬の風がパジャマの袖下を通り抜けていく。

 いくら寒暖に強くなれる才能を持っていても、寒いときは寒い。

 僕の言葉で現実に戻ってきた坂柳さんはすぐに中へ入り、脱いだ靴を綺麗に揃えた。

 

「……髪をお切りになったのですね。とても似合っていますよ」

 

「美容師の才能くらい持っていますから」

 

 そう言えば、表情が分かりやすく明るくなる。

 相変わらず、彼女は才能が大好きのようですね。

 

「フフ、美容師の才能。確かに、その髪型を見れば一目瞭然でしたね」

 

 感想を言う彼女を無視して僕は奥へ案内する。

 僕の部屋に来たのは初めてではないため、彼女はまっすぐ椅子に向かっていく。

 杖を手の届くところに置けば、彼女は姿勢よく座ってこちらを見ていた。

 櫛田さんや龍園くんと比べると、やはり育ちが圧倒的にいい。

 仕草や行動一つ一つに品がある。

 僕はその一連の動作の間に用意した紅茶を彼女の元に持っていく。

 

「ありがとうございます」

 

 感謝の後、すぐに一口飲む。

 そして狛枝……大層嬉しそうな表情を見せた。

 

「たった一杯の紅茶がここまで美味しいとは……素晴らしいですね」

 

「執事や家政夫の才能も持っていますから」

 

「流石ですね」

 

 満足した様子でもう一度啜る坂柳さん。

 そこから雑談に発展していく。

 

「それにしても、人の印象は髪型で決まるとよく聞きますが、確かにその通りのようですね。

 以前のあなたからはミステリアスな雰囲気がありましたが、今は誠実さが感じられます。私はどちらのあなたも好きですよ」

 

 穏やかな表情で告げる坂柳さんの言葉に嘘はなく、普通の一般男子生徒なら彼女に好意を抱いてだろう。

 性格を抜かせば彼女は異性から人気の高い要素を多く有しているので、この予想は正しい。

 

「出来れば、パジャマ姿ではなく私服姿のイズルくんを見たかったです」

 

「本日は家から出ません。買い物も済ませていますし、邪な予定などありません」

 

「フフ、浮ついた話があることは聞き及んでいますよ。何やら、Dクラスの松下さんと二人っきりで遊んだとか。

 他にも伊吹さんや椎名さんとは踏み込んだ関係かもしれないと」

 

「噂は噂です。僕に恋人はいませんので、今日も明日も遊ぶ予定はありません」

 

 クラスメイトから遊びに誘われることは滅多にない。

 夏休みに行ったプールだって、行く気はなかった。

 龍園くんに強引に連れてこられなければ、僕はプールに赴いていなかっただろう。

 

「そうですか。では、今日の私はイズルくんの彼女のようなポジション……というわけですね」

 

「チェスをするだけの友人ですね」

 

 調子に乗られる前にここは断定する。

 彼女のペースにすると面倒だからだ。

 

「……今日はクリスマスイヴですよ? 

 そんな日に『男女』が、『2人っきり』で、『個室』で遊ぶ。これは恋人の関係に近いのでは?」

 

「近いだけで、ただの友人ですよ。僕は男女の友情が成立すると思っていませんが、あなたとは友人の距離感でいいと思っています」

 

「……そうですか。残念な答えです。でもイズルくん、それは今の私への評価ですよね?」

 

 遠回しにこれ以上距離を近づけるなと言ったのに、全然引く様子のない坂柳さん。

 僕に恋愛感情ではなく、僕の才能に恋愛感情を持っているのだから、愛情なんてものは生まれないだろう。

 それは酷く歪な感情に変わるでしょうから。

 

「私も男女の友情が成立するとは思いません。才能に関係なく、人は温もりを常に求める生き物です。

 仮に、初めは友情であったとしても、段々と温もりを求め、愛情に変わっていきます。

 それは理性では抑えられるものではありません」

 

「経験があると?」

 

