ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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Interlude2
伊吹澪の特別な1日


 

 

 

 誕生日。

 ある人が現実世界に生まれた日のことを指し示すための、年に1回必須の事項。

 沢山の人に囲まれて喜ぶ人もいれば、普段の日常と変わらず過ごす人もいる。

 勿論私は後者だ。

 

 でも前者には憧れる。

 私は友達が少ないから一般的に陽キャと呼べる人間たちのように舞い上がることなんて出来ない。

 

 なぜこんな事を思考しているのか。

 

 それは───本日、7月27日は私の誕生日だからだ。

 

 

 

 

 夏休みが始まり、夏本番の暑さがとうとう来てしまったなと感じる今日この頃。

 こういう日はやはり、1日中寮で過ごすのが楽で良い気がする。

 しかしそれは健康状態にも響くので出来るだけ避けたい。

 

 そんなどうでも良い事を考えながら食パンを齧り、朝のニュースをボーっと見て時間が流れていく。

 今日の予定は決まっている。といっても昨日と殆ど変わらない1日。

 もはやルーティーンともいえる1日の流れだ。

 

 まず、朝9時になるまでに映画館へ1人で行き、映画を見る。

 その後昼食を挟んでもう1本映画を見る。

 帰ったら勉強して夕食を食べ、自由時間。

 

 うん、実に素晴らしくも寂しい1日だ。

 だがそんな非リア充の叫びなんて無意味なもので、どれだけ寂しくても現実は変わらない。

 でも実際の所は、この生活は充実しているから不満なんてない。

 

 さて、時間も時間なので映画館へ行く準備を始めよう。

 私は汗でベタベタになった身体をシャワーで流すために服を脱ぐ。

 

 上はインナーだけで、下はペチパンツの寝巻き。

 私は女友達が1人しかいないがために、他の女子がどんな服で暑さを凌ぐかは知らない。

 でもあまり多くはいないタイプだと思う。ちなみに根拠はない。

 

 この学校での唯一の女友達である椎名はこんな格好して欲しくないな、なんて思いながらシャワーを浴び始める。

 

 浴び終えたら、髪を乾かし整える。

 化粧は少しだけ。誰かに会う予定はないけど万が一に備えてする。

 

 今日の服は何にしようかと思いながら、数種類ある夏服をクローゼットから選ぶ。

 目に留まったのはある1つの服。あいつと買い物をした時に、半ば強引に選ばせた服。

 本当にセンス良くてイライラしたのは少し懐かしい。

 

 着る服を決定し、部屋から出る準備をする。

 忘れ物がないかを確認し終えたので、外に出る。

 

 あ、暑い……。

 今すぐ部屋に戻りたいという気持ちを我慢して外への1歩を踏み出していく。

 

 エレベーターを使って1Fまで降りる。

 1Fは共同スペースなのでクーラーが効いていた。

 地獄から解放されるとはこういう感覚なのかとこの身で実感する。

 

「お待たせ〜!待った〜?」

 

「待ってないぜ櫛田ちゃん!」

 

「嘘つけ山内、遅刻魔のお前が俺より早く来てたじゃねえかよ〜」

 

「お、おい池、それはお約束って奴だろう!」

 

「ふふふ、やっぱり2人は面白いね!」

 

 あの金髪は確かDクラスの櫛田桔梗だ。

 よくもまぁ、あんな露骨に鼻の下伸ばした奴と遊べるな。素直に感心するよ。

 

 周りの生徒も恐らくDクラスなのだろう。

 私が歩きながら見ていると、さらに3人増えたので随分の大所帯だ。

 

 でもあまり羨ましくないと感じた。

 嫉妬もない。あの人数の相手は神経すり減らすだろうから辛そうだなと他人行儀な視線を向ける。

 

 彼らを視界から外し、とうとう寮の外に出る。

 あ、暑い……(2回目)。

 人間慣れれば基本的に何とかなると思ってたけど、これは無理だ……これは無理だよ。

 大事な事だったので、ついつい心の中で反復して言い聞かす。

 

 暑さと戦うことを決意した私は、映画館へと力強く踏み出した。

 

 今日見るのは少しシリアスな物語。

 あらすじは、両親のいない一人息子が自分の存在意義を見出すために、色々な事を経験し、成長していく物語。

 ポピュラーなシナリオだが、非常に楽しみだ。

 

 

「今日は洋服から見に行こうよ!」

 

「軽井沢さん、本当にオシャレ好きなのね」

 

「オシャレは女の武器よ篠原さん。佐藤さんならこの意味分かるでしょう?」

 

