いつも誤字報告して下さる方々、本当にありがとうございます。
浜辺から森の入り口へと歩くまでの僅かな時間、方角を確かめた僕は頭の中に『地図』を描く。
そして船上から見えた場所の位置を把握した後、スポットである可能性の高い地点へと駆けていく。
まだどのクラスの生徒もこの森の中にいない今、だからこそ急いで向かわねばならない。
「この木といい、この道といい、よく手入れされていますね」
人間程度の大きさが通り抜けられる道がいくつか整備され、ある程度まで高さが調整された極相林。
人間の手が加えられたそれらを見渡した後、僕は1度立ち止まる。
そしてすぐに、心地よい空気が充満しているこの空間で大きく息を吸った。
十分な酸素が肺へと流れ込み、血管を通じて力が巡り始めた。
力強い1歩を踏み出す。
一陣の風のごとく、数歩で全速力に到達する。
そのまま近くにある手の届きそうな枝へ跳躍し、力を込めた両手で掴んでぶら下がる。
飛びついた勢いと慣性を利用して、器用に身体を捻って枝の上へ降り立つ。
それによって先程より高い視点からモノが見えるようになりました。
なぜ木に登ったのか、その理由は2つ。
1つ目は、日常を過ごす普通の人間にとって、『上下』というのは左右と比べて警戒しにくいからです。
所謂、死角。よくよく意識していなければ、何もわからない場所。
よって、相手から身を隠すには打ってつけだ。
2つ目は単純にこちらの方が移動に便利であり、こうして高い位置から周囲を見渡せるからです。
ついでに言えば、『足跡』がつかないのも良い。
僕は足に力を込め、木から木へと跳躍していく。
身体能力の才能を掛け合わせて使います。
体操部、軍人、暗殺者、パルクーラーなどの才能を用いた俊敏な身のこなしで。
格闘家やレスラーの才能を用いて効率良く出した握力と腕力で。
止まることなく忍びのように樹上を渡っていく。
前を進むに連れて、強い潮の香りのする生温かい風が髪を揺らす。
自然のそよ風と太陽の光を遮る木々のおかげで、先程まで蒸し暑かった空気が多少涼しくなった。
そのまま高速移動すること約1分、目的の場所を見つけました。
船上からの一望でも、やたら目立っていた場所。折れた大木があり、その根元からさらに森の奥へと進める場所。
補足説明を聞いた時点で、確実にスポットがあると特定したのは、この大木と石で囲まれた洞窟だ。
理由はどちらも周囲から身を隠せる空間があり、拠点を築くのにも適した場所だからです。
そういった場所には『入口』が少ない。
つまりは、見張るべき箇所が少なく済む。
特に内部にある占有用の機械を使って、外部からの視線を気にせずスポット占有の更新が出来る点は魅力的です。
ゆえに2つとも、この特別試験において最適解と言える場所でしょう。
この大木付近を、僕は少しだけ探索してみた。
すると驚くことに、入口が2つしかなかった。
それも「ここが入口だよ」と分かりやすく作られたような入口。
ここまであからさまだと、中に何かあるのではと警戒しそうになる。
一通り見終えた後、僕は大木の内部に踏み入る。
深い森の中を続く道は凹凸が見え、やや歩きづらそうだ。
木の上を進むと、井戸とスポット占有用の機械が設置されていた。
やはり僕の推測通りだったようだ。あとは此処を訪れるクラスを待つだけ。
待って───キーカードを見れば良いだけだ。
予想外の事態とは突然起こる。自分の視野外から向かってくる。
この試験でリーダーを当てられるのは絶対にダメだ!と警戒していようと、一瞬の油断から生命線を絶たれる可能性があるのだ。
物事の始まりと終わりは、一般的な人間ならば、簡単に油断してしまう。
今回、僕はそこを攻めた。
───あぁ、ツマラナイ。
こんな試験の勝ち方なんていくらでも思い付く。
攻めも守りも全てのパターンが頭の中に浮かぶ。
そうやって無意味で無価値な時間の流れに黄昏ていると、僕が先程侵入した入口の方から複数の声が聞こえてきた。
話し声の内容は分からないのでまだ遠くにいると推測する。
「思っていたよりも早かったですね」
そんな独り言を零しながら、もう1つの入口へと身を寄せる。
スポットを占有する人間、つまり「リーダー」を視認でき、なおかつ迅速に逃げられる位置から様子を窺う。
体勢と呼吸を整えると、僕は気配を潜めた。
「それにしても、さっすが一之瀬委員長だよな!
