ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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やっと見えた大鎌

 

 

 

 特別試験7日目早朝。いよいよ今日でグループとしての一日は終わる。

 明日の朝になれば即試験。

 高円寺くんと龍園くんを除けば、非常に結束力の高いグループとなったが、この関係も終了する。

 橋本くんとBクラスの時任くん。彼らをどこか名残惜しいと思う生徒も少なくないだろう。

 

「ちくしょう。この飯、食えるのこれで最後なのか」

 

 涙を流して朝食を大事に食べる橋本くん。

 高円寺くんとの約束を守るついでに、一年の食事は僕が試験中担当した。

 ゆえに、このような反応をしている。

 

「クク、悪いな橋本。これはCクラスの特権だ。お前が坂柳を裏切れば、高い頻度でこれを口に出来るんだがなぁ」

 

「……ちょっと、真剣に考えるわ」

 

 橋本くんは手を止め、これまでで一番の真剣な表情を見せる。

 

「さっさと胃に入れてください」

 

「待ってくれ。最後の晩餐なんだ」

 

 天敵から子を守る野生動物の親のように食事を守る橋本くんに、龍園くんは大笑いする。

 取り上げてやる気がなくなったら面倒なので、僕は彼を放置した。

 

「カムクラボーイ、今後のスクールライフにて、私の食事を作るつもりはないかね?」

 

 替わるように高円寺くんが僕に声を掛ける。

 

「1食5万……いや、サービスして1食1万ppは貰いますよ」

 

「ふむ、本来ならこれ以上ないほどの値下げだが、1万ppか。

 これは私も我慢するしかなさそうだ。この学校に来て、初めてリアルマネーが使えないことを悔いたねぇ」

 

 高円寺くんは少し思案した後、物分かりよく諦めた。

 ポイントは有限。ポイントを浪費する性格の彼だが、モノの価値を分かっているからこそこれ以上の交渉はしなかった。

 価値あるものには正しく対価を払いたいようだ。

 

「時にカムクラボーイ、今回の特別試験は本当に1位を取れそうかい?」

 

「ええ、問題ありません。どの試験も問題なく乗り切れます」

 

 明日の試験はこれまでの授業を通じて、だいたいのやることは分かっている。

 具体的に加点部分が説明されたわけではないために憶測も含むが、ほぼ確実に試験に絡んでくる部分は把握している。

 それが『禅』『駅伝』『スピーチ』『筆記試験』の4つ。

 バスで配られた日程に『道徳』『精神鍛錬』『規律』『主体性』の4つが書かれていたので、これらはそのどれかに対応するのだろう。

 

「ほう、凡人たちの手解きは完璧にしてないように見えたが、それでも大丈夫なのかい?」

 

「僕が全てを教えてしまってはツマラナイでしょう? だから、僕は彼らの成長を促すような教育しかしていません」

 

 Cクラスの生徒に教育を施す時、僕は才能を使用しているが、何も100点量産人間を作ろうとしてはいない。

 人それぞれに合った教育を対象者の無理にならない程度に教えているだけ。

 要は、きっかけを与えているにすぎません。

 だから今後、開花する者としない者に分かれるでしょう。

 そしてそれらを見越した上で開花する12人がこのグループのメンバーという訳だ。

 

「そんなことよりも高円寺くん、あなたこそ試験中に急にやる気がなくなるようなことは止めてくださいね」

 

「今回の試験は君の友として協力するため、やる気がなくなることはないさ。しかし、100%全力でやるかどうかは明日の私次第さ」

 

「今後の学校生活で、稀に僕が夕飯をご馳走しても構わないと言ったら?」

 

「だとしてもさ。実に魅力的な提案だが、私は私の気分でしか動かないさ」

 

 分かり切った事だが、やはり高円寺くんをその気にさせるのは僕でも難しい。

 唯我独尊の彼にとって、自分の気分が第一優先。

 ならばやはり、彼の気分を害さずに普通に試験を行わせるに限る。

 普通にやれるだけでも、彼は並み以上の成績を持って来るので、僕としては文句もない。

 やはり、明日の試験は問題なさそうだ。

 

 

 

 ──────

 

 

 

