「真鍋さん、中々興味深いお話でした」
綾小路くんと軽井沢と別れた後、私はAクラスの坂柳さんの元を訪れていた。
放課後のケヤキモールはたくさんの人がいるが、それなりに人気の少ない場所はある。
今回、坂柳さんとの交渉の場として指定したカラオケもその中の一つだ。監視カメラがなく、防音性に優れている。
「じゃ、じゃあ、私に賞賛票をくれるの?」
私は櫛田さんや一之瀬さんに交渉した時のように情に訴えかけながら、坂柳さんにも賞賛票を恵んでくれるように交渉していた。
「残念ながらそれは出来ません。先約がいます」
「せ、先約。……そっか、それなら仕方ないね」
返答は否定。それも先約がいるとなれば、それはもうどうしようもない。
元々、坂柳さんとの交渉は失敗すると思っていた。私に差し出せるものが情と僅かなポイントしかない以上、私以上に性格が悪い坂柳さんが首を縦に振る訳がない。
だから、これは致し方ないこと。いちいち落ち込んでいては駄目だ。切り替えて、一之瀬さんと堀北さんとの交渉に望むしかない。
私に交渉の才能なんてないんだ。だから、龍園くんとカムクラくんより早くアプローチを掛けなければ勝負にすらならない。
けど、流石に全てのクラスに先手を打てなかった。だから、諦めるしかない。2人が提示したもの以上に、後出しで勝てる切り札を私は持っていないんだから。
「フフ、今のあなたならばお友達になれたでしょうね、真鍋さん」
「は、はぁ?」
私が悩んでいると、西洋人形のように綺麗に整った笑顔がこちらを見つめてくる。
羨ましいくらいに可愛い顔だ。交渉失敗した私を嘲笑するかと思いきや、彼女は目新しいものを見るように興味深そうな視線を向けている。
「正直に申し上げますと、あなたは眼中になかったのですよ。イズルくんがどうやって勝つのか、龍園くんがどう抗うか、この二つがこの試験での楽しみでしたから」
「……本当に正直すぎ。少しくらい優しい言葉でもかけなさいよ」
「あなたが有象無象のままだったらそうしたでしょう。しかし、あなたは自分で考えて行動を起こし、自分のできることを精一杯にやって見せた。私はその事実に驚きました」
「そりゃ……、どうしようもない状況に納得できなかったら誰だってそうするわよ」
私は許せない。軽井沢の件で私はミスをしたが、それでも挽回する機会で挽回して見せた。
何もしていないクラスメイトと違って、私はクラスに明確な貢献をしたんだ。
性格が悪いと思われていようと、私は何の行動を起こさない奴よりもクラスに残るべき人材なんだ。
それに、
「いいえ。強敵2人と絶望的なまでに不利な状況を叩きつけられて立ち向かえる人間は少ない。いったい、何があなたをそこまでさせるのですか?」
「……別に、ない。強いて言うなら、私はまだ退学したくないくらいよ」
「フフ、その間は何かある人のものですね」
「答えても賞賛票をくれる訳じゃないんでしょう?」
「ええ、先約がいますから」
坂柳さんは意地悪な表情を向けて会話を続けてくる。
坂柳さんとの会話は心を覗かれているようで嫌になる。
確かに、理由はある。
彼は……私なんて小さな可能性の1つ程度しか見ていないだろうけど、それでも私は自分を見てくれる人の期待には応えたい。
何もおかしくない。
それに、ようやく分かってきたばかりなんだ。
状況に応じたコミュニケーション能力、当たり前の事を当たり前にやる重要性、自分で考えることの大切さ。
私みたいな奴でも成長しているという実感がある。これを続けられれば、他にも何か掴めるかもしれない。
まだ、この学校にいたい。そんな純粋な思いが残っている。
「なら、これ以上話すことはないわよ。まだ私は……」
「これから堀北さんとの交渉をしに行くのですか?」
坂柳さんは被っていた帽子を脱ぎ、埃をはたきながら告げる。
「……そうよ。だからこれ以上坂柳さんと時間を使いたくないんだけど?」
「そう邪険にしないでください。私はアドバイスをしたいんです」
「アドバイス?」
どうせ、碌でもないことでしょ。私より性格悪いんだし。
「堀北さんと交渉するなら少なくとも大量のポイントが必要になります。あなたは用意できますか?」
