「結局、獲られるものはなかったわね」
「今回ばかりはそうだな」
Bクラスのキャンプ地を見に行ったあと、オレと堀北はAクラスのキャンプ地へと足を運んだ。
しかし結果は残念の一言だった。
Aクラスのキャンプ場所は「洞窟」。ファンタジーに出てくる魔物の口のように開かれたその中を、オレたちは1ミリも垣間見ることが出来なかった。
それもそのはず。
洞窟の入り口は1つしか見当たらず、その入口も簡易トイレに使うビニールを大量に繋ぎ合わせた巨大な目隠しによって、内部の光景が完全にシャットアウトされていたからだ。
オレたちはやや強引に内部を見ようと攻めたが、相手のリーダー格と思われる男子に追い返されて、現在に至る。
ベースキャンプへの帰路に着かされるだけなら良かったが、目指しているAクラスの情報が掴めなかったことに、堀北は少しばかり不機嫌そうだ。
「それで、これからどうするのかしら綾小路くん」
「……そうだな。この試験に“勝つ”ための策が纏まったら、お前に話をつけるつもりだ」
「そう…………え?あなた今なんて」
作戦の組み立ては現時点でほぼ完了しているので、オレは行動を開始するための狼煙となる発言をする。
こうやって宣言すると心做しか「やる気」が注入された気分になる。
口に出すか出さないかだけでも内面の変化が随分違う気がするな、とまた1つ学習した。
一方で素っ頓狂な声音を上げた堀北はというと、鷹のように鋭い眼差しでオレの瞳の動きを注視している。
「嘘はついてないから安心していいぞ堀北」
なにせ想像以上に敵が厄介なのだ。オレの存在を隠しながら戦うことに力は入れてるが、そうは言ってられなくなってきた。
むしろ堀北には話して、少しでも協力させる方が勝率は格段に上がる。
「……じゃあ今の言葉は聞き間違いじゃないのね。どういうつもり?急にやる気を見せるなんて……
事なかれ主義の貴方らしくない」
「かもな。だがオレにも個人的な事情がある。そのためには動かなければならない」
「個人的な事情?」
「詮索はしないでほしい、と言っても納得できないだろうから先にこれだけは言っておくぞ。
堀北、この約束を守るなら、オレはこれからお前がAクラスに上がるための手伝いを本格的にしてもいい」
腕を組みながら口を半開きにする堀北。
オレの事なかれ主義らしくない発言に驚きを隠せないようだ。
「…………分かったわ。過去を勝手に探られるのは気持ちの良いものじゃないことは私も理解してる。
それに簡易的とは言え、言質も取れたから十分よ」
会話に集中していくにつれて、オレたちの歩幅は小さくなっていく。
「それで、手始めに何をするのかしら?」
「まずオレは、お前の『影』になるつもりだ」
「『影』……つまり、隠れ蓑にするのね。あなたの功績を私に押し付けて、あたかも私がやったように思わせる。
その『影』では本物の功労者がいると。そういう解釈でいいのかしら?」
「そういう解釈であっている」
話が早くて助かるなぁと呑気なことを考えていたオレは、堀北の確認に正解だと返事をする。
「なら、綾小路くん。『影』とやらになるには対価が必要よ。
…………あなたが今考えている作戦を私にも教えなさい。それが対価よ」
まぁ、妥当だな。強気な堀北がタダで隠れ蓑になるわけない。
元々話すつもりだったので、オレは堀北に向けて頷きで了承の意思を伝え、そして今練り上げている作戦を全て堀北に話した。
「…………つまり、あなたの作戦っていうのは───────ってことね」
「さすがだな。良く要約できてるよ」
オレはわざとらしくパチパチと手を叩き、堀北を賞賛した。
が、彼女の一睨みでその拍手も止まる。
「……清々しいわね。普段のあなたからは考えられない行動。これが本来のあなたなのかしら?」
