ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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監視の目

 

 

 

 

 体育館を離れ、小グループごとに宿泊する部屋に案内された。

 僕たちのグループは15人。

 8人、7人で分けられると思ったが、どうやら15人一部屋のようだ。

 入口の扉を進めば、左右に奥行きがあり、15人余裕をもって入れる部屋になっていた。

 広さは大体フットサルコート半分くらいだろう。

 中には木製の二段ベッドが8台設置されていて、滞在ではなく、宿泊に特化した場所と分析できる。

 

「随分と古臭い場所だな」

 

 龍園くんがいの一番に部屋に入っていく。

 部屋の奥にある二段ベッドに向かって歩いていき、梯子を上っていった。

 いくらクラスでの地位が下がったとはいえ、彼に指図できる人間はいない。

 未だ恐怖の象徴であることに変わりないからだ。

 

「では、カムクラボーイ。私はもう一方の二段ベッドを1人で使わせてもらおう。構わないね?」

 

「はい、好きにしてください」

 

 ご機嫌に歩いていき、龍園くんの占有する二段ベッドと対になる位置のベッドへ進んでいく。

 到着すれば、下段のベッドの枕を取って上へ持っていき、そのまま上段で寛ぎ始める。

 僕は坂上先生から貰った点呼用の確認用紙を見る。

 好き勝手を始めるグループメンバーと言っても、身勝手をするのは彼らくらいなので気にしていない。

 

 

 

【神座グループ】

 

 ・責任者:神座出流

 ・メンバー

 Aクラス:橋本正義

 Bクラス:時任克己

 Cクラス:神座出流、龍園翔、石崎大地、山田アルベルト、金田悟、小宮叶吾、園田正志、小田拓海、時任裕也、鈴木英俊、野村雄二、吉本功節

 Dクラス:高円寺六助

 

 

 

 グループ構成はこの15人。

 Cクラスでも総合力の高い12人を採用している。

 石崎くんや小宮くんは勉強こそ得意ではないが、身体面で優秀。

 逆に金田くんは勉強こそ優秀だが、運動は苦手が多い。

 しかしどちらも、指示通りに動けるという集団行動では重要なスキルを有している。

 その点を僕は評価している。

 他にも、野村くんや鈴木くんは勉強面、身体面ともに優秀であり、採用。

 他のメンバーもまた、何かしら秀でた点がある。それでいて体育祭、ペーパーシャッフルと僕の教えで成長率が高かった者たちです。

 

「カムクラさん! 俺も上段行っていいですか?」

 

「好きに決めてください」

 

「了解です!」

 

 石崎くんは元気よく返事をして残りのメンバーを集めた。

 高円寺くんが二段ベッドを一つ占有、龍園くんの上段が決まっていて、残りのベッドは6つです。

 彼らは漢気じゃんけんなるものを始めて、場所の取り合いを楽しんでいた。

 ちなみに、僕とアルベルトは参加していません。

 僕は別にどこでもいいですし、アルベルトは身体が大きいため下の方が都合が良いそうだ。

 

「橋本くん、時任くん」

 

 僕は他クラスの二人を呼ぶ。

 Aクラスの橋本くん、Bクラスの時任くん、彼らがこのグループに協力してくれた二人だ。

 時任くんはCクラスの時任裕也と名字が一緒なだけではなく、遠い親戚関係にあると言っていた。

 

「2人にはできる限りの好待遇を保証します。なので、試験では手を抜かずに協力してください」

 

「ああ、分かってるぜ」

 

 橋本くんは頷き、Bクラスの時任くんは口を開けて固まっていた。

 

「何か問題でも?」

 

「……いいや、問題ない。ただ、思った以上に待遇がまともなのと……Cクラスが纏まっていて驚いただけだ」

 

 Bクラスである彼らにとって、Cクラスは敵。

 敵の内情なんて今まで知る必要なんてなかったが、ここにきて得た新しい情報に戸惑っていた。

 

「確かに、もっと殺伐した雰囲気だと思ったぜ」

 

 橋本くんは龍園くんを見てそう告げる。

 時任くんも同意するように頷いた。

 

「それに……、お前も思っていた以上にまともだ」

 

「あなたの中で、僕は白波千尋に非道な行いをした人物という印象が抜けないのでしょう? 