「もちよ軽井沢さん!」

 

「……2人とも、またポイント使い切りそうじゃないでしょうね?」

 

「「 ギクッ 」」

 

「……今度は私貸さないわよ」

 

 楽しそうに話しながらも内容がちょっとシリアスな3人組の女子グループ。

 管理が出来ないところを見るとDクラスなのだと推測する。

 

 どうやら私の推測は合っているようだ。

 なぜならあの金髪ポニーテールは1年ベストカップルと名高いDクラスのカップルの女だ。これは間違いない。

 

 鬱陶しいので、歩くスピードを上げて彼女たちとの距離を離す。

 数分後、気付いたら映画館に着いていた。

 

 上映開始まで後数十分あるが、開始前の他の映画の予告も見たいので早めに指定された席に向かう。

 

 指定された席はとても座り心地の良いクッションだ。

 もう何度もここで映画を見てきたが、これのおかげで長時間座っても腰が痛くならない。

 

 予告が始まろうとするために照明が消え、暗転し始める。

 この今にも始まりますよという感覚は何度味わっても飽きない。

 

 さて、そろそろ集中しよう。

 

 

 

 

 

 1本目の映画を見終え、時刻は正午といった所だろう。

 今日のお昼は少ない。単純にお腹が空いてないからだ。

 別に体調が悪いとかではない。

 

 先程の映画は非常に面白かった。

 やっぱり主人公の葛藤とか苦渋の決断とかって本当に面白い。

 そこに辿り着くまでの過程も丁寧に作られていたから、スっと内容が頭に入る。

 

 でもさすがに目が疲れた。

 なので今は少し休憩中だ。

 

 すると、イケメンと思える2人組の男子がフードコート付近のベンチに座り、会話を始めた。

 

 

「でよでよ神崎〜、ぶっちゃけたところお前は誰を狙ってんだよ〜」

 

「……そういう話はこういう所でするものじゃないだろう」

 

「いない、ってキッパリ言わないって事はいるってことだな?やっぱり一之瀬か?」

 

「いないさ。今はこの学校のシステムに慣れるのに手一杯だよ。

 ……それと、オレにはそう言うお前が一之瀬を狙わせないための先制攻撃に見えたが?」

 

「当たりだぜ。まぁ、でも狙うなというのが無理なもんだぜ一之瀬は。

 性格良し。顔良し。ルックス良し。その上頭も良くて運動もできる。

 そして何よりあのおっぱい、やべぇだろ!」

 

「……最後以外は同意する。あと声がデカすぎるぞ柴田……」

 

 あの柴田って奴は個人的に嫌いだ。でかけりゃいいってもんじゃない。

 形が重要なんだよ、〇すぞ。

 

 変な噂を流してやろうかと思ったが、あれだけアホみたいに大きい声を発していれば勝手に噂になる。

 事実、周囲の女子生徒から睨まれている。

 ざまあみろ変態。

 

 

 さて、ちょっとすっきりしたので2本目に行こう。

 しかし思い立った私の行動は途中で止まった。

 

 私が休憩スペースから立ち上がろうとする直前、珍しく私の携帯が連絡通知を鳴らしたからだ。

 

 迷惑メールの類かなと思ったら、意外にも椎名からのメールだ。

 すぐにメールを開き、中身の方を確認する。

 

 

『伊吹さんへ

 今日の18.00にカムクラくんの部屋に来てください。

 大事なことを伝えたいので、もし万が一来れなくなったら連絡をしっかりと下さい。

 

 P.S 夕食はカムクラくんがご馳走してくれるそうです』

 

 良し、行くか。

 カムクラの料理は語彙力が果てしなく低下する程美味しいから行くしかない。

 

 変な噂が流れるかもしれない?

 知るか。

 最初は気にしてたけど、今はそんなことどうでもいい。

 人間は3大欲求が1つ、食欲には絶対に抗えないのだ。

 

 それにしても大事な事とは何だろうか。

 ……もしかして龍園に何か言われたのか?それに対しての相談とかか?

