各クラスが特別試験の準備をする中、最も堅実に進んでいたのは坂柳率いるAクラスだった。
特別試験が始まってすぐに、クラスメイトの得意分野の情報収集を行い、分析して対策を練る。
リーダーである坂柳がほとんど指示することなく、葛城主導でここまでの段階を整える。
葛城がかつて敵対派閥のリーダーだったとしても、前回の投票試験を経てクラスの地位は完全に固定されたため反発は少ない。
約1年という年月から得意不得意をある程度把握しているからこそ、スムーズに情報収集は終えられた。
加えていうならば、葛城という集団を治める能力の高さはやはり秀でている。大きく乱れることなく集団が応えているのは、彼の功績と言っていい。
「それで、今日は対戦クラスであるDクラスの種目についての対策を練るために集められたということでいいのか?」
今日は対戦クラスの種目が発表された放課後。坂柳の取り巻きと葛城が、カラオケの一部屋に集められていた。
頼んだ飲み物が全員分届けば、葛城が早速そう口にする。
「はい。Dクラスは確かに最下位のクラスですが、それでも何人かの生徒はAクラスにいても不思議じゃない程の能力をお持ちの方がいます。確実な勝利のために対策していく必要があります」
坂柳が葛城の問いかけに落ち着いた口調で答える。
「何人かの生徒ねぇ。やっぱり、リーダーの堀北と纏め役の櫛田ってところか?」
「確かに厄介だけど、今回はいろんな種目があるから能力が特出した生徒の方を注意しなきゃいけないんじゃないの?」
今日いる坂柳の取り巻きは3名。その内の橋本と神室が話を広げていく。
「特出した生徒となると……運動能力なら須藤、学力なら幸村ってところか?」
「目立つのはその2人だな。特に須藤はバスケ部でも相当の期待が集まっている男だ。相手の種目にも“バスケ”がある。この種目はブラフではなく本命と見るべきだろう」
「そうですね。葛城くんの言う通り、バスケは相手の本命と見ていいでしょう。ルールは1on1ではなく5on5なので、こちらにも勝つ可能性はありますが、それでも割く人材は考える必要があります」
橋本の情報を葛城が発展、最後に坂柳が方針を固める。
必要な段階を素早く進め、円滑に話し合いが運ばれていく。
「鬼頭、お前は確かバスケが得意だが、須藤を止められそうか?」
葛城が最後の取り巻きである鬼頭に質問する。
「直接プレイをしていない以上断言はできないが、1on1は厳しいだろうな。中学でバスケ部だったとはいえ、須藤は現役。約1年のブランクは大きい」
「それは戦略次第でひっくり返せる差ですか?」
「……可能性はある、くらいだ」
言葉こそ弱いが、口調では自信が見える力強さがある。
チームプレイ次第で可能性がある。リーダーの期待に応えるためにそう気概を見せている。
「須藤は喧嘩っ早いんだろ? 挑発すれば、単純なプレーになってお前でも止められんじゃね?」
「ああ、俺も同じことを考えていた。あいつは選手としての技量は十分でも、精神では未熟なんじゃないかとな」
「一年初めの龍園たちとの揉め事、それに体育祭でもチームプレイができない点は確かに目立っていたな。攻め方としては正しそうだ」
橋本、鬼頭、葛城が戦略の正当性と攻略方法を議論していく。
3人とも冷静に考えを述べ、そのことに女性陣2人からも反論はなかった。
「バスケの対策は大丈夫そうですね。詳しい戦略はバスケに詳しい鬼頭くんに組んでもらいます。人選は、葛城くんと決めてください」
坂柳は気楽にそう告げる。
正しい判断、的確な指示。種目の選別とその対策にもここまで問題は感じられない。
「とりあえずは1つ決まったな。後は基本的にスポーツだから同じように本命かどうか見極めてから対策を取るとして、問題はタイピング技能と英語テストの方か?」
一段落ついたので、橋本が次に進める。
Dクラスが選んできた十種目はバスケットボール、弓道、水泳、卓球、サッカー、テニス、ピアノ、タイピング技能、じゃんけん、英語テスト。