 第一印象は大きいので仕方のないことです」

 

 強張っていた時任くんだったが、だんだんとその態度もほぐれていく。

 僕への認識は龍園くんの右腕だったり、身勝手で非道な人物というもの。

 別に今更変えて欲しいものではありませんが、今回の試験で彼の力を十二分に発揮してもらうためにはこの会話も必要です。

 

「それと、白波千尋には謝罪しましたよ。まだ完全には許してもらっていませんが、そんなに必死こいて僕を監視する必要はないと思います」

 

「……なっ!?」

 

 分かりやすく驚く時任くん。

 生憎、監視の視線には慣れているため、すぐに分かりました。

 大方、神崎くんに僕の動向を探るように頼まれたのでしょう。

 カムクライズルは以前と変わったのか、非道な作戦を立てていないか。

 神崎くんは僕が本当に反省したかどうかを知りたいために、そのような調査を時任くん依頼している。

 

「監視を止めろとは言いませんし、神崎くんに報告しても構いませんよ。

 ただ、試験で意図的に手を抜くような真似はせず、全力で取り組むことは約束してください」

 

「……分かった。それと、試験は俺もポイントが欲しいから誠心誠意臨むつもりだ」

 

「それは重畳。お互いに精一杯を尽くしましょう」

 

 握手を求められたので、握り返した。

 交友は成功のようですね。

 

「では二人とも、自己紹介をしといてください。7泊8日も気を張るのは面倒でしょう? 

 こちらも出来る限り努力はしますが、少しは溶け込める努力をお願いします」

 

 話が終われば、橋本くんは早速注目を集めて自己紹介を始めた。

 噂通り、コミュニケーション能力は高いようだ。

 僕は彼らから離れ、自分のベッドの元へ向かう。

 上段には案の定、龍園くん。

 ちなみに、アルベルトが僕の横、そしてその上段に石崎くんです。

 大白熱したじゃんけんの結果、上段に行ったのは石崎くん、園田くん、野村くん、鈴木くん。

 それぞれ紹介すると、園田くんはサッカー部の生徒。

 野村君と鈴木君は部活に入っているか知りませんが、どちらも先程言及した通り。

 船上試験で彼らは竜グループ、つまりクラスでも優秀な生徒が集まるグループに参加していたため、総合力はクラスでも上位に入ります。

 

「高円寺くん、あなたも自己紹介をしておけば?」

 

「必要ないさ。この学校が始まって大分経つが、私の事を知らない人間なんていないからねぇ~」

 

 寝転びながら彼はそう言った。

 はい、あなたのような変人は全員が認知していましたね。

 

 全くブレない自由人に、僕は謎の安心感すら抱いてしまった。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 初日の夕食、つまり女子たちと接触できる時間がやってきた。

 僕は1人食堂に向かっていく。

 パンフレットで見た食堂は相当な人数を収容することが可能で、階段を上がれば一階を見下ろすことも出来る造りになっていた。

 収容数は約5000人、全校生徒が食堂でごった返せるでしょう。

 到着すれば、その表現に誇張のない大きな食堂が僕を出迎えた。

 1日1時間決まった場所で時間を女子と過ごす。これは明らかに情報共有を目的とした時間だ。

 周囲を観察しながら進むと、大抵の生徒は同性同士、あるいは異性と楽しそうに談笑していた。

 だが、やはり僕と同じように周囲を観察する者や情報収集に励んでいる者もいる。

 

「あれは……」

 

 周囲の行動を観察していると、1人の女子生徒の行動が目に入る。

 その女子生徒の名前は櫛田桔梗。

 彼女は上級生と思われる生徒たちと一緒に行動していた。

 トレイを持って同じ場所に座れば、団欒に興じる。

 周囲に人間が多いため、話の内容は分からないが、雰囲気の良さが目に見えて分かるほど、仲良く過ごしていた。

 僕は彼女の唇の動きを見て内容を読み取る。

 

「2年生の状況を把握しようとしている。流石ですね」

 

 内容は2年生のグループについて。

 責任者やクラス構成を事細かに聞いていた。

 その後、櫛田さんは後腐れなくその集団から離れていく。

 そしてすぐに首を振り、次の上級生に狙いを定めて早歩きで進んでいった。

 

