ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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あと2話でchapter3が終わるってのにこんな遅れてごめんね。


矛盾した勝利意欲の決断

 

 

 ────悔しい。

 

 特別試験3日目の午後、今の私の頭に浮かぶのはそれだけだ。なぜなら、私は、私の体調はもう限界が近いからだ。

 真夏の太陽から発せられる熱が列をなしているDクラスの生徒に降り注ぐ。現在は正午を過ぎてから1時間経ったくらいだろう。

 送られる熱はまさにピーク。しかし現状、その激しい日光すら程よい暖かさを与えてくれるものにしか感じない。

 全身を寒気が支配しているからだ。それによって特別試験という名の与えられた課題をこなせない。

 いや、正確に言うならばこなせないわけではない。『作戦』だから出来ない。戦略的撤退というものだ。

 しかしそれが、より一層チクチクと私のプライドを刺激する。

 

「次、堀北。お前は私に何のようだ」

 

 Dクラスの一人一人がリタイアに必要な適当な理由を作り、茶柱先生に伝えている中、とうとう私の順番が回ってくる。

 伝え終えたら沖に泊められてある船へ戻る。そうしてリタイアは完璧だ。

 そして次は私の番。大きめなテント内からこちらの状況を聞いてくる茶柱先生も、36人の生徒1人1人の状況を聞くのは大変だろう。

 

「先生、私は体調不良でこの特別試験をリタイアします」

 

「ああ、わかった」

 

 特に追及してこない茶柱先生。

 それもそうだろう。何せこの試験の本質は『自由』。試験に臨むことも正解で、試験を放棄することもまた正解なのだから。

 

「……堀北、1つ聞かせろ。この『策』を練ったのは誰だ?」

 

 即座に船に戻ろうとしていた私の足が止まる。

 これ以上聞かれることもないと思っていたが、茶柱先生は何か用があるそうだ。

 私は答える前に周りを確認する。しかしそれは無駄骨。辺りには私と茶柱先生しかいなかった。

 周囲を把握するほどの余裕もないなんて……。私はそのことでさらに辛酸を嘗める。

 

「…………『綾小路くん』、です。平田くんでも、櫛田さんでも、高円寺くんでも、まして……私でもありません」

 

「そうか」

 

 短い一言。茶柱先生はわかりきっていたように私の答えに頷いた。と同時に少しだけ薄く笑う。

 ────まるで計画が順調に進む事を喜ぶ軍師のように。

 私はその笑みに並々ならぬ熱意のようなものを感じた。

 

「先生、彼の素性を教えて下さい」

 

「それは私ではなく、綾小路本人に聞けばいいんじゃないか?」

 

「彼はまともに答えてくれません」

 

「だろうな」

 

 

 どうやらまともに答えてくれないのは綾小路くんだけではないらしい。

 私は自分の体調不良も相まって、これ以上の質問は無意味だと判断する。その後の行動は早く、私は先生に背を向ける。

 

「堀北」

 

 しかし、船へ戻ろうとすると否や茶柱先生は耳元で囁くような小さな声で私の名を再び呼んだ。

 私は振り返ることこそしないが、歩みを止める。

 

「これからお前は綾小路という人間にさらに深く関わることになるだろう。

 だが────気を付けろ。綾小路はそう簡単に操れるような存在じゃない。胡坐を掻いている暇はない」

 

 茶柱先生からの忠告とも言えるような言葉。それを聞き終えた後に、私の足は動き出す。

 

「失礼しました」

 

 平静を装うような歩き方はもう止めだ。わたしはややふらふらとした足取りで船の中に向かっていく。

 一歩一歩を踏みしめることが辛い。たった数十歩歩いただけで息切れが始まる。

 しかし何とか船の内部に到着した。私は倒れそうになるが、手を膝に置くことで体勢を維持することに成功する。

 

 

「やっぱりもう限界だったんだね」

 

 

 息を切らし、やっとのことで船の中に到着した私に送られる言葉があった。私は首だけを声がする前方に向ける。

 傍にある手すりに腕を組んで寄りかかっている金髪の少女、同じクラスの櫛田桔梗がいた。

 

「……何の用かしら櫛田さん」

 

「確認。あんたの体調が悪いかどうか、それが合っているかどうかのね」

 

