ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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復帰


協力

 

 

「大変だみんな!起きてくれ!」

 

 深い眠りに包まれていた意識の中に、慌ただしく呼び起こす声が飛び込んできた。

 まだ眠気が意識を支配している。

 しかし声の主が平田であり、彼が慌てるほどの何かが起きた。そう考えると眠いから無理とは言ってられない。

 オレは眠たい目を擦りながら、のっそりと身体を起こす。

 

「……一体なんだってんだ平田」

 

「……そうだぜ。俺はもうちょっと寝たい」

 

 若干の苛立ちを滲ませる須藤とまだ半覚醒の池。今日は特別試験5日目の朝。疲れも相まって朝方に弱くなっているのだろう。

 

「それどころじゃないんだ!外を見てくれ!」

 

 平田の急かす声に2人は目を擦りながら、気持ち早めに身体を起こす。

 そして2人はテントを出て、平田の方へと歩いていった。

 

「…………来たか」

 

 オレは外で今何が起きているのかを推測した後、遅れて外に出た。

 

「おいおい、なんだこりゃ……」

 

「な、なんだよこいつら?」

 

 外に広がる光景は確かに予想通りのものだった。

 ───他クラスの生徒がいた。彼らはDクラスのキャンプ場を四方八方から監視できるような配置で散らばっている。

 1人2人ではない。オレは首を振り、素早く人数を数える。

 

「……16人。多いな」

 

「……うん。そして、やられたね綾小路くん」

 

 平田は苦虫を噛んだ表情でそう言った。

 池や須藤はまだ驚いているが、どうやら平田は気付いたようだ。

 彼らが今後、オレたちがスポット占有を更新する時に尾行してくる可能性があることに。

 

「……反省や後悔は後にしよう。今はこの状況を、どうやって打開するかだよ」

 

「そうだな。……とりあえず対話してみるか?」

 

「そうだね。みんな付いてきてくれるかな?」

 

 平田の言葉に、オレと池と須藤は即座に頷いた。

 先程まで眠たくて仕方なかったが、今はもう意識が覚醒していた。

 団結したオレたちは、平田を先頭に他クラスの……Aクラスの生徒の元へと歩いていった。

 歩き始めるとAクラスにも動きがあった。

 全ての視線は纏まっているオレたちに移る。数多の視線がこちらを射抜いてくる。

 そして何より、使者を出迎えるように1人の生徒がオレたちに向かって歩いてきた。

 その生徒は知っている。昨日話した男、橋本だ。

 

「おはよう、Dクラスの皆さん」

 

「てめぇ、何がおはようだ。これは一体どういう真似だ!」

 

 対面するとすぐに、須藤は余裕を見せる橋本に食らいつく。

 

「おいおい、わざわざ説明しなきゃ分かんねえのか?監視だよ監視」

 

 ヘラヘラと笑う橋本。その少しイラッとする仕草に須藤の身体が小刻みに揺れ始めた。

 相変わらず沸点は低いが、我慢している事が分かる。

 

「こ、こんなのルール違反だろ!」

 

「いいや、そんな事ないぜ。オレたちはお前たちに対して、暴力行為も、略奪行為も、器物破損もしていない。

 ただ視ているだけなんだ。何か問題があるか?」

 

 橋本の言う通りだ。Aクラスはルール違反など何一つしていない。

 ただただ大胆な監視。それだけだ。

 そして、この行為を不快に感じるのは仕方ないが、悪いことではない。

 なぜならこの試験はリーダー当てというものがある。

 彼らはそれを達成するために考え、行った事。

 集団監視と聞くと、悪い側面が見えてきてしまうが、ことこの試験では何も悪くない。

 

「確かにルール上問題ないよ橋本くん。でもちょっと不愉快だよ。今すぐやめてくれないかな?」

 

 あの平田から不愉快という言葉が流れることに少し驚く。

 しかしそんな事より、やめろと言ってやめるわけがない。

 

「それは無理。オレたちもポイントが掛かっているんだ。勝つために動かせてもらう」

 

「……分かったよ。みんな、とりあえずテントの中に入って相談しよう」

 

 平田の意見に納得したオレたちは、再びテントの中へと引き返した。

 まぁ、安牌だな。テントの中ならさすがに彼らは入ってこれない。

 テントに触れて来れば、器物破損と適当に訴えれば良いからな。

 

「クソっ!何なんだあいつら……ふざけやがって!」

 

 テントの中に入り、相談をするために腰を下ろしたオレたち。

 怒りを露わにする須藤の行動を責められる者はいなかった。

 たとえルール上問題なくても、四六時中、そして四方八方から監視されればストレスは溜まる。

 今の状況は、無罪なのに監獄の中にいるようなもの、何としても打開しなくてはならない。

 

