投票試験前日、一之瀬率いるCクラスも準備を終えていた。
坂柳率いるAクラスは退学者救済、龍園率いるBクラスは投票試験をゲームとして昇華して遊ぶ、堀北率いるDクラスは最も合理的な退学者選択。
それぞれが違った結論を導く中、CクラスはAクラスと同じように退学者救済のために動いた。
しかし、Aクラスとは違う部分が一点。
それは、Cクラスには仲間の退学を助けるためのポイントを自クラスで集めきれなかった。
集めきれたポイントは約1500万ポイント。退学者救済に必要なポイントは2000万ポイントであるため、残り500万ポイントも不足していた。
不足ポイントの量はそう簡単に集まらない。致し方なく、誰か一人が退学になるべき。その選択を下すべきだった。
しかし、一之瀬帆波にその選択肢は取れない。
善人である彼女はその心優しき性格から仲間を見捨てられない。
ゆえに足掻いて、ポイントを集めてきた。
たとえそれが、悪魔との契約でも一之瀬は結んだことに後悔はなかった。
「皆、お待たせ」
投票試験の前日、その放課後にCクラスも集まっていった。
しかし、他と違う点はリーダーである一之瀬とその右腕である神崎が遅れてクラスメイトに合流したことだ。
「い、一之瀬、交渉はどうだったんだッ!?」
Cクラスの生徒が気になっていたことを、ムードメーカーである柴田が珍しく焦った様子で聞く。
既に、このクラスでの意見はまとまっている。そして、そのポイントが足りていないことも。
他クラスとの交渉でポイントを集めることを提案した一之瀬の意見に皆が賛成したが、その借りる相手がまさかの龍園クラスとなればこの反応は致し方なかった。
理不尽な提案を要求されなかったか、暴力で酷いことをされていないか、そんな心配が表れている。
「とりあえず、ポイントは用意できたよ。これで、このクラスから退学者は出ない」
笑顔を浮かべて告げる一之瀬に、クラスメイトは交渉成功に声を上げていく。
しかし、その言い方と隣に立つ神崎の表情が険しいことから、歓喜は普段より少ない。
「一之瀬さん、その様子だと対価の方は……」
Cクラスでも学業面に優れ、クラスでも人望がある浜口哲也が周囲の雰囲気に流されることなく事実確認を行っていく。
「……うん、ごめん。対価はこれ以上下げることはできなかった」
「そう、ですか」
事前に聞かされていた対価。龍園からの要求は卒業まで毎月80万プライベートポイントを龍園に支払うことだった。
借りた500万ポイントを返すのではなく、このような要求をしてくる理由は当然利益を出すため。
卒業まで残り約2年、約2000万ポイントを龍園に支払わなければならないことは、いくら仲間を助けるためと理解していも納得することは難しい。
「おい、浜口。その件は皆が納得した上で決めただろ、今更ぶり返すなよ」
「そうだぞ、退学者が出なかったんだ。今はその状況を喜ぼうぜ」
「ポイントを支払うことは痛いけどさ、それもこれから団結して取り返していけばきっと大丈夫だよ」
柴田の言葉を皮切りに、他の生徒も雰囲気を壊さないために同調する。
その危機感のなさに、浜口は思わずため息をつきたくなったが、彼もまた不用意に不安を煽るつもりはなかったので、一度意見を下げる。
「……そうですね。一之瀬さんが決めた以上、文句はありません」
とりあえずの笑顔を浮かべれば、クラスメイトはすぐに浜口を受け入れる。
違和感だらけの空間。それを指摘するには、俯瞰して状況を見れて集団に屈しない精神力が必要だ。
だが、Cクラスに広がる同調圧力は並大抵ではない。
「ごめんね、皆。私がもっと交渉能力に長けていれば……」
「そんなことないよ、一之瀬さんは私達じゃできないことを精一杯やってくれたよ!!」
「むしろ、一之瀬さんだから多少は減らす事はできたんだよ!!」
