Dクラスの議論は後半にさしかかる。
議題は投票試験におけるDクラスの退学者について。
2000万ポイントを用意できなかったDクラスは、この理不尽な難題に声をあげられず、試験本番前まで話し合いを行わなかった。
各々が水面下で動き、退学から逃れるための準備を整える。グループを構成し、票をコントロール。誰かを退学にするという行動より、ひたすら退学者にならないための行動だった。
そしてついに、その成果を見せる時がやって来た。
「さて、そろそろ本題に入りましょう」
揃えた言弾は既にセットしている。
後は、答えを導くために議論を進めていくだけ。
教壇に立つはリーダーである堀北鈴音。彼女は誰もが目を逸らしていた事実に触れていく。
「皆も分かっている通り、このクラスに2000万ポイントを貯める手段はない。だから、明日の試験でこのクラスから……退学者が1人出るわ」
議題はこのクラスから出てしまう退学者について。
必ず退学者が出る、それは誰もが導けた簡単な答え。それでいて、この数日間でこのクラスの誰もがその事実から目を背けていた。
「クラス内で評価し、その結果で退学者を決める最悪の試験。私はどうすればこの試験を乗り越えられるのか、それをこの数日間考え続けていた」
鋭くも美しい眼差しがクラスメイトを見渡す。
様々な感情の色が見える空間を、堀北は否定しない。それでも、突き付けられた現実は残酷で、答えを導かなければならない。
「確実に誰かが退学する以上、皆は自分や友人が退学しないようにグループを作り、票をコントロールする。でもそれじゃあ、クラスに残るべき優秀な人材が退学してしまう危険性がある。……私は、それがこの試験を突破する正しい答えだとは思わない」
「実に的を射た話だねぇ、堀北ガール。では、何が正しい答えだと?」
堀北の話を後押しする人物は高円寺だ。
期待通りの動きをする堀北を拍手で迎え、続きを促す。
「本来なら、全員で話し合って退学者を絞り込むというのが理想でしょうけど、それは現実的に厳しい。だから、────私から退学すべき人物を指名させてもらう」
逃げるな。そう強い意志を孕んだ視線がクラスメイトに一種の圧を送る。
それは、カリスマだ。リーダーとして自覚を持ち、その責任を持って前に進むことを決めた堀北が放つ雰囲気に、クラスメイトは思わず息を呑む。
「ま、待つんだ、堀北さん。そんな皆を混乱させるような真似、僕は反対だ」
声を上げたのは、平田洋介。
過去のトラウマから仲間の欠落を受け入れられない男が堀北の前に立ち塞がる。
「あなたの言い分は理解しているつもりよ。今日までクラスが混乱しないように纏めてくれたことには感謝するけど、退学者が1人出るという現実は変わらなかった。ならば、今後の試験で他クラスに勝つためにも、今回の試験はこのクラスで最も不要な生徒を選ばなければならない」
断定的に、堀北は自分の意見を告げる。
迷いのない清々しい発音は、確信に満ちた響き。現状を見据えた言葉は、彼らの危機感に伝播し、前を向く勇気を与える。
しかし、残酷な選択肢を嫌う臆病者は芽生えた感情を沈め、己すら傷つける牙を剥き出す。
「……このクラスに不要な生徒はいないよ」
「私もそう思う。でも、選ばなければならないのよ」
「間違っている!! こんな……仲間同士で蹴落としあうなんて、おかしいよ」
「全く以て同意ね。だから、2000万ppを集める方法も考えたけど、当てはなかったわ。あなたにだって、なかったのでしょう?」
「……いや、まだあるはずだ。先輩からポイントを少しずつ借りて……」
当然、平田はこの数日間を退学者救済のための時間として消化した。
既に、自分のつてを十全に使って、ポイントを借りれるかもしれない先輩は見繕っている。
だが、その数などたかが知れてる。2000万ポイントは集められていない。
