長い準備期間を経て、ついに一年度最終特別試験の当日がやってきた。
負けたクラスの司令塔は退学、そんな責任重大な試験。
しかし、それは表向きの話。今回、司令塔全員はプロテクトポイント所有者なので、実質的に敗北した二名の司令塔のプロテクトポイントが剥がれるだけで終わる。
坂柳有栖か平田洋介、僕か一之瀬帆波。勝敗次第で、クラスの入れ替わりと2年生になった後の士気に関係することは間違いない。
まさに一年度最後の戦いに相応しい戦い。総まとめの特別試験、その対価も破格のポイント移動が行われる可能性を含んでいる。
「よぉ、随分と退屈そうな顔をしてやがるな」
朝のホームルームを待っている間、龍園くんに声をかけられる。
「必勝ほどツマラナイものはないでしょう」
「はっ、確かにな。何かを対策するまでもなくただ備えるだけで勝てる戦いなんて何も面白くねぇな」
彼はリーダーを正式に降りたが、別に僕たちの関係はそこまで変わっていない。立場上は逆転したが、このように軽口を叩きあうことは良くあることだ。
「とはいえ、今回の試験はかなりのポイントが動く。この俺が結んだAクラスとの契約を随分と軽くしやがったんだ、その分のポイントは補填してもらうぞ」
「安心してください。全勝して310cp(クラスポイント)を獲得してきます。混合合宿の分と合わせれば、文句は出ないはずです」
「……たった2回の特別試験で700cp以上の成果か。まぁ、納得してやるよ」
選抜種目試験は7種目の勝敗で獲得できるポイントが変わる。
1勝で30cpが相手から支払われる。7勝すれば210cp。そして、試験の勝利報酬で学校から100cpが支払われる。
合計310cp。さらに、混合合宿では419.5cp得ているので、この2回の特別試験で得れたcpは729.5cpとなる。
「五種目は選んでいるのか?」
「はい。キックボクシング、空手、柔道、バスケットボール、現代文テストです」
「選ばれるかどうかは置いておいて、なんでその2種目を選んだ?」
龍園くんは自分との違いを説明しろと問いかける。
「このクラスでも存外やる気のある人間はいるようですから。それと、一之瀬さんクラスの能力を具体的に測ってみたくなりました」
「……つまり、必ず勝てる種目じゃないと?」
「勝つのは前提です。ただ、あのクラスの可能性を、再度この目で分析したくなっただけです」
「はっ、いつもの未知オタクが顔を出しているだけかよ。真面目に聞いた俺が馬鹿だったぜ」
呆れた様子の龍園くん。
1年という時間で紡がれた関係値からくるコミュニケーション。好意的な解釈、疑い深い彼らしくないバイアスに陥った解答だ。
「キックボクシングは伊吹、空手は石崎、柔道はアルベルトで詰ませるなら、俺の出番はなさそうだな。バスケは小宮と近藤が活躍するとして、現代文テストを入れるのは舐めプか?」
「いいえ。椎名さんに参加していただこうかと。1対1の勝負なら、Bクラスでも勝てる可能性があるのは一之瀬さんくらいでしょうから」
「相手に勝てる可能性を与えた訳じゃないならいい。まぁ、つまんねぇなら多少舐めプしても俺は構わないと思うがな」
「急遽、あなたが現代文のテストに参加してみますか?」
「クク、やめておけよ。高円寺みたいに真面目にやらないかもしれねぇぜ?」
口では拒否を突きつけてくるが、その表情に焦りはない。
勝てはしないだろうが、今日までの試験対策や今までの経験から勉強の大切さを少しは理解して自主学習でもしているのだろう。
彼が僕の教育を観察したことで得た成果。成長とは呼べないが、良い傾向でしょう。
「たとえそうしても、こちらの勝ちは変わりませんよ」
「違いない。俺一人が裏切った所で縮まる差じゃない。それくらい、誰だって分かる事実だ。なぁ?」
鼻で笑って曖昧な共感を求めてくるが、馬鹿にしている対象はすぐに分かる。
一之瀬さん率いるCクラスだ。実力差がはっきりして裏切りが非常に難しいにもかかわらず、彼に接触した者がいるのだろう。
無駄な足掻き。しかし、やれることをやろうとした一点のみは評価していい。
「手は抜きません。諦めて絶望しなかっただけマシですから」
「実質的な死刑宣告だな。クク、お手並み拝見させてもらうぜ」
龍園くんは雑談に満足したようで自席に戻っていく。
丁度いい時間潰しになったので、僕も司令塔としての移動を始める。
残された生徒たちは基本的に教室で待機し、多目的室から指示を待つ形だ。
種目発表後、場所の移動や着替えなどを行うことになる。モニターなどで詳細を知ることはできないため、戻ってきてから情報共有することになるでしょう。
「おい、カムクラ」