「……15万ポイントくらいなら」
「フフ、そうですか。参考までに、私が龍園くんの立場なら、間違いなく1票1万ポイント以上……少なくとも20万ポイント以上の値段をつけると思います」
「20万ポイント以上……」
む、無理だ。今の私のポイントより多い。足りないポイントを補う手段なんて思いつかないし、そもそも龍園くんは500万ポイント持っているって言ってた。
ポイントの競り合いじゃ勝てない。それに、既に龍園くんが接しているとなると、私程度の言葉を堀北さんが聞くと思えない。
い、いや、待って。これは坂柳さんが私を揶揄っているだけかもしれない。まだ諦めるには早い。
「そう焦らないでください。アドバイスはここからです。私ならば、龍園くんに負けないくらいのポイントをあなたに貸せます」
「……あんたにメリットがない。嘘つかないで」
これは悪魔の取引だ。
私はそう予感して、奪い取るように伝票を持って立ち上がる。
坂柳さんと舌戦すれば勝てる訳がない。自分より強い人かどうか、それを見極めることは私の得意分野だ。
「じゃあね、坂柳さん。時間取ってくれてありがとう」
私は急いでこの場を去る。
長話しすぎた。早く堀北さんに元に行かなきゃ。
とりあえず、寮の管理人さんに堀北さんの部屋番号を聞くところから始めていこう。
「勝てない相手には即座に撤退する判断が出来る。駒として、本当に欲しかったのですがね」
坂柳はポツリと呟く。
嘘はない。今の真鍋は坂柳から見ても使える駒となりえる。
もう少し早く彼女の成長に気付けていれば、彼女はBクラスのスパイとして使えていただろう。
だからこそ惜しい。真鍋志保は投票試験で退学する。
綾小路清隆を退学するために強引に追加された特別試験で、退学する。
少しだけ同情した後、坂柳は真鍋から興味を外した。
──────
坂柳さんから逃げた私は寮に戻り、寮内で使える内線電話を利用した。
運よく堀北さんと繋がって事情を説明すれば、直接会って話すことを取り付けられた。
場所は寮内の非常階段。エレベーターが複数ある寮なので、非常階段を上るような人はいない。
まして、屋上手前の踊り場はめったなことがない限り人は訪れない。
「初めまして堀北さん、私はBクラスの真鍋志保。突然の呼び出しに応じてくれたこと、本当にありがとう」
「こちらこそ初めまして。知っての通り、堀北鈴音よ」
私服姿で現れた堀北さんは腕を組み、こちらの様子を疑うように睨んでいる。
鋭い目つき。女として愛想のない表情に見えるけど、切れ長の美人が見せれば真っすぐ先を見ている眼差しにも感じる。
でも、彼女の場合それだけじゃない。上に立つ人特有の凛とした雰囲気がある。
自信の表れとも言える堂々とした態度。一番下のクラスのリーダーと思っていたが、格がある人と感じる。
「それで、あなたの望みはDクラスの生徒が持つ他クラスの生徒に与える賞賛票を自分に投票して欲しいとのことだったわね?」
私は頷いて肯定する。
堀北さんの表情に失望や怒りは見られないから、今の所順調だろう。
「初めに言っておくけど、私は既に龍園くんと賞賛票の受け渡しをする契約を結んでいるわ」
「……えっ?」
堀北さんはキリっとした眼差しを私に向ける。
私の表情を分析していると気づくまで数秒かかり、表情に乗った感情がバレてしまう。
しかし、今更だ。交渉が下手で、恥をかこうとも今はどうでもいい。
「そ、そっか。なら、何で今日は会ってくれたの? 龍園くんとの契約があるならば一蹴すればよかったじゃん」
「あなたの目的が賞賛票を手にいれることである以上、あなたは私に何かしらの得を持ってくる。一蹴するのはそれを聞いてからでも遅くはないわ」
可能性がある以上、一応聞いてくれたって感じか。
「それで、私への得は何かしら?」
堀北さんはテキパキと会話を進め、本題を切り出す。
「確認させてほしいんだけど、龍園くんが提示した金額って20万ポイント以上よね?」
「情報はちゃんと集めているようね。それとも、あなたはカムクラくんの傀儡で情報を与えられたのかしら?」
