ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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天才と希望

 

 

 

 常は放課後を告げているチャイムが開戦のように鳴り響く。

 今日は暴力事件についての話し合いの2日目(・・・)だ。

 本来、話し合いの場は1日しか設けられていなかった。

 しかし双方のクラスの言い分が完全に食い違い、常に真逆の言い分がぶつかったために再審に至ったそうだ。

 

 この再審の判断をしたのは、堀北生徒会長。

 

 今回の事件は生徒会が仕切っているらしく、絶対の権限があるそうだ。

 彼が判断したというのならば、贔屓のような事はまず間違いなく起きない。

 Cクラスの言い分はDクラスの生徒、須藤(すどう) (けん)に一方的に殴られ、怪我をしたから罰して欲しいというもの。

 Dクラスの言い分は彼が一方的に殴ったのではなく、Cクラスの生徒が先に手を出し、複数人で襲い掛かったために反撃した。すなわち正当防衛なので罰を無くして欲しいというもの。

 

 言い分が真逆。これはつまり、片方のクラス側が間違いなく『嘘』をついているという事。

 

 再審までの猶予は1日であり、それまでに嘘をついているクラスは白状しろ……というのが表向き。

 相手の嘘を見抜き、1日以内に明確な証拠を持ってこいというのが、この延長の本来の趣旨だろう。

 

 そして重要なのはここからだ。

 

 持ってこれたならば、嘘をついていたクラスへの罰則は最低数週間の停学、最高退学ということ。

 これでCクラスは、本来の目的を達成した。学校側の介入、罰則、暴力の許容範囲、それらの指標がだいたい分かったのだ。

 ────目的が達成された。つまり、もはや今日の再審に意味なんてないのだ。

 補足すると、嘘をついているのはCクラスなので、Cクラス側のやることはたった1つ、自白しなければいい。

 被害を受けたという意見を曲げず、強引に押し通せばいい。

 

 Dクラスは折角増えた僅かのポイントを守るために、必死になって対策を取っているのだろう。

 しかし、Cクラスの生徒からすれば、数ある日常の1つでしかない。

 普段と変わらない光景が広がっている教室。

 昨日と同じように本を読んでいた椎名さんや、控えめになったとはいえ未だ大きい声で挨拶してくる石崎くん。

 授業が全て終わって、部活に行くために颯爽と教室を飛びだす生徒、友達と雑談しながらゆっくりと帰路につく生徒。

 規則的でツマラナイ日常と変わらない。

 石崎くんを筆頭とした“被害を受けた”側の生徒達は、龍園くんの指示を盲目なほどに信用しているため、不安がない。

 

 しかし勿論、負け筋はある。

 それは会話のボロを録音される事だ。

 僕のやった事はどこまでいってもお助けアイテムの付与。これは石崎くん自身が見つけたものではないので、細かく会話を行い、録音されれば負ける。

 

 だが、どうでもいい。

 

 これは龍園くんの戦略。外野がとやかく言う必要はない。

 それに本来の目的は達成してるのだ。

 加えて、生徒会の動き方まで知れるというおまけ付き。

 万々歳だ。

 後始末なんてどうでもいい。わざわざ石崎くんの助けに行く必要もない。

 

「カムクラくん、ちょっといいですか?」

 

 放課後になって数分後、椎名さんが現れる。

 

「昨日の桜餅、とっても美味しかったです。茶道部の皆さんも感謝を伝えてほしいと」

 

「そうですか。僕としても処分に困っていたので助かりました」

 

 要件は昨日の桜餅の件。

 感謝は不要。互いの理があったために行われた契約だ。

 

「……それでですね。今度のお茶菓子も作ってもらうことは可能でしょうか?」

 

 話は続き、どうやらもう一度お菓子の依頼が来た。

 その理由は察した。というより、僕の才能で作った菓子を何度も食べたいと思うのは当然だ。

 しかし、その理由はツマラナイ。

 僕の才能を求める連中に、何の利もなく作る程お人好しではない。

 

