ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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特別試験2日目の始まりです!


束の間

 

 

 特別試験2日目の朝、こんな状況下でも僕の朝は早い。

 意識が覚醒したのはほんの少し前ですが、緊張した身体をほぐすように伸びを繰り返し、全身の血の巡りを良くする。

 テントの中からでは分からないが、障害物のないこの砂浜から見える朝日は格別な美しさを醸し出していると推測して行動を開始する。

 

 フカフカとまではいきませんが、それでも快適に眠れる寝袋の中で夜を越したので、硬い地面で寝た時に生じる筋肉痛のような痛みはありません。

 僕は音を立てずにゆっくりと寝袋から這い出る。周囲から寝言や寝息が聞こえてくるので、誰も起こさないための配慮です。

 

 昨日は夜遅くまで皆が騒いでいた。BBQこそしなかった(今夜やるらしい)がキャンプファイヤーで盛り上がり、誰もが羽目を外していた。

 そのため、まだ寝足りないのでしょう。

 僕のような存在と違い、まだ成長過程の彼らには睡眠が必要なのでわざわざ起こすつもりはない。

 

 僕はテントから外に出る。

 

 眼前に広がる光景は、誰一人として存在しないこの空間に、朝日だけが悠々とした状態で僕を見下ろしていた。

 水平線の上から発せられる懐中電灯とは比べ物にならない眩しさに、僕は目を手で隠すという対策を立てる。

 

 

 ───あぁ、ツマラナイ。

 

 

 何度も繰り返せば飽きるだろうと言われますが、この言葉に関しては、もはや発することすら何も感じなくなっている。

 ……飽きなどとうに越しているんです。

 

 朝日が照らす砂浜を横切り、飲み物を求める。

 飲食物を保存するテントに辿り着き、クーラーボックスの中を開ける。すると大量の肉や携帯食料、飲み物が保冷剤と一緒に詰められていた。

 

 飲み物を1本だけ取り出し、中身を喉へと通す。

 冷たく喉越しの良い水流が身体を巡り終えたら、今度は食事です。

 しかし、味気のない携帯食料は朝から食べる気にならなかった。

 

 なので、龍園くんがポイントで購入した釣り糸と餌を持っていく。

 近場にある海ではなく、若干離れた川辺まで移動します。

 

 川に到着するまでの道中、木の実や果実がチラホラと見えますね。

 これも食べる気にはなれなかったので、それらを無視して進んでいく。

 

 予定通り川へと到着した。いよいよフィッシングの時間です。

 しかし───わざわざ実況するのもアホらしいものだったと最初に言っておきましょう。

 

 餌のついた釣り糸を垂らせばものの十数秒で魚が食らいつく。そして案の定同じ事が繰り返された。

 たった2分、その僅かな時間でバケツには2匹の魚が入っている。

 こんな非現実的な事でも平然と起きてしまうのが僕の幸運です。

 

 ───ツマラナイ。アングラーの才能を使わず、幸運の才能だけで何とかなってしまうのだ。

 まぁ、食べられる分は手に入れたので早く帰りましょう。

 

 そう決断し、来た道を真っ直ぐに引き返した。

 

 

「いねえなと思ったら、やっぱり起きてたのか」

 

 

 砂浜へ戻るとクラスの王、龍園くんが僕を出迎えてくれた。

 彼の目元に隈は見えず、眠そうな顔もしていない辺り、朝には強いようです。

 僕はそのまま龍園くんの方に近付いていく。

 

「食べますか?」

 

 先ほど釣ってきた魚を持って彼に見せる。

 

「食わせろ」

 

「炭火焼きにするので、BBQセットを少しだけ借りますね」

 

「ああ」

 

 了承を得たので、僕は調理を開始する。

 龍園くんはというと、じっと待っているのではなく、キーカードを持ってどこかに行ってしまった。

 

 ───スポットの占有だ。彼は豪遊してるように見えて堅実にポイントを得ようと行動している。

 まぁ、現段階ではスポットを1つしか取っていないので、すぐに帰ってくるでしょう。

 そしてこの時間帯ならば、誰かに見られるということもない。

 