「え、ええっ!? ち、違う! 私はカムクラくんの傀儡じゃない。本当に、私の意思で動いているんだって!!」
「……そうみたいね。ごめんなさい、失礼なことを言ったわ」
私が堀北さんの真意に気づけたのは動揺を顕わにしてからだった。
カムクラくんがDクラスの賞賛票を得るため、私が捨て駒となって交渉しに来た。その可能性を、堀北さんは疑っていた。
優秀な人。その優秀さに悔しさと苛立ちが生じるが、私は理性で抑え、途切れた会話を続行させる。
「え、えーと、今の私が渡せる全財産は15万ポイントしかないの。本番までにポイントをもっと集めてみるけど、多分集められない。だから……」
「代わりに他の何かを提示する、という訳ね」
察しがいい。Dクラスのリーダーは伊達じゃない。
「……今後支給されるプライベートポイントから切り崩しながら借金を返させてほしい」
「まぁ、それしか方法はないわよね」
堀北さんは腕を組みなおして答える。
切れ長の目が鋭さを増した気がした。期待に応えられなかったのだろうか。
「正直、それだけの得ならあなたに賞賛票を渡さない。けれど……、もう少し私の方でも考えさせてほしい」
顎に手を当てる堀北さんから返ってきた言葉は拒否じゃなく、まだ可能性があるとのことだった。
良かった。ここで堀北さんに断られてしまえば、いよいよ一之瀬さんのクラスしか猶予が残っていない。
加えて、報酬として渡すポイントを比べあったら即座に負けてしまう弱い筋だ。
敗色が濃厚になればなるほど、私の脳は余裕がなくなっていく。だから、保留でも今は良かった。
「な、何か私にできることはある?」
「ないわ」
最速の一刀両断。
冷たい人、というより決断を素早く行える人に感じる。どちらにしても、物事がうまくいかなくてイライラとするが、それでも悪辣な対応よりはマシだった。
「話し合いは終わりよ。今日中にもう一度連絡するつもりだけど、結論が明日になるかもしれない。それでもかまわないわね?」
「ええ。むしろ……、最後まで悩んでくれてありがとう」
堀北さんが踊り場を離れる。
一人になり、私は大きく息を吐いた後、踊り場の端に腰を下ろし、両膝を手で抱えて縮こまる。
私は嫌味のない礼を言ったと思う。
内にある怒りを抑えきれたはずだ。以前の私ならば、断られたことの苛立ちで感情を前面に出していたけど、今回は違うはずだ。
ならば、私は今正しい対応をしたと言える。
なぜ私が我慢をしなければならないという本心が消えたわけではないから、私の性格自体が変わったのではなく、成長と言っていいんじゃないかな。
「……疲れた」
腕から力が抜け、縮こまった身体が広がる。
頼れる場所は全て頼った。やるべきことは全てやった。
けれども、結果は散々だ。退学の可能性が大きくなっていくことを実感してしまう。
試験は明後日が本番。
携帯を開き、選挙ゲームの票の可視化のために作られたアプリを確認すれば、私の批判票は35票だった。
龍園くんが39票、カムクラくんが34票、西野さんが4票。
凄いな。賞賛票によって、もう私よりも少ない。
このままいけば、カムクラくんが勝利するんだろうな。そうすれば、カムクラくんがクラスを率いていくリーダーとなる。
羨ましい。あんな凄い人がリーダーならば、簡単にAクラスで卒業できるに違いない。
いや……、クラスメイトの成長を促すために滅茶苦茶なこともしてそうだな。
そんな未来を考えれば、不思議と笑みが漏れた。そこに私がいるか、分からないのに。
「退学、したくないなぁ」
本音が漏れる。
思ったよりも、私は学園生活が楽しかったらしい。
友達と遊ぶ時、他者を見下している時、特別試験に全力で臨んだ時、失敗で追い詰められた時、カムクラくんの課題をこなしていた時。
辛い時や後悔もあるが、楽しかった思い出が勝る。
私は動きの鈍い体を動かし、立ち上がる。
もう、四の五の言っても仕方がない。やるべきことはやった。後は、結果を待つしかない。
──────
真鍋と別れ、自室に戻った堀北はある人に電話をしていた。
特別試験本番へとタイムリミットが迫る中、堀北は自分がリーダーである自覚を持ち、ある覚悟を持とうとしていた。