「本来も普段もない。オレは綾小路 清隆っていう1人の人間だ」
確かに人には普段と本来のように分けられる「表」と「裏」がある。
「表」が普段の作られた態度、表情。「裏」が本来のありのままの姿。
そう定義することが出来るとオレは思う。
その良い例が櫛田 桔梗だろう。
彼女は『仮面』を被ることで「表」を作り、見られたくない本来の自分を、つまり「裏」を隠そうと必死に努力している。
しかし堀北、オレはオレだ。
綾小路 清隆という……どこまでいっても囚われたままの人間だ。
「表」も「裏」もない、“真っ白な”人間なんだ。
オレは、この学校に来ても結局、自分の本質が変わっていないことを、嫌でも再認識させられた。
「……そう言えばあなた、私と一之瀬さんの会話を意図的に遮ってたけど、あそこに意味はあるのかしら?」
「深い意味はない。ただ、カムクラが動いたという状況を知ったらBクラスは……いや、一之瀬は必ず警戒する。
オレが今考えている策だと、一之瀬の存在はかなり大きいだろう?警戒されると面倒だったんだ」
「……遮った理由は理解したわ。けど納得がいかないわ」
「そこは納得してくれ。こうでもしないとCクラスに勝てる確率が上がらない」
「……やっぱり、Cクラスが1番厄介なのね」
「ああ。AとBの連中は受け身だからな。こちらから何もしなければ、これといって脅威にはならない」
「けれどCクラスは違う。あなたの言う通りなら、彼らはリーダー当てを成功するための策を水面下でゆっくりと整えている。
……全く、自分が恥ずかしく思えてきたわ。あの時、私は無知を晒していたのだもの。龍園くんは相当危険な人物と心に刻んでおくわ」
やはり、彼女は賢い。
ここまで即座に理解できる頭脳に加え、少しずつとはいえ自分の弱さを認められるようになっている性格。しかしそれでいて根っこは強く、固い意志を持っている。
今回の試験、体調を崩している堀北のために頑張ってやるのもありだな、と僅かながら思えてきた。
「いや、警戒するのは龍園だけじゃない。カムクライズルもだ」
堀北はカムクラの名前を聞いて、険しい面持ちで深い溜息をつく。
奴が放っていた威圧感を思い出したのだろう。
「……彼らが協力したら、いくらあなたの作戦でも……」
「だろうな。いくら頑張っても完璧に止めることは出来ない。しかし、これが『試験』という枠組みである以上、負けないための『対策』は必ず取れる」
まだ『対策』は取れる。堀北と平田、2人の力を借りれば、この絶対的な窮地も覆せる。
だが、本当であればもっとスムーズに動かせてたはずなんだ。
“櫛田”の協力があればだ。しかし、どうも彼女の様子が少しおかしい。
周りからは上手く隠せているが、よく観察すれば無理しているのが分かる。
試験開始までは普段通りだったのにカムクラとの邂逅があって以来ずっとだ。
まぁ、いなくても特段支障はきたさない。これはいつか聞くことにしようとオレは自己解決した。
「…………この試験の結果に、期待して良いのかしら?」
「それこそ、普段のオレよりかはな。……そろそろキャンプ地に着く。この話はこれで終わりだ。
策が纏まったら必ずお前の元に行くということを頭の片隅に入れて置いてくれ」
「分かったわ」
その言葉を最後に、堀北と別れて歩く。
……間接視野に映る彼女の重心が僅かにブレた。
無理をさせすぎたな、と心の中で謝りながらも、オレは次の重要人物と話を付けるために歩みを止めない。
「──平田」
ベースキャンプへと戻っても歩き続けたオレは、すぐに目的の人物がいる場所に到着した。
相変わらず人気者だ。
心の中でそう呟き、何人かの女子に囲まれているDクラスの王子へと堂々と話し掛ける。
