長い、非常に長い。
読む時は時間のある時をオススメします。
8月7日。ツマラナイ無人島での生活がついに終わりの時を迎える。
この試験で万が一の出来事が起こった時の対処をするために残っていた僕はAクラスの洞窟で退屈な生活をしていた。
話し相手も殆ど存在せず、話しても時間潰しにしかならない時間だった。
ただ、気がかりがあるのならば、それは伊吹さんとの関係に距離感が出来たことだろう。
彼女とは3日目に話して以来口を利いていない。
拒絶されても仕方がないことをしたのは理解しているが、それでも何か説明しづらいものがあった。なんだかむず痒い、それに近しい何か。
もしかしたら僕の持つ語彙力を総動員しても正確に表すことができないかもしれない何か。それがチクチクと僕の内側を刺激している。
『ただいま試験結果の集計をしております。しばらくお待ち下さい。既に試験は終了しているため、各自飲み物やお手洗いを希望する場合は休憩所をご利用ください』
そんなアナウンスが流れ、気になっていたことの思考を中断させる。他の生徒たちが一斉に休憩所へと集まっていく。他にも仮設テントの下にはテーブルやら椅子が用意されていて、十分な休憩が取れそうだった。
その中には伊吹さんとキャンプ経験のあるCクラスの生徒の姿もある。彼らも疲れが溜まっているのだろう。
僕は近くに止まっている客船を見上げる。今頃、リタイアしたCクラスの生徒は待機しているのだろう。昨日の夜リタイアした龍園くんも羽を休めているに違いない。
ちなみに現在残っているCクラスの生徒は僕と伊吹さんとキャンプ経験のある生徒1人の計3人だ。
なぜこの人数なのかという疑問、どうしてこの状況なのかなどなどと、他クラスの人間は気になっているだろうが、もちろん説明する気はない。
しかし客船に戻れば、龍園くんがCクラスの主要メンバーを集め、今回の試験の概要を全て説明するだろう。彼らはそれを聞けば納得すると僕は予測している。
「カ、カムクラさん、これ水です」
砂浜に1人で突っ立っていた僕にキャンプ経験のある生徒が僕に水の入ったコップを持ってくる。
ちょうど喉が乾いたなと思っていた時に都合良く水が現れるとは、相変わらず僕の幸運は機能しているようだ。
「わざわざありがとうございます」
「い、いえ。お礼なんてとんでもないです」
そんなに怯えなくても良いし、気も使わなくていいと言いたいが、どうせ無駄なのだろう。
立ち位置上、この現象は今後何度も起きるのでいちいち気にしてては面倒だ。
僕は一気に水を飲み干し、何もない紙コップを手に入れる。特にやることも無く暇なので、1人で先にCクラスの待機場所へと向かう。
後ろから砂を踏む足音が聞こえるので、キャンプ経験のある生徒も付いてきているのでしょう。
何事もなく僕たちは待機場所へと到着する。
「久しぶり、カムクラくん」
僕の名称を呼ぶ声へと身体を向ける。桃色の髪と豊満な身体が特徴の生徒が僕の前に現れる。
Bクラスの一之瀬 帆波だ。試験終わりで疲労が多いにもかかわらず、それを見せない形相は流石です。
「まずは特別試験お疲れ様と言っておきましょうか」
「そうだね、カムクラくんもお疲れ様!」
ニコリと微笑む一之瀬さん。後ろめたい感情は見当たらないので、やり切ったという達成感が彼女の中には溢れているのでしょう。
───ツマラナイ。
「……その様子ですと手応えがあったようですね」
「うん。予想外な事も沢山あったけど、私たちなりに精一杯やったよ」
「そうですか」
肯定も否定もしない。心底どうでもよいといった雰囲気がにじみ出ていることがわかる自分の解答。しかし、一之瀬さんに調子を乱す様子は現れない。
僕たちがそんな会話をしているとゾロゾロと周囲が集まり始める。規則正しく列をなすわけではないが、クラスごとに纏まっているようだ。その中には伊吹さんも見え、僕たちの近くに来ていた。
各クラスの主要メンバーは集まり、一之瀬さんを見守るように多くのBクラスの生徒たちもいつの間にか近づいていた。
それこそ、会話が聞こえる距離に彼らはいる。
「Cクラスはどう?自信ありげかな?」
一之瀬さんはそれでも会話を続ける。特に無視する理由もないので僕も言葉を返す。
「予測してみてはどうですか?」
「……うーん、意地悪だね。でもキミたちの作戦はそれなりに分かっているつもりだよ」
「