船の上からこの場所に気付くなんて……俺なんか船がめっちゃ揺れてるってしか思ってなかったよ」
「あの放送と船の動き方や速度が妙だったからさ、もしかしてって思って島を見ていたんだよね〜。
そしたら偶然、ここが目に留まったの」
纏まりを保つ生徒たちがこちらに歩いてくる。
「ぐ、偶然でも凄いよ!」
「千尋ちゃんそんな事ないって〜」
「謙遜もしすぎると嫌味に聞こえてくるぞ一之瀬。それに運も実力の内と言うだろう?」
「うーん、たしかに神崎くんの言う通りかもね〜。ふふふ、みんな、私の運に感謝するが良い!」
「運に感謝するって、なんか感謝した気にならねえな」
笑顔で会話しながら、楽しそうに歩く集団。
そんな明るい彼らの中心には、よく手入れされた艶のある薄桃色の髪と高校生とは思えない豊満な美貌を持つ少女がいる。
Bクラスの実質的なリーダー、一之瀬 帆波だ。
「あっ、一之瀬さん!あれってスポットの機械じゃない?」
「え!?……本当だ!網倉さんお手柄だね〜」
「これこそ偶然だよ一之瀬さん」
朗らかな笑顔と陽気がBクラスの輪に広がる。
彼らにとって笑顔とはセラピーのようなものか、とツマラナイ感想が頭の中を過ぎる。
程なく、Bクラスが機械の前に集まった。
一之瀬さんは皆を先導し、休憩を提案する。
加えて、休憩してる間にリーダーを誰にするかの意見を考えてくれという合理的な連絡を伝える。
そしてBクラス全員が一斉に考え始める。
真剣かどうかは置いておくが、全員が多少は悩んでいる。クラスのためを想って脳を働かせている。
そのまま2分ほど経った。
「みんなどうかな?」
会議の音頭を取るのは、やはり一之瀬さん。
少しの立ち居振る舞いだけでも、彼女の魅力的なプロポーションが輝く。
「俺から良いか?」
「はい、神崎くん!」
「この試験において、リーダーは当てられてはいけない存在ってのはみんな認識してると思う。
だからリーダーを決める際は、普段から目立っている生徒はやめた方が良いと思う」
神崎と呼ばれた男子生徒は表情を変えることなく自分の意見を堂々と言う。
「その意見、良いと思う!」
「私もそう思う!」
1人、2人、3人……と賛同者が増えていき、彼の意見はクラス全体の意見へと変わっていく。
「だけど、逆転の発想で目立つ人でも良いんじゃない?」
「うーん、それって結構リスキーじゃない?一之瀬さん」
「そうなんだよね〜。でも、だからこそ予想外とも思わない?」
「……その作戦もありだけど、やっぱり初めての特別試験だからさ、今回は様子見をかねて神崎くんの作戦が良いと思う」
「それもそっか……うん、やっぱり神崎くんの安全策でいこう!」
「賛成〜」
本当に、統率が取れた良いクラスだ。
意見の対立も起きているが、揉め合うことなく、解答の質を全員で高めている。
龍園くんのような絶対的支配者はいないが、リーダー的なポジションに立つ一之瀬さんに纏められ、それでいて彼女にもしっかり意見を飛ばす。
まさに理想的な社会の縮図、一之瀬 帆波の人徳が為せる技ですか。
「じゃあ今からリーダーを決めるね。リーダーやっても良いよっていう人はいるかな?」
「……い、一之瀬さん、私やっていいかな?」
手を挙げたのは、ややボーイッシュな女子。
───ツマラナイ。
結局、今回も僕の幸運が働き、こうも簡単に目的が完遂しかけている。
リーダーを当てる時に必要なものは、リーダーをしている人物のフルネーム。
他クラスの生徒の名前なんて殆ど知らない僕ですが、“彼女”の事は知っている。
「千尋ちゃん、本当にいいの?」
「うん……私ならあまり目立たないし、それにみんなの役に立ちたいの」
ショッピングモールで出会った少女、白波 千尋は僕に気付くわけもなく、笑顔でそう言う。
「良いんじゃないか?白波はみんなのためにやってくれるんだ。それを責めることなんてない」
「うん、そうだよ!それに真っ先に立候補するのは勇気いるから凄いよ!」
「……あ、ありがとう」
以前よりも萎縮した態度の彼女は随分と弱気だ。
どうやら大勢の前に立つのが苦手らしい。
彼女は他の生徒たちからの賛美に嬉しさと戸惑いの半分を見せている。
