ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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1年生編完結まであと少し。最後まで頑張るぞ〜


綾小路清隆のターニングポイント

 

 

 

 平田洋介の矯正を終えた綾小路は学校の屋上へと向かっていた。

 矯正にはそう時間がかからなかった。

 平田の過去を聞き、彼が形成された価値観を聞き、その上で今回何もできなかった自分の弱さを改めて自覚させた。

 俯いてしまった顔をもう一度前に向かせ、今度こそ失敗しないように責任と覚悟を知らしめた。

 それだけで、平田は立ち直った。

 誘導付きで舗装された道を通るかのような簡単な作業。なにせ今回の矯正をするに当たって、平田は目を背けているだけだった。

 ただそれを、堀北を中心にした芯のあるクラスメイトと同じ方向に視線を向けさせれば、事は済んだ。

 これで、平田洋介という強力な手札が万全の態勢で司令塔をこなせる。

 

 準備は済ませた。綾小路はすぐにカムクラへと連絡をつけ、集合場所を聞いて足を運ぶ。

 

 綾小路は屋上までの階段を上りきり、一つしかない入口の扉を開ける。

 以前ここに来たのは、カムクラと戦うためだった。

 あの時は排除すべき敵として動いていた上に、己が負けることなどないと思っていた。

 しかしあの一戦以来、そして混合合宿を経て、己よりも明確に実力ある人間だと認識した。

 ホワイトルームでは絶対に現れなかった存在。そんな人物との語り合い。警戒交じりの奇妙な高揚感が身体の内を巡っている。

 楽しみを抱く、その実感。己の予測を振り切る男を見つければ、胸の奥がまた僅かに揺れる。

 

「待たせたな」

 

 日は西の空へと進み、残滓として薄く滲む程度の夕暮れが場を照らす。

 冷えた風がコンクリートを滑っていく。

 風で髪は靡かない。あのおどろおどろしい髪型は切られ、学生らしい清潔感ある髪型に変わっている。

 

「予想より少し早いくらいです」

 

 屋上の真ん中にて、カムクラは直立不動を貫いていた。

 何もない屋上の中心で人が佇んでいる光景はシュールだが、綾小路はそれよりも自身の心の動きを優先する。

 

「早速で悪いが、要件を聞いてもいいか?」

「その前に、堀北学から僕の目的についてどの程度聞きましたか?」

 

 質問に質問を返されたことに不快感はない。

 ある程度、この後の話の流れを綾小路も分かっているからこそ、堀北学の話が重要だと理解しているからだ。

 

「お前が予想のできない未来のための土壌を作り、舞台を整えるという話なら聞いている。クラスの実力を調整し、主要人物の進化を促すって話もな」

「なら、話は早い。綾小路くん、あなたももう理解しているでしょう?」

 

 赤い瞳が綾小路を射抜く。

 物事の先の先まで見通すその分析能力。その異常性は経験が知っている。

 荒唐無稽な目標ではない。綾小路の思考を正しく見抜いているからこその問いかけだ。

 

「ああ。オレもその舞台とやらで踊れってことだろう?」

「はい。今日の話し合いは乗り気ではないあなたの説得のために設けました」

 

 綾小路が淡々と答えを提示すれば、カムクラも事務的に言葉を返す。

 

「オレを、平田のように矯正する気か?」

 

 ホワイトルームの最高傑作。この学校ではまごうことなく不良品。

 今も感情の一切を声色に乗せることなく応じている。

 しかし、心内では自身の変化を期待しての言葉だった。

 

「する気はありません。あなたには自分のやりたいようにこの学校で生活してほしいだけです」

「それはつまり、全力で特別試験に挑めばいいのか?」

「いいえ。折角の学校生活なのですから、様々なことを本気で取り組んでもらいたいということです」

 

 どちらも依然として声色が変わる様子はない。

 しかし、カムクラの解答に綾小路は違和感を覚える。

 まるで青春を楽しめと言わんばかりの返答。それがどうしてカムクラの未知に繋がるのか、そんな疑問が脳裏に引っかかる。

 

「そう難しい話ではありません。今のように実力を隠さず試験や学校生活を送り、あなたのやりたいままに残りの2年間を過ごして欲しい、それだけです」

「そこからの変化がお前の予想外という訳か。だがつまり、今の実力を隠しているオレのままだと、舞台に上がらせてもらえないということか?」

「はい。今のままのあなたではどう足掻いても僕には勝てません。手を抜いて舞台に立つことは僕が許しません」

 

