ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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下剋上

 

 

 特別試験三日目、8月3日の朝がやってきた。

 上半身のみを起こして男子テント内を見渡すと、クラスメイトたちが様々な音の寝息を立てて眠っているのが分かる。

 試験開始日からまだ3日目だっていうのに、誰も起きる気配がない。

 慣れない環境下の生活は彼らにゆっくりと疲労を蓄積させたようだ。

 それによって深い睡眠へと入っているのだろう。

 

「……顔を洗いに行くか」

 

 オレは意識をゆっくり覚醒させると、昨日の朝と同様に物音を立てずにテントから出る。

 ぐっ、と伸びて解した後、荷物置き場に向かう。

 誓って物漁りではなく、洗顔したあとに顔を拭くためのタオルが欲しいからだ。

 

「……高円寺はまだいてくれたようだな」

 

 木に取り付けられたハンモックに人影が見える。眠っているかどうかは確認できないがいることに間違いないだろう。

 彼の気紛れは良い方に向いてくれたようだ。

 余談だが、彼が使うハンモックは当然ポイントで買ったものだ。そのためポイント保守派の人間から弾劾されかけていた。

 もっとも、あの食材の山を見せられてしまったら黙らざるを得なくなったが。

 

「朝が早いのね、綾小路くん」

 

「……堀北、起きていたのか」

 

 かけられた声の発生源へと顔を向けると、そこに堀北が立っていた。

 いつも通りに両腕を組み、こちらを睨んでいる。

 しかし今の彼女の睨みでは全く怖くない。

 体調が徐々に悪化している様子が手に取るようにわかった。

 

「殊勝な心掛けね。普段のあなたと大違い」

 

「そんなことないさ。ただ朝が強いだけだ」

 

 適当に言葉を返し、オレは川へと向かう。

 堀北は用があるのかオレの後を付いてくる。

 

「それで、今日はどう動くつもりなのかしら」

 

「……まずは洗顔だ」

 

「つまらない」

 

 惚けた振りをして言った冗談を堀北が真っ二つに両断する。

 もうちょっと優しいコメントをしてくれても良いじゃないか。

 

「……今日の予定はCクラスが残っているかどうかの確認と、Bクラスへの『契約』だけだ」

 

 弱っているとはいえ相手は堀北。また暴力を振るわれたら堪ったものじゃないので、今度は真面目に答えた。

 

「Aクラスには何もしないのね」

 

「正確に言えば何も出来ないだな。あそこまで強固に守られるとさすがにな」

 

「……確かにそうね。面倒この上ないわ」

 

 そうした雑談を交わしながら歩いているうちに、オレたちは川へ到着していた。

 オレはすぐさま屈み、川に流れている水を両手で掬う。

 自然の冷たい水を、自身の顔へと少しだけ勢いを付けて掛けた。

 そしてその動作を2度3度と繰り返す。

 隣を見ると堀北も同じように顔を洗っていた。

 

「何を見ているのかしら」

 

「いや、まぁ、何でもない」

 

 顔だけは超可愛い。本当に整っているんだよな。顔だけは。

 と、喉まで出かかってた言葉を飲み込み、適当にあしらう。

 

「不愉快ね。言いたいことがあるなら直接はっきり言いなさい」

 

「いえ、ほんと気にしなくていいです」

 

 ひぇ、あの恐ろしい手刀が、あれが出てくる目をしている。

 

「はぁ、まあいいわ。それより綾小路くん、Cクラスへの監視はいつ行くのかしら?」

 

「今からだ」

 

「……そう、なら私も付いていくわ」

 

「構わない」

 

 付着した水滴をタオルで拭き取ってから答える。

 冷たい水を浴びたことによって意識が完全に覚醒した。

 やることを1つ終えたので、オレたちは浜辺への道を歩き始める。

 

 そして数分後、昨日と同じ道を通り抜けた。

 

「───ッ!」

 

「やっぱりか」

 

 ここまでの道のりは終始無言だったが、息を飲む音とそんな呟きが入り込む。

 言葉を無くす堀北の驚愕も無理はない。

 なにせ視界に映りこむ光景は一面に広がる海だけだったのだから。

 

「本当にリタイアしたのね」

 

 Cクラスが使っていたビーチチェアやパラソル、コンテナや保冷ボックス、BBQセットや水上バイクなどなど。

 それらの物資は見る影もなくなっていた。

 この場に人はオレと堀北のみ。他にあるのはヤシの木と思われる植物と砂浜、そして青い海だけだ。

 

