ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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今回の話、櫛田さんへのアンチ・ヘイトがあります。
ご了承ください。


櫛田 桔梗の才能

 

 

 彼と初めて出会ったのは図書館だった。

 あの時は、CクラスとDクラスのいざこざを止めていたのが彼。

 そして今は────私と協力関係を結んでいる男の友人。

 

 私は彼が嫌いだ。

 2回目に会った時、その感情は反吐が出るほど、脳裏に刻み込まれた。

 

 

 

 勉強、私を始めとしてあの堀北よりもできる。

 嫌いだ。

 

 運動、ありとあらゆる種目で結果を残せる。

 嫌いだ。

 

 交友関係、暴力至上主義な頭のおかしい男と一緒にいる。

 嫌いだ。

 

 容貌、髪型が変なだけで綺麗に整っている。

 嫌いだ。

 

 眼、血のように赤い。

 嫌いだ。

 

 

 嫌いだ。

 

 

 私の心の内側を見透かしているような澄まし顔で気味が悪い。

 

 

 私の努力を嘲笑う程の才能を多く持っているから死ねばいい。

 

 

 何でもできるのに受動的で、自分からは動かないのが気に食わない。

 

 

 でも動き出したら誰にも止められないからもっと気に食わない。

 

 

 止めたくても止められない自分の性格。

 1度失敗してもう二度とあの状況に戻りたくないのにまた発作が出る。

 これは癌だ。もはや侵蝕を抑えるだけじゃ止められない。

 根本から取り除かなければ止められない。

 でも人間の身である以上、それは難しい。

 

 だけど、それでも、私は輝きたい。

 

 誰からも認められて、誰にでも頼られて、それでいて誰にも負けない。

 そんな御伽噺のような人間になりたい。

 みんなの「希望」になりたい。

 

 

 だから───誰にも負けない個性が、才能があれば。

 

 

 ねぇ、そんな顔をするぐらいなら私にその才能を分けてよ。

 

 

 あぁ、私は彼が大嫌いだ(うらやましい)

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

「私は櫛田(くしだ) 桔梗(ききょう)!よろしく!」

 

 休日2日目の昼前、私は目の前にいる長髪の男を見ながらそう挨拶する。

 

 彼との出会いは本当に偶然。

 今日は同じクラスの佐倉さんのカメラ(私が壊してしまった)を修理するために、彼女と綾小路を含めた3人でお出掛けする予定である。

 そしてその待ち合わせ場所へと向かってる途中、休憩スペースで休んでいる彼を見つけた。

 

 正直言うとラッキー。この機会に彼との距離感を縮めてしまおう。

 

 彼、カムクライズルはミステリアスな人だ。

 なにせ彼に関する多くの噂は、彼があまり人と話さず否定される機会がないためか、かなり独り歩きしている。

 

 例えば、Cクラスの暴君である龍園くんの親友、または唯一認められている男とか。

 ポテンシャルは非常に高く、何をやらせても完璧に出来てしまうとか。

 あの生徒会長と対等に話していたとか。

 南雲副会長を歯牙にもかけなかったとか。

 既に2人の美少女に手を出してるとか。

 あとは1年の女子達の一部に彼と龍園くん推し?のファンクラブがあるとかないとか。

 

 まぁ要するに一言で纏めると、彼は得体が知れないけど凄い人なのだ。

 言うなればCクラス版の高円寺くんだ!

 

 私は、そんな彼と今から『友達』になる。

 

 情報は力、交友は力、そして「信頼」こそが私が築ける力の中で唯一負けない力。

 この力を扱うための第1歩が友達になること。

 それを高めるためならこんな見た目が気持ち悪い奴……じゃなくて個性的な人でも友達にならなきゃいけない。

 

 今はちょうど例の暴力事件が起こっている最中。なので話の入り方は簡単だ。

 さて、ちゃっちゃと終わらせて根暗共……綾小路くんと佐倉さんと合流しよう!

