投票試験へのタイムリミットが残り24時間を切った。
本日は3月5日の金曜日の朝。
急遽入った特別試験はその突発性から土曜日に行われる。
それに伴ったクラスの動きはそれぞれ。
坂柳率いるAクラスは意志統一を終えている。一之瀬率いるCクラスは未だに誰かを救おうと抗っている。堀北率いるDクラスは特に動きを見せず、試験本番を待っている。
そして、Bクラスは選挙ゲームに向けてそれぞれが行動を起こす。
僕は相手の監視を掻い潜って敵派閥全員に一度は声かけを行った。それによって、僕の派閥に所属した人間も現れ始めた。
現在の派閥間の人数差は22対18、ついに僕の派閥が龍園くんの派閥を上回る。
全て、予想通り。
スカウト、交渉に関する才能は全て揃っている。
少しでも派閥間を移動しようと考えているものがいれば、こちらに引き込むことは可能。造作もない作業です。
残りは矢島さんを引き込めば駄目押し。
加えて、他クラスからの賞賛票集めも万全。坂柳さん率いるAクラスから40票の賞賛票が送られてくる。
その上で、Dクラスの賞賛票は綾小路くんに任せたので、ほぼ確実に21票以上の賞賛票が手に入る。
場面は固まってきた。未来は少しずつ収束してきている。
このままいけば、ツマラナイ勝利が待っている。
それが覆されるかどうか、僕は僅かな期待が浮かんでくる。
「カ、カムクラくん、お時間貰ってもいいですか?」
朝のホームルームが終わって1限目の準備をしていると、真鍋さんが話しかけてくる。
表面上は普段と変わらないように取り繕っているが、怯えと不安が見え、蒼白の肌を隠せていない。
僕は彼女を廊下に誘い、そのまま階段の踊り場まで連れていく。
この後の会話は既に予想ができている。
既に少しの満足を感じられるため、僕は彼女に配慮する必要があると感じていた。
「わ、私、今日まで退学しないように1人で動いてきました。だ、だから知ったのですけれど、Aクラスの賞賛票を回収したのは……カムクラくんですよね!?」
1限準備中のため、人気はない。
僕は彼女に向き合い、答え合わせを行う。
「はい。このままいけば、僕は40の賞賛票を確保できるでしょう」
そう言えば、真鍋さんは驚愕の後、悔しそうに唇を噛む。
しかし、直ぐにもう一度口を開いた。
「……あ、あの、私、これからカムクラくんの言うこと何でもします! だ、だから、Aクラスからの賞賛票を分けてもらえませんか!?」
真鍋さんは必死に表情を取り繕い、大げさな動きで頭を下げる。
無意味な行動でありながらも、最後まで必死に抵抗していることが伝わってくる。
彼女としては、ここで自分の賞賛表を増やしつつ、僕の票を減らすことで龍園くんの勝利を援護する。そのつもりなのだろう。
「僕に得はありますか?」
「ありません。私は退学したくなくて……まだ、この学校にいたいから、恥を忍んでカムクラくんを頼りました」
知っている。
この試験が説明され、選挙ゲームが始まった時点で彼女の退学は決まったようなものだった。
だから、いずれ僕に縋ってくることも予想通りの未来だ。
「やっぱり、ダメ、ですよね……」
返答がないことで、真鍋さんはゆっくりと頭を上げた。
不揃いの福笑いのようにぐちゃぐちゃで、様々な感情が混ざって強張った表情。絶望に呑まれそうな人間が浮かべるものだ。
ツマラナイ。それは見飽きている。予想通りの未来が訪れてしまった。
しかし、
「僕に頼るのが随分と遅かったですね。すぐにでも泣きつくか、絶望して声すらかけないと思っていました」
無気力にならない限り、遅かれ早かれ、真鍋さんが僕を頼ることは確定事項だった。
何せ彼女に才能はない。交渉もできなければ、人心掌握にも長けていない。
いずれどこかで詰まり、最後の砦である僕にしがみつくしかなかった。
予定調和で、見るに堪えない未来がやってくるはずだったのだ。
「……本当はすぐにでもそうしようと思ったんです。でも、カムクラくんは自分で考えて行動しろって言ってたから」
「律儀。いや、馬鹿正直と言いましょうか。僕が怖くても、自分への期待を裏切りたくなかったあなたは無我夢中でやれるべきことを考え、行動に移した」