僕が教室から出ようとした際、龍園くんが再び声を掛けてくる。
声援は柄じゃない。何を言ってくるか、きっとそれは挑発の類だろう。
「多目的室で面白れぇことが起きるぜ。期待しとけ」
予想と少し違った。
煽るような助言。予想外の未来が起きるということを予測しての発言だった。
随分と自信満々な表情で告げるため、一応頭の片隅に記憶した。
──────
特別棟に足を踏み入れ、目的の場所へ。
すると、一足先に到着していた坂柳さんと一之瀬さんが多目的室前の廊下で雑談していた。
廊下で話していることから、まだ開場していないようだ。
僕の接近に気付けば、2人は雑談を止めてこちらを見た。
「来たね、カムクラくん」
一之瀬さんが挨拶がてらにそう言う。
警戒宿る2人の視線。籠る感情の詳細は違えど、敵意あるものには変わりない。
「分かっていると思いますが、貸しはもうありません。手加減は一切しません」
「もちろん、分かっているよ。こっちだって準備はしてきたんだから」
怯む様子はなく、リーダーとして虚勢を張り付けている。
僕への対策は完全にできなかったようだが、少なくとも自分たちのやるべきことはやったらしい。
「おはようございます、
こちらの挨拶が終われば、坂柳さんの対応へ。
普段通りの自信あふれる表情。しかし、どれだけ分厚い仮面を被ろうと、僕の超分析力の前には無意味なことだ。
脆い心が垣間見える。わざわざ呼び方を変えて、心境をリセットしたつもりのようです。
「ツマラナイ。どうやら、今回プロテクトポイントを失うのはあなたたち2人になりそうですね」
本調子ではない坂柳さんとそもそも実力が足りていない一之瀬さん。
今回の試験、Dクラスからはやる気になった綾小路くんが出てくる以上、今の坂柳さんが勝つ確率が低い。
司令塔が平田洋介である以上、舌戦は有利に運べるだろう。しかし、矯正が終わった平田洋介ならば事前に行う種目を決め、動揺することなく戦略通りに事を運べる。
後の勝敗は運次第だが、少なくとも五分の勝負。そして綾小路くんがやる気なので、一つの駒として一勝を提供できる。よって、勝ちの目は十分ある。
「前も言いましたが、傲りが過ぎますよ。3クラスの中で唯一ポイント差が離れているDクラスに負ける未来など来ません」
「不調も正せず、誰にも頼れず。恥をかいて敗北することが僕の未知に繋がることを期待しましょう」
「あなたという人は、どこまでも……ッ!!」
図星を突かれたことで、感情のコントロールが外れる。
お淑やかな笑顔は怒りに満ちた鋭い目付きによって歪んでいる。
「どうやら何かあったみたいだけど、今は試験前だよ坂柳さん。そんな丸見えの挑発に乗るなんてらしくないよ」
「……そうですね。私としたことが、少々取り乱してしまいました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
本調子じゃないとはいえAクラスのリーダー。一之瀬さんの善性ある言葉を受ければ、すぐに感情制御に成功した。
仲良しこよしをするつもりはないので、険悪な雰囲気はどうでもいい。
僕は彼女たちから廊下の方へ視線を向ける。
遅刻を意識しなければならなくなった頃、ようやく廊下の先から足音がかすかに聞こえ始めたからだ。
「遅刻、あるいは怖気づいての棄権ではなさそうですね」
足音の主へと、坂柳は面白おかしく感想を述べる。
平田洋介の到着によってついに4人揃う。試験の開始を改めて感じて、一之瀬さんも深呼吸して気合を入れなおしている。
平田洋介と合流して全員で多目的室に入れば、対決する同士のクラスで分かれる。
一年次最終試験がいよいよ始まる。
そんな未来が待っている────はずだった。
「この気配、まさか……」
ゆっくりと刻まれる足音と感じ取れる気配に、僕は思わず声を漏らしてしまう。
曲がり角を越え、こちらに歩いてくる人物の全体像が視界に映る。
「面白い発想だと思わないか?」
最後に姿を見せたDクラスの人物が、僕を見てそう告げた。
ポケットに手を入れ、どこか楽しそうな雰囲気を纏いながらも、彼はゆっくりと歩みを進めてくる。
平田洋介ではない。司令塔の集合場所に現れたのは────綾小路清隆だった。
「……あやの、こうじくん?」
「う、嘘ぉ」
2人の女生徒には僕以上に大きな動揺が走る。
特に、坂柳さんは現実が受け入れられない様子だ。
オモシロイ。こんな未来、僕は予測していない。
「なんで……、どうしてですか、綾小路くん。あなたは目立つことが……」
「どうした。何を動揺している」
綾小路くんはあえて言葉にして動揺を伝える。
しかし、坂柳さんの動揺はもっともだ。