 

 

「手短にお願いしますよ」

 

 感情の篭ってない声音に、全く変わらない表情は少し怖い。

 私と目が合っても無表情。

 さすがは綾小路以上の根暗なだけあるわ。

 

「うん、分かったよ!あっ、という事はこの後予定があるのかな?」

 

 手短にしたいのはこっちだよ、と言いたいのを我慢して彼に軽く尋ねてみる。

 根暗は嫌いだ。基本的にネガティブだし、不潔感あるし、なにより自分への努力が足りていない。

 私は誰と話す時にも神経すり減らして話すのだから、話される方ももう少し努力をして欲しいという前々から思っている悩みがある。

 そして、その悩みを持ってくる奴に根暗は多い。だから嫌いだ。

 

 全身から申し訳ないという雰囲気を醸し出して、彼のご機嫌を取る。

 

「ええ」

 

「そっか!ちなみに何があるの?」

 

 無表情。わざわざ胸を強調してやってんだから、少しくらい嬉しそうにしろよと思ってしまう。

 まぁ、Dクラスの三馬鹿のような気持ち悪い反応されても困るけどさ。

 

 今度は少し踏み込み、かつ気になるなぁ〜という雰囲気を。

 可愛らしい笑顔を見せながら、首を傾げる。

 男の多くはこういうあざとい仕草が好きだ。

 初めの頃は作ってるとか演技っぽいとか言われたけど、今の私がやれば全くそうは見えない。

 

「数分後にクラスメイトと合流するだけです。それより、あなたはDクラスの生徒でしたね。聞きたい事とは暴力事件の事ですか?」

 

 そう丁寧に受け答えしてくれた彼に、私は意外だと内心で驚く。

 正直、別にとか、あなたには関係ないですとかで返してくると思っていたし、最悪無視して話を続けられるとも考えていた。

 それにキモ男特有の会話における気持ち悪いインターバルや吃りもないし、ちゃんと相手の目を見て話してくれる所も意外だ。

 

 そしてこちらの意図を汲んでくれるのもポイント高い。

 おめでとうカムクラくん!あなたはDクラスの三馬鹿よりもマシになりました!

 

「正解だよ……というか、よく私のクラス分かったね!」

 

「あなたの事は図書館で1度見ていますから」

 

 へぇ〜、他人なんかどうでもいいって感じの雰囲気のわりには、ちゃんと周りは見えてるのね。

 

「覚えててくれたんだね!あの時カムクラくんは堀北(ほりきた)さんと話してたから、私なんかの事覚えてないと思ったよ!」

 

 うん、ムカつく。何がムカつくって「堀北」って名前を会話に持ち出さなければならないのが本当にムカつく。

 

「…………あなたの方が印象に残りましたので」

 

 なに、今の間。もしかして気を遣ってくれた感じなのかな?

 普段ならそういう気遣いは余計なお世話だけど、比較対象が堀北さんだから許してあげよう!

 

 私は少しだけ優越感を感じたことで、今日1番の満面の笑みを浮かべて彼との会話を続ける。

 

「嘘だ〜!あの場所には一之瀬さんだっていたんだよ〜。男の子なら可愛い子の方に目が行っちゃうものだし、気を遣わなくてもいいよ〜」

 

「気は遣ってませんよ。人によって記憶の定着具合は変わります。髪の長さや色、容姿、身長、行動などの好みに当てはまれば、記憶に定着しやすい」

 

 まだ続くだろう彼の言葉に、私は相槌を打つ。

 

「例えばあの時の場合なら、あなたは何もしてないように見えて、素早く一之瀬さんに声を掛けることで堀北さんにきっかけを与え、橋渡し役として会話を円滑に進めた。ああいった行動は一朝一夕では出来ませんから、それ相応の努力をしたのでしょう?だから印象に残っています」

 

 ……見た目のわりにすごく聞き取りやすい調子で話してくれるから、聞いていて楽だし、ストレスが溜まらない。

 

 結構良い気分、私の求めていた優越感がさらに貰えた上に、褒め方も上手い。

 ストレートに容姿を沢山褒められるのも嬉しいけど、見えない努力に気付いて、それを賞賛してくれる方が、承認欲求が満たされてやっぱり嬉しい。

 

