ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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乗り気ではない修繕

 

 

 

「平田くん!!」

 

 Dクラスの放課後では、選抜種目試験が始まってから幾度となく同じ光景が繰り返されてきた。

 その光景とは、このクラスの人気者にして、今回の試験で“司令塔”を務めることになった平田洋介を呼び止めるということ。

 今日は対戦クラスであるAクラスの10種目が発表され、早速リーダーである堀北と彼女を支える櫛田の下、対策を練っていく予定だった。

 しかし、肝心の司令塔である平田には、その対策会議に参加の意思がない。

 そもそもこの司令塔という役割も、前回の投票試験において人気者で一位だった平田洋介が“プロテクトポイント”を有したがために、強引に与えられたものだった。

 初めこそ、堀北が捨て身の覚悟で司令塔を行う手筈だったが、彼女を慕う男子、櫛田を中心にした女子グループから平田が持つプロテクトポイントを利用する案が立った。

 当然、意気消沈の平田が試験における重要な役割を担うことを、堀北は反対。だが、櫛田の“試験本番までに元の平田に戻ってもらう。そのために皆で説得する”という意見により堀北の怒りを収め、司令塔の任は決定した。

 だが現状、説得は上手くいっていない。平田は堀北の言葉を全て無視し、彼を心配する女子たちの言葉すら聞く耳を持たない。

 

「お願いします、待ってください!!」

 

 その繰り返しによって、彼を説得しようとする者は王 美雨(ワン メイユイ)と櫛田、堀北の3名になっていた。

 今日も前者2人は説得を試みるが、平田は依然として答えない。

 特に、彼が意気消沈の原因の一旦となった山内の退学、それに大きく関係した堀北と櫛田には一切の反応を示していなかった。

 

「……私、今日も追いかけます」

「みーちゃん、無理はしないでね。私も後から追いかけるから」

 

 みーちゃんというのは王の愛称だ。

 彼女はスクールバッグを片手に、急いで後を追う。

 彼女は恋慕の情を平田に持っている。それこそが、彼女をここまで焚き付けるものであった。

 

「手を焼いているようだな」

 

 櫛田も急いで準備している中、綾小路が既に荷物を纏め終えた状態で声を掛ける。

 平田がクラスに協力しない現状では、平田の次にクラスで人気のある綾小路はクラスから非常に高い信頼を受けている。

 

「今の平田くんは全く相手にしてくれないからね。私はまぁ仕方ないとして、あんな健気に頑張っているみーちゃんを無視って……流石の私も同情するわ」

 

 言葉の最後、櫛田は一瞬だけ裏の顔を見せる。

 対面している綾小路だけが読み取れた表情。クラスメイトがいる場では迂闊な表情操作、以前の櫛田ならば絶対にしなかった感情表現だ。

 しかし、綾小路はこれを櫛田なりの信頼だと理解していた。

 以前、彼女は綾小路に対して敵対しないことを宣言した。

 本来の自分を見せることはその宣言の通り、偽ってないという含みがあると認識していた。

 

「手を貸そう。ここらで平田にはいつものように戻ってもらわねば困るからな」

「……へぇ~、珍しい。綾小路くんが積極的に力を貸してくれるなんてどういう風の吹き回し?」

「試験に勝つためだ。このままだと勝負の土俵にすら立てないだろう?」

「本当にそれだけ?」

「それだけだ」

 

 とはいえ、二人の間に完全な信頼は置けていない。

 綾小路からすれば、今の櫛田は自分すら欺きかねない存在であり、駒だったとしても扱いづらい。

 櫛田としても、綾小路の人間性をカムクラからの情報により怪しんでおり、警戒は解けない。

 だが、互いにクラスへの貢献度は高い。その一点のみで、合理的な思考をする二人はその実力だけを信用している。

 ゆえに、一定以上の信頼値は成立していた。

 

「じゃ、任せるね。私は堀北さんと一緒にクラスを纏め上げて、精度を高めるからさ」

「ああ。こっちは任せてくれ」

 