 順調に授業をこなし終えれば、特別試験最後の夕食の時間を迎える。

 今日の授業は朝確認した4項目の最終確認のような授業ばかりだった。

 予想は正しく、試験は確実に1位を取れるでしょう。

 

「よぉ、カムクラ」

 

 食事を終えると、南雲雅と遭遇した。

 周囲に手駒である生徒はいないようで、僕と1対1で話したいことが分かる。

 遅い接触だ。

 僕の暗躍に気付いているが、それが脅威にならないと判断している。だから、焦りもせずに大胆な接触をできるわけです。

 

「何の用ですか?」

 

「いやなに、この試験随分と動いているようだが、どんな調子だったか知りたくなったんだ。

 どうだ、この試験で俺が何をしようとしているか読めたか」

 

「読めている、そう言ったら?」

 

「嘘だな。俺の策を読める奴なんていない」

 

 自信に満ちた表情が超分析力に映る。

 この場で僕に嘘をつき、僕への対応をしていることを隠せば、僕も手段を選んではいられなくなっていただろう。

 しかし、結果はただの傲慢野郎でしたか。

 あれだけ兵隊を動かしたのに、僕の暗躍の真意に気付けない。

 あぁ、ツマラナイ。

 

「そんな自慢のために僕に話しかけたんですか?」

 

「いいや、単純に勝負をしたくてな。懸命に堀北先輩の手足となって動いたお前が俺の策を読めたかどうか、な」

 

「あなたの策を読める奴なんていないのでは?」

 

「俺はそう思っている。だが、折角お前がこの試験で動いたんだ。そこでいい賭けを思いついた」

 

「賭けの内容は?」

 

「それは椅子に座ってからのお楽しみだ」

 

「なら、その賭け乗りましょう」

 

 僕は即決する。

 

「良いね、乗りが良い奴は嫌いじゃない。

 賭けの内容はシンプル。この試験の最後に笑うのが俺か、堀北先輩かだ」

 

「それは大グループが勝利した方ということですか?」

 

「いいや、結果発表の時に笑っている方ってことだ」

 

「分かりました。賭けるものは?」

 

「もちろんポイントだ。お前の賭ける金額分、俺も出そう」

 

 賭け内容がスムーズに決まっていけば、南雲雅はポケットからペンと小さなメモ帳を取り出す。

 口約束の勝負ではなく、勝ち負けをはっきりさせるための用意も出来ている。

 どうやら、本気でこの僕に勝てると思っているらしい。

 

「堀北先輩の卒業後はお前と遊ぶ予定でな。これは言ってしまえば前哨戦、互いに楽しもうぜ」

 

 メモ帳から2ページ切り取った南雲雅は片方をこちらに渡す。

 そこには賭け内容と賭ける金額を書くスペースが記されていた。

 

「では、100万ppで賭けましょう。前哨戦には丁度良い金額です」

 

「ははっ、本当に俺の策が読めたと思っているようだな」

 

「逆に、なぜあなたの策を読んでいないと思っているのですか?」

 

 挑発が心地良いと言わんばかりに彼は不敵に笑う。

 あぁ、ツマラナイ。

 僕はペンを受け取り、契約書を書き込む。

 ペンを返せば、彼もまた書き込む。

 これにて、契約は成立した。

 

「正直、嬉しいぜカムクラ。堀北先輩は正々堂々な勝負しか受けてくれなくてな。

 お前は、その手の条件を勝負前に言わないのか?」

 

「どんな勝負でも僕が負けることはありませんから」

 

 彼は子供のような純粋な笑みを見せた。

 対等な勝負をできることを心の底から喜んでいる。

 見た目とは裏腹に素直な性格のようだ。

 

「じゃあ、最終日を楽しみにしてるぜ」

 

 彼は上機嫌に言って背を向ける。本当に、退屈な会話が終わった。

 これで僕も共同部屋に戻れる。

 そう思っていた。

 

 

「────話を聞いてくれ、橘!」

 

 

 それは、焦ったような大声だった。

 この学校の生徒なら誰もが知っている元生徒会長、堀北学らしくない荒んだ声。

 逃げようとする女子生徒の手を掴み、必死な形相をしていた。

 

「へぇ~、やるじゃないですか」

 