反発なく、彼女を受けいれてくれる良いクラスだ。
しかし、今まさに危機が迫っていることに誰も気付いてない。いや、気付けない。
「いや〜、青春だねえ〜」
胡散臭いセリフを言った人物は、Bクラスの担任であり、保健医を担当している星之宮先生。
「先生、ちょっとおばさんくさーい!」
「こらこら、先生まだ20代だよ〜」
女性に年齢の話はタブーと言われるが、そんな事関係なしと言わんばかりに笑う。
このやり取りが談笑と見えるくらいには生徒たちと仲が良い先生のようです。
「はい、白波ちゃん。カード出来たよ」
日常生活ではあまり見慣れない機械を使って、キーカードが発行される。
この距離ではカードに記載された名前は読み取れないが、そのカードを白波さんが受け取ったことは分かった。
「じゃあ、ここ占有しますね」
ピッ、というこの場に合っていないようで合っている機械音が流れる。
これであの井戸は、Bクラスだけが使えるようになったわけですか。
僕は───白波 千尋がキーカードを使った場面を視認した。
「よーし、今度は探索チームのグループ分けだね!」
一之瀬さんがそう宣言する中、僕は超高校級の諜報員の才能を用いて気配と足音を完全に断ちながら移動する。
木の上を誰からも気付かれないように降り、そのままもう1つの入口から出ていった。
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Bクラスが占有した場面を確認した後、僕は次にスポットがあると睨む洞窟へと立て続けに向かう。
ここからは少し離れているので、先程よりも速く木の上を進んでいく。
木から落ちるなんてミスなどなく、目的の洞窟へと到着した。
しかし、今度は侵入することは出来なかった。
なぜなら、既にこの場所は1つの集団、いや対立する二つの集団によって陣取られていたからだ。
近くの木の枝に右足を上げて腰掛けた僕は、そこからその光景を眺めていた。
それなりの距離を移動してきたためか、額に汗が滲んでいる。
水分を取れない上にこの暑さの中で走り回れば、さすがの僕でも消耗します。
僕はジャージの袖で額を拭って、自身の髪以外で視界に入るモノを排除した。
少しの間は身体を休めよう。しかし脳は働かせ、次に何をするかを考える。
太陽から降り注ぐ強い陽射しによって温められた周囲は若干熱いが、潮の香りが鼻につき、塩分の強い風のおかげで体温調節が出来ているため、思考は乱れない。
とりあえず、僕がやるべき事は彼らのお話を聞くことでしょう。
先程から啀み合っていただけの2つの集団がとうとう口論に発展したので良いタイミングだ。
僕はゆっくりと木から降り、彼らの会話が聞き取れる位置まで忍び寄っていく。
「もう一度言うが、今回の試験はオレが指揮を取らせてもらう」
「反対だね。さっき聞いたあんたの作戦は守りを重視しすぎている。
それじゃあ、ここで更に開くことの出来る差を潰すようなものだ」
「差なら既に十分開いている。これ以上開こうとしてリスクを無駄に背負う方が、クラスにとって悪い結果をもたらしかねない」
金髪オールバックの男子とスキンヘッドの男子が意見を言い合っている。
背丈はスキンヘッドの男子の方が高いが、そんな彼に対しても1歩も引く気がない金髪オールバックの男子。
険悪な雰囲気が、その集団全体を覆っている。
Bクラスの纏まりを見たばかりなので、少しだけ違和感を覚えるが、これが本来あるべき形のクラスなのでしょう。
───対立。しかし悪いことではない。
「坂柳さんがいないから今がチャンスだと思ってんだろうが、オレたちはお前につく気はない」
「そうだろうな。だがつく気がなくても集団行動はしてもらう。
クラスが分裂するのは悪い結果になりかねない。お前たちだってそれは嫌だろう?」
「またそうやって決めつけか。オレたちがお前を“陥れる”ために、わざと負ける行動をするとは思わねえのか?」
「……橋本、それは本気で言っているのか」
「どうだろうな」
未だに収束する気配はない。
堂々と“裏切り”を宣言するような発言まで飛び交ってるこのクラスは、もはやクラスとして成立していないことが分かる。
