時は遡って3月3日。“嫌われ者”として選ばれた真鍋は絶望の淵に立たされていながらも、行動を起こしていた。
放課後になって友達に声をかけても無視され、クラスメイトから同情の視線を向けられる。
酷い仕打ちだと思った。
自分は混合合宿で活躍した。だから、退学になるべきは何もしていないクラスメイトの誰かだと何度も思った。
しかし、
(嫌だ。退学したくない)
真鍋はそんな嘆きをクラスメイトに聞かせない。
諦めきれなかったのだ。こんな理不尽で退学するという現実を許せず、フラフラとした足取りながらも行動を起こしていた。
(私は、頑張ったんだ。カムクラくんの指示通りに動いて頑張ったんだもん)
以前の真鍋ならば、この絶望的な状況に膝を折り、向かってくる投票日に何もしなかっただろう。
だが、頑張った自分が切られる事実を認められないこと、カムクラの指示を聞いて変われる可能性を知ったこと、この二つの理由から死に物狂いな行動に転じられていた。
龍園に嫌われ者と指名された日の放課後、真鍋はCクラスの一之瀬の元を一目散に訪ねた。
一之瀬は心優しい人物だ。淡い希望だが、事情を正直に話せば、賞賛票を恵んでくれるかもしれない。
その一心でがむしゃらに足を動かしていた。
「事情は分かったよ、真鍋さん。でも、ごめんね。賞賛票はまだ渡せない。その選挙ゲームが始まるんだったら、もしかすると私たちもポイントを得られるチャンスがあるかもしれないから」
しかし、現実は厳しい。
真鍋の誤算は一之瀬をただの良い人だと思い込んでいたこと。一之瀬はCクラスのリーダーであり、非情な選択を取れない甘いリーダーだが、それでも優秀な人物だ。
選挙ゲームが始まれば、ポイントを大量に有している龍園と賞賛票で取引が出来るかもしれない。
そんな可能性を導き、真鍋ではなくクラスを救うために龍園を選ぶ。
真鍋は決して賢い人間ではない。ただ自分が助かりたいだけのお願いである以上、交渉の土俵にすら立っていない。
「ま、まだってことはさぁ、可能性はあるんだよね!?」
「……そうだね。一応、保留って形だよ」
一之瀬は焦燥している真鍋に対して、優しい嘘をついてしまう。
ここではっきりと断れば、頼ってきた真鍋から希望を1つ奪ってしまう。
クラスメイトに酷いことをしたクラスの人物である真鍋であっても、一之瀬は混合試験で見せた真鍋の行動からその手を弾けない。
性格の悪い傲慢な女子生徒。そんな噂がある彼女でも、混合試験ではそんな自分を変えようと真剣に特別試験に取り組んでいた。
それは、自分を変えられない一之瀬にとって眩しすぎる行動だ。
だから、一之瀬は真鍋を突き放せない。
「保留……そ、そっか! ありがとう、一之瀬さん!」
真鍋は一之瀬の気持ちを知る余裕はない。
勢いよく頭を振り下ろし、何度も礼を言った。
カムクラに頼らなくても、現状を改善できるかもしれない。そんな淡い希望に縋っていた。
次に、真鍋はDクラスにも接触を試みた。
放課後の時間を無駄にしないように、今できることをやろうとした。
そうやって行動しないと気が気じゃなくなってしまう事には、当然気付いていない。
だが幸運にも、素早い行動が櫛田桔梗との接触に繋がる。
真鍋から見た櫛田も、一之瀬同様に誰にでも優しい人物だ。
真鍋は一之瀬に頼み込んだ時と同じように櫛田へ事情を説明した。
「あぁ~、そういうのは堀北さんに相談した方が良いかな。Dクラスのリーダーって堀北さんだからさ」
「そ、そっか。でも、私、堀北さんと接点がないからさ、櫛田さん仲介役になってくれないかな?」
櫛田は相手の感情の動きに機敏だ。
訪ねてきた真鍋が焦りから余裕がないことをすぐに察したし、それが選挙ゲームから来ていることも分かった。
櫛田からすれば、真鍋はただの知り合い。
あぁ、こいつが退学するんだなと直感的に悟った櫛田は、龍園もカムクラも相手をしたくないので、適当にあしらうことを決める。
「無……難しいかなぁ。堀北さんってそういうの嫌いだからさ、むしろ直接言った方が良いかも」
「そ、そうなんだ。じゃあ、直接言ってみる。相談に乗ってくれてありがとう!」
「こちらこそ頼ってくれてありがとう!」
そんな会話で終え、真鍋は次に堀北へと狙いをつける。
しかし、その前に一つの気がかりを思い出す。
ここまで派手に動いているが、Xは今の自分を見てどう行動するかということに。
(……いや、この行動は悪いことじゃないから大丈夫のはず)
