Dクラスの奇策によって、選抜種目試験は開始前から波乱に飲まれる。
特に、その影響を受けるAクラスは虚をつかれて出鼻をくじかれる。ペースを掴まれ、司令塔同士の駆け引きで大きな不利を背負った。
司令塔4名は既に対決するクラス同士で別々の多目的室へ足を踏み入れている。
部屋は簡易的なもので、室内の半分を区切るように壁ができているだけ。とはいえ、即席にしてはしっかりとした壁ができていて防音性も期待できる。
「向こうは凄い大変そうだったね」
対戦クラスの司令塔、一之瀬さんが話を振ってくる。
現在は試験開始前の最後の時間。
試験につく担当教師である真嶋先生と茶柱先生が打ち合わせをしており、それが終わり次第、選抜種目試験も開始となる。
「綾小路くんの登場は僕も予想外でした。あちらはオモシロイ試験になるでしょう」
「こっちも、だよ。もう勝った気になるのは早いんじゃない」
「勝てませんよ。あなたたちの実力では」
「確かに、カムクラくんが率いるクラスは強いかもしれない。けど、私たちもできることはやってきたつもりだよ」
嘘は言っていない。
やれることは確かにやったからこその自信。だが、その実力差を理解しようとしていない。
たとえ僕がリーダーになっても、一之瀬さんが率いるクラスは誰にも負けない統率力がある。
自分たちの有利が学力だとも分かっている。以前のような嫌がらせが今回はなかったとなれば、学校のルールに則った競い合いが望める。
王道の戦いとなれば、自分たちにも勝利の可能性は十分にある。
そう、思い込んでいるのだろう。
「ツマラナイ。その心構えだけ観察させてもらうとしましょう」
無駄な気概だ。
運が絡んでいる以上、今回の試験で僕が負けることはない。
こちらが想定する種目は5つ選ばれる。それだけで勝敗は決する。
後は残り2種目、あちらの用意した学力テストを勝利する。
確かに勉強面でまともに戦えば、一之瀬さんのクラスには勝てる確率が低い。
しかし、今回は定期テストのようなクラス同士の戦いではない。
選抜された個人同士の戦い。僕のクラスとて粒はいる。なら、山の張り方で対応はどうとでもなる。
「それでは、試験を始める。2人とも席についてくれ」
真嶋先生の指示が飛び、僕たちは機材を前にし、やや距離を離して座る。
相手の顔は横を向けば見れる環境だ。パソコンにクラスメイトの顔写真が表示されていくが、角度的に相手の画面は見えないようにしっかり対策されている。
僕を除いてこのクラスは計38名。これから選択される種目に割り当て、戦っていくメンバーたち。そして、用意した10種目が表示されている。
「特別試験の進行を担当する真嶋だ。早速だが、1年度最終特別試験を開始する。各クラス、5種目を選択して決定ボタンを押すように」
僕は予め決めていた5種目を決定する。
“キックボクシング”、“空手”、“柔道”、“バスケットボール”、“現代文テスト”。
完膚無きまでに叩き潰すならば、力でねじ伏せる種目で良かったが、他の目的もあるので今回はこれが僕にとっての最善だ。
ついに開始が宣言されたが、興は乗らない。一之瀬さんも選び終えたようで、大型モニターにその結果が表示されるが、それでも感情は動かない。
Cクラスからは“数学テスト”“英語テスト”“化学テスト”“日本史テスト”“じゃんけん”の5種目。
学力主体の種目と運に比重が置かれた種目、一発逆転を狙っているらしい。
「ここからは完全なランダムで抽選を行い、こちらで7種目を決定していく。中央のモニターに抽選結果が表示されるようになっているので見てくれ」
真嶋先生がモニターを見るよう促すと、画面が切り替わる。
3Dの映像に変わり、抽選の文字が表示されていく。
そして、映し出された1戦目は、
日本史テスト
必要人数3人 時間60分(試験時間50分、問題を修正できる時間10分)
ルール・一年度における学習範囲内の問題集を解き合計点を競う。また、試験は一列に並んで受け、試験終了後、後方に座る者の解答を修正する時間を設ける。(列の決め方は名前順とする)
司令塔・列の順番を一度だけ変えることができる。
1戦目は相手クラスの選んだ種目。
必要人数は3名。どうやら、当たりを引いてしまったらしい。