「……綾小路くん。私はCクラス全員が本当にリタイアしたんじゃないかとしか思えないわ」

 

「根拠はあるのか?」

 

「ないわ。……偏見なのは分かっているのだけど、彼らのような人間があなたの予測した策を思いつけるとはとても思えないのよ」

 

 堀北の考えも分からないわけじゃない。

 オレの意見と堀北の意見。可笑しいのはどちらかと聞かれたら間違いなくオレの意見だろう。

 オレの意見は余計なことを考えすぎだ。そう言われたら確かにそうだと切られるもの。

 Cクラスのあの態度と普段の噂を聞いていれば、ただただ豪遊しているようにしか見えない。

 

「お前の言いたいことは何となく分かる。だが安心しろ堀北。推測を裏付ける“証拠”が見つかった」

 

「……それは何かしら」

 

「《無線機》だ」

 

「無線機?そんなもの一体どこで……」

 

「『伊吹』が土の中に隠していた。オレは昨日、お前との捜索が終わって平田に報告と話をした後で、その存在を確認した」

 

 佐倉たちと伊吹を発見した時、彼女の手はやけに土で汚れていた。

 オレはすぐに周囲の地面を注意深く見回した。

 すると、周りの色とは少しだけ違う色をした土が視認できたのだ。

 その状況から、彼女が何かを埋めたのではという可能性が浮上した。

 ゆえに怪しい。そしてこの疑念は当たっていた。

 

「だから伊吹は100%スパイだ」

 

「……無線機は2人の人間がいなければ成立しない道具。つまり少なくとももう1人、Cクラスの人間がこの無人島に今も残っている。

 ……彼らの真の狙いがリーダー当てだとするなら全ての辻褄が合うわ」

 

「そういうことだ」

 

 堀北は腕を組み、怖い顔をしているが納得の意を示してくれた。

 

「……伊吹さんは哀れね。スパイとしての役目をしっかりとこなしているのに、今日中にはその対象がいなくなるのだから」

 

「まぁそうだな」

 

 Dクラスがリタイアしてしまえば、恐らく彼女もリタイアするだろう。

 残ったCクラスのメンバーと合流しても、伊吹がそのままリーダー当てを続行するのは、オレたちに見つかった時のリスクを上げるだけだ。

 それこそ、豪遊から全員リタイアという隠れ蓑を作った意味が無くなる。

 変にうろちょろし、何かしら疑われるくらいならリタイアさせた方が賢明だろう。

 

 それでも残る可能性があるとしたら、スパイ先をBクラスに変えることくらいか。

 だがそれも殆どありえない。

 なぜならBクラスにスパイを送るならもっと早い段階で送っているはずだからだ。

 そして何よりスパイを送るより先に偵察していたカムクライズルの存在。

 これらから推測するに、奴がBクラスのリーダーを知ることに成功したので、Bクラスへのスパイを取り止めたのではないだろうか。

 スパイを送る必要がなかったのなら、そう考えることも出来なくはない。

 

 それに加えて2クラスもスパイを送ればさすがに怪しまれる。恐らく龍園はそれを嫌ったのだろう。だから指示をしなかった。

 この推測が合っていれば、奴らがBクラスに干渉する必要はないはず。伊吹も下手な行動は出来ないだろう。

 Bクラスが警戒する上、予想外の行動を始めたらそれこそ面倒この上ない。

 

 そんな火種になり得る複数の可能性もしっかりと考慮し、オレは思考を止めた。

 

「帰りましょう綾小路くん。ここにはもう2度と用はないわ」

 

「そうだな」

 

 オレたちは自陣のベースキャンプへと戻るために砂浜から背を向けた。

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 そして時刻は昼前となった。

 オレは、堀北に今朝方宣言した通りにBクラスへ行くための身支度をする。

 堀北も同様に最低限の荷物を準備する。

 今回は大事な『契約』を交わす以上、オレ1人でなんとかなる状況ではない。だからリーダーである堀北に来てもらう必要がある。

 

 オレたちの空気、雰囲気はやや重い。

 1つの山場であるここを落とせば、Dクラスの勝率は勢いよく下がるのが間違いないからだ。

 ミスが許されない一手を放とうとしている状況。そこに巫山戯るなんてことは誰でもしない。

 

「綾小路くん、行くわよ」

 

「ああ」

 

 ──オレたちは作戦の仕込みを開始した。

 Bクラス陣営のベースキャンプがある大木へと、迷うことなく、真っ直ぐ道を進む。

 無駄なく進んでいくと、オレたちはあっという間に大木前へと着き、彼らのキャンプ地がある大木の中に入っていく。

 