「そうとは言ってないよカムクラくん。私たちはかなりのポイントを残せた。君たちCクラスとは作戦が違うだけで、最終的な結果は分からないよ。
それにキミたちだってBのリーダーが誰だか分からなかったでしょう?」
大した度胸だ。僕相手に一歩も引く様子のない彼女を賞賛する。
お互いに真正面から見合っている僕たちの現状は、客観的に見ると一触即発に見えるだろう。争いを好まない彼女だが、少なくとも引いていい場面と引いてはいけない場面の区別は出来ているようだ。
そしてそれは隠し切れないリーダーとしての素質。集団を率いる者に必要な条件だ。開花してないとはいえ、それは十分と言えます。
「答えてほしいなら答えても良いですよ」
「へえ、やっぱり自信があるみたいだねCクラスは」
してやったり、そう分析できる彼女の薄い笑みには彼女らしくないクールな一面が見受けられる。
「遅いか早いかの問題です。それと『否定しないんだね』というあなたの次の言葉には、自信など必要ありませんと先に言っておきます」
「……それはつまり、自信なんてなくても私たちには勝てる、勝つことは当然って暗に告げてるのかな?」
「あなたがそう思うのならば、そうかもしれませんよ」
「本当に意地が悪いね」
バチバチと散る火花。二人の生徒の対立はどんどん激しくなっていくように見える。
このような状況評価がふさわしいでしょう。まったく、こういうのはすべて龍園くんに任せたいものです。
「じゃあ───」
キィン、と甲高い音が一之瀬さんの言葉を遮った。1人の男性の持つ拡声器のスイッチが入ったからだ。
彼はAクラスの担任、真嶋先生。この場にいるほぼ全ての生徒は慌てて列を形成しようとするが、彼はそれを手で制止させた。
「そのままリラックスしていて構わない。既に試験は終了している。
今は夏休みの一部のようなものだ、つかの間ではあるが自由にしていて構わない」
そうは言われても、当然生徒たちには緊張が走る。周りをキョロキョロとしている生徒が多くなるだけで、話を始めようとする者は現れない。
次第に雑談は消えた。
「この一週間、我々教員はじっくりと君たちの特別試験への取り組みを見させてもらった。
真正面から試験に挑んだ者。工夫し試験に挑んだ者。クラスの垣根を超えた者。
様々だったが、総じて素晴らしい試験結果だと思っている。ご苦労だった」
純粋な褒め言葉に生徒たちから安堵が漏れる。やっとこの特別試験が終わりを迎えたのだと実感しているでしょう。
「ではこれより、特別試験の順位を発表する」
拡声器から一段と力強い声が響き渡った。真嶋先生は近くにいた従業員から集計結果と思われる紙を貰い、それに目を通すと遂にそれは発表される。
「最下位は────1年C組、100ポイント」
場の空気が、静まっていた空気が徐々にザワザワと騒がしくなっていく。なんでCが、どうして0ポイントではないんだという疑問は声に出ており、その矛先は視線としても現れ、残ったCクラスのメンバーである僕たち3人へと収束する。
だがそれも束の間、真島先生の発表が順々と進んでいく。
「3位────1年B組、130ポイント。次に、2位────1年D組、148ポイント」
ざわめきが大きくなる。主にBとD、二つのクラスが集まっている場所でだ。自分たちがしていた自己集計に誤差があった、そんなところですか。
「そして最後に1位────1年A組、514ポイント」
ざわめきは一瞬で消えた。あれだけ騒がしかった人間たちも、その大きすぎる数値に誰もが驚愕を隠せない。
「…………は?」
出た言葉はたった一言。誰が発した言葉なのかはわからないが、この言葉はこの場にいる者の代弁であり、変わりようのない真実に対する率直な感想であろう。
しかし、その状態を全員が続けるわけではない。何人かの生徒はこの状況を受け入れるための情報を見える範囲で探している。そしてそんな足掻く人間にヒントを与えたのは、間違いなくAクラスの行動だろう。
ここまでの大差をつけての1位。にもかかわらず、誰一人として目に見えてわかる大きな喜びを見せない。いや、正確に言うならば、Aクラスも喜んではいる。
しかし、その喜び方が安堵に近いものだった、そう分析できた時に足搔いた人間はこう考えるはずだ。
────計画通りだったのかと。