 無様な姿、と彼女は嘲笑とともに続けた。どうやら彼女にはばれていたらしい。

 普段から他人に人一倍気を使う彼女だからこそだろう。まったく、その分析能力をクラスのために使ってほしいわ。

 

「……あなたこそ猫をかぶらなくて良いのかしら」

 

「今ここには誰もいないし、いちいち気を使う必要はないしね」

 

「そう……それで何の用かしら?あなたが何の理由もなく私に声をかけるわけないもの」

 

「そんな体調なのにほんと強気な女。可愛げがないこと」

 

 『裏』の顔。普段クラスメイトに見せてるような取り繕った顔ではない。

 正真正銘な彼女の本性。その顔で話しかけ、特に何もないなんてことはありえない。

 

「まあ良いや。私としても無駄な時間は使いたくない。

 だから単刀直入に聞くけどさ────この『作戦』誰が思いついたの?」

 

「私と平田くん。皆にはそう伝えたはずだけど、聞いてなかったのかしら?あなたらしくないわね」

 

「嘘つくなよ。平田みたいな優等生にこの『作戦』は出来ない。『クラス』っていう纏まりを意地でも守り通そうとする奴にはね。

 それにあんたもよ、私の知る堀北鈴音っていう女はどんな物事も模範解答のような正攻法で突き進む猪みたいな女だもん。こんな裏技みたいなやり方はしない。ていうか出来ない」

 

「いいえ、考えたのは私と平田くんよ。あなたが認めなくてもこれは変わりようのない事実よ。わからないのかしら?」

 

 先ほどのお返しとばかりに嘲笑を添える。

 すると彼女は、ちっ、と大きな舌打ちをした後にこちらを殺すような勢いで睨んできた。

 その表情はまさに般若の面を連想させる。隠す気のない怒気は既に充満している。

 

「ああ、ムカつく。そのどんなときでも自分が絶対上だって認識してるその性格。ああ、ほんとムカつく」

 

「そう。それで用件は以上かしら?」

 

 再び舌打ちをした彼女は数拍おいてから答える。

 

「……まだよ。高円寺からの伝言がある」

 

「高円寺君から?」

 

 私は予想外な人物からの予想外な行動に驚く。そして1つの疑問が解消する。

 先程の態度でもわかるが、櫛田桔梗は私のことをひどく嫌っている。

 プライドの高い彼女が自分の嫌いな人間に時間を割くだろうか?今回のように直接聞かなければわからないことでも彼女は話しかけないはずだ。

 だが、他人に頼まれた(・・・・・・・)なら話は別だ。

『信頼』を力にしている彼女からすれば、他者からの望み、それも簡単なお願いなら無下には出来ない。  

 そんな事を考えているうちに、彼女はその伝言とやらを話してきた。

 

「『私の名前を候補に挙げることを許そう』だってよ。……私からはもう何もないから」

 

 言う事を言い終えた彼女は手すりから立ち上がり、この場を去った。

 高円寺くんの伝言。一瞬戸惑ったが、彼が何を言いたいのかはわかった。

 しかしそれより限界が近い。思考は一端止めにしよう。

 

「……誰が島に残っているか。確認したところで何かが変わるわけはないけど……答え合わせはしておかないとね」

 

 体調が元に戻ったらやるべきことを口に出し、己に課題を出す。

 私は千鳥足のような歩き方で自室へ戻った。 

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 特別試験6日目。最終日前日の朝がやって来た。

 既に意識は覚醒しており、服を着替え終えた。現在は朝食の真最中だ。

 昨日の夜の時点で用意してある食材をBクラスの生徒たちと一緒に食べる。

 そこには談笑も聞こえてくる程の良い雰囲気が広がっている。とても過酷な試験の最中とは思えない。

 

 

「おお、さすが須藤。よく食うな!」

 

「これでも抑えてるほうだ。お前が食わなすぎなんだよ柴田」

 

「そうか?これでも平均よりかは食うぜ!なあ平田?」

 

「うん。少なくとも僕よりかはいっぱい食べるよ」

 

 クラスの垣根を超えた談笑まで聞こえてくる。楽しそうで何よりだ。

 

「隣いいか?」

 

 集団から少し離れたところで朝食を取るオレに、クールという言葉が似合うイケメンがそういいながら前に現れる。

 