一之瀬が申し訳なさそうに謝れば、肯定のみが後押しする。
肯定された一之瀬もまた苦笑い。この対応に内心辟易していることは察せられた。
だが、
(……この扇動を止めない一之瀬も一之瀬だ)
浜口と同じようにこの雰囲気に危機感を持つ神崎もまた、一人二人が意識を変えた所で変えられないほど大きな同調圧力を感じ取っている。
これは異常だ。
一之瀬はクラスの輪が乱れないように取りまとめているが、その人望と能力がこの結果を引き起こしてしまっている。
それは言うなれば、狂信だ。
ここまで危機的な状況が近づいているにもかかわらず、楽観視を続けられる。それに違和感を持てないことは呆れを通り越し、恐怖すら感じていた。
(幸いなことに、全員が一之瀬を信じ切っている訳じゃない。何とかして、意識を変えていかなければ……、このままじゃ俺たちは……)
クラスが降格し、さらに大きな差が生まれてしまった現状から変わらなくてはならない。
神崎は1人そう確信している。
しかし、自分にそれができるのか。どうアプローチすればよいのか。
その自信と知識が、不足している。
だからこそ、今後の立ち回りが重要であることを意識する。
(必要であるならば、俺は……)
覚悟はある。
昔とは違う。自分も成長してきた。
神崎は強い意志を持てた理由に悔しく思うが、自分の思う理想の体現者が身近にいたことに僅かながらの感謝をする。
「力を持っていながら、それを使わないのは愚か者のすることだ」
席に戻り、クラスメイトが退学者を出さないことに喜んでいる中、神崎は独り言を零す。
それは、自分が尊敬する人の言葉。
まるで戒めのように告げ、取り込まれそうになる同調圧力に屈しないように意思を固める。
ゆえに、神崎は今後のためにもまずは同志を作る必要があった。
まずは、先ほど不満があったであろう浜口から。そう、意気込んだ。
──────
投票試験前日の放課後は、全てのクラスが結末に向けて選択を強いられている。
Aクラスは2000万ポイントを対価に退学者を出さない選択肢へ。
Cクラスはポイントを借りた上で2000万ポイントを集めきり、退学者を出さない選択肢へ。
Dクラスは2000万ポイントを集められなかったが、白熱した議論の末、1人の退学者を出す選択肢へ。
クラスの特色と置かれた状況から導いた結末はリーダーを中心に決めたもの。
どのクラスも、クラスの総意で試験突破を臨む。
そして当然、Bクラスもこの放課後こそが決着日だ。
唯一、リーダーが2人台頭しているクラス。
1年の終わりになって、ようやく意思統一できる遅れたクラス。
代表者に選ばれた2人の生徒が争い、勝った方がクラスを率いていくリーダーとなる。
互いに暗躍は終えた。
後は、備えてきた策略がぶつかり、制する方が決まる。
「よォ、今日も矢島と逢引か?」
3月5日の放課後、陸上部が使っているグラウンドへの道中にて、2人の代表者が鉢合わせる。
否、龍園翔がカムクライズルを待ち伏せをしていたと言うのが正しい。
龍園の後ろには、彼の舎弟がぞろぞろと現れる。
白い歯をむき出しにする男を先頭に、その舎弟は緊張混じる神妙な顔つきで陣形の準備をしていく。
「はい。今日で彼女の選択を確認するつもりです」
「クク、甘い言葉でも吐いてやれば簡単に誘えるんだろ。焦らしてやるなよ」
「僕が知りたいのは、彼女がどう選択するかですから」
2人の代表者は軽く言葉を交わす。
現状、Bクラスの批判票は龍園が39票、真鍋が35票、カムクラが32票、西野が4票。
カムクラは“退学者を出さない”派閥から7名のスカウトに成功したことで32票だ。
お互い自派閥への引き込みを行っていた結果、カムクラはその才能に恥じない成果を出した。
しかし、龍園は誰もスカウトできず。