Dクラスに不利益を与えるようなことも、軽井沢にちょっかいを出すようなこともしていない。
ならば、Xが動く道理はないはずだ。
だが、Xはあの龍園が執念深く狙った上で、その決着を有耶無耶にさせた相手。放置して証拠を握られるようなことはもう二度としたくない。
そう思えば、接触する必要があると考え始める。
そうして思いついたXに接触するための手段が、軽井沢の呼び出しだ。
カムクラにその正体を聞こうと思ったが、彼から与えられた課題を思い出し、即座にその手段は切った。
軽井沢は正直に吐いてくれないだろうが、最悪、軽井沢経由でXに今の自分の行動を報告すれば目的は達する。
早速、真鍋は特別棟の指定した教室に移動する。
監視カメラのないこの場所に、一度は虐めてきた相手が呼び出しているとなれば、軽井沢は何かしらの対策をしているはずだ。
だからこそ、何があっても感情に任せず、まして暴力は絶対に振るわない。そう心の中で誓う。
「来てやったわよ、真鍋」
何度も深呼吸をして心を落ち着かせている内に、軽井沢が特別棟の一室へ現れる。
親の仇でも見るような鋭い視線だが、真鍋目線、軽井沢が弱者という認識は変わらない。
涼しい敵意。所詮は寄生虫のままと、真鍋は軽井沢を内心で下に見る。
「……来てくれてありがとう、軽井沢さん」
「うるさい。さっさと本題に入ってくれない?」
軽井沢は真鍋と長話する気はない。
自分を虐めてきた相手とどうして話したいと思うのか。
さっさと用件を済ませ、この場を去る。何かあれば、部屋の外で聞き耳を立てている綾小路に何とかしてもらえばいい。
「あんたを呼び出したのは、Xについて教えて欲しいからよ?」
真鍋は嫌々ながら口を動かす。
「……X? ああ、龍園が前に言ってた人のことね。知らないわよ、そんな人」
「嘘つかないでよ。龍園くんは船上試験の時の話を聞いてX探し始めたんだし、私たちがあんたを虐めてる時の写真を取った人がXなんでしょ?」
軽井沢は苛立ちを前面に出し、舌打ちを鳴らす。
真鍋の変わらない強気な口調に気分が悪かったからだ。
自分を虐めてきた張本人にまるで反省した様子がない。混合合宿の時に変わろうとしていたが、根っこの部分が全く変わっていない。
確かに、船上試験で虐められた根本的な原因は軽井沢の日常生活における素行の悪さだ。真鍋は友人である諸藤リカが被害を受けたことに怒り、軽井沢に謝らせようとした。
だが、そこから多人数で軽井沢を虐めようとしたのは真鍋本人の意思。性格が悪かったでは済まない一線を越えているため、軽井沢が許すことはない。
「たとえそれが正しかったとして、あんたに教える必要ないんだけど」
「まぁ、そうよね。なら、Xに伝言を頼まれてくれない?」
「嫌だ。得もなしにあんたの頼みなんて受けない。“嫌われ者”は、嫌われ者らしく無駄な抵抗を止めてさっさと退学しなよ」
軽井沢は明確な拒絶を示す。
多少は反省して性格が柔らかくなったのかもしれない。しかし、そんなこと軽井沢からしたらどうでもいい。
「……そ、そう。なら、無駄足だったみたい。もう、あんたに用はないわ」
こめかみを震わせながらも、真鍋は笑顔で怒りを誤魔化す。
煽られたら感情的になる自らの欠点を、何とか抑えていた。
そして、そのまま背を向けようとする。
拍子抜け、軽井沢はそう思う。以前の真鍋ならば、殴りかかってきてもおかしくなかったというのに、自制を利かせている。
それを成長と呼ぶにはあまりに普通で、真鍋本人が成長したと思っていそうで気持ちが悪かった。
不愉快になった軽井沢は下瞼を引き下げ、舌を出す。
「待て、真鍋」
しかしその直後、綾小路が教室に足を踏み入れる。
いそいそと表情を戻す軽井沢だが、その表情は綾小路に丸見えだ。
「あ、あんたは確か、綾小路くんだっけ? なんでここにいるわけ?」
「お前が軽井沢に何かしないよう監視していた」
綾小路はそう言いながら、軽井沢の元へ移動する。
真鍋の視線から軽井沢を遮るように立てば、真鍋は綾小路がここにいる理由をすぐに理解した。
「……まぁ、そりゃそっか。それで、綾小路くんは私に何の用な訳?」
真鍋は煽りたい気持ちを我慢する。
ただのボディーガードにあの日に関わる情報を漏らして、Xに陥れられることはしたくなかった。
「それはこちらのセリフだ。お前はXに伝言があるんじゃなかったのか?」
綾小路の発言に、軽井沢と真鍋は目を開く。
「……何、あんたがXとでもいう訳?」