「気が乗りません」

 

「の、望むポイントも用意できるそうです」

 

「僕を給仕にしようとする、その価値が分かっているのですか?」

 

 超一流のシェフやパティシエですら、僕といれば霞む。

 彼らのポイントでは、僕を雇うには桁が3つ以上足りないでしょう。

 

「そ、そうですよね。あんな美味しいものをちょっとのポイントで食べようとするのは確かに図々しい。……非常に残念ですが、部長さんに告げておきます」

 

 いつになく落胆している椎名さんはゆったりとした足取りで教室から去っていた。

 こんな時、超分析力は厄介だ。近い将来、伊吹さんにドヤされる未来が見えた。

 面倒くさい。ここ数日は彼女から避けることにしましょう。

 

「よう、辛気臭そうな顔してんじゃねえか」

 

 帰宅準備をしていると、僕と同じように退屈を嫌う男がこちらに歩み寄ってきた。

 その後ろにはいつものように、ボディーガードもいる。

 

「普段通りの表情ですよ」

 

 話しかけてきたのは僕を使おうとしないCクラスの王、龍園 翔。

 ボディーガードであり、Cクラスの荒事担当のアルベルトもいつも通り一緒にいる。

 

「で、僕に何の用ですか。雑談しに来たわけではないのでしょう?」

 

「ああ、今日の夜パーティを開こうと思ってな。それにお前を誘いに来た」

 

「また祝勝会ですか」

 

 意味深な笑みをした後に、彼は言葉を続ける。

 

「今回は勝ってはいないがな。単純に、駒たちの性格をもう少し把握するのが目的だ。

 カムクラ、俺は近い内に……いや夏休みにポイントが関係する学校行事が起こると確信している。

 クラスを入れ替えられるくらいのポイント移動。その類のものが必ず起きる。そうでもしなきゃ、基本学力に差があるクラスなんて一生変わるない。

 俺はそれの最終調整が必要だと思ったわけだ。そして今回はそこにお前も入れてみようとな」

 

「僕がそんな所に行くとでも?」

 

「どうせ暇だろう? ついでに、お前に娯楽の何たるかを教えてやるよ」

 

「仮に今日遊んだとしても場を白けさせるのがオチです。行く必要性を感じません」

 

「ちっ、本当に面倒な性格してやがるなお前。娯楽っつうのはまずやってみなくちゃ分からねえんだ。いくらお前の推測が神がかっていたとしても、推測だけじゃ楽しめねえ。だが実際に────」

 

 若干のイラつきが見える彼の表情、彼の説教とも言えるお話、これは長くなりそうだと確信する。

 確かに暇ではあったが、無駄な説教を受けるつもりなんてない。

 無視すればどこかへ行くか……いや、行かなそうだ。

 

「仕方ありませんか」

 

「よし、大分お前の扱い方にも慣れてきたな」

 

「成長したじゃないですか」

 

「ぬかせ、暴力を使ってない時点で十分退化してる」

 

 彼とのやや過激な雑談も打ち止めにし、帰宅しようと教室のドアに向かおうとする。

 しかし───

 

「なぜ付いてくるんですか」

 

「クク、お前は懸命に捕まえた魚を網に入れずに、放置するバカがいると思うか?」

 

「後で合流すれば良いでしょう? 別にわざわざ一緒に帰る必要はありません」

 

「冷たい野郎だ」

 

 どうせ何を言っても付いてくるので、僕は彼を追い払うのを諦めて教室から出て歩き始める。

 数歩進むと、彼にしては珍しく僕に対して強引なことが引っかかる。

 普段の彼は僕の行動に制限を加えず、自由にさせている。さらに珍しく、彼自らお誘いなんて何故だろうか? 

