ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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plugxさんから素敵な支援絵をいただきました!
あらすじ部分に貼って起きますので是非見てください!


真意

 

 

 突然の来客。予期せぬ出来事。予想外の出現。

 

 今の状況に当てはめるとすれば、これらの言葉が相応しい。

 黒一色の長い髪を怪しく翻らせ、誰も予想してなかった頭上から一回転して降りてきた人間。

 

 たったそれだけの一連の動作で、この男の身体能力がDクラスでも1、2を争うほどの運動能力を持つ須藤 健より格上だとオレは理解した。

 あの動きをここまで軽快に出来るのはあの空間(・・・・)で育った人間でもひと握りだろう。

 

 そして火炎が燃え立つような、鮮血のごとき赤。

 警告を連想させる真っ赤な瞳は、Dクラス全員を見渡している。

 

 

「一応、ご挨拶しておきましょうか」

 

 寒気。

 無機質で感情の起伏がない声は、空間を凍らせるような恐怖を与えた。

 

「こんにちは、Dクラスの皆さん」

 

 挨拶とは、こうも冷や汗を流すものだったか。

 そう思いながら奴の挙動一つ一つに目を配る。

 奴に対してはこのくらいの警戒が必須だとオレは判断する。

 

 そして、金縛りみたいな沈黙が生まれる。

 平田ですら挨拶を返さない辺り、奴のことを余程警戒しているのだろう。

 

「Good afternoon カムクラボーイ。この私があえて聞こうじゃないか。何の用かね?」

 

 沈黙を破ったのはDクラス、いや学年一の自由人である高円寺だ。

 彼は普段と全く変わらない声色で奴に尋ねる。

 今回限りは彼がいてくれて良かったと、クラスの意見が一致しただろう。

 

「“リーダー”を知ろうとしただけですよ」

 

「ハハハ、キミは正直者だね〜。そして流石と言っておこうじゃないか」

 

 予想通りの答えだが、こんなにも行動が早いことにオレは驚く。

 クラスメイトたちも、ほぼ全員が驚いている。

 

 それより、何が流石だ高円寺。

 こいつは平然ととんでもないこと言ってんだぞと心の中で文句を言う。

 今回に限って味方になってくれたと思った自由人は、今日も平常運転のようだ。

 

「僕もあなたの事を評価しますよ。まさかあなたも『幸運』を持っているとは」

 

「当然さカムクラボーイ。私は生まれた時から『幸運』な高円寺コンツェルンの御曹司だからねぇ」

 

 奴の言葉にそう返して高笑いする彼は、大分機嫌が良さそうだ。

 というか、「幸運」を「持つ」って何だ?初めて聞いたぞ、そんな使い方。

 

 オレがそんな事を考えていると、カムクライズルは高円寺をじっと見つめて……いや、分析しているのか。

 

 奴は分析を終えると、小さい声で言葉を発した。

 

「……なるほど、貴方のは苗木 誠や狛枝 凪斗とはまた違った幸運ですか」

 

 さすがに距離が遠くて小声じゃ何を言ってるか分からないが、おそらく高円寺の評価か何かだろう。

 

「さて、カムクラボーイ。キミの登場のおかげで私は楽しめたよ。良い時間だった。いずれ食事にでも行こうじゃないか」

 

「構いませんよ。……では、僕はこの辺で失礼します」

 

「予定が決まったらこの私自ら連絡を寄こそう……アデュー、カムクラボーイ」

 

 

 特別試験でそんな日常会話をする異質な2人組。

 

 

 いや、待て待て待て。

 平然と帰る流れになっちゃったが良いのか?