 待ち望んだ未知の登場に、僕の頬は少し曲がった気がした。

 今回の試験、橘茜はキーパーソン。

 彼女の心を奮い立たせることがいかに重要であるか、それを堀北学は理解していた。

 だが、堀北学が直接動き、特定の生徒に指示を出せば、南雲の矛先が他の生徒に行きかねない。

 それを恐れていた堀北学だったがここにきて接触。

 そしてこれはベストタイミング。男女が交流できる最後の夕食の時間でこの行動。

 これは南雲雅への焦りを与えること間違いなかった。

 

「お前が今、非常に苦しい状況であることは聞いた」

 

 静まり返った食堂で、堀北はゆっくりと口を開く。

 掴んでいた手を放し、諭すような声色で説得を試みる。

 

「……堀北くん、誰から聞いたかは知りませんが、その情報は間違いですよ。

 私に困っていることはありません」

 

 橘茜は引き攣る表情から無理に笑顔を作る。

 しかし、その表情を見ても堀北学は騙されない。

 優しい嘘を、華やかな自己犠牲を見過ごさない。

 

「ここに来てもう嘘をつく必要はない。俺はお前を救うために動くことを……もう決めた」

 

「で、でもそれじゃあ皆に迷惑を……」

 

「気にするな……いや、確かに、このままだとお前は迷惑をかけてしまうだろうな」

 

 橘を懐柔するような優しい言葉を投げようとした堀北だったが、現実を受け入れさせるように肯定する。

 驚く橘だが、堀北学は微笑んで続ける。

 

「お前は優しい人間だ。この三年間、俺はお前のことを一番に見ていたから知っている」

 

「わ、私を一番見ていた!?」

 

 暗い表情に赤が咲く。

 しかし、それは一瞬。危機的現状をあえて思い出したかのように、視線は下がる。

 

「あぁ、だからそんな優しいお前が何をしようとしているのか、クラスに迷惑をかけないようにどう行動するのか、すぐに分かったさ」

 

「……な、なら、私に任せてください。それが誰にも迷惑をかけないように立ち回れますから」

 

「いいや、ダメだ。その行動は……俺に、迷惑をかけている」

 

「えっ?」

 

 堀北学は少し照れ臭そうに断言した。

 自らの手で彼女の心を救う。

 それは、想いの告白だ。

 色恋に疎い堀北学がこのような選択をする。そんな大胆な実行は僕に少しの未知を見せる。

 

「お前は自分犠牲にしてクラスを守ろうとするんだろう? だが、それが成功してしまえばお前は退学してしまう。俺はそれを認められない」

 

「……なんでよ、堀北くん。これが最も安い解決なんだよ。私が退学するだけで全部上手くいくのに!」

 

 声を荒げる橘だったが、堀北学は即座に断言する。

 

「上手くいかないさ。仮にお前が退学するような結果になっても、俺はお前を『救済』する」

 

 救済、それは2000万ppと300cpを支払って退学を無効にすること。

 膨大なポイントを支払って1人を救う最後の一手。

 自分を退学させることで全てを終わらせようとしていた唯一の策は防がれる。

 

「……やめてよ。そんなことに、貴重なポイントを、使わないでよ」

 

 頬を伝う一粒の涙、嗚咽交じりのたどたどしい口調。

 喜びと悲しみが同時に押し寄せていた橘にはもう抑えられなかった。

 

「いいや、やめない。お前が自分を犠牲にすることをやめるまでな」

 

「私が……自分を犠牲にしなかったら、どう、解決するんですか」

 

「全力で明日の本番に臨め」

 

 堀北学は橘に手を差し出す。

 逃がさないように掴むことはもうしない。

 告白のクライマックスのように、後は手を取るかどうかだ。

 

「でも、今の状況じゃ────」

 

「────俺を信じろ」

 

 有無を言わせない強い言葉だった。

 ポロポロと大粒の涙が頬を伝う。抑えられない感情を宥めることを堀北学は待ち続ける。

 そして、

 

「……分かりました。堀北くんを信じます」

 

 2人の手が繋がった。

 たくさんの生徒に見られながら、2人の決意は固まった。

 彼らの想いが向き合い、距離が近づくことで橘茜が立ち直る。それは僕の本筋には関係ない事だが、確かに未知だった。

 だが、全てが解決したわけではない。

 状況は未だ最悪、明日の試験本番は卒なくこなせるだろうが、100%の退学を免れてはいない。

 同グループの3年が口裏を合わせて橘を悪者に仕立て上げれば、試験中の行動から平均点を大きく下げた要因と判断される可能性は消えていない。

 