「…………以上、今回の特別試験の結果発表を終了する。尚、この結果の詳細については学校側は一切の質問を受け付けない。自分たちで結果を受け止め、分析し次の試験へと活かしてもらいたい」
真嶋先生は終始声色を変えることなく、試験結果を淡々と、しかしはっきりと告げた。
先生たちは客船に戻るように指示を出し始める。
特に戸惑うことなく客船へと集団で向かうAクラス、戸惑いながらも歩みを止めず客船へと戻っていくBクラスとDクラス。最後に各々別に歩むCクラス。
クラスの特徴、そしてこの試験の勝者は容易にわかる歩みだった。
「あ、あの帰らないのですか?」
全員が解散していく中、特別試験の森を一人見つめている僕。そんな様子に気づいたクラスメイトは声をかけてくれる。
得るものは得た。何もかも予定通りだ。
今日はAもCも大いに騒ぐのだろう。そんな予定調和がまた起きるのだろう。
「帰りますよ」
とうとう、僕は試験会場に背を向け、歩き始める。振り返った時に残っていたのは教師陣と僕に声をかけてくれた生徒だけだった。
「どうしましたカムクラくん、忘れ物ですか?」
行動が遅かった僕を気遣ってか、坂上先生が僕に声をかける。しかし、その声はどこか弾んでいて、喜んでいるのがわかる。
Cクラスの順位は最下位、担当教員としては叱るべき場面かもしれないのにだ。どうやら、ある程度の事情は知っているようだ。
「いいえ、なにも忘れていませんよ。ただ、少しこの試験を振り返っていただけです」
「なるほど、そうでしたか。満足のいく結果になりましたか?」
「……満足のいく結果?そうですね──────」
──────ツマラナイ結果でしたよ。
現在のクラスポイント(cp)及び夏休み明けに反映されるポイント
Aクラス 1004cp→1518cp(+514cp)
Bクラス 765cp→ 895cp(+130cp)
Cクラス 580cp→ 680cp(+100cp)
Dクラス 87cp→ 235cp(+148cp)
──────────────────
初めての特別試験が終わり、小一時間程経った頃だろうか。僕はシャワーを浴び、しっかりとした昼食を取り終え、客船内の自室で休んでいた。
そしてコーヒーでも入れようかと用意をしていた時に、僕の携帯端末が鳴り響いた。差出人は龍園くん、それだけで内容を推測するのは簡単だった。
メールを開くと客船内のとある一室を指し示す番号だけがあった。
お呼び出しだ。確認し終え、携帯を制服のポケットに入れた僕は、すぐに指定された客室に向かった。
何かを考えることもなかったので、早歩きで廊下を進んでいく。偶然なのか、人に会わない。そのため廊下の同じ景色に僕は飽き飽きとしていた。
しかし意外にもすぐにその飽きは消えた。
「話が違うぞ平田、どうして俺たちのポイントは200を下回り、Aクラスは500を上回るんだ!」
指定された部屋へと向かう道中、そんな怒鳴り声が聞こえた。この辺りは全クラスが使える共同スペースだったはずだが、どこかのクラスが独占し、争っているようだ。
おそらくどこのクラスも、そろそろ反省会を始めたのでしょう。まあ、この落ち着きのなさ、そして平田という男子生徒の名前からDクラスと簡単に断定できますね。
僕はやや気になったので少しだけ立ち止まることにした。
「すまない幸村くん。僕たちも精一杯戦ったんだ。……それでもAクラスとCクラスの猛攻を止められなかった」
「俺からも謝るぜ幸村。すまねえ、オレは力仕事しか手伝えなかったが、平田はたった一人でBクラスとの共同関係を作ってくれた。
その上でしっかりと相手のリーダー当てに粘ってたんだぜ。だからそんな責めないでやってくれよ」
「ほう、レッドヘアーくんにしては中々美しい行動じゃないか。この時間はてっきり無駄になるのだと思っていたんだがねぇ~」
「うるせえよ高円寺。お前はサボってないで……サボってないのか」
「その通りだともレッドヘアーくん。今回の試験は皆が出来ることをやったのさ!」
「あ、あはは、高円寺くんが言うとちょっぴり変な感じがするね。でも私も同じ意見だよ。
残ってくれた人たちは私たちの分までみんな必死に頑張ってくれて、リタイアした人たちも出来る限りのことはやったよ。
でもやっぱり残ってくれた人のほうが比重は多いよ。だから私たちが4人に言う言葉はそんな言葉じゃないと思う。……お疲れ様、じゃないかな?」
