~試験中のホワイトデー~
3月12日金曜日。月城との交渉が終わった翌日、僕は今日もクラスの話し合いに参加せずに過ごす予定だった。
昨日の放課後から今日までとても忙しい。
昨日は月城と話してから、僕はケヤキモールで無駄に大きい紙袋1枚、包装紙を大量に用意していた。
今日は金曜日で、明日から土日に入ってしまう訳だが、日曜日は3月14日でホワイトデー。
別にお返しなどする必要がないことを、頭では理解している。
しかし、僕は全てを与えられた人間。凡人共の願いを叶えるために生み出され、どんな願いも叶える願望器のような側面がある。
だからか、僕は与えられた奉仕に対して、対価を用意しようとする習性のようなものがある。
当然、意図的に行わないのは簡単です。
しかし、借りを作ったままというのが少し癪。だから、ホワイトデーもすっぽかして返さないなんてことはしなかった。
「まったく、大量のお返しというのは面倒でしたね」
面倒だった理由は、僕がバレンタインで貰い過ぎたからだ。
もちろん、モテているという訳じゃない。
髪を切ってから好意の視線が増えたことは理解しているが、それでも僕が龍園くんとつるんでいるという事実は大きく、声をかけてくる度胸ある女子は少ない。
そう、だから、大した数はもらえないと思っていた。
しかし、時期が悪かった。
混合合宿だ。あの試験で活躍した僕は注目の的。沢山の上級生から貰い過ぎてしまった。
不特定多数だけならまだしも、2年Bクラスから一括で貰ったことで、それ相応の数を用意しなければならない。
もちろん、全て買っても良かった。
しかし、この学校でポイントは貴重。少しでも安上がりで済ませるなら、パティシエの才能を使用するべきと判断しました。
幸いなことに、調理道具は揃っていた。
僕の部屋に夕飯をたかりに来る生徒が多いこと、僕の暇つぶしも相まって、調理に関係する才能が十全に扱える環境は出来上がっているからだ。
そんなこんなで、昨日の僕は大量のクッキーを焼き、ラッピングを行っていた。
そして、それらを大きな紙袋一つにまとめ、教室に運んできた。
「おはようございます、カムクラさん。何すか、その紙袋」
ギリギリまで作業していたせいで、普段より登校が遅れてしまった。そのため、今日はそれなりの人数のクラスメイトが僕の様子を窺っていた。
自席に座り、無駄に大きい紙袋を床に置けば、園田くんが接触してくる。
「ホワイトデーのお返しです。土日にわざわざ返すのは面倒ですから」
「そう言えば、上級生からいっぱい貰ってましたもんね」
バレンタインの日は紙袋二つだったが、作ったクッキーは均一に入れたので紙袋一つで収め切っている。
さて、渡す生徒は2年Bクラスの女子生徒、混合合宿を終えて接触してきた幾人かの女生徒たちがメイン。
同学年から貰ったのは矢島さんと伊吹さんの2名だけなので、先に返しましょうか。
上級生は昼休みに纏めて渡しに行きましょう。
「ねぇ、これ手作りッ!?」
僕の前に座る伊吹さんは興味津々だ。
じっと紙袋を見詰めた後、僕の顔を見て自分の分があるかを視線で訴えてくる。
「はい。あなたの分もありますよ」
僕は彼女に1つ渡す。
中には3枚のクッキーを入れており、6種類ある味からランダムだ。
個数の関係上、ラッピングは適当。才能を使ってそれっぽく見せているだけで、費用もかなり抑えている。
「やった!! ねぇ、今食べてもいい?」
「どうぞお好きに、それは既にあなたのものですから」
僕の手作りと聞けば、味に期待してしまったようだ。
まぁ、僕の才能となれば致し方ない。
紐と袋を強引に破り、中にあるクッキーを一目散に口に入れる。
そして、幸せそうに顔を綻ばせる彼女は予想通りでツマラナイが、嬉しいなら余計な茶々を入れる必要はない。
「ほんと、器用っすよね。梱包されてたら、市販の高い奴と見分けがつかなそうっす」
僕が作っているので、味に関しては市販の高いクッキーよりも上だが、それは言及しない方がいいだろう。
クッキー争奪戦が始まったら面倒です。
「カムクラ、おかわり!!」
「ありませんよ」
いつの間にか食べ終えた伊吹さんはおかわりを所望。ホワイトデーをわんこそばか何かと勘違いしているようだ。
「いいじゃん、そんだけいっぱいあるならちょうだいよ」
「これはあなたにあげるためではなく、2年Bクラスように多めに作っただけです。あのクラスに女生徒が何人残されているか知りませんので」
念のため、20個用意してきたが、いくつかは余ることが想像できる。