 こいつの感情のない声もよくよく聞いてみると、意外に聴きやすくて……あぁ、なんて言うんだっけこういう効果。

 1つの所に好意を持つと他の所も良く見えちゃうアレ…………思い出せないからいいや。

 

「……そう言って貰えると嬉しいよ!」

 

「……申し訳ありませんが本題に入りましょうか。そろそろ時間もないので」

 

「あっ、ゴメンね。カムクラくんとの会話が楽しくてさ!」

 

 相対する彼の表情はやはり動かない。

 うーん、表情筋死んでんじゃないのコイツ。

 

 すると彼は少しだけ目を逸らし、手の上に顎を乗せ、いかにも考えてますよというポーズをする。

 

「……どうしたの?もしかして私、なにか悪い事をしちゃった?」

 

「……別に何もしてませんよ。ただ今日のあなたは不運だなと思っただけで」

 

「そんなことないよ!だって今日はカムクラくんに会えたんだよ!」

 

 指と指を合わせ、身体を少し揺らしながら顔を近付ける。

 加えて嬉しそうに笑うことで本当に楽しいという雰囲気をこの場に満たす。

 まぁ、実際コイツとの会話で気分良くなったから、私的気持ち悪いランキングからは外れたからねぇ〜。

 不運って訳じゃない。幸運って訳でもないけどさ。

 

 さて、後はコイツの連絡先をゲットしてさっさと根暗共……綾小路くんと佐倉さんの所に行かないと!

 

 

「それが不幸なんですよ」

 

「そんなこと───」

 

「───なぜならあなたは、僕の気まぐれで精神が崩されるのですから」

 

「ッ!?」

 

 そう彼が言い終える寸前、赤の眼差しが鋭く射抜いてきた。

 脈絡のない彼の豹変に戸惑ってしまい、裏返った声が出てしまう。

 

 怖い。

 一昨日の須藤と高円寺から感じた男同士の暴力による一触即発の時の怖さとはまた違う何か。

 嫌悪感とか憎しみとか、そういうのから来るものでもない。

 

 これはただただ純粋な何かだ。

 けれど正確に言うなら、複数の感情をかき混ぜた後に纏めてるように見せてる何か。

 

「…………言い忘れてましたが、僕は暴力事件に関わっていません。あなたの期待に応えられる情報を僕は渡せませんよ」

 

「え、う、うん!なら……しょうがないかな〜」

 

 赤い瞳の強さは変わらないまま、私の事を捉えている。

 たった数十秒の出来事なのに、何故か崖っぷちに追い詰められたような焦燥感に駆られてしまう。

 

 何なのこいつ。

 何でこんな雰囲気が急に変わるの。

 何もかもグチャグチャにして混ぜ合わせたようなこの雰囲気。

 まるで───絶望みたい。

 

 濃く赤い双眸と視線が絡んだ瞬間、こちらの「中」を読まれた気がした。

 私の「裏」を。本当の「心」を。

 

「……くだらない」

 

「え?」

 

 彼のボソリと零した一言はしっかりと聞こえた。

 くだらない、と。

 

 私は頭の中が真っ白になった後、言い様もない怒りが込み上げてくるのを感じた。

 何がくだらないだ。先程の気遣いも、今の言葉でマイナスだ。

 

 今の私は冷静ではない上に、突如変わった彼の言葉では言い表せない雰囲気によって、仕草や声色の調整に手が回らなくなっていた。

 それでも何とか、態度と表情は調整する。

 これ以上ボロを出してはならないと、本能が脳に訴え掛けてくる。

 

「…………急にどうしたのカムクラくん?やっぱり私何か───」

 

「───『仮面』、外れかけていますよ」

 

 息が喉で逆巻いた。

 冷や汗が背中を撫でるように流れていく。

 

 戯言だ。キモ男特有の厨二病が抜けてない出任せだ。

 

 あの雰囲気に力が増す。いや、グチャグチャだから増すという表現が正しいのかも分からない。

 過呼吸になりかけるが、私は自分を騙し、不穏を悟らせないように彼から視線を外さず、笑顔を絶やさないようにする。

 

 意地でも理想の自分に成り切って、この場をやり過ごそうとする。

 

 だが次の言葉が耳に届いた時には、そんな余裕はなくなった。

 

 

「『本当にどうしちゃったの』、なんて言わないでくださいよ。このままではあなたがツマラナイ存在になってしまいそうです」

 

 次の言葉を読まれた。

 

 一言一句一緒だ。先に言われた。

 なんで?どうして?