「う、うう、櫛田ちゃん。ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。……どうかな幸村くん?」
「……確かにそうだな。悪い言い過ぎたよ平田」
「ありがとう幸村くん」
少し、それも断片的とはいえ、そんな会話が聞こえてきた。はじめこそ怒鳴り声が聞こえたが、今は影も形もない。
クラスとして纏まり始めている。Cクラスよりも個性的であり、最底辺に位置するこのクラスが、失敗を糧にしているのですか。
前に進もうとしているのですか。
「……ふーん、存外悪くありませんね」
「盗み聞きをした感想はそれだけかしら」
僕の独り言に返事が返ってきた。
先ほどまで誰もいなかった豪華客船の廊下、そして僕の背後から。
───心霊現象だ…………などというツマラナイ反応はしませんよ。こちらに向かってくる気配には気づいていましたから。
「それだけですよ」
本当にそれだけ言って、僕は来訪者から立ち去ろうと足を動かすのを再開する。
聞き取りやすくも、鈴のように清らかで小さい声の少女から立ち去っていく。
特に振り向きもしない。彼女の聞きたいことも、どんな表情で僕に話しかけ、どう変化するのかも予測出来ている。
それに加えて予定もある。これ以上時間を使っては龍園くんに何か言われそうです。
「待ちなさい、あなたには聞きたいことが───」
「────────
僕は彼女の声にかぶせて言い放つ。
根拠はないが、近いうちに彼女とは、
彼女はこちらに話す気がないのを察したのか、僕を追いかけるような足音はしなかった。
その後、廊下を直進していくこと約1分、僕は指定された部屋に到着した。
「ここですか」
戸惑いや躊躇などなく、指定された部屋の扉を引く。
扉は人一人が通れる程度の大きさだったが、足を踏み入れて部屋を観察してみると、存外奥行きは広かった。
事実、この部屋には、よく知ったクラスメイトたちが揃っている。
石崎くん、アルベルト、金田くん、椎名さん、伊吹さん、そして龍園くん。僕を含め、7人の生徒。どうやら僕が最後だったらしい。
龍園くんの座るソファーの後ろに石崎くんとアルベルト、真横に金田くんが立ち、向かい側のソファーに女性陣二人が陣取っている。
差し詰め、ボディーガードの石崎くんとアルベルト、秘書の金田くんといったところですね。
僕はもともと用意してあった一人用のソファーにいつもの姿勢で腰掛ける。僕の位置は龍園くんと女性陣とで三角を作れる位置だ。
「……やっときたか。それじゃあ──答え合わせだ」
僕が腰かけると、王は足を組みなおし、ゆっくりとした口調でそう告げた。
「まずは……そうだな、お疲れ様とでも言えばいいか?」
彼は体をやや斜めに動かし、右手をソファーの手すりに持っていく。自由な座り方、声色から随分と機嫌が良いことを把握する。
今の彼の雰囲気は、すべての物事を適当にやりかねないほど気が抜けていた。
それもそのはずだ。初めての特別試験、ポイント税の導入がかかった重要な一戦に彼は勝利した。その安堵と達成感に浸っている。
しかしそんな気の抜けた彼の右手にはB5サイズの紙が入っているファイルがあった。
僕はその紙の詳細を予測する。そして同時に入っている紙が少しばかりヨレていることを分析した。
どうやら僕が来る前にその紙を見せたようだ。それも一人一人に回す形で。
気が抜けているとはいえ、やるべきことはやっているようだ。
「ふざけるんなら帰るけど」
「おいおい、オレは労いの言葉を言っただけだぜ?そんな切れるなよ伊吹」
「あんたの労いがふざけてるって言ってるの」
相変わらず仲の悪い2人。いがみ合いはこの場にいる全員が慣れていた。
「ふふ、本当に仲が良いのですね」
そして数日ぶりに会う歩く天然爆弾こと、椎名さん。彼女の爆弾投下にも全員がもう慣れていた。なので余計な突込みはしない。
「……何言ってんのひより、こいつと私は犬猿の仲だ」
「犬猿の仲ですか。ではその場合どちらが犬で、どちらが猿なのでしょうか?」
「は?そんなの言葉の綾だろ、どうでもいい」
「それは私にもわかっています。でも私、少し気になっちゃったんです。後、そもそもこの言葉は互いに仲の悪いことを比喩するために作られた言葉です。
たとえ伊吹さんが龍園くんのことを嫌っていても、龍園くんが伊吹さんのことを嫌っていなければ成立しません」
「クク、オレが自分の部下を嫌うはずがない。残念ながらその言葉の使い方は間違っているな伊吹」