「あなたの言う先輩というのは、2年生のことかしら? それとも3年生? どちらにしても、彼らにも特別試験……それも3年生には学校最後の特別試験がある。後輩に2000万ポイントを貸せる余裕はないでしょうね」
「……やってみなければ分からない」
「無理よ。今、この学校で最もポイントを持っているであろう兄さんだって、最後の特別試験に臨むためにポイントを渡せなかった」
学年が違う肉親がいること。それは、この学校で堀北だけがもつ唯一無二のつて。
どんな理屈があろうとねじ伏せられる可能性すら秘めた家族という縁。しかし、その手札は封じられていることを告げる。
ただの交友関係の延長よりも深い縁ですらポイントを借りられないという事実は、苦し紛れの提案を断ち切る。
「……な、なら、せめて話し合いで決めよう! 堀北さん、君だってそれが最も理想だって言ってたじゃないか!!」
「皆が納得するならば、ね。でも、あなたのように退学者を認められない人がいる以上、結論は永遠にでない。悪いけど、理想だけで突破できる程、この試験は甘くないのよ」
「皆が納得するならば、僕は……」
唇が薄く傷つく。
堀北の結論が間違いではないと分かっているからこそ、閉じなければならない。
「平田くん」
誰も味方しない中、平田が追いつめられる展開が続くと思われる中、意外な人物が平田を呼ぶ。
櫛田だ。彼女は普段通りの笑みを平田に向け、席を立つ。
自分の背を押してくれる存在と期待してしまい、平田は勢いよく櫛田へ振り向く。
しかし、なぜか震えが背中を走った。
「私は堀北さんの意見に賛成する。平田くんの意見が間違っているんじゃなくて、堀北さんの方が正しくて先を見据えているから賛成する」
クラスで最も求心力がある存在が堀北につくと断言する。
前半の議論同様に、櫛田の賛成という都合の良い“理由”が意思を持たぬ人間を動かす。
その筆頭である山内は早速口を開く。
しかし、
「そ、そうだぜ。お、俺もさん────」
「────山内くん……ちょっと黙って」
櫛田は扇動を自ら止める。
誰にでも優しい「櫛田」の言葉ではなく、櫛田桔梗の言葉がクラスに広がる。
あまりに予想外の言葉に、注目は一気に櫛田へ。
会話していた平田だけでなく、綾小路や高円寺ですら興味を持ってその続きを待つ。
「私もさ、2000万ポイントを集めようとはしたよ。けど、無理だった。だから、私はクラスメイトの誰かが退学になることをもう受けいれた」
「……その選択はまだ早いよ、櫛田さん。何か、打開策があるはずなんだ。まだ────」
「────ないよ」
必死に言い返す平田に、櫛田は冷たく言い放つ。
震えが、平田の背をもう一度走る。
目の前にいるのは、本当に櫛田なのか疑ってしまう。恐ろしく容赦のない言葉に、他者を慮る意思はない。
普段と変わらない優しい声色。しかし、冷徹に会話を進める姿勢はまるで、カムクラを連想させる。
「ハハッ、君までどんな風の吹き回しだい、櫛田ガール」
引き締まっていた空気に似つかわしくない高笑いとともに、高円寺がそう告げる。
「エンジェルのような振る舞いはどうしたんだい? 皆、困惑しているよ」
「困惑させたなら……後でいくらでも謝るよ。でもね、今回ばっかりは私も厳しい言葉を言わなきゃいけないと思ったの。平田くんの意見が間違っていないからこそ、なるべくクラスが納得のいく意見を出すために」
「皆を納得させる、か。確かに、櫛田ガールにしか……いや、
高円寺は櫛田の意思を確認して引き下がる。
理解したのだ。櫛田の目的がDクラスの真の団結を促す介入だけではなく、自分自身の仮面を塗り替えるための儀式として、今回の議論を利用していることに。
「そもそもの話をしようよ、平田くん。他クラスが2000万ポイントを集められる可能性がある中、どうして私たちにはその可能性がないのか」