「運が良いみたいだけど、幸先良く運べるのは私たちみたいだね」
「いいえ、つくづくツマラナイ才能ですよ」
これがより多くの人間の合計点を競うならば、勝敗は揺れていた。しかし、他科目よりも記憶力が重要視される科目のため、こちらから選出される生徒も厳選できている。
僕の張った山を中心に勉強させたCクラスの学力優秀な生徒達。さらに、ここで金田くんというカードが切れる。
相手の司令塔のルールで、選手間で問題の修正ができる。
僕を抜けば椎名さんと並んで勉強ができる生徒。そして今回は3人の試験、金田くんが実質的に2人分解けるのは大きい。
「テストは100点満点、問題数は30問となっている」
真嶋先生からの補足説明は司令塔が関与できるルールの比重を示しているのだろう。
テストは全て学校側が作る。試験の公平性を考慮しても、全てのテストが同様の問題数の可能性は高いでしょう。
僕は“金田悟”“園田正志”“小田拓海”の3名を選択する。
「金田くんは勉強ができる人。園田くんと小田くんは船上試験だと龍グループに入っていた生徒達……つまり、優秀な3人を選出したね」
一之瀬さんは余裕ある表情でこちらのクラスの情報を口にする。
情報収集はできている、そう伝えてきている。準備をしてきたというのは心持ちだけではない。その言葉に嘘偽りはない。
だが、それで結果が変わる訳でもない。
「こっちも、もちろん全力だよ。初戦を勝って流れに乗りたいからね」
一之瀬さんはそう言いながらモニターを操作する。
選択された生徒は“神崎隆二”“安藤紗代”“津辺仁美”の3名。
彼らは船上試験で竜グループだった生徒ということから優秀と見ていい。
「そっちは最初から全力で大丈夫なの? 私たちは想定した通りにメンバーを選出できたけど、そっちはいきなり手札を切っちゃってるよね?」
「問題ありません。こちらが選出した勝ち抜き形式のルールは把握しているでしょう?」
「……そうだね。山田くんのような喧嘩の強い人を一番手に選んで連勝……つまり、実質1人で勝利。こっちとしてはやりづらい種目だし、選手選択の幅が私たちのクラスより広いのは認めるよ」
今回の試験で取るべき戦略は2つ。
バランスよくメンバーを選出するか、勝てる種目に勝てる人材を投入するか。
試験を進めていく中で、この2つの戦略を切り替えて戦う必要がある。
臨機応変な判断力は司令塔に最も重要な要素と言っていい。
しかし、こちらが取るべき戦略は端っから後者。その上で人材が余るので、有利に選出が行える。
「でも、まだ君たちの種目が多く選ばれた訳じゃないよね?」
「そうなれば、オモシロイ結果と言えます」
互いに選手を選んだので、テストは始まった。
生徒たちの解答用紙はインカムを通じてリアルタイムで切り替えて見ることができるようになっている。
まず、3人の中で最も学力の低いインカメを付けた小田くんの解答用紙を眺めるが、彼もそれなりに優秀。試験が終盤に差し掛かる前に、解答は8.5割方回答が埋まっていた。
他2人も問題なく解けており、やはり想定した学力通りの点数が計算できる。
程なくして、筆記試験は終了。これからは10分間の問題修正の時間。
僕は司令塔の関与を利用して、金田くんと園田くんの順番を入れ替える。
列は名前順。よって、初めのままなら小田くんが金田くんの解答を、金田くんが園田くんの解答を、そして園田くんが小田くんの解答を修正することになる。
このルールで得点を増やすには、一番学力の高い人間が低い人間の解答を修正すること。
関与によって、列の順番は金田くん⇒小田くん⇒園田くんへ。これで、金田くんが小田くんの解答を修正できる。
一之瀬さんは列を変えなかったが、彼女もクラスメイトの学力を詳細に把握していることは間違いないので、元々の並びがベストだったようだ。
テストが終了するとすぐに採点が行われる。程なくすると、試験官が結果を知らせた。
「Bクラス合計285点」
金田くんが小田くんの解答を自分と同じにしているので、3つの内2つは同じ点数になりました。
流石は金田くん。僕の張った山のおかげもあるでしょうが、やはり元の賢さがあってこそ。見事な結果です。
「Cクラス合計279点。よって、Bクラスの勝利とします」