 そんなことを考えながら手を動かしていた僕は、ゴルフボールくらいの炭を6つ取り出す。

 魚の頭、身体、尻尾の3部分に炭を1つずつ、それを2匹分置き終えたら、これと言って手間取ることなく点火を始める。

 すぐには魚を置かない。焼き台の上にある金網を十分に温めるのが先です。

 網が温まる前に魚のはらわたや血合いを取り除いておき、魚に串を打つ。

 

 数分後、網が十分に温まってきたと僕は判断し、2匹の魚を網の上に敷く。

 火力が強かったのでいくつか炭を取り除き弱火にします。

 焼き上がるまでの時間はいつものように何も考えないのではなく、調味料で味付けを調整するなどをして、料理に集中していた。

 

「良い匂いがするじゃねえか」

 

「戻りましたか」

 

 魚を焼き始めてから数分後、香ばしく、ずっしりと味わい深い匂いが辺りに漂う。

 その匂いにつられたわけじゃあないでしょうが、龍園くんが丁度よく戻ってきた。

 

「ふぅ、朝から面倒をさせてくれる」

 

 寝巻きと思われる洒落ているジャージで身を包む彼はそう言うと、昨日と同じようにビーチチェアに座り、寝転がろうとする。

 

「手伝って下さい」

 

「はぁ、朝から働いている人間に言う言葉かよ」

 

 そうは言うものの、彼はすぐに立ち上がり、クーラーボックスとは違う保管用のボックスから紙皿と割り箸を2つずつ用意してくれた。

 

「出来ました」

 

「クク、待ち侘びたぜ」

 

 僕は完成した焼き魚を皿に移す。いよいよ実食の時間です。

 パラソルの下にある机に飲み水と焼き魚を持っていき、ビーチチェアに座って手を合わせる。

 

 僕は箸を動かそうとして止まった。

 ……気配は気付いてましたが、怖いもの知らずの彼女に少しだけ驚いたからです。

 

「美味しそうですね」

 

 いつの間にやらこの場にいた人物は、本を愛して止まないマイペースな女子、椎名さんだ。

 彼女は龍園くんの真横からひょっこりと顔を出して焼き魚を見ていた。

 

「……ひよりか。驚かすんじゃねえよ」

 

「それは申し訳ありません。でも、こんなヨダレが垂れそうなほど美味しそうな匂いがしてたら、こっそりと間近で見たくなっちゃうじゃないですか」

 

 そんな理由でわざわざ気配を消して近寄ってきた椎名さん。

 龍園くんの気配察知をこうも擦り抜けてる辺り、かなり練度が高い技術だと思いますが、突っ込む必要はないので何も言わない。

 

「それで、何の用だ……っつーのも無粋か」

 

 彼は箸で魚を切り、切った箸と皿を彼女に渡して立ち上がる。

 もう1つの割り箸と皿を用意しに、ボックスを往復するのでしょう。

 

「半分はオレのだ。うっかり全部食べてしまいましたは許さねえからな」

 

「……ありがとうございます。でもその言い方だと私が食いしん坊のように聞こえるんですが……」

 

「それは自覚があるってことか?」

 

 一瞬だけ紳士だと思っていたが、やはり龍園 翔。

 女性に体重の話、またはそれに近い話をするのはNGというくだらない地雷を平然と踏み抜く。

 

「……龍園くんは、私が食いしん坊だと言いたいんですか?」

 

「そうは言ってない。だがひより、あながち間違ってはいないだろう?