 勝てない。その言葉に、綾小路は身体全体に電流が走ったかのような衝撃を覚える。

 勝つことが全て、その理屈を全うできない事実。頭では理解していて平静を装うも、染みついた習性が身体へ反応を示す。

 弱点を探れ、その過程で負けてもいい、最後に勝つための勝負をシミュレーションしろ。

 そんな強迫観念染みたものが、胸の内側でざわついている。

 

「どんな存在にも弱点はある。お前とて、それは例外じゃない」

「だから、勝つ可能性がある。そう考えるのは自然ですし、決して間違いではありません。しかし、あなただけの力では不可能ですよ」

 

 1人では勝てない。カムクラはそれが絶対的な事実のように言ってくる。

 しかし、綾小路とてその言葉を否定しない。

 自分を圧倒する近接戦闘能力と未来予知のような分析能力だけでなく、稀代の謀略家のように頭までキレる。

 周囲と実力がかけ離れているが故の孤独はあれど、孤立していない。それでいて、集団の長と呼べる才も持ち合わせていることは混合合宿より周知の事実だ。 

 どう切り崩すか。

 以前は、カムクラの近しい人物を人質に取ることで勝負を成立させた。しかし、それは前提条件を達成しただけで、勝利への切り札や決定打ではない。

 後、何手いる。

 自分が今使える道具を数え、それらを十全に扱って目の前の男に勝てるか。

 ────否、その確率は限りなく0に近い。

 

「あなただけ、か。お前に勝つには仲間がいると?」

「はい。予想を覆すオモシロイ未来に繋がると思います」

 

 実に、綾小路らしくない発言だった。

 他者を駒としか見ていない不良品が、自分の存在を肯定するために導いた答え。

 綾小路とて、言ってみて呆れた。そんな未来が訪れることはない。

 仲間とは手駒。手駒とは道具。感情を持った道具を利用してこそ、己の算盤が導いた結果を手に入れられる。

 イレギュラーは可能な限りなくすことが、正しい。

 

「自分の予想が外れることに、恐怖はないのか?」

「恐怖とは、無知ゆえに喚起する感情です。しかし、僕たちは過程は違えど知識を与えられすぎました。違いますか?」

 

 カムクラの問いに、綾小路は首を振らない。

 内心では頷こうと思った。

 事実、ホワイトルームにおいて、人が獲得するであろう一生分の知識を超えた量を与えられている。

 しかし、内で生まれた初めての感情に困惑したために素直な言葉を前に出せなかった。

 

「僕たち、か。お前もホワイトルームのような機関で知識を与えられたんだな」

「はい。この才能全てが証明です」

 

 その言葉の裏は取れていないが、綾小路は納得した。

 むしろ、この非現実的な能力が一般家庭から生まれてしまっていることの方が不自然だ。

 似た境遇の人間との遭遇。それも、自分よりも実力ある男との対話。

 話せば話すほど、分かってくる。

 生い立ちや思想は全く違うというのに、自分とこの男の根っこは同じなのだと。

 

「僕たちは多くを知るからこそ大きな謎に対して恐怖を感じるより、未知に触れて心の飢えを満たしたいという欲求が優先される」

「……そうだな」

 

 綾小路は小さく肯定する。

 渋々と振り絞った声ではなく、同じ考えを持っていたことに安堵したように。

 ────共感。心なんてないはずなのに、心の底から分かりあえている感覚があった。

 予想のできない未来こそ、カムクラが求めるもの。

 実際、表情こそ動いていないが、綾小路はカムクラの声色に僅かな変化が生じていることに気付いている。

 普段は何を考えているか分析できない男だが、未知を求め、その探求に快楽を求めている時は感じ取れる。

 そして、新しい学びを得た時に自分も似た反応をすると、思い返せばすぐに分かった。

 

「ならば、自重する必要がないことは分かったでしょう?」

「理解はしている。だが、オレにはそんな自由は許されていない」

「ホワイトルームからの刺客のことですね。それは問題ありません、あなたが本当に退学になりそうになった時は僕が協力しますから」

 

 カムクラはさも当然のようにそう言う。

 

「今回の試験こそ、まさにそうだと思うが?」

「はい。ですので、既に対処はしてあります」

 