「それは……特別試験の勝率が低かったから、かな」
「そうだね。Dクラスは特別試験で勝ちきれず、2000万ポイントを集められなかった。でもさ、敗因は様々で、誰か一人の責任とは言えないと私は思う」
「その通りだよ!! 誰にも責任はない!! こんな、仲間を蹴落とすような試験が悪いんだ!!」
「本当にそう思うよ。けどね、堀北さんの言葉を借りて言うなら……今後の試験で他クラスに勝つためにも、私達は自分たちの行いを反省しなければならないと思う」
「……反省?」
都合の良いおべっかでは終わらない。
櫛田は誰よりも逃げようとしている愚か者に真実を向ける。
「そもそもの話をしよう、そう言ったよ。誰にも責任はないんじゃない。この状況を作った責任────は全員にあるんだよ」
堀北のカリスマとは違う櫛田の場をコントロールする力。
悪い点に目を瞑ってでもついて行きたいと思わせる堀北のそれとは違う、納得と肯定を強要する力。
既に、場は整っている。目を背けた程度では、逃げられない。
「……櫛田さん、君は何を言っているのかな?」
「私達Dクラスに2000万ポイントが集まらなかった理由。それはさ、Dクラスの入学当初のクラスポイントが0ポイントだったからだよ」
クラスに大きな衝撃が走る。
ただの事実確認に過ぎない行動だったが、Dクラスの人気者がこの事実を突きつけたことで、焦燥と後悔がより強く生じる。
「違う、平田くん? 極論だけどさ、もしDクラスが500クラスポイントを持っていたら、ポイントを搔き集めて今回の試験を乗り越えられたかもしれない」
「……極論が過ぎる。そんなたらればで、納得なんかできない」
「でも、0ポイントだった責任は皆にある。違う?」
違わない。
歯軋りと握った掌が雄弁に語る。
「十分だ、櫛田。それ以上、平田を追い詰める必要はないだろ」
あまりに一方的な展開に、綾小路が止めに入る。
もちろん、彼にもまた目的があり、平田というクラスの歯車を打ち直すために、まるで味方のような発言をしているだけだ。
「お前の言い分は正しいと思う。クラスの責任は皆にある。そうであるならば、くじ引きで退学者を決めるって考えでもありな訳だ」
運で退学者を決めるという突拍子もない発言に、4月の態度が真面目だったことを主張したい複数人が怒りを見せる。
だが、櫛田はそれらに発言の機会を与えない。
「けど、それじゃあクラスに必要な人材が残らない可能性がある。今後の特別試験で勝つためにも、それは絶対に避けなければいけない。だからこそ、話し合いかクラスのリーダーによる指名が必要だよ」
しかし、話し合いは平田の邪魔が入ってしまう。
となれば、
「私から、最も不要な生徒を指名する」
教壇に立つ堀北が怯えることなく言い切る。
流れは完成した。残すはクロの指名だ。
「このクラスで最も必要ない人物。それは────山内春輝くん、あなたよ」
消えるべきクロは絞られた。
おしおきは、選ばれた理由の露呈、そして退学。
「な、なんで俺なんだよ堀北ぁ!?」
狼狽は当然。身の潔白を証明しなければ、山内に批判票が集まってしまう。
しかし、既に証拠は出揃っている。
これから彼は、坂柳有栖との関係と綾小路を退学にさせようとした疑惑がクラス中に晒される。
虚しい抵抗、未来は確定した。
山内が退学者となっていく流れを、平田は廃人のように固まり、見届けることしかできなかった。
──────
堀北クラスが試験の結末へと進む中、坂柳率いるAクラスでも大きな動きを見せていた。
投票試験前日の放課後、帰宅せずに教室に残るように坂柳からの指示が出され、全員が従う。
投票試験が通達された日、Aクラスは既に一度この試験の結論を出していた。
それは、今やAクラスのリーダーとなった坂柳による退学するクラスメイトの名指しだ。