僕が分析を告げれば、怯えはどこへやら。頬を赤く染め、照れていた。
結局、彼女は僕を必要としてしまった。
僕の言葉が正しいと信じ、その実感を得たことで僕を求めてしまっている。
ゆえに、僕が認めたように告げれば、喜びの感情が浮かんでいる。
「選挙ゲームが始まってから、あなたは無謀にも全てのクラスのリーダーに最速で交渉を行った。焦りから生まれた単調な考えで、策というにはあまりに杜撰です。それでも、向けられた好意に応えたいという愚直な心意気が己で考えることに繋がり、行動を完遂して見せた」
それが、僅かばかりの予想外。
追い詰められた彼女に取れる行動なんてたかが知れていると思ったが、この土壇場でやるべきことを全て押さえられていた。
絶望せず、僕に応えたいという一心でやり遂げた。
僕はその事実を認める。
ただの凡人が僕という希望を手にするために成果を上げた。実に見事と言っていい。
「期待以上の行動でしたよ────真鍋志保。もう少し時間があれば、予想とは違う更なる変化があったかもしれません」
僕の言葉は本心だ。
才能はない。このまま僕のために成長しても、僕の道具になってしまうだろう。
だが、そうなる未来への振れ幅を僕が見誤った。
何の才能もない性悪の女子高生の、希望を叶えるために見出した原動力は少しだけ予想外だった。
未知というにはあまりにお粗末で極小な欠片。それでもやはり、希望は予想がつかなくてオモシロイ。
「……やっぱり、私は退学してしまうのですか?」
彼女は涙を堪えながらも、穏やかな雰囲気で笑ってみせる。
「はい。僕は龍園翔の挑戦に手を抜かない。であるならば、僕の勝ちは必然です」
「カムクラくんが勝つことは“退学者を出す”派閥の勝利。そして、最も批判票を持つであろう私が……退学する」
「そう理解できるという事は、一之瀬帆波からも賞賛票を得られなかったようですね」
「……はい。龍園くんとの交渉を優先するって今朝方連絡が来ました」
絶望の目覚めだったに違いない。これをきっかけに僕を頼ったわけですね。
「……退学、そっかぁ……退学かぁ」
我慢が限界を迎える。
迫る現実に、押し寄せる感情に、涙が止まらない。
唇を噛み、鼻を鳴らす。向き合っていた視線も落ち、膝が崩れていく。
下を向く顔を両手で抑え、嗚咽が響く。
「わたしは……、どうすれば、よかったのですか?」
「どうしようもなかったでしょう。あなたは他者を見下すことを好み、精神的な幼さが故に軽井沢恵に虐めを行った。そこを綾小路清隆に目をつけられて利用され、クラスに害をなした」
すすり泣く真鍋志保に、僕は全ての事実を告げる。
「あやのこうじ……かれが、Xだったんですね」
「恨むのは結構。しかし、根本的な原因はあなたにあります」
僕は最後の手向けとして、彼女の矯正を行う。
怒りや恨みは原動力に変わり、芽生え始めた善良な意思を消してしまう。
だが、そうはさせない。
この学校を去った後、この僕に少しでも未知を見せた存在を絶望に手向けるつもりはない。
彼女が見つけた自分の可能性は、ここで潰えさせない。
そして何より、僕の予想が正しければ、この学校から退学するというのはこの世界で大きな意味を持つはず。
日向創への手土産になるかもしれない。ならば、こちらで矯正を進めても問題ないだろう。
「あなたの趣向を変えろと言う気はありません。ただ、今のあなたの実力で他者を見下すのは烏滸がましい」
彼女は覆っていた顔を開き、首を上げる。
垂れ流される涙がメイクを崩し、中途半端に開いた口が何かを言いたげに動いている。
「今後、あなたが他の高校や大学に行くことになったとして、同じことを繰り返してはツマラナイ」
他者を虐める快楽と追いつめられることの恐怖。
どん底に落ちた時の絶望感と這い上がった先に見えた満足感。
寄せられる期待に応える歓喜と愚直な努力から導き出された己の限界。
様々な体験をした今の真鍋志保ならば、自分の未来のためにどう行動するべきか学習できたはずだ。