「あ、綾小路くん。少し待ってもらえるかな」
どうやら、いつものように甘い雰囲気で囲まれているわけじゃないようだ。
佐藤や篠原といった平田を囲んでいる女子からの鋭い剣幕によって、チラッと見ただけで厄介事なのは分かった。
そんな空気に構わずもう一歩進むと、囲んでいる女子の1人、篠原がオレを睨んできた。
「ねぇ、綾小路くんさ。今大事な話をしているのが分からないのかな?」
そう言いながら、オレの前へと仁王立ちしてきた彼女に、普段のオレなら怖くて怯んでいただろう。
だが今は───こんな奴にいちいち構っていられない。手短に済まそう。
「悪いがそうは見えない。だから今は退いてくれ。重要な情報が手に入ったんだ」
「は?重要な情報?それがどうかしたの?私たちも重要な相談をしてるのに退くわけないじゃん!」
喧嘩の絶えない池とも仲良く話せていたから、今回はよく回る毒舌も引っ込んでいるかなと思ったら絶好調だった。
オレは篠原の刺々しい態度に、ついついと溜息をついてしまう。
「なによその態度?綾小路くん調子に乗ってるでしょ」
「し、篠原さん落ち着いて!……綾小路くん、先に話したい情報って何かな?」
喧嘩腰になった篠原をすぐさま宥める平田。
そのまま、オレに情報のことを尋ねてくる。
人気者は辛いなと思いながら、オレは簡潔に己の意思を伝えた。
「『Bクラスのリーダー』についてだ。この案件で少し話し合いたくてな」
「え?リーダーについて?」
先に反応したのは篠原だ。
彼女の間抜けた声を聞き、近くにいた佐藤と松下という女子たちも呆気に取られた様子で振り返る。
「……分かったよ綾小路くん。……篠原さん、この話はまた後にしよう」
「……まぁ、リーダーについてなら仕方ないか」
どうやら、篠原たちも納得してくれたようだ。
「あまり人に聞かれたらダメな話だから、向こうで話そう」
「うん、分かったよ」
オレと平田はとりあえず人気の少なそうな所へと移動する。
さすがに真剣な雰囲気だったためか、篠原たちが野次馬に来ることもなかった。
「それで、どんな内容なんだい綾小路くん」
出来る男、平田 洋介は話す前のあの寂しい沈黙を作ることなく、オレにそう切り出してくれる。
さすが平田様と感謝しながら、オレは堀北と敵情視察で得てきた情報をほぼ全て話した。
「……なるほどね。さすが綾小路くんと堀北さんだ。僕なんかじゃ出来ないことを平然とやってくれたね!」
「大袈裟だ。オレはついて行っただけだぞ。
……それよりも平田、ここからが本当に伝えたいことなんだけどいいか?」
大方の説明を終えて少し疲れてはいるが、時間は有限。無駄には出来ないので話を続ける。
「堀北からの伝言だ。まず、明日の昼にクラスに伝えて欲しいことがあるんだ」
「伝えて欲しいこと?それはなんだい?」
ニコニコと笑って促す平田にオレは躊躇いなく、自身の策を告げる。
「────数人を残してこの試験をリタイアする、という説明をだ」
「………え?何を言っているんだい綾小路くん」
数秒の沈黙のあと、平田はオレに当たり前の疑問を投げかけてくる。
「質問は最後に聞く。……まず確認だが平田、この試験で1番やってはいけないことは何だと思う?」
「やってはいけないこと?……ポイントの無駄使いかな?」
「違うな。1番やってはいけないこと、それは───『自滅』だ」
「……自滅?……それはもしかして、クラスが内側から壊れていくことを言っているのかな?」
平田はどこか思い当たる節でもあるのか、オレが述べた答えにそう尋ね返した。
やや暗く重い声音で、その表情も芳しくない。
「そうだ。学生にとって限界状況に近いこの無人島で、もしクラスが分裂し、バラバラに崩壊したら?