「構わないぞ。でもいいのか?お前の事を見ている女子たちがいるぞ神崎」

 

「……集団は少々苦手でな」

 

「俺もだ」

 

 フッと薄く笑い、神崎はオレの隣へと座る。

 やっぱり神崎もオレと同じく集団は苦手なのか。なら良い友達になれそうだ。

 

「Bクラスのポイントはどれくらい残せそうだ?」

 

「昨日の時点での計算だと、240ポイントといった所だ。

 そこにお前たちからもらう予定のポイント、そして俺たちの分のスポットで得られるポイントを合わせるなら300に近づけるはずだ。これならAクラスも夢じゃない。

 そっちはどうだ?Dクラスの方はスポットで得れるポイントはどれくらい貯まっている?」

 

「朝昼夜に一回ずつ、3つのスポットを更新する予定だったんだが、Aクラスの監視があって昨日、そして今日の朝は出来ていない。

 だから4日分のポイント、つまり36ポイントが貯まっているはずだ」

 

 スポットは1回の更新につき1ポイント。それを朝昼夜と3回行うので1スポットにつき3ポイント貰える。

 Dクラスは3つのスポットを占有しているので1日にもらえるポイントは3×3の9ポイント。それを4日続けたので36ポイント。こういう計算だ。

 

「そうか。なら、俺たちBクラスの生徒も力を貸そう。お前がスポットを更新する時に手の空いているBクラスで囲むんだ。そうすれば見られることはないはずだ」

 

「……確かにそうだな。悪いな神崎、感謝する」

 

「礼はいい。俺たちは協力関係、力になれたら嬉しい」

 

 重要な事を聞いた後は、神崎と特別試験に関係ない何気ない話をする。良い意味でお互いの肩の荷が少しは減っただろう。

 お互いに人付き合いが苦手なこと……楽しく話すことの難しさ……そういった他愛もないことを。

 

「じゃあな綾小路。Dクラスには……特にお前には期待している」

 

「過度な期待はよしてくれ。オレに出来る事なんて殆どないさ」

 

 

 ──────そう。他愛なくて、どうでも良いことを。

 人間の脳とは、起床してから約3時間しないとフルに活動しないものだ。この会話は、俺の脳がしっかりと覚醒するまでの時間潰しであり、喋る事で脳を動かしたかったがために話しただけ。

 脳が正常に機能していることは知れた。体調不良の心配もない。

 

 

「そう言えば神崎、白波は大丈夫なのか?」

 

 この場から立ち上がり、クラスへと戻ろうとする神崎。オレは座ったまま彼を引き止める。

 

「ああ、少し休んだら良くなったそうだ。一之瀬は彼女のリタイアを勧めていたが、本人の意思を尊重した。リタイアの心配はない」

 

「そうか。それはよかった」

 

 ああ、良かった……とはお世辞にも言えない。いっその事リタイアしてくれた方が良かった。

 俺の推測が正しければ、白波千尋の現状立ち位置的にリタイアできない。そしてこの状況こそが、オレから余裕を奪っているものでもある。

 

「お互いにベストを尽くそう神崎」

 

 ああ。そう短くも意思の篭った言葉で同意した神崎は、彼を待っていたクラスの元へと歩いていった。

 右手にある腕時計へと目を向ける。現在の時刻は8時まで後数分といった所だ。

 そろそろ点呼の時間だ。

 オレたちDクラスには関係ないが、この試験の午前8時、午後8時には毎回、人数確認の点呼があり、1人不在につきマイナス5ポイントというペナルティが課せられている。

 それを犯さないためにクラスは所定の場所に集まらなければならない。

 神崎の方を見てみると、既にBクラス40人全員が集まっていた。相変わらず纏まりがある。

 

「綾小路くん」

 

「……平田か」

 

 神崎たちの方とは反対の向きからオレの名を呼ぶ声がしたので振り返る。

 平田だ。そのやや後方には須藤や池の姿も見えるが、彼らはまだ身支度をしているようだ。

 

「僕たちも行動を開始しよう」

 

 そう言って木に寄りかかりながら座っているオレに手を差し伸べる平田。

 オレは彼の手を掴み、立ち上がって会話を続ける。

 

「そうだな。だがその前に平田、提案……いやお願いがある」

 