名指しの対象者はかつてリーダーの座を争った葛城康平。
彼を慕う戸塚弥彦を除いてAクラスの38名が葛城の退学に賛成していた。
同時に、当の本人である葛城もまたその結末を受け入れようとしていた。
無人島試験において、葛城は龍園と悪魔の契約をしてしまった。
その契約に見合う利益を持ち帰ったことは事実。実際、この1年のAクラスは独走状態だった。
船上試験以降の成績は派閥争いによる足の引っ張り合いをして尚、他クラスと大きな差があることは紛れもなく葛城の功績だった。
しかし、悪魔の契約は今も生きている。
これだけの成果を持ち帰った葛城だが、毎月膨大なプライベートポイントを龍園に支払わなければならないという契約がAクラスに継続的なダメージを与えている。
葛城はこれに責任を感じていた。
そして、そこを隙として攻めたのが坂柳だった。
不満を煽り、プライベートポイントの重要性を語り、得意の人心掌握でゆっくりと派閥を増やしていた坂柳は体育祭後には派閥間の力を均等に近づけた。
その後、ペーパーシャッフルの敗北を機に、葛城はリーダーの座を追いやられる事態に発展した。
「皆さん、今日は私の招集に応じて下さり、ありがとうございます」
教卓に立った坂柳が不敵な笑みとともに告げる。
クラスを率いてく上で、冷静に物事を分析し、適切な行動を導き出せる坂柳の頭脳はAクラスでも飛び抜けていると葛城を含め全員が認めている。
だからこそ、その好戦的な性格には目を瞑っている。時に、その判断が冷徹で血が通っていないとしてもだ。
誰も反旗を翻さないのは、恐怖から。暴力でクラスを支配した龍園とは違う集団心理を利用した見えない暴力による圧政だ。
「それで坂柳、今日は何のために皆を集めたんだ?」
そんな中、坂柳を恐れずに口を出せるのは葛城くらいだ。
彼は最もクラスに不必要な人材と見なされながらも、その事に微塵も恐怖を抱いていない。堂々とした様子で口を開く。
「無論、特別試験についてです。とうとう試験本番まで残り一日、クラスを立ち去る者として今の気分はどうですか?」
「……坂柳ッ、お前!!」
戸塚が悪質な質問に怒りを示す。
しかし、葛城はそんな戸塚を手で制す。
「わざわざクラス全員を集めて、そんな事を聞きたい訳じゃないだろう? 」
嫌がらせなど取るに足らず、葛城は表情を変えることなくそう返す。
「はい、今日は少しだけ議論をしたいと思って皆さんを集めました」
「……議論だと?」
「ええ。このクラスの退学者が本当に葛城くんでいいのか、そんな大切な議論です」
坂柳の発言に、葛城は思わず目を見開く。
議論など必要ない。リーダーによる確定した結論は既に出ていた。
だと言うのに、どんな風の吹き回しだと言うのか。
「俺がいるだけで、龍園に無用なポイントが流れてしまう事を考慮して、お前は俺が退学すべきだと考えたはずだ」
「ええ。龍園くんとの契約を解消する、その方針は変える気はありません。ですが、少々事情が変わりました」
「……どういうことだ?」
「もしかすると、葛城くんを退学にしなくともあの契約をどうにかできるかもしれないということです」
坂柳を除く全員の表情に驚きの変化が起きる。
現在、Aクラスは2万7400pp×36人=98万6400ppの支払いを毎月行っている。
その契約を契約者の葛城が退学せずにどうにかできるかもしれない。
この新しいメスに、Aクラスは坂柳がクラスメイトを急に集めたことを理解し始める。
「その方法と根拠は何だ。それらがAクラスに新たな不利益を生むとしたら、俺は到底納得できない」
自分の退学がかかっているというのに、葛城はAクラスの未来を案じた発言をする。
それが嘘と思われないのは、全員が知っている。
責任感があり、真面目な人間。入学当初からの行動が葛城の人間性を証明している。