結果は6点差。あちらの平均点も90点を上回っており、優秀な生徒を揃えたことに間違いはない。
だが、教師の才能の有無が結果に出てしまった。
「……」
言葉もなく、一之瀬さんはモニターに映る結果を睨んでいる。
両手を握り締め、身体が震えていた。
しかし、それは一瞬。自らの悪感情を制御して、僕の方に顔を向ける。
「流石、だね。いくらそっちの3人が優秀と言っても、正直負けるとは思わなかったよ」
「そうですか。あともう1度、その言葉が言えるといいですね」
もはや、彼女にできることは虚勢を張るしかない。
ツマラナイ。あぁ、ツマラナイ。
バスケットボール
必要人数10人 時間制限40分(10分×4回)
ルール・通常のバスケットボールに準ずる。ただし、10分×2回が終了した時点で選手は交代しなくてはならない。
司令塔・5分間のみ選手交代してプレイすることができる。
次に選ばれた種目はこちらのクラスのものだ。
5on5で行われるバスケ。特殊なルールは前後半で全員入れ替えなくてはならないこと。
こちらには2名のバスケ部員がいるため戦略は彼らに任せている。
2人は前後半でそれぞれが試合に参加し、2チームの実力が均等になるように分けたらしい。
それもそのはず。この競技が選ばれた時点で、その他参加するクラスメイトには僕が基本を軽く手解きしたので相手クラスよりは練度が高い。
つまり、普通に戦えば普通に勝てる。仮に相手が前半に総戦力を投入してきても後半で取り返せるように布石を作っているようだ。
加えて、司令塔のルールも大きい。
最悪、相手の実力が想定以上でも、僕が5分も出れば全て解決する。
「さて、こちらも移動しましょうか」
「直接コートに行くわけだけど、司令塔からは指示を出せないんだよね?」
「はい。あくまでも、戦略の組み立てやその指示は司令塔以外の生徒に行ってもらいます。司令塔の関与は5分間だけ選手になれる権利と思ってください」
「……5分もあれば何があっても勝利できるって意味かな?」
「その認識で間違いありません」
バスケットボールの才能があると言わなくても理解しているようで手間が省けた。
僕たちは特別棟から体育館へ向かっていく。
その道中に会話はなく、自分の心を落ち着けるように呼吸する彼女の息遣いがよく目立っていた。
──────
一之瀬クラスと神座クラスが2戦目を行っている中、坂柳クラスと堀北クラスでは早くも3戦目の決着がつこうとしていた。
「集計の結果、Dクラス443点。Aクラス651点。よって、Aクラスの勝利となります」
坂上の結果発表を受け、坂柳は内心安堵する。
ここまでの2戦は“バスケットボール”“タイピング技能”とどちらもDクラスの種目であったため、勝利を飾れなかった。
先に2勝取られてしまったことによる僅かな焦り。本来の状態の坂柳なら生まれるはずもない珍しい感情が、勝利の余韻を味わわせた。
「たかが1勝に、随分と喜びを噛み締めるんだな」
それもこれも全て、彼、Dクラスの司令塔が綾小路清隆であることに起因している。
勝った坂柳に余裕はなく、負けた綾小路の方に焦りは見られない。
「フフ、全力のあなたが相手ですから」
「動揺を隠しきれていないな。こちらの人選からオレが“英語テスト”を捨てていたことなど分かっているはずだ。そんな絶対に勝てる戦いに勝って安堵など、普段の冷静沈着なお前なら表情に出さない」
「あなたからそんな高い評価を貰えているとは、純粋に嬉しいですね。しかし、これが演技である可能性も考慮してないのですか?」
「演技ならもう少しマシなものを見せてくれ。生憎、その手の才能を持つ奴を見てきたからか目が肥えているんだ」
綾小路は感情の機微のない声で彼女を煽っていく。
焦り、不安、怒り。3つの感情が変化しながらも同時に彼女を襲う。
プロテクトポイントを持たない背水の陣。綾小路清隆ならば絶対にありえない選択肢。
自分の知る彼が全力を出してきているだけでなく、この学校で新たに学んだことを活かして戦っている。
強い。想定よりもずっと強い。その事実が、彼女の精神をより追い込んでいく。
数学テスト
必要人数7人 時間制限50分
ルール・1年度における学習範囲の問題集を解き合計点を競う。
司令塔・1問だけ代わりに答えることができる。