額に青筋を浮かべる伊吹さん、ニヤニヤとした人をおちょくるような笑顔を見せる龍園くん、頬に手を当て何かを考える椎名さん。
僕がこの部屋に入って数分経過したが、答え合わせをする気配は一向になかった。
そう考えていると、金田くんから視線を感じた。確認すると彼はひきつった笑みを浮かべていて、僕はそれが救難信号だということを即座に理解した。
どうやら彼も、答え合わせをしたいらしい。
「うーん、仮に二人が本当に仲が悪く、犬猿の仲と呼べるのならば、私としては龍園くんの方が──────」
「────それでいつ始まるのですか、答え合わせ」
僕は椎名さんの言葉を遮るようにそう言った。悪意を持って遮ったわけではない。僕の分析によると、この天然爆弾は次に龍園くんのことを猿と例えようとした。
そして場の空気を冷やす。怖いものなしの彼女は100%そう告げるでしょう。だから先に僕が遮りました。
「久しぶりですね、カムクラくん。特別試験お疲れ様です」
言葉を遮られたにもかかわらず、何の脈絡もなく、ニコニコとした笑顔をこちらに向ける椎名さん。
「お久しぶりです」
僕は返事をしながら、龍園くんの顔を見る。未だ上機嫌だ。どうやら今日の彼は寛大らしく、先ほどの椎名さんの言葉も聞き流してくれるようだ。
……彼の表情を確認する前に伊吹さんと視線が一瞬合った。しかし一瞬だけ。やはり、あまり良い状態ではなかった。
関係修復のための解決策がいくつも浮かぶが、それよりも答え合わせだ。
「それで龍園くん、どこまで説明したのですか?」
「全てだが?」
悪意も躊躇いもなく彼はそう言った。どうやら僕は、彼がこの場にいる全員に試験結果の概要を説明し終えた後で呼ばれたようだ。
「ちっ、てめぇの仏頂面も見飽きてきたぜ」
左手で髪をいじりながら彼は吐き捨てるように告げる。
この時あっけらかんとした態度でもすれば彼を喜ばせたでしょう。もっとも、する予定はいつになっても来ませんが。
「まあいい。とりあえず、もう一度言うがよく聞けお前ら。
──────今回の試験はCクラスの完全勝利だ」
皆に向けて発言した彼は手に持ったファイルを見せつける。
「試験での勝利条件はこいつだ。Aクラスとの『契約』、こいつが俺の目的だった」
ファイルに入っている紙には、洞窟内で見た契約内容がびっしりと書かれていた。
その中で注目すべき点は毎月膨大なプライベートポイントが入ってくる契約。龍園くんが狙っていたものだ。
彼の交渉は今回の試験でAクラスが莫大な利益を儲けることを引き換えに、やや多めの徴収に成功していた。
「そんなことはもう聞いたよ。問題なのは誰が……いや、どこがあんたの指示でどこがカムクラの指示だったか。あんたとカムクラがこの試験中にどんな役割をしていたかでしょう。
そして、どうやって他クラスのリーダーを当てられ、どうやって他クラスからの攻撃を防げたか」
伊吹さんは龍園くんと僕を睨みながらやや感情的に言った。
「どうやって当てて、どうやって防いだか。その質問には答えてやってもいいが、他2つは答える気はない。というより必要がねえ」
「はぁ?」
「伊吹、確かに今回の試験で一番損な立ち回りをしたのはお前だ。それは間違いねえ。
だが、お前だってぞんざいに扱われることを推測していたはずだ。そんな
どっちが考えた指示で、どっちが実行したかなんてどうでもいいだろう」
伊吹さんは龍園くんの言い分を聞き、黙り込む。彼女は分かっているからだ。
過程など関係ない、結果こそすべてだ。龍園くんの信条であり、彼とそれなりを過ごした経験から知っていた。
「けどッ!」
「そんなに気になるなら、カムクラに聞け。オレは説明するつもりなんて微塵もない」
とうとう伊吹さんは黙り込んだ。まだ何か言いたげな様子だったが、彼女は何も言わなかった。
「さて、話を戻そう。まずは簡単な方から説明するか。どうしてオレたちのリーダーが当てられなかったのか」
頬杖を突き、彼は説明を開始する。この場でこの説明内容を事前に知っていたのは、僕と伊吹さんくらいだったので他の皆は集中して聞き入っていた。
「お前らも知っての通り、今回のリーダーは初期段階ではオレだった。
だが6日目の夜、オレは最後のスポット占有を終え、リタイアした。その際、リーダーは伊吹に変わったわけだ」