集団生活で溜まっている疲労や不満が原動力となって軋轢を引き起こし、クラスがクラスとして機能しなくなったら?」
苦虫を噛み潰した辛い表情を浮かべてる平田は、オレが言いたいことを既に理解してくれたようだ。
だが、現状の理解を深めるため、あえてその先の結果を話す。
「……最悪の場合、ポイントは残せないし、私欲で他クラスにリーダーの情報を渡す裏切り者も出るかもしれない。
そうなればもう試験どころじゃない。歯止めが効かなくなったクラスメイトたちは各々勝手な行動をやり始めて、クラスは成立しなくなる。
Aクラスを目指すなんて夢のまた夢となる。
ここでクラスが崩壊したら、今後似たような試験が起こった時の障害になるのは言うまでもない」
只でさえ厳しいこの環境で、ストレスを溜めずに暮らせる人間がいるだろうか。
足並みを揃えて取り組まなければならないこの試験において、バラバラになったクラスが出せる結果なんて絶望的だ。
特にDクラスのように、協調性がない生徒の多いクラスはそうだ。
初めこそ協力が出来たとしても、もって数日。
その後は、この特別な環境や集団行動でのストレスによって溜まってしまった我慢や怒りが爆発し、惨めな結末へと一直線だ。
「……自滅の危険性は理解したよ。でも、だからといって何故リタイアなんだい?皆でしっかりと協力すれば……」
「最後までこの試験を通過できる、か?確かに、オレたちがBクラスだったら、可能だっただろうな」
なぜ数人を残してリタイアしなければならないのか。理由はいくつか挙げられる。
その内の1つは「少人数の方が行動しやすい」ということ。
集団同士で揉め合う心配が少なく、大量に確保しなければならない食料の問題も解決できる。
そして────スパイの疑いがある「伊吹 澪」を追い出せる。
他にもまだ理由はあるが、今は省こう。
「……それはどういうことだい?」
「簡単な話さ。クラスがバラバラに崩れ始めた時、それをもう一度纏め上げられる“絶対的なリーダー”がいるかいないかの差だ」
「───ッ!」
思いあがっていた訳ではない。
平田が俺の言葉に目を見開き、悔しそうな顔をしたのは、自分なら纏められるという傲慢からではなく、むしろ、心のどこかで本当に纏められるのかと不安があり、それを言い当てられたからだろう。
「さっき、女子たちに何を聞かれてたんだ?」
「!?……そ、それは」
大方、女子だけにポイントを使って過ごしやすい生活を送らせてくれ、そんな無理な要求に応対していたのだろう。
試験開始時から不満を垂れ流していた篠原からの真剣な相談なんて、これくらいしか思いつかない。
そして何とか断っていたが、心優しい平田は女子にモテたいとか地位を守りたいとかではなく、心の底から可哀想だと思ってしまい、折れかけていた。
「分かっただろう?今のDクラスは団結することが出来ていない。対立するグループもあれば、1人を好む者もいる。バラバラなんだ。
そして優先するのは、自分や自分の友達の安全と優位だ。
このまま試験を続けていけば、クラスが分裂し、崩壊することなんて目に見えている。
……だが、平田。まだ二日目だ。崩壊してない今ならまだクラスは纏まった状態だと思わないか?」
「…………そっか。もし仮に皆でリタイアすれば、クラスが崩壊することなく、高円寺くんや池くんが作ってくれた今の良い空気を保ったまま次に起こる特別試験にも臨める。
将来的に考えれば、確かに良い事づくめだ。
……でもさ、綾小路くん。それはこの試験で獲得できるポイントを諦めろってことでしょ?3日間の努力を水の泡にする上に、得られるポイントが無いんじゃ、今度はAクラスを望んでいる人達の不満が爆発するよ」
リタイアは、1人につきマイナス30ポイント。
それがこの試験のルール。
堀北を筆頭にしたAクラスを目指す生徒たちは少しでも上位クラスとの差を埋めたいと思っている。
だからリタイアなんて誰も認めない。それで生じるマイナスポイントを誰も望まないから。
───そうやって、1つのことに囚われるから、折角のヒントを無駄にする。
「3日間の努力は無駄にならない。逆にこれがあったからこそ、多少とはいえ纏まりが出来たんだ。
なにより──マイナスポイントは発生“しない”」
「───!?マイナスポイントが発生しない……?そんな都合の良い話なんて──」
「堀北曰く『ある』んだとよ。皆が知っている“あのルール”を利用すれば出来ると聞いた」
「皆が、知っている……?」
さすがに情報量が多いのか、賢い平田でも理解が追いついていないようだ。
混乱と困惑を露わにして、彼にしては珍しく人との会話より自分の思考へとのめり込んでいる。
オレはそれに少し待ってやった後、平田に正解を教えた。
「───答えは《ポイント譲渡》だ」
「……話が見えないよ綾小路くん。ポイント譲渡で何が出来るんだい?