殆どが運動能力が必要な種目。DクラスはAクラスとの学力での戦いが不利と判断して、運動能力を活かす戦略を取ってきていた。
「英語テストはこちらも選択している。2回行われるという例外を除けば、対策は簡単だ」
「だな。こればっかりは運ゲーだねぇ」
選抜種目試験は一つの種目に対して生徒が出られるのは1回のみ。
互いに英語テストが種目にあるので、1回ずつ行われれば、英語が得意ではない生徒も動員しなくてはならない。
実に運も必要な要素と反映された試験。それでも、基礎的な学力はAクラスが上な以上、勝率はAクラスの方が高いと見ていい。
「じゃんけんなんてまさに運だけで決まるじゃん」
運と聞いて、神室が不愉快そうに告げる。
実力を競い合うというのに、運要素が強すぎる種目で一勝を取られる可能性。その不安定な勝負に苛立ちが隠せなかった。
「余程運のいい奴がいるか、それとも博打として攻めてきたか」
「後者だろう。Aクラスに勝てる可能性が薄いからこそ負けそうになった時の大博打に違いない」
「どうだろうな。カムクラの言葉を借りてしまうが、幸運の才能……要はこの手の勝負にやたら強い者がいてもおかしくはあるまい」
「それはカムクライズルが例外なだけだ。たとえDクラスにそういう奴がいたとしても、そいつに勝負を任せる程の度胸がDクラスにあるとは思えない」
葛城の指摘を、鬼頭は吐き捨てるように否定する。
「まぁ、鬼頭の言う通りだと思うぜ。あいつは例外。混合合宿でもじゃんけんは全部勝ってたし、トランプとかUNOみたいなカードゲームも1人勝ちだったからな」
「そう言えば、橋本は混合合宿で奴と同じグループだったな」
「そういうこと。だから、それなりに観察してきたつもりではあるぜ。……さて、姫さん」
カムクラの話題に変わろうとした中、橋本が待っていたばかりといわんばかりに坂柳を呼んだ。
「今回の選抜種目試験、そのカムクラがDクラスに協力を持ち掛けているって噂があった。んで、噂を調べてみればこれは事実だ。Dクラスでしっかりと協力宣言したみたいだぜ」
「……ええ、既にこちらでも把握しています。しかし、クラスが違う以上取れる手段は限られています。Aクラスの情報を奪い取るか、Dクラスを強化するか、そのどちらかでしょう」
坂柳は微笑みながら答える。
少しの間はあれど、いつも通り冷静に分析して戦略を読み取る坂柳有栖がそこにいた。
それを見て、橋本は安堵の笑みを漏らす。
「その様子だと大丈夫そうだな。カムクラに呼び出された日から、なぁんか姫さんの調子が悪そうだったけど、解決した感じ?」
安堵したからこそ、橋本はとある話題を切り出した。
瞬間、カラオケ内の空気が変わる。穏やかな話し合いは消え、冷たい雰囲気が場を一瞬で支配した。
話題の当事者である坂柳だけでなく、他のメンバーも気がかりだった話題が出たことで次の言葉を聞き逃さないように静観を始めたからだ。
3月10日の放課後。あの日、上機嫌に屋上へ向かった坂柳が教室に戻ってくることはなかった。
あのままカムクラと楽しく遊んでいたものだと皆が思っていたが、翌日の坂柳は上の空であり、積極的にその日のことを話さないことから何かがあったとは感じていた。
だが、わざわざ踏み入って聞くことではない。
現状、いつも通りに試験を進められている。坂柳の恋路に何かしらの変化があったとして、それを聞くほどの
唯一、その条件を満たしている神室もその性格から関係を発展させるような一歩は踏み出せていない。
「解決はしていませんが、それでも試験に引きずるようなことはありませんよ」
普段通りの坂柳、その仮面を被っての発言。
しかし、一瞬生じた雰囲気の差異がこの場にいる者へ違和感を覚えさせる。
「……姫さんさ、踏み込んじゃって悪いんだけどさ、本当に大丈夫なんだよな?」
「はい、先程からそう言っていますが?」
坂柳は淑女のような品の良い薄い笑みを浮かべて告げる。
その先を聞くな、鉄仮面がそう拒んでいる。