「……そこが少し解せません龍園氏、どうして変わる必要があったのですか?あなたの存在は他クラスにばれていなかったのでしょう?」
「それは違うな金田、オレの存在はばれていた」
「それはなぜ?」
「その根拠と言えるのがDクラスの行動だ。やつらは3日目の昼頃にオレら同様数人を残してリタイアをしやがった。なぜそんなことをしたのかという理由は簡単だ。
それは内部に侵入していた伊吹を排除したかったからだ。そしてこれは、伊吹を『スパイ』だと把握していなければやらない行動、その上Bと結託することで攻撃の体制までも整えた。
つまり、やつらの中にオレの策に気づいた野郎がいて、あろうことかそいつは俺の策を参考にし、『攻撃』と『防御』の準備をしやがった」
龍園くんの言葉。口調は気に入らないと言っているように捉えられるが、その声色は高く、楽しんでいることが分かった。
「……なるほど、だから龍園氏は当てられることを視野に入れ、伊吹氏を急遽リーダーに変えることで相手からの攻撃を防げたのですか。さすがです」
「クク、残念ながら褒めるのはオレじゃねえ。実際は、Dクラスの大半がリタイアすることをカムクラが予測していた。
このワカメは予測した上で、伊吹をあえてリーダーにした。Dからすれば排除したはずの人間が実はリーダーでしたなんて落ちは読めねえだろうよ。
加えて4日目の早朝、オレのデコイだったキャンプ経験者をリタイアさせることで、『誰かがリタイアした』、この選択肢を増やさせ、真実を複雑にした」
「……まったく、僕がDクラスだったらこれだけでお手上げですね」
金田くんは頭を掻き、苦笑いを浮かべた。同時に彼は、Dクラスがかわいそうですねと告げ、龍園くんはそれに独特な笑いを見せた。
「さてと、次はどうリーダーを当てたのかだな。結論から言うと、オレはBクラスのリーダーを脅して、そいつからBとDのリーダーを吐かせた」
「お、脅してですか」
「別に驚くことじゃねえだろう石崎、オレのやり方は知っているだろう?」
ぶんぶんと首を縦に振る石崎くん。その身で実感していることは簡単には忘れない。当然です。
「……けど、いつ脅したのよ。BとDは拠点を共にするほどの深い協力関係を結んでいたんだろう?
あんたは一度存在がばれたら一発で終わりなんだから、かなりシビアなタイミングじゃなきゃ接触を図れないと思うんだけど」
「良い推測だ伊吹。確かにタイミングはシビアだった。が、試験4日目にオレは脅しに成功した。
────なにせ残念なことに、この試験はカムクラの掌の上だからな」
龍園くんはそう言って、僕にバトンタッチを目線で促す。炭酸飲料を口に運び始めたその姿は説明する気がないのが丸わかりだった。
仕方ないので、そのバトンタッチを受け入れる。
「……僕はこの試験におけるB及びDの行動を全て予測していました。
そして3日目に彼らが行動を起こした時点で、用意していた2つの策を準備し、5日目の時点でほぼ詰ませました」
「その2つの策とは?」
「1つはAクラスの生徒を使ったDクラスへの監視です」
これは特に説明することもないので追求はしない。僕に質問した金田くんも理解しているでしょう。
「ですが僕は、この策に対する相手側の策まで予測していました。それがBとの共同生活、少数精鋭というDクラスのデメリットを補うための策です。
そしてこの策を行うのならば、BとDが契約する際、彼らの間ではポイント譲渡の取引があったはず、僕はそう確信をもっていました。
BからすればDと組むメリットは殆どありませんから、何らかのメリットを用意しなければならないというのが根拠です。そしてDは結託に成功した。
つまり、その時お互いのリーダーは開示していた。
なので僕は彼らが共同生活を開始する前に、龍園くんに頼んでBクラス内にスパイを作って貰いました。これが2つ目の策です。
このスパイこそがBとDの両方の情報を正確に持っていたBクラスの生徒、白波 千尋です」
「……なるほど。そしてその策は成功して、白波さんという方からBとDの最終的なリーダーの情報を聞き出せたのですか」
僕は椎名さんに頷き、正解の意を伝える。だが、彼女は怪訝そうな顔をして言葉を続けた。
「でもカムクラくん、この策は少々リスキー、いえ運に任せている所があると思います。
彼らがお互いにリーダーを開示せずに結託していれば失敗とは言わなくても成功する確率はかなり低下していたのでは?