 私のコミュニケーション能力は完璧だった。付け入る隙もなかったはずだ。

 少し会話しただけなのに、どうして私の思っていることをこいつは知れた。

 いや、ハッタリだ。適当に言ってるだけの電波野郎だ。

 

 本当にそうなのか?

 いや、まず落ち着こう。

 こいつはムカつくが優秀な奴だ。それならば、私の理解の外にある推測が出来るはずだ。動揺してはいけない。

 

 落ち着いて、言葉を繋いで元に戻す。

 守りに徹する、そうすれば動揺は消える。

 

「……『みんなにチヤホヤされたい』、こんな感じですかね。あなたが“その才能”を使う理由は」

 

 私が言葉を繋ぐ前に放たれたコトダマは、私の「仮面」を貫く。

 まさしく、私の心はダンガンに撃ち抜かれたようにロンパされた。

 

 不十分であり、直観的とも言える状況からの推測だけでだ。

 別にここまで動揺することでもなかったはずなのに、突っかかることもなく聞き流せば良かっただけなのに。

 なのに、何故かこいつの言葉には重みがあって、認めてしまった。

 

 認めた時には、あの言い様もない恐ろしい雰囲気も消えていた。

 ようやく、少しずつ冷静さを取り戻せる気がしてきた。

 

「………………何なのよ……あんた。何で……急に」

 

 もう自分を繕う余裕がない。本来の目的の事なんて忘失している。

 ここが休日のショッピングモールだってことも、多くの通行人がいるってこともどうでも良くなるくらいに、私は焦っている。

 

「何で?ああ……僕があなたのそれ(・・)を分析したくなったからです」

 

 それ?……コミュニケーション能力、いや私の「仮面」のことか。

 なに、その自分勝手でふざけた理由。

 そんなんで私は、今こんな惨めな姿を晒されてるのか。

 

「劣化版とはいえ“同じ才能”を持っていてもやはり使う人間によって変わるものなんですね。なかなか楽しい暇潰しでしたよ」

 

「……同じ才能?」

 

「『詐欺師』の才能です」

 

 

 ─────こいつは何を言っている。

 

 

 同じ才能を持っているからと聞いて、私と似た境遇の人間なのかと一瞬思って、どこか安堵した。

 なのに蓋を開けてみればなんだ、よりにもよって詐欺師?

 私のこの力が、「信頼」を掴める力が、詐欺師の才能によって齎されたとでもいうのか。

 

「普通、詐欺師の才能は自分とは違う誰かに成り代わる。そして他者を騙す。1度騙せば人生をリセットでもしない限り、引き返せなくなります。これはあなたも一緒です」

 

 ……うるさい。よく知らない他人のくせに、私の領域に踏み込むな。

 

「しかし、あなたは自分を見失っていない。何度も騙すことで自分が自分でなくなり、理想の誰かになる事でしか自分の価値を見い出せなくなる詐欺師の才能を使ってるのにだ」

 

 バカにするのもいい加減にしろ。

 

 それは、私のこの才能が、そんなくだらないものじゃないからだ。

 理想の誰かになるのは……そんな訳の分からないことじゃない。

 

 誰だって憧れる誰かになりたいと1度は思った事があるはずだ。

 顔や仕草の可愛いアイドルや演技の上手い芸能人、身近にいる自分より凄い才能を持つ人。

 そのような存在に、自身を投影した事があるはずだ。

 そうする事で現実のストレスや苦悩から目を逸らすように逃避したり、抑えられない自分の欲求を満たそうとした事があるはずだ。

 