「どうしました、南雲雅」

 

 唖然とした表情で2人を見ていた南雲雅に僕は声を掛けた。

 彼はハッとしたようにこちらへ振り返る。

 

「何でもねぇよ。じゃあな」

 

「待ってくださいよ。今、オモシロイ提案を思いついたんですから」

 

「あっ?」

 

 速足で立ち去ろうとする南雲雅を僕は引き留める。

 彼はイラついたように再度僕を見た。

 

「悪いが、俺は暇じゃないんだ」

 

「ええ、だから手短に。賭けの内容を変更しませんか。────『橘茜が退学対象になるかどうか』という内容で」

 

 僕の提案に彼は背を向けようとしたが、その行動は途中で止まる。

 残った片目だけで彼は僕を睨むように見る。

 

「どういうつもりだ」

 

「オモシロイ会話でしたので、ついつい興が乗ってしまったんですよ。

 なにやら、彼女が退学に関係しているらしいじゃないですか」

 

「……はっ、そうかよ。俺はどっちでも構わねぇが、確かにそっちの方が勝ち負けが分かりやすそうだな」

 

「僕の提案、受け入れてくれるようですね。僕は退学対象にならない、あなたは退学対象になる。それで構いませんね?」

 

「……待て」

 

「おや、生徒会長ともあろう方が逃げるつもりですか?」

 

「……上等だ。その賭け、乗ってやる」

 

 彼は今度こそこの場を去った。

 僕も試験本番の最終調整に勤しんだ。

 

 

 

 ──────

 

 

 カムクラとの会話が終えた後、南雲は速足で自分の手足となる駒に指示を飛ばそうとした。

 時間はもう少ない。対抗策の一つを敷くのがやっとだろう。

 現在の問題点は陥れる対象の橘茜の意思が戻ってしまったことだ。

 このまま特別試験を受ければ、橘が卒なく試験をこなせることを南雲は生徒会での付き合いから理解している。

 たとえそうなっても、確実に橘が退学できるように対策をしているが、懸念点があった。

 それは堀北学に策が見破られている可能性があること。南雲は堀北に策を気付かれないように誘導していたが、筒抜けになっているからこそ、堀北はあんなにも堂々と動いたのだ。

 そのことに堀北学に尊敬を抱きながらも、懸念点の対処に思考を回す。

 

(堀北先輩が俺の策に気付けたのは……認めたくないが、カムクラの暗躍だな)

 

 南雲は現状を正しく理解する。

 堀北がこちらの情報を知れたのはカムクラの暗躍、となれば、カムクラの対策は解決の糸口に近付く。

 

(……クソが。あの野郎、本当に俺の策を分かっていやがったのか)

 

 先程のやり取りを思い返せば、南雲は歯軋りが止まらない。

 カムクラの実力を認めていたが、番外の一手を打った自分の策すら見破られるとは思っていなかった。

 内心馬鹿にされていたことを思えば、後悔や憎悪が南雲の高いプライドを刺激する。

 

「南雲」

 

「……堀北先輩」

 

 苦悩する南雲の前に、堀北と橘が現れる。

 両者の繋がった手を見て、南雲は心を掻き回していた感情を抑えた。

 

「とりあえず、おめでとうございますと言った方が言いですか?」

 

「そうだな。この結果はお前の策によるものだからな」

 

 煽りに煽りで返されることに南雲は少しだけ嬉しかった。

 真面目な堀北はいつも南雲との勝負を回避する。

 しかし、今回は暗躍の末、やっと正面に引き摺り出せた。

 だからこそ、対等に話しているようで南雲は窮地にもかかわらず、この状況を楽しんでいた。

 

「さて、南雲。俺から1つ提案がある。言わなくても分かるな?」

 

「さぁ、何のことでしょう。はっきり言ってくれなきゃ俺には分かんないっすね」

 

 惚ける南雲だが、堀北の決意は既に固まっている。

 この場で決着をつける勢いで話を進める。

 