その覚悟とは、クラスメイトを切り捨てる覚悟。
Dクラスは2000万ポイントを用意できない以上、クラスメイトを救う手段はない。
誰かが、必ず退学する。
ふざけた試験。いや、こんなものは試験とすら呼べない。
しかし、やらねばならない。
リーダーである以上、決断をするのは堀北。誰かを切る覚悟をしなければならない。そして、その覚悟を深めようとしていた。
「……夜分遅くにすいませんでした。失礼します」
堀北は電話を切る。
相手は兄の堀北学。試験を説明し、プライベートポイントを借りられるかどうか交渉してみたが、3年生にも試験があるため断られてしまった。
その後、兄から覚悟が欲しいから話し相手になって欲しいと頼むが、自分の力で考えてみるようにと告げられた。
ブレる。
誰かを切ることの難しさ。その責任の重さが覚悟を揺らす。
追い打ちをかけるようにつてが一つ消えれば、判断は鈍っていく。
堀北は強い意志を持っている。
それこそ、カムクライズルに立ち向かう勇気をも。
しかし、今回の試験で敵はいない。
相手にしなければならないのは味方。切り捨てる決断と、立ち向かう勇気は話が違う。
「櫛田さんの話が正しければ、山内くんは綾小路くんを退学にするため坂柳さんと繋がった。クラスの利益より個人的な欲求を優先した彼こそが退学すべき人には違いない。けれど……」
堀北の中で、退学すべき人間は山内春樹と判断している。
彼はAクラスの坂柳と裏で繋がっていて、綾小路を退学させようとしている裏切り者だからだ。
しかし、大した求心力はない。山内は裏切り者だが、櫛田のような人気者が手助けしていないため、クラスで彼の意見に賛同する者は少ない。
このまま放置しても、綾小路は助かる可能性すらある。
正直言って、まだリカバリーの利く裏切りだ。
だが、
「……改心するように訴えかける時間はいくらでもあったのに、私は論理的に物事を進めてしまった」
結局、堀北は感情論を排除し、山内は批判票が集まりやすい都合のいい的になることを分かっていたにもかかわらず行動を起こさなかった。
1人のクラスメイトを除外した方が最終的な得が多いと判断してしまい、追われる対応を優先し、救える可能性に目を瞑っていた。
なにせ山内を救えば、特別試験の進め方が振出しに戻ってしまう。それでは、クラスのカーストが優先され、本来残るべき有能な人間が消えてしまう可能性がある。
それは最も避けなければいけない事態。そう考えれば、山内という的は大きな役割がある。
自分の考えは間違っていない。
しかし、冷酷な判断をした自分が本当にリーダーでいいのか。救える仲間を見捨てたリーダーにクラスメイトはついてくるのか。
自分が退学するべき人間ではないと自負していても、この決断を境にクラスから後ろ指を指され、似た試験で引きずり落されるかもしれない。
────恐怖が押し寄せてくる。
未来を見据えているからこそ、黒い感情が堀北の決断を鈍らせる。
「……インターホン?」
必死に考え直していると、インターホンが鳴った。
時刻は19時。こんな時間に誰かと思いながら、堀北は不用心に玄関を開ける。
「こんばんは~、堀北さん。友達想いのこの私が、悩みの種を解決しにきてあげたよ~」
玄関の先にいたのは、私服姿の櫛田だった。
ニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべることから、猫を被って会いに来ている。
加えて、なぜかこちらが悩んでいることを知っているので、何かしら目的があると堀北は判断する。
「……誰の差し金かしら?」
「私の暇潰し~」
櫛田は堀北の反応を楽しむために適当な情報を開示する。
もちろん、堀北もそれが分かっているため、反応はしてやらない。
「堀北さん、お部屋入~れ~て~」
「……入りなさい」
上目遣いと猫撫で声が堀北に殺意を抱かせる。
しかし、何かしらの意図があるかもしれないので、黙って帰すわけにはいかない。
致し方なく、櫛田を部屋に入れる。
「一応言っておくけど、部屋を物色したりしたら許さないから」
「そう言われるとしたくなっちゃうのが人間の性だと思うよ。もしかして、お兄さんの隠し撮りでもあるの?」