 平田の手を放し、真正面から彼を見る。こんな過酷な試験なのにもかかわらず、彼の笑顔は眩しい。心に余裕があるのだなぁと簡単に分かる。

 

「お願い?それは何かな?」

 

「オレの単独行動を許してくれ。そしてそれをお前の指示としてくれ」

 

 オレは坦々と告げる。

 平田は突然の発言に驚いたようで目を見開く。そしてすぐに顔を顰めた。何か思うところがあるのだろう。

 

「綾小路くんそれは…………いやわかったよ。そうすることでクラスに良い結果がもたらされるなら、僕はそのお願いを聞くよ」

 

 悲しそうな表情を浮かべる平田はオレのお願いを了承する。そして少し溜めた後に言葉を続ける。

 重みがあり、悲痛ともいえる感情が乗っているのがわかる。その表情に先程の笑顔はない。

 

「……でもさ、僕たちは君の頼りにならないのかい?僕たちに協力できることは────」

 

「────そういう訳じゃないんだ平田」

 

 オレは余計なことを口走る平田に被せてそう言う。平田の肩はビクリと揺れ、動揺が表れる。

 

「役割分担だよ。オレはオレのできることをしたい。そのためには一人の方が良いと判断したんだ。

 だから平田たちも自分の出来る事をやって欲しい。例えばBクラスにも協力してもらって『攻撃』に重みを掛けるとかだ。

 3つくらいに分隊して動けばどうだ?この例には平田のコミュニケーション能力はいかせるんじゃないか?」

 

「……そう……だね。でも……せめて何をするかぐらいは教えてくれないか?」

 

「Cクラスが動いているかどうかの確認、後Aクラスの動向を探る。ほら、一人の方が動きやすいだろ?」

 

「……そうだね。わかったよ。君に任せる」

 

 言いたい事を言い終えたようなので、オレは身支度をするためにテントへと歩みを開始する。

 

「ありがとう平田」

 

 感謝────そんなもの微塵も篭っていないオレの声。それを添えて平田の横を通り抜ける。

 納得はしてくれた。これで平田はオレのアドバイス通りに動くだろう。

 DクラスはBクラスと協力し、分隊して行動する。

 数には数で対抗を。平田たちが積極的に動いてくれれば、Aクラスの監視の目は分散する。そうすれば監視に隙間が生じ、単独行動が出来るようになる。

 彼らはオレのデコイとして動いてくれるだろう。

 

 

「……綾小路くん、君はいったい……」

 

 

 通り過ぎた後にそんな独り言が聞こえた。

 脳内の奥底で何かが蠢く。

 オレが何者か。そんなもの、とっくの昔に理解している。

 だが、今は関係ないこと。特別試験に集中しよう。

 

 

 

 ──────────────────────────

 

 

 

 皆が行動を開始してから少し遅れてオレは行動を開始した。

 十数分前、平田が一之瀬、神崎と相談し、『攻撃』の面に厚みを掛けることに成功する。予定通り、単独行動が可能になった。

 

「そろそろいいな」

 

 完全に1人になったことでオレはそう呟く。

 拠点からやや離れてもAクラスからの監視はない。つまり、分散は成功してる。

 オレは膝や体、足首の準備運動を念入りに始める。

 今日1日は動きっぱなしになるだろうから、ケガをしないためにしているという理由もあるが、本当の理由は少し違う。

 久しぶりに自分の身体能力をフルに使うための準備だ。

 

「……あの木にしよう」

 

 良い感じにぶら下がれそうな木を見つける。

 隠密行動をするにおいて、こういう移動の仕方があること。

 どうやって体を動かせば成功するかのシミュレーション。その時間は沢山あり、自分なら可能だという計算も出来ている。

 オレは少し長めの助走を取る。そして駆け出し、踏み切る足に力を込めた。

 

「よし、ここから」

 

 先程まで頭上にあった木を鷲掴む。それまでに起こった慣性、勢いを利用して身体を捻り、あの男と同じように太い木の枝に降り立つ。

 これにて終了ではなく、ここからが始まり。オレはもう一度足に力を込め木から木へと跳躍を開始する。

 ……なるほど、これは便利だ。この状況における迅速かつ隠密な移動手段と言っていい。少し力加減が難しいがやっていく内に慣れるだろう。

 オレはそのまま前へ前へと進んでいく。

 進んでいくにつれて慣れて行くのを体感してきたので、どうやらそこまで鈍ってはないようだ。

 