「わ、たしは……、私は、もう二度とこんな惨めな思いを……したくありません」
鼻声ながらも意思のある声色で、彼女は宣言した。
ならばこれからどうすると、僕は瞳で訴える。
そうすれば、涙を制服の袖で拭って前を見た。
「……私、もう少し自分の事を見直してみます。でもとりあえずは……もう一回学校生活を送りたい、です」
「なら、今後も自分で考えて行動する必要があります」
彼女は鼻をすすった後、頷いた。
未だ表情は暗いものがあるが、その瞳はマシなものに変わっていた。
「僕は先に戻りますが、あなたは?」
そろそろ授業が始まってしまうため、僕は切り上げる。
泣き止み落ち着いたとはいえ、未だ不安定な心情に変わりない。
「……少し校舎を見て回って、その後保健室で休んできます」
「分かりました。先生には僕が上手く言っておきましょう」
背を向ける彼女を、僕は見送る。
クラスメイトとの別れに悲しみの感情は一切湧かなかった。
感じるのは、未知を見せてくれた少しの感謝だけ。
あの時のように、涙は流れない。
「……カムクラくん」
時間も迫ってきている。僕は次に彼女が言おうとしていることも予測できている。
しかし、その言葉は遮らない。
承認欲求はない。ただ、彼女が前へ進んだと分かる言葉だから、続きを待った。
「────ありがとう。私、君と会えて良かった」
涙の痕跡いざ知らず。
蟠りない純粋な感情と表情は一枚絵として額縁に入れて飾るに相応しい。どうやら、何の心配もないようです。
「所持ポイントは返さなくていいです。最後は好きに使い、あまりは贖罪の意味を込めて軽井沢恵に渡して下さい」
矯正はこれで終了。
後の未来は彼女のもの。邪魔をするつもりはなかった。
──────
投票日前日の放課後。
様々なクラスが行動を起こしている中、これまで動きがなかったDクラスがとうとう動く。
きっかけは昼休み。Dクラスのリーダーである堀北鈴音によって、本日の放課後に投票試験についての話し合いを行うと宣言された。
HR終了後、誰一人として動かない生徒たちに担任である茶柱も今日が分岐点だと察し、その行く末を見守るために教室の端に残る。
堀北が教壇に到着すれば、計40人の生徒たちが最悪の話し合いの始まりを予感する。
この試験は、誰かが退学する。
クラスのプライベートポイントを全て集めても2000万ポイントには届かないのは承知の事実。
なればこそ、選択は1人のクラスメイトの退学しかない。
そんな試験の話し合いと来れば、今日こそその退学する人物が決まる。
堀北はゆっくりと息を吐き、切れ長の目でクラスメイトを見渡した後、話を始める。
「みんな、集まってくれてありがとう。早速だけど、明日の特別試験について話を進めていくわ」
今や誰もが堀北をリーダーと認めている。
今日この場に全員揃い、弛緩した空気がそれを物語る。
「今日の話し合いはBクラスの選挙ゲーム、Dクラスの退学者についてよ。まずは前者の方から皆で話し合いたい」
始まりは龍園が主催した選挙ゲームについて。
本来、特別試験を遊びとして昇華しているこのゲームに他クラスが付き合う義理はない。
他クラスに渡せる1票の賞賛票は他クラスの友人や恋人に残しておくのが普通だろう。
しかし、龍園はゲームを成立させるために、“最も賞賛票を送ったクラスには100万ポイントを与える”“もし、3クラス全てが40票同票だった場合、全てのクラスに40万ポイントを与える”というルールを追加している。
このルールは学校にも話がついているようで、龍園が約束を破れば虚偽の情報を発信したという名目で罰を受けることになっている。
つまり、確実な保証がされたゲーム。参加のデメリットはなく、参加するだけ得なゲームという訳だ。
「私はBクラスの選挙ゲームに40票投票すべきだと判断している。この意見に反対意見がある人はいるかしら?」
クラスから上がる声はなかった。
投票するだけでポイントがもらえるとなれば、参加しない者はいない。
「高円寺くん。一応聞くけど、あなたもBクラスの誰かに賞賛票を入れてくれるのよね?」