「あ、ある訳ないでしょ!!」
つい大きな声を出してしまう。
すぐに我に返れば、機嫌が良さそうな櫛田がこちらを見ている。
ムカつく。既に下がっていた気分は怒りに塗り替えられていた。
「流石堀北さん、アポなしで来たのに部屋が綺麗だねぇ」
堀北は櫛田をベッドに座らせる。
自分は勉強机に付属している椅子に腰かけ、櫛田の動きを監視するため向かい合うような位置に移動する。
「それで、何の用なの?」
「ええ~、私の話を無視しちゃう人には言えない~」
舌打ちが漏れる。
混合試験の時はあれだけ頼もしかったのに、日常生活になったらこの通り。
普段なら問題ないが、今の余裕がない状態ではただただ面倒くさかった。
「そんなガチギレしちゃうくらいに悩んでんのね。ほんと真面目というか、律儀というか」
「何? 私の気持ちを分かったつもりで話すのやめてちょうだい」
「それがわかっちゃうんだよね。私、人を見る目はあるからさぁ〜」
櫛田は余裕綽々な態度を見せ、足を組む。
「あんた、山内を退学にさせるか迷ってるんでしょ?」
龍園と会話した情報、投票試験が始まってからの行動や態度から、櫛田は堀北の迷いに気付いていた。
当然、プライドの高い堀北はそれが癪に障る。
「悩んではいるわ。けれど、あなたの情報が正しくて、このままの状況が続けば、最終的に山内くんが退学することになると思うわ」
「まぁ、それはそうだろうね。山内はDクラスで能力が低い生徒の1人だし、ただでさえ嫌われてるのにクラスを裏切っちゃったらねぇ」
櫛田はクスクスと小馬鹿にする笑みを見せる。人の不幸は蜜の味、その言葉を再現している。
「で、あんたはそんな山内すら救おうと考える。だって、たかが知れた裏切りだもんね。今なら、未然に防げる」
「そうよ。山内くんは行動を改める部分が多々ある生徒だけど、それだけで退学するのは理不尽よ」
「ウソなく本気で言ってるのきっしょいんだけど」
櫛田は真摯に向き合おうとする堀北に呆れる。
「山内はクラスを裏切った。坂柳と何かしらの約束を優先して、クラスメイトを退学に追い詰めようとしてるクズ。今回の試験で退学すべき馬鹿筆頭よ」
「それでも……」
「じゃあ、山内救う? そしたら代わりの人柱用意することになるけど?」
堀北の想定した通りに話が進む。
不要な人物筆頭である山内を救ってしまえば、クラスカーストを優先した人物が残り、有能な人物が消えかねない。
それは絶対に避けなければならない。
「だるぅ、答えはもう出てるだろ」
黙り込んだ堀北に、櫛田は追撃を打ち込む。
「山内を退学させる。クラスで一番不要な生徒があいつで、退学できる理由を勝手に作ってくれた。なら、ここで指名しない手はない」
「それくらい分かってるわよ。ただ……、救えた人を見捨てるようじゃ、この先リーダーとして……」
「はぁぁぁ、面倒くさ。あんた、まだお兄さんのような完璧なリーダーに拘ってるのね」
櫛田は堀北の思考を正確に把握している。
この試験が始まってから……いや、この学校に来てからずっとだ。
そして今回の試験、櫛田は自分の立ち位置が重要だと理解してから普段よりも注意深く観察していた。
クラスを混乱させないように動き、山内のことを伝えた。龍園に対応しなければならないことも察した。
そこで焦り、合理的に物事を進めつつも悩むことも分かっていた。
なぜなら、その馬鹿正直な性格と特出する才能が櫛田をこれまで苦しめてきたのだから。
「受け入れなよ。これは仕方ないことって。むしろ、こういう非情な選択こそができる奴がリーダーなんでしょ」
その言い分を、堀北は分かっている。
だが、一歩が踏み出せない。仲間を切り捨てる勇気が足りない。
「はぁ……ねぇリーダーさん、山内を救えないのはポイントが足りないからだよね。じゃあ、私たちがポイント不足である根本的な理由は?」
櫛田はうじうじしている堀北を分からせるために、一から話を振り返ろうとする。
「それは……、特別試験で思うようにポイントを得られなかったから」
「それもある。あはは、今思うと、私の裏切りで負けてるから私の責任も結構大きいわね」
