綾小路と龍園の密会
特別試験が始まるまで既に1週間を切った。
皆が策を弄して練習に励む中、オレは自分の目的のためにこの日の時間を使っていた。
本格的な寒さ真っ只中の時期なので、待ち合わせ場所は室内。今回は相手が指定したケヤキモール内の飲食店だ。
特別試験が近いことも相まって人通りはかなり少なく、オレは近くにあった休憩スペースで椅子に座り、程よく静かな環境で時間が過ぎるのを待つ。
しかし意外にも、落ち着く時間は短かった。なぜなら、待ち合わせ場所に目的の人物が予定より5分程早く現れたからだ。
「正直、30分くらいの遅刻は想定していたんだがな」
「クク、お前が焚き付けてくれたからな」
オレを見下ろすその表情は凶暴な笑み。
この笑顔を見るのは屋上の件以来で、どこか懐かしく感じる。
「先に話を済ませるか?」
「食いながらでいい。今はどの学年も特別試験の直前。飯時より少し早いこの時間なら、まだ誰もいないだろうからな」
特別試験前の貴重な時間を使ってまでオレがしたかったこと。
それは、龍園との会話だ。来てくれるかどうかは賭けの部分が大きかったが、まさか夕飯奢りでこうも簡単に誘い出せるとは。
付きまとう噂は概ね事実だが、存外、人付き合いは良いのかもしれない。
「……これが、本物のラーメン屋か」
オレはそんなことを思いながら龍園の後に続いて店に入ると、ネットで見た通りの光景に思わず声を漏らした。
「やっぱりお前、この手の店に来るのは初めてか。どうりで、ソワソワと気持ち悪い訳だ」
龍園は迷わない歩みで食券機へ。
即座に選び終えた後、携帯を出すように言ってくるので、オレは龍園の分の食券を購入する。
……それなりの値段だな。何枚も食券を買ったのはトッピングなのだろうか。
何にしても、流石は龍園。遠慮も感謝もなく、奥のカウンター席へ迷わず向かっていった。
さて、人生初めてのラーメン専門店のラーメンだ。とりあえず、オレは店内一番人気のラーメンを注文する。
「まさか、お前と並んで飯を食うとは思いもしなかったぜ」
「そうだな。オレもこんな日が来るとは一生ないと思っていた」
2人で最奥のカウンター席に並んで座れば、龍園がそう言うので同意する。
その後、店員に麺の硬さやスープの濃さ、油の量を聞かれたので、とりあえず全て普通と答える。
「それで綾小路、聞かせろよ。カムクラと手合わせしたって話をな」
「それより龍園、ここは家系ラーメンという種類でいいのか? 店名も家で終わっていたし、ネットに書かれていた定義ではそうらしいんだ」
「……ああ、そうだ」
龍園は呆れた様子で答えた。
電話越しでもそうだったが、面倒くさくなると意外に折れてくれるな。
「お前は何枚も食券を買っていたが、それはどうやって食べるんだ?」
「……ちっ、後で食い方教えてやるから、今は俺の質問を優先しろ」
やっぱり、龍園は面倒みが良い方らしい。まぁ、石崎が懐いている様子から見ても納得か。
「まずはどこから話すべきかだが……そうだな、まず、カムクラがオレを本気にさせようと時々絡んでいたのは知っているか?」
「何となくはな。お前を探すにあたって、俺はあいつからの情報を意図的に切っていた。だから、あの屋上の件が終わってから少し聞いたくらいだ」
最終的にオレを探している振りをしていたが、その正体に辿り着くまではネタバレされたくなかったと言った所か。
とは言え、ある程度理解しているならこのまま話してもいいだろう。
「先日、またカムクラからその誘いがあってな。しかも今回は随分と本気だった」
「クク、舞台を整えるだったか? あいつも本腰を入れたようだが、何にしても、いつも通り自分の未知のために動いているだけだ」
「そうだな。だが、その本腰を入れた誘いに、オレも応えてみたくなった」
「ほぉ?」
龍園が興味深そうに目を細める。
「つまり、コソコソと動くのを止めて、本気を出して試験に臨むってか?」
「今回の試験に限って、だがな」