 何せお前は昨日、女子たち全員が水着に着替えて遊んだ中で唯一、肌を晒したくないっていう理由で誘いを断ったらしいじゃねえか」

 

 僕は焼いた魚を噛みながら、無言の笑顔という名の睨みを見せてる椎名さんと余裕の笑みを浮かべる龍園くんを見比べる。

 嘘をついて断ったか、女子特有のあの期間だからじゃないのかという疑問が頭に浮かびつつ、やはり彼は余計な事しか言ってないなと白い目で見る。

 そんな中、椎名さんが行動に出た。

 

「……ふふ、お箸を取りにいく必要はありませんよ龍園くん。私が食べさせてあげます」

 

 普段ふわふわとした美少女から今感じられるのは見えない圧力。

 穏やかに笑っている彼女から殺気に近い威圧感がヒシヒシと伝わってくる。

 

「……いや、遠慮するぜ」

 

「女子からの厚意は受け取っておくべきですよ?」

 

 さすがの龍園くんも踏み抜いてはいけない地雷だったと気付いたのか、美少女からのあーんという夢のような提案を拒否する。

 が、どうやら逃がしてはくれないようです。

 

「諦めた方が楽になれますよ」

 

「『楽になる』に含蓄があるだろそれ」

 

「含蓄だなんて、龍園くんは意外に物知りなんですね。今度一緒に読書してみませんか?」

 

「……おい、助けろカムクラ」

 

 言うまでもないが、彼のヘルプミーは無視だ。

 わざわざ地雷に飛び込むバカはいないでしょう?

 

 それにしても、温厚な彼女がここまで怒る理由は何なのか。

 こうも噛みつくのには、大層な理由でもあるのでしょうか。

 僕はそのことが少しだけ気になり、彼女の案件を分析するために頭の中を整理する。

 そして、その先にある真実へと到達するために、脳内にスノーボードを模した道具に分身を乗せて、その筋道を滑走し始めた。

 

 先に進んで行くと、分岐点が見えてきたので若干スピードを落とす。

 

 

 『椎名 ひよりの休日の過ごし方は寮の自室で本を読む。どれくらい?』

 →A,約3時間

 →B,約5時間

 →C,約7時間

 

 

 僕は一瞬の迷いなく、Cのルートを選択する。

 彼女は夜遅くまで本を読むこともあり、それでいて学校が始まる前も朝読書に勤しんでいます。

 それくらい彼女は本の虫だ。だから合っていると確信していた。

 

 そう考えながら滑走すると、正解を暗示する音がどこからともなく脳内で響いた。

 

 僕は複雑な筋道を、適切な操作で前進していく。

 そうして進んでいくと、再び分岐点が現れた。…今度は3つではなく2つだ。

 

 『休日を満喫したい椎名 ひよりは、基本的に寮の自室から出るか?出ないか?』

 →A,出る

 →B,出ない

 

 元になる情報が見当たらない。しかし先程の読書時間を踏まえれば、この答えは自ずと推測できるでしょう。

 ───僕はBのルートを選択する。

 

 一直線になっている筋道。

 そこを順調に滑走し終えると、先程と同じような音が脳内に響いた。

 つまり、正解したのでしょう。

 

 

 ならば、推測はここで終わりです。

 

 

「……本に夢中であるゆえに、休日は寮の自室から出なくなった。

 つまり、これは運動を全くしなくなったとも言い替えることが出来るでしょう。

 そしてそれに比例して肉が増え、体重は増えた。ゆえに、肌を晒すことを避けたかった。

 ───これがこの疑問の真相ですか」

 

 ロジカルな思考の中にダイブしていた僕は意識を現実世界へと戻して、そう独り言を零す。

 あまり上等な疑問ではなかったが、久しぶりにゆっくりと思考して上手く解答を導けたので、どこかスッキリとした気分になる。

 

 ───しかし、そんな気分になったのは僕だけでした。

 

 

「───カムクラくん、相変わらず凄い推理力ですね」

 

 

 満面(悪魔)の笑みを浮かべながら、銀髪の少女がこちらへと顔を向けていた。

 今の言葉から察するに───僕の独り言は見事に筒抜けだったらしい。

 

 

「ふふ、カムクラくんも私に食べさせてほしいのですか?仕方ないですね」

 

 

 様々な人を温かい雰囲気に変える笑顔に反して、異常なまでに冷たい声が僕の聴覚に反響する。

 昨日ベンチで聞いたあの穏やさとは真反対の声色に、僕は怯むように驚いていた。

 