なにせ、綾小路清隆という男はこんなリスクを取る手段を用いない。
司令塔という負ければ退学という役職に、プロテクトポイントなしで急な選手交代。さらに言えば、月城理事長代理の存在がちらついている状況。
できるわけがない。合理を突き詰める怪物に、そんな発想はできないはずだ。
勝利に固執する人間が、その後ろにある敗北に近付いての背水の陣。
リスク度外視の一手。相手の動揺を誘うだけの一手。
しかし、見覚えのある戦略。
それで負けても、笑いながら這い上がってくる男のことをよく知っている。
この発想は、
「……龍園翔の発想」
「ああ。ようやく、お前の裏をかけたな」
いつも通りの無表情で、綾小路くんは僕へ意趣返しを行う。
オモシロイ。自分の予測が外れたことが、実に心地良い。
「綾小路くんがここにいるってことは、つまり……」
「オレがDクラスの司令塔だ」
一之瀬の疑問に、綾小路くんが簡潔に答える。
この場に平田洋介はなく、代わりにいるのは綾小路くん。すなわち、代理人として登場してきた。
「この特別試験は司令塔なしでは始めることもできない。つまり、司令塔が不在になれば当然、別の誰かが参加しなければならない」
当日の予期せぬ欠席。そんな不測の事態も起こりうる。
おそらくは代理としての司令塔役が認められる制度があるのだろう。当然、敗北時に負う責任も付随しているはずだ。
「そうだとしても、考えていなかったよ。まさか、綾小路くんがこんな堂々とでてくるなんて」
「確実に勝率を高めるには必要なことなんだ。相手がAクラスとなれば、なおさらな」
唯一退学の可能性がある役職は司令塔。だからこそ、それはプロテクトポイントの所有者が行う。
そんな絶対の思い込み。歯向かおうと思えるのは、そもそもその発想に至れるのは、崖っぷちの状況でも笑って勝利を目指す男以外に存在しない。
「……代理としての参加。何かペナルティはあるはずですよね?」
「ああ、平田を種目で使うことは認められない。当然と言えば当然だ」
軽い放心状態から戻ってきた坂柳の指摘に、そんなことは織り込み済みだと綾小路は答える。
「愚策ですよ、綾小路くん。平田くんはDクラスの要とも言える生徒です。能力もDクラスでは上澄み、手札を一枚捨てて得られるのが私の動揺だけでは、得の方が少ない」
「そうでもない。訳あって、平田は今回の試験で準備不足だった。だから戦力として数えなかった」
「初めから使う気のなかった駒を抜いただけだと?」
「ああ。もっとも、ここまでお前が動揺するのは予定外だがな」
二つの視線がぶつかり合い、牽制の言葉を飛ばし合う。
「どうした、オレと決着がつけたかったんじゃないのか? まさか、手を抜いて勝てるとでも思っているのか?」
「……ッ、あなたは、目立つのが嫌いなはずでは……」
「その縛りはもう消えた。約束通り、全力で戦ってやる」
2人は幼馴染のような関係と以前言っていた。
この学校で運命的な出会いをした。そして好戦的な坂柳さんの性格から察するに、我慢できずに雌雄を決したかった。
そんな約束をしていたのだろう。
発言から察するに目立つことを嫌う綾小路くんに配慮して戦略を整えていたはず。
しかし、いざ蓋を開けてみれば、手元がひっくり返ったような大波乱。その上で、対するは全力の綾小路くん。どうやら、勝敗は火を見るよりも明らかだ。
「……フフ、つまり、今日が悲願を達成できる日になる訳ですか。お手柔らかに、では失礼ですか?」
坂柳さんは動揺を隠してそう告げる。
全力の綾小路くんと戦うという悲願。心の底にあった願いの一つなのだろう、それを思い出すことで弱った精神を奮わせようとしている。
しかし、相手はホワイトルームの最高傑作。己の存在意義を知らしめると決めたからには、使えるものは何でも使う。
「いつまで勘違いしている。
綾小路くんは淡々と告げ、何処までも冷たく見下す。
互いに天才。されど、戦いに向ける姿勢は違いすぎる。
今の彼には慢心も余念もない状態で、事前準備も済ませてきた。たった一つ強力な駒が抜けても勝利には何の影響もない。
しかし、本物の天才は何の準備もできていない。
己の調子も、リーダーとしての格も。
驕りを捨てきれず、孤高と孤独をはき違えてガキ大将を気取っているだけ。
何もかもが、遅すぎる。結末がどれほど惨めになろうとも、綾小路くんが手を抜くことはない。
Dクラスが何勝できるか、僕の興味は既にそちらへ移っていた。
龍園のかっこいい場面を潰してしまったが、これはこれで書きたかった。
そして、カムクラがこの学校に来て一番の予想外に遭遇です。男性陣は楽しそうに試験を過ごせていて何よりです。