「カムクラくん~」

 

 誰かが僕の名を読んだので1度思考を止める。

 呼ぶ声の方向を見ると、矢島さんが両手で配膳トレイを持ちながら歩みよっていた。

 隣には椎名さんもいて、2人で席を探している。

 

「その前の席、確保してる?」

 

「いいえ、人を探すためにここにいるだけです」

 

「なら、その席もらっても良い?」

 

 目の前の席は誰も確保していない席なので、僕は頷いた。

 4人用の席に向かい合うように2人は座り、僕は席付近をうろつくことを止め、その場に留まる。

 

「お疲れのようですね」

 

「……はい、色々な人と話すのってこんなに疲れるのですね」

 

 普段人と関わらない椎名さんは、その反動が疲労に出ていた。

 背もたれに付けて座り、リラックス。

 この行動をするということは、それだけ真剣に取り組んでくれたということ。

 不得意に取り組む姿勢は感心できる。

 

「女子はどういったメンバーに?」

 

 疲労しきった椎名さんではなく、まだまだ元気が有り余っている矢島さんに僕は現状を聞く。

 

「女子はね~」

 

 ゆったりとした口調で、矢島さんは女子のグループ分けを詳しく教えてくれた。

 僕は6グループの情報を頭の中で整理する。

 

 

 ①Aクラス9人、Cクラス、Dクラス1人ずつの計11人グループ。(責任者:Aクラス神室真澄)

 ②Bクラス11人、その他クラス1人ずつの計14人グループ。(責任者:Bクラス網倉麻子)

 ③Cクラス12人、その他クラス1人ずつの計15人グループ。(責任者:Cクラス矢島真理子)

 ④Dクラス10人、Bクラス3人、Aクラス、Cクラス1人ずつの計15人グループ。(責任者:Dクラス堀北鈴音)

 ⑤Aクラス4人、Bクラス1人、Cクラス5人、Dクラス2人の4クラス12人グループ。(責任者:Cクラス真鍋志保)

 ⑥Aクラス4人、Bクラス4人、Dクラス5人の3クラス13人グループ。(責任者:Bクラス姫野ユキ)

 

 

 Cクラスは責任者が2グループいてどちらも4クラス構成。

 最大ポイントを得れば、かなりのポイントが入る。

 加えて、⑤グループ1人のBクラスの生徒は一之瀬さん。坂柳さんがいないが、彼女なら代替になる。それに、平均点を上げるためには、これ以上ない人材と言っていい。

 

「なぜ一之瀬さんが?」

 

「話し合いの最後の最後で、余った生徒達を纏めるための仲介人として参加した、て感じかな。

 ありがたい行動だったけど、損な行動だよね。ポイント取れる可能性低くなるし」

 

 矢島さんの言う通り、結果的に話し合いは上手く纏まったのだろうがBクラスは勝率を大きく落としている。

 これではただのお人好し、ツマラナイ。

 

「Aクラス中心の11人グループは坂柳さん中心のグループですね?」

 

「うん。坂柳さん主導で一番最初に行動を起こしてたよ」

 

「そうですか。女子の話し合いに不可解な点はありましたか?」

 

「う~ん、何かAクラスの神室さんさんがね、『Bクラスの生徒を受け付けない』とか、『一之瀬さんは信用できない』って明らかに集団の和を乱すようなことをしてたことかな」

 

 その発言には疑問が残る。

 一之瀬さんの好感度は櫛田桔梗すら追い抜いて学年1高い。

 そんな彼女に神室さんが批判する。批判しても自分の地位が下がるだけで、彼女はそんな無駄なことをする人間ではない。

 となれば、坂柳さんが関係しているのは間違いないだろう。

 

「そのせいもあってかさ! すっごい時間がかかっちゃったんだよ!」

 

 両手を広げ、話を聞いてくれとアピールする矢島さん。

 対照的に、椎名さんはぐてっと上半身を倒す。

 

「……皆さん、本当に好き嫌いをはっきりと言うことに驚きました」

 

「面と向かってあそこまで言うのは確かにビックリしたよね~。

 でも女子って結構そんなもんよ、椎名さん。好き嫌いがハッキリしていることだって悪いことじゃないしさ。

 聞いてよカムクラくん! 話し合いでCクラスと組みたくないって言うDクラスの子がいたの!」

 