「いや僕は───」

 

「すみません。よく聞こえません」

 

 

 

 

 僕と龍園くんは、焼き魚を一匹ずつ口の中に捩じ込まれた。

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 AM8:00、朝の点呼の時間になるが誰も集まらなかった。

 何せその必要がないからです。

 Cクラスが所持しているポイントは0。この試験において、0より低いポイントにはならないというルール。

 つまり、減るものなんてないのだから。

 

 どうやら「王」の策は成功しているようですね。

 坂上先生も点呼の時に顔を出すだけで済んでいるので、心の中では楽だなぁとでも思っていることでしょう。

 

「小宮、近藤」

 

 僕の横で寝転がる王が、2人の駒を呼び出した。僕は視線だけを動かしてその様子を窺う。

 ニヤニヤとした笑顔を見せる王が何を企んだのか即座に分かりました。

 ゆえに飽きてしまった。僕は横になる。

 

「お前ら、これを持ってDクラスに行って、バカにしてこい。この空間がどれほど素晴らしいかを奴らに伝えろ」

 

 彼は机の上にあったチップスとまだ開けていない炭酸飲料を2つ渡す。

 片方は一応僕のですが、どうせ石崎くんを使って取り寄せることが分かっていたので何も言わない。

 

「わ、分かりました!」

 

 駒の彼らは声を揃えて了承した。

 

「Dクラスへはあそこの茂みを真っ直ぐ進めば着きますよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 場所も知らないであろう彼らが不憫なので、僕は目的地を指で示してあげた。

 彼らは駆け足でその方向へと向かっていった。

 

「石崎」

 

 予想の通り、不良のような強面の男子がこちらに呼ばれることになりました。

 近くでアルベルトやその他の男子たちとビーチバレーをしていた彼は王の呼び出しに反応し、慌てた様子でこちらへと駆け寄ってくる。

 僕は飽きてしまったので、眠気はないが何となく目を瞑る。

 

「キンキンに冷えた水を2つ持ってこい」

 

「はい、分かりました!」

 

 先程の2人と同様に、石崎くんは彼の命令に逆らうことなくクーラーボックスへと向かった。

 

「彼はあなたの友達じゃないんですか?」

 

「そう思ってるのは奴だけだ」

 

 龍園くんがどんな表情でその言葉を言ったかは、目を瞑っているため知り得ない。

 しかし、唯一判断できる声色からでは嘘をついていると思えない。

 視覚が欠落していると、この僕でも幾分か判断の精度が落ちるんだなと思い、良い手加減になるかもしれないとくだらないことを考える。

 

「そういうお前は友達と遊ばねえのか?」

 

「僕に友達などいません」

 

「なるほど。道理でオレと気が合うな」

 

「自意識過剰ですね」

 

「オレのことをよく分かってんじゃねえか」

 

 

「も、持ってきました!」

 

 そう息を切らしながら来た石崎くん。

 アスファルトよりも走りにくい砂の道です。抵抗が多いためにこの疲れ方も納得できる。

 

「ご苦労」

 

「うっす!」

 

 そう言って彼はここから離れようとする。

 再びビーチバレーに行くつもりなのでしょう。

 彼が戻る前に、僕は目を開き、ビーチチェアから身体を起こす。

 

「石崎くん」

 

「な、なんすかカムクラさん」

 

「僕もビーチバレーに入れて下さい」

 

「え?」

 

 僕の申し出を聞いた瞬間、石崎くんが両目を丸くしてフリーズした。

 

「ク、クク、おいカムクラ。もしやさっきの自分の言葉が響いてんのか?」

 

「いいえ、ただ試したいことが出来ただけです」

 

「試したいこと?」

 

「両目を閉じた状態でビーチバレーが出来るかどうかの検証です」

 

「……何言ってんだお前」

 

 龍園くんは呆れた表情で率直な疑いを口にした。

 しかし、僕もふざけて言ってるわけではない。

 

「で、構いませんね石崎くん」

 