決して、スカウトをサボっていた訳ではない。
カムクラによって敵派閥の生徒を呼び出し、何人かを脅して引き入れようとしたが、失敗したのだ。
その答えは単純。退学者を出すと決めた人間の意志は強かったことに加え、カムクラによって暴力への対抗策が出されていたからだ。
時期も悪かった。
混合合宿における南雲の行動が、学校側の警戒を強くしており、龍園は行動に移しづらかった。
「ここに憂いなく来たという事は、どうやら、一之瀬さんとの交渉は無事に終わったようですね」
「ああ。後は、やるべきことは1つだ」
既に交渉は終えた後。互いにクラス外の賞賛票は一定数確保した。
後は、自クラスとDクラスからの賞賛票の奪い合いだ。
クラス内の賞賛票は互いの派閥が指名した人物が一致しているため、椎名と金田の2人に39票ずつ投票される。
残った最後の賞賛票は33票。これを批判票の対象である4名で奪い合う。
「分かってるよな。どうして俺がここに来たのか、その理由を?」
龍園は顎を引き、不敵な笑みのままカムクラを見る。
「一応、聞きましょうか。今日は何をしに来たのですか?」
カムクラはあえて問い返す。未来を見据える怪物は、期待を込めて言葉を待つ。
2人が他クラスの賞賛票を集めていることを、各クラスのリーダー格は察している。
そして、それを加味した上で、彼らが予想する結末は一致している。
それは、カムクライズルの勝利。
あの混合合宿を経て、その絶対的な才能が負けるとは思えない。龍園が足掻いても、無情に打破するのだと考える。
龍園は戦略で負け、今までの彼の行動から来る不人気が他クラスから不利な状況と見られている。
一之瀬帆波目線では、500万ポイントの貸し出しをした龍園はカムクラに本当に勝とうとしてるかすらも怪しまれている。
どうせ、敗北する。そう、思われている。
「────お前の見ている未来を捻じ曲げに来た」
しかし、龍園翔という男はこの程度の逆境を平然と進んでくる。
己が不得手の勝負でも未来に向けての戦略を組みつつ、勝負にも勝ち筋を用意する。
決して、負ける前提で勝負は挑まない。
「今日、お前を暴力で潰し、俺は明日の戦いに勝利する」
龍園は一之瀬との契約を終え、勝利宣言をする。
ついに、己の武器を使う場面を決めてきた。
部下たちはカムクラを正方形を描くように囲う。
数は4名。石崎、小宮、近藤、そしてアルベルト。武闘派の舎弟達が上下左右からカムクラを監視する。
「僕が明日欠席すれば、代表者は1人になり、クラスの舵はあなたが自由に切れると?」
「……ムカつくが、この手の勝負は今の俺じゃお前に勝てない。なら、盤外でお前から俺の下につくという言葉を引き出させるか、そもそも舞台に上がらせない寸法だったが……相変わらずの予測能力だ」
龍園が脅しや暴力を積極的に用いなかったのは先の理由も大きいが、一発逆転の場面を見極めていたからという理由もある。
投票試験当日に、出席させない。あるいは、当日にカムクラを降伏させる。
どちらにしてもそれらは、その前日で確実に追い詰める他ない。
当日に欠席すれば、支配力が落ち、龍園の横暴で強引に物事を進められる。仮に投票の数で負けていても、不戦敗として自身の勝利も飾れる。また、カムクラの意志を立ててあえて負けるようなこともできる。
要は、どちらの派閥でも勝たせられる状況にコントロールできる。
「真鍋には随分と優しくしたな。あいつ、退学するってのに良い面をしてやがったぜ」
「彼女の希望はまだ芽生えたばかり。ここで摘んではツマラナイ未来にしかなりませんから」
「クク、確かに今のあいつなら良い手駒になるだろうな。だが、俺たちが他クラスからの賞賛票を奪い合う以上、退学からは逃れられない。お前もそう予測したから、あいつに優しくした訳だ」