「……誰ですか?」

 

 踏み慣らしてある道を進んでいく途中、Bクラスの女子生徒に話しかけられた。

 彼女は明らかな警戒を含んでいる視線をこちらに向けてくる。

 そうなるのも仕方ないだろう。

 この試験において、他クラスとの接触はリーダーを知られてしまう危険性が非常に高いからだ。

 事前連絡も無しに来ているオレたちは完全に敵。彼女の反応は何も間違っていない。

 

「突然の訪問で申し訳ないわ。私はDクラスの堀北 鈴音よ」

 

「……Dクラス」

 

 堀北の自己紹介に、女子生徒は顔を顰めた。

 露骨に嫌そうな表情を見せてるあたり、そういうことなのだろう。

 

「時間を有意義に使いたいから用件を早速言わせてもらうわ。一之瀬さんはいるかしら?」

 

 堀北も相手の表情の変化に気付いてるはずだが、お構いなしに話を進める。

 

「……多分いると思う」

 

 多くは語らない。簡潔な返事に堀北は納得した。

 一之瀬を呼んできて欲しいという旨を女子生徒に伝えると、彼女はしぶしぶといった様子でベースキャンプのある方向へと駆け出した。

 

 1分もしない内に、華やかな薄桃の髪を靡かせる美少女が現れた。その後ろには藍色に近い黒の髪を持つクールなイケメンもいる。

 クールなイケメンこと、神崎との視線が合うと、神崎は薄く笑ってくれた。

 

「昨日ぶりだね堀北さん、綾小路くん。今日はどうしたの?」

 

 一之瀬はニコニコという純粋な笑みとともに話を切り出す。

 

「重要な話をしにここへ来たのよ」

 

「重要な話?」

 

「面倒を省くために単刀直入に言わせてもらうわ。

 一之瀬さん、Dクラスと『契約』を結ぶつもりはないかしら?」

 

 突然のことに驚きを隠さず、一之瀬と神崎は目を見開いた。

 彼らの戸惑いが収まるのを待たず、堀北は契約のことを話し始める。

 

「『契約』の内容は……一之瀬さん、BクラスにDクラスのポイントを預けさせて貰えないかしら?」

 

「!?………………うむむむ、ちょっと待ってね。うーん」

 

 堀北からの提案に、一之瀬は両の人差し指で頭を押さえて考える仕草をとる。

 なんか可愛いな。

 しかし、どうやら状況が飲み込めてないようだ。

 

「……堀北、それは『ポイント譲渡』を言っているのか?」

 

「正解よ神崎くん。私たちDクラスは、Bクラスにポイント譲渡したい。そして、後日に“返して”欲しいの」

 

 腕を組みながら考えていた神崎の方が一之瀬より先に正解へと辿り着く。

 ここまでの会話を聞いたことで、一之瀬も納得の表情を見せ始める。

 

「……なるほどね。あのルールを“預ける”って解釈したのか。この作戦も堀北さんが?」

 

「ええ。昨日の夜、この特別試験での勝ち方を考えている時に思いついたのよ」

 

 堀北は息をするのと同じように嘘を伝える。

 違和感の無いその言い方にオレは少しだけ面食らい、堀北は女優にもなれるのでは…?とくだらない妄想に浸った。

 今は真面目にしなきゃならない時なので、オレはすぐに意識を現実に戻す。

 

「私たちは互いにリーダーを当てないという約束は昨日確認したわ。だから今あなた達を頼りにさせてもらってる。

 ポイント譲渡に必要な条件をBクラスとDクラスは満たしている。私はそう思ったからこそあなた達にこの『契約』を持ちかけた」

 

「うん、そうだね。BクラスとDクラスは互いに狙い合わないって不可侵条約を結んだよ。

 そしてポイント譲渡はお互いのリーダー間でのみすることが可能なルール。つまり、お互いのリーダーを共有してなければ履行できないというルール。

 確かに、今のBとDのクラス間だったら出来るかもしれない作戦だね。

 でも堀北さん、私たちの方にはメリットが無い。むしろ私たちも同じことをしたい、そうは思えないかな?」

 

 さすが神崎、そして一之瀬だ。

 ポイント譲渡のある程度の内容は把握済みの上、上手く切り返してくる。

 

「ええ。だからこその『契約』。あなた達にメリットを設ける」

 

「なるほどな。じゃあ早速、そのメリットになる『契約』を聞かせてくれ」

 