「お前が本気になるってのは良い話を聞けたぜ。それと、今回の試験に限るってことが不可能なのはお前も分かっているだろう? この学校で一度実力を出せば、周囲からの目がサボりを許さねぇってことをな」
龍園の指摘を、オレは当然理解している。
この学校のクラスは一蓮托生。もし今まで隠していた実力を解放すれば、次も同じ結果を求められる。
周囲からの期待は大きくなり、地位は固まってくる。可視化された実力から、サボりも許されなくなる。
「正直、クラスの奴らからの評価は考えていない。オレとしては、自分の実力を出してあいつの舞台とやらに参加できればいいからな」
「余裕ある発言だな。クク、お前が言うとリアルさがあって最高だぜェ。そんなお前が表舞台に立つってなら、俺としては大歓迎だ」
龍園は上機嫌になって、オレの選択を肯定した。
「お前としても、オレを表舞台に引き摺り出すという手間を省けるからな」
「クク、クハハッ、流石俺のことをよく分かっている。再戦が楽しみになってきたぜ」
「その前に、お前はカムクラから地位を取り戻す事が先なんじゃないか?」
「それはそうだ。だが、別に今のままでも戦おうとすれば戦える。気に入らないが、奴からリーダーの地位を奪い取るにはそれなりの時間がいるんでな」
混合合宿で露呈した実力と投票試験で確定したリーダーの地位。
その圧倒的な才能は、とうとう掲げられてしまった訳だ。
しかし、それでも龍園の闘志には一切の衰えが見えない。必ずリーダーの座に戻るという執着染みた目標はその鋭い眼光からすぐに分かる。
相談相手を龍園にしたのは、やはり正解だった。
「どうやって、奴から地位を奪うつもりなんだ?」
「そいつはまだ未定だが、少しずつクラスで俺の駒を取り戻していく。甚だ不満だが、試験を真面目に受けつつ暗躍でポイントを稼いでいき、クラス内での人望って奴を少し集めるのは大前提だろうな」
「お前らしさもあるし、それが正解だろうな。だが、それだとクラスの2番手という評価に落ちつくんじゃないか?」
「馬鹿が。その時が、奴に挑戦する時だ」
「すぐに戦えば、また逆戻りだぞ」
「知らねぇな。これが俺のやり方だ。最後に俺が勝っていればそれでいい」
その言葉に、思わず共感が湧いた。
カムクラに抱いたものと同じもの。良い兆候なのかは分からないが、オレの感受性は少しずつ成長している。
しかし、おかしな話だ。
あの空間は同じ環境で同じ教育を受けたというのに、今まで共感なんてしたことはなかった。
この学校に来て、自分と似た部分を持つ者を新しく2人見つけて、ようやく発現したこの感情。
知らないことを知れた。根本の考えが似ているというのは、思いの外気分が良いらしい。
「なら、お前がオレたちと同じクラスにいるとして、敵になった奴をどうやって攻略する?」
オレは試しにそう聞いてみる。
きっと、一之瀬や堀北に聞けば、“強敵だが、自分たちのやれるべきことをやる。総力戦で戦いを挑む”のような事を言うのだろう。
坂柳は……2人と似たような感じだが、もう少し上から目線で言うんだろうな。
だが、それでは絶対に勝てない。カムクライズルと戦うにあたって必要最低限の条項を1つ満たしただけでは。
しかし、この男ならば、そう期待してしまう。
「クク、今回の試験で考えるなら……お前の所は平田が司令塔だったな。なら、まず最初にやるべきことがある」
龍園は一拍置いてから続きを話す。
「────直前で司令塔を代わり、俺自ら叩き潰す。まぁ、それまでに仕込みをいくつか入れる必要はあるが、これが絶対だな」
期待通り、龍園はオレでは辿り着けない解答を提示した。
相変わらず危ない橋を渡る。
直前で代わることで敵の動揺を誘う。仕込みというのもバレれば一発退学するようなリスクがあるものだろう。
だがそれでも、この男はやるといったらやる。それは十分理解していて、勝利のための行動に間違いはない。
「それで、お前が今日この場を設けたのはこの俺にアドバイスを貰いにきたってか?」
「そうだ。今のオレでは奴の予想を超えられない」
「バカにしてんのか、綾小路。いつからお前はそんな他人任せな奴になった?」