2年生は南雲雅がAクラスにあがったこともあって、苛烈な試験での争いがあったはずです。
ならば、退学者も1年生より多い可能性は十分にある。
「なら、余ったらちょうだいよ」
「それなら別に構いません」
「よっしゃあ!!」
僕の了承に、伊吹さんはガッツポーズを見せて喜んだ。
良くも悪くも、彼女は純粋。この性格を前面に出しつつ、もう少し他者との交流に積極的になれば友人の1人や2人は簡単にできるだろう。
僕はそんなくだらない推測をやめ、クッキーを1つ取り出し、矢島さんの席へ向かう。
彼女は木下さんと雑談に花を咲かせていたが、2人ともこちらの接近に気付いたようだ。
「おはようございます、矢島さん。ホワイトデーのお返しをしたいのですが、構いませんか?」
「おはよう~、もちろん大丈夫だよ」
僕に恋愛感情があることを吐露した彼女だが、その様子は以前と変わりない。
むしろ今の彼女は、ホワイトデーのお返しを大勢の前で返されることに対して緊張しているようで、喜びの感情を隠すことに必死のようです。
「おおっ、クッキーだ。手作り?」
僕が頷きで返せば、彼女ははにかんだ笑顔を見せた。
「ふふ、良かった。正直、私はもらえないんじゃないかなって思ってたから」
「諦めないんでしょう? ならば、僕の予測を変えられるかもしれません」
彼女は僕にこっぴどく振られたにもかかわらず、その才能ではなく僕に恋をしていると言っていた。
実にくだらない感情だが、その振れ幅が僕の未知に繋がるというのなら、坂柳有栖のように突き放す必要はない。
「ふふ、良かったじゃん」
「……うん」
僕が彼女たちから離れれば、木下さんが頬杖を突きながら矢島さんに笑みを見せた。
矢島さんは頬を染め、後生大事そうにクッキーを胸元に抱えていた。
純粋な好意。混じりけない感情の変化は、僕がこのクラスから去った時にどうなるのでしょうか。
「で、その馬鹿でかい紙袋持って上級生の方に行くわけか?」
時間は飛んで昼休み。
授業終了後に紙袋を持って教室から出ようとすれば、学食に向かおうとしていた龍園くんと鉢合わせる。
「律儀な野郎だ。わざわざ手作りということは、恩を売る気なのか?」
「ただのお返しですよ」
「馬鹿が。お前の手作りとなれば相当の価値があることは流石に理解できてんだよ。適当な市販の菓子詰め合わせに対しては、釣り合いがとれてねぇ」
何度も夕飯をたかりに来た経歴があるからか、彼は僕の才能を正しく理解している。
この僕が手間をかけて作った菓子では、確かに与えすぎな対価だろう。
龍園くんの考えは合理的だ。
「その面も無きにしも非ずですが、今回はただ単純に費用を抑えたかっただけです」
「そうかよ。まぁ、お前の自腹なら文句はない」
龍園くんは上級生に対して僕がどう動くか探りを入れたようだが、今回に限ってはスカです。
僕の習性のようなものを優先した結果ですから。
話が終わったので、早速上級生のフロアへ移動する。
まずは2年生から。混合合宿の件と無駄に大きい紙袋が相まって、夥しい視線が集まってきている。
しかし、それらを無視してすぐに2年Bクラスへ。昼休みになって廊下の人通りは多かったが、無事に到着しました。
「おやおや、君が2年のクラスに来るとはな」
教室に入ろうとした矢先、教室から出てきた鬼龍院先輩と遭遇する。
彼女の性格を加味すれば、自炊する様子は予想できないので、学食へ向かおうとした所なのだろう。
「これを2年Bクラスに届ける予定でした」
僕が紙袋を突き出せば、彼女はその中身を確認するために覗き見る。
「クッキー……そうか、日曜日はホワイトデーだったな。混合合宿の時に渡したあの菓子たちの礼か?」
「はい。大量にありましたので、とりあえずこのクラスの女子の分として20個ほど作ってきました」
「律儀な奴だ。それなら私も遠慮なくもらうとしよう」
彼女はそう言って、クッキーを一つ取って横を通り抜けようとする。
「ふふっ、私は初めてホワイトデーというものを貰ったぞ。ちなみに、バレンタインデーで誰かにチョコを渡したこともないがな」
ご満悦そうに去り際の言葉を残していった。
そんな気はしていたが、余りにも堂々としすぎですね。
それに、効率よく渡すためにも彼女の口から2年Bクラスに呼び掛けて欲しかったが、やはり無理でしたか。
相変わらず、高円寺くんのような破天荒さを有している人です。
「廊下から鬼龍院の上機嫌な声が聞こえたかと思えば……お前か」
鬼龍院先輩に続いて、桐山生徒会長が現れた
面倒そうな表情を浮かべている辺り、鬼龍院先輩のことは苦手らしい。