 確かに奴はこれと言ってルールを破ってないし、悪い事もしてない。

 が、そんな簡単に帰させても良いのか?とオレは言う……心の中で。

 大勢の人がいる前で話すことは苦手なので、オレの思いを実行してもらうために、隣人の堀北をチラチラと窺う。

 

 すると願いが届いたのか、彼女はオレを少し睨んだ後で、深くため息をついて1歩前に出てくれた。

 やはりオレと同じ友達いない同士だとアイコンタクトだけで何とかなるなと失礼な事を思いながら、堀北を見守る。

 

「待ちなさい」

 

 はっきりとした制止の声がこの空間に響く。

 立ち去ろうとしていたカムクラはピタリとその足を止め、機械的な動作で振り返る。

 探るように揺れ動く赤い瞳は、堀北を捉えた。

 

「まだ何か用があるのですか?」

 

「あなたは他のクラスにも“こんな事”をしていたの?」

 

「ええ」

 

「そう……それは成功したのかしら?」

 

「答える必要性がありませんね」

 

 カムクラはそれだけ返すと、再び背を向けて歩き始める。

 その動きはゆっくりで、訊かれたら不味いことや後ろめたい事があるという訳ではなさそうだ。

 ただただ面倒だから、といった理由の方が適切だろう。

 

「おいお前!ちょっとは待───」

 

「───須藤くん、あなたは少し黙っていなさい」

 

 堀北は須藤を黙らせると、奴に“餌”のついた釣り糸を投げる。

 

「ねぇ、カムクラくん。あなたが掴んだ敵リーダーの情報、私に“10万ポイント”で売ってみないかしら?」

 

「堀北さん!?」

 

 堀北の意図に気づいてない平田は驚きから大声を上げてしまう。

 が、彼もそこまで愚かではないので、すぐに状況を察して黙り込んだ。

 

「ツマラナイ。見え見えの“罠”は張るものじゃないですよ」

 

「……っ!」

 

 堀北は苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

 そこには自らの策をいとも簡単に見破られたことの不満と悔しさが見て取れた。

 

 奴はこちらを見ることなく、歩みを緩めることもなく答えた。

 先程のように木には登らないようで、ただ平道を歩いていく。

 そのまま茂みの中へと曲がり、その後ろ姿は見えなくなった。

 

 奴は見え見えの罠と言ってたが、実際には堀北の罠はかなり良いものだった。

 10万ポイントという金額に誘われて一瞬でも立ち止まれば、奴が他クラスのリーダーを知っているという可能性が少しでもあると知り得たからだ。

 試験後に膨大なプライベートポイントを払うような趣旨の契約を結べれば、この試験を有利に進めることも出来たかもしれない。

 だが相手が悪かった。奴にとっては、堀北の策は一瞬という僅かな時間すら要せずに看破できることらしい。

 

「ごめんなさい。……失敗したわ」

 

 堀北は以前なら考えられない面持ちを少しだけ見せ、本当に申し訳ないとクラスメイトたちに向けて謝罪した。

 この態度の変化から、彼女は入学当初よりも成長したんだなぁと実感する。

 

「謝ることじゃないよ堀北さん。僕たちは動くことすら出来なかったんだから」

 

「そ、そうだぜ堀北ちゃん。あんなヤバそうな奴に話し掛けられたこと自体すげえよ!」

 

 コミュニケーション能力の高い平田と池が堀北をすぐさまフォローする。

 そして他のクラスメイトたちも、彼らに続いた。一瞬で堀北の周りに人が集まり始める。

 ……う、羨ましい──というのも本当だが、オレはそこで違和感を持った。

 

 彼女(・・)がいないのだ。

 いくら堀北の事を嫌っていても、自分の地位を守るために、こういう時にはいの一番に近寄ってくる彼女が。

 

 周囲をキョロキョロと見渡すと、すぐ近くで魂が抜けたように棒立ちになっている彼女を見つけた。

 小走りで近寄って、“前”のように異常が見られる彼女へ話し掛けた。

 

「大丈夫か櫛田?どこか体調が───」

 

「───悪くない。うるさいからどこか行ってくんない」

 