「いいや、オレはXじゃない。だが、軽井沢同様にXが誰だか知っている。だから、伝言ならオレが伝えておこうと思ってな」
綾小路は平然と嘘を吐く。
今の真鍋に正体を晒しても何も問題はないが、退学する直前に爆発されたら面倒なので真実は露呈しない。
「なら、お願いしようかしら」
真鍋は綾小路の発言を訝しんではいたが、自分の持つ情報では嘘かどうか判断できないので、本来の目的を解決しようとする。
「私が退学しないために、Dクラスから協力を仰ぐことは契約違反になるかどうか。それを聞いてきて欲しいの」
「分かった。この内容をXに伝えておこう。返信は軽井沢から送らせる」
綾小路は携帯を取り出し、メモを取りながら答えた。
用件が済めば、真鍋は今度こそ教室を後にする。
スタスタと足音が去っていくことを確認してから、軽井沢は一息ついた。
「真鍋が成長している、か。ここまで一人で行動をおこせる人間とは思わなかったな」
「だね。人を見下し気味な所とかは変わってないけど、自分で物事を考えて動いてる感じだった。それに、ヒステリックな部分も抑えられているし」
感心する綾小路に、軽井沢も僅かながら同意する。
内心では黒い感情が蠢いているが、評価だけは正確に行っていた。
「あれ、放置でいいの?」
「ああ。どうしようと、真鍋は退学する。好きにやらせておけばいい」
「断定……、何か根拠でもあるの?」
「簡単な話だ。真鍋では、どうやっても龍園とカムクラに勝てない」
弱者必滅。賞賛票の取り合いに、真鍋では役者不足だ。
軽井沢もその道理に納得し、悩みの種が消えることに安堵した。
────────
最悪な投票試験を選挙ゲームへと昇華して楽しむ男、龍園翔。
彼もまた、勝利のために行動を起こす。
3月4日の放課後の時間、龍園はカムクラの勧誘を止めた後、とある場所へ向かっていた。
現在、選挙ゲームでの退学候補者は龍園、カムクラ、真鍋、西野の4名。
より具体的に言うと、大量の批判票を集めているのは西野を抜いた3名だ。
「……ちっ、もう2人もカムクラの派閥に行きやがったか」
選挙ゲームは実際に特別試験を利用して行われるが、試験が始まるまではアプリを利用して派閥の人数、賞賛票と批判票の投票先を確認できるようにしている。
派閥は1度だけ移動できる。
龍園率いる“退学者を出さない”派閥25名、カムクラ率いる“退学者を出す”派閥15名で始まった選挙ゲームだったが、既に2名の人間がカムクラの派閥に移動していた。
派閥を移動した際、移動した派閥の代表者に賞賛票を与えるというルールがあるため、票に動きが出る。
「カムクラの批判票はこれで37票。俺が一之瀬から根こそぎ票を奪うとして、奴も坂柳から票を用意しやがるから差は縮まらない。となるとやはり……」
龍園は携帯を閉じ、目的の場所に足を運ぶ。
派閥間の人数差は縮まり始めた。しかし、ここまでは想定通り。龍園はカムクライズルが埒外の怪物であることを知っている。
この程度で焦る訳がない。むしろ、これくらいしてくれないと倒し甲斐がないというものだ。
迫ってくる敗北の可能性を、龍園は嬉々として迎え入れる。
高まった気分で歪む口元を戻さないまま、彼は目的地へと進んでいく。
「よぉ、鈴音。いい話があるんだが、乗る気はあるか?」
Dクラスの教室に入って開口一番、龍園は堀北を誘う。
放課後が始まって時間は少し経ったが、未だ人はそれなりに残っている。
そして、残っている人間の輪の中心にいるのが、堀北だった。
「それは、選挙ゲームの話についてかしら?」
「話が早くて助かるぜ」
龍園が止まることなくDクラスの教室を進んでいくので、人は彼を中心に捌けていく。
ただし、堀北だけは自席に座りながら真っすぐ龍園を捉えている。
龍園は捌けた道を通り、堀北の前にある机に腰かけた。
「張り紙は見ただろう? 報酬付きのゲームである以上、貧相なDクラスは絶対参加だよなぁ」
「ええ、貰えるものは貰っておくわ。まぁ、あなたの人望ではポイントで釣らなきゃ参加者を募れないと考えると……、少し可哀そうだったという理由もあるわ」
「馬鹿言うな。たとえ一之瀬が主導でも、今回のゲームは人望だけじゃ人は集まらねぇよ」
確実に誰かが退学する試験で、他クラスへの賞賛票システムは特定の誰かを守れるシステム。
よって、万が一に備えて簡単に手放したりはしない。
「人望がないことは否定しないのね」
「クク、馬鹿共には俺の愛嬌が分からないだけだ」
「愛嬌の意味を辞書で引き直すことをお勧めするわ」