 綾小路にしては珍しい頼りがいのある言葉に、櫛田は何かしらの解決策があると判断する。

 カムクライズルから綾小路がXと呼ばれていたDクラスの隠れた実力者であることは聞いている。

 あの怪物から一定以上の評価を受けていることからその実力は本物。櫛田はこの一件を綾小路に任せ、己のやるべきことに専念することを決める。

 綾小路もまた、すぐにみーちゃんの後を追う。

 校舎を出て寮へと続く道中に人は少ない。

 HRが終わって即座に教室を出たことが幸いし、見落とすようなことはなく、道中の端で見合っている二人をすぐに発見。

 今までは無視を決め込んでいた平田だったが、いよいよみーちゃんが面倒になって話し合いに発展していると綾小路は推測し、少し離れた所で2人の会話を見守る。

 

「お願い平田くん。私たちには平田くんの力が必要なの……だから────」

「みーちゃん、いい加減にして欲しい。もう僕のことは放っておいてくれないかな」

 

 みーちゃんの懇願に、平田は重く愚痴をこぼす。

 鋭い言葉の刃。淡い気持ちを乱暴に引き裂くその言弾は容赦がない。

 しかし、彼女の瞳の力はそれでも弱まらない。

 

「ほ、放っておけないよ。……そんな状態の平田くん、放っておけないよっ」

「なら、どうしたら放っておいてくれるのかな。教えてよ」

「それは、その、平田くんが元に戻ってくれたら……」

「……元に戻る? ははっ、元に戻るだって? それこそ、無理な話だよ」

 

 乾いた笑い、その瞳に光はない。

 ただただ冷淡に、平田はみーちゃんを否定する。

 

「そんなことないっ、私は、私は平田くんが元に戻ってくれるって信じてる」

 

 信じる、その言葉に反応して、平田は勢いよく拳を握りしめる。

 手を出しかねない雰囲気が一瞬生まれる。しかし、その一触即発な空気はすぐに霧散した。

 

「……信じる? 山内くんを救えず、何もできなかったあの時の僕に戻って? ……みーちゃん、あの時の僕の、何を信じるんだい?」

 

 虚ろな瞳と震えた声、握りしめた拳は解かれた。

 それは嘆きだった。起こった絶望に対して自責の念が支配し、諦観が言葉に変換されていた。

 

「僕は、あの時、何もできなかったんだ。何も、できなかったんだよ。もっと前から準備ができたはずなのに、僕は何もしなかったから、僕は、山内くんを救えなかった」 

 

 早口に進む言葉。

 腹の底に抑えていた負の感情が、とうとう溢れてしまった。

 限界だった。自分の不甲斐なさに、そんな自分に集まるクラスメイトからの信頼に。

 

「……僕は、何も持っていない人間なんだよ。堀北さんのようなリーダーとしてのカリスマも、櫛田さんのようなクラスを纏め上げる素質も、綾小路くんのような参謀として動く能力も、僕には、ないんだ。そんな僕が、誰かのために前に出ること自体が間違いだったんだ。だから、山内くんを犠牲にしてしまった。ダメなんだよ、僕のような人間に頼っちゃ……また失敗してしまう」

「そ、そんなことはありません。あの試験、平田くんはクラスを混乱させないように動いてくれていました。それで、救われた人もいます」

 

 絶望の嘆きを聞いて尚、みーちゃんは平田を励まそうとする。

 諦めずに説得するのは、純粋な恋心から。その恋心を目覚めさせたのは、平田洋介の優しさ。

 巡っている。平田の日々の対応が、希望を引き寄せる。

 しかしそれでも、

 

「でも、僕は山内くんを救えなかった。仮に誰かを救っていたとしても、目の前で僕に伸びた手を、僕は掴めなかったんだ」

 

 数じゃない。

 平田の後悔と絶望は、何もできない自分の弱さが起因している。

 前回の選挙ゲームで、それを痛いほど分からされた。自分に突き刺さった言弾は何も間違いじゃないと分かっているからこそ、平田は自分を許せない。

 指摘から自分の足りない部分を見返したからこそ、反省点を見つけてしまったからこそ、既に手遅れだった事態に気付き、何もできなかった自分に絶望した。

 前を見ようとしたからこそ、心は折れてしまった。

 

