喧嘩するほど仲が良い、なんて言葉がある。
喧嘩をするということはお互いの本音をぶつけ合うことであり、それは険悪な関係ではできないものだからこんな言葉が生まれた。
ゆえに関係が良好な時に、何らかの齟齬が生じる事で起こるものが喧嘩だ。
しかし、私、伊吹 澪はそうは思わない。なぜなら私は友達がいた事なんて殆どないのに何度か喧嘩をしたことがあるからだ。
例を挙げるならただムカつくから行った口喧嘩、気に入らないクラスメイトとの暴力を用いた喧嘩だろう。
……さて、どうしたものか。
現在、私の視線上には二人の男が対立している。
果たしてこれは、喧嘩と呼べるものなのか。
「カムクラ、お前には灸を据えなければいけないらしいな」
奇抜な髪型をした男は額に青筋が立っている男によって胸倉を掴まれている。
掴まれている方は、他の色が入り込む隙がない程真っ黒で、非現実的な長さの髪型をしている。
掴んでいる方は、黒と若干の茶色が混じり、男子にしては少し長めの独特な髪型をしている。
「何も悪いことはしていません。これで未来が変わる可能性が増えました」
「てめぇは良くてもオレは良くねえんだよ。今回の特別試験はオレの制度の継続が掛かった重要な一戦だ。
100歩譲って難易度を上げたのは許してやる。だが、誰が独断行動を許したんだクソワカメ」
長髪の男、カムクラ イズルは視線を横にずらす。
凄む男、龍園 翔からの睨みと合わせないようにしている。
龍園はというと、そんなカムクラの胸倉を軽く揺らす。
「てめぇ……なに目を逸らしてやがる。こっち見て話せ」
その光景を見たCクラスの生徒たちは自分たちの王が憤怒を見せていることに恐怖している。
だが、彼らと身近にいる人間たちは動じない。
分かってきたのだ。感覚的だが、この程度は怒っていてもじゃれあっているくらいなのだと。
側近のアルベルトや石崎もそれが分かっているために止めない。
傍から見たら大迷惑だが、私はもう気にしない。
「……龍園、そこまでにしなさい」
現在はクラス毎に距離を取ってからすぐの状況だ。
坂上先生は補足説明をするために龍園へ制止を促した。
ポイントを引かれる可能性があったためか、龍園も素直にカムクラから手を離す。
「カムクラ、キミもキミです。全クラスがいる場ではなくこの場で質問すれば良かったのではないですか?」
「それではツマラナイじゃないですか」
───沈黙。
坂上先生は、言っている意味が分からないという表情で何度も瞬きをする。他の生徒たちも同様だ。
彼の身近にいる人間も以前ならば同じ反応をしていたが、それなりの付き合いのため、彼があの場で質問した理由は察していた。
大方、自分の予想外を引き起こすための布石、そうなるための手掛かりを相手に付与したのだろう。
「……はぁ、キミはそういう生徒でしたね」
やれやれと呆れた態度を見せる坂上先生。
現在彼はジャージを着用しているので、その姿でため息をつくと一般男性が愚痴を零してるようにしか見えない。
「話が逸れてしまいました。早速、補足説明をしていきましょう」
その切り口とともに彼の説明が始まる。
「今からあなたたち全員に腕時計を配布します。これは1週間後の試験終了まで外すことなく身につけておくように。
許可なく腕時計を外した場合にはペナルティが課せられます。
この腕時計は時刻の確認だけでなく、体温や脈拍、人の動きを探知するセンサー、GPSも備えている優れものです。
また万が一に備え、学校側に非常事態を伝えるための手段も搭載してありますので、緊急時にはそのボタンを押してください」
業者の人間が重たそうな段ボール箱の中から一つ一つ、電子器具を取り出していく。
「待て、坂上。その腕時計は海に入れたらぶっ壊れねえのか?」
「その点についてはご安心を、完全防水です。万一壊れてもすぐに交換しに行きます」