「バレンタインのお返しに来ました」
彼は面倒な会話を好まそうなので、僕は同じように紙袋を突き出しつつ、先に用件を伝える。
すれば、鋭い目付きが大きく見開かれる。
「そう言えば、バレンタインという名目で、女子たちがお前に感謝の印として渡していたな。この量から察するに、まさかクラスの女子全員分用意したのか?」
「はい。とりあえず20個作ってきました」
20個という数字に、彼はまた目を細めた。
一瞬、悲哀が超分析力に映る。やはり、苛烈な競争がこの学年では起きていた。
「……待て、今作ったと言ったか?」
「はい。その方が安上がりですから」
この問いかけは僕という怪物が菓子を作るということを信じられないが故の言葉であるが、もういちいち答えるのも面倒です。
適当に言葉を返し、さっさと用件を済ませましょう。
「では、教卓の方に19個置かせてください。余るようでしたら、好きに処理してください」
「分かった。説明は俺の方からしよう」
鬼龍院先輩と違い、彼は教室へ案内した後、異物である僕の説明を皆にしてくれた。
教室に残った女子生徒は10名ほど。2年生でも昼食は自炊するかどうかは半分ほどで分かれているのですね。
「クッキーは3枚入っています。6種類ありますので、それぞれの好みで選んでください」
僕はその言葉を皮切りに、6種類の見た目と味を説明する。
その際に手作りであることが伝わったようで、2年Bクラスの女生徒たちは物珍しそうにクッキーが置かれた教卓へと集まってくる。
多少訝しむ様子はあれど、早めのホワイトデーは伝わっていたため、彼女たちはすぐに各々の好みに沿ってクッキーを選んでいく。
1人が試しに開封して口に運べば、伊吹さんと似た反応を見せる。その後はその反応が伝播するだけだったので、特にオモシロイことはなかった。
目的は達した。教室からの去り際、大量の感謝に会釈だけ返し、僕は廊下へと出る。
「……なぁ、何か変なものとか入れてないよな?」
「いいえ。ただ極上品というだけですよ」
女子たちの異様な盛り上がり具合を不審に思った桐山生徒会長が僕の後を追ってきた。
しかし、彼が話したいことがこれだけでないことは察している。
「話は南雲雅についてですか?」
僕は余計な会話を飛ばし、彼の本題を聞き出す。
推測があっているかどうかは、先と同じように目を見開いたので追及する必要はない。
彼は堀北学が用意した対南雲雅として信用できる生徒の1人。南雲の思想に染まっていない生徒のようで、来年度、南雲と戦うに当たって一応味方の位置にいてくれるらしい。
正直全く信用していませんが、堀北学には世話になっているので、彼のことは無下には扱わない。
「……堀北先輩の言っていた通り、お前は話が早くて助かるな。そうだ、お前は今の奴の状況を知っているか?」
「3年生の特別試験に介入することなく、自分たちの特別試験に集中していると言った所でしょうね」
「流石だな。既に、南雲のクラスは纏まりつつある。どうやら今回の特別試験で、確実な統率を図ろうとしている」
特別試験を完勝する、その結果をもってリーダーとしての地位を確固たるものにするつもりなのでしょう。
それが終われば今度は学年に手を伸ばし、最終的には僕へと向かってくる。
すなわち、その時が2000万ポイントの奪い合いです。
「彼は勝利できそうなのですか?」
「……おそらくな。相手は2年Cクラス。総合的な実力を比べてしまうと、南雲のクラスの方が有利だ」
総合的な実力を比べる、ですか。
どうやら、2学年の特別試験も1年の集大成を競い合うような試験らしい。
そして、桐山生徒会長の歯切れの悪さから察するに、復活した南雲雅相手では2年Cクラスは負けてしまうと見ていい。
加えて、南雲雅は入学時にBクラスだった。彼にとって桐山生徒会長は一度勝利した相手、戦い方を知っている点を考慮すれば、Bクラスの彼らでも分の悪い戦いになると予想する。
「そうですか。何か協力しましょうか?」
「いや、学年間で決着がつく戦いには不要だ。混合合宿のような全学年で行われる試験の際に、お前の力は頼らせてもらうかもな」
学年が違う戦力は貴重だが、彼にもプライドがあるようです。
全学年混じった試験では協力関係を仰いでいることから、意地も張りすぎていない。
元々Aクラススタートも加味すれば、彼はそれなりの実力があると判断して良さそうです。
とりあえず、今日はお開きです。僕たちは連絡先を交換し、それぞれのクラスへと戻った。
ちなみに、坂柳には返してない。ドンマイ。