「は、はい!そんなことも出来ちゃうカムクラさんすげえっす!」

 

「……お前も何を言ってんだ石崎。なぜ疑わねえ」

 

 呆れっぱなしの龍園くんを放置し、僕はキンキンに冷えた水を置いてビーチバレーをしている集団の元へと向かった。

 

「そわそわしすぎですね石崎くん」

 

「す、すいません。でもカムクラさんとこんな風に遊ぶなんて新鮮なんすよ」

 

「そうですか」

 

 見ての通り、石崎くんの僕への態度は依然として変わっていません。

 もちろん龍園くんにもです。

 小宮くんと近藤くんは暴力事件の後で制裁を受けて以来、王への恐怖が増し、怯える傀儡と変わってしまったが、彼は変わっていない。

 あの事件でそれなりに抵抗した彼は罰を免除されているという裏事情があるからだ。

 

「お前ら!カムクラさんが来たから人数が合ったぜ」

 

 ネットが張られたその場所へと到着した。

 石崎くんはアルベルトとその他2人の生徒たちに向けてそう言う。

 この場には僕を含めて6人いるので確かに3チームでローテーションが出来そうですね。

 

「賭けはさっきと一緒な!ローテーションして1番戦績の悪いチームが罰ゲームだ」

 

 石崎くんはどこか龍園くんを連想させる笑い方を見せながらそう言う。

 

「じゃあ俺がカムクラさんと組んでいいな?」

 

「おい待てよ園田(そのだ)!カムクラさんとはオレが組むんだ」

 

「ふざけんな石崎、もう罰ゲームはゴメンだぜ。それに今日の余り物は俺だったんだから良いだろ!」

 

「……ちっ、しょうがねえな」

 

 僕が何かを言う前に、チームメイトが勝手に決まった。

 余計な手間が増えなかったのでまぁ良いでしょう。

 それに───誰が仲間だろうと結果は変わりませんから。

 

「じゃあカムクラさんお願いします!

 お、俺は園田(そのだ) 正志(まさし)って言います!良ければ覚えてください」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 彼の挨拶に淡々と返事をしておく。

 園田 正志。Cクラスでは珍しい全体的に高水準な能力を持つ生徒。

 が、彼も例に漏れず、自我が非常に強い。

 先程の通り、強面の石崎くんと難なく軽口を叩き合うし、入学して1ヶ月頃の時は平然と龍園くんに文句を言っていた生徒でもある。

 勿論今は王の下で働いている駒の一人です。

 

「まず初めはオレたちとカムクラさんチームで良いな?」

 

「構わねえよ石崎、ボコボコにしてやるぜ」

 

 園田くんは握り拳を開いた掌にぶつけ、気合十分にそう宣言した。

 どうやら初めは僕と園田くんチームと石崎くんとアルベルトチームのようです。

 

「それにしても浮いてますね」

 

「確かに1人だけ体操服ですからね!」

 

 コートに入った僕は今更ながら、自分だけ格好が違うことに気付いた。

 この場にいる生徒たちは勿論として、他の男子や今回は椎名さんですら水着なのにだ。

 

「汚れても知らないっすよカムクラさん」

 

 おちゃらけた声でそう言う石崎くんは楽しそうに笑いながらボールを持つ。

 

「初めは目を開けてやるので、汚れるとしたら目を閉じてからですよ」

 

「え?目を閉じる?」

 

 園田くんの疑問を無視し、僕は軽めに準備運動をしておく。

 

「差を知りたいのなら、やはり対照実験が1番手っ取り早いですね」

 

 初めに目を開けてやり、次に目を閉じてやる。

 これでどれくらい変わるのか分かるだろう。

 

「早速いきますよ!」

 

 石崎くんがそれっぽいフォームで助走をつける。

 

「セイッ!」

 

 砂に足を取られていてほとんど飛べていない彼のみすぼらしいジャンプサーブによって戦いの火蓋が切られた。

 と同時に、いつの間にか揃ってた男女混合の観客たちから笑い声が溢れ出る。

 

