月曜日の朝、ついに対戦相手の10種目が発表される日だ。
この一週間は相手の情報を得るようなことは伊吹さんにしか命じてなく、基本的にはクラスの自主性に任せてきた。
僕や龍園くんなしでも十分な答えに辿り着ける実力をこのクラスは有してきた。
しかしやはり、それだけでは僕の思い描く未来には不十分。いずれは1人1人がこの学校の特性に適応して、試験に挑めるようになって欲しいものです。
「……げっ」
通学路を歩いていると、橘茜と堀北学に遭遇する。
待ち構えていないのは、橘茜の第一声からすぐに理解できる。
ただの偶然。デートの時間を邪魔されたことの不機嫌が声に出たのだろう。
「今回の特別試験、随分とやる気を出しているようだな」
横を歩く橘の不機嫌を手で制し、堀北学はそう告げる。
学年が違うというのに、堀北学は周知の事実のように当たり前に聞いてくる。
生徒会長の特権と彼の持つ情報網から、事態の大体は把握できるようだ。
「この学校に来て、僕にもやりたいことができましたから」
「……ふっ、そうか。それは素晴らしいことだな」
一瞬驚いてから、堀北学は穏やかに笑って告げる。
それは今まで向けられたことのない感情だった。
一番近いのは、親が成長した子に向けるような慈しみだろうか。
堀北学は僕の変化に対して、畏怖することなく、まして挑戦的な笑顔もなく、良き隣人に向けるような優しい微笑みを見せた。
「お前はこの学校で何を成すんだ?」
「予想のできない未来を作るために舞台を整えます。まずは土壌を作ることにしました」
選抜種目試験の説明時のように、僕ははっきりと言い切る。
「それが、お前の成したいことか。なるほど、未知を求めるお前らしい目標だな。その舞台とやらに、お前も参加するのか?」
「はい。本来であれば、この学校で成すことなどなかったのですが、事情が変わりました。ならば、僕もこの学校の一生徒として楽しんでみようと思っただけです」
「……事情、か。どうやら、今年の1年は波乱万丈な2年間を過ごすことになるようだな」
堀北学とて、僕のやろうとしていることの全てを理解しているわけではない。
しかし、直観的に何をするかは察しているように思える。余裕ある態度と慈悲深い笑みがそう思わせる。
「正直、南雲の一件以来、俺はお前を善にも悪にも傾きかねない不安定な存在だと思っていた。言うなれば、完全無欠がゆえの幼さ……そう言ったものが感じ取れた。しかし、今のお前からは悪に傾くような危うさを感じない。何か変化があったのか?」
「自分という存在を見つめ直す機会があった、そう答えておきましょう」
堀北学はまた薄く笑った。こちらに向ける感情から話の深堀りをしたい気持ちはあるはずだ。
しかし、彼は無闇に踏み込まない。冷静に話を汲み取り、話の腰を折らない。堀北鈴音と違い、コミュニケーション能力の高さが伺える。
「確認したいことがある。舞台を整えるというのは、南雲のようにこの学校の在り方を変えるつもりなのか?」
「いいえ。僕は南雲雅の掲げる真の実力主義とやらを目指すつもりはありません。あくまでも、特別試験を利用して彼らの実力を発揮してもらう。そのために、舞台を整える必要があります」
「退学者を大量に出す気はないんだな?」
確認は淡々としているが、向ける眼差しは鋭い。
堀北学と南雲雅が対立していた理由は、実力主義の捉え方の違いにある。
思想の違いは主に退学者の有無について。
前者は学校の伝統を重んじ、退学者を積極的に出すことは行わない。クラスという枠組みで戦い、ルールに則った試験の中で実力を磨いていく。
後者は退学者を積極的に出してでも競争を激化させる。集団よりも個の力に目を向け、より実力のある者だけを生き残らせ、上のクラスに進めていく。
真逆な考えを持つ人間同士、対立は致し方ない。
そして、僕という新しい存在の登場。また新しい舞台の変化に、元生徒会長として見届ける必要があった。
「出しませんよ。だって、未知を生む人間は多い方がいい。退学してはツマラナイじゃないですか」
僕がそう返せば、堀北学の表情筋が緩和する。
「それを聞けて安心した。しかし、俺が掲げていた学校の在り方とも少し違うのだろう?」
「はい。もっとも、僕は生徒会長ではないので他学年にまでこの考えを伝播させるつもりはありません」
「そうか。少し残念な気持ちもあるが、致し方ないな。それで、舞台を整えるというが具体的に何をするんだ?」
突拍子に始まった雑談だったが、話は思った以上に広がっていく。