「僕にはもう、皆の前を歩く資格はない。こんな僕を、まだ信頼する君たちもどうかしている。……放っておいてくれ、もう、どうでもいいんだ」

「ほ、放っておけませんよ。今の平田くんは、絶対に放っておけません!!」

 

 みーちゃんは向き合う平田の左手を両手で掴む。

 今日に至るまで、みーちゃんは平田へ何度も声をかけてきた。

 今日までずっと無視をされても、諦めずに続けてきた。そして今日、やっと彼から言葉を引き出せた。

 しかし、説得するには彼女には経験が足りない。

 今の彼女にできることは、このままどこかに消えてしまいそうな弱った平田をこの場に留めるだけだった。

 

「……手を放してくれ」

「い、嫌ですッ!! だって、だって!!」

「僕にはもう、何もないんだ。何も失うものがないんだ、何かを恐れる必要すらないんだ。だから……」

 

 しかし、今の平田にはその想いは届かない。

 視線を下に落とし、現実を見ようとしない者に、他者の視線は介入する余地すらない。

 虚ろな視界に映る何かへ再度握りしめた拳を振り下ろすことに躊躇いはない。

 みーちゃんは恐怖で思わず目を瞑る。しかし、手だけは繋ぎとめる。淡い感情が覚悟を決めさせる。

 

 

「おやおや、これまた随分と醜い一面を見せてもらったよ」

 

 

 理不尽な鉄槌が振り下ろされることはなかった。

 握った拳は第三者の介入によって空中に留まっていた。

 

「……高円寺くん」

 

 第三者は学校一の破天荒な男、高円寺六助だった。

 綾小路の横を堂々と通り抜けた彼は、そのまま二人の事情に首を突っ込む。

 

「おっと、私のことは気にせず先ほどの続きをやってくれたまえよ。見ていてあげよう」

 

 そう煽られて続けるほど、平田は間抜けではない。

 振り上げた手を下ろし、握りしめた拳を解かずに、高円寺へ敵意を向ける。

 

「君が他者を助けるなんて、意外だね。その気まぐれ、今の僕には酷く不快だよ」

「ガールが傷つく場面を見たくはないからさ。そして、君の快、不快など私には関係ない。日々のディスペアーを、私で晴らそうとするのは止めてもらえないかな?」

 

 高円寺は平田を気遣うことなく告げる。

 己が絶対の男が他者を慮ることはなく、相手の心情を一切無視して事実のみを口にする。

 平田は奥歯を噛み締める。ギリギリと音が聞こえる歯軋り、それを心配してみーちゃんはより強く手を握るが、平田は気にすることなく高円寺を睨みつける。

 

「不愉快だよ。君たちのように、凄い才能を持っているのに自分のためにしか使わない人間は、本当に……」

「私の才能に嫉妬するのは致し方ないとして、その才能をどう使うかは私次第だからねぇ。救う価値のない凡人のために使うほど、私も暇ではない」

「……救う価値のない凡人だと?」

「そうさ。あのライヤーボーイが退学したのは自業自得だったじゃないか。彼は自分の欲望に従ってクラスを裏切り、綾小路ボーイを犠牲にしようとした。クラスで最もいらない存在だと、あの場で堀北ガールが証明してくれたことを忘れたかい?」

「彼に非があったことは事実だとしても、たった一度のミスで退学は間違っている」

「社会に出たら、一度のミスで首が飛ぶこともあるさ。その練習だと思えば、むしろ彼にはいい勉強になったんじゃないかな?」

「……本当に、不愉快だな──高円寺ッ!!」

 

 ついに、平田は一歩前に出る。その胸ぐらを掴むために、勢いよく前へ出る。

 そしてようやく気付く。

 握られた手の強い力を。自分を繋ぎ止めていた希望を。また一つ、己の手で振り払ってしまったことにも。

 

「……あっ、あぁあッ!?」

 

 乱暴に踏み出された一歩、それによって倒れる華奢な身体。己の行いに、平田はまた一つ後悔を重ねる。

 伏した彼女に手を伸ばすよりも先に、自らの頭に手を伸ばして抱える。

 

「実に哀れだねぇ」

 

