ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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クラス内投票

 

 

 

 翌日3月2日火曜日、朝のホームルーム。

 チャイムが鳴って程なくして、坂上先生がやって来る。

 1年最後の特別試験は3月8日。その開始まではまだ日がある。

 だが、教壇に立った坂上先生はいつになく険しい表情を浮かべていた。ピリピリとした空気を放ち、それが生徒達にも伝染していく。

 

「先生、何かあったんっすか?」

 

 異様な雰囲気を感じとった石崎くんが率先して問いを投げる。

 すぐに答えず、沈黙を続ける坂上先生。

 まるでその先を続けたくないと言わんばかりに、表情は強張っていた。

 

「君たちに伝えなければならないことがあります」

 

 重苦しかった口がついに開かれる。

 今までにない異様な事態、生徒たちがそう理解することに時間はかからなかった。

 

「以前お伝えした通り、1年度における最後の特別試験は3月8日に行われます。この試験を終えることで、君たちは2年生へと進級する。通例の話です」

 

 坂上先生は背を向け、黒ペンを手に取ってホワイトボードに手を伸ばす。

 

「しかし、今年は去年まで少しだけ状況が違います。それは、退学者の有無。今年度の1学年は学年末試験を終えても退学者を1人も出していない。

 この段階まで進み、退学者を1人も出していないことは、学校の歴史上一度もありませんでした」

「……あの先生、それって何か悪い事なのでしょうか? 今年度の1年生が優秀ってことですよね?」

 

 重たい口運びと内容がマッチしないため、園田くんが割り込むように質問する。

 普段ならば、質問は最後にするように注意する坂上先生だが、そんな素振りすら見せずに粛々と返答する。

 

「はい。学校側も君たちが優秀だと認めています。しかし、それでも『予定と異なる』という点では、問題を孕んでいると言わざるを得ません」

「退学者が出ないことに学校側は困っているのですか?」

 

 椎名さんは奇妙な言い回しに違和感を覚えたのか、珍しくHRで発言する。

 

「そんなことはありません。しかし、時には私たち教職の予測を超えた事態になることもあります」

 

 喜ばしい話なのに、坂上先生の口調は未だ重い。

 そして、そのままの口調で続けた。

 

「学校側は君たち1年生から退学者が出ていないことを考慮し────」

 

 一度、坂上先生は言葉を止める。

 喉の奥に下がりそうな言葉、それを絞り出す。

 

「その『特例措置』として、追加の特別試験を今日より急遽行うこととなりました」

 

 坂上先生はホワイトボードに今日の日付と追加特別試験という文字を記していく。

 クラス中から悲鳴にも似た声がいくつもあがっていく。

 驚愕と困惑が飛び交う中で、坂上先生は努めて冷静に言葉を続けていく。

 

「この追加特別試験をクリアできた者だけが、3月8日の特別試験に進むことができます」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、坂上先生。色々と納得がいきません。そもそも、誰も退学者が出なかったから特別試験を追加でやるなんておかしいですよ!!」

 

 時任くんが慌てて意見を口にする。

 彼の意見は何も間違っていない。今までの特別試験は生徒にとって退学と背中合わせのものばかり。肉体、知能のどちらに比重がある試験でも精神的疲労が大きく、過酷なものだった。

 そんな試験が急遽追加となれば、理不尽と言わざるを得ない。

 

「君たちの不満は当然でしょう。予定になかった特別試験の実施……過去と比べて1つでも多くなってしまうことが、生徒達の負担になることは避けられない。その事実は私や他の先生方も重く受け止めています」

 

 先生方も重く受け止めている。だが、学校側あるいは学校に指示する政府側はそう考えていない。そう捉えることもできる。

 もし予め想定していた流れならば、教師が焦るようなことはないため、今回の特別試験にきな臭さを感じた。

 

「特別試験の内容は極めてシンプル。退学率も3%と高くはありません」

 

 退学率3%未満。そう聞く分には確かに低く聞こえるが、わざわざ退学率を事前に伝える辺り、ただの筆記試験や運動能力テストが行われるようには思えない。

 