「橘を狙うことはもう止めろ。これ以上狙い続けるならば、こちらも然るべき対応を取らせてもらう」

 

「然るべき対応、ですか。ははっ、良いっすね。あの堀北先輩がこんなに本気で俺に対策してくれるなんて」

 

「それ程、お前は厄介だったからな」

 

 堀北は冷徹な眼で南雲を睨む。

 

「お前の策はもう分かっている。俺との勝負をブラフに橘を道連れ対象にしようと暗躍した。随分と非道な事を働いたようだな」

 

「何のことですか。俺は堀北先輩との勝負に夢中で女子の事なんて何も知らないっすよ」

 

「まだ惚けるか。なら、仕方ない。お前はまだ俺との競い合いを続けたいらしいが、今回ばかりは俺も頭にきている。然るべき対応を取らせてもらおう」

 

「ちなみに、その然るべき対応って具体的に何するつもりなんですか?」

 

 南雲は薄ら笑いを浮かべて問う。

 カムクラの暗躍で堀北はこちらの策を正しく理解していることは察していた。しかし、そこからどうやって自分の策を堀北が突破するか。その具体性を知りたかった。

 

「猪狩桃子のグループから何人か退学者を出す。橘を道連れの対象にしようと努力したらしいからな。当然の報いを受けてもらう」

 

「なるほどなるほど。どうやら、橘先輩は猪狩さんのグループで道連れの対象になるくらいに足を引っ張っているみたいですね。そして先輩は猪狩先輩たちが橘先輩のことを道連れ対象にしようと確信している。しかし実際にそんな証拠あるんですか? 

 もしかすると、単純に橘先輩の能力不足で道連れの対象になってるかもしれませんよ」

 

「それはない。橘の能力は低くない。足を引っ張るわけがない」

 

「美しい信頼関係っすね。でも、それじゃやっぱり証拠はない」

 

 証拠がない限り、どうやっても橘が道連れの対象から外れることはない。

 そして、携帯や録音機器を持ち込めないこの環境ではどうやっても確固たる証拠が残らない。南雲はそう確信していた。

 

「証拠なら作る(・・)

 

「……へぇ~。なら、こうやって俺を脅さず最終日を迎えれば良かったじゃないっすか」

 

 真剣ながらどこか鬱憤の溜まっているような険しい表情の堀北を南雲は虚勢と思えなかった。

 

「俺は積極的に退学者を出すことを望んでいない。失敗だって1つの糧だ。退学してしまえば、その糧を生かす機会も失う。それは俺の望む実力主義ではない」

 

「だから、既に退学させる準備を整えた上で最後のチャンスを与えているわけですか。甘いです、本当に甘すぎますよ堀北先輩。それでは、本当の実力は育たない」

 

「こればっかりは主義の違いだ。俺はお前の考えを肯定する気はないが否定もしない。しかし、俺の前に立って悪意を撒き散らすのなら話は別だ。

 今回はお前の主義に則って退学者を出しても良い。そう思う程には、腸が煮えくり返っている」

 

 普段よりも強い言葉を使う堀北に南雲は笑顔が浮かぶ。

 今回の堀北は本気だ。本気で南雲の策を潰そうとしている。

 その事がはっきりと伝わっていた。

 だからこそ、証拠もただの脅し文句ではなく、本物の証拠と判断する。

 

「ちなみに、さっきから言う証拠って何なんすか?」

 

「それをお前に教える理由がない」

 

「教えてくれれば、俺が何かに対して降参するかもしれませんよ」

 

 南雲は何処までも非を認めない態度を取る。

 しかし、内心は穏やかではない。この会話から反撃の機会を得ようと必死に頭を回していた。

 

「無駄なことをするな。教える気はない。

 お前が引かないなら、道連れの対象が橘から他の何人かに変わるだけだ」

 

 堀北の気は変わる気配がなかった。

 確実に獲物を仕留める猛獣のように南雲から目を離さない。

 そこに慈悲や同情から来る油断は一切なく、南雲の付け入る隙はなかった。

 

 

「────あははっ!」

 

 

 南雲はこの詰んだ現状を前にして、堀北学が全力で自分を止めようとしていることにとうとう歓喜の声を上げてしまう。

 自分は追い詰められている。やっぱり堀北先輩は凄い人だ。その感情が隠しきれず、子供のように表に出てしまう。

 しかし、堀北の顔色は変わらない。

 