龍園はちっ、と舌打ちをした後にカムクラを睨む。
カムクラはそんな視線気付いてないと言わんばかりに明後日の方向を見ている。
その態度に龍園の青筋が増えた。
「……勿論、これだけが補足説明なわけがないよな? もう少し詳しいの頼むぜ」
「とうとう敬語が完全に消えましたね……まぁ、キミらしくて良いのですが」
意外にも寛容な坂上先生に若干驚くが、今は補足説明の方が大事だ。
そして彼は長々と全ての説明を丁寧に開始した。
あまりに長いので噛み砕いて説明しよう。
まず、この試験における罰則事項についてだ。
・著しく体調を崩したり、大怪我をした者はマイナス30ポイント。及びその者はリタイアとする。
・環境汚染をし、発見された者はマイナス20ポイント。
・午前、午後8時の2回に行う点呼に不在の場合は一人につきマイナス5ポイント。
・他クラスへの暴力、略奪、器物破損の場合は、クラス全員が失格で、対象者のプライベートポイントは没収。
これら4点がこの試験においての罰則。
厳しいものから軽いものまであるな、というのが個人的な感想だ。
Aクラスが最初から30ポイント少ないのはこのルールに抵触したからだと理解する。
後、クラスが初めに持っているポイントは300なので、10人の人間がリタイアすれば0ポイントになるということは、覚えていて損はないだろう。
次に、1番重要な所を説明する。
それは「スポット」と呼ばれるエリアの事だ。
ある機械を中心に一定の距離が含まれる空間、それが「スポット」だ。
スポット占有することが可能で、占有したスポットは占有したクラスのみが自由に使用でき、とある恩恵が与えられる。
それこそ、1度占有するごとに1ポイント貰えるというもの。
ただし、占有時間は8時間しか持たず、自動的に権利が失われるので更新しなければならない。
また、繰り返し何度も同じ場所を占有出来るし、複数占有もできる。
例えば3つのスポットを5日間占有できたならば、各スポットで1日3ポイントが手に入る。
日に3回更新出来れば、1日で合計9ポイントも入手出来る。
それが5日間、すなわち9×5=45ポイントが試験最終日の結果発表の場でクラスに振り込まれる。
したがって、この方法によって集めたポイントは試験終了時のみに加算されるということだ。
勿論これにはリスクもある。
それを纏めたのが特殊ルールと呼ばれるもので、マニュアルには明白にそれらが書いてあった。
・スポット占有にはキーカードが必要。
・1度の占有につき1ポイントを得る。
・他クラスの占有しているスポットを許可なく使用した場合、マイナス50ポイント。
・キーカードは「リーダー」のみ使える。
・正当な理由なく「リーダー」は変更できない。
そして最後に、これらのルールの不合理な所を抑えるルールがある。
もしこのルールがなければ、手っ取り早くスポットを取った奴が勝ちという早い者勝ちが正しいだけのつまらない試験だ。
最後のルールとは「リーダー」に関することだ。
試験最終日の点呼のタイミング。つまり、朝8時の点呼で他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。
その際にリーダーを当てられたら恩恵が貰える。
・他クラスのリーダーを当てた場合、プラス50ポイント。
・他クラスにリーダーを当てられた場合、マイナス50ポイント。
・他クラスのリーダーを外した場合、マイナス50ポイント。
と、ハイリスクハイリターンなルールだ。
リーダーはスポットを占有できるが、何個もスポットを取ろうとすれば敵にリーダーを知られかねない。
下手に動きすぎれば、最終日にリーダーを当てられ大損害……なんてことになりかねないのだ。
ならリーダーを作らなければ良い。そう思うかもしれないが、残念ながらリーダーは必ず一人決めなければならない。
長くなったが、大まかなルールは以上、と言ったところだ。