「そうですか」

 

「全然興味ないじゃん〜」

 

「話は聞いていますよ。女子の情報は貴重なので」

 

 僕の素っ気ない態度に矢島さんは訝しんだ視線を向け続ける。

 一瞬頬を膨らませてへのじに口を曲げた。

 

「本当に?」

 

「ええ。大方、その女子は真鍋さんにでも突っかかっていたのでしょう?」

 

「えっ、せ、正解! 何で分かったの!?」

 

 今度は大きく目と口を開く矢島さん。

 表情豊かで分かりやすい。

 

「勘ですよ」

 

「……本当に?」

 

 僕は頷くが、彼女は全く納得していない様子だ。

 しかし、その前に椎名さんが話を進める。

 

「真鍋さんと同じクラスになるのは嫌と直接言った時は一触即発な雰囲気になって焦りました。人間関係は難しいです」

 

 好き嫌いがハッキリしていることは良い事だが、それを面と向かって言う我の強さは集団行動という観点から見ればマイナス評価。

 学校からの査定は下がる。

 もっとも個の強さという点から見れば、それは確固たる意思があるということだ。

 

「まぁ、真鍋さんはお世辞にも態度良くないからねぇ〜。日頃の行いが祟ったって感じだし、自業自得だよ」

 

 我も強すぎれば毒。傲慢な性格は周囲に敵を生みやすく、社会では弾き出される。

 真鍋さんに関してはこれだけでなく、素の性格も問題ですが。

 

「でも、真鍋さんもよく怒りませんでした。

 彼女の性格なら、あれだけ言われればすぐにヒートアップすると思っていました」

 

「ねぇ、あれは意外だったね。でも、めっちゃ我慢してたよ。右手をグッて思いっきり握りしめてたし。

 それに、もっと意外だったのは素直に謝ったことだよ。だって、あの真鍋さんがだよ!」

 

 僕はその結末に少しだけ意外に感じた。

 謝罪は確かに真鍋さんらしくない。煽られれば直情的になる短絡な性格の彼女は伊吹さん並みに喧嘩っ早い。

 だから、争う気分がなくて相手にしないという結末なら分かる。

 実際に、バスの中で僕が行った指示の1つは“女子の小グループ決めで一悶着あるから考えて行動してみろ”の一言だけだ。

 他にも別の事をやってもらう必要があるので色々と説明したが、指示人形になるだけでこなせるような指示は出していない。

 そして、彼女の選択は自分を理性で抑えて争いを回避した。

 予想外ではないが、彼女はいつかの課題を必死にこなそうとはしているらしい。

 

「ふーん、彼女も変わろうとはしているのですか」

 

「そうだねぇ〜、誰かさんからの呼び出しが真鍋さんを変えたのかもしれないよ」

 

 ニヤニヤと笑う矢島さん。

 揶揄う笑いは龍園くんが下世話な質問をする時と似たような表情だった。

 

「ネタは上がってるんだぞ〜。真鍋さんが少し大人しくなった理由がカムクラくんにあるんじゃないかってねぇ」

 

「……あぁ、そういう事ですか」

 

 僕はすぐに理解する。

 矢島さんが言っているネタとは、屋上の件の少し前、僕が情報整理のために真鍋さんをカフェに呼び出したことだ。

 あの直前、真鍋さんは友人と遊んでいた。

 そこから話が広まって矢島さんにまで届いたのだろう。

 

「あの超強気な真鍋さんが少しだけ優しくなったって、薮さんと山下さんが言っててさ〜。

 で、優しくなり始めた頃の前に、カムクラくんが真鍋さんを呼び出したって来たら……、それはそういう事でしょ?」

 

 藪 菜々美と山下 沙紀。2人は真鍋さんとよく一緒にいる生徒だ。

 

「確かに、そういう事ですね」

 

「おおー! ってことはマジって訳ね!」

 

 僕が否定しないかったために、矢島さんは興奮気味に表情が動く。

 

「別に、あなたの考えるようなことをあの呼び出しではしていませんよ。

 ただ、今後の立ち回りを考えてみろとアドバイスをしたに過ぎません」

 

「なるほどねぇ、それで真鍋さんはいざ実践したってことかぁ」

 