「選挙ゲームです。私たちの持つ40票の賞賛票を投票しようと思います」
「……龍園に投票することで恩を売ると?」
「いいえ、カムクラくんに投票します」
葛城の目付きがさらに鋭くなる。しかし、坂柳の話は途中なので、反論を抑えて説明の続きを待つ。
「契約解消のために龍園くんに恩を売った所で意味はありません。彼は平然と恩を仇で返す人間、信用ができません。ですが、カムクラくんなら違います」
「龍園に比べたらの話だ。奴も非情な人間だぞ」
「確かに、彼にも非情な一面があることは理解しています。しかし、既に彼から今回の試験で勝つために協力要請が届いています」
「あちらからの協力要請か。ということは……」
「はい。本来龍園くんに与えるはずだった賞賛票40票をカムクラくんに投票する。その対価に無人島試験の契約の解消を要求しました。結果、棄却とまではいきませんでしたが、徴収ポイントの変更を約束してくれました」
じっと椅子に座っていた葛城が腕を組む。
今日、急遽皆を集めたことは理解した。しかし、疑問点もある。
「徴収ポイントの変更、か。お前らしくないな、坂柳。どれくらい減らせるか分からないが、それならば俺を退学にした方がAクラスのために繋がるはずだ」
「勘違いしないでください、葛城くん。私はあなたと敵対していますが、過小な評価を下していません。契約は段階を踏めば解消できる目処が立った以上、あなたはクラスに必要だと判断しただけです」
「……そうか。ならば、そこは素直に受け取っておこう」
葛城は表情を変えずにその評価を受け取る。
「お前の考えは理解した。今回の議論を開いた理由もな。だが、一つ聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
異常なまでに慎重な男。
傍から見れば石頭のように頑固な印象を受ける葛城だが、それでも懸念点を考慮している以上、坂柳は話を聞いていた。
「カムクラに賞賛票を渡す、それは選挙ゲーム後のBクラスにおいてカムクラの立場が大きくなることを意味する。すなわち、カムクラが次の試験からBクラスのリーダーとなる」
「はい、それがどうしました?」
「……混合試験、奴が率いたBクラスは400クラスポイント以上の成果を上げた。この意味が分からないお前ではないはずだ」
Aクラスのクラスポイントは1386.5ポイント、Cクラスは1049.5ポイント、この差は337ポイントだ。
もしもう一度、混合試験のように大量のポイントを手に入れれば、結果は言うまでもない。
そしてその可能性を現実に出来る程の才能を、敵は有している。
「つまり、頭が代わったBクラスは大きな脅威だと?」
「そうだ。認めたくないが、カムクラの能力は頭一つ抜けている。ここでカムクラを退学させ、俺も退学させれば、十分な勝算を持った上でこの先戦えるはずだ」
「正しい推測です。しかし、フフ……そうですね。それでは────つまらないじゃないですか」
坂柳は葛城の言を認めた上で笑う。
見惚れる笑みではない。まるで、子供がはにかむような純粋な表情だ。
「……勝てるのだな?」
「はい」
葛城は坂柳の好戦的な性格を加味して問う。
入学当初から意見をぶつけてきたからこそ、言葉を全て交わすことなく、その心理は推測できる。
その断定に、葛城も説得を諦め、溜息を漏らす。
「と、兎に角、葛城さんは退学しなくていいってことか!?」
2人の議論が収まったと判断した戸塚が静寂を終わらせる。
しかし、賢い者はその先の議論があることを理解していた。
「……そんな簡単な問題じゃないだろ」
戸塚の歓喜の発言に、1年でも屈指のイケメンと呼ばれる里中が割って入る。
その口調は重々しく、先の流れを正しく理解している故のものだ。