「フフ、そこはあなたのご想像にお任せします」

 

「……あなたもしつこいですね。いい加減僕ではなく、幼馴染に想いを告げてきたらどうですか?」

 

 彼女には、恋心に似た淡い感情がある。

 それは1人の男子生徒に向けられていて、体育祭の時、情熱的に彼の事を話していたことは鮮明に記憶している。

 

「彼への想いですか。そうですね……いずれ伝えますよ。

 でも、今はあなたからの彼への評価を聞きたいですね」

 

 話を逸らすために、彼女は本題に繋げてくる。

 予定通りでツマラナイが、彼女には借りがある。

 この話は既定路線として捉えましょう。

 

「あなたは彼のことを『偽り』の天才、そう呼んでいましたね?」

 

「はい。彼は『偽り』の天才です」

 

 彼女は断言する。

 先程まで見せていた笑顔は瞬時に鳴りを潜め、真剣な顔つきで肯定していた。

 

「あなたが何を見て彼をそう呼んだかは知りませんが、僕は彼に才能を感じました。

 特に、学習能力。彼の学習能力は、超高校級と呼んでも差し支えないと思います」

 

 僕は屋上の件で感じたことを正直に吐露した。

 最後の一撃、僕の喉へと迫った突きは戦刃むくろの速さに匹敵、あるいはそれ以上だった。

 たった2回、僕の動きを学習しただけであれほどの完成度。

 研鑽を重ねていけば、僕の動きに追いつける可能性があった。

 それは賞賛に値する。

 だが、疑問は残っていた。

 

「彼は僕の動きを学習して不完成ながらも再現して見せた。

 すなわち、僕やあなたのような超分析力に匹敵する観察眼を持った上で、それを瞬時に再現しようとプロセスを把握する思考力、想像力、そして再現するための身体能力、経験を活かしていた」

 

「フフ、あなたにその評価を与えられる彼はやはり凄い人ですね」

 

「ええ、凄いと言えましょう。しかし、彼はどこでこれらの能力を身につけたのでしょうね」

 

 その言葉に、坂柳さんの瞳が少しだけ泳いだ。

 どうやら、彼女には心当たりがあるらしい。

 

「いくら超分析力に匹敵する目を持っていても、再現できるかは別の話なんですよ。

 イメージ通りに身体を動かす。言うだけなら簡単ですが、それには恵まれた体と想像力、そして圧倒的な才能、か────」

 

 僕と同等の超分析力を持つ江ノ島盾子は、戦刃むくろに比べれば身体能力では劣る。

 だが、彼女は元・超高校級のボクサーに単騎で勝利し得る戦闘能力を有していて、それは超分析力によるあらゆる才能の再現ができるからだ。

 それでも、江ノ島盾子に戦刃むくろと同じことをしろと言えば、そう上手くは出来ない。

 超人めいた身体を持たない江ノ島盾子には、技術の模倣は出来ても、膂力の再現は出来ないからだ。

 

「────膨大な経験が必要です」

 

 綾小路くんに才能と呼べるものはない。

 だが、能力を無限に吸収できる器はあった。

 その器に満たされているのは膨大な経験。

 その経験を活かして、彼は僕の動きを不完成ながらも再現して見せた。

 では、その経験はどこで得た? どこでその経験を活かせる練習が出来た? 

 彼の過去について、疑問が尽きない。

 

「坂柳さん、あなたは彼の幼なじみのようなものと言っていましたね?」

 

「はい、一方的ではありますが、私と彼の関係は幼なじみという言葉が適切でしょう」

 

「では、余計な詮索になりますが、1つ聞きたいことがあります」

 

「……答えられる範囲でお答えしましょう」

 

 他人の過去なんて基本的に興味がない。

 だが、疑問の解決のために少しだけ聞いておきたいことがあった。

 

 

 

「────ホワイトルーム、この言葉に聞き覚えはありますか?」

 

 

 