Bクラスのリーダーである一之瀬さんはお人よしと聞きますし、可能性はあったと思いますが」
「無償で組む可能性は確かに否定できません。しかし、失敗はないですね。僕は白波千尋がどのような人間で、どんな性格をしていて、何を大切にしているのかもわかっていました。
だから、たとえリーダーを開示していなくとも、白波千尋は死に物狂いでスパイ活動を行い、成果を出していたでしょう。
白波千尋の大切なもの。それは、一之瀬 帆波という人間だ。
同性でありながら彼女に好意を抱いていた白波。それでいて白波は穏やかで優しい性格だった。
そんな白波に対して、龍園 翔という危険な男が脅迫を行えば、パニックに陥る。正常な思考は出来ないだろう。
加えて、リーダーである自分の存在が他クラスにバレていることを知れば、彼女は自責の念に潰れるのは勿論、一之瀬 帆波が引っ張るBクラスに迷惑をかけてしまう。
そんなことを彼女は出来なかったはずだ。
そして精神的に追い詰めた白波に対して、一之瀬 帆波を壊すことを止める代わりにリーダー当ての手伝いをしろと言えば、彼女は簡単に一之瀬 帆波を助けるという選択肢に堕ちる。
分かりきっていたことだ。愛情という感情は本当に御しやすい。
「…………そうですか。カムクラくんもかなり非道な手段を使うのですね。……それと随分とその白波さんについてカムクラくんは知っているのですね。お友達ですか?」
丁寧に説明したつもりだが、彼女は少しだけ不機嫌な態度を見せた。
彼女が何を思ったのかはすぐに把握したので、否定しようとする。
「クク、もし白波千尋がカムクラのダチだったら、こいつはサディストに収まらねえクズになっちまうがな」
しかし龍園くんの一言の方が早かったので、タイミングを失う。
「脅したのは君ですけどね」
「抜かせ、共犯だクソワカメ」
クク、と特有な笑い声で彼は上機嫌に笑う。
その横で石崎くんは独特な苦笑いを浮かべる。僕たちの策に微塵も人に対する思いやりがないことに気づいてしまったからでしょう。
さらに分析してみると、引きつった笑いから分かる若干の恐怖と僕たち二人に向ける信頼ともいえるような眼差しから期待が垣間見えた。
上機嫌に笑う龍園くんがとうとう笑みをやめ、パンパンと2回手を叩いた。
「長くなったが、今回の試験における説明は終わりだ」
その唐突な合図に石崎くんはやや怯んだ様子を見せる。ほかの人も同様にまだ行動に移せていない。
しかし、龍園くんのアルベルトと石崎くんに対する、部屋の片付けをするための指示によって、それぞれ動き始めようとした。
「ひより、行こ」
「……いいのですか?」
いの一番に部屋から出いていこうとする伊吹さん。そんな彼女に対して椎名さんは一瞬僕の方を見て彼女に制止するよう問いかけた。
彼女はやや気まずげな表情を浮かべている。どうやら僕と伊吹さんの間で何かがあったことには気づいているようだ。
「……いいのよ」
「そう、ですか……では、お先に失礼します」
椎名さんは一礼し、その言葉を告げた。それを最後に彼女たちは部屋から立ち去ろうとする。
「待てよ」
「……何、まだ何かあるわけ?」
「最後にこの試験の全容を振り返ろうと思ってな」
ソファーから立ち上がった龍園くんが彼女たちを制止させ、僕の方へと合図を送る。
伊吹さんは気になってしまったのかドアノブから手を放し、こちらに体を向ける。
僕はその言葉をきっかけにして頭の中に試験中の全ての情景描写、及び登場人物、行動を頭の中に浮かべていく。
試験における僕の行動、龍園くんの行動、そして他クラスの行動。それらを事細かながらも分かりやすい1枚の映画テープを作るように当てはめていく。
そして最速で所々空いているピースを埋め、脳内の整理を終える。
「────これが試験の全てです」
Act・1
「まず、試験の最初から振り返ってみましょう」
「8/1、高度育成高等学校1年生、計159人による初めての特別試験が始まった」
「それぞれのクラスが初めての試験に緊張しながらも動き始め、Cクラスも例外なく行動を開始しました」
「その時、僕は序盤でリーダーを見抜くために1人森の中へ。他の人たちは龍園くんに付いていき、彼を筆頭に今回の試験での方針を決め始めました」
「森の中へと入った僕は、開始序盤に全てのクラスを偵察し、ハプニングこそあれどBクラスのリーダーを突き止めることに成功します」
「同時刻、方針を決め、策を練った龍園くんが今回の試験での目的であるAクラスとの取引を実行させるために、暗躍を開始します」
「その後、伊吹さんをDクラスへのスパイとして送り終え、1日目にやることを終えます。僕たちは保有ポイント全てを使用し、夏休みのバカンスを楽しみました」
「そしてその日の夕方、Aクラスとの『密約』にも成功します。この時Aクラスに対する物資供給も終えました」
Act・2