この様子からすると、恐らくリーダーすら決めてないのでしょう。
僕はそんなツマラナイ光景に飽きが生じ始める。
が、それでもリーダーを知る良い機会になるのでもう少しだけ辛抱強くなることにした。
「葛城さん。こんな奴らの事は無視して、オレたちだけでリーダーを決めちゃいましょう!」
「ダメだ。そのやり方では彼らの意見を全否定しているのと変わりない。それでは前に進めない」
「ははっ、本当に良い人だな葛城くんよぉ〜。そういうとこは嫌いじゃない。
でも根本的に合わない人間だっていることを覚えたらどうだ?そこの『お荷物』が言うように勝手に決めた方が良いんじゃねえか?」
「何だと橋本!お前は俺より成績が低いくせに俺をお荷物扱いするのか!」
平凡な顔をした男子が怒りを向ける。橋本と呼ばれた金髪オールバックの男子生徒はそれを嘲笑う。
「戸塚、成績ってのはテストのことか?」
「そうだ!それ以外に何があるってんだよ!」
「ははは!過去問を使ってやっとの奴が何を言ってんだよ」
「う、うるさい!それも実力の内だ」
戸塚と呼ばれた男子の主張に、橋本という男子は腹を抱えて笑う。
───もういいか。これ以上は時間の無駄。
まさかここまでツマラナイとは思っていませんでした。
あの葛城という男は素晴らしい能力の持ち主で、皆から一目置かれている厳格なリーダーだろう。
だがダメだ。在り方が規則的すぎる。
そして何より僕と彼、もっと言えば彼と坂柳さんは正しく水と油だ。
対立する理由がよく分かった。
真面目で真っ直ぐな人間。仲間であれば誰にでも手を伸ばす立派な人物。
狡猾な思考を持ち、物事を様々な角度で見られる視野から情報を取り入れ、常にベストな選択をする坂柳さんとは違う。
彼女の思考に人道的な問題はあまり関与しない。そして葛城という真面目な男なら、それに噛み付くはずだ。
仲間割れをしている内は何の障害にもならないと結論付けた僕は、再び木の上に登って最速の移動を開始した。
「とりあえずクラスリーダーはこちらで決めるが、構わないな」
木の陰からカムクライズルが消えてから数分後、未だにAクラスのリーダーは決まっていなかった。
「はぁ……しょうがないから譲ってやるよ。皆も良いな?」
橋本は坂柳派のクラスメイトたちに向かって確認を取る。
それに対し、彼らはみな渋々といった顔を隠さずに生返事した。
そんな態度を取られてか、葛城派のクラスメイトたちは激怒の表情になっていく。
またもや一触即発の空気だ。
「でもその『お荷物』がリーダーをやるのは勘弁してくれよな葛城くん」
「お前っ───」
「落ち着け弥彦。……橋本もその呼び方は止めろ」
強い口調でそう返すと、橋本はお手上げと言わんばかりに両手を上げて了承した。
戸塚はそんなふざけた彼の態度に、もはや並々でない憤怒が溢れ出しかけていた。
「クク、Aクラスともあろう奴らが、まさかリーダーすら決まってないとはな」
戸塚が橋本に罵声を浴びせようとした寸前、それは独特な笑いをする人間の登場によって遮られた。
すぐさまAクラスの全員が、その男に注目する。いや、警戒する。
「……なぜ貴様がここにいる」
「それを伝えるために来たんだよ」
次から次へと問題を対処してきた葛城には若干の疲労が窺える。
対して不敵に笑う男は、後ろで荷物を持つ数人の部下たちにその荷を下ろさせた。
そんな余裕の態度がAクラスの警戒をさらに強めさせる。
「単刀直入に言うぞ葛城。───オレと手を組め」
ゆっくりと、だが確実に前へ進む男に止まる気配はなかった。
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「さっきも言ったけどトイレがないのは無理!あんなダンボールでどうやって7日間も過ごすのよ!」
「さっきも言ったが我慢するしかない。感情論で動くな」
「私は女の子として当然の要求をしているの!」
眼鏡をかけた真面目そうな男子と平均的な身長で黒髪ショートボブの女子が啀み合っている。
「落ち着いて、篠原さん、幸村くん。ヒートアップしすぎだよ」