 僕の質問に坂柳さんは大きく目を見開いた。

 開いた口は塞がらず、唖然とした様子は隠せない。

 僕の口からその言葉が出ることが予想外と、表情が優に伝えていた。

 

「あなたは、あの施設を知っているのですか!?」

 

 焦った声色が開きっぱなしの口から漏れる。

 座る椅子の取手に力を込めている仕草から見ても、嘘をついていない。

 施設、ホワイトルームとは施設の名前のようだ。

 

「いいえ。以前、その名称を耳にする機会があっただけです」

 

「……そう、ですか」

 

 その答えに坂柳さんは大きく息を吐く。

 溜息ではなく、1度自身を落ち着かせるための吐息だ。

 

「申し訳ありませんが、ホワイトルームについては一切答えられません。

 もし詳細が気になるのならば、綾小路くん本人に聞いてください」

 

 どうやら、この言葉は彼の過去に重要な情報らしい。

 あの坂柳さんが年相応の様子で慌てていたこともあり、信憑性も少しある。

 

「分かりました」

 

 僕の才能に対して好意を持っているとはいえ、彼女は秘密を漏らさなかった。

 攻撃的な性格の彼女からは想像が難しいほどに義理堅い。

 それほど彼女にとって、彼は重要なポジションにいるようだ。

 

「……ちなみに、あなたはどこでその言葉を聞いたのですか?」

 

「この学校を訪ねてきていた人物、おそらく綾小路くんの父親と考えられる人物がその言葉を告げていました」

 

「……綾小路くんのお父様が?」

 

 坂柳さんはその言葉を一言一句吟味していくように聞いていた。

 そして、少し考えた後に言葉を返す。

 

「……なるほど。これは後でお父様に訊いてみる必要がありますね」

 

「お父様? 理事長のことですか?」

 

「はい、訪問記録を訊くぐらいなら可能でしょう」

 

 この学校に入る時の資料に理事長や校長の名前は記憶していたため、もしやと思って訊けば、正しかった。

 坂柳成盛、入学式の時に答辞を行っていたため、容姿も覚えています。

 

「……話が脱線しすぎましたね。あなたからの綾小路くんの評価も聞けたので、1度屋上の件に話を戻してもよろしいですか?」

 

 椅子に座り直し、真っ直ぐ僕を見る坂柳さん。

 ここからが本題、そう伝わってきた。

 

「……イズルくん、あなたは私を罵倒しないのですか?」

 

 坂柳さんは重い雰囲気を残したまま告げる。

 いつものように余裕の表情こそ浮かべているが、心の内側にある動揺は隠せていない。

 

「伊吹さんの件、ですね?」

 

「……はい」

 

 思い当たる節は一つ。

 伊吹さんへの仕打ちだ。

 あの作戦は綾小路くんが僕の動揺を誘うために実行されたものだが、この策に坂柳さんも一枚噛んでいる。

 それは、12月22日に特別棟にいたことが証明している。

 

「言い訳のように聞こえますが、今回の策を考えたのは私ではなく、綾小路くんです。

 私は、その策の全容を聞いた上で参加しました」

 

「つまり、伊吹さんにレイプまがいのことをすることを承知していたわけですか」

 

「……はい。本来は橋本くんに本当に手を出させるところまで計画に入っていましたが、私が橋本くんを退学させないために少しは策を修正してはいます。

 ……伊吹さんには同じ女性として少し悪いと思っていますが、最終的に伊吹さんは必ず助かるような策でしたので、私は彼の策に乗りました」

 

「なぜ彼は橋本くんを利用したのですか?」

 

「綾小路くんと橋本くんは無人島試験で結託をしていたのです。どうやら、致し方なくできた縁だったそうですよ。

 そして今回のX探しで、この縁から自分の正体が露呈することを恐れた綾小路くんはその可能性を消すため、この機に彼を退学させようとしたのですよ」

 