「必要ねぇ。少なくとも、お前やカムクラよりはあるだろうぜ」
「あなたは兎も角、表情筋が死んでるカムクラくんと同列にしないでくれないかしら」
堀北が心外そうに告げる。
敵と認めてはいるが、相変わらずからかい甲斐のある奴と、龍園は認識した。
「話が逸れたわ。それで、いい話って何?」
「Dクラスの持つ票を俺に投票しろ。もしその票が21票を超えたならば、最低でも21万ポイントを支払ってやる」
ポイントを利用した交渉が始まったことで、周囲にも緊張が走る。
選挙ゲームの退学者が変わる要因として、他クラスの賞賛票は最も影響がある。
それを金銭で買収することは手っ取り早い手段だ。
ただでさえ最も投票したクラスには100万ポイント、3クラス40票同率でも40万ポイントの報酬が存在するにもかかわらず、更なるポイントの上乗せ。
このことから、堀北は龍園がカムクラに勝とうとしていることを察する。
つまり、龍園は選挙ゲームに本気で取り組もうとしている。
特別試験を遊びとして昇華する狂気の沙汰。龍園なりに何か考えがあると見抜けば、龍園の口車に乗ることは抵抗感が湧いてくる。
しかし、
「その話、受けてもいいわ」
堀北もまた先を見据える。
龍園が何を考えているかは分からないが、協力すれば約20万ポイント追加で手に入り、上手くいけばあのカムクライズルを退学に導けるかもしれない。
そして、ここまで公に龍園が行動している以上、暴力を用いた手段はうまく機能しない。
少なくとも嘘を吐いていないと仮定した堀北は、いるだけで面倒な存在と認識しているカムクラの排除のため、即決を見せた。
「堀北さん!? そんな簡単に了承していいの!?」
驚愕を見せたのは、松下だ。
交渉を持ちかけた相手が龍園である以上、何か裏がある。そう疑ってしまう。
「問題ないわ」
堀北は気にした様子なく彼女の制止を振り払う。
妥当な判断。しかし、松下と堀北の見えている景色は違う。
入学当初の2人の総合的な実力に、大きな差はなかった。
差をつけた理由は明確。幾度も強敵との戦いから学んだ堀北と口先だけで自分から何も行動しなかった松下。
経験の差がここで露呈する。
「けれども龍園くん、正直言って21票を集めるのは難しいかもしれない。こちらも最大限努力はするけど、その理由は分かるわね?」
「根に持つ女だ。俺の人望が薄い以上、21票集まるかは分からない。だから、21票集まらなかった時は罰則を設けるなってか?」
「そういうことよ」
堀北は勝ち誇った笑みを見せる。
子供っぽい性格を見せた堀北を、龍園はギャップがあると内心思ったが、表情だけは取り繕って呆れた様子で対応した。
「良いだろう。罰則は設けねぇ。そう契約書に書いておいてやるよ。ただし、集めるなら死ぬ気でやりやがれ。負けたら承知しねぇぞ」
「あなたにしては珍しく、すんなりと引き下がったわね」
「クク、俺は優しいんでな」
冗談と見抜く必要すらない嘘。
しかし、この手の契約にしつこく引き下がらない龍園に違和感を持つ。
思考を続ければ、辿り着く結論は1つ。
カムクラに負けてもいいと考えている、そんな龍園らしくない考えだ。
「……あなた、本当に勝つ気があるの?」
「はっ、当たり前だろ」
龍園は鋭い睨みを堀北に向けた後、Dクラスを去っていく。
嵐のように立ち去ったが、布石はしっかりと打った。
後は、カムクラがDクラスに対して打ってくる手に対策をすることだけ。
石崎からの報告で、カムクラが坂柳と綾小路に接触したことから、2人を使って仕掛けてくると予想している。
だが、確定していないためその情報は堀北に伝えない。
余計な混乱で堀北の実力が発揮できないことを嫌っていた。
「全く、やることが山積みだわ」
過酷な特別試験におけるリーダーとしての自覚、決断。癖のあるクラスを纏めること。他クラスの対処。
堀北はやるべき事を思い返して溜息をつく。
想像以上に骨が折れる特別試験になる。そう覚悟して残り時間を過ごすと決意した。
試験に必要なお金は龍園とカムクラのポケットマネーです。カムクラは戦いに乗り気なので半分出してくれてます。
こいつ、いつも散財している。
今回のダイジェスト
真鍋「まずいまずいまずい」
軽井沢「べー」
綾小路「無敵の人になって被害受けるの嫌だからネタ晴らしはやめとこ」
龍園「鈴音ェ」
松下「はじめてですよ……この私をここまでコケにした人は……」
堀北「試験どうしよう。私、リーダーなのに全然決められてない」