橋本はその圧に僅かに冷や汗を流した。しかし、それでも彼は自身の特性からその先の一歩に踏み込む。
「いやいや、悪いけど俺にはそうは思えないぜ。あの日からいつもよか元気というか気迫がねぇと言うか……何にしても、Aクラスのリーダーとしてしっかり実力を発揮してもらわにゃ俺たちは困る訳よ」
「問題ないです。先ほども言いましたが、
粛然とした態度で、坂柳はその疑問を切り伏せる。
だが、彼女に近しいこの場のメンバーは、分かりやすい嘘に気付く。
それを追求するか否か。
葛城と鬼頭は異性ゆえに強く踏み込まず。神室は未熟さゆえに踏み込まず。
出来たのは、勝ちに拘る橋本だけだった。
「カムクラくん、ねぇ。確か姫さんはあいつのことを────」
「────特別棟での写真」
「……ッ!!」
踏み込んで質問を行おうとした橋本だったが、坂柳の一言がその前に会話を終わらせた。
歯軋りをする橋本。その一言は、彼が反抗できなくなるには十分すぎる一言だった。
坂柳が提示したそれは、特別棟で撮影された伊吹澪の写真。ただ被写体が彼女ではなく、衣類が乱れた状態で近くに橋本がいるという写真だ。
事実は違う。しかし、橋本がそれを覆せる手札はない。ゆえに、彼は裏切ることなんてとてもできない状態だった。
「坂柳、あんた……」
「大丈夫ですよ、真澄さん。私は絶対に負けませんから」
容赦のないやり取りに思う所があった神室だったが、坂柳は彼女にすら心を開かない。
「それに、彼の対処には優秀な駒を既に使っています。動こうとすれば情報が入ってくる手筈は整っています。そして、今はまだ動いていない。はったりの可能性もありますよ」
「……そう。なら、これ以上は文句ない。私も、橋本も。2人は?」
言いたいことを堪えるように目と唇を、彼女は閉ざす。
後は事務的に確認を挟む。そして、男子二人からも反論はなく、これ以上の議論は必要なかった。
「では、今日の話し合いはこれでおしまいですね。支払いは私がしますので、どうぞ解散してください」
表情を変えることなく、坂柳は解散を促す。
張り付いた仮面の下がどうなっているか。それをこの場にいる4人は目にすることができなかった。
ただ、絶対的なリーダーであった坂柳有栖に異変が生じている。
そのことだけは、4人の心残りとして置き去りになった。
──────
対戦クラスの種目が発表された翌日の朝を迎える。
各々のクラスは本番で実力を発揮できるように種目の練習に努めている中、Dクラスでは不安が募っていた。
不安の要因は2つ。
1つは、Dクラスの相手がAクラスであること。首位を走るその実力に嘘偽りはなく、厳しい戦いが想定されている。
もう1つは司令塔である平田洋介の不調。前回の投票試験において精神的に深い傷を負った彼がクラスへの協力を拒否していることで、士気がいまいち上がり切らず、勝利もまた遠ざかっている。
「まったく、良くない空気感だわ」
そんなクラスの不安を感じ取ったのは、Dクラスのリーダーである堀北鈴音。
自分の席で授業の準備をしながらも、リーダーとしてクラスの懸念点を分析している。
「たしかに、ひどいねぇ」
堀北の意見に同調する人物は櫛田だ。彼女は堀北の席にまでやってきて挨拶せずに居座る。
Dクラスの精神的支柱である彼女はクラスでも重要な役割を担っており、彼女もまたこの雰囲気を憂いている。
「何の用かしら、櫛田さん」
「ええ~、ただ雑談しに来ただけだけど? こんな消沈ムードなDクラスで、あんたがどう対策するか気になってね」
鋭い目付きで櫛田を見る堀北に対し、櫛田は一瞬だけ愉悦交じりの笑みを見せる。
しかし、櫛田は表向きには誰からも好かれたい存在として仮面を被っているので、すぐに華やかな笑みへと変わっていく。
当然、周囲に人が少ないことは把握した上でやっている。
「対策は進めているわ。兎にも角にも、平田くんには復活してもらうかしかない。そのために色々考えているけど……」
「まぁ、コミュ障の堀北さんには厳しいよね」