 

 

 

「見つけた」

 

 

 

 木の上を高速移動してから数分、オレは目的の場所に到着した。

 その場所とは4日目の捜索の時に発見したAクラスの人間がいた場所、梯子が備えられている高台だ。

 そこには前回来た時とは違った2名の生徒がCクラスの占有しているスポットを見張っていた。無論、こちらの存在には誰も気付いていない。

 彼らを少しだけ観察してみると、それぞれが物憂げな様子で時間を浪費しているようだ。退屈そうな顔をしながらお互いに口を動かしている。

 おそらくだが、オレが来る前から似たような時間を過ごしてきたのだろう。

 オレは木から降り、彼らの会話が聞こえる位置にまで移動する。

 

「それにしても、暇だなぁぁぁ」

 

「おい、何回目だ。さっきも同じセリフを聞いたぞ」

 

「……ってもよ、暇なものは暇だし」

 

「まあ、そうだな。でも見張りはしっかりやっとけよ。葛城さんに失敗なんて似合わないからな」

 

「わぁってるよ町田、そんな気張るなよ」

 

 会話が途切れると、2人の男子生徒は見張りを再開する。1人はだるそうな態度のまま見張りを実行し、もう1人は気合を入れなおしたのかしっかりと見張りを続けている。

 だが、こいつらに用はない。どうやら、俺の探している人物は集団見張りのほうに行ってしまっているようだ。

 そう思考し終えたので、俺はこの場から立ち去る準備を開始しようと、再び木の上へと意識を向けた。が、それは中断することになる。

 

「……ん?誰か来たな」

 

「まじか、やっと交代かぁぁぁ」

 

 不真面目な勤務をしていた男は嬉しそうに語尾を伸ばす。と同時に、町田と呼ばれていた男は来訪者を確認する。

 

「……喜べ、お前の予想は当たったぞ」

 

「よっしゃあ!」

 

 前者はあまり歓迎しない様子で、後者はガッツポーズを見せて喜ぶ。その反応を見終え、オレも高台に接近してくる人物のほうへ向く。そして心の中でほくそ笑んだ。

 

「よぉ、おまえらちゃんと見張りはしてたか?」

 

「当たり前だろ橋本、余裕だっつぅの」

 

「おいおい、本当かよ。まぁ、とにかくお疲れさん。2人ともキャンプ地に戻っていいぜ」

 

 金髪オールバックの髪型。片手に水の入ったペットボトルを持つ派手な様相の男を見間違えることは無い。

 そしてその男こそ、オレが見つけようとしていた男、橋本正義だった。

 橋本は到着すると元々見張りをしていた男たちと話を始めていた。

 

「ふん、お前1人でこの後の見張りとは何とも頼りがいがないな」

 

「なら手伝ってくれるか町田?」

 

「断る」

 

 冷たくあしらわれたのに、だろうな、とケラケラ笑う橋本。

 町田はその軽い態度が気に食わないという内面が丸わかりな形相のまま、この場から背を向けた。その様子を見たもう1人の見張り役も慌てた様子で町田に付いていく。

 あっという間にこの場にいた人間は橋本だけになる。

 

「さてと」

 

 橋本は覇気のない言葉とともに近くの木に寄りかかった。懐から簡易的な食材を取り出し、食べ始める。どうやら彼も休憩時間のようだ。

 

「全く、今更何したって無駄だってのに労力だけは使わせてくれるぜ」

 

 そんな愚痴を零しながら汗を拭い、座り込む橋本。オレはその言葉を聞き、簡単な推測を行う。その推測とは、AとCの2つのクラスが立てた作戦が順調に進み、もう手の打ちようのない段階までいってるのだろうというものだ。

 そしてきっとその推測は正しいのだろう。オレたちの首はもう既に締められている。絶命までは時間の問題だ。なぜなら、BとDの共同キャンプ地には既にスパイの侵入を許してしまっているからだ。

 

 ────そう、そのスパイこそ白波千尋だ。昨日見た表情、あれは生理で体調が悪いということが表れたものとは到底考えられない。

 