「分かったわ」

 

 堀北はマニュアルについている白紙ページを切り取った部分に書き込んだ『契約書』をポケットから取り出し、神崎に手渡す。

 

 それを受け取った神崎はすぐに目を通し始める。

 するとその横から一之瀬がひょっこり顔を出し、一緒に読み進める。

 2人の距離は肩がぶつかるほどに近い。なのに神崎は気にした素振りもなく、平然としている。

 なるほど……これがリア充か。と、心の中でそう悪態をつく。

 そして彼らは数分程度で読み終えた。

 

「………………なるほどな。堀北の言っていたメリットは『スポット』占有時に得るポイントをさらに譲渡することか。

 流石だな堀北。確かにこれならば、オレたちにもメリットがある」

 

「そうだね。『契約』のことは理解できた。こんなやり方を考えられるなんて凄いとしか言えないよ」

 

 オレたちがBクラスに出したメリットは、神崎の言った通り「スポット」の占有で取れるポイントの譲渡だ。

 DクラスのポイントをBクラスが預かり、きちんと返してくれれば、報酬として「スポット」占有時のポイントが貰える。

 メリットのみだ。ポイント譲渡という提案を承諾するだけで少なくはないポイントが増えるのだ。

 食らいついてくれるだろう。

 

 ────もっともリーダー当てで、BクラスのリーダーがCクラスに当てられるのは、十中八九確定している。

 だからこそ、オレはこんな提案を作ったわけだ。Bクラスとの差を詰められなければAクラスなんて夢のまた夢。

 ここはある種の正念場だ。少しでも差を縮める好機だ。

 

「でもさ堀北さん。私はまだ納得が出来てないよ。まだ“why”、つまりキミたちがポイント譲渡をする理由が分かっていない。

 どうして私たちにこんな提案を持ちかけたのか、ちゃんと説明してくれるよね?」

 

 強めな眼光をとばす一之瀬の目は普段より鋭く、言い逃れはさせないという気持ちが読み取れた。

 

「ええ、説明するわ。なぜこんな契約をするのか。

 それは───私たちDクラスが数人を残してリタイアするつもりだからよ」

 

 それを聞いた一之瀬の表情に変化はあまり無い。どうやらある程度の推測は立っていたようだ。

 これには神崎も同様だ。

 

「……やっぱりね。じゃあ、それを考えたのはどうしてかな?」

 

「……恥ずかしいことに、Dクラスはあなた達Bクラスほどクラスが纏まっていないの。

 このままだとクラスが“崩壊”する。それを事前に防ぐため。

 そしてもう1つ。少数精鋭で行動するため。少数で動くことで飲食、行動の効率を高めた上で───余った時間と労力全てを敵側のリーダー当てに使うためよ。

 ちなみに、リーダーの情報が探れたら協力関係のあなた達にも情報を共有するわ」

 

 堀北の回答に、一之瀬と神崎は揃って思案する。

 そして十数秒で頷き、言葉を発した。

 

「……いやいや、参ったね。まさか龍園くんの策を昇華してくるとは」

 

「ああ、まさに完全上位互換の作戦だ」

 

「そんな上等なものではないわ。私たちDクラスは纏まりがないから仕方なくこの策をせざるを得ないのよ。

 一之瀬さん、あなたのような絶対的なリーダーがいれば、私たちも同じように7日間の試験を続けていたわ」

 

「……私は絶対的なリーダーとかじゃないんだけどねぇ〜」

 

 謙遜もしすぎれば嫌味に聞こえるとはまさにこういうことだ。

 今Dクラスに1番必要な“纏まり”を作れる彼女が、こうも否定する。Aクラスを目指す堀北からすればそれはたいそうイライラするものだろう。

 

「……とにかく、私たちのやろうとしていることは反則ギリギリの事。褒められた手段じゃない。

 もう一日経てばリタイアするかもしれないクラスメイトや贔屓の激しいクラスメイト、優しすぎるリーダーもどきに、今の私のような身勝手な行動している生徒がDクラスには沢山いるの。

 ……でも今は纏まっている。だからこの雰囲気を壊さないようにするためだけの弥縫策。それだけのものなのよ」

 

 途中からやけくそ気味で愚痴り倒してた堀北。

 どうやら、自分の策でもないのにあたかも自分の策と称賛されるのがそんなにも苦痛らしい。

 2つのイライラが積もってきて、彼女も爆発寸前なんだなとオレは判断した。

 

「な、なるほどね。納得したよ堀北さん」

 