「雑談じゃなくて嫌がらせに来たのね」
「うん、正解」
雑談という体のいい言葉を使いつつ、櫛田は堀北に毒を吐く。
日々のストレス発散だ。精神的支柱として、クラスメイトを励まして回る櫛田だが、それは無償の奉仕ではない。
ただでさえ人一倍ストレスを溜めやすい上に、もう一人の精神的支柱である平田がいないため、頼られる比率は単純に倍。
精神的疲労は普段より多く、大嫌いな堀北をサンドバッグにして発散しなければ、偽りの仮面にヒビが入ってしまうだろう。
しかし、それでも思いの外、櫛田の機嫌は良かった。堀北はすぐにその様子に気付く。
「なに、随分とご機嫌ね」
「ふっふっふっ、実はね堀北さん。昨日、
櫛田はクラスのマドンナとしてわざとらしい笑みを浮かべながら衝撃の事実を口にする。
当然、目下の悩みの種が解決したと聞けば、堀北の整った顔がポカンと口が開いた状態へ変わる。
「それ、本当かしら?」
「もちろん、本当だよ。
「……あなたの手柄と言うより、綾小路くんの手柄っぽいけど、まぁいいわ。確証は取れているの?」
「昨日、綾小路くんから連絡が来たよ。まぁ、その肝心の綾小路くんはまだ登校していないけど」
「そう。なら、悩みの種が解決して一歩前進だわ」
訝しみながらも、堀北は最終的に櫛田の報告を信用する。
真っすぐな信頼に、櫛田は舌打ちしたくなるような悪感情が湧いてきた。
クラスを率いる堀北ではなく、自分が手柄を上げた。そのことに、もっと悔しがると思っていたが、返ってきた表情は微笑み。自分に大きな信頼が寄せられていることを自覚すれば、嬉しさと悔しさが混じって仮面が崩れかける。
「どういう表情よ、それ」
「別にぃ。相変わらず、堀北さんは堀北さんだねってだけ」
「馬鹿にしていることは分かったわ。あなたは本当に……」
なんとも言えない表情をこれ以上指摘されたら分が悪くなるので、櫛田はここで会話を切る。
もっとも、その適当な返しに黙っている堀北ではない。
早速、その心中を問いただそうとする。だが、丁度良くクラスがざわついたことで追撃を止めざるを得なくなった。
Dクラスになくてはならない男、平田洋介が登校してきたからだ。
「……どうやら、綾小路くんはやってくれたみたいね」
背筋は伸ばされ、暗い表情は何処へやら。
トボトボとした歩みはなく、自信を持った一歩で平田は教卓へと向かっていた。
一目瞭然の雰囲気に、誰もが平田洋介の復活を頭の中で過ぎらせる。
「お、おはよう、平田くん」
誰よりも先に声を掛けたのは、みーちゃんだ。
彼女は恐る恐ると言った様子で挨拶をする。
「おはよう。それから昨日はごめん。僕は、みーちゃんに酷いことをしてしまった」
「……え?」
みーちゃんの挨拶に対し、平田は深く頭を下げる。
「いつも僕に声を掛けてくれていたのに、無視してごめん。身体は大丈夫?」
「そ、そんな、その、私は全然……」
昨日の荒れ果てた平田とはまるで様子が違う。
謝罪と心配の言葉に対して、みーちゃんは戸惑ってしまう。
「皆も、おはよう。昨日まで、クラスに迷惑をかけてしまったことを謝らせて欲しい」
平田は教卓前に移動して、再度頭を下げる。
昨日までが嘘のように晴れやかな、爽やかな笑顔で謝罪の言葉を口にした。
「今更謝っても遅いかもしれないけど……皆さえよければ今日からまた、クラスのために貢献させてほしい」
頭を上げないまま、平田はそう言う。
男子も女子も顔を見合わせ、事態が理解できないまま数秒が過ぎる。
「平田くんッ!!」
しかし、静寂は一瞬。彼の培ってきた人望が再度人を集めていく。
まずは数人の女子生徒が平田の元に駆け寄る。次に、彼を慕う男子生徒が続く。
あっという間に人の輪を形成。それ程に、平田の復帰はDクラスで待ち望まれていた。
「ほら、私のおかげ。私の手柄だよ」
「……綾小路くんのおかげでしょう」
依然として自慢げに語る櫛田を、堀北は相手にしないまま適当にあしらう。