満足に余韻に浸れないまま、4種目目が抽選された。
選ばれた種目はAクラスから、立て続けの筆記試験だ。
「……フフ、温存が功を成しましたね。総力戦ですよ。あるいは、現代文に残しておきますか」
「その必要はない。その総力戦を受けてやる」
坂柳の挑発に、綾小路が応える。
望んでいたはずの戦い。偽りの天才を屠る機会が折角巡ってきたのだ。だからこそ、より集中して戦いに臨もうとする。
綾小路が素早くメンバーを選抜するのを見て、坂柳もそれに続く。
────かと思われた。
「ところで、カムクラとは何があったんだ?」
綾小路が沈黙を絶やさないために新しい話題を提示すれば、坂柳が端末を操作している手を止めた。
軽い雑談ではない。挑発の次は心を攻める。
綾小路は堀北からカムクラが坂柳に対して動揺を与える詳細を聞いている。
特別な感情が、間違いだったと気づかせる。恋愛感情から動揺を誘えるというのならば、攻めない理由がない。
「何もありませんよ。ただ、彼もまた本物の天才ではなく、偽りの天才だっただけです」
坂柳はそう答えながら、メンバーの選抜を終える。
しかし、常に余裕ある声色が、明らかに低くなった。
分かりやすい。詳しく分析するまでもない。
綾小路は簡単な作業と認識して会話を続ける。
「そうか。あくまでも、お前の方から奴を見限ったと言いたいようだな」
「はい。あなたも、彼も、打破すべき敵です」
「……なるほど。お前のような賢い人間でも、失恋するとこうも腑抜けるんだな。良い学びになった」
その言葉は綾小路の本心。
ホワイトルームでは学びえなかった恋愛という教科書。未だ恋愛の教科書は読めてすらないが、相手の感情を利用して想いのままに操作できる、その応用をこの目で観察した。
「見限られた理由を当ててみようか、坂柳」
綾小路の問いかけを、坂柳は無視する。
その表情に普段の余裕ある笑みはない。人形のような無表情で、モニターを見詰めている。
「その傲慢な態度だろう? この学校ではカムクラを抜いてトップの実力、そう思い込んでいる思考がカムクラにとって不快だったんだろう?」
この発言は本心ではない。
綾小路とて、カムクラの言う舞台の構築には一定の理解がある。その過程で、各クラスのリーダーに進化を促していることも。
カムクラが坂柳を突き放したのは、その目的のため。決して、カムクラが恋愛的に坂柳を突き放したわけではない。
しかし、進化を促すために、カムクラが坂柳の恋愛感情を利用したのも事実。
そこを強調するように伝えれば、今の坂柳の心情には響く。そう判断して、綾小路は攻め手を緩めずに口を動かす。
「お前は確かに強い。が、カムクラはおろか、オレにも及ばない。いや、その弱い精神を考慮すれば、龍園にすら及ばない」
「……ッ、あなたたちは本当に……」
「無視に徹底することもできないその精神力、やはり自分の実力を過信しすぎだな」
無表情が、虚ろへと朽ちていく。
元より不調だった顔つきからさらに生気が失われる。
怒りで戻る活力。しかし、その瞳に光はない。
己が認めた実力者2人。淡い感情を向けていた2人からの同じ指摘。
演技が、脆く崩れていく。仮面が、無様に割れていく。
「か、過信なんてして……」
「語るに落ちているぞ」
是であった沈黙もできず、震えた声が出力される。
もはや、坂柳の脳は特別試験を優先していない。頭の片隅に追いやり、感情のバグの対処にリソースを回してしまっている。
会話はそこで途切れ、50分の試験が終わればすぐに採点が行われる。
「集計の結果、Dクラス460点。Aクラス655点。よって、Aクラスの勝利となります」
坂上から報告される点数。その差の大きさから、坂柳はようやく気付く。
「あなた、この種目も捨てて……」
「平田がいない以上、勝つ可能性は低いんでな。なら、3種目選ばれる不運に対して温存し、お前にはここで強力な手札を使わせる」
「選ばれなかったら、あなたの失策ですよ」
「そうでもない。残りの種目でも、温存したメンバーは力を発揮できるからな」
どの種目に出ても手堅い結果を持ってこれるカードの不足から、綾小路は戦略を修正していた。
本来なら、ここは種目を取りに行くべきだった。切れるカードを切り、総力戦で仕掛けて1勝をもぎ取ろうとすれば十分に勝つ可能性がある。