「そうだね。さすがに熱くなりすぎだよ篠原さん」
1年のベストカップルと名高い美男美女の2人組が啀み合う2人に制止の声を掛ける。
「今日はここにいろと私の勘が告げている。……ハハハハハ!」
「……高円寺くん、少し黙ってもらえないかしら」
「おっと失礼、クールガール」
蒸し暑い中、ジャージを上まで閉めている黒髪の美少女は、派手に高笑いをする金髪の男子に振り回されている。
「高円寺は戻ってたみたいだな」
「う、うん。そそそうだね!」
無表情で地味目な男子に対して、緊張した様子を見せるピンク縁の眼鏡をかけた女子はバイブレーションモードの携帯のように震えている。
混沌としか言いようがない光景が広がっていた。
Aクラスの監視を切り上げた後、僕は龍園くんが作った拠点の位置を一番高い木の上から確認して、そこまでの最短経路を進んでいた。
しかしその道中、散り散りになっている生徒たちを見つけた。
動き方から推測しても、恐らくは拠点となる場所及び、スポットを探しているのでしょう。
A、B、Cのクラスの位置は確認していたので、今散開しているクラスは『D』だと結論付ける。
彼らのリーダーは知らなかったので丁度良い。
僕は散っている集団の内、やや大きめな集団の後を追っていった。
幅広く、下流まで続いているだろう川辺に着いた。どうやら彼らはここを拠点にするらしい。
水を利用できるという大きなメリットを獲得した一方で、360度森に囲まれ、茂みや木の上に隠れた存在に気付けないというデメリットもある場所。
整備されたように開けたこの空間も人工物だ。
中々良い場所を見つけたなと少し感心する。
キャンプ経験者でもいたのでしょうか?
そしてそのまま他の集団が合流して大きくなるのを待っていると、啀み合いが始まった。
Bクラスのような纏まりはなく、一人一人が自由にしている。
DクラスもどうやらCクラスに負けず劣らず、個人主義な生徒たちが多いようだ。
「みんな、一旦落ち着いて!まずはリーダーを決めようよ!」
声帯を調整してよく通る声を発したのは、金髪で身長こそ平均的だが、モデル体型の女子。
詐欺師の才能を持つ少女、櫛田 桔梗だ。
彼女は皆に集まるように呼びかけて円を作らせると、少し声量を下げて会話を始めた。
「私ね、色々考えてみたけど、平田くんや軽井沢さんは嫌でも目立っちゃうと思うの。
でもリーダーを任せるなら責任感のある人じゃなきゃダメだとも思ってさ、この2つの条件に合った人が良いと思う!」
相変わらず大した技術ですね。
抑揚を付けた聞き取りやすい声に、演説のように自身へと注目を集めて話すやり方。
やはりその場しのぎで何とかなるものじゃない。
纏まりがなかったDクラスが、それなりとはいえ集団の形を成していった。
「良い意見だよ櫛田さん。僕もその条件を満たしてる人が良いと思う」
「でも平田くん、そんな人いるの?しっかりしてるけどあんまり目立たない人。
うちのクラスって個性的な人が結構多いから心配なんだけど……」
「大丈夫だよ軽井沢さん。僕が思うに1人だけその条件に当てはまる人がいるからね」
「うそ!?さすが平田くん!よく見てるね〜」
ベストカップルにしては随分よそよそしい態度を見せている2人に、僕は少しだけ怪訝に思った。
大分前に恋愛の事を考えたが、その時の観点から推測すると、彼らの関係は恋愛関係と呼べるものか甚だ疑問ですね。
少しだけ興味が湧いたが、今は仕事を熟すことに意識を集中させます。
「で、誰なの誰なの?」
「僕はね、堀北さんにリーダーをやってもらいたいんだ」
堀北さんというのは、暑苦しい恰好になっている黒髪美少女だ。
候補に挙げられた彼女は、冷静な態度で生徒たちの反応を窺っている。
「おい平田。嫌がってんじゃねえか無理強いさせんなよ」
「無理強いはさせないよ。当然、堀北さんの意思を尊重するさ」
「……なら良いんだけどよ」
平田という男子の意見に噛み付いたのは、暴力冤罪事件の被害者である須藤 健だ。
あの事件以来、彼は自分を見つめ直したらしく、もう暴力を振るってないそうだ。
そんな彼は今、堀北さんを庇うように前に立って牽制するように睨む。