それはルールにこそあるけど、他クラスを有利にしかねないルールだって茶柱先生も言っていたじゃないか」
「ああ、確かに渡すだけならメリットは無い。
でも、ポイント譲渡を───
それを聞いた平田は、思案する表情になったが、程なくハッと顔を上げた。
「そっか!所持しているポイントを他クラスに全て預けてからリタイアすれば良いのか!
そうすれば今持っているポイントを残したまま、上のクラスとの差を縮められる!」
───『0ポイント未満になることはない』
保有ポイントを他クラスに一旦預けて0ポイントにした後でなら、どれだけリタイアしようと0未満にならない。
そして残っている数人にもう一度ポイントを返してもらえば、元々のポイントに変動は起きない。
カムクラが訊いた、この試験の裏をつくルールを利用すればこの作戦は可能だ。
「流石だよ綾小路くん!僕じゃこんな作戦思い付かなかったよ!」
平田は弾んだ声を上げ、オレの両肩を掴みながらそんな賞賛をくれる。
「……思い付いたのは堀北だよ。それに平田、まだデメリットとその対処法について説明していない」
「あっ、ごめんね。嬉しくて取り乱しちゃったよ」
並の女子生徒ならイチコロのイケメンスマイルでそう謝ってくる。
眩しすぎるな平田。
「まずデメリットというのは、ポイントを譲渡した後に、本当に返ってくるのかが分からないことだ」
「……そうだね。1度渡せば所有権は相手のクラスに移る。そうしたら何かしら意見を言って返さない可能性が高い」
「そうだ。だから渡す相手は慎重に選ばなきゃならない」
「でも、対策があるんだよね?」
「ああ。堀北曰く、『契約』を持ちかけてBクラスと交渉すればいい」
オレはもったいぶった口調で平田にそう告げる。
「契約?それは一体……」
「『契約』の内容は、1度預けたポイントを返してもらう対価として、《スポット》で得たポイントを最終日にBクラスへと渡すことだ」
まず、今持っている全てのポイントをBクラスへと預けるとする。
だがいくら協力関係であるとはいえ、Bクラスにはそれを預かるメリットも返すメリットも無い。
なので、そこにメリットを設ける。Dクラスが「スポット」の占有で得たポイントの譲渡だ。
保有ポイントを1度預かってくれれば、返す時にそれなりの利子をつける。
Aクラスを目指すBクラスからすれば、こうも楽してポイントが増えるので基本的に引き受けない理由などないだろう。
つまるところ、ポイントを預かってもらう対価として「スポット」で得たポイントを最終日に上げるよってことだ。
「確かに一之瀬さんの率いるBクラスなら、返還が成功する可能性も高いね。
でも、これが失敗しちゃったらどうするの?」
「そうしたら、試験を続けるしかないな」
その言葉を聞くと、平田は顔を曇らせる。
「大丈夫だ平田。トラブルの火種ならもう見つけてある。堀北が潰してくれるはずだ」
「……そっか。なら堀北さんを信じるよ」
「他に何か質問はあるか?」
「いいや、問題ないよ」
だったら、この話は終了だ。
オレは別れの挨拶を平田に言って、テントの方へと向かう。
……いや、止めよう。今が好機だ。
理由は知らないが、伊吹の姿が見当たらない。
彼女が
オレはそう考え、伊吹が初め座っていた木の方へと向かった。
────────────────────
「うめぇぇぇぇ」
「本当だわ!塩でもタレでも美味しい!!」
太陽が沈み、暗闇がこの島の空間を支配する中で一際目立つ光から、沢山の人の声が聞こえてくる。
声だけじゃない。
芳ばしい肉の匂いが鼻腔をくすぐり、何も入っていない胃袋を刺激する。