「……とりあえず話し合おう。何か考えがあるかな?」

 

「あいつらを全員ぶっ飛ばす」

 

「健、それじゃ暴力行為になっちまうだろ」

 

「……わぁってるよ」

 

 どうやら須藤のストレスはピークに近いようだ。

 爆発されるのも面倒なので、助け舟を流そう。

 

「……平田、他クラスと協力するのはどうだ?」

 

「うん、僕もそれが良いと思う。そして出来れば……Bクラスと共同生活を送りたいね」

 

 さすが平田だ。この短時間でその解答に辿り着くとは中々頭の回転が早い。

 そしてこれで、平田洋介が提案した策(・・・・・・・・・・)となった。

 

「何で共同生活なんだ?」

 

「……そっか。池くんと須藤くんは知らなかったね。

 Bクラスは今回、『守り』を徹底してるんだよ。それも僕たちのベースキャンプ場より良い場所でね。

 そんな彼らの拠点の中に入ってしまえば、いかに監視の名目といえどそこまで深くは潜入できないはずだよ。

 そして何より、Aクラスの人たちは僕らの人数が少ないからこそ、あの人数を導入して監視したんだよ。

 Bクラスと共同生活ができれば、実質的にBとDは同クラス。数のハンデはなくせる」

 

「……なんとなくだけど分かったぜ。つまり、守って貰うってことか」

 

「簡単に言えばそうだよ須藤くん。僕の意見に問題はあるかな?」

 

「……他クラスに守られちまうのは癪だが、まぁ、クラスのためとなれば仕方ないんじゃねえか?」

 

 先程のような怒りはなく、落ち着いた声で須藤はそう言う。

 須藤、成長したんだな。オレはなんとなく感慨深くなってしまう。

 

「俺も賛成、綾小路は?」

 

「異論はない」

 

 皆の意見が纏まった。後は行動に移すだけだ。

 オレたち4人は再び立ち上がる。

 

「じゃあ、早速Bクラスに行こう」

 

 平田の指示とともにテントの外へと出た。

 外の光景は相変わらずだ。Aクラスの生徒が散らばって監視していた。

 オレたちは全方位から向けられる視線を無視し、Bクラスのベースキャンプへと向かった。

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 やや早歩きで森の中を進むDクラスの4人。

 今はBクラスのキャンプ場へと向かっている最中だ。

 先に気になっていることを言っておこう。

 今現在は移動中だが、Aクラスの監視は外れていない。

 監視の量はかなり減ったが、オレたちから少し離れた所で5名程がこちらについてきている。

 

「よし、着いたな」

 

 折れた大木を越え、Bクラスのキャンプ地は目前だ。

 

「……やっとかよ。全く鬱陶しかったぜ」

 

「ほんとだよ。ストーカーされるってこんな気分だったのかよ。うう、気分悪い」

 

 須藤と池は未だ後ろで監視している集団を見ながら愚痴を零す。

 オレもその集団を見ると彼らは先程より距離を開け、止まっていた。

 やはりBクラスに近づいたからだろう。どうやらついていくかどうか迷っているようだ。

 

「あれ?どうしたの?」

 

 背後にある入口付近から高い声がした。

 オレたち4人は集団ストーカーを見ていたために背後からの存在に注意を怠っている。

 だからその声に、4人はいっせいに振り返った。

 

「一之瀬さん、良いタイミングだよ!」

 

 平田は感激の声を出す。

 後ろにいたのはBクラスの人気者、一之瀬 帆波だったからだ。

 その後ろには今回の試験におけるBクラスのリーダー、白波 千尋もいる。

 

「……ふむふむ、どうやら何かあった感じだね。とりあえず中に入って話を聞くよ」

 

 一之瀬は辺りを見渡して状況を分析する。

 数秒後、Aクラスの存在を確認すると目を細くした。何かを直感してくれたようだ。

 そしてこの場での最適解を導き出す。

 

「ありがとう一之瀬さん。助かるよ」

 

「にゃはは、どういたしまして!」

 

 オレたちは一之瀬の手招きに従い、Bクラスのベースキャンプへと入っていった。

 後ろを振り返ってもAクラスの姿は見えない。どうやら監視はなくなったようだ。

 

 進んでいくと以前来たときより発展していることが分かった。

 ハンモックの数は以前より少し増え、しっかりと取り付けられている。

 オレたちが譲った8人用のテントは寝床としてだけではなく、入口からの景色を見せないようにする障害物としても利用されていた。

 他にも少ないスペースで井戸やウォーターシャワー、そしてたくさんの高円寺流天然バッグといった色々なものが視界に入る。

 