龍園はカムクラの見ている未来を確認するように告げる。
相手がどれくらいこちらの状況を知っているか。その指標を図っている。
今日の決め手も、予測されていることは百も承知。
しかしそれでも、自分の最も得意とする勝負を仕掛けることが、今の龍園にとってもっとも勝率が高い。
なら、その勝負で決着をつける。有耶無耶な結末など求めていない。
「なら、真鍋が退学しない未来はお前の予想外ってことだ」
「確かに、ここで僕に勝利すればその未来は訪れます。しかし、不可能です」
「誰が決めた? お前の暴力が超一流なんてのは知ってんだ。たとえこの状況が誘い込まれたものだとしても、叩き潰すために数も質も揃えている」
この学校にて、カムクラと最も長く時を過ごしたのは、伊吹澪だろう。
しかし、カムクラを最も観察してきたのは、龍園翔だ。
己が勝利するために参考にした教材。隅々まで読んできたからこそ、その圧倒的な差を理解している。
「初日こそ、僕の行動を監視するために何人もの生徒を使っていましたね。日にちが経つにつれてこの時間帯のみに監視を絞らせたのは、相手に警戒を強いらせる。不意を打てなくしたのは愚策ですよ」
「不意打ちで屈服する奴なんていない。お前を屈服させるには、その絶対的な自信を持っている才能を、正面から突破するしかねぇんだよ」
選挙ゲームが始まってから、カムクラは矢島を派閥に引き入れるため、毎日グラウンドへ通っていた。
龍園はそこに目を付けた。勝利条件を理解しているからこそ、察せられていても問題ないと判断し、その時間のみ監視させた。
「それにしても、お前の好みは分からねェな。伊吹、坂柳、桔梗、真鍋、矢島、実際に誰を狙ってるんだよ」
「そろそろ、僕にそんな感情がないことくらい分かっているでしょう」
健気な勧誘。人並み以上の想いがあるからこそ行えた数日間と、陸上部の部員達は思っただろう。
だが、カムクライズルに恋愛感情は存在しない。
友人の重要性とそこから生じる感情の動きは知っていても、友愛以外の愛を生まれ持っての絶対的強者は知らない。
「クク、そうかよ。ならさっさと、本題に入るとしようか」
龍園は親指で後方を指差し、行く先を促す。カムクラもその誘いに乗り、この場にいる者全員が移動を開始する。
カムクラは依然として四方を囲まれたまま。連行される形で向かった場所は体育館裏だ。
龍園のような生徒がいかにも好きそうな人気の少ない場所で、監視カメラも見当たらない。
もちろん、龍園はこの場所に監視カメラがないことは把握済みだ。
宣言通り、龍園は今回の選挙ゲームの決着をつけるためにこの場を選んだ。
「さて、カムクラ。俺が何を言いたいか分かるな?」
「痛い目を見たくなければ、選挙ゲームを降参しろ。敗北を認めるならば、真鍋さんを救済するためのポイント集めをするために派閥を説得しろ。こんな所でしょうか」
「降参しろ、なんて言う気はないぜ。むしろ、降参なんてつまんねぇマネすんなよ。俺は今日この日を待ち侘びていたんだ」
首の骨を1度鳴らし、口元を円曲に歪ませていく。
悪童の表情はこれ以上なく喜びを示している。
目の前の怪物には、自分自身の全力をぶつけられる。その充足は想像するだけでも心地好い。
チャレンジャーとして高みを知るために。いずれは自分がその高みに辿り着くために。
己の成長に繋がるという理由だけで、獣道を正面から進んでいく。
「始めろ」
2度目の挑戦が始まった。
龍園の一言と同時に、巨体が動く。
デカい図体だからと侮ることなかれ。大木のような巨腕から繰り出される右ストレートとそれを当てるために接近する速度はまるで闘牛の突進だ。
4人の陣形の中で、アルベルトの位置はカムクラの後方。