 あれは何かに脅え、従わざるを得なかった人間の表情だ。そしてCクラスのリーダー(・・・・・・・・・)、龍園 翔は「恐怖」を操る男。繋がりがあるという推測は容易にできた。

 しかしオレはこんな不利な状況でも勝つための策を模索している。

 勝てる手段はもはや残されてないかもしれない。現状を見ればそう思ってしまうのも無理はない。

 2人のリーダーが対立しているAクラスを内部から「攻撃」することを考えていたが、予想以上の動きを見せているCクラスに防がれている。

 伊吹 澪というスパイを追い出すためにクラスのリタイアを推奨し、実践したにもかかわらず、避難先にはまた新しいスパイがいる。

 ここまで対策をしたが、常に相手からの先手を防げていない。どこまでも誰かの掌の上だ。

 次の特別試験、次の次の特別試験で上手く立ち回れるようにここで退いた方が良い。

 相手から受けるダメージを最小限に抑えることに全ての策をつぎ込み、道を残す。

 

 ───それこそ今やるべき最優先の事なのだろう。最後にオレが勝つためには。

 だが茶柱の件もある。ある程度の結果を残さなければ、最悪、オレはこの学校からいなくなるかもしれない。

 たかが一教師にそんな権力はないと分かっている。この試験は今すぐ降りるべきだ。そして茶柱にもう一度チャンスを懇願するべきだ。

 オレが最後に勝つために。…………「勝利」のために…………。

 

 あぁ、嫌な記憶がチラつく。あの男(・・・)の声が、逃げるなと脳内で反響する。

 オレはその声を集中力を高めることで強引に振り払う。そしてその集中力を利用し、オレの今持っている情報を整理し始める。

 

 ・AとC、BとDがそれぞれ協力関係である。

 ・Aクラスのリーダーが現在、「戸塚 弥彦」であること。しかし変わる可能性はかなり高い。

 ・Cクラスのリーダーが現在、「龍園 翔」であること。しかし変わる可能性はかなり高い。

 ・Bクラスのリーダー、「白波 千尋」は龍園 翔に脅されているためにBとDの情報を漏らす可能性が非常に高い。

 

 オレはそこから勝利の方程式を導き出すために頭をフル回転させる。そして数分程でその思考作業は終える。そして、やはりこれしかないなと結論付ける。

 

 

 これは賭けだ。この試験である程度の実力を茶柱に見せつけつつ、違う特別試験で挽回できるようにするための賭け。

 

 

 堅固な守りを見せるAクラスの人間から情報を取る、その背後にいるCクラスの人間、ひいてはリーダーの情報も引き抜く。加えて、自クラスのリーダーの存在を露呈させない。

 これが理想論であり、勝利の方程式。しかし現状、すべてを実行するのは不可能だ。

 今回の立ち回りのことを茶柱に伝えるだけではまだ足りない。そこにもう一つ、この試験で得たものを伝えなければ、茶柱は納得しないだろう。

 そこでオレはAクラスの中でも高い地位にいて交渉の上手い奴を探すことにした。それが橋本だ。こいつから情報を奪えればこの試験に勝てる可能性はミリ単位だが上がるだろう。

 だが本命は違う。次につなげるためにも、たとえこの試験で失敗しても────その交渉人を駒にするための準備さえ始めれば良い。

 

 代償はオレの存在が交渉人にバレてしまうこと。そこからさらにオレの存在が露呈する可能性があること。

 つまり、目立ってしまう可能性が高まること。何よりも避けたいと思っていたが、退学に比べたらマシだ。仕方ない。

 

 防御は捨てよう。そこまで気を配る余裕はもうない。

 幸い、残したポイントは多い。248ポイント、そこからAとCにリーダーを当てられると仮定して-100されるので合計148ポイント。結果としては十分だ。

 加えてBクラスに上げられるはずのスポット占有時に得た36ポイント、これはリーダーを当てられれば消滅する。だが考え方次第ではBとの差も埋められるとも言える。

 

 

 ───オレは覚悟を決めた。気配を殺すことをやめ、隠れていた木から自分の存在を交渉人の元へとさらけ出す。

 交渉人は突然の来訪者にビクリと身体を震わせた。が、すぐにこちらへの意識を強く向けた。

 

 

 

「……お前は確か」

 

「オレは綾小路 清隆、話がしたい」

 

 

 

 




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