 矢島さんは悪い顔で笑う。

 彼女の恋愛脳は今頃、真鍋さんの素直さがどの感情から来ているかを考えることに必死でしょう。

 

「カムクラくんは、伊吹さんや真鍋さんのような強気な性格の女性を気に入りますね。好みなのですか?」

 

 黙って話を聞いていた椎名さんから150kmのストレートボールが飛んでくる。

 

「別に。ただ、強い意志を持つ人間は未知を見せてくれる可能性があると思っているだけです」

 

 凡人だからこそ、強い意志が重要。

 凡人でもそれさえあれば極小の可能性が見えてきます。

 そこに性格の善し悪しは関係ない。

 

「会話、楽しかったですよ。それでは、僕は失礼します」

 

 間接視野に目的の人物が映ったので、僕は話を切り上げた。

 

「じゃあね〜」

 

 手を振る矢島さんに会釈をして僕はその人物────坂柳有栖の元へ向かう。

 僕が移動すれば、向こうもこちらに気付いたので、確保していた席に目で案内した。

 

 

 

 ─────

 

 

 

「お待たせしました」

 

 Aクラスによって確保された席に案内される。

 坂柳さんは引き連れていた複数人の部下を周囲の席に1人ずつ着席させ、厳重な警備の出来たスペースを確保していた。

 これによって、今日の夕食の時間、僕に集まっていた大量の視線は拡散した。周囲に人間の壁が出来れば、見ているだけの人間は簡単に防げる。

 後は、見ていないフリに勤しんでいる人間の視線だけが浮かんでくる。

 未だ、こちらを見ている人物たちは既に把握した。

 あれらが、────南雲雅の駒の中でも上質のものと判断できた。

 

「こんばんは、イズルくん。今日はこの時間を楽しみにしていました」

 

 僕が彼女の対面に座れば、交渉の場が整った。

 上機嫌な彼女の表情は、かつてのチェス勝負の時を連想させる。

 愛想のよい笑みが張り付いた氷の仮面から、幼さと妖艶さが混じった魅力ある笑みへ。

 願いが叶った喜びを噛み締めているような、そんな満足感も読み取れる。

 

「まずはご質問させて下さい。なぜ、今回の特別試験に本腰を入れて取り組んでいられるのでしょうか?」

 

「龍園くんからの命令を果たすためですよ」

 

「命令? その詳細を聞いても?」

 

 我儘を言う少女のように、彼女はぐいぐいと積極的に口を開く。

 僕は嘘偽りなく答える。

 

「彼の命令は僕にリーダーとしての完成形を見せろとのこと。

 そこから学べる知識をできるだけ吸収して、彼はさらなる高みを目指すそうです」

 

「なるほど。……フフ、彼らしい理由ですね」

 

 僕が説明すれば、彼女は腑に落ちたようだ。

 

「今回ばかりは、龍園くんに盛大な感謝をしなくてはいけませんね。

 この学園生活であなたの本当の実力が見れる機会がこんなにも早くきた。この栄誉には、感涙にむせぶ思いです」

 

「大袈裟ですね」

 

「いいえ、大袈裟ではありません。事実、私は既に敗北してしまいましたから」

 

 彼女は満足そうな表情で食事を口に運ぶ。

 よく噛んでから飲み込めば、もう一度口を開く。

 

「あぁ、悔しいですねぇ。たった1つの伝言、あそこで私はあなたの掌で転がされていることに気付き、あなたの望み通りの道へ誘導させられてしまいました」

 

 敗北したという事実に悔しさはあり、原因の分析もしている。

 しかしそれでも、彼女は自分が完封されたということに満足感を覚えていた。

 

「私と協力するだけなら、バスの中で連絡を取ればよかったでしょう。

 でも、あなたはそれをしなかった。なぜなら、それをしてしまえばCクラスの女子生徒から成長機会を奪ってしまう」

 