「無理をしている訳ではなさそうね。いったい、彼はどんな手段で……」
「さぁ。男同士の友情ってやつでしょ、多分」
悩む堀北に、櫛田は適当に返す。
相変わらずの負けず嫌いに呆れてため息が漏れそうだったが、歓迎の復帰を受けた平田がこちらに近付いてくるのを見て、すぐに態度を改める。
「おはよう、堀北さん、櫛田さん」
「ええ、おはよう」
「おはよう、平田くん!!」
真っ直ぐな透き通った瞳で2人を見る平田に、どちらも動揺することなく挨拶を返す。
「僕はこの間のクラス裁判の件、自分が間違っているとは思わない。でも、2人の判断もまた間違いじゃなかった。1つの正しさだったと受け入れたよ」
「……そう。昨日までとは随分と考え方が変わったわね」
「考え方自体は変わっていないよ。今後も、僕はクラスメイトを救える方法があるならばそれを最優先に考える」
平田は穏やかな口調で告げる。
今まで通りの平田であることの宣言、それにクラスメイトは安堵する。
しかし、目の前の実力者2人の視線は未だ厳しい。
特に、堀北はその続きを話せと視線だけで訴えている。上に立つ者特有の力強い瞳だ。
「けど、今度は助ける手段を現実的に考えて、そのためにできることを尽くす。そこについてくる責任……クラスのまとめ役としての責任からももう逃げない。どうしようもない時は、前回のような選択を取ることも厭わない」
「そう、なら問題ないわね。信じるわよ?」
「失った信用を取り戻すために全力を尽くすよ」
堀北が薄い笑みを見せれば、平田は屈託のない笑みを浮かべて見せた。
手を差し伸べる平田。和解を求める握手を、堀北も正面から受け取る。
信頼関係の成立。クラスのリーダーとクラスの中心人物の結束が強まったことに、クラスの団結力もまた上がる。
「どうやら、問題なく立ち直れたようだな」
クラスの熱が冷めない中、ちょうど登校してきた人物が会話に参加する。
クラスの重要人物であり、参謀としての役割を持つ男、綾小路だ。
彼の席は堀北の隣。普段このような目立つ会話に参加しない彼だが、珍しく会話に入ってくる。
「珍しいわね、あなたがそんな派手な登場で会話に参加するなんて。目立つのが嫌いなんじゃなかったのかしら?」
堀北がそれに気づいて問いかける。嫌味っぽいのは堀北のコミュニケーション能力が低いからだ。
「そうだな。だが、そうする必要がなくなりそうでな」
「あなた何を言って……」
普段の無表情ながらも、普段の綾小路からは考えられない言葉。
堀北だけでなく、平田や櫛田も違和感を覚える。
「平田、あの後はよく眠れたようだな。隈もすっかりなくなっている」
「……えっ。あ、ああ、そうだね。昨日はぐっすり眠れたよ」
「なら良かった。お前はクラスでも重要な人物、昨日励ました甲斐があったよ」
平田の困惑が、堀北と櫛田に伝播する。
────今、綾小路は何と言った。
自分が平田を励ました、立ち直らせたと言わんばかりにわざとらしくアピールするような発言をした。
明らかにクラス中の視線が集まっている中で。つまり、今の彼は誰よりも目立つ立場になった。
目立つことが嫌いな彼が、いかにも目立ちたがり屋のような発言をした。
それは、明らかな変化だ。
「綾小路くんが普段の平田くんに戻してくれたのッ!?」
彼のことを慕う佐藤が、一番初めにその言葉へ反応する。
「す、すごい。それでちゃんと立ち直らせてくれるとか、綾小路くんすごい!!」
「男同士の友情ってやつ? まぁ、何にしてもすごいじゃん。ありがとう、綾小路くん」
女子が続く。
「やるじゃねぇか、綾小路!!」
「おいおい、このクラスの縁の下の力持ちはお前だぜ!!」
男子が続く。
「そんだけ頑張ってりゃ、目立たないは無理だぜ~」
「クラスのために、いつもありがとう!!」
「さ、流石、清隆くん。あの状態の平田くんを元に戻しちゃうなんて」
「投票試験でもクラスのために頑張ってたし、こりゃまた人気しちゃうかもね、きよぽん」
「もはや、清隆はクラスになくてはならない存在だな」