「……それは良かったわ。じゃあ、この『契約』に同意してくれるかしら?」

 

「───それはちょっと待って欲しいかな」

 

 鋭く厳しい視線が一之瀬の瞳から放たれる。

 その視線に、オレは内心少しだけ焦った。

 “穴”に気付かれたか。それとも───

 

「何か引っかかるんだよね。パズルのピースが足りない感じ〜」

 

「それは、Dクラスが何かを隠しているってことかしら?」

 

「うん、そう思ってる。実際の所、勘だけど何かね〜」

 

 どうやら杞憂だった。これならば想定通りだ。

 オレは事前の打ち合わせ通りに明かすよう、隣の堀北に目配せをする。

 今この契約にやられて欲しくないことから意識を逸らさせるために新たな情報を出し、撹乱させる。

 

「さすがね一之瀬さん。実を言うと一つだけ言ってないことがあるわ」

 

 オレがされて欲しくないことは「スポット」占有時のポイントではなく──

 ───この試験で配られたポイント(・・・・・・・・・・・・・)を譲渡して欲しいと言われることだ。

 もしこれを言われれば、確実にBクラスのポイントが上がるだけでなく、「スポット」占有時のポイントがいらないほど残したオレたちのポイントも減らされる。それは避けたい。

 彼女がまだ───「スポット」占有時のポイントを貰える。だから、BとDで完全協力してスポットを取れる───とか───楽して敵リーダーの情報を得られる可能性がある───など思ってくれることを願う。

 

「……それは何かな?」

 

「それは───Dクラスに《Cクラスのスパイ》が、1人滞在していることよ」

 

「……それ、結構重大な問題じゃない?」

 

 一之瀬は訝しんだ視線を向けて追及する。

 

「ええ、でもその裏にあることが読めなかったから言えなかった。けどそれも確定できたから言わせてもらうわ」

 

「……裏にあること?」

 

「これも先に結論から言わせてもらうわ。…一之瀬さん、まだ“Cクラスの生徒”がこの島に残っている」

 

 一之瀬と神崎は揃って再び目を見開いた。

 だがそれも一瞬。聡明な思考をフルに稼働させ、即座に状況を理解したようだ。

 

「………………そういう事ね。数人残してリタイアする本当の目的はそのCクラスのスパイを追い出すためで良いのかな?」

 

「さっき言ったことも本当の目的よ。どちらも本当の目的で嘘は言ってないわ」

 

「……確かにそうだけど……」

 

 一之瀬は次の言葉を言おうとして少し吃る。

 どうやら協力関係の相手に、なるべく文句を言いたくないようだ。

 こういう甘い所は平田に少し似ているなとオレは分析した。

 

 一之瀬は神崎にアイコンタクトを送る。熟年夫婦のように素早く応じた神崎はすぐに言葉を繋げる。

 

「ああ、少し狡いな。それにそのスパイのことも、本当かどうかが分からない。どうやってその結論に至ったのか経緯を話してもらおうか」

 

 一之瀬の甘い所は神崎が潰す。なるほど、厄介なコンビだ。

 同時に良いコンビだとも思う。これは一筋縄ではいかない相手だと再認識した。

 

 その後、堀北は神崎と一之瀬に対して、Dクラスに伊吹 澪を招き入れた経緯、現状を全て包み隠さず話した。

 

「ということよ。……一之瀬さん、たとえあなたが気付かなくても、元々この情報は話すつもりだったし、そんなに怪しまないで欲しいわ」

 

「……それはつまり、私たちを試してたってことで良いよね?」

 

「ええ、だってそれがこの学校の方針ですもの。

 上にいるクラスがどれほど高いかを会話で知る。これだって立派な実力でしょう?」

 

 そう言って堀北は薄く笑ってみせる。

 大した演技だ。これで2人の意識は完全に堀北へと向かうだろう。

 ……本当に、良い隠れ蓑となってくれる。

 

「うーん、やっぱりキミは侮れないね」

 

「そうだな。今は味方だが、もし敵になったことを考えると恐ろしいな」

 

 2人は微笑を浮かべつつ、堀北を見てそう言う。

 

「それはあなた達にも言えることだわ。

 ……じゃあ一之瀬さん、『契約』のことは結んだってことで良いのかしら?」

 

「それはちょっと待ってね。さすがにBクラスの皆にも説明して、同意をもらえなきゃダメだよ」

 

「確かにそうね。なら決まり次第Dクラスに遣いを送ってくれないかしら?」

 

「分かったよ」

 

 一之瀬が頷くと、堀北は契約の内容が書いてある紙を彼女に手渡した。

 

「帰るわよ綾小路くん」

 

「……ああ、そうだな」

 

 オレたちは一之瀬たちに背を向けて、自分たちの拠点へと戻り始めた。

 

 ───今回、オレいる必要なかったくね?