 綾小路の懸念はもっとも。

 しかし、カムクラは予期していただけでなく、問題解決にまで進めている。

 自分の父親が関与している刺客を対処済みと聞けば、どのように行ったか気になるのは至極当然。

 信じるに値するかどうかを見極めるため、綾小路は次の言葉を待つ。

 

「月城理事長代理にお願いしてきました。次の試験では、余計な茶々を入れないようにして欲しいと」

「お願いとは、随分と不確定な言葉だな。何らかの契約を結んだ訳ではないのか?」

「契約や対価は持ち掛けていません。僕はただ、綾小路くんへの試練を与えるのは構わないが、それで他の生徒を巻き込むなと釘を刺しただけですから」

「気ままなお願いをしてくれたな。月城がそのお願いを守る保証がどこにもないように見えるが」

「問題ありません。彼が僕と敵対したくないというのは本心でしょうから。それに、万が一今回の試験であなたが退学になりかけても、堀北学から2000万ポイントを受け取れば問題は解決します」

 

 綾小路はカムクラの意図を理解する。

 月城の介入を止めるのではなく、2000万というポイントを当てに、月城の干渉を遮る手段を確保した。

 学校外部の介入となれば、流石のカムクラも全部を阻止できるわけではない。だからこそ、相手の攻撃先を絞って確実に自分を守るという選択肢を取ったと判断する。

 この方法ならば、綾小路が自ら退学を選ばない限り、退学することはない。

 

「堀北兄からは確実に確保できるのか?」

「問題ないでしょう。混合合宿で本来使うはずだったポイントが余っているはずですから」

 

 綾小路はカムクラが当てにしているポイントを察する。

 混合合宿で使うはずだったポイント。すなわち、橘茜が使うはずだった2000万ポイントだ。

 混合合宿で南雲に狙われた橘茜は、カムクラの介入がなければ確実に退学に追い込まれていた。ここで浮いたポイントを活用する、それがカムクラの当ての正体だった。

 

「もちろん、3年最後の特別試験後に予め2000万ポイントを残すようには伝えておきます」

「しかし、最後の特別試験でポイントを大量消費する可能性はあるんじゃないか?」

「ルール次第であるでしょう。しかし、堀北学ならば問題ないと僕は判断しています」

 

 カムクラは堀北学を高く評価している。

 超高校級の生徒会長と呼べる才能。あらゆる能力が高水準であり、何より他者を惹きつける魅力を持つ者。

 綾小路も、その判断に間違いはないと同意する。

 

「最悪の場合は僕のクラスからポイントを回収してあなたを救済するので安心してください」

「こう言っては何だが、真鍋に救われることになるな」

「終始あなたに搾取されたことは不運と言わざるを得ません。しかし、今回の失敗を活かして前に進むように仕向けています」

「慈悲深いことだ」

 

 綾小路はどうでもいいことのように告げる。

 実際、真鍋に対して1ミリも同情など湧いていない。興味があるとしたらその先だが、もう今後会うことのない人物の将来など知る必要がないと判断していた。

 

「まだ、説得する必要はありますか?」

 

 だんだんと暗くなっていく景色の中、カムクラの赤い目が怪しく輝いている。

 もう否定する理由はないだろう、そう訴えている。

 

「目立つのが嫌、という理由はどうだ」

「あなたが本心でそう思うならそれでも構いませんよ」

 

 カムクラは自身の目的を達成するために一つ一つ逃げ道を丁寧に潰していった。

 綾小路の性格や行動基準などとうに把握しているため、それが嘘であることなど見抜くことすらいらない。

 

「必ずしもあなたがクラスを率いるリーダーになる必要はありません。今のように暗躍を行える人材として行動する選択肢もありますから」

「要は、本気でやればやり方は問わない訳か」

「はい。やる気を出して取り組んでくれれば文句はありません」

 

 カムクラの一貫した主張に、綾小路は本心からそう告げていると理解する。

 どこまで行っても、この男が求めているのは未知。今回カムクラが欲している未知は、自分の変化にあると言う。

 説得は何処までも正直な言葉が並んでいた。

 熱く励ますことも、親身に寄り添うこともない。

 ただ合理的に理由を並べていくだけの説得。持ち前の分析力で導いた事実をご丁寧に並べているだけ。その理由とやらも、己の欲求に従っただけの分かりづらい感情論だ。

 交渉としては二流。しかし、ただの話し合いならば、これほど分かりやすいお願いはない。

 