「その証拠がブラフかどうかを判断するにはもう時間がありません。けど、きっと本当なんでしょうね、堀北先輩」

 

 現在は特別試験最後の夕食の時間。そして、残り数分で1時間の猶予は消える。

 この時を逃せば、女子との接触はなくなる。つまり、具体的な指示を出す日はこの瞬間が最後であり、南雲には堀北の言葉を精査する時間なんて残されていない。

 

「クッソ、悔しいな。ここまで準備したって言うのに、まさか見破られるなんてな」

 

 南雲は観念したかのように薄く笑った。

 失敗の原因が南雲の中で浮かぶが、それでも表情に曇りはなかった。

 悔しさはあり、反省もしたかった。

 しかし、自分の全力を出し切って失敗した時のような清々しい気分だった。

 

「認めるのか、南雲」

 

「はい、正直今でもめっちゃ頭回してるけど、解決策は何も浮かびません」

 

 南雲は頭をかいて諦めた雰囲気で告げた。堀北もそれをみて真面目な表情をやっと崩す。

 

「……約束しますよ、堀北先輩。今回の試験は俺の負けっす。なので、橘先輩から手を引くように指示を出しますよ。時間も時間なんで、口約束になっちゃうけど良いっすか?」

 

「あぁ、お前を信じよう。だから、これ以上信頼を裏切るようなことはもうするな」

 

「ええ、分かりました」

 

 約束は守る、守られる。

 そんな当たり前のことを2人は交わす。

 しかし、

 

 

 ────そんな常識を、南雲は守るつもりがなかった。

 

 

 最後の最後に嘯いていた。初めから信頼を捨てるつもりだった南雲は堀北が思う以上に諦めが悪かった。

 これがブラフなら、このまま策を実行すればいい。そして仮にブラフでなくとも別にどうでもよかった。

 証拠があろうとなかろうと、策が実行されればそれでいい。何せ、この作戦の主導権は既に南雲にない。

 2000万ppは3年Bクラスの石倉にもう渡している。

 南雲は援護をしただけだ。ポイントを渡して、自分に染った手下を猪狩のグループに手配した。だからこそ、橘を引き摺り下ろす策の最終判断、責任は石倉の手にある。

 2000万ppを失うが、南雲へのダメージはそれだけ。生徒会長で学年を支配している南雲からすれば大したダメージではない。

 3年の生徒が何人退学しようが関係なかった。

 

 2人の生徒会長は互いに背を向けた。

 夕食の時間は切りよく終了する。

 

「雅!」

 

 堀北と別れてすぐに、南雲は駆け足で近寄ってくる朝比奈と遭遇した。既に夕食の時間が終わっているため、ギリギリも良い時間だ。

 膝に手を当てて体力の回復をしながらも、朝比奈は頭を上げ、南雲を見る。

 

「どうしたなずな。そんなに慌てて」

 

 南雲は冷静な第一声を上げる。

 南雲は朝比奈に今回の試験の詳細を教えていない。いつものように堀北に仕掛けるとだけ伝えているので、朝比奈が策の詳細を知らないと思っていた。

 だからこそ、

 

「ごめんね、雅。本当はあんたの策に意見するつもりなんてなかったけど、これ以上は見過ごせない」

 

 こちらの策を知っているような口調の朝比奈に戸惑ってしまう。

 

「……何の話だ?」

 

「惚けないで。あんたは今回、堀北先輩との約束を破ってまで橘先輩を退学にしようとしてるんでしょ?」

 

「おい待て、なんでお前がそれを……」

 

「聞いたからだよ。カムクラくんの使者から」

 

 南雲に動揺が走る。

 理解できない現状に表情が取り繕えない。

 動揺が静まれば、情報整理が頭の中を支配する。

 

「その様子、本当なんだね。じゃあ猶の事、今回は口を挟ませてもらうよ。

 ……ねぇ雅、今すぐこの策を中止にして。お願い!」

 

 朝比奈は必死の形相で南雲の両肩を掴む。

 その焦った様子に南雲はやっと現実に戻ってくる。

 

「ま、待て。お前が俺の策を知っていることは分かったが、それがどうして策の中止に繋がる」

 