「追加特別試験は知力や体力などとは一切無縁です。何かの能力を問われるのかと不安を感じる者もいるでしょうが、そこは心配しないでください」

「くどいな、坂上。特別試験なんて言うくらいだから、それなりのリスクが控えてんのはこっちもとっくに分かっている。さっさと試験内容を説明して、リスクに対するプラスを教えろ」

 

 長引く説明に不満を感じた龍園くんが先に進めるように促す。

 異様な特別試験と知り、クラス中が身構える中、彼だけは全く怯まない。その普段通りの態度に坂上先生は一瞬微笑んだ後、説明を再開した。

 

「特別試験の名称は『クラス内投票』。あなたたちは今日から4日間、クラスメイトに対して評価をしてもらいます。そして称賛に値すると思った生徒に3名、批判に値すると思った生徒に3名を選択し、3月6日土曜日の試験当日に投票してもらいます」

 

 本来休みの土曜日に試験をやる辺り、緊急性が垣間見える。しかし、試験自体は生徒同士が互いを評価するだけのもの。

 単純に考えれば、園田くんや矢島さんのような人気者は称賛票を集めて上位に食い込む。反対にクラスに迷惑をかけたことのある僕や龍園くん、真鍋さんなどは批判票を集めて下位に沈む。

 このように優劣もつきやすいので、ここまでの説明ならば簡単な試験に感じる。

 

「追加特別試験はこの称賛票と批判票の数によって、報酬を受ける者を決定します。最も称賛票を集めた生徒は特別報酬として『プロテクトポイント』と呼ばれる新制度、その得点を1つ与えます」

 

 新制度のポイント。クラスメイトは誰もが興味を抱き、次の発言を聞き逃さないように耳を澄ませる。

 

「プロテクトポイントとは、万が一退学を受けたとしても無効にする権利です。このポイントを持っていれば、持っている分だけ退学を無効にできます。ただし、他人には譲渡できません」

「つまり、実質2000万ポイントと同価値のポイントってことか」

 

 龍園くんは新しいポイント制度の価値を即座に理解すると、獰猛な笑みを零す。

 プライベートポイントに重きを置く龍園くんからすれば、新しいポイント制度は場合によっては戦略が広がる可能性がある。新しい戦略が取れる可能性、彼は心躍っているに違いない。

 

「そういう事です。まぁ、君のように退学を恐れない生徒からすれば然程価値はないかもしれませんがね」

「クク、違いねぇ。で、こんな豪華な報酬の代わりに、下位にはどんな罰が与えられるんだ?」

 

 報酬が大きければ、当然ペナルティも大きい。豪華すぎるプロテクトポイントの代償に、皆が注目する。

 

「今回のペナルティの対象は批判票を最も多く獲得した1人だけ。そもそも追加特別試験は『退学者の不在』を解消するための試験であり、その課題は首位と最下位を1人ずつ選出することです。つまり、最下位になった生徒には……この学校を退学してもらいます」

 

 生徒一人一人をゆっくりと見ていく坂上先生の瞳には同情が映る。

 今回の試験は退学者が出ないことに業を煮やした学校側の独裁、そう感じ取れる。超分析力にもその同情に嘘が映らないため、実に理不尽極まりない。

 

「クラスメイトが退学した際、混合試験の時のようにクラスへ影響を受けるペナルティはあるのか?」

「安心してください。今回は退学者を出してもクラスへのペナルティはありません」

 

 龍園くんは組んでいた腕を解き、満足気に頬杖をつく。どうやら、彼はこの試験の進め方を既に理解したようだ。

 

「理不尽なことだと教師である私も思います。しかし、それが決まった以上抗うことはできません。ルールに従って、特別試験に臨むほかありません」

 

 教師も賛同できない異質な特別試験。今までは、個人個人の退学になる確率に差はあれど、退学を免れる術は等しくあった。

 しかし、今回は誰かが必ず犠牲になる。

 だからこその報酬、プロテクトポイント。これでもリスクは釣り合っていないだろうに。

 