 そうであるならば私から龍園に文句を言わなければならない。

 

 椎名は争いが嫌いだからクラスの、龍園の配下ではない。

 そんな優しい彼女にまで無理強いをさせるのはさすがに許せない。

 

 まぁ、そうと決まったわけじゃないのでこの事は一旦思考から外そう。

 とりあえず2本目の映画を見に行こう。

 次の映画もまた楽しみだ。

 今回はメインの俳優さんが私の好みであるアクション映画だ。

 

 鼻が高く、まさに西洋の人という感じのイケメン俳優で程よい筋肉を持つ。加えて声も好きという。

 もうむしろ見るのが義務とも言える映画。

 耳も目も幸せになる素晴らしい時間が待っている。

 

 私は妄想に浸りながら、映画館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 感想を語り合いたい。

 でも友達がいないから無理だ。

 こういう時、本当に不便だと感じてしまう。

 

 案の定、俳優さんは目と耳に良かったし、演出もストーリーも素晴らしかった。

 今度、彼はサイン会をするために来日するらしいが、私は行けないのでかなり悔しい。

 何せこの学校が外出届けの許可を出してくれない。

 今程、この学校を恨んだことはない。

 

 

 そう考えながら帰路につく────のではなく、私はある準備をするために予め取っておいたメモを開き、買い物にいく。

 椎名から指定された時間には、もう少し余裕があるので最適と判断したからだ。

 

 買う物は8月1日から2週間に亘る豪華な旅行へ必要なものだ。

 正直、初めてこの旅行の内容を聞いた時、開いた口が塞がらなかった。

 

 坂上先生は中間、期末試験の時にバカンスが待っていると言っていたがここまでとは思わなかった。

 

 その驚くべき内容を掻い摘んで話すと、個人で旅行するならこの旅行は数十万はかかるであろうに旅費や雑費が無料というもの。

 この事は夏休みの連絡プリントに書かれていたのだが、私はついついプリントを2度見したのを今でも覚えている。

 

 これだけでも十分規格外だが、加えて一流のレストラン、シアター、高級スパまであるらしい。

 

 いや、おかしいだろ。絶対、さすがに。

 これまでの学校側の対応を考えたら、少なくとも高校生に無償で行かせるなんておかしい。

 絶対何かある。

 

 とは言っても楽しみの方が強い。

 何かしら裏にあるんだろうけど、それが霞むほどの凄まじい旅行だ。

 

 買う物は寝巻きを筆頭に色々だ。

 さすがに日常の姿じゃ、同室する生徒に変な目で見られるので勘弁だ。

 後は……色々だ。

 

 口より手、足を動かそう。なのでそろそろ、買い物を始めよう。

 

 

「葛城さん、さっき言った事本当なんですか?」

 

「ああ、オレの予想だと今日から5日後に始まる旅行ではクラスポイントに関係する何かが起こると見ている」

 

「で、でもそんな事プリントに書いてなかったじゃないですか……」

 

「恐らくそこもこの学校が求める力なのだろう。危機感知能力、予測能力、そしてそれの対策。

 ヒントは探せばいくらでもあった。それこそ実力だ」

 

「さ、さすが葛城さんっすね!これなら坂柳なんて目じゃありません」

 

「……いや、彼女は当たり前のように気付いているだろう。そう簡単に覇権を握らせてくれるほど優しくない」

 

 

 葛城と呼ばれる生徒を中心とした4人とすれ違う。

 どうやら彼らも旅行に必要なものを買い揃えてるらしい。

 

 葛城という生徒は龍園から聞いている。

 Aクラスの二大巨頭の一角。

 非常に高い学力を持ち、規律を重んじる真面目な生徒。

 

 私個人としてはこういう人間は嫌いじゃない。

 そもそも真面目な人間を嫌うのがよく分からない。

 

 龍園は彼の事を雑魚と呼び、見下している。

 学力よりも暴力を至上にするあいつならば当然の対応とも言えるが、気に食わない。

 

 ……そして多分、カムクラも彼を好まないだろう。

 あいつの性格はそれなりに分かってるつもりなので、この予測は高い確率で合っていると思う。

 

 良くも悪くも真面目な人間ってのは規則的。

 困難があったら回り道をせず、正攻法で挑む。

 石橋を叩いて渡る人間たちだ。

 

 ツマラナイ、彼ならば絶対にこの言葉を言うと確信する。

 

 

 

 買い物を終えた。

 1度自室に戻って荷物を置く余裕があるくらい時間はあるので急ぐ必要もない。

 しかし少し特殊な内容とはいえ、友達に誘われたことに心做しか歩幅がいつもより広い気がする。

 そのためかいつもより1分ほど早く寮の自室に到着した。

 

 

『15分前だけどもう行っても良い?』

 

 私は椎名に一応の許可を取る。

 30秒もしないうちに返信が来た。

 

『せめて後5分待ってください。お願いします』

 

 そう返ってきたので言われた通り待つことにした。

 携帯端末以外のものはいらないと判断し、他のものを全て自室に入れ、買ったものを適当に仕分けする。

 終えると時間も丁度よくなっていた。

 