 私は誰にでも求められる理想の私を造って、本来の私の欲求を満たしているだけだ。

 それだけだ。

 

 だから私のこれは…………私のために……そんなものじゃない…………そんなんものじゃ────

 

 

『桔梗ちゃんの事、信じていたのに』

『櫛田さんってクラスメイトの事そんな風に思っていたんだ』

『オレらへの態度って全部嘘だったのかよ』

『最低……こういう奴が将来人を騙して嗤ってそう』

『櫛田、本当なのか?先生に本当の事を話すんだ……先生ならばお前の悩みを受け止められるはずだ。但し───』

 

 

「ふーん、これはもしかしたらオモシロイ掘り出しものをしたかも知れませんね」

 

 座っている男の前で、私は頭を垂れるように、首を差しだすように背筋を曲げながら立っている。

 少しでも脚の力を抜けば倒れてしまいそうだ。

 

 こいつが何かを言っているのは分かる。

 でも耳が、聴覚がこの男の声を拒絶する。

 聞きたくない。早くどこかに行ってくれ。

 

 これ以上こいつの言葉を聞いたら、私のすべてが根底から覆される気がしてならない。

 だからもう消えてくれ。

 

 

「……また会いましょう」

 

 

 私の悲痛な願いが神様に届いたのか、その言葉とともに彼は立ち上がり、ガサガサとビニール袋が擦れる音をさせながら、私の横を通り過ぎていった。

 

 

 私はそんな、他人の人生を玩具にするような人間の持つ才能は持っていない。

 私はただ自分の欲に従って、理想の自分になりたくて、自分の出来ることをやっているだけだ。

 

 ほら、今の私は「やり直し」がほぼ成功している。それも堀北さえ消せば、完璧なものになる。

 

「やり直し」は別に悪い事ではない。

 結果的に周りを騙していることになるが、詐欺師のように何かを掠め取る真似なんてしてない。

 陥れる時はやり返す時だけだ。能動的に人を騙す詐欺師とは違う。

 

 

「……櫛田?」

 

 

 カムクライズルとどこか似て感情が乗っていない声のする方へと、私はゆっくりと体を動かす。

 拒絶反応は起きない。なぜなら聞き覚えがあったからだ。

 

 地味目でいつも堀北と一緒にいる男の声。

 あぁ、そっか。そう言えば今日はこいつと会うことになっていたんだ。

 

「……お前、なんでその『顔』を」

 

 私は彼を見て、どこか安堵した。

 本当は嫌いな人間だけど、今回ばかりは彼で良かった。

 この顔を見られても何とかなる人物で良かった。

 

 

 切り替えよう。私は私の出来ることをやるんだ。

 友達(わたし)のためにこの才能を生かすんだ。そして信頼(うそ)を得るんだ。

 

 

 これはそんな才能じゃない。

 

 彼奴だって言ってたじゃないか、使う人によって変わるものだと。

 

 

「……綾小路……くん。集合の時間に遅れちゃってゴメンね」

 

「いや、まだ時間ではないぞ。それよりも櫛田……大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫。早くいこう、大丈夫だから」

 

 

 嗚呼、今の櫛田 桔梗(りそうのわたし)はいつものように笑えているだろうか。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「相変わらず何もない部屋」

 

 僕の部屋に入って開口一番、もはや伝統芸とも言える彼女のトゲトゲした言葉が何も無い部屋に突き刺さる。

 

 複数の生徒との邂逅がありましたが、帰り道では特に何もなく、やっとの事で草餅を作ることができる。

 

 買ってきた物を整理し、必要なものだけを調理場に置く。

 

「あんた、夜ご飯にカレー作る気?」

 

「ええ」

 

「よくもまぁ、1人でそんな手間かかるものを作る気になるな」

 

「そういう気分だったんで」

 

「ふーん」

 

 仕分けを手伝ってくれる伊吹さんは、どこか興味ありそうな態度だ。

 声も少し上擦っていて、まるで「待て!」と言われた後に、次の言葉を待機している愛玩動物のようだ。

 

「……食べたいんですか?」

 