「無論だとも。私はポイントに困ってはいないが、貰えるものは貰っておこうと思ってねぇ」
唯我独尊の高円寺だけが今回の例外だが、彼はいつも通り机に両足を乗せながら気ままに答える。
堀北はその発言を嘘かどうか吟味できなかったが、今は信じることにする。
ここに時間を使いすぎてしまっては後半の議論に差し支えるからだ。
「私はこの選挙ゲームをチャンスだと考えている。ポイントを得る以外にも賞賛票を誰にいれるか次第で、今後の特別試験を有利に運べるとすら思っているの」
「なぁ堀北、ポイントを得る以外にチャンスなんて本当にあるのか?」
堀北の言葉に反応したのは池だ。
「あるわ。賞賛票を特定の1人に集中させるということは、Bクラスであまりクラスに貢献していない人へプロテクトポイントを与えられる可能性がある。それに、龍園くんやカムクラくんのような今回Bクラスで退学者候補となっている人をこちらの判断で退学に追い込めるかもしれない」
「……なるほどな。適当な誰かに貴重な新ポイントを与えるか、本来残るべき有能な人物に投票しないことで退学に出来る可能性があるのか」
返答するは幸村。
Dクラスでも分析力の高い彼は冷静に堀北の言葉を噛み砕いていく。
“代表者”という役職を担っている龍園とカムクラは39票の批判票を持った状態でゲームを開始するので、追い詰めるには絶好のチャンスだ。
たとえば、Bクラスの伊吹に40票の賞賛票を送れば、退学者候補の龍園とカムクラは本来得れた票を取れなくなり、退学の危機から脱せられなくなる。
また、カムクラに票を集中させれば、龍園が退学に近付く。逆もまた然り、どちらかへ票を集中すれば退学者を狙い撃ちできる。
「そこで、私から提案がある。私は、龍園くんに40票の賞賛票を投票するべきだと考えるわ」
堀北の提案に、クラスからどよめきが起こる。
賞賛票を送るべきはあの龍園だと言ったのだ。
他クラスから見ても恐怖の象徴。学年で最も嫌われている男であろう彼を生かそうという判断と来れば、一石を投じることになる。
「おい、堀北!! どうして龍園なんだよ!! あいつは不良で性格も悪い奴だぜ、何で退学に追い込まねぇんだよ!!」
山内が声高に告げる。
その反論を待ってたと言わんばかりに、堀北は間髪入れずに反論する。
「山内くんの言う通り、龍園くんはお世辞にも褒められるような生徒ではない。ただの好き嫌いで言うなら、私も山内くんの意見に賛成よ」
「なら何で龍園に賞賛票を送るべきなんだよ、意味わかんねぇって!?」
「私は龍園くんがクラスに残るよりも、カムクラくんが残る方が後々厄介だと考えているからよ」
はっきりとものを言い切り、真っ直ぐな瞳を向けてくる堀北に、山内はたじろいでしまう。
クラスメイトはそんな堀北の意見に納得する者が多く現れ始める。
龍園翔を好まない生徒は多くいる。実際に、Dクラスの大半は彼のことを恐れ、嫌っている。
しかし、そんな単純な感情を差し置いても、カムクライズルの実力は記憶に色濃く残っている。
残り2年、あれと戦って勝てるのか。もし今ここで退学させられれば、Bクラスから強大なカードが消え、有利な展開で今後の特別試験に臨めるのではないか。
そんな思考が堀北の提案を賛同する後押しになる。
「……待ってよ、堀北さん。カムクラくんが強敵とはいえ、こんな対応をするなんて……」
悲痛そうな声で、平田が堀北の意見に反対する。
「そうかしら。自分たちで行うゲームで首を絞める羽目になっているなら、文句は言えないでしょう」
しかし、中途半端な意見は一刀両断。
投票試験の発表が始まってからどっちつかずの対応を続ける平田には、今の堀北の相手は悪すぎた。
「私は堀北さんの提案に賛成かな。選挙ゲームはBクラスが勝手に始めたこと。カムクラくんには申し訳ないけど、自分たちで曝け出した隙はついておくべきかなって思う」
泥沼の言い合いになる前に、櫛田が自身の意見を告げる。
このタイミングは意図的。皆が誰かを退学させる責任に悩んでいる中、皆の一歩前で発言する。