「……私が雅を止めなければどういう未来が待っているか、私はそれを聞いたの」

 

「何があった、包み隠さずに全て教えてくれ」

 

 南雲は朝比奈の態度が演技ではないと信じ、その話を全て聞いていく。

 ついさっき、カムクラの使者が朝比奈に接触してきたこと。

 その際に今回の試験がどうなるかと、未来予知のように告げられたこと。

 そしてその未来を止めたければ、南雲を裏切るように言われたこと。

 

「その説明に驚いたけど、私は雅を裏切れない。これでも2年間一緒に戦ってきた仲間だからね」

 

 朝比奈の信頼溢れる言葉に、南雲はこれ以上ないほどの満足感を覚える。

 普段なら気分良くなっていただろうが状況が状況。話を続ける。

 

「……これまでの事が全て予想通りなら、この後はどうなる」

 

 大声を出して慌てふためきそうだった南雲だが、表面だけでも冷静さを残す余裕が出来た。

 ゆっくりと、朝比奈の言葉を待つ。

 

「この後は……」

 

 朝比奈は一度渋る。

 そして、目を瞑ってからその続きを吐き出した。

 

 

 

「明日の試験本番までの間に────橘さんを壊す。そして、最終日の試験本番途中でリタイアさせるつもりだって」

 

 

 

 南雲は何を言っているのか理解できなかった。

 橘を壊す。それに何の得がある。改心した橘を壊して、何の意味がある。

 カムクラの真意を見抜けず混乱する。

 

「……雅が橘さんを追い詰めるためにグループメンバーを雅の命令を忠実に守る人たちで固めたでしょ。カムクラくんはそれを逆手に取るつもりだよ」

 

「逆手に取るだと?」

 

「カメラの少ないこの試験、携帯や録音がないこの状況じゃ明確な証拠が出ない。だからこそ、雅は橘先輩に嫌がらせをしていたはずだよね?」

 

 橘が本気で試験に取り組めば無難に突破していまう。だからこそ、道連れの対象になるように嫌がらせを行い、彼女を追い詰めていた。

 

「じゃあ、試験当日に洒落にならない傷とかが出てくればどうする?」

 

「……おいおい、待てよ。それはつまり……」

 

 南雲はやっと橘を壊す意味を理解する。そして、整った表情が歪んでいく。

 それは、あまりに非道な策だったからだ。

 

「橘先輩を壊して、その責任を猪狩先輩たちのグループに押し付けるつもりなのか?」

 

「……それだけじゃないんだよ」

 

「はっ?」

 

「雅の言う通り、明確な証拠を用意した橘さんは絶対にグループのメンバーのせいって言うよ。証拠がある以上、きっと学校側は橘さんの意見を信じる。

 そしたら、責任を被るのは3年生の先輩達。先輩たちは必死に否定するけど被害者の傷っていう証拠がある以上、絶対に誰かが退学になる。それが1人ならまだまし、最悪……」

 

「……全員退学するってか?」

 

「うん。そしてそんなとばっちりを受けたら、先輩たちは絶対に雅の名前を出す。そうすれば、首謀者が確定しちゃう」

 

 その続きは聞くまでもなかった。

 道連れの策を利用するためにたった一人の少女を追い詰めた首謀者。

 それが学校側に知らされれば、その判決は決まっている。

 

 

「────この俺が、退学だと?」

 

 

 その事実に気付けば、南雲の足から力が抜ける。

 千鳥足のようにふらつき、重心が保てない南雲は近くの壁に身体を預けることで何とか姿勢を維持する。

 南雲は放心した顔を覆うように片手で隠す。

 

「……いや、物理的に不可能だ。こんなことできる女子なんて」

 

 橘を壊す、口で言うのは簡単だが、それを実行出来る度胸を持った生徒がいるとは思えなかった。

 猪狩グループに所属するカムクラの手先が交じっていることを南雲は知っていた。

 知っていたが、その生徒は怯えながらも全力で試験に取り組んでいたという報告しか受けていない。

 

「猪狩さんのグループにおける1年生の責任者は1年Cクラスの真鍋志保さん。

 言われた通りに命令をこなす生徒で……弱い人を追い詰めるサディストの一面を持つ生徒だって」

 