「ルールの続きを説明させてもらいます。クラス内での称賛、および批判の対象になった上位三名の生徒の投票は試験終了と共に全て公開されます。投票方法は匿名方式。その他の票は永遠に公表されることはありません」

 

 称賛票はともかく、批判票は争いの火種になりかねない以上、妥当な処置です。

 

「また、称賛の1票と批判の1票は互いに干渉します。仮に10人から批判票を集めようとも、30人から称賛票を得れば、差し引き20票のプラスです。それと、どちらの票も自分には入れることができず、同一人物に複数回記入することも出来ません」

「無記入や止むを得ない棄権はどうするのですか?」

 

 今度は金田くんが質問する。

 

「認めません。両票必ず3名全て記入してもらいます。如何なる理由があっても投票は行ってもらいます」

「なるほど。しかし先生、もし40人がルール通り投票して、最終的な投票結果が全員0人だった場合は退学者は出ないという事ですか?」

 

 偶然にしろ故意にしろ全員が0票ならば、退学になる生徒もプロテクトポイントも得る生徒もいない。

 だが、試験自体は簡単にクリアできる。金田くんはそんな攻略法を思いついたのだろう。

 

「それは認められません。投票結果で全員が0票になった場合は再投票を行ってもらいます。つまり、退学者が出るまで試験は延々と繰り返されます」

 

 活路を見出した生徒に対して、坂上先生は断言する。

 逃げ道はない、受け入れろ。無理難題が生徒たちの前に立ち塞がる。

 

「……そうですか。では、最下位が2名になった場合はどちらも退学ですか?」

「いいえ、追加特別試験の課題は首位と最下位を1人ずつ選出すること。最下位が2人の場合、決選投票を行ってもらいます。それでも優劣がつかない場合、学校が用意した特殊な方法で優劣を決めます」

 

 特殊な方法の優劣は現段階では説明されない。

 そこまで行く確率は限りなく低いだろうが、実際に行った際に説明されるのだろう。

 

「しかし、決選投票に行く可能性は限りなく0に近いです。なぜなら、今回の試験はクラス外の生徒へ投票も行ってもらうからです」

「クラス外、ですか」

「君たちには自分の所属するクラス以外の3クラスから1名、称賛に値すると判断した生徒を選出し投票してもらいます。当然それも称賛の1票としてカウントされるので、批判票を打ち消すことができます」

 

 イレギュラーな、宙に浮いた120票があるわけですか。

 これなら、決選投票が限りなく0に近い理由も納得する。そしてこれで、試験の全貌が明らかになった。

 

 

 〈追加特別試験・クラス内投票〉

 

 ・試験内容

 賞賛票、批判票が各自3票与えられ、クラス内で投票し結果を求める試験。

 

 ルール1

 賞賛票と批判票は互いに干渉する。賞賛票−批判票=結果。

 

 ルール2

 どちらの票も自分には投票できない。

 

 ルール3

 同一人物の複数回記入、無記入、棄権などの行為は一切不可。

 

 ルール4

 首位と最下位が決まるまで試験は延々と繰り返される。

 

 ルール5

 他クラスの生徒に投じるための票も各自1票持っており、記入は強制。

 

 ・報酬とペナルティ

 首位はプロテクトポイントが与えられ、最下位は退学する。

 

 

 以上が、試験内容だ。

 簡単な試験であることは間違いないが、確実に1人が退学する試験。一般的な感性に則って考えれば、残酷な試験という感想が浮かぶ。

 しかし、この試験には抜け道がある。僕は暗い雰囲気を無視して坂上先生に質問する。

 

「先生、退学をポイントで打ち消すには2000万プライベートポイントを使用することだけですか?」

「はい、その通りです。それこそ唯一、この試験を誰一人欠けることなく乗り越える手段です」

 

 理不尽を乗り越えてこその実力。

 これまで培ってきた“能力”“資金力”“チーム力”などを好きに発揮して攻略してみろという訳ですか。

 