 近寄ると、彼女は自身の顔をオレの耳の方へと寄せ、「裏」の顔とドスの利いた声でそう告げる。

 そのあまりの変わりようにオレは驚いた。

 追求したかったが、さすがに今は…………と思い、そっとしておこうと判断する。

 なのでオレも堀北の周りにいる集団へ加わろうと踵を返した。

 

 しかし10人程いる中に飛び込める勇気などなく、端の方でゆっくりと時間が経つのを待つのはもはや伝統行事だ。

 ぼっち……いや1人の時間だ。この時間を大切にしていこうと再認識した。

 

 そんなくだらない事を考えていると、こちらに寄ってくる女性に気づいた。

 オレたち生徒と同じジャージに身を包んだ担任の茶柱先生だ。

 

「1人が様になってるじゃないか綾小路」

 

「……止めてくださいよ先生。オレ泣いちゃいますよ」

 

「そうかそうか、それはすまないことを言ったな」

 

 一連の会話の中で、彼女はクールな女性が見せる薄い笑みを浮かべていた。

 絶対Sだよなこの人、と心の中でクリップボードではなく鞭を持った茶柱先生を想像する。

 ……止めておこう。

 

 オレが失礼な妄想をしていると、彼女は真面目な顔つきで切り出してきた。

 

「分かっているな綾小路?『例の件』だ」

 

「……こういう所では話して欲しくないですね」

 

「申し訳ないとは思っている。だが───“奴”を越えられるのか?」

 

 奴、その指示語から導き出される人物は、1人。先程この場から消えた男、カムクライズルだ。

 

「Aクラスを目指すということは奴を越えること。それは必須条件です」

 

「私は出来る出来ないで訊いている」

 

 茶柱先生はより一層強い言葉で、オレから余裕を奪おうとする。

 

「……分かりません」

 

「そうか」

 

「……随分と軽いんですね。もう少し何か言われる事を覚悟してました」

 

「出来ると言っていたら、お前の言う通りになっていたさ」

 

 フッと薄く笑った後、彼女は言葉を続ける。

 

「これは私からのアドバイスだ。綾小路、奴には常に警戒を怠るな。あれは10年に1度……いや、100年に1度現れるかどうかの逸材だ」

 

「……そんな生徒がなぜCクラスなんですかね」

 

「……それは私も同感だ」

 

 棘のない声音から察するに、彼女なりの激励なのだろう。

 オレを動かそうとしてる彼女に対して、嫌な感情が生まれた時もあったが、今回はその不快感は湧かなかった。

 

 その言葉とともに、彼女との会話は終わる。

 そしてようやく、堀北の周りには人がいなくなっていた。

 

 なので、オレはそちらへと向かう。道中、堀北に睨まれながら近付くのは心臓に悪かった。

 

「茶柱先生と何の話をしていたの?」

 

「世間話だ」

 

「……嘘ね。まだそうやって“実力”を隠し続ける気なの?」

 

「オレにはお前の思っている実力なんてない。……何度言わせる気だよ」

 

「あなたが認めるまでよ」

 

「じゃあある」

 

「なら探索隊に行きなさい」

 

 堀北は薄く笑い、平田の方へと顔を動かす。

 それに気付いた平田は、悪意なんて1ミリもない笑顔をしてこちらに手を振る。

 

 ───謀りやがったな堀北!

 

 オレは心の中で全力で叫んだ。

 平田のあの笑顔を見て断れる人間なんて、高円寺くらいだろう。

 俺はそう結論付け、精一杯の眼力を使って堀北を睨む。

 

「私に“あんな役”を押し付けた罰だと思いなさい」

 

「……うっす」

 

 一睨みで敗北する。頭の中ではKO!という言葉とともにゴングが鳴っていた。

 オレは項垂れながら、平田の方へと向かった。

 

 

 

 ここまでのオレのやり取りを見ていたあの自由人は───不敵に笑っていた。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 Dクラスとの予定外の邂逅が終わり、僕は茂みの中を歩いていく。

 それにしても、高円寺 六助が御曹司の才能だけでなく、幸運も持っているとは。

 予想外でした。

 今の龍園くんの実力では、少々荷が重い相手だと認識する。

 