 そんな感想が浮かんだが、それは何となく心の中に留めておいた。

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 ……今日は一段と妙な気配だな。

 Dクラスを監視しながらそう思ったのは特別試験開始から三日目の昼頃。

 正午までもう少しといった時間帯、ギラギラ輝く太陽の日差しに苦しんでいた私は、Dクラスのベースキャンプから少し離れてる木の陰で休んでいた。

 

 木陰の中で涼んでるはずなのに額から汗が止まることはない。数十分の間に2度3度と汗を拭う。

 脱水症状を避けるために、お人好し集団から差し入れされた塩入りの水を飲んで水分補給をした後、はぁと溜息を吐く。

 

「……意地なんて張らなきゃ良かった」

 

 情け無いことだが、過去の自分を糾弾したくなる気持ちが込み上げてくる。

 これなら金田に任せていれば、なんて今更ながらそう思ってしまった。

 正直な話、この試験が想像以上に辛いのだ。

 食料はまだマシだが、地面と同等に寝心地の悪いテント、粗末な仮設トイレ、日中はスパイの印象を持たせないためにDクラスの手伝い。

 過酷な労働環境に頭がどうにかなりそうだ。

 何より、気楽に話せる人間が少なくてキツい。

 櫛田や平田は気さくに話しかけてくれるが、他の生徒は私をスパイかもって警戒しているのと、私の近寄り難い雰囲気から話す機会がほぼ皆無だった。

 

「みんな、集まってくれないか?」

 

 すっかり悲観的な思考に沈んでいた私は、平田のその声を聞き、すぐに意識を現実へと浮上させる。

 平田の呼びかけに集まり始めたDクラスの面々に視線を向け、聞き耳を立てた。

 

「集まってくれてありがとう」

 

 連中の注目を集めた平田は、爽やかな笑顔を浮かべて礼を述べた。

 彼がDクラスの実質的なリーダー、平田 洋介だ。

 頭も良くて運動も出来るサッカー部所属。それでいて対人スキルが高く、クラスを問わず人望の厚いイケメン。

 正直、なんでこいつがDクラスなのか疑問だ。

 

「みんな、聞いて欲しい。今後の特別試験への取り組み方を改めて決めたんだ」

 

 彼の言葉に集団がざわつき始める。驚いた顔を見合わせる生徒が多い所を見ると、今初めて伝わった情報だというのが分かった。

 

「でもその前に、今Dクラスに残っているポイントを確認しよう。

 僕たちが今日までに残したポイントは───248ポイント。正直、ここまで上手く行くとは思ってなかったよ」

 

 248!?嘘だろ!?Dクラスのやつらがそんなにポイントを残せるなんておかしいだろ!

 私はそう心の中で叫び、目を丸く見開いた。

 動揺が顔に出てしまったが、あまり挙動不審だと怪しまれるので幾分か平静を装う。

 

「食料を調達できる場所を見つけてくれた高円寺くん、食べられる木の実を選別してくれた池くん、川の水を積極的に飲んでくれた人たち。

 彼らのおかげで、この3日間、飲食に関わるポイントを10ポイントに抑えられたよ」

 

 私はキャンプ場を見渡し、Dクラスがどんな物にポイントを使ったのか計算した。

 仮設トイレの20ポイントと男子用テント2つの20ポイント。それに一日目の夜に頼んでいた40人分の携帯食料と塩入りの水が入ったペットボトルの食料セット10ポイントを加算して計50ポイント。

 そして、あの自由人が勝手に注文した2ポイントのハンモックも合わせて52ポイント。

 たったこれだけだった。信じられない。ここまで残せるなんて。

 ───これは龍園に報告しないと不味いな。特に今回活躍した人物は必ず伝えないと。

 

「そしてこれからも、出来るだけ多くのポイントを残したい。みんなもそれに異論は無いよね?」

 

 Dクラスのほぼ全員から賛同の声が上がった。

 予想以上に纏まっているクラスの様子に戸惑う。

 自由人で有名な高円寺や常に1人で行動しがちな堀北、他にも協調性のない生徒が沢山いたはずだ。

 それなのに、今は『団結』という言葉が相応しいクラスへと変わっている。

 私は自分の目的を果たせるか不安になっていく。

 