「以上で追加特別試験の説明を終了します。何か質問がある人は?」

 

 手を上げる人物はいなかった。

 説明に不備はない。プライベートポイントを使う以外に抜け道は存在しない。絶対に一人を退学させる試験ということは全員が既に理解している。

 坂上先生は重い足取りで教室を立ち去った。

 これで教師が笑っていれば、多少は愚痴でストレス発散できたかもしれないが、教師ですら予想外の事態。溜まった鬱憤は誰も晴らせない。

 

「理不尽な試験ね、本当に。退学者が出てないってだけで、こんな試験を持ってくるなんて」

 

 伊吹さんは落ち着いており、普段通りの口調で僕に言う。

 教師が姿を消して生徒達が不安に駆られていた中でも、彼女は取り乱していなかった。

 

「今回の試験、流石のあんたも笑えないんじゃないの?」

「僕が試験で笑ったことがありましたか?」

「はっ、確かに。じゃあ余裕?」

「誰が今回の試験を率いていくかによります。今回は率いる者の性格によって選択が別れるでしょうから」

「……どういう事?」

 

 いまいちピンと来ていない様子なので、補足説明を行う。

 

「今回の試験、一之瀬さん率いるCクラスはどんな選択をすると思いますか?」

「……選択できないんじゃないの? 根っからの善人っぽい一之瀬が誰か1人を退学させるなんてできないでしょ」

「しかし、今回の試験は誰か1人を退学にしなければならない。なら、彼女はこの問題をどう解決しますか?」

「……2000万ppを貯める」

「正解です。つまり、彼女はクラスから退学者を出さない選択をします」

 

 非情になりきれない彼女はこの選択をする。

 もしそれでもポイントを集められないなら、彼女ならくじなどの運任せで退学者を決めるでしょう。何にしろ、無能を1人指名して退学させるなんて真似はできない。

 

「では、坂柳さん率いるAクラスはどんな選択をしますか?」

「……自分に反抗する奴を今回の試験で切ると思う。坂柳はクラスメイトを駒にしか見てないって龍園も言ってたし、反抗する生徒がいなかったら1番能力の低い生徒を切るんじゃない?」

「正解です。彼女は事務的に今回の試験を処理できるでしょう」

 

 僕の予想では、葛城くんが反抗する生徒に該当する。

 しかし、彼の能力はAクラスでも上位。切り捨てるには少々もったいないため、坂柳さんなら1番の無能を切る可能性もある。

 

「では、リーダー不在のBクラスはどんな選択を取りますか?」

「そういうことか。そりゃ確かに、誰がリーダーによって選択も変わるわね」

 

 伊吹さんは僕の発言を理解し、その上で自分の解答を導く。

 

「……龍園がリーダーなら坂柳と同じ選択をするとして、あんたなら……いや、あんたも龍園と同じなんじゃないの?」

「僕がリーダーならこのクラスで不要な存在を切り捨てると?」

「2000万ppが溜まったらしいけど、あんた達はそれを使わないでしょ。ppは貴重、つまらない奴に2000万ppを使う気はありません、とか言うでしょ」

 

 正しい推測だ。

 余計な思考や性格なんてものは消去されたはずだが、時間と環境によって僕という新しい人格は構築されている。本当に、馬鹿らしい。

 

「しかし、龍園くんは存外分かりませんよ?」

「はっ、まさか。あいつはポイントのためなら無能を平然と切り捨てるでしょ。最近は丸くなってるけど、あいつはそういう奴」

 

 伊吹さんの言い分は正しい。

 今回のようなクラスの危機で使うためにポイントは貯蓄されたが、彼が暴力と恐怖を背にしてクラス中に脅しをかければ反対意見はでない。

 しかし、

 

「さぁ、どうでしょうね」

 

 伊吹さんの言う通り、彼なら無能を平然と切り捨てられる。

 そこに間違いはないが、僕はそうならない可能性を期待した。

 

 

 ──────

 

 