何を今更と、堀北は内心で愚痴る。
もっとも、他クラスに実力で及ばない部分も多く思い返せたので、口には出さない。
そもそも、櫛田はクラスを纏めることに最も助力している生徒まである。
「でも、根本的な原因は私たちが4月でクラスポイントを全て使い切った事。その罰を、とうとう払う時が来たと思わない?」
「極論よ。それに罰を受けるならDクラス全員が対象になる。決して、山内くんだけじゃない」
「何だ、分かってんじゃん。そう、Dクラスの責任だよ。けど、どん底を経験してからDクラスは変わろうとした。あんたを筆頭に、Dクラスはクラスポイントを得るために努力した」
もし、Dクラスが入学当初の段階からCクラスと同程度のポイントを得ていれば、今回の特別試験でもやりようはあっただろう。
しかし、誰もが自分勝手に行動したからこそDクラスは0ポイントだったのだ。
失敗は全員の責任。だから、その失敗を取り返すためにDクラスの大半は反省し、ポイントを得るために成長していった。
「でも、中には足を引っ張っている奴らがいる。となれば、退学者の候補はそこから選ばれると思わない?」
「……一応聞くけど、候補は誰かしら?」
櫛田の言い分が間違っていないからこそ、堀北は嫌々会話に付き合う。
退学者候補を聞いたのは、既に山内を退学にするという明確な答えが出ているにもかかわらず、今回の特別試験で他に退学者候補がいたことに興味が湧いたからだ。
「1人目は高円寺。理由は言わずもがな、クラスに協力しないんだから当たり前だよね。でも、あいつは実力があるから切り捨てるには惜しい」
納得の意見だ。
高円寺は制御の利かない生徒だが、無人島試験や体育祭でほんの少し協力しただけでも、その能力の高さは垣間見れる。
「2人目は山内。理由はこのクラスで能力が低い上にキモイ。池や須藤も入学当初は似たような感じだったけど、こいつには未だにこれといった強みがないから消去法で切り捨てざるを得ない」
名前の挙がった三人はクラスの三馬鹿と呼べる三人。皆カーストが低く、クラスに迷惑をかけてきた人間だ。
しかし、その評価も変わってきている。
池にはムードメーカーとして周囲の雰囲気を和ませる対人能力が、須藤にはクラス随一の運動能力が。
2人は迷惑をかけたことこそあれど、それを帳消しするような功績もあるのだ。
しかし、山内には特筆すべきものはない。3択で選ぶなら、誰もが彼を選ばざるを得ない。
「3人目は私。てへっ」
「引っ叩いていいかしら?」
堀北が立ち上がれば、櫛田は即座に両手を上げた。
櫛田に関しては、三馬鹿以上にクラスへ迷惑をかけている。
高円寺と並んで退学者候補だろう。だが、彼女には圧倒的なコミュニケーション能力が備わっている。
切るにはあまりにも惜しかった。
「4人目は佐倉さん」
「佐倉さん? どうして彼女が?」
意外な人選が浮上したことで、堀北は疑問をそのまま口にする。
「えっ? 能力の低い奴が候補になるなら男子だけじゃなく、女子の能力が低い人もあげなきゃ駄目でしょ。あっ、だから篠原も池と同列だよ」
「容赦ないわね」
「仕方ないじゃん。論理的に退学者候補出してけば、あの2人は候補に入っちゃうもん。まぁ、佐倉さんは可愛いくておっぱい大きいから残す価値あるかもだけど」
「全く論理的じゃない」
クラスの三馬鹿のせいで霞むが、佐倉や篠原も能力が低い生徒に該当する。
可能性は低いが、彼女たちも退学者候補と言っていい。
「でっ、最後に綾小路くん」
「……訳が分からないわ。どうして、綾小路くんが退学者候補なのよ」
これまた意外な人選がでたことで、堀北は自分を揶揄うために適当なことを言っていると訝しむ。
しかし、櫛田の表情は先ほどよりもどこか神妙な面持ちに変わっている。
悪ふざけにしてはらしくない表情と思い、堀北は話の続きを聞くことにする。
「簡単だよ。手を抜いてるから。それも大分ね」
「そんな手を抜いている状態でも、今じゃ彼は平田くんの次くらいに頼りになる男子じゃないかしら?」
「クラス貢献も大きいしね。でも、皆が頑張っている中、見下して全力出さないあいつも候補には入るでしょ。それに……」