 

 歩く速度を緩め、僕はその態度からある事を推測する。

 

「ふーん、僕の“監視”ですか」

 

「どうした? とうとう本物の電波野郎になったか?」

 

「あなたが僕に付いてくるのは僕と仲良く歩いて遊び場に行きたい……なんて愉快な事ではなく、僕をあの3人の元へ(・・・・・・・)行かせないためですか」

 

「……ちっ、正解だクソワカメ」

 

 舌打ちとともに、龍園くんは降参した。

 アルベルトはその推理に拍手をして賞賛するが、龍園くんの一睨みで止まる。

 

「そんなに僕を使いたくないのですか?」

 

「お前は奥の手だ。奥の手ってのは戦いの序盤から見せびらかすものじゃねえんだよ」

 

「拘りすぎですね」

 

「俺の方針に従うんじゃねえのか?」

 

 彼がツマラナイ存在になるまでは彼に従う。

 これは僕の楽しみであり、自ら決めた事だ。

 自分で言ったことを軽々に撤回する気はないが、今は足枷となっている。

 

「仕方ありません」

 

「ったく、手間掛けさせやがって」

 

 彼の吐き捨てるような一言で雑談は終わり、再び歩く速度が平常時に戻る。

 そのまま歩いていると、校庭の方に気になる集団がいることを窓から確認する。

 僕は立ち止まると、廊下に連なっている窓の1つから外を覗く。

 窓の外にはサッカー部と思われる集団が準備運動をしている様子が見えた。

 

「あ? あの時の成金男じゃねえか」

 

 そこで指揮を執っている金髪の男に僕と龍園くんは見覚えがある。

 以前、生徒会室前で会った男。

 名前は確か南雲、どうやら生徒会とサッカー部を兼任しているようだ。

 周囲の表情に異変などなく、会話を楽しみながらストレッチをし、終わると走り込みを始める。

 それも終わると少しだけ休憩に入る。

 

「やはり、良い才能を持っていますね」

 

 マネージャーと思われる女子が水を準備し、持っていく。

 南雲という生徒の元に、複数いるマネージャーの大半が。

 どうやら、彼はかなりモテるらしい。

 整った顔と人望、そして運動能力。

 多彩で器用な人間、基礎的な能力が高い事に感心する。

 

「クク、嫉妬してんのか?」

 

「彼はツマラナイ人間ですが、実力は悪くない」

 

「あんなのがねぇ〜、クソ真面目な生徒会長の方が楽しめそうだがな」

 

「さぁ、それはどうでしょうね」

 

 これ以上は気になるものがなかったので、僕達は視線を元に戻し、ゆっくりと足を動かし始める。

 10分ほどは時間を潰せたが、状況は依然として変わらず暇だ。

 いつの間にか下駄箱付近まで到着すれば、いつもより帰宅する時間がやや遅いために人が少ない。

 下校時の人の波に呑まれなかったのは幸運だが、今の僕にとって静寂ほど退屈なものはない。

 

 

「────ツマラナイ」

 

 

 ボソリと少し大きめな独り言が出る。

 他の音が存在しないために、予想以上に音が響いた。

 

「それだけの実力を持っていれば、退屈なんてなさそうだがな」

 

「何もかも思い通りなんてツマラナイじゃないですか」

 

「まぁ、簡単すぎたらつまらなくなるのは理解できる」

 

 彼は感慨深い声でそう言う。

 おそらく、今まで自分がどれほどの失敗に立ち向かい、乗り越えてきたのかを振り返っているのでしょう。

 

 その中には失敗せずに、いとも簡単に攻略できるものもあったがためにこの発言。

 

 彼は不良のような見た目によらず慎重な人間だ。

 どんな物事も計画を立ててから動く人間。対策は動いてから考えるのではなく、あらかじめ想定をする。

 だから、彼が失敗する時は決まって予想外の事が起きた時だろう。

 自らの視野外からの攻撃。それで彼は敗北する。

 勿論これは彼に限らず誰にでも当てはまることであり、仕方ないことだ。

 