あぁ、櫛田が言うならそうだな。そんな他者に責任を背負ってもらえるタイミングがあれば、優柔不断な人間は人気者の意見を鵜呑みする。
「く、櫛田ちゃんが言うなら俺も賛成だぜ!!」
山内がお手本のように続く。
一人、また一人。少しずつその声は大きくなっていく。
俺も、私も。クラスの半数ほどの生徒が櫛田を盾にして進む。
平田もこの声の濁流には目を開くことしかできない。
櫛田の扇動は既に平田の比ではない。圧倒的なコミュニケーション、容姿やスタイルも相まって、大多数が彼女を肯定する。
だが、大多数。意志が強く、自分の意見がある者たちは櫛田の後に続かない。
「オレは反対だ」
意見が纏まりつつあった中で、綾小路が感情の機微のない声を投じる。
静まり返る教室。全ての視線は綾小路へ集まっていく。
「おいおい綾小路、ふざけんなよぉ~。空気読めって~。今みんなの意見が決まる所だったのによぉ」
「悪いが山内、オレはこれでも本気だ。決してふざけていない」
綾小路は椅子から立ち上がり、教壇に向かう。
その色のない瞳は堀北を見据えながらも、見ていない。
ただこの場の勝利を求めて、怪物は前に出た。
「オレはカムクラに賞賛票を与えるべきだと思っている。退学すべき人間は……龍園だ」
今や、クラス男子でも平田の次に頼れる人物として名が挙がる綾小路。
堀北の右腕としてクラスで働くその実力はクラス内外から認められている。
ゆえに、その意見はクラスのリーダーである堀北の提案に掻き消されない。
「龍園はBクラスのリーダーだ。一個人としての実力が突出しているカムクラよりも、龍園を退学にした方が大きなダメージを与えられる」
リーダーがいなくなれば、集団は崩れる。
頭が潰されたことで烏合の衆に変わることは誰もが思い描ける結末だ。
しかし、これ以上責任を負いたくない者たちは批判の声を上げようとする。
綾小路の言い分なんてどうでもいい。同調圧力とともに、彼を黙らせようと行動に移そうとする。
だがそれよりも早く、賛同が続く。
それは、彼の手駒である軽井沢恵だった。
「私は綾小路くんの方に賛成~。龍園くん危なっかしいし、いるだけで迷惑な上にBクラスの弱体化を狙えるとか……狙わない方が勿体なくない?」
「……俺も賛成だ。確かにカムクラは実力ある生徒だが、龍園の暴力や非道な行いの噂は聞くに堪えない。言っちゃ悪いが、龍園の方が人としても退学させやすい人物だと思う」
軽井沢にDクラスの秀才である幸村が続く。
龍園は己の敵と見なしたもの全てに噛みつく狂犬。そんな危なっかしい奴は学校から去ってくれた方がありがたいし、選ぶ責任も龍園ならば仕方ないと思える。
「ハハッ、私も賛成だねぇ~。カムクラボーイはマイフレンド! フレンドとして、少しばかり手助けするのは当然さ」
「……高円寺くんの友人って大丈夫な訳?」
誰が言ったのか、高円寺が友人として認めていることに、クラスはカムクラが変人だと感じ取る。
余計な援護に、綾小路はため息をつきたくなるが、落ち着いて対処していく。
「龍園と違って、カムクラは暴力を振るはないし、話してみると会話に応じてくれるから大丈夫だと思うぞ」
自分が暴力を振られたということを棚上げせず、綾小路は噂話を教えるように告げる。
事実、彼は未知の可能性がない人間に対してはまともな対応をする。
髪が長かった頃は威圧感と不気味さがあって近寄りがたかったが、今やそれも緩和した。
授業態度も極めて真面目。龍園同様に他者へ容赦がない点はあれど、悪評塗れの龍園と比べれば、カムクラは温厚と言っていい。
ただ、有する能力が高すぎる。その一つだけで退学に追い込むことなると、Dクラスの人間には少々応えるものがあった。
「綾小路くん、あなたも分かっているはずよ。カムクラくんの能力はあまりに突出している。彼が退学した方が私達としてもAクラスに上がりやすくなる」
堀北は対向してきた綾小路を引き下げるために仕掛ける。