「……嘘だ」

 

「うん、私もそう思った。だから、1年生の何人かに確認を取ったよ。

 そしたら今回の試験こそ、大人しくしているけど、普段は良い噂を聞かなかった」

 

 南雲は朝比奈のがっかりとした表情を見て、彼女もまた信じたくないために、必死に情報を集めていたことが分かる。

 しかし、それでこのどうしようもない状況を解決できるわけじゃなかった。

 

「……カムクラくんは橘さんが立ち直ろうが、立ち直らなかろうが、最終的にこの策で彼女を壊して雅の退学を考えていた」

 

「ふざ、けんなッ! そんなことあるか! 全てハッタリだ!!」

 

 顔に当てた手を退かし、南雲は怒りを撒き散らす。

 壁に全力の右ストレートを放ち、子供のように癇癪を起こす。

 しかし、拳に伝わる痛みと流れる血によって少しだけ冷静さを取り戻す。

 

「……クソッ。今やるべきなのは対処だ。反省や責任転換をしている時じゃねえ!」

 

 様々な感情が脳を支配する中、南雲は今やるべきことを見据える。

 仮に、今すぐ橘から手を引けば、被害は殆ど0に抑えられる。

 猪狩達に普通に試験に取り組むように告げて最下位を回避すれば、橘は無事。南雲が追い詰められる可能性は万に一つもなくなる。

 使う予定だった2000万ppも抑えられ、他学年からの信頼も失わずにすむ。

 強いて言うなら、3年Bクラスに協力したにもかかわらず、成果を得れなかったことから何かしらのペナルティを求められるくらいだった。

 体裁は保てる。特別試験の結果によってはある程度のポイントも回収できる。

 堀北には敗北することになるが、それは大したダメージにならない。

 生徒会長としての威厳も残せる。

 しかし、プライドはズタボロにされ、挙句カムクラとの賭けに負け、100万ppが消える。

 南雲はそれを許せない。

 事前に橘を壊させないように今日の夜時間に橘を拘束することを考えるが、それこそ橘を物理的に止めることになってしまう。

 

「そこの男女、もう夕食の時間は終わった。それぞれの共同部屋に戻りなさい」

 

 必死に頭を回していたが、見回りの教師に2人は見つかった。

 まさにゲームオーバーだった。

 だが、南雲は最後の最後まで諦めずに対抗策を練る。

 カムクラの計画をブラフと捉えてこのまま策を実行すれば、全ては南雲の策通りに行く。

 しかし、もしもの事を考える。

 橘が壊されれば、今回の試験で学校側に守られる。そこから同じグループの3年生の大半が責任を問われる。

 虐めは確実に退学の判断が下される。そうすれば、首謀者である南雲の名前は確実に学校に伝わる。

 培った地位は一瞬で泡となるだろう。

 人気者として君臨していた南雲の鍍金は全て剥がれ、裸の王様となるだろう。

 そして、後ろ指を差されながら実力を否定されるに違いない。

 

「クソがァ……」

 

 喉の奥から振り絞ったような声だった。

 整った顔立ちは悔しさで歪み、強く握られた拳がもう一度壁に放たれる。

 しかし、先程のような威力はなかった。

 

「雅……」

 

 朝比奈は何を言えばいいか分からなかった。

 苦楽を共にした自分たちのリーダーの初めて見る表情に何も言えなくなってしまっていた。

 

「……なずな、女子たちに告げてくれ。今回は、手を引くと」

 

 ゆっくりと南雲は声を出した。

 敗因は間違いなく時間が足りなかったこと。

 冷静に考えれば、南雲は対処法の1つは思いつけただろう。

 しかし、そうさせないための一手。

 彼は策略に嵌っていた。

 

 

 

 




堀北学ファンクラブ会員の南雲なら、堀北が橘を傷付けさせないことくらい考えれば分かったでしょうに。
でも、もう女子に連絡する手段がない。トップが1人であるメリットは素早い決断ができることだけど、中途半端な判断じゃ女子の行動に問題が起こるかもしれない。現状じゃ、勝負をするには博打が過ぎちゃうよね。
けど、優秀な南雲なら引く判断をちゃんと出来る。私はそう思います。
でも、ドンマイ。そんなに温くないんだよなぁ。

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