「!? べ、別に食べたくないわよ」

 

「ふーん、そうですか」

 

「……ま、待って!あんたがどうしてもって言うなら────ちょっと最後まで聞きなさいよ!」

 

 彼女のつんでれには飽きているので、無視をして次の作業に入る。

 僕は普段使っているエプロンを付ける。

 それに気付いた伊吹さんも持ってきたエプロンを付ける。

 

「黒いエプロン……想像通りね」

 

「あなたはその色が好きなんですね」

 

「……別にそういう訳じゃない」

 

 水色の可愛らしいエプロンを付けた彼女はいつものように目を逸らす。

 彼女も学習しませんね。

 僕にそういう嘘が通用しない事くらい、そろそろ気付くべきです。

 

「冗談に近く、軽い嘘ならば目を逸らす」

 

 僕は新品のボールや鍋を洗いながら、彼女の顔を見てそう言う。

 怪訝そうな顔でこちらを見てくる彼女の頭には、はてなマークが浮かんでいる。

 

「信じ込ませたい嘘は相手の目を見て話す」

 

「何言ってんの?」

 

「あなたが嘘をつく際、無意識に表れる癖ですよ」

 

「え?そうなの?」

 

 彼女は目を見開き、意外そうな表情を浮かべる。

 

「この学校に来てからはあなたと1番長くいましたからね。分析する時間は腐るほどありました」

 

「へぇー、そんなの意識してなかったけど、思い返してみれば確かにそういう傾向があるかも」

 

 彼女は左手を腰に、右手の人差し指で自分の頭に触れてそれっぽいポーズをしている。

 何か意味があるのでしょうか。

 

「あなたは良くも悪くもわかりやすいんですから、騙し合いをすることがあれば気をつけた方が良いですよ」

 

「そんな騙し合いなんて、日常生活でほとんどないわよ」

 

「まぁ、頭の片隅にでも入れておいてください。くだらないと思うなら、占い感覚で覚えといてください。それが役立つ機会はきっと来ますから」

 

 こういう何となく浮かべる微笑を普段からしていれば、椎名さん以外の友達が出来そうですね。

 いつものごとく、本人には言いませんが。

 

「……なぁ、あんた『占い』ってできる?」

 

 僕がそんな事を考えていると、彼女は意外にもその言葉に引っ掛かったのか追求してくる。

 今のは冗談で言っただけですが、勿論、超高校級の占い師の才能も持っています。

 

「出来ますよ。百発百中ではありませんが」

 

「……聞いといて何だけど……いやもういいや……なぁ、どうやって占いすんの?」

 

 このやり取りに飽きた彼女はもう問い詰めるのも面倒なようだ。

 それでいて彼女にしては珍しくどこかテンションが高い。

 そういう話が好きなのは申し訳ないが似合わない。

 

「……聞きたいのですか?占いを好む人間はネタばらしを好まない傾向があるのですが」

 

「ああ、大丈夫。そういうの私気にしないから」

 

 すぐに使うボウルは水滴を拭き終え、鍋は反対にして水滴を落とす。

 

「……基本的に、占いは“コールドリーディング”の応用です。会話の中で相手の言いたい事を見極め、それを伝えることであたかも未来を予測したかのように振る舞います」

 

「まぁ、そうよね。水晶覗いてあーだこーだ言っても胡散臭いだけだし」

 

「水晶玉占いは良くて5割ほどの精度しか出ませんからね」

 

「5割出れば十分でしょ。………………え?出来んの?水晶のやつ?」

 

「えぇ、詳しく言うつもりはありませんが」

 

 食って掛からないで唖然としている所を見ると、彼女は本当に占いに興味があるようだ。

 

「じゃあさ、タロットとかそんなのも出来んの?」

 

「あれはパターンを全て覚えれば良いだけですよ」

 

「と言うと?」

 

「タロットカードは一般的に大アルカナ22枚と小アルカナ56枚の計78枚で構成されています。そこからさらに正位置、逆位置の2通りに分かれ、最終的に結果は156通りになります」

 