 オレがそんな光景を分析していると、横で併走している白波 千尋と視線があった。

 彼女は視線があうとすぐに目を逸らした。顔色が悪く、挙動不審ともいえるその行動した彼女が気になったのでオレは話しかける。

 

「……どうした顔色が悪いぞ」

 

「!?い、いいえ。そんな事……ありません」

 

 ……ちょっとショックだ。これでも顔見知りなんだけどな。

 彼女との出会いは……まぁ、あれだ。オレの悲しい思い出の1つなんだが、こんなにも嫌われるような素振りをした覚えはない。

 なのにこうも顔色を悪くされた。涙が出そうだ。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「だ、大丈夫。本当に大丈夫だから」

 

 ……なんだ?違和感を感じる。

 彼女の様子がおかしい。本当に体調が悪いだけなのか?

 自己暗示のように大丈夫というが……何を我慢しているんだ?

 

「おいおい、どうしたよ綾小路。こんな時にナンパか?……あれ、キミどうしたの?顔色悪いけど」

 

 オレが白波と話していることに気付いた池は冗談を添え、笑いながら乱入する。

 しかしすぐに真剣な顔付きで問いかけた。

 池の声にみなが反応する。その事で集団が8人用テントの前で止まった。

 

「大丈夫千尋ちゃん!?具合悪いの?」

 

 白波の様子に気付いた一之瀬はすぐに白波のおでこに触り、熱があるかどうかの確認をする。

 

「い、い、一之瀬さん。私大丈夫だから。ほ、本当に」

 

「……確かに熱はないけど、全然大丈夫そうに見えないよ」

 

 終始大丈夫と言い続けるが、誰の目から見てもそうは見えない。何を我慢しているんだろうか。

 

「……もしかしてあの日が来ちゃったの?」

 

 一之瀬は何かを思い付いたようでぼやかしてそう告げる。

 

「!?……ち、ちがうよ…………その……」

 

 白波は驚いたあとに、否定しようとした。

 どこか様子がおかしいが、一之瀬の言う通りなのかもな。

 ……あの日。なるほど女子特有のあの日か。確かにオレたち男子には分からない事だな。

 だが何故否定する。生理現象ならば休んでも文句はないだろうに。

 

「とりあえずゆっくり休もっか千尋ちゃん。あとは私がやっておくからさ」

 

「………………」

 

 白波は俯いてしまう。

 一之瀬は近くにいた女子生徒を呼び止め、白波の手当をするよう伝えた。

 そこからの動きは迅速で、白波は一之瀬が呼び止めた女子生徒によって他のテントへと連れていかれた。

 

「あの日?あの日って何だ?」

 

「池くん、それはね───」

 

 平田が池に耳打ちをすると同時に、口元に人差し指を立てる。

 説明が終わると、池は喋らずぶんぶんと頭を振り、納得した意を見せた。

 

「一之瀬、白波は本当に大丈夫なのか?」

 

「うーん、熱はなかったし、大丈夫だと思う……けど昨日から千尋ちゃん、ちょっと変だったんだよね」

 

「変?」

 

 オレはその不確定要素にピクリと反応する。

 

「うん。さっき私が入口付近にいたのもそれが理由でね。昨日の夜突然、明日の朝に2人きりで話がしたいって呼ばれちゃってさ。

 何かあったんだと思って話を聞こうとしたんだけど、そしたらちょうど君たちが来たんだよね」

 

「……なるほどな」

 

「まぁ、でも多分あの日なんだと思う。だって、千尋ちゃんってやると決めたら体調悪くても我慢してやる子なんだよね。

 何でも1人で抱え込んじゃう癖もあるし、まだ頑張れるって自分を鼓舞してたんだと思う」

 

「けどさすがに体調が悪すぎて一之瀬だけには伝えようとしたのか。……悪い事をしたな」

 

「ううん。それは結果論だから君たちのせいじゃない。それにリーダーのこともあって無理させすぎちゃった私たちにも責任はあるし」

 

 そこで会話が終わった。少しの沈黙の後、彼女は大きく息を吸って胸を張る。そして吸った空気を吐き出した。大胆な深呼吸だ。

 

「……ふぅ。さて綾小路くんたち、ちょっと待っててね」

 

 ニコリと笑った一之瀬はそのテントの中に。テントの中で談笑していた男子に何かを話す。

 数十秒程度の会話が終わると、談笑していた男子はテントの中から出てきた。

 これでこのテントの中は空になった。そう考えて良いだろう。

 