「一つ、我儘を言ってもいいか?」

「お好きにどうぞ」

 

 自分がカムクラの誘いを否定する理由がもう見当たらないことを自覚した上で、綾小路は正直に問いかける。

 

 

「今、もう一度オレと手合わせをしてくれないか?」

 

 

 夜を迎え始めた屋上で、その我儘は明瞭に響く。

 あの時の再戦をしたい、綾小路らしくない我儘。まるで龍園のような自分の欲望に従った提案だ。

 既に身体を脱力させ、集中力は研ぎ澄ました。つまり、綾小路はいつでも全力の戦闘を行える態勢が整っている。

 

「構いません。今の実力差を正しく理解できるまで付き合いましょう」

 

 そんな野蛮な願いを、カムクラは平然と了承する。

 しかし、臨戦態勢を整えることなく、綾小路の挙動をただ見つめる。

 ホワイトルームの最高傑作が準備万端であることは当然見抜いている。

 それでも尚、カムクラは構えすら作らない。

 

「舐めているのか」

「そう判断したならば、油断している隙に攻撃をすべきですよ」

 

 カムクラはそう言って依然として構えを取らない。

 隙を見せて誘っている。そう考えるのが妥当、綾小路はそんな見え見えの罠にかからない。

 しかし、そうではない可能性もまた思いついている。

 それは、絶対的強者がゆえの余裕。

 慢心ではない。相対する人間が誰であっても、己を凌駕する人間は存在しないという絶対の自信から来る自然体。

 だからこそ、わざわざ構える必要がないということだ。

 

 

 ────なら、そうさせてもらおう。

 

 

 言葉は発せず。努めて冷静に、綾小路は挑発に乗った。

 地面を蹴る一歩目。力強く踏み抜きつつ、爆発的な速度を生み出して距離を詰める。同時に、それらの動きの予備動作を限りなく消して行う。

 動作の起こりがない動きは相手の判断を一手遅らせる。そしてその一手があれば、綾小路清隆はどんな相手にも有利に戦いを進められる。

 距離は詰めた。狙うは喉、最速の突きを打ち抜く。威力も申し分なく、攻撃は成功の一途を辿る。

 ────目の前の例外を除いて。

 

「及第点です」

 

 銃弾のように突貫した綾小路の一撃は、カムクラを打ち抜いたはずだった。

 しかし、届かない。

 一撃は、手首を掴まれて止められていた。

 

「僕の動きを模倣した一撃、そこに独創性を加えていることから独りで練習したようですね。もっとも、再現度は8割程度ですが」

 

 綾小路は掴まれた手を振り払おうとするが、全くどうしてカムクラの握力から逃れられない。

 この一撃は、前回の屋上での戦いからカムクラの動きを学んだ綾小路が、自分の技として昇華した一撃だった。

 まるで時間が飛んだかのような予備動作を省いた身体運び。数度教材を見ただけで8割の再現ができる学習能力が、異常性を際立たせる。

 

「やはり、ツマラナイ。以前の一撃の方が、極限の集中状態で放たれたがゆえに良かったくらいです」

 

 カムクラはそう言って無造作に綾小路の右手を解放した。

 

「まだ続けますか?」

 

 淡々と、カムクラは告げる。

 足りない。

 際限なく知識を吸収し、いずれ最強に至る最優の天才でも届かない。

 頂点へ歩み続けた所で、理の外を歩くデウス・エクス・マキナには追い付けない。

 

「いや、十分だ」

 

 綾小路は掴まれた右手をぶらつかせ、調子を整えながらそう言う。

 やはり、根本的な身体能力が一回り違う。綾小路は今の攻守からそう判断する。

 身長と筋肉量は大差ないというのに、自分と何が違うと分析する。そこから学べる所を探していく。

 

 しかし、その答えを導く可能性は低い。

 可能性はゼロではないが、学んで活かすということは絶対にできない。

 

 なにせ、その答えは脳のリミッターが外れているか否かだからだ。

 その差異が、カムクライズルが天才の枠組みを外れてしまっている所以。人間が無意識にセーブしてしまう防衛本能を、カムクラはプロジェクトの過程で取り除いてしまっている。

 だからこそ、全ての能力が別格。倫理観を消し去ったドーピング、そしてそれすらノーリスクで使用できるようになってしまった才能。

 生まれてきてはいけなかった世界の希望。それこそが、怪物に相応しい称号(超高校級の希望)だ。

 