 追加特別試験が説明された日の放課後、各クラスはこの特別試験をどう乗り越えるかを模索していた。

 Aクラスは坂柳さんという絶対的なリーダーが舵を取ることで既に解決策を見つけたが、その他クラスは困難の最中だった。

 特に、一之瀬さん率いるCクラスは顕著だ。

 Bクラスでも広い情報網を持つ矢島さんが言うには、Cクラスは退学者を出さない方針に決定。今はポイントを必死に集めているそうだ。

 この機会はチャンスです。

 喉から手が出るほどポイントが欲しいこの状況を、龍園くんは逃がさない。これを機に、Aクラスと結んだような契約を結ぶことは彼も思いついているだろう。

 

「カムクラくん、少しよろしいでしょうか?」

 

 坂上先生が僕を訪ねてくる。

 ホームルームを終えればすぐに職員室へ向かう先生が声をかけてくることは珍しい。

 

「先日お伝えした特別賞与の件でお話したいことがあります。これから校長室に来てもらってもよろしいでしょうか?」

 

 これからBクラスも特別試験に向けて作戦会議を行うつもりだったが、特別賞与なら仕方ない。

 あとで椎名さんに今日のことを報告してもらいましょう。

 

「分かりました」

「ありがとうございます。特別試験が追加されてすぐ、このような呼び出しをしてしまい、本当に申し訳ない」

 

 誠意を感じる謝罪だった。やはり、坂上先生も今回の試験には賛成できていない。

 僕は坂上先生についていき、校長室へと向かう。

 

「僕は何か悪いことでもしましたか?」

「悪いことはしていないと思いますよ。校長も話があるから呼び出して欲しいと言っていただけで険悪な雰囲気などはありませんでした」

「では、特別賞与の取り消しなどではなさそうですね」

「おそらく、大丈夫かと。ただ、私も特別賞与のことで君を呼び出して欲しいと校長に言われただけでしてね、詳細は分かりかねます」

 

 担当教師にも伝えられない理由で学生を呼び出す。少々奇妙な話だ。

 

「先生は今回の追加特別試験に賛成していないようですね」

 

 到着するまでの間、僕は雑談に持っていく。

 

「当然ですね。今回の件、我々教師にも急遽知らされたことですが、その理由も理不尽でしたし、君たちには本当に申し訳ないと思っています」

「それは僕ではなく、クラスメイトに言うべきです」

 

 長い廊下を歩き切り、僕たちは階段を下る。

 

「……君といい、龍園といい、その逞しさは本当に頼もしい。怖くないのかな?」

 

 溜息をついてから、彼は敬語を崩した。声色も疲労の混じった重いもので、本音で話している。

 

「僕が退学することはありません」

「確かに君が退学する確率は0に近い。しかし、君の友達が退学になることもある。仲良くなった友達がいなくなるかもしれないという恐怖、それは君にも感じるんじゃないか?」

 

 手元にあるものが零れ落ちる恐怖。

 全てを持って生まれ、何もかも欲しいがままにできる人間でも無縁ではない恐怖だ。

 この学校に来て僕も友人を得た。それがこの学校からいなくなることに恐怖し、悲しむことができるのか。

 

「恐怖はしません。悲しみは、抱けたらオモシロイ未来ですね」

 

 これは期待だ。

 七海千秋が死んだ時のように、別れが僕の感情を刺激する。

 そんな小さな可能性を実演する気は今の所ないが、もしもがある以上どうしても経験したくはなる。

 

「悲しみ……少し安心した。どうやら、君は私が思っているよりも優しいようだ」

「心すら、才能で創り出してしまっただけかもしれませんよ」

 

 くだらない雑談が終了すれば、切り良く目的地に到着する。

 校長室は1階。校長が執務をする他に、来客の応接や会合があるからだ。

 

「1年Bクラスの担任、坂上です。カムクライズルくんを連れてきました」

 