「そして先程カムクラくんが質問していた事を補足しましょう。1つ目はもう皆さん理解してると思うので良いですね?」
1つ目とは300ポイントは0ポイントより下にならないというルールのことだ。
これは難しい所などなく、簡単に理解出来る。
「2つ目のポイントを譲渡するというルールは一応あるにはあるのですが、まぁ、クラスのご褒美になるものを他人に上げることなんてないのであまり詳しくはできていません」
坂上先生は頭をかきながら、言葉を続ける。
「リーダーになった生徒が相手のリーダーとの双方の同意があって初めて、ポイント譲渡は可能です。
ちなみに、スポットで手に入れたポイントもリーダーが各担任に言えば渡せますが…………」
説明をし終えたが、含みのある沈黙が起きる。
それにしても、さっきの腕時計と言い、些細な所まで行き届いた細かいルールと言い、この学校は抜かりない。
腕時計は体調を監視し、不測の事態に対応するためのもの。徹底した安全管理だ。
カムクラの聞いた酔狂な質問までも記載しているルール、これまた管理が行き届いている。
万が一体調を崩しても最悪の事態にならないなと思うと同時に、反則は99%できないなと考察する。
「あ、あの坂上先生、それとカムクラさん、譲渡って何のメリットもありませんよね?」
痺れを切らした石崎が2人に向けて、疑問を投げる。
この疑問は1人を除いて、この場にいる全ての人間が思っていたことの代弁なので、石崎には心の中で礼を言う。
この変な質問をした張本人を見てみると───直立不動。
目をつぶっていて、立ったまま寝ているのではという心配までしてしまう程、動く気配が見受けられない。
しかしその数秒後、ゆっくりと動き出した瞼から赤い瞳が現れた。夕日よりもずっと濃い赤から生じる眼差しが石崎の方へとゆっくり動く。
「メリットならありますよ」
「それを皆に説明して欲しいのですよ、カムクラくん」
「必要ありません」
適切な理由がないために嘘をついているかもしれない。
そのため我儘な事を言って白を切っているように見える。
が、彼のそれが嘘ではないと言える可能性も十二分にある。
圧倒的な個人の言うことに盲目的になってしまう。
その理屈が通じる程、彼には実力がある。
私たちが見えてないだけで、天才の視界には違う景色が広がっているかもしれない。
「坂上先生、説明は終わりですね? 僕はそろそろ行く所があります」
「……おい待て、何処に行くつもりだ」
呼び止めたのは坂上先生ではなく、龍園。
実質的なリーダーである彼はカムクラが動く理由を聞く義務がある。
「ここはあなたに任せます。あなたのやりそうな事くらい僕には分かるので、その点はご心配なく」
「誰もてめぇの独断行動を許した覚えはない。戻れカムクラ」
「この試験は重要で勝ちたいのでしょう? ならば動くのは今、君ならばその意味が分かるのでは?」
「理解できるが、前にも言ったようにお前は奥の手。今はまだ使うべきタイミングじゃねえんだよ」
声が低くなり、真面目な表情で龍園はそう言う。
静かな怒り。先程のじゃれあっていた時と違い、本当に怒っていることが分かる声色。
肌身で感じたそれに、今度こそ、正真正銘の恐怖がクラスメイトに伝播していく。
「あなたの考えももっともです。しかし、僕はもう退屈です」
「最低限の仕事は渡すから退屈させねえよ」
「……敢えて言いましょうか」
ため息をつくカムクラは無機質な声にミリ単位の感情を込めて次の言葉を言う。
「龍園 翔。あなたは自分の実力の本質を勘違いしてませんか?
目的を果たすためなら、自身も含めた全てを容赦なく巧みに利用して、たとえ負けても這い上がろうとするのが、あなたという人間でしょう。
そんなあなたが奥の手? 何を言っている。今のあなた程度、出し惜しみなどしている実力なんてないでしょう?