「そこで僕から1つ提案があるんだ」

 

 平田の言葉は止まる間もなく続いた。

 

「結論から言わせてもらうね。──この特別試験、みんなでリタイアしないかい?」

 

 音が暫し消えた。

 

「……ど、どういうことだ平田」

 

 黒縁の眼鏡をかけた男子が戸惑いと不服を示し、爽やかな表情を見せてる平田に抗議する。

 

「折角Aクラスとの差を詰めるチャンスなんだぞ。今は上手くいっているんだ。冗談でもそういうのはやめてくれ!」

 

「幸村くん。…話を最後まで聞いて欲しい。これは冗談じゃないし、ちゃんとした意味があるんだよ」

 

「意味だと……?」

 

 幸村と呼ばれた男子の表情と目つきは険しくなるが、平田は余裕の笑顔を崩すことなく、その説明を続けた。

 

 

「うん、それはね────」

 

 

 

 

「……なるほどな。だからリタイアか。飲食や行動の効率を上げるためと少数精鋭でリーダーを当てにいく態勢を作る。と同時に、少人数になったことで外した時のリスクを高められるのか。

 そして『ポイント譲渡』と『0ポイントよりも下にならない』というルールを上手く使ったBクラスとの《契約》。それによって、248ポイントを全て残すことが出来ると」

 

「そういう事だよ幸村くん」

 

 5分程度話した平田の言葉を、Dクラスでもかなり勉強が出来る男、幸村が上手く要約してくれた。

 率直に感想を述べるなら───ふざけるなだ。

 苦労して潜入したばかりなのに、こいつらは私の努力を水の泡にする作戦を実行する気なのだ。

 なによりその作戦を考えついた切っ掛けが、カムクラのあの質問だときた。本当にふざけている。

 

「理解も納得も出来た。それならポイントも十分に残せる。良い作戦だとも思う。しかし平田、問題がまだあるぞ」

 

「それは何かな?」

 

「誰を何人残すのかだ。それも数人だけなら男女で残すわけにもいかないだろう」

 

 幸村は至極真っ当なことを言う。

 確かに仮に男二人、女二人で4人残るとしたら、チョメチョメしかねない。いや、監視の腕時計あるから無理か。

 ……何を考えているんだ私は。どうやら、突然の展開に頭がパニックに陥ってたようだ。

 

 自分の思考が迷走してるのに気付き、一呼吸して落ち着きを得ると、現実ではそうそうと女子たちが頷いていた。

 

「そうだよ平田くん。こういうのは男子にやらせるべきだよ」

 

 平凡な顔立ちの女子が前に出てそう言った。

 女尊男卑。真鍋みたいな女だなこいつ、と端的な感想が浮かんだ。

 

「ちょっと待てよ篠原。そうやって決めつけるな。女子だけでやる可能性もあるんだぞ」

 

「はぁ?幸村くんは、女の子を数人だけ残して他はリタイアさせる方が良いって思うの?最ッ低」

 

「そうは言ってないし、俺も断固反対だ。こういうのはDクラスでも優れた数名を選ぶべきだ」

 

「……まぁ、確かにそうだね。でもさ、その優れた人って例えば誰なのよ」

 

 幸村が味方だと分かった篠原は口撃を止める。

 単純と言うべきか、世渡り上手と言うべきか困るところだ。

 

 平田は進行役として、残るべき人物を推薦して欲しいとお願いした。

 数分ほど考える時間を与えた後、とうとう発表の時間へと移った。

 初めに、言い出しっぺだからと平田が立候補し、全員がそれに賛成した。

 その後も続々と候補者の名前が挙げられていく。

 

「……不本意だが、俺は高円寺を推薦する」

 

 発言したのは幸村だ。彼は悔しそうな顔を見せてそう告げた。

 

「幸村くんの意見に僕も賛成だよ。あと、僕からは池くんも参加して欲しい」

 

「ええ!?お、俺かよ」

 

 池と呼ばれた男子は、驚いた態度のわりに随分と声の調子が弾んでいる。

 頼られるのが嬉しいんだろうな、と私の拙い分析力でも読み取れた。

 

「幸村ボーイ。それはダメだねぇ」

 

「……どうしてだ高円寺」

 

「私は体調が悪いからだ。今でも我慢しているが、残されたら熱を出してしまうかもしれない」

 

「嘘をつくな!ピンピンしてるじゃないか!」

 

「これから悪くなるのさ幸村ボーイ」

 

「絶対仮病じゃないか!」

 