 扉を3回ノックした後、返答を待つ。

 すぐに中から入るように指示されたので、坂上先生は扉を開けた。

 一教室と同程度の広さでありながら、置かれているものや匂いから重々しい雰囲気があった。

 初めに目がいくのは、やはり高価な黒ソファーとテーブル。権力持つ者同士が使用する一品で、それなりの価値だと映る。

 次に、校長が職務をするための机と椅子。年季が入っているようだが、これもそれなりに高価だ。

 そして最後に、

 

「ありがとうございます、坂上先生」

 

 スーツを着た40代くらいの男がこの部屋の主のようにその椅子に座っている。

 笑顔を浮かべて告げる男は、この学校の校長ではない。混合試験で南雲雅に罰を言い下した男が校長であり、60代手前の容姿をしていた。

 

「つ、月城理事長代理!? 何故ここに?」

 

 坂上先生が珍しく慌てた様子だった。

 高々、校長室に理事長代理がいる程度。普通に考えれば、ここまで慌てる必要はない。

 

「なぜ? 当然、ここで彼と話すためですよ。校長は少々手が離せないことで私が代わりを務めます。それに、この学校で最も賢い1年生と私も話してみたいですからね」

「そ、そうですか。それは私も一緒に参加すべきでしょうか?」

「いえいえ、必要ありません。軽い雑談のようなものですから、あなたは職務に戻っていただいて結構です」

 

 物腰が柔らかく、常に笑顔で対応する月城理事長代理は理性的で権威ある人物に見える。

 しかし、坂上先生は彼の登場に焦った様子だった。

 力関係も明白で、何とかこの場に留まろうとするが、簡単に却下される。

 

「……分かりました」

 

 坂上先生は一礼の後、部屋から去っていく。

 去る瞬間、申し訳なさそうな表情で僕を見ていた辺り、この月城という男は何かある人物のようだ。

 

「初めまして、カムクライズルくん。私は理事長代理を務めることになりました月城と言います」

 

 変わらず丁寧な口調で自己紹介をする月城理事長代理。

 しかし、僕の超分析力はその態度が演技であることを既に見抜いていた。

 それでいて、彼の本性はまだ見抜けない。掴みどころのない優秀な人物のようだ。

 挨拶を返せば、彼はファイルを持って椅子から立ち上がり、ソファーへと移動。手で座るように指示してくるので、僕も同様に腰掛ける。

 

「以前までの理事長はどうされたのですか?」

 

 この学校の理事長は坂柳さんの父親のはず。

 最近になって代わったがゆえの代理。という事は、何か不祥事が起こった可能性がある。

 

「坂柳理事長は不正疑惑が発見されたことで現在謹慎中でしてね。代わりに、派遣されたのが私です」

「そうですか。お答えありがとうございます」

 

 僕は普段通りに返答する。

 もちろん、多少の警戒はしている。だが、それはこの男ではなく、この男の背後にいるであろう人物に対してだ。

 相手はこちらの行動を常に分析しているが、正直どうでもいい。

 

「では早速、特別賞与のことについて話させてもらいましょう。賞与の額は100万pp。決して易しくないテストを満点で収め続けたことに、学校は賞賛します」

 

 賞与が100万pp。予想外の収入だ。

 

「このポイントは翌日振り込まれますので、不備がある際には連絡よろしくお願いします」

 

 僕が頷けば、彼は張り付けた笑顔のまま僕の顔を見る。

 両手を組み、自分の膝上に乗せれば彼は話を続ける。

 

「聞いていた通り、君は感情が表に出ない生徒のようですね。普通の高校生ならば、100万円貰ったらもう少しはしゃぐものかと思いました」

「たかが100万円ですから」

「おやおや、子供とは思えないセリフですね。Sポイントシステムはメリットもありますが、優秀な生徒には金銭感覚を狂わせてしまうというデメリットもあるようですね」

 

 こちらを見下す訳ではなく、分析結果を告げるように淡々と告げる。

 すると、彼は少し考える素振りをした後、ファイルからA4サイズの紙を1枚取り出した。

 それを内容が見えるよう机に置く。

 そして、

 

 

「では、今回の特別試験でとある目的を達成することにより、2000万ppを得ると言ったらあなたはどうしますか?」

 

 