もし今の自分が正しいと本気で思っているのならば、今のあなたは───ツマラナイ」
今まで見たこともないほど饒舌に話すカムクラの言葉に、龍園の目が見開く。
こんな堂々とプライドの高い龍園を貶せば、彼の心の内に溜まっている怒りが爆発する。
坂上先生を含め、それを悟ったこの場にいる全員に緊張が走った。
「はっ……、今日は随分と口が動くじゃねぇか」
私、いや全員が驚いた。
なぜなら沈黙を破った彼の声はどこか辛そうだったからだ。
基本的にどんな時もヘラヘラと笑う龍園が珍しく、怒りと悔しさを交ぜた表情を見せ始める。
その声色は苦渋、怒りよりも悔しさが多い。
「ふーん、自分の本質が気付かない内に変わりかけていた事を何一つ反論することなく、受け入れるのですか」
「本質が変わる? ……違うな。俺自身が成長しただけさ」
「確かにあなたは成長し、変わってきています。
しかし現状、その成長結果は肥大化しすぎて抑えきれなくなった慢心によって掻き消されている」
「そのクソでかい慢心のせいで、俺は自らの本質を見失ってたと?」
カムクラは答えない。赤い瞳を龍園に押し付けるだけだ。
「……ちっ、本当にムカつく野郎だ。………だが確かにそうだ、そうだったな」
感慨深い声をビーチに向けて吐き捨てる龍園。
その両手は強く固く握り締められている。
常ならば即座に振るわれるはずの拳は、動く気配すらない。
雰囲気と相まって何らかの感情が滲み出てることが分かる。
私は驚いている。なぜならばあの龍園が、異常なまでに勝利に拘るこの男が、こうもあっさりと自分の非を認めたからだ。
そんな彼は突然、深呼吸を始めた。
大きく息を吸い、呼吸を、心を整える。
そして強い眼差しを持って言葉を発した。
「……カムクラ、命令だ。内容は分かっているな?」
芯が通っている強い声。響いた言葉は、私たちの耳にも届いた。
「ノルマは1クラスだ。これも分かっていると思うが、俺は結果のみ求める。
それ以外なんていらねえ……せいぜい俺の期待を裏切るんじゃねえぞ」
「くだらない寸劇でしたね。採点すれば100点中35点といった所でしょうか。
ギリギリ赤点回避。しかし、あなたらしさは出ていました」
龍園は不敵な笑みを返した後に臣下たちの方へと、カムクラは王命を授かった後に森の方へと、お互い同時に向き合った。
ビーチの潮風によってカムクラの髪が靡く。
腰まで届く非現実的な長髪が放つ異質感。
有している実力は「王」すら黙らせる。
その赤い瞳はもう、森の奥を見据えていた。
───私は今、ある絶望に気付く。
普段は表舞台に立たないこの男が、自らの意思で動き出したという絶望だ。
今まで彼を縛っていた我慢という鎖は消えた。
退屈で仕方なかったため、彼が限界を迎えた。
ゆえに彼は『暇潰し』を始めた。
その結果、他クラスがどんな被害、どんな絶望を被るか、少しだけ想像してしまった。
他のクラスが未だに話し合っている中、彼はたった1人、森の方へと歩いていった。
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カムクラが森へと去っていった。
Cクラスの二大巨頭……と呼んでいいのか分からないが、そのうちの一人がこの場から消えたのだ。
すなわちそれは、龍園 翔という支配者に対して、真正面から意見をぶつけられる人間がいなくなったことを意味している。
つまり、本格的な独裁の始まりだ。
「おいお前ら。分かってると思うがリーダーはこの俺がやる。文句はねえな?」
ドスの利いた声が響き渡る。
それは少しだけザワついていたクラスメイトたちから一瞬で言葉を奪った。
まさに鶴の一声だ。
「沈黙は肯定ってやつだな。
さて、まずは1つ目の命令だ。お前らだけで現状の問題を話し合ってみろ。時間は……7分程でだ。
その間、俺はこの試験での勝利を掴むための策を考える。
司会進行は金田、お前がやれ。お前なら上手くやれるはずだ。
坂上、度が過ぎそうだったら止めろ」
「分かりました、龍園氏」
「ええ、教師としてそれは当然の行為です」