「よし、じゃあ入って入って」

 

 テントの入口からひょっこりと頭を出してそう言う一之瀬。

 意識しているかは分からないが、その笑顔、その可愛さは反則だ。

 事実、池は悶絶するまで3秒前と言ったところだ。

 オレたち4人は一之瀬の言葉に従い、テントの中に入った。

 腰を下ろし、話せる態勢を作ると、一之瀬が会話の切り出しを行った。

 

「さてさてさ〜て、今日は何用なのかな?」

 

「用はAクラスについてだよ一之瀬さん。彼らへの対策をしたい。そのためにBクラスを頼りに来たんだ」

 

「なるほどなるほど。……じゃあまずは今がどういった状況なのかの説明をお願いしていい?」

 

 平田は首を縦に振り、了解を示す。

 そしてAクラスの集団ストーカーについて朝からの状況を詳しく、丁寧に説明した。

 一通り説明し終えると、一之瀬は腕を組みながら納得を示した。

 

「…………ふむふむ。つまりは、Aクラスも『攻撃』に力を入れてきたってことね。

 そして君たちはその対策と相談をするために私たちのクラスに来た訳か〜」

 

「その通りだよ」

 

 伝えた話を噛み砕き、オレたちが今やりたいと思っていることを即座に把握する一之瀬。

 平田はそんな一之瀬にニコリと笑いながら頷く。そしてすぐに真剣な表情になり、続ける。

 

「差し出がましいけど、早速Dクラスの策を聞いて欲しい。

 ───僕たちDクラスを君たちBクラスに匿ってくれないかな?」

 

「…………なるほどね。数には数を。私たちと一緒に生活をして実質的に1つのクラスになる事で数の不利を失くそうってわけか〜」

 

「うん。どうかな?」

 

 平田の確認に対して、一之瀬は僅かな時間で答える。

 

「私としてはOKだよ。多分、他のクラスメイトも了承してくれると思う。

 だってBクラスとDクラスはもう一心同体みたいなもの。この試験におけるクラスの垣根は殆ど取り払われている。そうでしょ?」

 

 愛嬌のある笑顔と意図を含んだ問いかけ。

 池と須藤は何のことだと頭を捻るが、平田はその意図に素早く気付く。それは『ポイント譲渡』のルール利用によって起きたお互いのリーダーの開示。

 この特別試験において、リーダーの存在は勝敗を大きく左右する。『他クラスに自クラスのリーダーを当てられたらマイナス50ポイント』というルールがあり、もし当てられたら大きな損害をもたらしてしまう。

 他クラスに知られてはいけない存在。特別試験終了まで守りきらなければいけない存在。それほど重要な役割を持った役職だ。

 そんな存在をBクラスとDクラスはお互いに開示している。つまり、互いに互いの生命線を握っている状態。

 裏切れば裏切られるが、同時に裏切らなければ裏切られない。

 リーダー開示という危険な橋を渡りきったクラス同士のみが出来ること。それがクラスという垣根の撤廃だ。

 

「一之瀬さん、本当にありがとう!」

 

 平田は全霊の感謝を伝える。そして右手を差し出し、友好関係を示すための握手を求めた。しかし、一之瀬はその手を掴むのに躊躇う。

 

「あはは、まだ100%OKってわけじゃないよ平田くん。Bクラスのみんなの了承を得てからじゃなきゃ」

 

「あ、そっか……」

 

 どうやら、策に同意してもらった嬉しさのあまり、一之瀬の言葉が頭から一部抜けてしまったようだ。

 何でも卒なくこなす平田にしては珍しい凡ミスだなとオレは思った。隣に座る須藤も意外そうな表情を浮かべているために同じことを思ったのだろう。

 その後腕を下ろし、早とちりしちゃったよと笑いながら言う平田。一之瀬も大丈夫だよとすぐに返す。

 

「それじゃあ、私は他の人達にこの事を伝えてくるね!その間は自由にしてくれて構わないよ」

 

 話し合いが終わったので、一之瀬は行動を起こすために立ち上がる。そしてそのままテントから出て行った。

 

「ふぅ、とりあえず一段落かな?」

 

「ああ、そうだな。お疲れ様」

 

 少しの疲れと安心が含まれている息を吐く平田にオレはねぎらいの言葉を送る。

 池も同様に続ける。

 

「おつー、あの感じだと上手くいったな」

 

「そうだね。手ごたえもあったし、多分上手くいったと思う。本当に失敗しなくて良かったよ。もし失敗してたら…………」

 