「あの契約をどうにかできるなら葛城が退学候補から外れることには納得がいく。けど、退学者候補がいなくなるってことは……他の誰かが退学者候補になる」
「……そ、それはそうだな。で、でも2000万ポイントを使えばいいじゃないか。そうすれば、誰も退学しないだろ?」
里中の言葉で事の重要性を理解した戸塚はすぐに落ち着き、代替案を提示する。
正しい意見の1つだ。退学者救済に必要な2000万という膨大なポイント。
龍園にポイントを渡し続けても毎月10万以上のポイントを40人が手に入れていたAクラスならば、ポイントをかき集めれば届かない数値ではない。
しかし、
「簡単に言ってくれますね、戸塚くん。2000万ポイントですよ? 非常に大量なポイントです」
「け、けど、誰も退学しなくて済む!! こんな……こんな理不尽な試験で退学するなんて誰も納得できないだろッ!!」
「理不尽であることは認めましょう。しかし見方を変えれば、この試験は不要な人間を処理するだけで済む簡単な試験です」
「ふ、ふざけんな!! そんなの認められるか!!」
戸塚は感情のまま否定する。その言葉に嘘はなく、純粋に仲間を思いやる言葉だった。
だが、今話し合うはAクラス。Bクラスと違ってリーダーが確立しているクラスでは無意味な抵抗だ。
「戸塚、リーダーの命令には従えよ」
坂柳派閥の森重が注意する。
続くように、派閥の人間が森重の言葉に賛成し、戸塚を批判していく。
同調圧力による言論統制、一人の訴えに十人程の人間が一斉に反論すれば、思わず黙ってしまう。
戸塚も同様だ。しかし、その圧力に屈せず、流れを持っていかせない者もAクラスには存在する。
「……落ち着け、皆。坂柳はわざわざ議論をするために今日この場を開いたと言っていた。ならばまずは、リーダーである坂柳の意見を全て聞いた後、議論を行えばいい」
興奮状態の彼らを一言で落ち着かせたのは葛城だ。
リーダーを降りた葛城による集団を宥める言葉に不満を持つ者もいたが、彼もまた坂柳をリーダーと認めている発言をしていることから口に出す者はいない。
加えて、葛城はリーダーこそ降りたが、嫌われているわけではない。
規律を守り、厳格な一面を持つ葛城だが、それは彼の真面目さゆえ。
他者を貶めず、自他への対応が厳しいだけの良識を持つ秀才。人として、葛城は好ましく思われる部類の人間だからこそ、皆は彼の言葉に耳を貸していた。
「やはり、葛城くんは優秀ですね。これであなたがクラスに必要であることは立証されました」
「世辞はいい。それよりも、お前がこのクラスから退学者を出すならば誰を選ぶのか、それを教えて欲しい」
「フフ、もう分っているのでしょう?」
その薄い笑みは、異性であるならば心に残るような可愛らしい微笑みだっただろう。
しかし、葛城は坂柳が誰を選ぶのか見当がついていた。
人形のような整った表情の下に悪魔の一面を持つ少女、その性格の悪さと自分に逆らう愚か者に対する仕打ちが誰に向くか。
それを阻止するために懸命に頭を回しているが、その思考を読んだ上での坂柳の煽りに、苛立ちが生じる。
「なぜだ、なぜ俺ではなく……」
「あなたが優秀だからです。このクラスに、あなたの力が必要……らしいので残します」
「嘘を言うな。俺の知るお前ならば、同じクラスに2人もリーダーはいらない、そう言う人間だ」
「同時に、あなたは私が本当に不要な人間を容赦なく切れる人間であることも理解している」
葛城はその反撃に思わず黙り込む。しかし、ここで黙る訳にはいかない。
ここで黙れば、己を支えてくれた友が────戸塚が狙われてしまう。
戸塚は運動能力と判断能力がやや低い人間ではあるが、それだって絶望的な低さではなく、Aクラスでも平均よりやや下という能力値だ。
能力だけ見れば、他にも退学すべき人間はいるだろう。
しかし、坂柳の決断に情はない。