「どうだろうな。オレは龍園さえいなくなれば、カムクラは行動を変えると思うぞ。言ってしまえば、カムクラはこのクラスで言う高円寺に似たポジション。気分次第で特別試験に望むし、他者からの評価もどうでも良いように感じる。唯一、カムクラが動く時は未知を求めている時だ。しかし、期待している龍園が退学してしまえば、カムクラの行動に何かしらの変化が起きるはずだ」
綾小路にしては希望的観測が強い意見だと堀北は感じる。
綾小路は確定した事実や結果から物事を考え発言するはず。しかしそうしないということは何かしらの演出か、それともカムクラの動きが予測できないが故に推測で留まっているかと判断する。
「仮に龍園くんを退学に出来たとして、カムクラくんが次のリーダーになる可能性は大きい。前回の混合合宿のように、彼がリーダーになった時の実力も露呈している。……悔しいけど、あそこまで圧倒的な結果を残されれば脅威として認めざるを得ない。正直、龍園くんがリーダーの時より隙が無いように感じたもの」
「お前がそう感じたならそれは事実なんだろうな。だが、奴にはムラがある。全力を出す理由が未知の追求である以上、やはり龍園から退学してもらった方がBクラスの統率がなくなり、目に見えるダメージが残る」
平行線をなぞる2人の意見。
綾小路を説き伏せようとする堀北に対して、綾小路は説き伏せることなくこの対立を維持するように会話を行う。
それもそのはず。
このまま議論が閉廷すれば、綾小路は勝てると判断しているからだ。
「あなたが彼の脅威を分からない訳じゃないでしょう? 体育祭の時なんて顕著だったはずよ。圧倒的な個の力はあまりに大きな武器なのよ」
「そうだな。お前の言う通り、カムクラはBクラスの大きな武器だ。だからこそ、その武器を狡猾に使える頭脳である龍園を退学にするべきだとオレは思う」
「彼はその頭脳にもなれるのよ」
「頭が違えば、武器や戦力の使い方は違うだろう? 仮にカムクラがリーダーになったとしても、龍園よりは危険な戦い方はしてこない。特に、他クラスに迷惑をかけるような行動はな」
「……龍園くんは自分に賞賛票を投票した場合、さらにポイントを渡す契約を持ち掛けてきたわ」
「手に入るポイントは1人あたり一万らしいな。あんな危ない奴をその程度のポイントで残すのは割に合ってない気がするな」
綾小路は龍園の危険性を強調していく。
堀北の意見に間違いはない。カムクラを退学させるにはチャンスであることも否定しない。
だが、やはり他クラスにも伝わっている悪評を考慮すれば、優等生のカムクラより不良の龍園の方が票を集めやすい。
単純にいなくなれば安心する上に、投票後の自分の決断、責任から逃げやすいこともあるだろう。
綾小路からすれば負けても這い上がってくる龍園は好ましく思うが、一般人からすれば悪質でしつこい人間にすぎない。
消えてもらって嬉しいのはどちらかなど言うまでもないのだ。
加えて、綾小路はより先を見据えている。
────そもそも選挙ゲームで、2人の“代表者”は退学しない。
退学するのは“嫌われ者”の真鍋志保。
カムクラは坂柳率いるAクラスから、龍園は一之瀬率いるCクラスから、それぞれ40の賞賛票を得る。
これは確定した情報。39票の批判票を背負った状態から始まるのではなく、2人とも1票の賞賛票を有した状態から選挙ゲームが始まるのが正しい。
よって、どちらも退学することはない。退学するのは大量の批判票を消化できなかった真鍋だ。
つまるところ、この議論に意味はない。どちらを退学させるかという堀北の主題では、本質に辿り着いていない。
それでも綾小路が堀北に勝ちに行くのはカムクラと龍園の代理勝負を引き受けたから。
カムクラを勝たせなければ、綾小路は今後カムクラから狙われる。
ホワイトルームが接近しつつある現状で、厄介極まりないカムクラから狙われてしまえば袋小路に入ってしまう。
ゆえにこの勝負、勝利を収めなければならない。
「一度、皆の意見を確認したい。どちらの人物が退学すべきかどうか、手を上げてほしい」
議論が詰まったので、綾小路はクラスメイトの意思を問う。
カムクラが退学すべきと聞けば、10人。
龍園が退学すべきと聞けば、27人。