「悲観的になるなよ平田。それに多分じゃねえよ。必ず成功した、楽観的にいこうぜ」

 

 普段チャラチャラしている池からは考えられない発言。彼もまたこの特別試験を通じて成長したんだな。

 

「寛二お前…………いつの間にそんな難しい言葉を。似合わねぇ」

 

「うるせえよ!オレだって少しずつ頭良くなってんだよ!」

 

 二人は再び漫才のようなやり取りをしながら取っ組み合いを始める。しかしそこには笑顔が見受けられ、とても楽しそうだ。

 そんな光景を見ていた平田は、ついついこちらも笑ってしまったという感じでフフッと微笑む。

 

「ああ!何笑ってんだよ平田!さてはお前も俺を馬鹿にしてるな!」

 

「うんうん、ちょっとだけ意外かなって」

 

「そっか。…………って、やっぱ馬鹿にしてんじゃねえか!平田だってさっき意外なミスしてたくせに!」

 

 池は須藤との取っ組み合いから抜け出し、平田を指差しそう言う。

 

「確かに平田にしては意外なミスだったな。なんか一之瀬に振られた感じみたいだったし」

 

「あははは、健言い方」

 

「あ、ああすまん平田。別に馬鹿にしたわけじゃねえんだ」

 

「大丈夫、気にしてないよ須藤くん」

 

 相変わらずのイケメンスマイルで平田は余裕を持って言葉を返す。今の平田の精神状態はかなり良好だな。

 心なしか、いつもより笑顔が眩しく感じる。

 オレがそんな風に考えていると、平田は須藤たちからオレのほうへと向きなおり、小声で話しかけてきた。

 池と須藤は未だ漫才を続けていてこちらに興味はなさそうだ。

 

「ありがとう、綾小路くん」

 

 急にそんなことを言われたオレはもちろん戸惑う。頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。

 

「……これといって感謝されることなんてないんだが」

 

「うんうん、そんなことないよ。君が僕にリタイア作戦のことを教えてくれなければ、今頃僕はこんな風に笑えてなかった気がするんだ」

 

 予感だけどね、と平田は付け加える。

 

「考えたのは堀北だけどな」

 

「本当にそうかな?」

 

 強い眼差しがこちらに向けられる。確信に近いものを含んだ視線が俺を見る。

 

「ああ、本当だ」

 

 オレは間髪いれずにそう返す。平田はこの反応に予測していたのか、すぐに諦めた表情を見せる。

 

「……そっか。なら、堀北さんに感謝だね」

 

「そうだな」

 

 そこでオレと平田の内緒話は終わる。さて後は、一之瀬からの報告を待つだけだな。

 

 

「みんなお待たせ!OK出たよ!」

 

 

 何かを考える暇もなく、聞きやすい声とともにテントの入り口が勢いよく開く。

 オレたち4人は、入り口の前に立っている一之瀬のほうへと視線を動かす。

 

「本当かい!?」

 

 平田は立ち上がり、そう言う。

 

「うん本当。だからはい!」

 

 一之瀬は平田に近寄り、先程の平田と同じように右手を差し出す。

 平田は笑顔とともにその手を右手で握り返した。

 

「この試験勝とうね」

 

「ああ!」

 

 今日一番の声量と気持ちの篭った声色で平田は答えた。

 

 

 

 BクラスとDクラスの関係が深まった!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ白波さん、もう大丈夫なの?」

 

 私の事をしっかりと見ながら、心配そうに声をかける看病してくれたクラスメイト。

 ペコリと一礼してから私は答える。

 

「うん、大丈夫。一之瀬さんにも自分で報告出来そう」

 

「そっか。そりゃ良かった。無理しないでねリーダー」

 

 リーダー。あぁ、なんて荷が重い役職なんだ。この責任が私の体調を崩している原因の1つ。後悔が積もる。

 

 

「……がんばるよ。看病ありがとう」

 

 そう言って私はテントから出る。そのままクラスメイトから逃げ出すようにやや早歩きで立ち去る。

 行く先は決まっていた。自分の鞄のあるテントの中。私は素早く移動し、到着する。

 幸いなのか、そこまでの道中、他のクラスメイトに会うことはなかった。

 ガサガサと他人の所有物を盗み出す泥棒のような手探り。自分の敬愛する一之瀬さんなら絶対やらない動き。

 そしてとうとう目的のものである、タオルを握る。

 滲み出る何かを拭うために。

 

 

 

 

「……私が……私がやらなきゃ…………」

 

 

 

 




ワタさんから素敵な挿絵を頂きました!
是非ご覧になってください!
後、活動報告も投稿しました。暇だったら見てください。

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