 ───『幸運』とは、揺れ幅のあるものだ。

 苗木 誠の幸運も狛枝 凪斗の幸運も、そして僕の幸運も同様だ。

 

 分かりやすく数値化し、幸運の上限を100、下限を-100として考えてみましょう。

 この時、常人の平均値は0とし、揺れ幅も100から-100とかなり大きいものとします。

 

 苗木 誠のは平均値が「-30」程度で不運寄りですが、不規則な波によって「100」を優に超す幸運。

 狛枝 凪斗のは「-100」の不運が発生した後に「100」の幸運が待っている。つまり、代償を必要とする幸運。

 僕のは平均値が「100」に近く、ごく稀に「80」程度の幸運が起きる。つまり、基本的には予定調和になる幸運。

 高円寺くんに見つかったことは一見不運に見えますが、多少とはいえ予測の出来なかった未来をみせてくれたのだから、僕からすれば正しく幸運です。

 

 では、高円寺 六助の幸運は?

 正直、正確には把握しきれてませんが、彼の幸運は苗木誠や狛枝凪斗の幸運というより、僕の幸運に近いものでしょう。

 いや、もっと正確に言えば僕の劣化版。

 

 平均値が「50」程度で、基本的にマイナスにいかない幸運。揺れ幅が0から100くらいで動く幸運。

 これが彼の幸運だろう。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 まぁ、彼の幸運は今後行くかもしれない食事の時に見極めれば良いか、と保留する。

 龍園くんが成長しきるまでは、僕が彼のお相手をしてあげて良さそうですね。

 

 

「さて……ようやく着きましたか」

 

 

 ガサガサと茂みをかき分けて進むと、僕は遮蔽物が見当たらない砂浜へと出た。

 水着に着替えてビーチバレーをする生徒、砂浜で日光浴を楽しむ生徒、無人島にあるはずのない炭酸飲料を飲みながら仲睦まじく笑い合う生徒。

 

 夏休みを満喫している学生たちが騒いでいた。

 しかしそんな光景がどうでもいい僕はこの騒ぎを許した張本人を探す。

 

 キョロキョロと周りを見渡しながら歩いていると、前方から数人が駆け寄ってきた。

 

「お疲れ様ですカムクラさん!」

 

 元気一番、そう言える程の大きな声で僕に話しかけてきたのは彼の舎弟兼、友達の石崎くんだ。

 その後ろでは、小宮くんと近藤くんも同じ言葉を続けた。

 

「お疲れ様です。それよりも石崎くん、龍園くんはどこですか?」

 

「龍園さんならあちらで休んでいます!自分が案内するっす!」

 

「お願いします」

 

 ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべる石崎くんに付いていく。

 柔らかい砂を踏む感触に少しだけ気を取られながら歩いていると、パラソルによって作られた日陰の中、ビーチチェアに寝転がる王がいた。

 

 黒い海パンを着ている彼の姿を分析する。

 海パンや身体に濡れた所は見当たらないので泳いでいないことが分かる。

 

 しかし───彼の額には汗と思われる水滴(・・・・・・・・・・・・・)が多くできている。

 僕が戻って来るまでに何かしらの行動をしていたことが推測できた。

 

 そんな分析が終わった途端、目を瞑っていた彼の瞼が開き、ゆっくりと口角が上がり始めた。

 

「クク、戻ったか。早速、報告を聞こう。……が、その前に、一応これを聞いておこうか。

 ───この状況は、お前の予想通りか? 」

 

「ええ」

 

「クク、相変わらず気持ち悪い読みだぜ」

 

 もう何度も聞いたその言葉を無視して、僕が話を続ける。

 

「それで、僕が出したヒントは有効に活用してくれましたか?」

 

「ああ、お前の予測を超えられたかは知らないが、十分な策を思い付いた」

 

「では、説明してください」

 

「そのつもりだ」

 