自分に楯突いた生徒を、彼女が残す訳がない。自分に歯向かった者の見せしめとして消すことくらい息を吸うような当たり前の感覚で思いつく。
だからこそ、葛城は懸命に頭を回していた。
「……2000万ポイントで退学者を救済するという見方ではなく、300cpのマイナスを抑え、2000万ポイントでプロテクトポイントを買うという見方を持ってくれないか?」
葛城は苦し紛れな表情でそう告げる。
だが、坂柳はその顔を見てうっすらと笑った。
性悪な性格だ、苦しんでいる自分の表情が面白いのだろう。葛城は心の内でそう思ったが、余計な思考をしている暇はないことを思い出し、坂柳の言葉を待った。
「なるほど、それならば納得はできるでしょう。では、その方針で行きましょうか」
しかし、坂柳はその言葉を待っていたと言わんばかりに食い気味に肯定する。
「……はっ?」
思わず、葛城は間の抜けた声を上げてしまう。
あの坂柳が自分の考えを変えた。能力が低いことが悪い、そんな非道な事を表情一つ変えられず言える女が、保守的な考えを持つ自分の意見に賛成した。
もっと反論してくると思い、様々な言い訳を用意したというのにこの対応に、葛城の思考は混乱している。
ありえない。何か裏があると勘繰り、葛城は先ほどよりも注意深く話を聞き始める。
「2000万ポイントを貯蓄することも重要ですが、40人いるということはそれだけで特別試験の有利を意味しています。ほら、無人島試験で私が参加できなかった時はマイナスポイントが発生したじゃないですか。40人いないだけで大きな不利益を被る可能性がある以上、残す価値はあります」
「そ、そうだな。だが、ポイントを自由に使える形として残しておくとか……」
「葛城くん、私はあなたの意見に賛成したのですよ。私がリーダーで方針を決めた以上、余計なことを言う必要はないのでは?」
「い、いや、俺は……まぁ間違いではない、のか?」
急な態度の豹変に、努めて冷静だった葛城の思考にバグが生じる。
性格最悪の坂柳がクラスメイトの意見を聞き、自身の意見を引いた。
ありえない。カムクラに対する好戦的な様子から、改心したとは思えない。
となれば、この決断は演技……なのだが、葛城にはその真意を見抜けなかった。
「では、議論を終わりましょう。葛城くんのおかげで、すぐに議論が終わりました。ありがとうございます」
「あ、ああ。ありがとう」
唐突に始まった議論は、唐突に終わった。
内容はAクラスの賞賛票をBクラスのカムクラに投票することとAクラスから退学者を出さないということ。
あまりに平和的な解決を導いた坂柳に誰もが違和感を覚えるが、その対処法は好戦的なものでも、まして非人道的な判断でもない。
まるで葛城のような保守的な決断。
そのことにAクラスは思う所があったが、試験の理不尽さも相まって、数人の生徒を除いて手放しで坂柳を褒め称えた。
葛城「……勝つ気かい?」
坂柳「勝つさ」
弥彦、おめでとう。
これが坂柳の選択です。しかし、決して彼女が成長したとかはなく、ただの腹いせの結末です。それでもクラス内の評価を確実なものにはしたので、得るものは大きいんですけどね。
平田⇒トラウマスイッチON。櫛田にセリフまでパクられる始末。原作と違って議論が円滑に進み過ぎたため、机を蹴っ飛して議論に介入することなく終了。何もできることなく放心状態でタイムアップです。
山内⇒坂柳に仕向けられちゃって暴走してしまった人。原作と違って、櫛田が協力していないため求人力がなく、結果的に自滅のきっかけを作ってしまった。坂柳からは初日以降連絡がない。
葛城⇒クソ真面目なだけで良い奴。実際、葛城のことを心の底から嫌っている人は少なそう。性根がひん曲がってるロリっ子に振り回されてあまりに可哀想。
原作よりAクラスでリーダーやってた時期が長かったりする。