 しかし龍園 翔は少し違う。彼の真骨頂は敗北した後。

 

 何度負けても不死身のゾンビのように立ち上がり、最終的に敵の足にしがみつく彼が想像できる。

 そうやって今まで何度も苦難を乗り越えてきたのだろう。自らの埒外に、己の身一つで立ち向かってきた。

 まさに不屈の闘志だ。

 

 

 分からない事は決まって予想外から来る。

 

 それは日常の中でも平然と起きる。

 

 そう、それこそが突然の出来事というものだ。

 

 だから予測出来ない未来は───オモシロイ。

 

 

 

 そう思った僕の後方から、何かを突いたような甲高い音が聞こえた。

 

 

 

「つまらないのでしたら、私と遊びませんか? ───カムクライズルくん」

 

 

 甲高い物音の後には、女性の声。

 聞いた事のある声が、この空間に反響する。

 高く滑らかでムラがない声。それでいて、どこか艶めかしい声。

 背後から感じる気配は1つ。

 どうやら以前一緒にいた取り巻きはいないようだ。

 僕は久しぶりに、超高校級の幸運があって良かったと感じた。

 

 思考を終え、とうとう振り返る。

 

 

 ────坂柳(さかやなぎ) 有栖(ありす)は楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 ──────

 

 

 

「クク、良かったじゃねえか、ご指名だ」

 

 手始めに、僕は彼女の事を分析する。

 春頃に咲き開く君影草のように真っ白な肌は美しく、健康的で、その光沢は眩い。

 しかし、足りない。あの時の雰囲気は見受けられない。

 

「だがカムクラ、分かっているな? お前はこの後───」

 

「───それは無理になりました。僕はあなたの駒たちと時間を潰すより、彼女と話した方が有意義になると判断します」

 

「お前、伊吹やひよりの次は、坂柳のケツまで追い掛けるのかよ」

 

「違います。ただ単純に、彼女に興味があるだけです」

 

「何も違わねえじゃねえか」

 

 僕の言葉を聞いた彼は、呆れたようにため息をつく。

 

「……まぁ、“あれ”に干渉しなければ、別に何したって構わねえよ」

 

 龍園くんは僕の我儘を聞いてくれたようだ。即座に自分の靴を履き替え、外へと出ていく。

 アルベルトもその後をぴったりと付いていき、この場にいる人間は2人になる。

 

「フフ、龍園くんからあなたを切り離す策をいくつか考えてきたのですが、無駄になってしまいました」

 

 入口から流れてくる自然の生温さと、冷房から溢れ出る人工の冷たさが混ざり合った緩い風は、僕達の髪を撫でるように吹き抜ける。

 揺れる髪から、断片的に視線が重なり続ける。

 

「こうやって、一対一で話すのは初めてですね」

 

 その言葉とともに、彼女はゆっくりと杖を突き、距離を縮めてくる。

 身体に障害がある彼女は歩くことに杖を使用している。

 相当重い疾患。ちょっとした運動も出来そうにない。

 

「私はAクラスの坂柳 有栖。どうぞ、有栖とお呼びください」

 

 とうとう僕と彼女の距離は1mを切った。

 僕が見下ろし、彼女が見上げる。

 

「カムクライズル。呼び方はお好きに決めてください」

 

「フフ、そうですか。ならば……イズルくんにさせて頂きます。ではイズルくん、先程の答えを教えて下さい」

 

 先程の答えとは、遊びのお誘いの件だ。退屈で仕方なかった僕に断る理由はない。

 

「構いません」

 

「……本当に、本当に今日の私は運が良い。今日という1日は必ず、私の記憶の中でも最も重要な1ページになることでしょう」

 

 彼女は右手に持つ杖で身体を支えると、薄い朱色に染まっている自身の頬を左手で触って楽しそうに笑う。

 何となく狛枝(こまえだ) 凪斗(なぎと)と似た雰囲気を感じる。

 どうやら、目の前の少女も才能に固執した人間らしい。

 