 幸村と高円寺の漫才的なやり取りに、Dクラスの集団に笑いが起きた。

 けどそれも一瞬で、すぐに次の候補を挙げようと空気が切り替わる。

 

「他に推薦はあるかな?」

 

「なぁ、平田。オレがやっても良いか?」

 

 そう言って手を挙げたのは、このクラスで気軽に話せた男子、綾小路だ。

 

「僕は賛成だよ綾小路くん。皆はどうかな?」

 

「私も賛成かな。だって綾小路くん、堀北さんとリーダー当てのために色々準備してたんでしょ?」

 

 そう言ったのは真鍋に似ていると判断した女子、篠原だ。

 彼女の後押しする言葉に、私は耳を疑った。

 正直、綾小路の人望は薄いと思っていたからだ。

 

「まぁ、多少の手伝いはしたつもりだ」

 

「なら私は賛成するよ」

 

 篠原の賛成が発破となったのか、だんだん賛成の声が大きくなる。

 リーダー当ての準備をしてたのは堀北だろうが、綾小路が近くでそのやり方を見てたのなら多少警戒するべきだな、と私は頭の隅に記憶しておいた。

 その後、Dクラス全員の意思が纏まり、綾小路も参戦することが決まった。

 

「平田。オレも良いか?」

 

 続けて手を挙げたのは暴力事件に巻き込まれた男、須藤だ。

 彼は決意の色が浮かんだ表情でこう言った。

 

「オレはこの前の事件で皆に迷惑を掛けちまった。だから名誉挽回っつうか、役に立ちてぇんだ。

 それにこういう試験じゃ体力がものをいうだろ?オレはそこに自信があるしよ」

 

「ありだと思うわ」

 

「堀北!」

 

 肯定の意を初めに示したのはDクラスで最も警戒すべき女、堀北 鈴音だ。

 聞けば、カムクラの質問からあの作戦を考案したのもこいつらしい。

 須藤は堀北の賛成に尻尾を振る犬のように喜び、嬉しさを声に出す。

 

「彼の体力、運動神経はこういう試験において力を発揮するわ」

 

「そうだね。僕も賛成だよ。皆はどうかな?」

 

 再び平田が採決を取ると、全員が賛成した。

 

「他にはいるかな?」

 

「いや、この4人だけで俺は良いと思う。これ以上は効率が悪くなると思う」

 

「私も賛成だよ!」

 

 明るい声でそう言ったのはDクラスのアイドル、櫛田 桔梗だ。

 彼女が肯定すると、下心丸出しの男子たちが俺も俺もと手を挙げて同調した。

 龍園がやっていた鶴の一声より、なんか嫌な一声だな。

 

「よし、じゃあこれでメンバーは決まりだね!僕を含めて4人、みんな任せてくれ!」

 

「おう!任せたぜ」

 

「頼んだぜ寛治、健……あと綾小路も」

 

「頑張ってね平田くん!」

 

 

 ───今がチャンスだ。

 Dクラスがわーわーと盛り上がってる隙に、私はおさらばさせてもらおう。

 これ以上留まっていれば私のことを聞いてくる輩が現れる。話しても良いが、対応次第でやらかす可能性がある以上、さっさと退散した方が吉と見る。

 

 そう判断した私は素早く荷物を纏め、Dクラスのベースキャンプ地から『無線機』と『懐中電灯』を埋めた大木へと向かった。

 

 到着してすぐさま掘り返す。途中で少し違和感を覚えたが、急いでるので気にしてられない。

 そして人気の無い場所へと移動した。

 周囲に誰もいないか確認した後、ビニール袋から無線機を取りだし、電源をONにした。

 

「さてと……」

 

 私は無線機を耳に当てる。ツーツーという電子音の後に、あのムカつく男の声が聞こえるだろうが、今はそれどころじゃない。

 そして通信の回線が繋がった。

 

「おい龍園、緊急事態だ。Dクラスが──」

 

『────リタイアの準備を始めましたか?』

 

「え?」

 

 私は無線機片手に瞠目する。

 驚いた。応答した声が───予想外だった。

 そして、その無機質な口調が発した言葉にも。

 

 暗に予想していたと伝えてくる平坦な声の主は、龍園ではない。

 呆然とする私に、相手は道案内するような調子で淡々と続けた。

 

 

 

 

『では伊吹さん。そのまま〈Aクラス〉に向かってください』

 

 

 

 

 




週1投稿を心掛けているのですが、今週はゴタゴタして出来なかった
済まぬ

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