「だな。誰かのためにここまでできるなんて大したもんだよ」
「綾×平、尊い」
「おやおや、綾小路ボーイにしては中々に興味深い変化じゃないか」
「やっぱり、綾小路くんの実力は……」
様々な反応が続く。
しかし、それらはほぼ全て賞賛。無人島試験から少しずつ培ってきた信頼が結び始めたがゆえに、違和感に気付ける人物は少ない。
「ありがとう。これからも出来る限りクラスのために最善を尽くす」
淡々と、綾小路は皆に返す。
落ち着いた雰囲気は変わらない。だというのに、言動が違う。
何かが違う。今までの綾小路じゃない。
綾小路が席につけば、ほとぼりも収まり、集まった人も徐々に解散していく。
「あなた、どういうつもり?」
違和感を我慢できなかった堀北が顔を近づけて小声で確認をする。
「言っただろ、目立たずに行動する必要がなくなった」
「へぇ~、それってつまり、実力を出すってこと?」
櫛田も堀北の反対側から綾小路に顔を近づけて言う。
「少なくとも、今回の試験はな」
「あ、綾小路くん、昨日とはまるで雰囲気が違うね。あの後、何かあったのかい?」
平田は致し方なく前から顔を近づける。
その行動に、クラスの一部が一瞬湧いた。
「ああ。とても良いことがあってな」
綾小路は自分の心に従って正直に感情を吐露する。
「気味が悪い笑顔ね」
「ヘッタクソな笑顔」
「ぼ、僕は良い笑顔だと思うよ」
2人から罵倒、もう1人はフォローと散々な評価が綾小路に刺さる。
昨日と同じ笑顔を見せてカムクラは肯定してくれたというのになぜ、そんな疑問が尽きない。
「……何にしても、だ。今回の試験、オレは本気でやらせてもらう」
「それは願ったりかなったりだわ。けど、本当にどういう風の吹き回しよ」
「良いことがあったんだ」
綾小路は機嫌よさげに言うが、それ以上の説明はしない様子だったので、3人はこれ以上の追及を止める。
随分とクラスが団結した。
まさかの鬼札も手に入れられ、堀北は特別試験の勝利が現実的になったと確信した。
今の坂柳率いるAクラスは正直言って最強です。堀北学とか南雲レベルがいないと相手にならないレベルの強さです。
ですが、もちろんそれはリーダーが本調子だった場合です。誰も頼れない坂柳は心の成長どころか、修復すらままない状況です。まぁ、それでも大抵のクラスには勝てるんですけど。
葛城⇒弥彦が退学しなかったことで、遺恨なく坂柳の下についた。元々Aクラスでの人望は厚く、坂柳派閥の人間も人としては嫌いじゃない。リーダーから副リーダーとしてのポジションにつき、原作2年生編における龍園クラスと同じ役割を担っている。もっとも、Aクラスは優秀な人材が多く、原作の龍園クラスの時よりも厄介。けっこうマジで重要人物。
弥彦⇒坂柳の気まぐれで救われた人。投票試験のことの顛末を聞かされてビビり散らかしてる。葛城を退学にせず、副リーダーの地位に落ち着かせたので、坂柳へのヘイトはだいぶ薄まった。
橋本⇒綾小路には裏切られるわ、坂柳には弱みを握られているわ、PTSDしか起きてない人。原作と違って、この弱みのせいでAクラスを裏切れない。勝ち馬を探してはいるが、原作よりも消極的な行動をしている。9巻で神崎と龍園とトイレで集合してないが、2人との独自のパイプはまだ残っている。
葛城が味方になったことの大きさを一番理解している。というか、こいつが信じるのは綾小路とか坂柳ではなく、葛城とか堀北学みたいな奴だと思ってる。
神室⇒坂柳が普段と違うことは理解している。が、彼女もまあまあヤバい人であり、人との関わりが苦手なので関係性を一歩前に進めることができない。関係向上のために必要なのは対話と時間。Aクラスが完成するのは先になりそう。
鬼頭⇒Aクラスの武力担当。こいつも口下手なので坂柳の相談役にはなれない。橋本とよく側近として働いて、葛城もそこに仲間入りする。元々敵対してたのもあって仲が良い訳ではないが、仲間としては認めている。橋本はこいつらと……(n回目)