手を挙げていない高円寺はカムクラに投票するとして、教壇に立つ2人を含めないのでこれで全員。
実質、11人対29人。
櫛田が扇動してもこの結果であるに、龍園の悪評は高く、しっかりと反映されている。
「堀北、多数決は取った。今回はオレの意見を採用してみてくれないか?」
「……確かに、現状のクラスの意見はあなたの意見が多い。でも、やはり私は反対よ。もっと先を見て────」
「────以前も言ったぞ、堀北。その真っ直ぐ突き進む姿勢はお前の長所であり、欠点でもあるとな」
かぶせて告げてきた綾小路に、堀北は驚いた。
普段より低い声色。ただでさえ抑揚が少ない綾小路の声には、怒気を孕んでいるように感じる。
僅かな感情を見せている。あの綾小路がだ。その事実が、彼女の反論を遅らせる。
「未来に向かって進むのは良い。だが、足元を固めて、より現状を見てみろ。このクラスの意思を尊重することを忘れているんじゃないか?」
堀北がそう簡単に折れないことを綾小路は知っている。
だからこそ、今回は何もさせない。今の堀北にはついていきたいと思えるカリスマが現れている。
カムクラを退学させる意見が間違いでない以上、堀北は諦めずに自分の求める未来へ進んでいく。
(させないさ、堀北。お前のその意志はそのままでいい。だがより高みに行くために、ここでお前を一度折る。それで、オレがお前にするべきことはもうなくなる)
綾小路は勝利のために、堀北の成長のために、本気を引き出させない。
その強い意志を全開にされれば、流石の綾小路でも勝つためにもう一手間加えなければならない。
本気を出すのは、後半の議論でいい。
今は欠点を自覚し、更なる殻を破る準備に備える。そのために、前半の議論を終わらせにかかる。
「もちろん、リーダーであるお前はついていきたいと思える人物だ。お前の意見ならば、多少強引でも納得できるだろう。けど、今回はクラスの安全のためにも、龍園という害意を振りまくものを優先してもいいんじゃないか?」
押し黙っていた堀北も、この言葉に一息つく。
そして、観念したように薄く笑って返答する。
「あなたにしては珍しく、随分とクラスのための意見だったわね。目立つのが嫌いじゃなかったのかしら?」
「……嫌だが、意見は言わなくちゃいけないからな」
「殊勝な心掛けよ。そんなあなたの行動に免じて、今回は私が折れることにするわ」
悔しい素振り一つなく、堀北は負けを認める。
折れない。負けず嫌いな堀北らしいセリフを吐きながらも、どこか達観した様子だ。
自分に意見した綾小路に対して感謝するような暖かい目を向けてくる。
(足元を見てくれる、注意してくれる仲間に感謝している。信頼に足る仲間、オレをそう判断しているのか)
表情を変えずに、綾小路は内心で驚愕する。
本当に、良く成長した。自分の介入もあったとはいえ、既に彼女はリーダーとして完成しつつある。
その発端はカムクライズルの存在。彼の圧倒的な才能に触発され、その器は既に強固なものとなっている。
後は更なる能力の開花と経験を積むこと。そうすれば、堀北鈴音は自分にすら届きうると期待できる。
「……悪いな。後半の議論は任せる」
「ええ、任せて。私はもう覚悟を決めてきたから」
強い意志を感じる瞳。
もう、オレのフォローがなくても堀北は成長できる。
綾小路はそう判断し、期待を胸に宿して自席に戻っていった。
ついに退学者が確定していきます。
退学者が出る。そのことを、カムクラは強く意識しています。
原作との相違点が増えてきましたが、全体的に主要キャラの成長が早いです。堀北はまだ未熟とはいえリーダーへ成った。櫛田もクラスのまとめ役として地位を確立してます。
堀北「議論で対立することがあってもあなたは仲間よ。悔しいけど、あなたの助言には何度も助けられたもの」
綾小路「……鈴音ェ」
高円寺⇒学校一の自由人。しかし、その実力は間違いなく最高峰。カムクラからも超高校級に近しい能力を持っていると判断されている。
こいつだけ原作とほとんど変わってない。好敵手ができて原作より協力的になったくらい。