そうなった理由は、この場面で死角を突くための戦略。5人の中で最も戦闘能力の高いアルベルトによる不意の一撃こそ、攻略するための最善と判断していた。
その選択は正しい。しかし、足りない。
「……ッ!?」
カムクラは龍園を見ながら後頭部へ迫る拳を手の甲で止める。
アルベルトを1度も見ることなく、振られた剛腕の勢いは消失した。
まるで後頭部に目でもついているかのような防御に、龍園達は改めて実力差を知らしめられる。
しかし、予想以上の展開だったとは言え想定内。アルベルトは冷静に飛び退き、ボクサーのように両腕を前に構え、臨戦態勢を維持する。
「監視カメラはないようですね」
カムクラが一撃目を受けた理由はこの場を映せる道具があるかどうかを確かめるため。
場所は龍園の指定。工作はいくらでも可能である以上、初手で反撃し、その場面を抑えられる可能性を考慮していた。
しかし、そのような小細工は杞憂だった。
「矢島への勧誘は順調だったようだな。あの女、脅せばビビりこそしたが、そう簡単には折れない意志があったぜ」
「僕への恋愛感情と憧れが恐怖の耐性を生んだ。それは未知ではありません」
「……クク、クハハッ、そうだよなァ!! お前はそうでなくっちゃなァ!!」
分析結果を非情に告げるカムクラに、龍園は満足した。
それでこそ、カムクライズル。己が打倒すべき怪物の健在に、歓喜が胸を支配する。
龍園は目配せで次手を仕掛ける
「すんません、カムクラさん!!」
カムクラの左右から足音が2つ。小宮と近藤がカムクラの腕を捕らえるために迫る。
同時に、石崎と龍園も正面から距離を詰める。
(奴を抑えてぶん殴る。だが、そう上手くはいかねぇだろうな)
計画はシンプルだが、そう簡単に達成できるとは思っていない。
ならば、その成功率をあげる必要がある。
「おわぁあぁッ!?」
「……うげッ!?」
カムクラは横から伸びてきた2人の手首をそれぞれ掴む。
そこから超高校級の合気道家の才能を用い、迫ってきた力を利用し、転ばせる。
すれば、無様な声が2度聞こえた。
「うおおおおおおッ!!」
ワンアクションを終えた瞬間を、石崎が逃がさない。
全体重を乗せたタックル。ラグビー選手のような勇ましい突撃だ。
しかし、カムクラは即座に体勢を整えた後、タックルを紙一重で躱す。
そして同時に、石崎のうなじへ手刀が入る。
意識こそ飛んでいないが激痛が走り、石崎は勢い余って転倒する。
「You monster!」
龍園は石崎が撃破されるのを見越した上で、アルベルトへ目で合図を送っていた。
初手同様に背後から迫らせ、自分は正面から向かう。
「動くなカムクラッ!! 矢島は人質だぜッ!!」
死角からの攻撃も、数を利用した攻撃も通らない。
ならば、その攻撃を通すために精神を揺さぶる。
どんな汚い手段でも、龍園は勝つためなら実行してみせる。
「無意味な挑発ですね」
カムクラは煽りを意に介さず、2人の攻撃を対処する。
まずは戦闘能力が高いアルベルトから。振り返り、迫る右ストレートの軌道を予測する。そして、最小限の動きで躱すと同時に腹部へ拳を沈める。
「~~ッ!?」
アルベルトから声にならない声が漏れた。
純粋な日本人にはない恵まれた肉体に加え、アルベルトは鍛えていることで圧倒的な防御力を手にしている。
だが、今回の矛はその鋼鉄な肉体を容易く貫通する。
人体の急所に撃ち込んだのではない。
完成されたフォームから繰り出される踏み込みと一点に集中された力。そこから計算された威力が、防御を上回ったに過ぎなかった。
「とった……ッ!?」
背後を見せたカムクラ。龍園は好機だと判断し、反撃度外視の攻めへ移行した。
だが、それは致命的なミスだった。
拳打が、距離を詰めてきた龍園の頬、顎、胸へ迫っていた。
振り向いたのは視認できた。凄まじく速い動きだったが、それでも何とか目で追えた。