初めこそ嫌な顔をしていた橘茜も歩きながらこちらの話を黙って聞いている。
「現状、今のままでは各クラスが持つ実力が違いすぎます。だから、まずは各クラス間の実力を整えます。クラスの特色は残しつつ、学年全体の実力を上げていく。そして、各学年の主要人物の進化を特別試験を通じて促します。よって、本番は3年……いえ、2年の途中から始められるでしょう」
「大掛かりな計画だな。しかし、その言い草から察するに、お前は────クラス間の移動を考えているのか?」
概要を話しただけで、堀北学は僕の作ろうとしている未来の一部分を推察した。
流石は堀北学。現状、この学校において最も集団を活かせる力を有している男。
僕はその素晴らしい観察眼に敬意を表し────移動するクラスを口にする。
「……えっ!?」
思わず、橘茜の驚愕が声に出た。
堀北学も目を細め、僕の思い描く未来を予想する。
「……そうか。舞台にお前も参加するとなれば、お前という天才は最も実力の低くなってしまうクラスに移動するのは道理だな。だが、意外だ。お前と龍園はてっきり最後まで共に戦うものだと思っていたが……」
「それでも良かったのですが、彼は僕と戦うことを最終目標にしています。よって、その願いを叶えるためにも僕のクラス移動は不可欠。それに、僕が移動することで丁度良く実力が均衡するはずですから」
丁度良く、僕はそう嘯く。
僕がクラス間の移動を行えば、舞台は1つのクラスを除いて整う。
そのためにも、まずは2000万ポイントが必要だ。欲を言えば、4000万ポイント欲しい所だが、それは今後の特別試験次第になってしまうので、完全に舞台が整うのはやはり3年生からになるだろう。
それまでに、各クラスのリーダーを矯正する。各クラスの特徴を残しつつ、どのクラスの実力も均衡するように整えていく。
そうすれば、外部からの強制介入がない限り、勝敗は各クラスの選択によって決まってくる。
すなわち、より予想のしづらい複雑な未来が作り上げられる。
「ポイントはどう調達するつもりだ?」
「南雲雅から頂くつもりです」
「……そう言うことか。だからお前は、南雲に発破をかけて自分に挑むように仕向けたのか」
堀北学の予想は正しい。
どんな人間も僕が未知を見るためだけに動いてもらうのだが、南雲雅にはもう1つ役割がある。
それが、大量のポイントの回収だ。
発破をかけたことで、彼は2学年を再統一して僕に挑んでくる。その戦いの対価に、大量のポイントを僕は要求するつもりだ。
負ければ、僕の思い描く未来はそれにて終了。しかし────それはそれでオモシロイ。
そんなことなど万に一つもないのだが、この学園でも最上位の実力者である南雲雅にほんの少しだけ期待してしまう。
「可能であれば、あなたからもポイントを貰いたいです」
「今の話を聞いて渡したい気持ちが湧いてきたことは否定しない。だが、渡すとしても、特別試験の結果が確定してからだな」
「分かりました。できれば、2000万ポイントは残してほしいです。もしかすると、すぐにでも使う必要がありますから」
「分かった。お前には混合合宿の借りがある。俺も最善を尽くそう」
第一の当てにしていた堀北学からポイント回収を試みれば、先の吐露が響いたようで幸先の良い返事を得る。
「ちょ、ちょっと待ってください!! しれっと話を進めてましたけど、ほ、本気ですかッ!? だってポイントは卒業後に……」
「換金されるのですか?」
橘茜はその続きを話さないように物理的に手で口を閉じるが、僕はその続きを予測して答える。
すれば、相も変わらず彼女は分かりやすく表情を歪める。
すぐに自分の失態に気付いた彼女は堀北学の方を向いて助けを求めるが、当の堀北学も掌で顔を覆っていた。
「やはり、換金されるんですね。まぁ、所持ポイントがそのまま現金になることはないのでしょうが」
「……ああ、その通りだ」
根拠などない適当な予想の1つだったが、正解だった。
学校側としてはどのような名分として渡すのか気になる所だ。
「ご、ごめんなさい、学くん」
「気にするな……と言いたいが、お前はもう少し感情の機微を隠せるようにするべきだな。まぁ、高円寺の一件を南雲が最近解決したことで一年にも卒業後のポイントについて伝わるはずだ。罰則は受けないだろう」
「高円寺の一件?」
気になる話題は僕の知りえないことだ。
基本的に自分から情報を集めない僕は、学園全体の動きについては疎い。良い機会なので、僕はその件について詳しい事を聞いてみる。