「特別試験2日目、Cクラスはバカンスを楽しみながらもスポットを1つだけ占有し、試験の結果を良くするための行動をします」
「全てが予定通りに進み、何の問題もなしにCクラスはキャンプ経験のある生徒2人、龍園くん、伊吹さん、そして僕の5名を残し、試験のリタイアに成功した」
「龍園くん一行は隠密行動によって4つのスポットを占有することに成功。僕はハプニングが起こった際の対処をするためにAクラスへ滞在。まさに順調でした」
「しかし、特別試験3日目にしてとうとう盤面が動きます」
Act・3
「それがDクラスによる集団リタイア。彼らはCクラスの行動を参考にし、伊吹さんの排除と少数精鋭による攻撃的な体制に切り替えます」
「けれどもこの行動は僕の予想通りでした。特別試験開始直後に行った質問で何ができるかはすべて把握していたので、対処は簡単でした」
「まず、監視対象がいなくなってしまい、行き場を失った伊吹さんをAクラス内で保護し、最終的なCクラスのリーダーへとするため、彼女はAクラス内で待機してもらいました」
「そして葛城康平の協力のもと、様子見しながらも、いつでもDクラスを止められるAクラスの人員を用意しました。
この時すぐにDクラスがBクラスとの結託を始めていたら、試験の結果は分からなくなっていましたが、彼らは5日目になるまで単独で行動していたので、この時点でほぼ確実な勝利を見据えられました」
Act・4
「特別試験4日目、先ほども言いましたが、Dクラスはこの時点で行動していないので、僕たちは際立ったことはしていません」
「しかし、危険要素は取り除いています」
「それがAクラスの内部分裂。知っての通り彼らは葛城派と坂柳派に分かれています。
今回の試験では坂柳さんが参加できなかったため、必然的に葛城派がトップで彼らは運営していました」
「ですが彼女も甘くはありません。彼女は自分が参加できないことを見越し、葛城派の勢いを消失させるための手段として、この試験を意図的に負けるように彼女の駒に言い聞かせていました」
「しかし、それも未然に防ぎました。それはこの試験結果を見ればわかりますよね?」
「加えてこの日は、DクラスがBクラスと組む前に龍園くんがBクラス内にスパイを作ることに成功しました」
Act・5
「5日目、様子見と伝えていたはずだったにもかかわらず、葛城くんがDクラスへの監視行動を始めてしまいました。
彼の性格上、良く持った方だなと思いますが、どちらにしろ好都合でした」
「Aクラスの大量監視によって追い詰められたDクラスは、遂にBクラスとの結託に踏み切ります」
「しかし、これで僕たちの勝利は確定しました。スパイである白波千尋が行動を開始したのです」
「そして6日目、BとDも大量監視に立ち向かうために数で攻撃の体制を作りました。
この時、多少は足搔いている人間がいたのでしょうが、盤面をひっくり返せる一発逆転の策はないでしょう」
「果敢にAとCの隙を伺い、交渉を持ち掛けていたBとDですが、あっという間に日が落ちてしまい、夜という行動制限が来てしまいました」
「それでも彼らは行動をしていました。これは素直に健闘を認めましょう。ですが、この諦めの悪さが白波千尋を見失うきっかけとなってしまいます」
「最終的に、あらかじめ落ち合う場所で彼女の口からリーダーが『綾小路清隆』、『白波千尋』と確認できました。
そしてこの情報を僕に届けた龍園くんはリタイアします」
Act・6
「最終日、僕と葛城くんはBとDのリーダーを書き、この試験で獲得できるポイントを再確認してから試験結果の発表に臨みました」
「Aクラスの最終的なポイントは514ポイント。元々Aクラスは270ポイントスタートでしたが、BとDのリーダーを当てたことで+100ポイント、5つのスポットで占有していたポイントで+90。
加えて、龍園くんが集めたCクラスのスポット占有ポイントを譲渡したことで+54、これで合計514ポイントです」
「ちなみにCクラスのスポット占有ポイントは1日目と2日目時点で6ポイント。まぁ、一つしか占有してないのですからこんなものでしょう。
しかし、3日目以降は4つのスポットを4日間朝昼夜と3回、しっかりと龍園くんが占有してくれたので12×4=48ポイント。合計で54ポイントとなっています」
「──────以上が、この試験の全容です」
これにて初めての特別試験は完全に終了した。
僕は脳内で今回の試験の記録を採点する。まだまだ甘いところは確かにありますが、『優』をつけて良いと思います。
Cクラスのクラスポイントが上がった!!
これにてchapter3はおしまいになります。
駆け足になってしまいましたが、ここまで読んでくれた方々、本当にありがとうございます。
interlude3を挟んだ後にchapter4へと向かう予定であります。
ではまたいずれ会いましょう。