「イズルくん、あなたはチェスを嗜んでいますか?」

 

「チェスと言わず、あらゆるボードゲームの才能ならば揃っていますよ」

 

「……ならば、今日はチェスで遊びませんか? 場所でしたらご心配なく、ボードゲームや賭け事を専門にしている部活動の教室があるので、そこを使えば良いです。

 私はそこに顔が利くので歓迎してくれるでしょう。構いませんね?」

 

「ええ」

 

 おおよそ出るであろう疑問を全て省いて、最短で会話を繋いでいく。

 その後、彼女は僕の答えに満足して薄く笑うと、案内しますよ、という言葉を添えて杖を突き、真後ろへと方向転換する。

 僕はそのまま、彼女の後ろを付いていく。

 

「すみません、私の歩く速度に合わせてもらって」

 

 ある程度進むと、彼女はそう言う。

 まだその部活動の教室へは着いていないが気にしていない。

 

「ところでイズルくん、今日は例の事件の話し合いがあるのでは? わたしから誘っておいて何ですが、良いのですか?」

 

「僕が出る必要性はないそうなので」

 

「フフ、そうですか」

 

 雑談とも言えない淡々としたツマラナイ会話を、彼女は本当に楽しそうに笑う。

 嘘偽りを言っている所は今の所見受けられない。

 つまるところ、今は彼女の本心なのでしょう。

 

「今日は取り巻きがいないのですね」

 

「お使いを頼んでいるからですよ。あとで落ち合う予定でしたが、待ち合わせの場所を変更しなくてはなりませんね」

 

「随分な扱いですね」

 

「『駒』ですから」

 

 駒。つまり彼女にとって足ですか。

 疾患を持つ彼女には、必要不可欠な存在だ。

 

「私、駒の使い方には自信があるのですよ」

 

「その自信に見合う才能も持ち合わせている」

 

「フフ、やはりあなたは素晴らしい分析力を持っていますね。ああ、よりいっそうこの後が楽しみになりました」

 

 そう言い終えた彼女は、ある扉の前で立ち止まる。

 どうやら、目的に到着したらしい。

 

「少々お待ちを」

 

 彼女は手で持つのではなく、肩に掛けられるように調整してあるスクールバッグから携帯を取り出し、何かを打ち始める。

 先ほど言っていた待ち合わせ場所の変更を伝えるための取り巻きへの連絡でしょう。

 

「お待たせしました」

 

 打ち終わったため、携帯の画面を黒一式になる。

 しかしその直後、今度は僕の携帯電話が鳴り響いた。

 電話の相手は分かっている。

 

 だから僕は、僕の推測した未来になってしまったことについつい溜息をつく。

 

「その電話、恐らく事件関係のことですね。出ないのですか?」

 

「出る必要がありませんから」

 

 僕は応答することなく、コールが終えるまで放置する。

 本音を話すと、この電話に出て少しだけあの事件に関わっても良かった。

 しかし、今回は龍園くんとの約束を優先する。

 

「楽しそうですね」

 

 コールが終われば、坂柳さんは無邪気な子供のような笑みで扉に手を添える。

 

「ええ。我慢は嫌いなのですが、今はその我慢すら、この後の事を考えるととても楽しく思えます」

 

 坂柳さんは3回扉をノックし、相手の応答を待たずに開けた。

 そして自らが王だと誇示するように、悠然とその教室へと入っていく。

 僕もそんな彼女の後へ続く。

 

「……こんにちは坂柳さん。今日も私達からポイントを奪う気かしら?」

 

 第一声はブレザーとネクタイを脱ぎ、制服の第1ボタンを外している奇抜な格好をした黒い短髪の女子生徒から。

 白い肌と大きめな胸が特徴的で、座っていても分かるほどスレンダーで高い身長を持つ彼女の姿は、様々な飲み物の匂いが入り混じった不衛生であるこの場所に意外にも溶け込んでいる。