キノコ頭に眼鏡といういかにもオタクっぽい生徒と坂上先生は、殆ど同時に眼鏡を元の位置にクイッと戻しながら応える。
そして龍園は宣言通り、黙り込んだ。
彼はクラスメイトから少し離れた所で腕を組みながら悩んでいる。
「時間も有限なので早速始めましょう。テーマは現状の問題。
つまりこの試験においての不満、障害を話し合い、纏める。それが目的なのですが、何か意見のある人はいますか?」
金田が皆に向けて丁寧にそう切り出す。
身体能力こそ低いが、学力は高い。
カムクラという例外を除けば、Cクラスで1番勉強の出来る椎名と良い勝負が出来る男だ。
それでいて狡猾で用心深い。龍園に気に入られたのはそこが大きいだろう。
「大問題があるじゃない」
手を上げてそう言ったのは真鍋 志保。
彼女は……龍園の暴力に脅えて賛同している生徒の1人だ。
「トイレよトイレ! あんな段ボールでどうやって7日間も過ごすのよ!」
もっともな意見だ。
先程、坂上先生の言った事を噛み砕いて言ったが、トイレについて説明する事を忘れていた。
この試験で支給されたトイレは段ボール、もとい給水ポリマーシートで行うそうだ。
何だその謎の単語はというと、早い話、組立て式の簡易トイレだ。
災害時にすら使われるものらしく、かなり有用性が高いらしい。
「これは決定事項よ。あんなのでトイレなんて絶対無理なんだから!」
龍園というか、自分より明確に強い者がいないとこうも強気な女だ。
こいつは好きになれない。なる気もない。
「落ち着いて下さい真鍋氏。この話し合いは決定事項を推すものではありません。龍園氏に伝えるべき事を纏めるためのものです」
ヒステリックになりかけてる真鍋に対し、状況を理解している金田は正論のコトダマを発射する。
「わ、分かってるわよそんなこと。ト、トイレの事はちゃんと龍園くんに伝えなさいよね!」
「ええ、承知しております。では他にはありませんか?」
真鍋は龍園の名前に肩を跳ね上げ、分かりやすく気弱な声になっていた。
その後、金田がもう一度仕切り直すと、再び誰かが手を挙げて意見を述べる。
「この試験ってさ、要はサバイバルなんでしょ? じゃあさ、とりあえずキャンプ経験者探してみれば?
そういうのに慣れてる人とかいたら、龍園くんも楽できるんじゃない?」
「なるほど……確かにそうですね。では、キャンプ経験やそれに近い経験のある人は手を挙げてくれませんか?」
金田の問い掛けが終わるとすぐに、3人の生徒が手を挙げた。
「3人ですか……意外に多い。これはラッキーですね」
確かにラッキーだ。これで無駄なポイントを省きながらこの試験に対策を立てられる可能性が上がった。
「では他にありますか?」
「いや、もう十分だ金田。良くやった」
いつの間にかこちらに戻ってきた龍園が金田の進行を制止した。
まだ数分程度しか話をしていないが、龍園は戻ってきた。
予想以上に早く彼の考えが纏まったらしい。
「クク、色々と伝えることがあるが、とりあえず後回しだ。お前ら全員俺に付いてこい。『拠点』を決めた」
不敵に笑う龍園に逆らえる奴はカムクラしかいないので、皆黙って付いていく事を決める。
私は他のクラスの様子を窺ってみる。
AクラスとBクラスは既に森に入ろうとしており、私たちCクラスは彼らに少し遅れるように森へと向かうことになる。
Dクラスはというと、まだ話し合っていた。
「あ、あの龍園さん」
「なんだ石崎、何か文句でもあんのか?」
「い、いいえ、そんなことはありません。ただここから移動したら、カムクラさんが迷ってしまうのでは?」
「ほっとけ。あいつの事だ、どうせ勝手に戻って来る」
気持ちの篭っていない適当な返事で石崎の質問に答えた。
本当にどうでもいいと思っている発言なのか、あるいは信頼しているがための発言なのか。
そんな雑感を抱いた後、私は遅れないように集団の後を追っていく。
数分後に森を抜けると、目的地に到着した。
着いたのは───浜辺、すなわちビーチだ。
海に沿うようにヤシの木と思われる植物がそびえ立っている。
それ以外の障害物はない。青く澄んだ海が私たちを歓迎していた。
「はっ?」
私はその光景を見て混乱した。