これまで機嫌よく話していた櫛田が言い淀む。
嫌に真剣な表情を浮かべるので、堀北は追及する。
「それに?」
「……綾小路は怖いんだよ。あいつ、腹の内で何考えているか分からない」
本能的な恐怖。綾小路とは良い付き合いができそうと櫛田は思っているが、性格を完璧に把握できないためにまだ距離を近づけたくない。
加えて、Xの正体が綾小路であること。あの龍園と騙し合いが出来る人間を、お世辞にも良い性格とは言えなかった。
「と、退学者候補は以上。はい堀北、あなたは誰を選ぶ?」
暗い雰囲気を変えるために、櫛田は話題を戻した。
「山内くんよ」
「どうして?」
「総合的に能力を見た時、彼が最も低いこと、そして成長が見られないからよ」
「だよね。で、助けたい?」
「ええ。けれど、彼を助けたら他の人がクラスを退学することになってしまう」
考えは始めと変わっていない。
しかし、櫛田と改めて振り返ってみると、納得のいく帰結へと変わっていた。
後は、彼に退学してくれと言い渡す勇気さえあればいい。
堀北は目を瞑る。
ここが分水嶺。
選択を間違っては、これ以上の格は身につかない。それでは、成長する他クラスのリーダーに敵わなくなる。
「山内が退学しないなら、私が退学してあげるよ」
「……どうせ、私も道連れにする気なんでしょう?」
「あはは、分かってんじゃん。いつまでも決断できないリーダーとか退学した方がいいでしょ」
「なら、その必要はないわ」
堀北の目に意思が宿る。前に進もうとする強い輝きが回帰している。
────あぁ、それだ。
櫛田は忌々しくも、それでいて感動するように堀北の瞳を見る。
大嫌いだとも。誰にも媚びず、1人でも前へ進もうとする力強い眼は自分には決して得られないものだから。
「────私はリーダーとして、山内くんを切り捨てる。たとえそれで恨まれようとも、私はこの試験を突破して見せる」
決意は固まった。
依然として堀北の意見、考え方に変化はない。
それでも変われた理由は誰かに相談できたから。
1人で考え込むのではなく、誰かと共に思考を回し、弱い部分を補ってもらった。
堀北鈴音は堀北学のように孤高にはなれない。
しかし、兄には兄の、妹には妹の強みがある。
その鋼の意思は、堀北学ですら及ばない域に至る。
「ありがとう櫛田さん。おかげで吹っ切れたわ」
「堀北さんのため? 違うよ、私はただ落ち込んでいる堀北さんを馬鹿にしに来ただけだから」
櫛田の嘘は見抜くのが難しい。
そっぽを向いてる姿が慣れてない好意からの戸惑いなのか、演技なのかは堀北でも分からなかった。
しかし、そんな櫛田が今の自分にとって心強い仲間であり、頼もしかった。
これにて真鍋の頑張りは終わりです。健気に頑張らせたつもりです。
ちょっとしか書けませんでしたが、堀北はお兄様こと堀北学とお話しています。しかし、これは綾小路が仕向けたのではなく、鈴音自らが連絡を取り、ポイントを交渉してます。
カムクラの影響で勇気は十分にあります。リーダーとしての自覚もあり、そのための行動。これには学もニッコリです。
櫛田と堀北の関係
堀北「捻くれているけど頼りになる仲間よ」
櫛田「嫌い。優秀な能力が嫌い。カリスマが嫌い。可愛げない面が嫌い。生真面目だから虐めたくなっちゃうのはね、本心からだよ。でも、この私を頼りにするならクラスメイトとして協力だけはしてあげる。勘違いしないでよね。あと、感謝とかいらないから。私がこうやって協力してやったのは、私があんたより優秀でクラスをまとめられる力があるってことを証明してあげただけ。まぁ感謝するなら、何か対価を寄越しなさいよ。貰ってあげてもいいわよ」
堀北学⇒元生徒会長であり、よう実のバグ枠の人。キミ、一般家庭から生まれたってまじ? 様々な人から慕われ、妹と南雲の脳を焼き焦がし、あの綾小路にすら最大級の評価をさせた。お前がNO1だ。
本作では、綾小路だけでなくカムクラにも南雲の対処を任せてる。カムクラが本命、綾小路が備えって感じ。原作と違って橘と交際中。
カムクラからも評価が高く、超高校級の生徒会長に相応しい才能を持っていると判断している。