光の周りには沢山の人間。そして有り余るほどの肉や野菜が用意され、焼かれていく。
賑やかなその光景を、僕は少し離れた場所にあるビーチチェアの上から眺めていた。
龍園くんは女子と肉を両手に騒ぎ立て、石崎くんは男子たちと語り合っている。
アルベルトは肉を焼く係のようで、金田くんの他数人と手際良く準備している。
伊吹さんは潜入中。椎名さんはというと───
「食べないんですか?」
僕の近くにまで寄ってきていた。
両手に1枚ずつ、焼かれた肉が載った紙皿と箸を持っている。
「カムクラくんの分ですよ」
「……頂きましょう」
小腹がすいていたので、すぐに紙皿を受け取る。
一緒に渡された割り箸を綺麗に割ると、いよいよ実食です。
「……焼きがあまいですね」
「そうでしょうか?とても美味しいです」
モグモグと上品に噛みしめ、肉を飲み込んでから椎名さんはそう言う。
本来の味を引き出し切れていないこの肉のどこが美味しいのか。
僕はゆっくりと思考を動かしながら、二切れ目を口に運ぶ椎名さんを見やる。
薄桃の唇に運ばれていくまでの手付きに食べ方、やはり、この天然美少女は絵になるようだ。
「カムクラくんも、みんなと一緒に食べましょう。みんなでご飯を食べたらもっと美味しいんですよ」
「そうですか」
「むっ、その顔は信じていませんね」
両頬を膨らませた椎名さんは、不満げな目で僕を睨む。
殺気も威圧も含まない睨みなど痒くもなく、僕は先程と同じく、いつも通りの座り方を貫き通す。
立ち上がる素振りすら起こさずにいると、彼女は徐に紙皿を付近の机に置き、僕の横に立つ。
「実は私、BBQをするのが初めてなんです。初めてだからこそ、私はこんなにも大勢の人と一緒にご飯を食べる楽しみを実感しました。
カムクラくんもあまり人と関わるタイプの人ではないから、こういう機会は少ないでしょう?だから今日を機にみんなでご飯を食べて実感しましょう」
「栄養摂取に楽しさなど不必要だと思いますが?」
「思い立ったが吉日です。行きましょう」
そう言って彼女は僕の前へと手を差し出す。
椎名さんは見かけによらず頑固だ。1度言ったことは基本的に曲げず、それでいて天然マイペース。
…………あぁ、面倒くさい。
「……仕方がありませんか」
「おお、やっとその重い腰を上げてくれましたね」
彼女の小さな手を、僕は掴んで立ち上がった。
本当は行くつもりなど無かったのですが、このままごねているとまた口に捩じ込まれる未来が見えたので、やむを得ない判断です。
「……冷たい」
彼女はそう呟き、柔らかい両手で僕の手を優しく包み込む。
手のひらも指先も温かい。ありとあらゆる才能を持つ僕でもこの手は持っていない。
坂柳さんや椎名さんが持っていて僕にないそれに興味が湧く。
ぬくもり。かつてツマラナイものだと僕から切り離された…………いや、恐らく“彼”も目を逸らしていた、『彼女』を喪って初めて知ったもの。
そして今の僕にも──向き合うことの出来るものだ。
そう考える僕と、銀髪少女の視線が交わった。
「……では早速行きましょう」
彼女は一方の手を離し、もう一方の手で僕の手をそっと引く。
くるり、と銀髪を翻して背を向け、歩き始める。
あまり人付き合いをしてこなかったせいか、恋愛感情と友達に向ける感情が曖昧で、距離感の把握が出来ていない不器用な少女。
辺りに照明は無いので暗くて見えづらいですが、僕の手を引く彼女の頬は少しだけ紅く染まっているように見えた。
「椎名さん。前々から思っていましたが、あなたは異性との距離を掴むのが下手ですね」