「理由が見つからないのであれば、それを探すためにも一度全力で取り組んでみることも一つの案だと思います」

「……オレの、やりたいことか」

 

 綾小路は小さく言葉を吐く。

 カムクラからの説得をまとめていた思考から溢れ出た感情の雫。それを皮切りに、自分の今までを思い返していく。

 この学校に入って、綾小路は普通の学校生活を過ごしたかった。

 ホワイトルームに戻るまでに、楽しい学校生活の思い出を残す。

 普通に。一般的に。楽しく。そう、思ってこの学校に入学した。

 しかし、カムクライズルの介入によってその夢は崩れた。

 提示された未来は、全力で学校生活を過ごすこと。

 普通ではなく全力。自分の培ってきた力を行使し、己の欲求に従って心の飢えを満たしていけと、才能の権化は激励を飛ばしてくる。

 

「一つ……、確認したいことがある」

 

 返答が遅れるということは、綾小路には珍しいことだ。

 相手の言葉を引き出すための演技ではない言葉の遅れ、それは逡巡だ。すなわち、思考が纏まり切れてない。

 本来ならば、歯切れの悪い言葉など絶対にない。それでも、綾小路は問いかけを続ける。

 初めての軽挙妄動。己の感情のままに従って、会話の続きに期待しての行動を見せる。

 

 

「舞台はお前が整えてくれるならば」

 

 

 この学校で、綾小路に成すべきことなどなかった。

 ホワイトルームからの指示はなく、己の判断の選択と責任が付きまとう生活。慣れる必要こそなかったが、それでも誰かとの関わりがなければ受動的に生活していたことは間違いない。

 

「資格を得て参加できるならば」

 

 何を成すべきなのか。その答えは、未だに見えない。

 

「クラスの競争が激化して、皆が全力を出し合う環境ならば」

 

 しかし、心の奥底にあった成してみたいと思える本心はカムクラの目的と似ていた。

 

「全力を出していいんだな?」

 

 僅かに見せる感情の吐露。そして、歪ながらも、

 

 

「────オレも楽しんでいいんだな?」

 

 

 綾小路は意図することなく自然に笑っていた。

 感情が乗った表情と呼ぶにはまだ固く不自然な笑み。それでも、不良品は自分の変化に嘘をつかず、心地よく、ありのままを受け入れていた。

 

「はい。周囲の反応など気にせず、あなたがやりたいようにやってください。そしていずれ、あなたが僕の敵となり得ることに期待します」

 

 期待すると告げてなお、カムクラの声色に感情は乗らない。

 期待の込められた視線はあれど、満足げな表情も笑みもない。

 あえて言うならば、自分の求める変化を確認しただけだった。

 しかし、綾小路はその反応を理解できる。

 自分が逆の立場で、もしクラスの実力が均衡してさらに競争が激しくなるならば、きっと様々な人間に似たアプローチをしたと確信しているからだ。

 

「とりあえず、選抜種目試験ではお前の掌の上で踊ってみようと思う」

 

 普段は誰かを掌で動かして勝利を手にする男は、初めて誰かの掌に飛び込む。

 その掌の上で踊ってから隙を見て支配を試みるのではない。ひっくり返されて混沌へと導かれる掌に身を任せ、己の心の飢えを満たす未知を探すために、彼は経験してみることを決めた。

 

「その後は追々決めると?」

「ああ。この学校で何をしたいのか、もう一度見つめなおしてから決めたい」

 

 綾小路は全てを即決してはいない。

 まずは、お試し。その段階を経てから、自分の進むべき道を考えていきたいという結論を既に出していた。

 

「分かりました。あなたがどう選択するか、楽しみと捉えて待つとします」

 

 カムクラもまた今日の結論を導く。

 答えは保留。しかし、綾小路清隆はこちらの望みに興味があり、協力的な姿勢を見せている。

 次の特別試験を、やりたいようにやるという言質が取れたこと。それによる発展で、演者の調整がさらに進むことに満足した。

 

 

 




自分よりも秀でた存在を知った怪物はそこから新しいことを学べることに歓喜した。
そして、実力を隠すことを止める。
新しい知識を知るため、学び続けることを止めないために、学生らしく成長を楽しむことを決めた。

はい。これによって、綾小路くんは初期小路くんに性格が少し戻ります。
学校生活エンジョイ勢に片足突っ込んだので、茶柱先生は大変喜んでいられます。
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