 少し長くなると彼は言い、石崎くんとその舎弟に自分の座っているビーチチェアと同じものを持ってこさせる。

 僕は彼らにお礼を言い、背もたれが下がっているビーチチェアへと座る。

 寝転がらず、いつも通り右足を立て、左足をダラりと伸ばしきる。

 

「さて、まずは─────」

 

 

 

 その切り出しから、彼と数分間話し合った。

 

 

 

「………ふーん、悪くないですね。今の君が絞り出せる知恵を総動員した策と言えるでしょう。

 しかし────まだ甘い」

 

「相変わらず上から目線だな」

 

「慣れてください」

 

「そいつは無理な話だ。何せオレは『王』だからな」

 

 クク、と独特な笑い方をする彼の表情などもう見飽きているので、一面に広がっている海へと視線を動かす。

 

 海には、色鮮やかな水着で身を包んだ女子たちがキャッキャッと騒ぎながら水を掛け合っていた。

 彼女たちの名前は知らないが、確かアウトドアの部活に所属していたはず。

 引き締まった肉体が素晴らしいプロポーションを作り出している。

 

「眼福ってやつだな」

 

「珍しいものなど見当たりませんが?」

 

 彼も僕と同じ方向を見ていたようで、そんな感想を述べている。

 それに僕は疑問をぶつけた。

 すると僕に対して、龍園くんは怪訝そうな顔をし、本当に言っている意味が分からないのかと目で訴えてくる。

 

「……お前には性欲ってのがないのか?」

 

「ありますよ」

 

「じゃあ多少は何か思う所があるだろう?女の身体だぞ」

 

「あなたのようにオープンじゃないだけです」

 

 とは言ったが、若々しく、張りのある肌を持つ彼女たちを見ても、魅力的な姿だなとしか感じない。

 それ以上の感情など動く気配がない。

 

「まぁ、そんなこと今はどうでもいいか。

 とりあえず───お前の『収穫』を聞こうか」

 

 彼は上体を起こしながら、僕の方を見ずに言う。

 余計な脂肪が無く、引き締まった身体をしている龍園くんのその動きは、中々に威厳が出ている。

 

「そうですね」

 

 ジャージに身を包んだままの僕は1歩も動かず、彼の済ませるべき用事を待つ。

 

「おい石崎、アルベルト。

 伊吹と金田、それとキャンプ経験者の3人、あとひよりと坂上をここに呼んでこい」

 

「了解っす」

 

「Hey boss」

 

 肉体派の2人は、リストアップされた人物たちを探し始める。

 先程僕が砂を踏んだ時の軽い音とは全く違う鈍い音を鳴らしながら、彼らは砂浜を駆け抜けていく。

 

「で、ノルマは達成したんだろうな?」

 

 指示を出し終えた彼は振り返り、答えを待つ。

 僕は頷きで成功を伝える。王はそれに喜びの笑みを見せた。

 

「さすがだ。これでオレの計画の成功確率が上がった」

 

「………他クラスへのスパイを減らすためですか。ですが───本当に良いのですか(・・・・・・・・・)?」

 

「ああ。2クラスにもスパイを送れば、さすがに気付く奴が現れる。だが1人だけなら2人よりかは幾分マシだ。

 まぁ、お前ならそんな簡単なことは分かりきっているか。

 ……それよりだ。どこのクラスリーダーが分かったんだ?」

 

「『B』です」

 

「ククク、上出来だ」

 

 さっきよりもさらに上機嫌になった我らの王。

 強固なチームワークを作り出す一之瀬さんを面倒な敵と見ていた彼からすれば、手間取ることなく彼女を詰ませた事はこれ以上ない喜びだろう。

 

 そのためか、彼は手に届く位置にある炭酸飲料を掴み、プシュッと蓋を開ける。

 炭酸特有のシュワシュワという音とともに、勢い良く泡が漏れ出した。

 龍園くんは溢れ出た炭酸で手が汚れたのを気にも止めず、そのまま口に運ぶ。

 心地良いくらいの一気飲みを始めた。

 