そのため素っ頓狂な声が出てしまい、少し恥ずかしい。
「勘の良い奴は驚いてやがるな。クク、揃いも揃って愉快なアホ面だ」
イラッとしたので文句を言ってやろうと私は龍園に近づいて行く。
「ねぇ、どういうこと? この場所じゃ───」
「───見渡しが良すぎるか?」
「……そうよ。あんたが何の目的もなしにこんなバカな事をするとは思えないんだけど」
「クク、伊吹、俺を嫌う癖におれへの評価は存外高いようだな。
大正解だ。確かに、俺は何の目的もなしにここを選んだ訳じゃねえ」
イライラと感情が昂りかけるが、抑え、彼の真意を聞くために集団の方へと下がる。
「注目しろ。今からお前らに今回の特別試験を突破するための策を伝える」
彼の言う通り、全員が同じ動きをする。
そして王の伝令を待った。
「お前ら───全力で楽しむぞ」
───は?
こいつは何を言っているんだ?
この場にいる全員は唖然としている。
そんな中、沈黙が不意に破られた。
「……もしかして龍園くん、全てのポイントを……」
「冴えてるじゃねえかひより。そうだ。俺は今日1日で300ポイントを使い切る」
「やはり、そうですか。肝はリーダー当てですね?」
「クク、やはりお前は放置しておくには惜しい存在だな」
透き通るような薄水色の髪を持つ少女は沈黙を破った後に、龍園と対等のように話している。
彼女はこの学校における唯一の女友達、椎名 ひよりだ。
賢い彼女はすでに龍園のプランを理解したようで、その答え合わせをしていた。
というか、今とんでもない単語聞こえたけど聞き間違いじゃないよな?
「だがひより、今回の策はそれだけじゃねえ」
「と、言いますと?」
「クク、それはもう少し時間が経ってからだな」
龍園は椎名との話を切り、彼女を下がらせる。
「なぁ石崎、お前はこんなバカ暑い中サバイバルをしたいか?」
「え? ……い、いや、出来るならやりたくないっす」
「そうだよな。だが他のクラスは皆で協力し、出来るだけポイントを増やそうと考えるだろう」
当然の事を言って龍園は笑う。
それこそ、この試験が要求している本来の趣旨だと思っていた私は心の中で龍園をバカにする。
「ま、待ってよ龍園くん、本当に300ポイント使っちゃうの? それで差が縮まっちゃったら……。
そもそも、この試験の内容ってサバイバルじゃないの?」
「安心しろ西野。策はあるって言っただろ? それに、この試験の本質は『サバイバル』じゃねえ。そうだよな、坂上?」
坂上先生は龍園の問いに対して会釈を返す。
彼はその会釈を確認し、いつもの不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「この試験の本質は『自由』。だから俺はそれに沿ってこの策を考えた。その策を今から言う。
────俺たちCクラスは2日間全力で遊び、
初日で300ポイントを使いきる事で、出欠確認やマイナスになるペナルティーを全て無視できるわけだ」
爆弾発言は聞き間違いじゃなかった。
彼は「自由」というテーマに沿って全てのポイントを初日ではき出すそうだ。
……気に入らない。本当に気に入らない。
しかし、正直この作戦は私たちのような凡人には思い付かない。0ポイントより下にならないっていうルールを上手く使った策とも言える。
だが、それはポイントが減る事を容認する理由にはならない。
ポイントが減ったせいでDクラスになってしまうことだってありえるのだ。
「反論のある奴は今言え。すぐには暴力で訴えねえから安心しろ」
「反対よ」
彼が暴力に訴えようが訴えなかろうが反論するつもりだった私は、再び1歩前に踏み出す。
「あんたの作戦じゃ、今は楽しくても後々辛い。
300ポイント使い切ったら上のクラスとの差は埋まらない。
下手すればDクラスにすら追いつかれる可能性だってある。それは嫌だ」
「真面目ちゃんの意見だな。だが安心しろ伊吹、俺もDクラスに落ちるのは御免蒙る。
そうならないために必要なことは既に考えている。
その肝が今回で言えばリーダー当てだ。全員がリタイアしたと思わせれば油断してやりやすいだろ?