 Cクラスは龍園くんの一強クラス、その柱が崩れた今、僕以外に誰かが代理を務めなくてはならない。

 それでいて、かねてからのCクラスの弱みである女子の統率を取れる人物を作る必要があった。

 だから、僕は今回の特別試験が椎名さんや他の生徒の成長機会として絶好の場と判断していた。

 しかし、元々のポテンシャルや経験の差から他クラスのリーダー格とまともに戦えば、椎名さんに勝ち目は薄い。

 特に、坂柳さんと舌戦になれば100%敗北していた。

 そしてそうなれば、坂柳さんは攻めの手を緩めない。そこからCクラスの排斥、自分の思い通りなグループ決めに発展、そして僕への対抗手段を構築しようとしただろう。

 

「椎名さんや副リーダーの人に交渉の練習をさせる、そのためだけに敢えて私の行動を自由にして格上との交渉経験を積ませた。

 そして敗北の兆しが見えた時に、たった一手で私を封殺する手段を用意しただけでなく、私に対して有利な交渉を気付かせて味方につけるように誘導。

 加えて、Cクラスにはカムクラくんの存在をアピールして士気向上、今回の試験で重要な協調性が強固になりました」

 

「僕が説明する必要はないようですね」

 

 大方の流れは今の解説に違いない。

 

「そして、あなたの本当の目的は『私に有利な場を作らせずに』無人島試験で結んだ契約の交渉をすることですね? 

 私が今回の試験を利用して契約破棄を持ち掛けることを見越し、それを未然に防ぐために」

 

 寸分違わない白い少女の推測に僕は拍手して称える。

 坂柳さんは屋上事件の件、そして今回の特別試験を有利に進めてCクラスに交渉を持ち掛ける気だった。

 大方の筋書きはCクラスの生徒を自クラスのみのグループに引き入れ、退学寸前に追い詰める。責任者に出来たら御の字で、とにかく退学者を出したくないならばその対価として契約破棄をしろと要求していたでしょう。

 龍園くんがリーダーを辞め、統率者のいないCクラスは攻める絶好のチャンス。

 さらに今回の試験は女子のみの戦い。唯一の負け筋である僕の存在も消えれば、彼女は全力でこのような策を実行していた。

 そしてそれは確実に成功する。

 だから、僕はそうならないよう手を打った。

 

「大正解です。ご褒美は欲しいですか?」

 

「では、超高校級のハグをしてください」

 

「そんな才能は有りません」

 

 箸を置いて両手を広げた坂柳さんの頼みは予想の一つ上。

 なるほど、恋愛感情と狛枝のような思考が混ざると稀に見るクレイジーな思考回路が構築されるようですね。

 この返しに少しだけオモシロイと感じてしまったことが馬鹿らしい。

 

「フフ、知っていますかイズルくん。ハグをするとβエンドルフィンやオキシトシン、ドーパミンなどのホルモン分泌が促進されます」

 

「そして、幸福感や満足感を得る。だからご褒美になると?」

 

 満面の笑みで返答してくる坂柳さんに、僕はため息をつきたくなる。

 やはり、彼女は面倒ですね。

 

「綾小路くんにしてもらいなさい」

 

「ええ、いつかしてもらいますよ」

 

 欲しいものは手に入れる女王様のような傲慢な性格は健在だ。

 話に一区切りがついた。

 そろそろ、

 

 

「契約の話に移りましょう」

 

 

 僕の雰囲気が変わったことに気付いた坂柳さんもまた真剣な顔つきを見せた。

 彼女は4つに折り畳んだ紙をポケットから取り出し、僕に手渡す。

 記載されていることは契約内容。

 事細かに記されていることを僕は速読していく。

 

「契約内容を確認します。Cクラスが望むことは、『Aクラス男子が混合合宿において1位にならないことを約束する』、でよろしいですか?」

 

 僕が読み終えたことを確認した後、坂柳さんは確認を行う。

 頷きを返し、話は続く。

 

「その対価として『無人島試験で結んだ契約の支払いポイントの減額』、具体的には『Aクラスが1位になった際のポイント分の減額、すなわち42万ppの支払いと126cpの減額』、間違いありませんね?」

 

「はい、42万ppは試験終了後に支払う形か、次回の徴収金額から引くか。その選択はそちらに任せます」

 

 今回の特別試験でAクラスが1位になった場合、42万ppと126cpを得る。

 Cクラスが1位になった場合、108万ppと336cpを得る。

 利潤計算をすると、この契約履行した上で得られる利潤は66万ppと210cp。

 十分な利益と言えましょう。

 