「先日、南雲から“高円寺六助が不正にポイントを集めている可能性がある”という報告が生徒会に入った。その調査は即座に行われたが、実際に不正はなかった。だが、その方法は学校側が意図していない反則のような方法だったため禁止された」
高円寺くんが行える学校側が意図していない反則のような方法。
そして、卒業後にポイントが現金化される点からこの話題に発展したことを考慮すれば、すぐに答えが導かれる。
「なるほど、換金のレートが違う点を逆手に取り、学校が提示するレートよりも高い金額を払うことを他生徒と約束していた、と?」
「流石だな。高円寺は相当の現金を動かせる人間のようでな、ある程度の信頼があったようだ。俺の学年の中にも一定数その約束をしていた奴がいたが、実際に面白い一手だと感心した」
超がつくほどの金持ちだからこそ許された盤外の一手。中々に見事だが、今回はそれを未然に防いだ南雲雅の方が上を行った。
タイミングもいい。これは功績、下がった評価の挽回に繋がる。
何より、発破をかけた甲斐があった。南雲雅の意思が死んでいないことが知れたので幸運と言っていい。
「やはり、高円寺六助の実力は特出していますね。予想通り、彼とあなたの妹が力を合わせれば、また一つクラスが完成する。クラスの実力均衡に近付きます」
「鈴音が高円寺と協力、か。噂通りの男であれば鈴音でも手を焼くと思うが……」
「安心してください。僕が本気にさせるので、クラスに協力します。今の堀北さんならば、高円寺くんも手を貸してくれるでしょうしね。そして、彼もね」
きっと彼が、いや────
彼らの選択次第でさらにオモシロイ未来もあり得る、それは非常に喜ばしいことであってほしい。
「また一つクラスが完成すると言ったが、それは正しい推測なのか? 忘れていないか、あのクラスには────」
「────珍しい組み合わせだな」
堀北学が続きを話そうとした時、タイミングよく件の人物が現れる。
学校に続く信号で彼は待っていて、こちらが合流したような形だ。
表情は普段通り平坦なもの。気配を消して会話を聞くことは僕がいる以上できないので、高円寺くんが話題になっているくらいの情報しか聞こえていないだろう。
「間が良いのか悪いのか分からないな、お前は」
「何というか、その適当にこちらを貶すような感じ……血の繋がりを感じるぞ。で、何の話をしてたんだ?」
知りたい話を遮られたことに僅かばかりの不快感を見せた堀北学には、確かに妹と似ているように思えた。
その妹と最も近くにいるであろう彼こと、綾小路清隆がそう言うのだ。その感覚は間違っていないだろう。
「カムクラとは偶然会ってな。道中は雑談をしていたのだが、カムクラがついにやる気を出したことからこの学園で何を成すかを聞いていた。そこで丁度、お前について聞こうと思ってな」
「……オレについて?」
「ああ。話していいのか?」
「ある程度は。しかし、具体的なことは話さないでください」
僕は限定的に却下する。
綾小路清隆には自分自身で選択してほしい。その選択こそ彼の成長に繋がるからだ。
ここで堀北学と話すこと自体は良いが、僕の計画を知ってしまってはツマラナイ未来になりかねない。
「綾小路くん」
信号が変わりかけている。話す時間はそう長くない。
だから、一言だけ告げるつもりだ。今日は堀北学との会話で、自分のなすべきことについて考えてもらおう。
「平田洋介の矯正が終わったら────僕と話す時間を作って貰えますか?」
言いたいことは、その日に全て伝えるつもりだ。
今回の試験でやるべき最後の整地。彼との対話によって、今回の試験で僕の行動は終わり、一之瀬さんのクラスを叩きのめすことに専念できる。
「……分かった。場所はどうする?」
「こちらで決めておきます。終わったら連絡してください」
僕はそう告げた後、歩くペースを上げる。
今日はもう話すことはない。後は堀北学との雑談である程度の概要を知ってもらえればいい。
なにせ、次に会った時は────彼の人生の分岐点なのだから。
高円寺のAクラス卒業計画はここで阻止しときます。南雲くんも順調に復活してきているので良い成果でしょう。
堀北学はこの舞台にいないので普通にネタバレしてる。危惧されるようなことないので、堀北学は自分も参加したいなとちょびっとだけ羨ましいと思ってる。
で、綾小路にもお話しする。今のままじゃツマランから本気出せよと絡みに行きます。