「……ぁあ。気分が良いと最高に美味いぜ」

 

 そんな光景を見せられた僕はというと、急激に喉の渇きが始まっていた。

 それによって 、今しがた考えていた危惧(・・・・・・・・・・・)のことも思考から外れる。

 この渇きの原因は、蒸し暑い中ずっと走り回り、何も飲んでいなかったせいでしょう。

 

 何か喉を潤すものが欲しいなと思い始め、龍園くんから視界を外すと、グッドタイミングで飲み物がやってきた。

 勿論、飲み物が独りでに歩いてきた訳ではない。

 僕が求めた飲み物は、こちらに向かってくる人間の片手にあったのだ。

 相変わらず、僕の幸運は絶好調らしい。

 

「……これは何の呼び出しなの龍園?」

 

「リーダー当ての策を伝えるための呼び出しだ」

 

「!……分かったわ」

 

 納得した彼女は腕を組んだまま、パラソルの下へと入る。

 

「戻ってたのねあん──」

 

「──伊吹さん、それくれませんか?」

 

「はっ?」

 

 僕が既に来ていたことへの驚きか労いか、彼女はどちらかの言葉を言うつもりだったのでしょう。

 しかしそんなものは今どうでもいい。

 僕は生物的本能に従って、彼女が手に持つ“スポーツ飲料”の入ったペットボトルを求めている。

 ──中身が半分ほど減っているが、そんなことはどうでもいい。

 沢山飲みたいわけではなく、脱水症状にならないための処置がしたいのだ。

 僕はおもむろに、彼女の方へ手を伸ばした。

 

「……嫌」

 

「何故ですか?」

 

「そ、それは……なんとなくよ」

 

 水着ではなく、ジャージを着ている彼女はサッと一歩退がり、少しだけ頬を紅くしてそっぽを向く。

 

「僕は試験が始まってから、何も飲んでいません。脱水症状になりかけているので、早く渡して欲しいんですが」

 

「…………分かったわよ」

 

 少しだけ感情的に言ったことが幸をなしたのか、伊吹さんは持っていたペットボトルをこちらに投げつけた。

 僕はそれを片手でキャッチして、早速キャップを取り外す。

 

 素早い動作で口元へと持っていく。

 しかし、ペットボトルに口が付くか付かないかの瀬戸際、そこで僕は一度止まった。

 

「……何を見ているんですか」

 

「……別に何もないわよ。早く飲めば」

 

 ツンツンとした態度でそう返す彼女は先程と同じようにジッとこちらを見ている。

 鬱陶しいが喉の渇きという本能には逆らえない。意識をペットボトルへと再び集中させた。

 

 そして、とうとう水分を喉へと通した。

 勿論───口をつけずに、です。

 

「クク、はははははは!こいつは残念だったな伊吹」

 

「うっさい!別に何も期待してないわよ!」

 

 何故だか怒髪が天を衝いている伊吹さん。

 僕はその理由と原因を興味本位で分析してみた。そしてすぐに結論が出ました。

 ……『間接キスの不発』ですか。彼女が先程見ていたのは僕ではなく、ペットボトルの飲み口だ。

 なのでこの推測は十中八九当たってるでしょう。

 ───くだらない。

 

「クク、腹が痛え」

 

「そのまま悶え死ね」

 

 絶妙な距離感で話している2人。似たもの同士なんですから仲良くすれば良いのに、といらぬ世話が思考を遮る。

 

「ふふ、みんな元気ですね」

 

 華やかで高い声の方に、2人の意識が集まる。

 存在感ある銀色に煌めき、緩やかに靡く髪。

 夏の太陽に照らされた輝きは、ある種の神々しさを感じられる。

 その銀髪の可憐な少女、椎名 ひよりは満面の笑みを浮かべていた。

 

「……元気じゃない」

 

「でも楽しそうでしたよ」

 

「そんなわけないわよ」

 