「試験終了後に一括で頂く形にしましょう」

 

「分かりました」

 

 僕は彼女のメモ帳に今の事を記載していく。

 簡易的な契約書とはいえ、用意してくれたのは有難い。

 これで不安なくこの契約を進められる。

 

「まず、今回の契約、Aクラスはお受けします。契約内容についても、こちらから修正する箇所はありません」

 

 屋上の件があるため、少しは有利に動けるだろうが、今回は安全に立ち回るようだ。

 

「そうですか。ならばCクラス側からも不満はありませんので、契約成立でよろしいでしょうか?」

 

「はい、今はこの仮契約書にサインしてください。この内容を特別試験後にもう一度契約書に記しましょう」

 

 この契約は僕たちにとって利があるので即座に署名する。

 仮契約書を坂柳さんに返却すれば、彼女はそれをポケットにしまった。

 

「別に、Cクラスのために情けを掛けたわけではありませんよ。

 無人島試験の契約はいずれ破棄するもの。今は減らせただけ上々の結果です。

 それでいて今回の特別試験でまだポイントを狙える。それだけであまりに美味しい契約です」

 

 補足説明するように彼女は言う。

 無人島試験の契約は葛城くんが結んでしまった。

 己の考えが至らない所で最悪の契約が結ばれたのだ。

 ゆえに、彼女はこの契約を破棄しようと躍起になっている。

 今回は破棄の1段階目と捉えていて、このようなチャンスは逃がすつもりは無い。

 加えて、今回はCクラスが混合合宿で1位をとっても2位になればポイントを得れる。

 もっと言うのならば、今回の契約は男子限定。

 女子の部でAクラスが上位を取れればさらにポイントを得られる。

 だからこそ、彼女は今回の交渉で爪を立ててこなかった。

 

「まぁ、屋上の件を話題にしてしまうと、彼にも迷惑がかかってしまう可能性があるという点があった。それも理由の一つですよ」

 

「あなたらしい理由ですね。恋は人を狂わせると言いますが、あなたもまたその条理に当て嵌る」

 

 彼こと、綾小路くんに迷惑をかけたくないという理由で彼女は屋上の件を契約の場に持ち込まなかった。

 実に人間らしい理由で、温もりを感じることに才能はいらないという持論は嘘ではないようだ。

 

「恋ではありませんよ。似た感情であることは認めますが」

 

「では、愛ですか?」

 

「ええ、親愛ですね」

 

 恋愛のプロセス、手段は分かれど、感覚は分からない。

 その点に関してだけなら、坂柳有栖は僕より優れている。

 だから、彼女の自己分析は正しいのだろう。

 

「あなたは自分の大切なものを手に入れるためなら手段を選ばない。

 自分の手中に収めなくては気に入らない性格ですから、彼のことを諦めるとは思えません」

 

「ええ。諦めませんよ。だからこそ勝負の約束をして、その約束を果たすまで彼に迷惑がかかることはしません。辻褄は合いましたか?」

 

「はい、納得もいきました」

 

 くだらない理屈だ。

 だが、これもまた経験。俗世というものなのでしょう。

 

「ご馳走様です。ではイズルくん、残り時間はゆっくりと雑談を楽しみましょう」

 

「そうしても良かったのですが、僕にはやることがあります」

 

 品のある所作で箸を置く坂柳さんだったが、誘いを断られて現実を信じられないと言わんばかりに表情を暗くした。

 今回の試験は携帯を学校側に預けている以上、直接話す以外に情報交換はできない。

 そして、女子生徒と接触できる時間はこの夕食の時間しかない。

 それを理解したからこそ、彼女は不満を隠して笑顔を向けていた。

 

「私に協力できることはありますか?」

 

「ありますが、あなたにメリットを提供できません」

 

「メリットなら十分に貰ったので、何か手伝えることがあるなら協力しますよ」

 

 協力的な彼女を少しだけ訝しむが、この態度に嘘はなかった。

 

「では、いくつかお願いしましょうか」

 

 僕はそのままに彼女にお願いの内容を告げた。

 それを聞けば、彼女は上品に笑って承諾してくれる。

 その後、僕はトレイを返却口に置いてから真鍋さんを探しに向かった。

 

 

 




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坂柳は可愛い

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