 飛んできたボールは僕の方へと飛んできた。

 やや乱れた回転をしたボールを打ち上げる───と同時に大きくバックステップを踏み、ネットまでの距離を作り出す。

 

「まずは先制点……決めちゃって下さい」

 

 僕が打ち上げたボールの落下地点には園田くんが待っていた。

 彼はトスを上げる。やや高めに上げてくれたおかげで、僕の最高打点から打てることを確信した。

 

 緩やかに舞い降りてくるボールを見上げ、ビーチバレー選手の才能を存分に使う。

 砂浜で高々と飛び上がるためには普通のジャンプでは足りない。

 膝の力だけでなく、足腰の力を使わなければ最高到達地点には届かない。

 

「……omg」

 

 アルベルトが僕の跳躍を目の当たりにして間抜けな声を上げる。

 ───僕は全身をバネのようにしならせ手を振り抜いた。

 

「……へっ?」

 

 ボールの目標投下地点にいた石崎くんは、弾丸のように速い球にレシーブの構えも取れず、数拍を置いて素っ頓狂な声を上げていた。

 その間に彼の顔面の横をボールが通過した。

 僕の放ったボールはというと───砂浜を勢いよく抉っていた。

 

 

 僕が打つ前までは声援を送っていた観客たちも、シューと空気が抜けている穴の空いたボールを見て誰も言葉を発しなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右足を立て、左足をぶら下げる。

 こうやって座ることで何となく落ち着くからだ。

 

「クク、ハハハハ!それで追い出されたのか」

 

「ええ」

 

 先程までビーチバレーに参加していた僕はコートから追い出されていた。

 多少本気を出して打ったら、支給されたボールを破裂させてしまったからです。

 

 1度ボールを破裂させたくらいでは確かに出禁にならない。何せ予備のボールはあったからだ。

 しかしよく思い出して欲しい。このボールはどうやって買ったのか?

 現在残っているそれは?

 

 ───答えはポイントで、現在の残りポイントは0です。

 

 もうお分かりの通り、このまま僕が続けたら2個目のボールも殺る。たとえ手加減してもだ。

 そういう理由から僕はコートから追放された。

 普段から僕のことを尊敬の視線で見る石崎くんに、申し訳なさそうに出禁にされたのは、はっきり言って戸惑いましたよ。

 

「ククク、なるほどなるほど。お前には“お笑いの才能”もあるってことか」

 

 確かに持ってはいますが、素直に肯定ができないというジレンマに近い何かに陥る。

 

「……スポーツは個人種目の方が好ましいですね」

 

 そんな独り言が、ついつい零れる。

 

「まぁ、落ち込むなよカムクラ。そろそろDクラスからの使者が現れる頃だ。

 そいつらをいびり倒そうじゃねぇか」

 

「僕がそんなツマラナイ事やるわけないでしょう?あと、落ち込んでなどいません」

 

「クク、そうかよ。…………噂をすれば、だな」

 

 森を抜ける手前の茂みから2人組の駒が、やたらと存在感のある1人の男子を連れて姿を見せた。

 

「ふーん、1日目でリタイアしなかったのですね」

 

「クク、確かにそうだな。あの野郎の噂を聞けばそれくらいしそうだ」

 

 僕はビーチチェアから立ち上がることなく、来客の様子を観察する。

 モテる要素の1つと言われる高身長。ジャージの上からでも分かる彼の発達した筋肉。なにより自信に満ち溢れた表情。

 そんな男がとうとう僕達の前へと到着した。

 

「クク、おもしれぇ奴を連れてきたな小宮、近藤」

 

「!?す、すみません。こいつが勝手に行こうとして……」

 

「別に構わねえよ。早くここから失せろ」

 

「は、はい」

 

 雑な扱いをされても何も言い返さない小宮くんと近藤くんは、怯えながら足早にここを離れた。

 

「ハハハ、まるでお山の大将だ」

 

 存在感のある金髪の男、高円寺 六助は変わることのない傲慢な高笑いを上げた。

 