 

 私は再び自室から出る。

 カムクラの部屋は1つ下の階。なのでエレベーターを使わず、階段で向かった。

 

 特に何も起こることなく到着した。

 止まることなく呼び出しボタンを押す。

 

 ツーという機械音の後に、高いソプラノ声で開いてますよと来たので扉に手を掛けて引く。

 

 

 カムクラの部屋に入るととても良い匂いがしてきた。

 部屋に満たされている食欲を刺激する匂い。

 良く整理されている玄関も少しだけ気になったが、それよりも匂いの方に意識が集中してしまう。

 

 思わず涎が垂れそうになる。しかしなんとか抑えて平常心を保つ。

 靴を脱ぎ、明かりがある所まで私はゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

「来たよ、しい────」

 

 

 パンという甲高い音が鳴り響き、若干の火薬の匂いとともに色鮮やかな紙が私の頭、身体に降りかかった。

 

 

「伊吹さん、お誕生日おめでとうございます」

 

 ニコリと笑っている椎名の心地よい声が響く。

 

 先程の音の正体はクラッカーだ。

 なぜクラッカーを使用したのか、もう答えは彼女が言ってくれた。

 

 普段なら何もないはずのカムクラの部屋は装飾されている。

 カーペットが敷かれ、カーテンもカジュアルな色に変わっている。

 いくつかのリースや照明が取り付けられ、いかにも誕生日の雰囲気を醸し出す。

 

「クク、オレの予想が当たったな、ひより」

 

「ええ、そのようですね。可愛らしく驚くと思ったのですが違ったみたいです」

 

「まぁ、唖然とした表情も中々愉快だったがな」

 

「ふふ、確かにそうですね」

 

 この場に相応しくない暴君とこの場に相応しい天使が楽しそうに雑談している。

 

「Happy Birthday, イブキ」

 

「……おめでとう」

 

 もっと相応しくない筋肉と不良。

 そして────

 

「おめでとうございます」

 

 初対面ならば、1人だけ仮装してんのかと疑うような長い黒髪。

 その上に白いコック帽を被っている……いや、頭の上に置いてある。

 

「おい、伊吹。このオレがわざわざてめぇの誕生日を祝いに来てやったんだ。もっと嬉しそうにしたらどうだ?」

 

「龍園くん、そういう言い方は今日はなしと」

 

「……ちっ、分かった分かった。だから笑顔で人を脅すな」

 

「随分と優しくなりましたね」

 

「おい、別にお前には態度を変えねえぞ」

 

「龍園くん、ご飯抜きにしますよ」

 

「……なんでてめぇがその権限を持ってんだよ」

 

 言いたいことはいろいろと浮かぶ。

 だけど今伝えたいのは1つだ。

 

 

 

「────ありがとう」

 

 

 

 心の底から出た言葉は今までの人生の中で1番スッキリとした年相応の笑顔とともに。

 私を客観的に見る人間は表情の変化は違えど、みな驚いていた。

 

「クク、今日1番の驚きだ。普段からそうやって笑ってればモテたな」

 

「ぎゃっぷもえ、というやつですよ龍園くん」

 

「伊吹さんは普段から可愛いのでギャップ萌えではないですよカムクラくん」

 

 Cクラスの個性的な3人が私の笑顔を評価しあう。

 普段だったらここでイライラして食ってかかるけど、今日はそういう気分になれない。

 嬉しさが心に充満し、そのやり取りも何だか微笑ましく感じる。

 

「カムクラ、ケーキもあるんでしょ?」

 

「ええ、パティシエの才能くらい持っていますから」

 

「知ってるよ。楽しみにしてる」

 

「……誰ですかあなたは」

 

 カムクラにしては随分と素っ頓狂な事を言う。

 腹の虫こそ鳴らないが、そろそろ目の前にある料理への我慢が出来なくなってきた。

 

「お腹空いた。早く食べよ」

 

「ふふ、そうですね。じゃあみんな席についてください」

 

 椎名がみなを机に誘導する。

 さすがに6人もこの部屋にいるので、みなが机の周りにいる訳ではない。

 

 この後、カムクラがみなの料理を配った。

 

「では、いただきます」

 

 椎名のその言葉とともに石崎だけがいただきますと続く。

 見た目の割に真面目だなという笑いが起きる。

 

 今日一日は、そんな雰囲気のまま夜まで楽しめた。

 

 

 

 

 Cクラスの親密度が上がった!!!

 




明日もう1話出します。

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