 大きくため息をついた高円寺が自責の念に強いられる平田から視線を外す。

 見るに堪えない。勝手に絶望して、勝手に壊れ始めて。不愉快というよりは呆れてしまう。

 

「大丈夫かい、ガール」

 

 後悔に苛まれる平田に代わって、高円寺はみーちゃんへと手を伸ばす。

 

「だ、大丈夫です。このくらい自分で立てます」

「エクセレントな気概だ。しかし、痛みを感じる時は無理をすべきではないねぇ」

「……え、え、えっ!?」

 

 転んだみーちゃんを、高円寺は颯爽と抱き上げる。

 何をするか分からない男の、突然の行為にみーちゃんは唖然としてしまう。

 

「あああ、あのぉ、お、降ろしてくださいッ!!」

「安心したまえ。私はこう見えても、とてもジェントル。傷ついたガールを放っておくことはできないのさ」

 

 平常運転の高円寺。しかし、その大胆な行動が、自分の世界へと逃げようとしていた男の視線を引き寄せる。

 

「……何のつもりだい?」

「何? いやはや君が手を差し伸べなかったのだろう? なら、私がもらい受けても何も問題ない」

 

 そう言って、高円寺は平田に背を向ける。平田との距離を離すように、この場から移動する。

 言葉通り、傷ついたみーちゃんを癒すためか、はたまた別の目的か。どちらにしても、平田とこれ以上話しても無駄だと悟ったが故の行動だ。

 

「……手を差し出したところで、何も変わらない。そうだ、僕は何もできなかったんだ」

 

 自問自答を繰り返す平田。それでいて、離れていく高円寺の背を睨む。

 文句は山ほどある。しかし、このままあの自由人と話したところでストレスが増すだけ。

 まして、寮への帰路も一緒。これ以上同じ時間を過ごしたくないという考えに辿り着くのは自明であり、寮とは違う方向へと歩きだしていた。

 

 

「確かに、つまらないな」

 

 

 ここまで三人の様子を眺めていた綾小路が、独り言を零す。

 今の平田は、己でやるべきことを理解しているにもかかわらず、現実から目を背けようとしている。

 一人の世界に閉じこもろうとし、他者からの言葉に耳を貸さない。

 能力はある。一度は前を向こうとした時点で、意志もあった。だからこそ、今とるべきことを、本当は理解していると綾小路は予測している。

 しかし、脆い。覚悟が全く足りていない。

 堀北や櫛田に比べれば、その意思は薄氷のように割れやすい。

 だからこそ、つまらない。選抜種目試験が開始してすぐ、カムクラがDクラスへやって来て、平田に対して辛辣な態度を取っていた理由に共感できた。

 

「さて、さっさと終わらせてしまおう」

 

 高円寺とみーちゃんは立ち去り、フラフラとあらぬ方向へと進んでいった平田の行く先もすでに確認している。

 平田と1対1で話せる状況は整った。後は、矯正を行うのみ。

 Dクラスの潤滑油としての役割を担うために、その精神を叩き直す。甘えた考えを捨てさせ、覚悟を持たせる。

 そのための一仕事。Dクラスの分水嶺と言ってもいい。

 

 しかし、この行いを、綾小路はただの作業としか思っていない。

 

 柄にもなく、この後の対談に期待が押し寄せている。

 ただの呼び出し。されど、相手は才能の権化。自分以上の能力を持つ、正真正銘の怪物。

 だからこそだろう。

 こちらの行動をさも当然のように見抜いた上での接触。試験発表後にDクラスに接触してきた行動すら、Dクラスの実力を分析し、この後の布石かもしれない。

 何を言われるのか、その予想は何となくできている。その上で、どう自分を矯正してくれるのか。

 

「────今度は、何を学ばせてくれるんだろうか?」

 

 なくなったはずの心が形成されたように感じて手を胸に添えれば、高鳴っていることを実感する。

 彼は今、楽しいという感情を学び直していた。

 

 

 




高円寺とみーちゃんの絡みは大事なので書きました。
みーちゃん健気でかわいいよね。
原作と違って、平田は自分の不甲斐なさで病んでます。なので、原作よりも症状は軽いです。原作同様の治し方で問題ないので、綾小路クリニックに任せておけば元通りです。
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