「そうでもないさ。己の実力だけで越えられないことは確かに面白くない。しかしそれよりも、奴の思い通りに動くのが少し気に食わなくてな」
オレがそう言えば、龍園は愉快気に笑った。
この言葉に、何度も似たような出来事を思い出したからこそ、共感してくれたのだろう。
「オレだけの思考では奴に一杯食わせるのは難しいと判断した。だから、誰かと協力して見ようと思ってな」
「で、人選が俺とは中々イカれてるぜ」
「いや、お前しかいないと思った。お前は最も近くであの怪物を見続けたのに、それでも倒し続けようと思っていたからこそ聞く価値があると判断した」
「なるほどな。なら、今言った俺の策……お前なら実行できるか?」
「非常にリスキーだ。だが、その策を施行すると、勝率が上がることは間違いない」
堀北曰く、カムクラは坂柳の心を乱してくれるらしい。
あまり期待はしていないが、試験本番で今の龍園の策を使用して動揺を誘い、試験中もこちらで心を揺さぶれば、勝機は十分にある。
負ければ一発退学の崖っぷち。月城の影がある中、危険と言わざるを得ない。
しかし、カムクラは月城を対処してくれると言っていた。オレからも堀北兄にこの件を話して納得させれば、退学することは限りなく薄い。
とは言え、それでも博打。
己の敗北につながる危険を避け、必ず勝つために策を講じる。今までも、これからもオレはそうやって生きていく。
絶望的な不利に自ら飛び込むなんてありえない。
しかし、
────ありえない一歩こそ、未知に繋がる。
今回の件で改めて理解できた。
やはり、龍園翔はオレと似た者同士である。それでいて、オレとは違う結論を導ける男だということを。
「お待たせしました」
会話が途切れた時、丁度良くラーメンが二つ届いた。
丼の中にたっぷり入ったスープ、色濃く大振りな具材と主役の麺。どれもインパクトが強く、記憶に容易い。
そして何より、湯気と一緒に醤油の豊潤な香りが鼻腔をくすぐる。
「……いただきます」
オレは箸と蓮華を持ち、喉を鳴らす。
まずは、スープからだな……ッ!!
「クク、何だお前、無表情以外にも面を動かせたのか」
横で嘲笑う龍園の声など、もはやどうでもいい。
オレは続けて麺を持ち上げ、蓮華の上に乗せてから口へ運ぶ。
汁と麺を同時に口の中で味わい、弾力ある太麺を咀嚼する。
もちもちとしているのに、歯を押し返すような密度ある柔らかさがある。
それでいて、濃厚なスープと共に運んだにもかかわらず、口当たりはそこまで重くない。
「……美味いな」
「上品な食い方だぜ。お前も高円寺と同じような家柄なのか? ほら、ラーメンってのはこうやって食うんだよ」
龍園はそう言い、ズズッと勢いよく麺を啜る。
ラーメン上級者の龍園が言うことを信じ、オレはその食べ方を真似る。
「……ッ!!」
「クク、どうした、舌でも火傷したか?」
なるほど、龍園はこれを予期していたか。
しかし、熱さと美味さが一緒に伝わってくる。濃い味がやみつきになりそうだ。これは、確かに手が止まらない。
オレは具材にも手を出していく。ほうれん草、味付き卵、メンマ、チャーシュー、海苔。どれも汁が含まれて瑞々しい。
「……龍園、お前はどうして半ライスを頼んだんだ?」
「仕方ねぇ奴だな、綾小路。お前には……、ラーメンライスを教えてやる」
「ラーメン……ライス、だと?」
オレは龍園の指示に従い、小ライスを追加注文した。
どうやら、ラーメンライスの食べ方にも種類があるらしく、龍園はいくつか教えてくれた。
その後も、頼んだトッピングの補足説明も聞き、ラーメンにはより美味い食べ方があることも学習できた。
龍園と綾小路の親密度が上がった!!
綾小路「龍園、もっと美味い食べ物を教えてくれないか?」
龍園「断る。なんで野郎2人で飯を巡らなきゃならねぇんだよ」
綾小路「そこを何とか」
龍園「断る。お前の話は基本的につまらない」
綾小路「そうか。なら、仕方ないな。ところで、オレの過去の話なんだが……」
龍園「おい、次は次郎系に行くぞ」
こんな感じで飯に行く2人を妄想して見たり。