 僕は全容を理解した。

 なぜ橋本正義が今回の件で被害者となっていたのか、そこだけが疑問点だったが今の説明で腑に落ちた。

 今回、綾小路くんは僕の動揺の誘いと橋本くんへの対処を同時並行で行った訳だ。

 そして、その計画の要が伊吹さん。

 おそらく、僕と関係が深い女子生徒なら誰でもよかったのだろう。

 彼は随分と非道な手段を選びましたね。

 

「伊吹さんには、既に誠心誠意の謝罪をしています」

 

「そうですか。なら、この件は解決しているじゃないですか。僕があなたを罵倒する理由はありません」

 

「……ですが、私への好感度は下がっているはずです」

 

「はい、それは当然です」

 

 唇を噛む坂柳さん。

 彼女がここまで感情表現を表に出すのは珍しい。

 それも後悔とくれば、よりいっそう。

 

「あなたが今回の策に乗ったのは、橋本くんを助けるためだけですか?」

 

「いいえ。綾小路くんと戦う舞台を作ることを担保に彼の策に乗りました」

 

「なら、欲しいものは得たんですね。あなたはそれを得るために、僕と伊吹さんからの好感度を犠牲にした。

 一得一失、ただそれだけです」

 

 何かを得るために何かを犠牲にする。

 全てを救おうなんて傲慢です。

 まぁ、僕がそれを言うのは皮肉ですか。

 

「私は、あなたからの好感度を下げたくありません」

 

「才能が見たいからですか?」

 

「……はい」

 

「まったく、ツマラナイ。いくら誠心誠意の謝罪をしようと、下がった好感度は戻りませんよ」

 

「ですが、それ以上の方法を私は思いつけません」

 

「……あなたはもう少し賢い人間かと思っていたのですが、どうやら違ったようですね」

 

 天才と称される彼女だが、駒使いは上手くても人付き合いは苦手らしい。

 実際の所、彼女への好感度は下がっていたが、既に戻りつつある。

 アプローチは最低最悪ですが、彼女は元々、伊吹さんも橋本くんも退学させるつもりはなかった。

 その時点で、一定の倫理観は持ち合わせている。

 なら、倫理観なんて捨て去ってしまっている僕が彼女を嫌うというのは無理があります。

 それに、僕が嫌うという感情を見せたのは、どこぞの絶望厨だけでしょうから。

 となれば、です。

 落ち込んでいるこの天才少女に、ここは僕がこの学校で教わったことを少しだけ手解きしてあげましょう。

 

「坂柳さん、下がった好感度はあげればいいだけですよ。誠心誠意の謝罪をしたら、後は正直に向き合えばよいだけです」

 

 懺悔の気持ちに対する回答を述べる。

 これは言うなれば、超高校級のアドバイザーの才能です。

 

「……それはそうです。ですが、今後私は似たようなことを繰り返します。

 私は自分の敵に容赦しません。敵には非道なことを平然とやります。それはたとえ、あなたが敵でもです」

 

「知っています。あなたの性格がお世辞にも良くないことは」

 

 特技が人を駒使いする人間のどこかが性格が良いというのだろうか。

 

「それはそれです。伊吹さんに謝ったのなら、別に僕は気にしません」

 

「……それでは、これまで通りあなたの才能を近くで見て良いと?」

 

「今まで許可を出した覚えはありませんが、構いませんよ。精々、僕の好感度を上げられるように努力してください」

 

 そう言えば、彼女の表情はやっと明るさを取り戻す。

 薄く笑うことが印象づいている彼女ですが、はにかみ顔も年相応の幼さが感じ取れて違和感がない。

 

「では、イズルくん! 早速、才能1の借りを使っても良いですね?」

 

「……あなた、本当に反省しているのですか?」

 

 狛枝化の進行が著しい坂柳さん。

 サンタからプレゼントを貰うことを楽しみにする子供のように、才能の使用を目を輝かせて待っている。

 

 やはり、彼女は少々面倒くさい。

 

 

 




100話記念で何か特別なことを書きたかったけど、全然書けなかった。
でも、本当に少しだけ物語が進んだと信じたい。
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