「───!……そ、そうでしょうか」
僕の不躾な指摘に、上擦った声が返ってきた。
前を向いてる彼女の表情など見るまでもなく推測できる。でも、それを追及するのは少し野暮な気がした。
「ええ、変に勘違いされたくなかったら、もう少し距離感を覚えるべきです」
「なら……カムクラくんもですよ。対人関係に慣れてないでしょう?」
「それは違います」
かつての僕、日向 創を真似て少しだけ声を張り、彼女の意見を否定する。
頭に疑問符を浮かべた彼女に僕は言葉を続けた。
「忘れたんですか椎名さん。……僕は、対人関係に関する才能も持っていますよ」
「……はぁ、ちょっと狡いです」
そんな僕と彼女らしくない会話をしたまま、光の中心へと到達する。
クラスメイトたちはみな楽しそうに笑っていた。
「おいカムクラ」
近づいてくる足音に伴って、僕を呼び止める声が耳に届いた。
聞き馴染みのあるこの声の方に視線を動かすと、龍園くんが2人の女子生徒を横に携え、両手に花の状態でこちらに歩いていた。
彼の片手には大きめの紙皿があり、肉を補充しに来たのだろうと推測する。
「いつまで手を握っているのですか?」
「……それもそうですね」
僕は龍園くんがこちらへ辿り着く前にそう言う。妙な誤解をされるのも面倒だったからです。
落胆を含んだ声色で僕の言葉に返事した彼女は、名残惜しそうに手をそっと離す。
離した直後、龍園くんが僕の正面に到着した。
「ひよりもいたのか。どうだ、楽しんでいるか?」
椎名さんの存在に気付いていた彼は、先に彼女へそう声をかけた。
「ええ、とても楽しいです」
「クク、そいつは重畳だぜ」
龍園くんはそう言って、自身の隣にいる女子から差し出されたジュースを受け取り、口に運ぶ。
飲み終えたら、近くにあった机に紙皿とコップを置き、携えている2人の女子と共に椅子へと座る。
「本当に良い所にいたなカムクラ。このオレ直々に頼みがあるんだが、聞けや」
「……必要ありません。僕も丁度同じことを思っていましたから」
「クククク、何を根拠に言ってるんだかな。まぁ、どうせ合っているんだろう?───アルベルト」
彼のその呼び声を聞いたアルベルトは持っていた手荷物を全て置き、すぐにこちらへやってきた。
「肉の準備をしろ。カムクラが作る」
「……Yes」
息を飲む音と同時に、彼はすぐさま自分の役割を果たしに行く。
そして僕たちも、BBQセットの前まで移動する。
「椎名さん、ヘアゴム貸してくれませんか?」
「いいですよ」
僕の髪の長さではBBQセットに髪が入るなんて冗談が有り得てしまうので、そのための対処です。
ポニーテールを作るように白いヘアゴムで縛る。
その後、濡れティッシュで丁寧に手を拭いた。
これで最低限の準備が出来ただろう。
「……今日は随分と観客が多いですね」
「気にすんな」
いつの間にやら石崎くんとその愉快な仲間たちも近寄ってきており、10人程がこちらを見ていた。
気にすんなというのは無理があるでしょうと龍園くんに悪態つきたくなる気持ちを抑え、BBQセットの火をつけて網を温めておく。
間もなくして、配達を命令されたアルベルトから多くの材料が届いた。
「では、やっていきましょうか」
多くの観客が見守る中、僕は肉や野菜を焼いた!
上手く焼き上がったそれらを食べたCクラスの皆が、口を揃えて美味しいと絶賛していた!
カムクライズルは1歩前に進めた!
特別試験2日目「夜」
夏の大騒ぎを終えたCクラスの生徒たちは、ほぼ全員がリタイアした。
読み上げ機能を使ってみたのです
龍園 翔→たつぞの しょう
こう読んでくれ───いや、誰やねん