「おいおい、第一声がそれかよ。礼儀がなってねえな御曹司様よォ」

 

「そいつは失敬、やんちゃボーイ。私は君のような人間は皆統一してそう呼んでいるのだ。

 区別して欲しいなら、名前を教えてくれないか?」

 

「クク、このオレをやんちゃボーイか。噂通り傲慢な男らしい。

 ……1度しか名乗らねえからよく聞けよ御曹司様。

 オレは龍園 翔、Cクラスの『王』だ」

 

 ビーチチェアから上体を起こし、足を組んでそう告げる我らが王。

 その一連の動作からでは分からないが、約4ヶ月彼と一緒にいた僕の視点から見るとその貫禄が成長しているのが感じ取れた。

 

「ふむ、ではドラゴンボーイでどうだろうか?」

 

「ハハハハハ!…………殺すぞてめぇ」

 

 高円寺くんの渾名は即座に切り捨てられ、沸点の低い王の怒りを買う。

 

「分かりやすくて良いじゃないか。何をそんなに怒る必要がある」

 

「センスがねえからだ」

 

「センスがない?何を言っているのだドラゴンボーイ。この地球上で私よりネーミングセンスが良い人間などいないのさ」

 

 嘘をついていない……つまりは本気で言っていて本気でそう思っているのだ。

 変人、正しくその言葉通りの人間ですね。

 

 そのふざけた返しを聞いた龍園くんに青筋が立ち始める。

 拳を握りしめて、今にでも暴力を行使する段階にまで来ている。

 普段なら止める必要はない。だがこの特別試験中は止める必要がある。

 

 特別試験のルールに暴力行為や破壊行為に関するルールがあるからです。それも、かなり重たい罰を記したルール。

 

 バレなければ何も問題ないが、いちいち面倒事を増やす必要もありません。

 なにより暴力を用いたとしても───今の龍園くんでは高円寺くんに勝てない。

 

 やはり、彼の相手はまだ荷が重いと感じたので、僕が勝手ながらバトンタッチしましょう。

 

 僕は立ち上がろうとした彼を腕で制止する。

 その行為に、高円寺くんはニヤリと笑った。

 

「この僕があえて聞きましょうか。何の用ですか、高円寺 六助」

 

「ふむ、ならば私も正直に応えよう。私は彼らの言伝に従って来たまでさ。

 この場に来れば楽しいバケーションを過ごせるのだろう?」

 

「間違っていません」

 

「ならば簡単だ。私は海で泳ぐことと水上バイクを使うことを所望する。構わないね?」

 

「ええ」

 

 淡々と彼との会話を繋げていく。

 一区切りついたので、僕は石崎くんを呼び、今の趣旨をクラス全員に伝えるように頼んだ。

 

「素早い対応感謝するよカムクラボーイ。本当は君と1対1で競い合いたいが、それはまた今度だねぇ」

 

 綺麗に並んでいる歯を見せて高円寺くんは笑う。

 

「……あなたと遊ぶならこの試験ではなく、個々の力が出る試験の方が良い」

 

「ハハハ、よく分かっているじゃないか」

 

 鬱陶しい高笑いを上げたまま、彼は体を海の方へと向けて歩いていく。

 が、数歩進むとピタリと止まった。

 

「そうだカムクラボーイ───1つだけ、聞きたいことがあったんだ」

 

 僕は何も答えず、彼の次の言葉を待つ。

 

「なぜ初めにあんな質問(・・・・・)をしたんだい?」

 

「それが分かれば、あなたは僕と対等に遊べますよ」

 

「……ハハハ!なるほどなるほど、格下扱いされたのは生まれて初めてだよ!」

 

 受け取り方は人それぞれ、彼がどう感じたかなどどうでもいい。

 彼が僕の予測を超える者になってくれさえすれば良いのですから。

 

 

「それじゃあ、アデュー!」

 

 

 今度こそ立ち止まることなく、高円寺くんは海へと歩いていった。

 

 

 

 




私様からのクリスマスプレゼントなのじゃ〜

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