 伊吹さんと椎名さんの2人が何気ない会話を挟む間に、龍園くんの呼んだ人間たちがぞくぞくと集まり始めた。

 部下2人、王と僕、伊吹さんと椎名さんの6人、キャンプ経験者である3人組の男子、そして坂上先生を加えた合計10人の大所帯。

 当然パラソル内に収まりきらないが、龍園くんはお構いなく話を始めた。

 

「さて、今から試験攻略のための作戦会議を始めようか。

 まず初めに言っておくが、おかしいと思った点はしっかりと言及しろ。たとえ、その発言者がオレやカムクラでもだ」

 

 暴君を謳っていた彼らしからぬ発言だ。彼本来の本質が王なのには変わりない。しかし、どことなく違和感を覚える。

 

 今までの彼ならば、自分一人だけの意見を貫き、自分の手が読まれることなど無いと信じてやまなかったはずだ。

 なのに今の彼は、さまざまな意見を取り入れようとしている。

 どうやら少しずつとはいえ、彼は前に進んでいるようですね。正しく「王」と呼べる存在へと変わりつつある。

 そして進んでいるがために隙がなくなっていく。

 違和感の正体はこれで間違いないでしょう。

 

「まずは僕からの報告ですね」

 

 彼らの注目を集め、淡々と説明を開始する。

 

「僕は先程他クラスのリーダーを探ってきました。リーダーが分かったのは『Bクラス』だけです。

 あとは他クラスの拠点位置、そこから見い出せる試験への対策方法やその傾向も押さえてきました」

 

 この場にいる人たちへ、自分のやった事を簡潔に伝える。

 何人かから尊敬の眼差しを感じますが、いちいち気にしていたら先に進みづらいので、すぐさま龍園くんへと視線でバトンを回した。

 

「というわけだ。そしてオレはこの報告を受けた上である程度の策を練った」

 

「もったいぶってないで早く教えて」

 

「そうカリカリすんなよ伊吹。時間は逃げねえから安心しろ」

 

 この時間さえも楽しみたい彼は、ゆっくりと話を続ける。

 

「伝えることは2つある。まず、重要な役割の方からいこうか。

 ……伊吹、金田。お前らのどっちかはDクラスへと潜入し、リーダーのキーカードを撮ってこい」

 

 そう言う龍園くんは、予め用意していたデジタルカメラを2人に見せる。

 恐らくこれもポイントで買ったのでしょう。

 本来の使用方法は、夏の思い出を形に残すことであろうが、彼はこれを確実な証拠を作るための道具として利用するつもりです。

 伊吹さんはその事に何か言いたげな表情をしていますが、話が続くことを分かっているのでタイミングを計りながら黙っていた。

 

「そしてもう1つ。キャンプ経験者とオレは残りの5日間、4ヶ所のスポットを押さえながらサバイバルだ」

 

「龍園氏、4つも占有したらリーダーだってバレる危険性がかなり上がるのでは?」

 

「クク、確かにそうだな。だがそのためのキャンプ経験者だ。お前たちの内、2人は残りの5日間を効率良く生活するためにオレとこの島に残る。

 そしてオレがリーダーだというのを紛らわすためのデコイとして働いてもらう」

 

 リスクを冒してでもポイントを得る理由が彼にはある。

 それを説明すれば、この策の全容が見えてくるのだが、彼は話さない。

 

 4つもスポットを占有するという事は、それなりのスピードと団体行動力が必要です。

 そしてそれは、大人数では難しい。ゆえに経験者2人とリーダーである彼を含めた必要最低限の少数精鋭で動く。

 3人、おそらくこれが隠れながら行動できる最小の人数でしょう。

 加えて、人数が少なければ監視も行き渡るので、反逆の心配もない。

 

「3人じゃ適当に当てられちゃうんじゃないっすか?」

 

「アホか石崎。外した時のリスクを考えたら3分の1はデカい壁だ」

 