しかし、予備動作のない攻撃は見えず。
防御をするという思考すらできなかった龍園は、馬鹿げた威力を有したそれに顎を撃ち抜かれたことで膝を折ってしまう。
(……ク、ソがァ。い、意識が、飛びそうだ)
4月に受けた拳や蹴りとは比べ物にない程のダメージ。蹲りそうになる身体を必死に止め、何とか顔を上げる。
見下ろすは怪物。何の感情も映さない表情が視界に入るが、すぐにブレる。
顎への一撃は脳を揺らし、軽度の脳震盪を引き起こしていた。
「本気の挑戦だからこそ、手を抜きませんよ」
「……ククッ、化け、もの、め……」
とうとう、龍園は前のめりに倒れ伏す。
超高校級の才能を惜しみなく使った拳打。場数を踏んできた龍園ですら、たった1回の駆け引きで勝敗が決まってしまった。
痩せ我慢だけではどうにもならない威力。綾小路清隆は培った技術でダメージを軽減できたから戦闘を継続できたが、龍園に防ぐ術はなかった。
「離脱しなさい」
石崎、アルベルトと共にその言葉を受け入れる。
────呆気ない結末だ。しかし、その実力差は嫌でも理解させられた。
すぐに龍園へ近づき、容態を確認する。
激情して向かってこないのは、龍園に再三注意されたからだ。
「ま……、て」
飛んでいた意識を、龍園は常識外れの気力で呼び戻す。
素晴らしい。カムクラはその意志の強さを心の内で感嘆する。
これが、綾小路清隆との戦闘で進化した龍園の意志。あの時見れなかった光景を、今見れたことに満足していた。
「待ちません。これが今の実力差だと理解し、次の機会を作りなさい」
カムクラは冷たく突き放し、体育館裏へ向かう一本道を引き返す彼らを見送った。
挑戦を楽しみにしていたからこそ、彼は全力で捻り潰した。
やはり、まだ自身の脅威とはなり得ない。
しかし、まだまだ時間はある。
少なくとも、この世界には残り2年以上の猶予がある。成長の余地と時間が残されている以上、今回の勝負は手加減など必要ない。
「さて」
龍園をいとも簡単に撃破したカムクラは本来の目的を果たすために歩む。
視線は感じていた。
この戦いで彼女を人質にすることが選択肢として浮かんでいたからこそ、最速で決着をつけた。
帰路と同じ一本道を進んでいけば、見知った少女が意を決して現れる。
その周囲には、山下沙希と藪菜々美が護衛のように立っている。
だが、先の戦闘を見ていたようで怯えており、カムクラが退くように目で訴えれば、彼女たちは一目散で逃げ出す。
「……カムクラくん」
矢島真理子。カムクラが引き抜こうとしていた生徒。
彼女は龍園からカムクラの本性を知れると聞き、恐る恐るこの場にやって来ていた。
実際に、戦闘の開始からずっと見ていた。淡い感情と僅かな恐怖、そして尊敬が瞳に映っている。
超分析力が、カムクラに退屈を与える。
「そろそろ、意見は決まりましたか?」
元々、カムクラの目的は矢島を自分の派閥に引き込むことだ。
そのために毎日陸上部に顔を出し、説得を繰り返した。
勧誘成功だけを考えるならば初日で終わる工程。だが、カムクラは彼女の情に応える気はない。狂信の駒を求めていない。
「喧嘩、強かったんだね」
「その程度の才能くらい持っていますから」
「流石だね。……うん、やっぱりカムクラくんは凄いや」
「一度拒絶されて尚、僕を求めますか」
カムクラは非情に告げる。
大きくなっていく瞳孔、小さく開く口。
知っている。矢島が求めている言葉はこれじゃない。
カムクライズルの才能に魅入られた。それはいつしか憧れに、そして恋心へと発展していた。
しかし、自分では分不相応だと、横に並ぶには不釣り合いだと察していた。
それでも、心の奥から生じる欲求は鼓動とともに前へ出ようとする。
一度振られようが、自分を隣に置いてくれ、満たしてくれと悲鳴をあげるように渇望する。