 馬鹿げた提案を持ち出してきた。

 僕は事の真偽を確かめようと紙に視線を移動させる。

 

「これは特別試験の一部なのですか?」

「はい。これは学校側の満たす基準を超えた生徒にのみ通達される、今回の特別試験における救済処置です」

 

 読み終えて出た感想をあげるなら、ふざけている、だろう。

 記載されたことは、特定の生徒を今回の特別試験で退学に導くという内容。

 成功した場合、報酬として2000万ポイントを得ることができる。失敗した場合のペナルティはなく、挑戦するだけ得と言える。

 また、この救済措置を誰かに話すことは厳禁。話した場合は2000万はなしと記載されている。

 

「この試験、一体何を目的にした試験なのでしょうか」

「クラスという集団の中で、理不尽な命題と向き合った時の判断を試す試験です。クラスを救うために他クラスの生徒を蹴落すのか、その判断も用意しておきました」

 

 月城はマニュアルを読むように事務的に告げる。

 

「退学者に指定された生徒は何を基準に選ばれたのですか?」

「基準はありません。ランダムですよ」

「ふーん、では僕以外にこの通達を受けた生徒は何人いるのですか?」

「それは教えられません。ですが、仮に君と同じように通達を受けた生徒がいても協力はできませんよ。ランダムである以上、被ることはほぼ確実にありませんし、話せば報酬はなしですからね」

 

 僕の質問を答えていく中で、生徒に対する同情は映らない。

 隠し切っているか割り切っているか、はたまたどうでも良いのか。何にしろ、この通達行為における嘘は見受けられない。

 

「再度聞きましょう。カムクラくん、あなたはこの追加特別試験を受けますか?」

「受けましょう。そろそろ、彼(・)を表舞台に出した方が僕としても退屈な未来は避けられそうですから」

「やる気満々のようだ。期待していますよ、カムクラくん」

 

 月城は能面のような張り付いた笑みのまま優しく告げる。

 あえて誇張した言い方にも一切乗ってこない。やはり、彼は優秀な人間のようだ。

 

「それでは、話は終わりです。困難な特別試験だとは思いますが、ベストを尽くしてください」

 

 月城は立ち上がり、退室を促す。

 担当教員ですら認められない試験が課されたという事は、権力持つものによる強制通達に他ならない。

 この学校が政府の管轄下にあること、タイミングよく理事長代理として現れた月城、と何かしらの問題が上層であったことは間違いない。

 このふざけた試験もその一部。権力で無理を利かして通した案の可能性が高い。

 となれば、この指定された生徒がランダムというのも信憑性に欠けてくる。

 

 

「ホワイトルーム、でしたか」

 

 

 試しにはったりを口にすれば、キュッと地面を擦る音がした。

 初めに座っていた椅子へと戻ろうとしていた月城の方から聞こえる音。

 それは今の今までしなかった地面と靴の擦れる音。足音を消して歩くことに慣れた人間の急停止だった。

 

「そちらの目的は知りませんが、程々にしてください」

 

 反応から察するに無関係ではなかった。そして、この言葉が関係している人物といえば、一人しかいない。

 綾小路清隆の父親。この世界で唯一、僕を超高校級の希望と知っていた男。

 月城は彼の関係者と見て間違いない。

 僕は彼の指示通り、校長室を後にする。

 

 2000万ポイントを得るために指定された生徒、綾小路清隆を退学に導く。

 

 これによって、特別試験で暗躍する価値は高まったと言える。

 現状、月城は要観察だ。ここで排除しても、それではトカゲの尻尾切りになってしまう。

 敵は綾小路清隆の父親。実の息子を退学にしようと目論む辺り、何かある。その見極めのために、今回の試験は有効活用する必要があると確信した。

 

 

 




何度見ても酷い試験です、これ。

月城⇒原作よりも早く登場です。この人、書くのが本当にムズイ。
2年生編1巻のように別途の特別試験を用意してみました。たぶん、坂柳にも似たような通達が言っていると信じています。というか、本作ではそういう体にします。
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