 見当違いにリーダーを指名した際の代償はマイナス50ポイント。

 他クラスとの差の事も考えたらそうそう簡単には指名できないでしょう。

 

「坂上、リーダーを見破られたクラスはボーナスポイントが無効になるんだよな?」

 

「ええ、合っていますよ」

 

「それも初めから0なら変化は無いな?」

 

「間違いありません」

 

 坂上先生から確認を終えた彼は雄々しく笑う。

 

「その確認って意味あるの?尚更あんたの策に反対したくなったんだけど」

 

「クク、この確認のおかげで、万が一リーダーを当てられてもボーナスポイントが“減ることはない”と分かったからな。意味はあるさ」

 

 龍園くんのその言葉に、僕以外の生徒は疑問符を浮かべている。唸り声を上げ始めた石崎くんはもうついていけないようですね。

 

「話は以上だが、どっちが行くのかを決めようか。伊吹、金田」

 

「私が行く」

 

「待って下さい伊吹氏。こういうのは男の自分が行きます」

 

 両者ともやる気十分な声で立候補する。

 どちらが行くかでもめる、という面倒な流れが出来そうでしたが、伊吹さんのコトダマがその面倒を撃ち抜いた。

 

「あんたはこのクラスで一応の役割があってそれをしっかり果たしている。

 だから私が行く……龍園に文句ばかり言う口だけ女になりたくないしね」

 

「クク、良いね伊吹。気に入った。

 金田、今回お前はリタイアしてゆっくりと休め。これは命令だ」

 

 彼女の覚悟に心打たれたのか、それとも彼の好みである強気の女性であることが響いたのか、どちらかは知らないが、スパイは伊吹さんに決まった。

 

「分かりました」

 

 金田くんは悔しそうな顔をすることなく、承知の意で頷いた。

 

「これで会議は終わりにするが、まだ何かある奴はいるか?」

 

「ちょっと待ってください龍園くん」

 

 これにて閉幕という場面で、椎名さんがストップを掛けた。

 

「Aクラスには何も対策を取らないのですか?」

 

「安心しろ。その役目はカムクラにやらせる」

 

「それならそう言えば良いじゃないですか」

 

「クク、お前には言っただろう?──もう1つ策があると」

 

「……なるほど。分かりました」

 

 意味深な発言で返答した龍園くんを、椎名さんは追及しない。

 伊吹さんは隠し事をするなという表情をして訴えかけてますが、クラス闘争に興味のない椎名さんはこれ以上のことなんてどうでもいいのでしょう。

 

「さて、今度こそ本当に解散だ」

 

 手を叩き、今度こそお開きです。しかし───

 

「カムクラ、お前は残れ」

 

 その言葉と同時に、僕以外の皆は解散していく。

 石崎くんとアルベルト、椎名さん、3人組の男子と金田くんと別れ、各々の楽しみへと向かう。

 伊吹さんだけはこの後から任務があるので近場で待機です。

 

 そして2人だけになると、龍園くんは僕を一瞥してから、口を開く。

 

「さてと……」

 

 深く息を吸う。

 クラス毎に集まっていた時と同じように、静かに心を整える。

 そして、彼ははっきりとした声で話し始めた。

 

「まずは、本来の目的を伝えようか」

 

 会話の始まりは先程と一緒。けれど言葉の重みが違う。

 

「本来の目的は2つで1つ。だが、あえて分けて言おう。

 1つ目はAクラスとの『契約』。ここをいかに大きくできるかが、この試験最大の勝利ポイントだ」

 

 これは先程聞いた。内容はAクラスからのプライベートポイントの徴収だ。

 

 しかし僕はそのもう1つの方が気になり、やたらと溜めて話す彼の表情を窺った。

 

 王は楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

「2つ目は────坂柳 有栖の地位を潰すことだ」

 

 

 

 

 




他の生徒にはしっかりとした証拠を持ってこさせるのにカムクラからの情報は鵜呑みしちゃう龍園くん。
これはミスなのか、それとも……。

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