 しかし、そんな彼女の声音と言葉からは悪感情がひしひしと感じ取れる。

 

「フフ、もう少し歓迎して下さいよ部長さん。それと今日はこの場を借りたいだけですよ」

 

 歓迎の“か”の字もない対応に、坂柳さんは笑って応じる。

 教室内には10人程度の生徒がいる。その中に1年生と思われる顔ぶれはいない。

 全員が2年生と3年生で構成された部活動だろう。

 

「……借りる?」

 

 坂柳さんが部長さんと呼んだ女子生徒は先程より強い嫌悪を見せている。

 彼女だけじゃない、この場にいるほかの生徒もあまり良い表情をしていない。

 歓迎ムードではない理由は、部長さんの言っていた「ポイントを奪う」という言葉が関係しているのでしょう。

 この言葉と雰囲気から導き出される結論は1つしかない。

 

「そいつが今回の『犠牲者』って訳ね。この前連れて来た紫の髪の子は捨てちゃったのかしら?」

 

「捨ててはいませんが、虐めすぎてしまいまして」

 

 彼女は部長さんの事をからかうように軽く笑う。

 相手の神経を逆撫でるような喋り方をする彼女の笑顔は、先程僕に見せていた笑顔とも違う。

 

「それに彼は犠牲者などではありませんよ」

 

「こんなやつが?」

 

 部長さんは僕の事を推し測ろうと視線を動かそうとするが、それは坂柳さんの次の言葉で遮られた。

 

「という訳で、チェスのセットを一式貸してください。ああ、必要ならば近くで見ても構いませんよ。私の敗北がその目で見れるかもしれない貴重な一戦です」

 

「……あんたが敗北? 冗談キツいっての」

 

「賭けてもいいですよ、私たちの試合に」

 

「……嫌よ。もうポイント取られたくない」

 

 弱肉強食、この場はボードゲームが強い者こそが王ですか。

 坂柳さんは今回のように、彼女たちとポイントを賭けて何度も遊んでいた。

 チェスやその他のボードゲームで高額のポイントを賭けた遊び。

 早い話、道場破り。

 そして全ての遊びに勝利し、ポイントを奪った。

 これが部長さんの言っていた「ポイントを奪う」の真相でしょう。

 このことから、坂柳さんのプライベートポイントは少なく見積もっても300万ポイント以上所持していると僕は推測する。

 

「つれませんね〜」

 

 部長さんを嘲笑する彼女はそう言う割には機嫌が良さそうだ。

 所謂サディストの一面が出てしまっている。

 しかし、確かに彼女の言う通り、ただただボードゲームをするのはツマラナイ。

 

 それでは、僕の勝利というツマラナイ結末が見えている。

 

 

「では部長さん、僕の代わりに賭けてみる気はありませんか?」

 

 僕がそう言うと、坂柳さんはその言葉を待っていたと言わんばかりに、嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「そうです、そうですよねイズルくん。ただ遊ぶだけでは……つまらないですからね」

 

 身体を震えさせ、心を踊らす。

 見方を変えれば不気味とも思える笑みを浮かべて彼女はそう言う。

 

「悪い事は言わない、止めときな。そいつ化け物みたいに強いからポイント搾り取られるのがオチだよ」

 

「僕が彼女との一戦に勝ったら、あなたには賭けた分が倍になって返ってきます。もし僕が負けた時は、あなたが賭けた分は僕が全額返します」

 

 僕は部長さんの言葉を無視して説明する。

 要は彼女に、僕の分の賭け金を出してくれたら、ノーデメリットで返しますよと言っているのだ。

 例えば、部長さんが僕の代わりに10万ポイント賭けるとしましょう。

 僕が勝てば、部長さんの賭けた10万ポイントに坂柳さんの賭けた10万ポイント分が足されて、彼女が最終的に貰える額は20万ポイント。

 もし僕が負ければ、部長さんの賭けたポイントは坂柳さんのものとなり、坂柳さんが20万ポイントを獲得する。

 しかし同時に、僕が部長さんに10万ポイントを返却する。そうすれば彼女の損失は0ポイントとなる。

 