クク、7日間もちまちまと努力しても、残せて150。その程度のポイントなんて他の所で取り返せる。特別試験は1回じゃないしな」
マニュアルを見ながらそう言う龍園の計算はあっているか分からないが、150も残せれば大した量だと思う。
けれど、特別試験は1回じゃないという未来を見据えた自信満々な発言を聞くと、彼の方が私や他の生徒より広い視野を持つと嫌でも認識させられ、本当に大した量ではないのかもしれないと思ってしまう。
「伊吹、リーダー当てのメリットを言ってみろ」
「……1クラスにつき、リーダーを当てればプラス50ポイント。それが全クラス分当たれば150ポイント貰えること」
「そうだ。だがここで忘れちゃいけないのは、実質的にはその倍のポイント変動が起きてるってことだ」
「……リーダーを当てられたクラスはマイナス50ポイント」
「その通りだ。例えば俺たちがBクラスのリーダーを当てたとしよう。
その時、Cクラスはプラス50ポイントされ、同時にBクラスはマイナス50ポイントされる。
ここで縮まった差は100ポイント。
つまりリーダーを当てれば実質的に100ポイントのダメージがいく。
ポイントが増えるだけでなく、敵のポイントを減らせる。
これは手っ取り早くクラスポイントの差を埋められる方法だろう?」
やはり龍園の策には裏があり、納得のいく内容だった。
早い話、彼は他クラスが「防御」に重点を置く中、「攻撃」に重点を置いた策を立てたのだ。
我慢なんて面倒するより、楽をして上のクラスとのポイント差を埋められる策だ。
やる価値はある内容。少なくとも大惨事を起こさない限り、他のクラスとの差は開かない。
150ポイントを得るという大成功が決まれば、上のクラスとの差はかなり縮められる。
そして大惨事も───カムクラと龍園が力を合わせればまず間違いなく起きないと個人的に思う。
「……納得はした。で、肝心のリーダー当てはどうやってすんの?」
「リーダー当ての策は少数精鋭を選んで、その選んだ奴らだけに伝える」
一応、何かしらの策があるらしい。
「まだ、反論はあるか?」
手を挙げる人間はいない。皆が王の作戦に多少とはいえ納得する部分があったからだろう。
「なら、楽しい楽しい遊びの始まりだ」
歪んだ笑みを見せる王は機嫌が良い。
彼は再びマニュアルを開き、必要なものを買い揃えていく。
男女で分けられるように仮設トイレを2つ、全員が安眠出来るようにテントや明かりを、クーラーボックスにBBQセットを3つ、甘い飲み物や菓子類、その他遊びに必要なものを取り寄せた。
特別試験が始まって数十分、彼は宣言通り、300ポイント全てを使い果たした。