しかし、平田の不在から総力戦は不利と判断。ゆえに、己の不運に備えて温存した。
2勝2敗。リードは吐き出され、イーブンに戻る。
フラッシュ暗算
必要人数2人 時間制限30分
ルール・珠算式暗算を使って正確性と速さを競い、一位を取った生徒のクラスの勝利となる。
司令塔・任意の1問だけを答えることができる。
第5種目の挑戦が行われた。
3連続Aクラスが選んだ種目。Dクラスにとっては不利な展開だ。
「不運ですね。流石のあなたも運は味方にできませんか」
「幸運の才能はホワイトルームの教育では身につかなかったんでな」
さも平然と、綾小路は公の場でホワイトルームのことを口にする。
この場には星乃宮、坂上と2名の教師がいるが、全く躊躇う素振りすらなかった。
「この程度でいちいち動揺するな。言ったはずだ、オレはこの試験で勝つために動いていると。それまでの過程など関係ない」
「……2敗してよくもまぁ、そこまで堂々と言いきれますね」
「もうチェックだからな」
互いに相手の精神を揺さぶる言葉をかけるが、それで心が揺れるのは本物の天才のみ。
摩耗している精神に回復の兆しはない。
「“社会テスト”はこちらの方が層は厚い。“チェス”は司令塔の実力差がものをいうルールである以上、結果は言うまでもない」
「まだ不確定じゃないですか。層が厚くても元の学力差があります。司令塔の実力差はチェスにおいてありません。むしろ、イズ……カムクラくんと本気で競い合える実力がある私の方が有利です」
「カムクラと競い合えるとなると、お前のチェスの腕はプロ顔負けなんだろうな。まぁ、その実力が出せればの話だが」
混濁した想いが心を乱す。
自分の実力の高さを示せたはずの代名詞が、今や自分を蝕む呪いとなっている。
歯痒い想いと落ち着かない感情が絶え間なく続き、軽い動悸まで現れる。
実に致命的な状態。精神の不安定がその弱い身体にまで影響し始めていた。
「……坂柳さん、選手の選定をお願いします」
坂上が致し方なさそうに坂柳の選手選定をせかす。
放心に見舞われた坂柳を見て思う所もある。が、司令塔同士の私語を指摘する義務はない。
むしろ、舌戦に積極的だった坂柳が押され気味でこうなっている以上、そこに助け船など出す訳がなかった。
坂上の言葉で、坂柳もすぐに選手を決める。
Aクラスからは葛城康平と田宮江美。Dクラスからは松下千秋と高円寺六助。
どちらもここを落としたくない以上、優秀な生徒を選出する。
「葛城か。ここを落とせない以上、Aクラスで最も優秀な男を出すのは当然か」
「……そちらは高円寺くんですか。彼の実力は確かに脅威ですが、その性格は気まぐれ。まさか、そもそも試験を真面目に受けるかすら分からない人に賭けたのですか?」
「視野が狭いな。こちらの本命は松下だ」
何処までも空回りする坂柳。
視野が狭いと指摘を受け、試験に集中するように頭を回転させようとするが、雑念はむしろ大きくなる。
頭を空っぽにして考え直せない。時折、頭が真っ白になってしまう。
「全部で10問。後ろに行くほど難しい問題になるが、高得点の配分になっている。同率一位が出た場合に限り、どちらかが延長戦を行うものとする」
モニターに、試験と同様の数字が映し出されていく。
司令塔が関与できる問題は1問だけ。となれば、関与は必然的に後ろの方になっていく。
難易度の高い問題、高速で映し出される数字の暗算は、それこそ集中力がいる。
「やはり、高円寺くんは変わっていますね」
モニターに試験会場も映っているが、高円寺はフラッシュ暗算が始まるというのに、目を閉じていた。
やる気なし。気まぐれでしか実力を発揮しない男、その態度は試験が始まってからも変わることはなかった。
しかし、綾小路にとってそれは既定路線。
高円寺が実力を出してくれれば、ラッキーと考えていただけで制御できない駒は初めから戦略に入れていない。
「本命は松下さんと言っていましたが、確かに落ち着いていますね。しかし、こちらの本命は葛城くん。彼に勝てるとは思えませんが?」
現在、フラッシュ暗算は5問目を終えた。
相変わらず解いていない高円寺、だんだんと余裕がなくなってきた田宮と比べて、松下と葛城は戸惑うことなく問題を正確に答えている。