「……あんた正気!? 確かにそれなら私にはデメリットが無いけどあんたにメリットなんて無いじゃないか!」

 

 部長さんは数秒の思考の後にすぐに反論を返す。

 賭け金のルールを瞬時に把握する辺り、彼女も頭の回転が早い人間だと分かる。

 しかしどうやら、余程圧倒的な実力差を坂柳さんに見せつけられたらしい。

 僕が負けた後の事を考えてしまったために、良心を踏り切れない。

 

「部長さんの言う通り、イズルくんにメリットがありません。それでは賭けが成立しません」

 

「僕は欲しいものなんてないので別に構いません」

 

「ダメです。それでは『対等』ではありません」

 

 彼女は対等という言葉に想いを込めて強調する。

 なるほど、彼女は徹底的に勝ち負けを決めたいようだ。

 しかし困ったことに、本当に、僕に欲しいものなんてない。

 

「思い付かないなら、私から1つ提案があります」

 

 僕は提案があるという彼女の方へと視線を向けて次の言葉を待つ。

 

「新鮮味にはかけますが、イズルくんが勝ったら『私に対して1つだけ命令できる』というのはどうでしょう? 勿論何でも構いません」

 

「何でもの具体性は?」

 

「そうですね、では『命以外の何でも』です。さらなるポイントの要求、私の持っている全てのクラスの情報、何でも構いません。フフ、あなたが望むのでしたら私の身体でも結構ですよ」

 

「なっ!? あんたも正気!? “たかが”チェスの賭けで身体って……」

 

 部長さんが戸惑うのも無理はない。

 チェスの一勝負に自身の身体をかける人間なんてそうはいない。

 そう思っても無理はない。

 

 しかし、坂柳 有栖の眼は本気だ。

 

 それほど彼女は、この一戦に強い想いを込めているのだ。

 だからこそ彼女は部長さんの発言に突っかかる。

 

「たかが? ……部長さん、私にとってこの一戦はなによりも、なによりも、価値のある一戦なのです。それを、そんな陳腐な表現で片付けないで下さい」

 

 果てしない怒気が含まれた絶対零度の眼差しが、彼女を射抜く。

 そのただならぬ剣幕は、この空間にいる全ての部員達を萎縮させる。

 

「その提案、賛成しましょう」

 

 僕は数秒の沈黙を打ち破り、肯定する。

 

「……フフ、では賭け金は100万ポイントにしましょう。私とあなたの初めての真剣勝負、それくらいが妥当です」

 

「無駄な支出を増やしましたね」

 

「フフ……、アハハ、ますます、あなたを打ち倒したいという気持ちが込み上げてきます」

 

 困難を乗り越えた笑顔ではない。

 他人を見下ろすような笑顔ではない。

 本当に楽しいという笑顔ではない。

 これはあの時と同じ、どこか狂気に近い『何か』を含んだ笑顔。

 今日見せてきた、どの笑顔でもない。

 

 そう、その笑顔が見たかった。

 

 今の坂柳 有栖が相手ならば、使えるであろう全ての超高校級の才能を惜しみなく使える。

 ───使って良いと思える。

 

「……分かった、払うわよ。あんた、本当にどうなっても知らないからな!」

 

 やけくそ気味に部長さんはそう言って、100万ポイントを用意した画面を僕達に見せる。

 他の部員達は賭けが成立した事を知るとこちらに近寄って来る。

 あっという間にギャンブルの会場が完成する。これで、勝ち負けを誤魔化すこともできない。

 

 チェスボードの上に手際良く駒を配置させ、準備を完了する。

 

 

「さぁ、始めましょうか」

 

 

 夜伽の前を連想させるように甘く、艶っぽい声とともに、異次元な一戦が始まった。

 

 

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