まるで彼女のボディーガードのようだ。
「問題ないわ。平田くん、私が引き受けましょう」
庇わなくて結構と言わんばかりに、須藤くんの前へと1歩踏み出した堀北さんは毅然と答える。
随分と強気な人ですね。守られる気など一切ないらしい。
「ありがとう堀北さん」
顔が整っている平田という男子によって繰り出される笑顔は強烈で、幾人かの女子の心を仕留める。
が、堀北さんはそれに動じないでクールな表情を保っている。
その後、彼は生徒たちと同じジャージを着た大人の女性に話しかけた。
「茶柱先生、キーカードを作ってください。リーダーは堀北さんです」
「ああ、分かった」
リーダーという重要な役割が決まって、安心した表情を見せる生徒がチラホラと見え始める。
が、僕はその言葉をしっかりと聞いていたのだ。
ツマラナイですね。結局は、僕がなると思う方に結果が傾く。
そう僕は考えていた。次の言葉を聞くまで。
「───少し待ちたまえスクールメイトたちよ」
明瞭に響き渡った男子の声が、この場にいる全員の意識を集めた。
彼の発言によってキーカード作りは中断される。
「どうかしたの、高円寺くん?もしかして私がリーダーになることに不満があるのかしら?」
「それはNoさ、クールガール」
少しだけ神妙な顔をして答える男、高円寺 六助は嘘をついていない。
そんな彼に、僕はまさかと期待を込める。
自由人であり、傲岸不遜の塊のような人間である彼が珍しくクラスのために動こうとする。
予想外だ。常軌を逸した変人は中々楽しませてくれるかもしれない。
「じゃあ一体何なの?」
「クールガール、あれが見えるかい?」
高円寺くんはそう言いながら、目線の先にある木の上へと指を差す。
その仕草に堀北さんだけでなく、Dクラス全員の視線がそこへ誘導される。
「良く目を凝らしたまえ。私ですら一瞬見落としてしまうほどだ」
「……え?……あれってまさか……」
「ほう、もう気付いたかね。中々目が良いじゃないかクールガール」
「…………高円寺くん、あなたいつから気付いていたの?」
「ついさっき、そして
口角こそは上がらないものの、気分が高まるのを感じた。
この時に僕は心の中で、高円寺 六助に対する評価を改める。
───完全に気配を消した僕の存在に気づいた事によって。
「あれって…………もしかして人か!?」
男子の1人がギョッとした表情でそう叫ぶ。
そう、指し示された方向、Dクラスの生徒たちが見ている場所には“僕”がいるのだ。
僕は何もミスを犯していない。
これでも常に諜報員の才能を使っていた。
なのに気付かれたという予想外の事態に対して、僕は瞬時にフル回転した思考で推測する。
まさか彼も───というある1つの可能性に辿り着く。
が、そう思案する内にゲームオーバーが近い。
Dクラスの生徒達が少しずつ僕のいる木へと躙り寄ってきた。
もちろん捕まる訳にはいかないので、逃走を始めようとする。
「安心して出てきたまえオブザーバー。なに、捕まえはしないさ。
この段階で私のスクールメイトを追い詰めた人間に、私は興味があるんでね」
走り去ろうとしている悪者に止まれと言って止まるだろうか。
屋内に籠っている犯罪者に大人しく降参しろと言って降参するだろうか。
命がけの学級裁判で犯人に挙手したまえ!と言って挙手するだろうか。
同様に、逃げようとしている僕に出てこいと言って出てくるだろうか。
答え───出てくる。
「ハハハ、やっぱりキミか───カムクラボーイ」
木の上から跳躍し、彼らと同じ地に降り立つ。
僕の登場に笑って歓迎する者。
驚きのあまり、目を白黒させる者たち。
古傷を抉られたように蒼褪める者。
苦々しさを隠し切れずに顔を顰める者。
そして、値踏みするような目つきで推し測ろうとする者。
やはり多種多様だ。
「一応、ご挨拶しておきましょうか」
絶体絶命にも思えるこの状況で、僕の方から先に沈黙を破る。
ビクリと身構える者が複数見える中、そんなことどうでも良いと言わんばかりに言葉を続ける。
「こんにちは、Dクラスの皆さん」
生温かい自然の風は、感情の篭もっていない人工的な声によって被せられ、聴覚に反応しなかった。