「確かに、総合能力という点で松下は葛城に劣っている。だが、一芸を必死で練習させ、隠していた実力を発揮させれば、限界の一つ先の問題くらいは解けると判断した」
綾小路は確信を持っているかのように断言する。
能力数値を見た上で綾小路が言っているならば、この言葉には重みがある。
ノーマークだった松下に一矢報いられる、そんな可能性が坂柳の脳を一瞬過ぎる。
続いて、6問目。葛城は先と同じように、松下は悩みながらも正確に答えを導いた。
差が露呈した。坂柳はその様子を見てほくそ笑む。
さらに、7問目。3桁12口4.5秒、難易度の高さに教師の声も唸らせる。
それでも、松下は頭を抱えながらも懸命に頭の中で計算し、ペンを走らせた。
しかし、それもここまで。8問目、9問目と難易度がさらに上がり、葛城は8問目まで喰らいついていた。
「フフ、惜しかったですね。確かに松下さんは優秀のようですが、葛城くんには及ばなかったようです」
「そうだな。流石は葛城、お前にとっての未来を変える可能性がある男だな」
「……あれは、間違いですよ。私は、葛城くんがいなくともあなたやカムクラくんと競い合えます。まして龍園くんになんて負けません」
綾小路の挑発に、坂柳はまた乗ってしまう。
投票試験を進めるにあたって、カムクラの部屋で行われた密会。そこで、カムクラが伝えた言葉を綾小路が仄めかす。
たったそれだけ。しかしそれだけでも、表面上は取り繕っていても、未だ瓦解している彼女の心は沈黙を選べない。
「いいや。あの言葉は真実だ。事実、お前は投票試験で2000万ポイントを使って葛城からの信頼は得られたようだが、その決断でお前は何も成長していない」
「……あなたも、カムクラくんも、洞察力がずば抜けて高いとはいえ自信が過ぎます」
「それはお前だ。少なくとも、オレはあの時のカムクラの意図を理解している。お前よりもずっと、葛城という男の価値を理解している」
「……だから、何ですか? 今、あなたが私よりも葛城くんの理解度が高いとして、この5種目目の結果は変わりません」
坂柳は綾小路へと睨みを利かせる。
しかし、その程度の激情を綾小路は相手にしない。
「変わるさ。なぜなら、お前が葛城の価値を理解していなかったから、オレは余裕をもって試験に臨めている。葛城と協力して試験に臨んでいれば、こうも予定通りに試験は動かせなかった。堅実な葛城と策を共に弄していれば、その信頼に報いようとお前は本調子に戻れていたはずだからな」
「……何が、言いたいんですか?」
「分からないフリをするなら、はっきり言おう」
綾小路が坂柳の方へ視線を動かす。
睨んでいたことで、坂柳はその瞳を、どす黒い闇が映る綾小路の瞳を正面から見てしまう。
暗く歪んだ瞳。今の坂柳からすれば、それは恐怖を発生させるに十分だった。
しかし、彼女にとっての本当の恐怖は、
「────オレの相手はお前では役者不足だ。Aクラスの力の半分も引き出せない、今のお前はな」
賢い坂柳は本当は分かっていた。
カムクラの忠告も、葛城という男の優秀さも。
それでも、彼女は自分だけの力で試験を突破しようとした。
誰にも相談せず、頼らず。その異変に気付いたクラスメイトすら振り切った。
プライドが過信を認められず。平田洋介ならば、本調子じゃなくとも勝てると判断して、戦いの場に立った。
結果、その油断と慢心を攻められ、心内まで見透かされた。
「わ、私は……」
実に、無様に取り乱す。
目を逸らした事実を、好意を持つ異性に告げられ、突き放される。
悲壮感、喪失感が溢れる。既に崩れかけていた心には、ひどく致命的な一撃だった。
「これより10問目を始めます」
試験官が問題開始の合図をする。
坂柳は、何とかモニターを見てペンを持つ。
だが、瞼が熱く、霞んだ視界。そして真っ白になってしまった思考では、緻密な計算は困難だ。
「10問目の答えは7619、お前は葛城にそう教えられたか?」
綾小路の問いかけに、坂柳は答えられない。
ただ、持ったペンを置いて唇を噛むことしかできなかった。
特別試験はじっくりやりたいんですけど、今回は勝敗が分かりきっているのでさっさと終わらせます。
常時ベリアルアイとパーフェクトコピーの奴と誰かバスケしたいんだよ。