「先の言葉に嘘はありませんよ」
カムクラが口籠る矢島より先に告げる。
思い返すは先の会話。自分の心内を知り、知った上で興味がないと判断していたことを、聡い彼女はもう気付いてしまった。
カムクライズルは自分を選んでくれない。私は彼にとって未知ではない。
ツマラナイ存在と認識されている事実を、知ってしまった。
「……そっかぁ」
龍園が率いるクラスでもムードメーカーと呼べる存在。だが、今や普段の明るい様子はない。
震えた身体とすすり泣く声。頬を伝う涙と泣き顔、それでも恋焦がれた人間の前で無様を晒さないように笑おうとする表情は様々な感情が混濁している。
だが、それは既に見飽きた。感情の濁流から導き出される結末は既知だ。
「どちらの派閥につくか、決めてきましたか?」
「うん。……私は、カムクラくんの役に立ちたいよ」
「だから派閥を移動をすると?」
「……ダメ、かな?」
「そこに自分の意思があるのならば、僕が文句を挟む余地はありません。しかし、もし僕に好かれたい一心での行動ならばツマラナイ」
無情な言葉だ。
依然として変わらない表情で会話に応じるカムクラを、矢島の口が開いたまま止まる。
それだけは言われたくなかった。その言葉だけは、明確な拒絶に他ならない、
涙で霞んでいく視界。しかしそれでも、はっきりと分かってしまうその無表情が動悸を激しくさせる。
その不動の表情が、有り余る能力が、余裕ある人間に見えてしまった。
クラスの暴君にすら律することができない唯一性が、眩しかった。
何でもできる能力があるから行動が気になり、気づいた時には目で追ってしまっていた。
そして、そんな凄い人が混合合宿では自分を高く評価してくれたことが嬉しかった。
「やはり、あなたは僕の才能に見入ってしまいましたか」
「……君の才能じゃないよ。私は、カムクラが好きだから君を見ていたんだよ」
「そうですか」
カムクラは特に感情を挟まずに告げる。
二度目の想いの告白。それは一度目よりもストレートな物言いで矢島が自分の心に正直であることを示している。
しかし、カムクラの心は1mたりとも動かない。
「諦めないよ」
「あなたが僕の味方をしたいのならば、好きにしてください」
カムクライズルは突き放す。
このままツマラナイ存在に変わることなど望んでいないが、硬い意志を今すぐには変えられないからこそ、とりあえずは現状を維持させる。
しかし、同時に思う。
希望こそが、自分の未知を与える。
恋愛感情を有する矢島が自分の想いを成就させるためにふり幅を超えるかもしれない。
────真鍋志保がそうだったように。
それを期待して、カムクラは見放さずに彼女の意思を尊重する。
自分の未知こそ、カムクラが求めるもの。
伊吹澪の影響によって非道な行いこそ控えるようになってきたが、それでも本質までは変わらない。
カムクライズルは矢島の横を通り過ぎ、帰路についた。
ラストスパートです。駆けぬけます。
一之瀬クラスは原作通りですね。龍園から500万ポイント借りて、退学者無しです。対価は毎月80万ポイントを収めることです。
神崎と浜口が異変に気づき始めました。気張ってください。
龍園の結末はこうよねって感じ。負け前提で戦うなんて龍園さんじゃない、絶対勝ち筋を持っている。でも、カムクラが全力でやったら大抵の人間は瞬殺なんだ。頑張ったよ。
矢島さんの恋愛感情はとりあえず経過観察。自分を信奉している人間は例外なくツマラナイのですが、ここまで突き放してまだ想うというのなら実験してみるかって感じです。
神崎⇒良い子なんだけど不器用な人。お前が何とかしろって場面が多すぎてちょっと可哀想。でもやれ、お前がやるしかないんだよ。
平田っぽい立ち位置にいるのに、コミュニュケーション能力が低いのはちょっと面白い。