 人によっては正位置、逆位置を取らない人もいるらしいですが、それはただ単純に覚えられないか、覚えられても使いこなせないから減らしているだけでしょう。

 

「この結果を踏まえた上で、占う相手の視線の動きや癖、コールドリーディングなどから望む言葉を推測し、伝える言葉を作ります。その時に嘘と真実を上手く練り込むとより一層真実味が増します。これがタロット占いの概要です」

 

 ちなみにこのコールドリーディングと超分析力を併用すれば、限りなく100%に近い確率で人間の心理が分かる。

 

 今日の櫛田 桔梗の時もそうだ。

 多少の予備知識はあったが、実質情報なしで彼女の「裏」を簡単に導き出せた。

 たとえ、息を吐くように嘘をついたところで、僕の超分析力はその嘘を見破れる。

 彼女が初めから「嘘つき」であるのは分かっていた。

 だから彼女が言われたい言葉を選んだ。

 

 堀北さん、という言葉を彼女は僅かに嫌悪を含む言い方で僕に告げた。

 僕はその堀北さんと比較するように、彼女の方が上の存在だという言葉を仄めかした。

 その後の反応次第で彼女がどんなタイプの悪感情を堀北さんに持っているかをコールドリーディングで確かめた。

 

 そして、その後の彼女の反応は清々しいくらいに良かった。

 ここから彼女は、他人よりも凄い自分を認めて欲しいという欲求が強めな人間だと推測できた。

 

 彼女は承認欲求の塊だった。

 承認欲求が強い者は人間らしく、どこか美しさも感じさせますが、非常に規則的だ。

 周囲を騙すような事をしてでも、いや彼女の場合は自分を騙すですか。

 自分を騙し、実質的に相手を騙す事で欲しかった言葉。

 そんなものは尊敬と羨望の言葉でしかない。

 

 だがそれでも、彼女は自分を見失っていない。

 それはおそらく────いや、もうここらでこの分析は打ち止めましょうか。

 折角草餅を作るんです。他人の分析よりも、自分の好みの分析に時間を回しましょう。

 

 ちなみに超高校級の絶望を使ったのはちょっとした気まぐれです。

 個人的に気になった彼女の詐欺師の才能を分析するために、まずは動揺させ、冷静さを失わせて丸裸にしようと考えた。

 そのために先端だけ見せつけ、彼女より先に適当に言葉を繋いだ。

 まぁ早い話、1番手っ取り早い手段だから使っただけです。

 

 

「……なるほどね。つまり156通りある結果の中から出た1通りを、占う相手に合わせて言葉を変え、真実っぽく思わせるって訳か」

 

 腕を組みながら沈黙していた伊吹さんが、僕の言った事を上手く要約してくれた。

 

「占い師も大変なんだなぁ…………ていうか、それを全部覚えているって昔のあんたは何してたのよ」

 

「……まぁ暇でしたからね」

 

 頭の中にデータとして直接叩き込まれたから、なんて言えるわけないので適当にはぐらかす。

 しかし、これではかつて友達が全くいなかった可哀想な高校生が出来上がってしまいます。

 

「別にあんたの過去を詮索する気はないからそんなマジ声出さなくていいよ」

 

 ふっ、と薄く笑う。

 クールな彼女らしい笑い方だ。

 しかし助かりましたね。彼女が深く踏み込まない性格で良かったです。

 

「あっ、でも中学生の時のあんたもそんな髪長かったの?」

 

「さぁ、切った覚えがありませんね」

 

 整えた事はあっても、バッサリと切ったことはない。

 今まで1度も切ったことがないというのはそれはそれでホラーだ。

 

 全ての準備が終わり、僕の手元によもぎ粉と道明寺粉が渡る。

 

 

「ではそろそろ始めますよ」

 

「ああ、分かった」

 

 

 

 数時間に渡り、季節外れの餅作りを楽しんだ!

 

 

 伊吹 澪との親密度が上がった!!!

 

 

 




私は櫛田さんかなり好きですよ!
でもカムクラと会ったら仮面とか一瞬でバッキバッキになるとしか思えなくて……。

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